弥富ふるさとガイドボランティア研修事業
木曽三川下流域のくらしと環境
~濃尾平野・木曽三川が育んだ「新田開発と米作り」の壮大な物語~
かつて海だったこの地を、不屈の精神で肥沃な大地へと変えた「新田開発と米作り」について、伊藤良吉先生をお招きし、木曽三川や濃尾平野全体の歴史から、この地の成り立ちを学び直します。
【開催概要】
- 日時: 2026年(令和8年)5月17日(日)9:30から12:00頃
- 会場: 弥富市 農村多目的センター 2階ホール
- 講師: 伊藤 良吉 先生 前名古屋民俗研究会代表 元愛知県史民俗部会専門委員
- 対象: 弥富ふるさとガイドボランティア、近隣地区のガイドボランティア、農業関係者、元からいた人・最近来られた人(ふるさとを支える人たち)
【講演のハイライト:ここが聞きどころ!】
■木曽三川と濃尾平野の成り立ち
~山から海へ、水と闘い共生してきた「暮らしの知恵」~
私たちが暮らす尾張地方は、山から海へつながる水の恵みを受ける一方、常に洪水や干ばつに悩まされてきました。かつて海だったこの低湿地が、いかにして豊かな米作地帯へと変わったのか? 水路と共生し、自然の猛威を乗り越えてきた人々の工夫と、この地特有の歴史を深く学びます。
■新田開発と先人の「開発の精神」
~未来へつなぐ地域の誇り~
輪中や高度な治水技術など、海抜ゼロメートル地帯を開拓した先人の知恵と粘り強さは、まさに「開発の精神」そのものです、その背景を紐解くとともに、農業の変化にも触れ、未来世代(小・中・高校生)へ語り継ぐべき「足元の歴史」と「地域への誇り」について考えます。
【お申し込み・お問い合わせ】 準備の都合上、5月15日(金)までに出欠のご連絡をお願いいたします。
- 以下のフォームからお申込みください
- https://forms.gle/2PbGEPPBboF1wQQWA
- 担当:佐藤仁志(研修担当)電話:090-6073-2413
備考:一般の方の聴講も歓迎します可能です。
午後の「重要文化財「服部家住宅」春の特別見学会」は弥富市歴史民俗資料館に電話でお申込みください(当日受付はできません)
20260517)弥富ふるさとガイドボランティア研修事業 【チラシ】PDFダウンロード
1. キーワードと刺さる言葉の抽出
| カテゴリ | 抽出した言葉 |
| 地理・歴史キーワード | 濃尾平野、木曽三川、流域、海抜ゼロメートル地帯、ウォーターフロント、佐屋街道 |
| 文化・民俗キーワード | 生きる知恵、フロンティア精神、結い(ゆい)、生業(なりわい)、野点(のだて)、民俗学 |
| キャッチフレーズ(刺さる言葉) | 「ないものねだり」より「あるもの探し」! |
| 弥富が持つ最もユニークで誇るべき**「フロンティア」** | |
| 歴史をルーツに繋がる**「生きた物語」**として語り継ぐ | |
| 困難に立ち向かった人々の**「生きる知恵」** | |
| 一見不便な環境を最大限に活用する**「魚・草・泥の利用慣行」** |
2. プロジェクトの論点整理
論点1:濃尾平野という「壮大な舞台」の共有(マクロ視点)
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流域という捉え方: 濃尾平野を単なる「平らな土地」ではなく、山・川・里・海が連なる巨大な「水瓶(みずがめ)」として俯瞰する。
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ダイナミックな地形変化: 沈む大地と上流からの土砂が拮抗してできた地形であり、時代とともに交通の要所(ウォーターフロント)が南下し続けてきた歴史を共有する。
論点2:海部・弥富の歴史的価値の「再定義」(意識変革)
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「歴史がない」という誤解の払拭: 古い都(京都など)の基準で歴史を測るのではなく、海だった場所を開拓した事実こそが地域の最大の強みであると捉え直す。
