【提言】中学生でもわかる弥富市の「お金」の危機〜私たちの税金、本当に正しく使われていますか?〜
弥富市の最大の問題点。それはズバリ「財政規律がない(=経営が破綻しかかっている)」ということです。
「財政」や「規律」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、要するに「家計簿のバランスが完全に崩れているのに、誰も気にせずローンを組み続けている状態」です。なぜこんなことになっているのか、順を追ってわかりやすく説明します。
① 削れない「義務的な出費」が年々増えている
市の予算の大半は「義務的経費」と呼ばれるものです。
生活保護費や医療・福祉に関するお金、職員の給料などがこれに当たります。
高齢化が進む現在、この費用は年に約4%のペースで増え続けています。
これらは市民の「生きる権利」を守るためのお金であり、安易にカットすれば市民の生活水準がダイレクトに下がってしまうため、削ることができません。
ここまでは、ある意味で仕方がない、当然のことです。
② 最大のガンは「投資(ハコモノや開発)」の費用対効果を無視していること
問題はもう一つの出費、「投資的経費」です。
これは、新しい道路を作ったり、駅前を整備したり、公共施設(学校や図書館など)を建て替えたりする費用です。
本来、こうした莫大なお金を使う事業は、「これだけのお金をかければ(コスト)、これだけのメリットがある(ベネフィット)」という「費用対効果(B/C)」を厳しく検証しなければなりません。
しかし、現在の弥富市は、数十億円規模の区画整理事業や開発事業において、費用対効果を検証した書類もなければ、市民への十分な説明もありません。
「やったらいいよね」というどんぶり勘定で進められているのが実態です。
③ 「弥富駅自由通路」のアンケートに見るごまかし
投資効果が計算されている数少ない例として「JR・名鉄弥富駅の自由通路」があります。
計算上は「効果が費用を上回っている」とされていますが、その算出方法には大きな疑問があります。
この調査では、市民に対して「この整備のために、いくらなら払ってもいいですか?」というアンケート(仮想市場法)を行いました。
例えば「月に500円なら」と答えた人がいたとします。
しかし、年間にすれば6,000円です。自分の財布から直接6,000円を払うとなれば、躊躇する人が多いはずです。
事実、この調査では「0円」や「払うべきではない」と答えた人が全体の53%を占めました。
過半数が反対、もしくは価値を感じていないにもかかわらず、一部の「払ってもいい」という回答を掛け合わせて「効果がある」と結論づけているのです。
これは非常に欺瞞(ぎまん)的と言わざるを得ません。
④ 雪だるま式に増える「借金」の異常なペース
こうした大型事業のお金はどこから出ているのでしょうか?
答えは「借金(地方債)」です。
学校のように「これからの世代も長く使うもの」を借金で作ることは、世代間の負担を公平にする意味で間違いではありません。
しかし、問題はその「バランス」です。
現在の弥富市の家計簿は、ざっくり以下のようになっています。
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1年間の予算: 約200億円弱
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現在の借金残高: 約220億円(一般会計約150億+下水道約70億)
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毎年の借金返済額: 約11億円(予算の5%以上)
すでに1年間の予算を超える借金があり、毎年11億円を必死に返済しています。
本来なら、新しい借金はこの「返す額(11億円)」の範囲内に収めなければ、借金は膨らむ一方です。
ところが、市が今後5年間で予定している新たな借金は「約80億円」。1年あたり「16億円」です。
返す額より、借りる額の方が毎年5億円も多いのです。
こんな無責任な借り入れを続ければ、必ず将来の世代の首を絞めることになります。
⑤ なぜこんなことが起きるのか?「コンパス」なき市政
なぜこんな無謀なことがまかり通るのか。
それは、市長をはじめとする市の幹部たちに「財政上の危機感」が欠如しているからです。
市の最上位の計画である「総合計画」を見てください。
名古屋市などの場合、新規事業をやるなら「今後10年間で財政的に本当に可能か」という金額の裏付け(財政計画)をセットにして計画を立てます。
しかし、弥富市の総合計画には、事業の「金額」がまともに書かれていません。
いくらかかるか分からないまま、夢物語だけを描いている状態です。
「借金をしても、その分税収が増えればいいじゃないか」と言う人もいますが、事はそう単純ではありません。
人口が減少し、義務的な経費が増え続ける中で、このまま無軌道な投資と借金を続ければ、弥富市の未来は確実に破綻します。
今こそ、費用対効果の厳しい峻別と、身の丈にあった財政規律を取り戻すときです。
弥富市の財政規律に関する構造的課題と再生への提言:将来世代に責任を果たす持続可能な自治体経営に向けて
1. 重要なキーワード(専門用語・概念)
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財政規律(Fiscal Discipline):将来を見据え、収支バランスと自己統制能力を保つガバナンス機構。
