【コラム】建設部長起訴。弥富市職員よ、これを「他人事」で終わらせるのか?
3月4日の報道によれば、弥富市の建設部長が「官製談合防止法違反」の罪で起訴されました。今後の裁判の推移を見守る必要がありますが、私は現時点で、弥富市の職員、議員、そして市民の皆様に強く問いたいことがあります。
皆様は今の状況を、「異例の抜擢人事で市長に気に入られようと、一個人が常軌を逸して引き起こした事件」程度に思っていませんか? どこか**「他人事(ひとごと)」**として捉えてはいませんか?
これは「個人の暴走」ではなく「組織の犯罪」である
大半の市職員は、この問題の本当の深刻さを理解していないように見えます。 約30年前に作られた「官製談合防止法」は、行政側と地元業者側の組織的な癒着を処罰するためにあえて作られた法律です。単なる個人の贈収賄事件ではありません。
極言すれば、起訴されたのは個人であっても、**「弥富市役所という組織そのものが断罪された」**と受け止めるべきなのです。だからこそ、職員の皆様が「自分には関係ない」と済ませてよい話ではありません。裁判の結果を待つまでもなく、今この瞬間から組織としての猛省が必要なのです。
公務員とは「常に学び続ける」最高に面白い仕事である
私はかつて名古屋市の行政職員として働きました。その経験から断言できるのは、**「公務員ほど、楽しくやりがいのある仕事はない」**ということです。
公務員は「全体の奉仕者」であり、現場において「市長の代理人」として政(まつりごと)を行います。市民の困りごとに耳を傾け、大切な税金を預かり、正しく事業を執行する。時代が変われば、求められる土木技術も、防災(耐震補強など)の基準も、公園のあり方(生物多様性や子どもの発達支援など)も毎年のように変化します。 だからこそ、公務員は入庁から退職する日まで、常に自ら学び、市民や業者との対話を通じて成長し続けなければならないのです。
私がかつて身を置いた名古屋市役所(緑政土木局など)では、幹部から現場の職員に至るまで、常に現場主義で学び合う姿勢がありました。自ら考え、市長に成り代わって責任を持って判断する。そのプレッシャーと引き換えに、行政職には何物にも代えがたい「面白さ」があるのです。
「見ざる・聞かざる・言わざる」の組織風土になっていないか?
それに比べて、今の弥富市役所はどうでしょうか。
職員数の少なさというハンデは理解できます。しかし、上層部から手足を縛られ、緘口令を敷かれて口を塞がれ、挙句の果てには「正しく見ること」さえも制限されていないでしょうか。 「何か意見を言えば疎まれ、左遷される」「狭い社会だから、見ざる・聞かざる・言わざるが処世術だ」――もしそんな風土が蔓延しているとすれば、それは組織としても個人としても**「滅びの道」**です。
憲法や法令、地方自治の本旨に常に謙虚に学び、チームとして生き生きと議論できる自由闊達な市役所であれば、今回のような事件は起きなかったはずです。
ハコモノではない「地方自治の本旨」を取り戻すために
弥富市の魅力とは何でしょうか。橋上駅、駅前の再開発や区画整理といったハード面(ハコモノ)の整備でしょうか。私はそうは思いません。 市民一人ひとりが自分と周りを大切にし、理解し合い、助け合い、学び合って生きていけること。それこそが「地方自治の本旨」です。
その基盤となるべき市職員集団に「学び合い」の姿勢がなく、市民を置き去りにしたままでは、どんなに立派な政策を掲げても、それは単なる**「徒花(あだばな)」**で終わってしまいます。
最後にもう一度、強く問いかけます。 市職員の皆様、この事件を本当に「他人事」としてやり過ごすのですか? そして市民の皆様、私たちはこのような市役所のままで本当に良いのでしょうか?