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フロンティア精神の発見: 水との闘いや過酷な自然条件の中で、新しい産業(繊維業など)や独自の食文化(カシワなど)を切り拓いてきた、たくましい挑戦の歴史を評価する。
論点3:権力者ではなく「庶民の生きる知恵」に光を当てる(民俗学アプローチ)
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暮らしの工夫の再評価: 大規模な治水工事などの政治史だけでなく、普通の人々がどう自然と共生してきたか(魚・草・泥の多角的な利用など)に着目する。
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共同体の精神: 「野点」や「結い」、地域全体での子育てなど、厳しい環境だからこそ生まれた助け合いの文化を、現代の課題(核家族化など)を解決するヒントとして提示する。
論点4:次世代への継承と地域活性化(具体的なアクションと未来像)
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伝え方の工夫: アスファルトの上で育つ現代の子どもたちに響くよう、単なる知識ではなく「共感できる物語」として語り、五感を使うフィールドワークを実施する。
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専門家の知見の活用: 民俗学の第一人者である伊藤良吉先生の知見をプロジェクトの核に据え、学術的な裏付けのある学びを提供する。
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期待される効果: 郷土への愛着醸成、地域コミュニティへの参加意欲向上、そして交流人口の増加による地域経済の活性化を目指す。
濃尾平野プロジェクト:山・川・里・海がつなぐ歴史と未来
はじめに:私たちの住む場所を「流域」で捉える
私たちが住む濃尾平野について、歴史と地理の視点から少し深く、そして広く考えてみましょう。
まず、地図を広げてみてください。伊勢湾や三河湾に降った雨が集まり、木曽川・長良川・揖斐川という「木曽三川(きそさんせん)」となって流れ込む広大なエリア。これを「流域」と呼びます。
この流域は、愛知県、岐阜県、三重県の3県にまたがります。 北は岐阜県の神岡あたり(これより北は日本海へ流れます)、西は三重県の上野盆地(これより西は淀川水系へ流れます)まで。この巨大な水瓶(みずがめ)の中に、約1,000万人の人々が暮らしているのです。
第1章:大地と水のドラマ ~沈む大地と積もる土砂~
濃尾平野の成り立ちは、非常にダイナミックです。 この平野の西端にある「養老断層」は、約2,000年に1回動き、そのたびに地面が縦に数メートル沈み込むと言われています。ざっくり計算すれば、濃尾平野は数千年の間に数メートルも沈降していることになります。
一方で、木曽三川の上流からは、大量の土砂が運ばれてきます。 沈んでいく大地と、上流から運ばれてくる土砂。このバランスによって、伊勢湾が埋め立てられ、広大な濃尾平野が形成されました。
メソポタミア文明がチグリス・ユーフラテス川に、中国文明が黄河に育まれたように、濃尾平野もまた、川が運び込む水と土、そしてそこを行き交う人々の交流によって文明が育まれてきたのです。
第2章:動く「ウォーターフロント」 ~交通と境界の歴史~
歴史を振り返ると、この地域は常に「陸と海の境目(ウォーターフロント)」が経済活動の中心でした。そしてその境目は、土砂の堆積や干拓によって時代とともに南へ南へと移動してきました。
- 古代・中世:熱田は「亀のしっぽ」
かつて、奈良や京都から東国を目指すとき、人々は鈴鹿や伊勢から船で伊勢湾を渡りました。その際、上陸の目印となったのが「熱田(あつた)」です。熱田台地は海に突き出ており、その形から「亀のしっぽ(亀の尾)」と呼ばれていました。
- 近世(江戸時代):佐屋街道の繁栄
時代が進み、江戸時代になると、東海道の要所として「佐屋(さや)街道」が賑わいます。現在の愛西市あたりが、当時のウォーターフロントでした。しかし、新田開発によってさらに陸地化が進み、港としての機能は徐々に南へ移っていきます。