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義務的経費:人件費、扶助費、公債費など、自治体の裁量で削減が困難な経費(弥富市では約47.3%を占める)。
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投資的経費:公共施設やインフラ整備にかかる経費。
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費用対効果(B/C:Benefit Cost Ratio):投入コストに対するリターンの客観的・定量的な指標。
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仮想市場評価法(CVM):アンケート等で仮想的な支払意思額(WTP)を尋ねて便益を算出する手法。
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アンカリング効果:極端な選択肢を提示することで、回答者の心理的な基準(相場観)を操作・誘導する手法。
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世代間負担の公平性:長期利用するインフラの建設費を、将来世代にも借金(市債)の形で負担させるという財政理論。
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ウィッシュリスト(願望の羅列):財政的裏付け(予算のキャップ)を持たない形骸化した行政計画のこと。
2. 刺さる言葉(抜粋)
行政の姿勢や現状を痛烈に批判・警告するフレーズです。議論やプレゼンテーションの際に、聞き手の危機感を喚起する力を持っています。
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「自己統制能力が機能不全に陥った状態は、民間企業に例えれば『実質的な経営破綻』に等しい」
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「過半数の市民が『1円も負担すべきではない』と拒絶している時点で、その事業は社会的コンセンサスを得られていない」
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「『過半数の0円』という最も重い民意を実質的に黙殺した」
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「有権者を欺く『アンケート詐欺』と揶揄されても反論できまい」
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「もはや『世代間の負担の公平性』などという詭弁では説明のつかない、完全な雪だるま式・自転車操業の借金依存体質」
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「計画とは名ばかりの『ウィッシュリスト(願望の羅列)』に過ぎない」
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「現場の短期的な『やってる感』の演出に終始」
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「耳障りの良い言葉を並べた『バラ色の計画』は、未来の市民に対する『高すぎるツケ』の請求書でしかない」
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「緩やかな衰退ではなく『今ここにある危機』である」
3. 論点整理(構造的課題と提言)
文章の論理構成を「何が問題なのか」「その原因は何か」「どうすべきか」という視点で5つのポイントに整理しました。
論点1:財政の硬直化(裁量権の喪失)
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現状:一般会計の約47.3%を削減困難な「義務的経費」が占めており、特に福祉関連の「扶助費」が年々増加している。
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課題:義務的経費の増加は避けられない構造的宿命であるため、残された「投資的経費」は極限まで厳選しなければならないが、その前提が崩壊している。
論点2:投資的経費における「費用対効果」の検証不全
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現状:数十億円規模のインフラ投資(道路、調整池、学校改修など)が行われているが、客観的・定量的なB/C(費用対効果)の検証がなされていない。
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課題:「昔からの懸案」「老朽化」といった定性的な理由だけで事業が推進され、投資に対するリターンの視点が完全に欠落している。
論点3:合意形成の欺瞞(JR・名鉄弥富駅自由通路整備事業)