- 近代・現代:国道1号から伊勢湾岸道へ
明治時代になると、現在の弥富市を通る国道1号線が整備されます。昭和に入るとさらに南に名四国道(国道23号線)、そして平成には伊勢湾岸自動車道が開通しました。 地図を見ると、主要な交通路が時代とともに南下していることがよくわかります。これはまさに、濃尾平野が海に向かって拡大してきた歴史の証なのです。
第3章:水が育んだ産業と文化
豊かな水と平野は、農業だけでなく、独自の産業や食文化を生み出しました。
- 繊維産業の発展:綿花から毛織物へ
かつてこの地域では、畑で綿花が栽培され、家内工業として綿織物(佐屋縞など)が作られていました。 明治以降、この基盤の上に発展したのが「毛織物産業」です。例えば、弥富にあった日本毛織(ニッケ)の工場などが代表的です。羊毛の脂や汚れを洗うためには、木曽川の豊富で良質な水が不可欠でした。豊富な水(表流水だけでなく地下水も)と広大な土地があったからこそ、一宮や津島を中心に世界的な繊維産地となれたのです。
- 食文化:カシワ(鶏肉)と水郷の恵み
尾張藩の時代、この地域の一部は殿様の「鷹狩り」の場として保全されていました。また、湿地帯には多くの渡り鳥が飛来します。 こうした背景から、鳥を捕らえて食べる文化が根付き、後の「養鶏(名古屋コーチンなど)」へとつながりました。この地域で鶏肉を「カシワ」と呼ぶのも、こうした歴史的な背景があります。 また、木曽三川の河口付近では、ボラなどの漁業や海苔の養殖も盛んでした。農業(百姓)といっても、米作りだけでなく、漁業や養鶏、機織りなど、多様な生業を組み合わせて暮らしていたのがこの地域の特徴です。
おわりに:山・川・里・海のつながりを知る
濃尾平野は、世界的に見れば小さな平野かもしれません。しかし、日本の中では最大級の平野の一つです。
山から水と土が運ばれ、里で米や作物が育ち、海へとつながる。そしてその境界線で人々が交流し、産業が生まれる。 私たちがいま住んでいるこの場所は、そうした「山・川・里・海」の壮大な連関(つながり)の中にあります。
中学生・高校生の皆さんには、単なる知識としてではなく、自分たちが立っているこの大地のダイナミックな物語として、郷土の歴史を知ってほしいと思います。
海部・弥富の「生きる知恵」を未来へ繋ぐ!
このプロジェクトは、弥富市、ひいては広義の海部地域に息づく、先人たちの「生きる知恵」と「暮らしの文化」を深く掘り起こし、現代そして未来の子どもたちや若い世代へと繋いでいくことを目指します。
愛知県史、弥富町史、濃尾平野民俗調査、東海民俗研究といった学術的成果を背景に、地域の真の価値を再認識し、郷土への誇りを育むための基盤を築きます。
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「ないものねだり」より「あるもの探し」!海部・弥富の秘めた魅力とは?
私たちはつい、京都のような古い都と比べて「弥富には歴史がない」と思いがちです。しかし、それは大きな誤解です!
「ないものねだり」をするのではなく、「あるもの探し」をしてみましょう。
弥富を含む濃尾平野の西部、特に海抜ゼロメートル地帯の南部は、かつては海の底でした。
この事実こそが、私たちの地域の歴史の出発点であり、『愛知県史』や『弥富町史』の記述からも明らかになっている、弥富が持つ最もユニークで誇るべき**「フロンティア」**なのです。
この過酷な自然条件の中で、私たちのご先祖様たちが懸命に開拓を続け、肥沃な土地へと変えてきた歴史には、困難に立ち向かった人々の**「生きる知恵」が詰まっています。これは、まさにアメリカの「フロンティア精神(開拓精神)」**にも通じる、たくましい挑戦の軌跡です。
- 開拓と産業の歴史: 『弥富町史』の記述が示すように、この地は単なる農地開拓に留まりませんでした。東西南北の交易が盛んに行われ、綿花や菜種油(なたねあぶら)など、様々な農業や産業が興り発展しました。人々の生活は、常に水との闘いでありながらも、その恵みを最大限に活かした産業を築き上げてきたのです。
- 時代の先端を切り開く挑戦: 近代になると、弥富は交通の要衝としての地位を確立し、鉄道の敷設にも積極的に取り組みました。さらに、『愛知県史』産業編にも見られるように、紡績業(ぼうせきぎょう)や織物業(おりものぎょう)など、その時代の最先端の産業にも果敢に挑戦し、地域の学問や技術も発展させてきました。これは、常に新しいものを取り入れ、変化に対応してきた弥富の人々の気質を示すものです。
弥富には、この地で暮らしてきた人々が、自然と向き合い、工夫を凝らして発展してきた、かけがえのない歴史の教訓や、知恵と暮らしの文化が息づいているのです。
- 「地域の暮らし」から学ぶ、海部・弥富ならではの歴史の教訓
歴史というと、政治家や権力者が何かを決めた大きな出来事を思い浮かべがちです。
例えば、明治時代の大規模な治水工事**「木曽三川(きそさんせん)の改修」**などはその典型でしょう。
しかし、海部・弥富の歴史の本当の魅力は、『濃尾平野民俗調査報告書』や『東海民俗研究』といった民俗学の成果が示唆するように、そこで暮らした普通の人々、つまり農民や庶民が、厳しい自然条件(海抜の低さ、水害のリスクなど)の中でどのように生活を築き、どんな知恵や工夫を凝らしてきたかにあります。
例えば、『弥富町史』の民俗編などにも伝えられる、こんなユニークな文化が息づいています。
- 野点(のだて)と地域での「結い」の精神: 田んぼのあぜ道で抹茶を点(た)てるという**「野点」の文化は、単なる趣味に留まらず、かつての共同体における「結い」の精神**、すなわち農作業の合間や法事などの機会に、人々が互いに助け合い、心を癒やし、共同体の絆を深めるための重要な役割を果たしていました。これは、厳しい農作業の中で生まれた、人々の温かい交流の象徴です。
- 地域一体となった子育ての風習: 昔は「こども組」「若い衆」「青年団」といった、地域特有の集団が存在し、子どもたちの成長を地域全体で見守り、育てるという文化が深く根付いていました。**『濃尾平野民俗調査』**などでも報告されているように、これは核家族化が進む現代社会において、改めてその重要性が見直されるべき、貴重な子育て支援の知恵です。
- 地域に根ざした教育と伝統文化の継承: 寺子屋(てらこや)のような教育の場は、単に学問を教えるだけでなく、地域社会のあり方や、その土地の暮らしに必要な知恵を伝える役割を担っていました。また、『弥富町史』祭りに関する記述に見られるように、地域独特のお祭りや年中行事は、子どもたちが地域の歴史や文化、伝統を体感し、共同体のメンバーとしての自覚を育む大切な機会でした。
これらの文化や行事は、まさにこの地域の気候や水の問題(水利や排水)といった厳しい自然環境の中で、人々が工夫し、助け合いながら生活を営んできた証です。
- 先人の知恵を現代の子どもたちへ!
私たちは今、アスファルトで覆われた道路を走り、田んぼが宅地やマンションに変わっていく中で生活しています。
そのため、昔の海部・弥富に生きた人々の「暮らしの知恵」や「生業(なりわい)」が、子どもたちにとって身近に感じられない、触れる機会が少なくなっています。
そこで、私たちは、『愛知県史』や『弥富町史』、『濃尾平野民俗調査』などの学術的成果によって明らかになった、この地域に刻まれた歴史の「折り目」や、先人たちの「工夫」を、現代の子どもたちや若い世代が**「面白い!」「すごい!」と共感できる形で語り継いでいく**必要があると考えています。
- 物語として語り継ぐ: 「昔、海部・弥富の人たちはこんな水害を、こんな工夫で乗り越えたんだ!」とか、「こんなユニークな子育ての文化があったんだ!」というように、一人ひとりの子どもが共感できるような、ドラマ性を持った物語として伝えていきます。これにより、歴史を単なる年表上の出来事ではなく、自分たちのルーツに繋がる「生きた物語」として感じてもらえるよう努めます。
- 現地ガイドと五感で感じる体験: そして、実際に地域に残る歴史の痕跡(用水路跡、古い建物、治水碑など)を探し、現地を巡りながらガイドすることで、より深く地域の歴史や文化を五感で感じてもらう機会を作っていきたいのです。**『東海民俗研究』**で重視されるフィールドワークの精神を、ガイドツアーにも取り入れます。
- 歴史民俗研究の第一人者から学ぶ!