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現状:約50億円規模の駅整備事業において、便益を算出するためにCVM(仮想市場評価法)を用いたアンケートを実施。
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課題:回答者の53.3%が「支払意思額0円」とした民意を無視。さらに「月額1万円」等の極端な選択肢でアンカリング効果を狙い、月額500円(生涯30万円の負担)に誘導する不適切な手法で事業を正当化している。
論点4:借金の雪だるま式膨張と金利リスク
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現状:市の借金(市債)残高は約231億円(一般会計+特別会計)に達し、年間11億円を返済している一方で、今後5年で年平均16億円の新規借り入れを予定している。
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課題:「世代間負担の公平性」を都合よく解釈し、返済額以上の借金を重ねる自転車操業に陥っている。人口減少と「金利ある世界」への移行により、将来の利払い負担が市民サービスを圧迫する致命的リスクがある。
論点5:財政的裏付けのない「総合計画」の形骸化(司令塔の不在)
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現状:市の最上位計画である「総合計画」に、10年間の総費用と財源(税収・借金)の緻密なシミュレーションが記載されていない。
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課題:名古屋市のような予算の上限(キャップ)を設けた計画運用がなされておらず、財政の限界を無視した「総花的な事業リスト」になっており、経営的な危機感が欠如している。
結論:再生への4つの緊急提言
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厳格なB/C分析の義務化:一定規模以上の事業に客観的な費用対効果の算定を義務付け、B/Cが1.0未満の事業は原則凍結する。主観的なアンケート(CVM)に頼らない。
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駅自由通路事業の即時凍結と見直し:過半数が「0円」と回答した民意を重く受け止め、50億円規模の計画を白紙撤回し、必要最小限の代替案(バリアフリー化等)へ転換する。
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借金上限(キャップ)の導入:「新規市債発行額 < 公債費元本返済額」を絶対条件とし、借金残高を確実に減らすルールを制度化する。
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総合計画と財政シミュレーションの連動:計画に向こう10年間の詳細な財政収支(財源内訳)の紐付けを義務化し、財政的裏付けのない事業は計画に掲載しない。
1. 序論:自治体経営における「財政規律の喪失」と実質的な経営破綻の危機
地方自治体の財政運営において、最も根幹を成す原則は「財政規律(Fiscal Discipline)」の維持である。
財政規律とは、単に単年度の収支を黒字に保つという表面的な会計処理の整合性を指すものではない。将来の人口動態や税収の推移を冷徹に分析し、行政運営上不可避に発生する「義務的な経費」と、政策的判断に基づく「選択可能な投資的経費」のバランスを厳密に統制し、次世代に過大な負担(ツケ)を先送りしないための強固なガバナンスメカニズムそのものを意味する。
この規律が失われ、収入と支出の均衡を保つ自己統制能力が機能不全に陥った状態は、民間企業に例えれば「実質的な経営破綻」に等しい。
現在の愛知県弥富市における財政状況および政策決定のプロセスを客観的データに基づき詳細に検証すると、この財政規律が著しく弛緩し、構造的な危機に直面していることが明白である。
弥富市の一般会計予算の大半は、自治体の裁量で削減することが極めて困難な「義務的経費」によって占められている。
その一方で、客観的な費用対効果(B/C:Benefit Cost Ratio)の検証を欠いたまま、巨額の市債(地方債による借入金)に依存する「投資的経費」が無軌道に膨張している実態が浮き彫りとなっている。
本報告書は、弥富市が抱える構造的な財政課題を徹底的に解剖するものである。
具体的には、「義務的経費の構造的増大」「投資的経費における検証機能の不全と費用対効果の無視」「仮想市場法(CVM)の恣意的な運用による合意形成の欺瞞」「市債の雪だるま式増大と世代間負担の不均衡」、そして「財政的裏付けを欠く総合計画の形骸化」という5つの視点から現状を分析する。その上で、自治体のあるべき姿を取り戻し、将来世代に対する責任を果たすための具体的な提言を行う。
2. 義務的経費の構造的増大:硬直化する財政と喪失する裁量権
自治体の歳出は、大きく「義務的経費」「投資的経費」、および「その他の経費」に大別される。
このうち義務的経費は、人件費、扶助費、公債費(過去の借金の返済)の3つから構成され、法令や契約によって支出が義務付けられているため、自治体の独自判断で削減することが極めて困難な経費である。
弥富市の財政における最大の構造的課題の一つは、この義務的経費が歳出全体に占める割合が高止まりし、さらには年々増加の一途を辿っていることにある。
弥富市の令和4年度(2022年度)一般会計決算における歳出総額は約171億5,497万円であったが、そのうち義務的経費は全体の47.3%に達している。この比率は、市が独自に企画立案し実行できる「裁量的な財源」が事実上半分以下に制限されていることを意味する。
特に注視すべきは「扶助費」の動向である。
令和4年度決算において約35億6,318万円(全体の20.8%)を占めた扶助費は、令和7年度(2025年度)の一般会計当初予算案においては、前年度当初比で20.4%増(約7億2,087万円増)の約42億5,338万円に達すると見込まれている。
扶助費の大半を占める生活保護費や各種福祉手当は、日本国憲法第25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を具現化するものであり、国民の生存権に直結する。
生活保護費に代表される法定受託事務的な経費については、国が3分の1、都道府県が3分の1、市区町村が3分の1を負担するという費用分担の構造がとられている。
これは制度の根幹を成すものであり、自治体の都合で一方的に支給基準を引き下げたり、対象者を削減したりすることは許されない。結果として、高齢化の進展や医療・介護ニーズの増大に伴い、この扶助費を含む義務的経費は年におよそ4%というハイペースで自然増していく構造的宿命を背負っている。
仮にこの義務的経費を強引にカットしようとすれば、それは市民のセーフティネットを破壊し、生活水準を明確に切り下げることを意味する。
したがって、義務的経費の増加は所与の条件として受け入れ、適切な執行に努めることが自治体の責務である。
しかし、義務的経費が予算の大半を占め、かつ年々増加していくという現実を踏まえれば、残された貴重な予算、とりわけ将来の資産形成に向けられる「投資的経費」の使い道を極限まで厳選し、費用対効果を最大化することが絶対的な条件となるはずである。
弥富市の問題は、この前提条件が完全に崩壊している点にある。
3. 投資的経費における「費用対効果(B/C)」の完全なる検証不全
義務的経費の増加によって財政の硬直化が進行する中、弥富市が実施している「投資的経費」の運用実態には、自治体経営の根幹を揺るがす重大な欠陥が存在する。
投資的経費(主に普通建設事業費)とは、道路、橋梁、河川の調整池、学校、図書館などの公共施設の新設・改修にかかる経費であり、令和4年度決算では全体の11.0%(約18億8,837万円)を占めている。
民間企業であれ公的機関であれ、投資を行う以上は、投入したコスト(費用)に対してどれだけのリターン(便益・効果)が得られるのかという「費用対効果(B/C)」の厳密な算定が不可欠である。
公共事業における便益とは、例えば道路整備による移動時間の短縮効果、ガソリン代の節約を通じた経費節減・環境改善効果、あるいは新たな商業施設の誘致や地価上昇による経済誘発効果など、客観的かつ定量的なデータとして積み上げられるべきものである。
算定された便益(Benefit)を費用(Cost)で割った数値(B/C)が1.0を上回って初めて、その事業は経済的合理性を持ち、国や県からの補助金要件を満たし、何よりも市民の税金と借金を投入する正当性を獲得する。
しかし、弥富市が推進する多くの投資的事業において、この費用対効果の峻別が機能している形跡は皆無に等しい。
例えば、弥富駅自由通路の整備に伴う周辺道路の整備や、洪水対策を目的とした調整池の建設、あるいは末広地区において農地を工場団地へと転換するための土地区画整理事業に伴う測量・設計・周辺道路整備など、数十億円規模の投資が行われているにもかかわらず、その効果を定量的に検証した書類や客観的な説明が市民や議会に対して十分に提示されていない。
さらに、小学校の建設工事や、総合社会教育センターにおける多目的ホールの特定天井撤去・空調設備改修、図書館機能のリニューアルといった大規模修繕(公共施設長寿命化事業)においても同様である。
これらの投資的経費に対して、「やれば市民の利便性が向上する」「昔からの懸案事項であった」「老朽化しているから必要だ」といった定性的な理由のみが先行し、投資額に対するリターンがどれほどあるのかという経営的視点が欠落しているのである。
あらゆる予算について「費用対効果」という概念そのものが最初から考慮されていない状況は、財政規律の喪失以外の何物でもない。
4. JR・名鉄弥富駅自由通路整備事業:仮想市場法(CVM)の恣意的運用と民意の歪曲
弥富市における投資的経費の検証不全と合意形成の欺瞞を最も象徴的に表しているのが、総事業費約46億円から50億円以上に上るとされる「JR・名鉄弥富駅自由通路及び橋上駅舎化事業」である。
この事業において市は、費用便益比(B/C)が「1.7」または協定変更後の算定で「1.57」であると公表し、費用の1.5倍以上の効果があるとして事業の妥当性を強弁している。
しかし、この数値の算出プロセスを検証すると、本来あるべき実体経済上の効果(時間短縮や経済誘発など)の積み上げを放棄し、統計学的・経済学的に見て極めて不適切な手法が用いられていることが判明する。