このプロジェクトの核として、この地域で最も**「民俗学(みんぞくがく)」、つまり人々の風俗や習慣、暮らしの歴史を研究されてきた第一人者である伊藤良吉(いとうりょうきち)先生**にお話を伺う企画です。
伊藤先生は、『愛知県史』や『弥富町史』の編纂にも深く関わり、長年にわたり現場で多くの人々を指導し、自らフィールドワーク(現地調査)を重ね、**『濃尾平野民俗調査報告書』など、地域の様々な民俗史(人々の暮らしの歴史)**を報告書や市町村史として残す礎(いしずえ)を築いてこられました。
先生の研究は、弥富の「生きる知恵」を深く理解する上で不可欠なものです。
特に、先生が**「愛知県史民俗調査報告書4 津島・尾張西部」において執筆された「生業(せいぎょう)―低湿地帯における魚・草・泥の利用慣行 ―水辺の恵みと所有観念―」**は、海抜ゼロメートル地帯が多い愛知県西部、とりわけ海部郡のような低湿地帯で、人々がどのように生活を成り立たせてきたかを示す貴重な研究です。
この論文では、以下の点が詳細に分析されています。
- 「魚・草・泥の利用慣行」:
- 魚: 水路や水田、河川に生息する多様な魚介類を、水路に仕掛けを設置する、干潮時に取り残された魚を捕獲する、あるいは特定の時期に集団で漁を行うなど、地域独自の漁法で効率的に利用していた実態。
- 草: 葦(ヨシ)や真菰(マコモ)といった水生植物を、食料だけでなく、建材、肥料、家畜の飼料、工芸品などの生活道具の素材として多角的に利用する工夫。
- 泥: 干拓地特有の泥を、土壌改良材や特定の建築材料として用いるなど、一見不便な環境を最大限に活用する知恵。
- 「水辺の恵み」: これら「魚・草・泥」だけでなく、水路を交通路として利用したり、干潟の貝類を食料源とするなど、水辺そのものが提供する多様な資源や利便性が「恵み」として捉えられていたこと。
- 「所有観念」の形成: 陸地と異なり境界が曖昧な水辺の資源に対し、特定の家族や集落、共同体全体で資源の利用権や所有権を共有するといった、地域独自の社会規範が形成されてきたこと。共同で利用する漁場や水路の管理に関する合意形成の重要性。
- 干拓と水管理の影響: 水管理が常に必要とされるこの地で、堤防の築造、水門やポンプの設置、水路の維持管理といった大規模な水管理が、地域住民の協働や共同体組織の強い連携を促し、生業のあり方や共同体の秩序形成に大きな影響を与えてきたこと。
コロナ禍で講演活動を休止されていた先生に、改めてお願いし、海部・弥富地域の人々が自然環境とどう向き合い、どんな暮らしを営んできたか、その「なりわい」や「背景」を、子どもたちや若い世代にどう伝えていけばよいのか、その根幹となるお話をしていただくことになりました。
伊藤先生からも「改めて話を整理して講演で話したい」という、大変ありがたいお言葉をいただいており、この企画を成功させるべく、現在準備を進めています。
プロジェクトへのご参加・ご協力のお願い
このプロジェクトは、海部・弥富の豊かな歴史と先人の知恵を未来へ繋ぐ大切な取り組みです。
講演会や今後の活動にご関心をお持ちいただけましたら、ぜひご参加・ご協力をお願いいたします。弥富の新たな魅力を発見し、語り継ぐ活動を共に盛り上げていきましょう。
企画の期待効果(効果の強調)
本企画は、単なる歴史学習に留まらず、参加者にとって以下のような多大な効果をもたらします。
- 郷土への深い理解と愛着の醸成: 弥富の歴史、文化、人々の営みを多角的に学ぶことで、地域への理解が深まり、強い愛着と誇りが育まれます。特に、子どもたちにとっては、ふるさとを「自分ごと」として捉える貴重な機会となります。
- 地域コミュニティへの参加意欲の向上: ツアーを通じて地域の魅力や課題を共有することで、地域活動への関心が高まり、積極的にコミュニティへ参加するきっかけが生まれます。
- 歴史学習・社会科教育の深化: 弥富の「なぜ何」を解き明かす探究型の学習は、座学だけでは得られない生きた知識となり、学校教育や生涯学習の場として大きな効果を発揮します。
- 歴史民俗資料館・ガイドボランティア活動の活性化: 企画を通じて資料館やボランティアの認知度が向上し、活動への参加者や協力者が増加することで、地域の歴史・文化継承の基盤が強化されます。
- 弥富市の新たな魅力の発信と交流人口の増加: 知られざる弥富の魅力を市外へ発信することで、観光客や移住希望者の誘致に繋がり、地域経済の活性化と交流人口の増加に貢献します。