本事業の便益算定に用いられたのは、「仮想市場評価法(CVM:Contingent Valuation Method)」という手法である。
これは、無作為抽出した市民に対してアンケート調査を行い、「この事業のために、仮想的な税金としてあなたならいくらまで支払う意思がありますか(支払意思額:WTP)」を尋ね、その平均額に事業の恩恵が及ぶ世帯数を掛け合わせることで、無理やり便益の総額をひねり出すという手法である。
令和2年(2020年)11月に実施されたこのアンケート調査(1,000人抽出、503人回答)の結果には、驚くべき真実が示されている。
回答者の過半数にあたる53.3%(268人)が、支払意思額として「0円(負担する意思はない)」と明確に回答しているのである。
アンケートで「0円」と回答した層の約3割は、「そもそも事業の必要性がない」という根本的な反対理由を挙げている。
民主主義の原則および公共政策の合意形成プロセスに照らせば、過半数の市民が「1円も負担すべきではない」と拒絶している時点で、その事業は社会的コンセンサスを得られていないと判断し、計画を抜本的に見直すか中止するのが行政の当然の帰結である。
ところが弥富市の行政側は、この「過半数の0円」という最も重い民意を実質的に黙殺した。
そして、2番目に多かった「500円(24.3%)」という都合の良い数値をベースに強引に計算を推し進め、「全体として見れば費用を上回る便益がある」と結論づけたのである。
さらに悪質なのは、このアンケートの設問設計自体に潜む「アンカリング効果(Anchoring Effect)」の悪用である。
設問の選択肢には、「1人1ヶ月あたり10,000円」といった極端に高額かつ非現実的な選択肢が意図的に配置されていた。
これにより、回答者に「駅の整備には数千円から一万円程度の相場感があるのか」という錯覚を起こさせ、中間層に配置された「500円」という金額を心理的に安く見せ、そこへ回答を誘導する仕掛けが施されていたのである。
しかし、冷静に計算すれば「月額500円」は年間で6,000円となる。本事業の評価期間(施設の耐用年数である50年間)で計算すれば、市民1人当たり「生涯で30万円」の負担を強いることを意味する。
もしアンケートで正直に「この事業のために、今後50年間であなたのポケットから30万円を支払いますか?」と問えば、同意を得ることが極めて困難であることは火を見るより明らかである。
だからこそ、負担額を月額という少額に見せかける巧妙な手口が使われたのである。
初めに「立派な駅舎を建設する」という結論が存在し、それを正当化するためのアリバイ作りとしてアンケート調査が悪用されている実態は、有権者を欺く「アンケート詐欺」と揶揄されても反論できまい。
このような作為的な合意形成の手法は、行政の政策立案能力が低いというレベルを超え、市民の行政に対する信頼(ソーシャル・キャピタル)を根底から破壊する行為である。
5. 市債(借金)の雪だるま式膨張と「世代間負担の公平性」の誤用
費用対効果の客観的検証がないまま、巨額のインフラ投資が次々と強行されてしまう背景には、地方自治体特有の資金調達手段である「地方債(市債)」、すなわち借金の存在がある。
2000年の地方分権一括法の施行等により、地方自治体の起債(借金)に関する国からの規制は一定程度緩和された。
起債の理論的根拠としてよく用いられるのが「世代間負担の公平性」である。
例えば、学校や図書館、道路といった耐用年数の長いインフラは、建設した現在の世代だけでなく、数十年後に生きる将来の世代も利用する。
そのため、建設費用を現在の税収だけで全額負担するのではなく、借金をして建設し、長期間にわたって返済していくことで、実際に施設を利用する将来世代にも費用を負担してもらうという論理である。
この理屈自体は財政学的に一定の合理性を持つ。
しかし、それには「その借金で作る施設が、将来世代にとっても確実に価値のある(効果のある)ものであること」と、「借金の残高が将来の返済能力(税収見通し)の範囲内に収まっていること」という二つの大前提がある。現在の弥富市は、この大前提を完全に逸脱している。
公開されている財務データによると、令和5年度(2023年度)における弥富市の市債(借金)現在高は、総額で231億8,604万円に達している。これは、同年度の一般会計予算(約182億円)をはるかに上回る異常な水準である。
上の表が示す通り、一般会計の借金が約146億円あることに加え、真に注視すべきは「下水道事業会計」という特別会計(公営企業会計)に紐づく債務の巨額さである。
公共下水道(約71億円)と農業集落排水(約10億円)を合わせた下水道関連の負債は約81億9,044万円に上り、市全体の借金の35.3%を占めている。
特別会計は一般会計から切り離されているため市民からは見えにくいが、実態としては市のバランスシートを重く圧迫する「実質的な簿外債務」の性質を帯びている。
これらを合算した230億円以上の長期債務を、今後30年程度の期間で返済していかなければならないのである。
さらに深刻なのは、「借金のフロー(単年度ごとの収支バランス)」の崩壊である。
現在、弥富市は一般会計予算のうち、年間約11億円程度を過去の借金の返済(公債費の元本返済分)に充てている。これは予算全体の5%以上を占める負担である。民間家計に例えれば、年間のローン返済額が11億円で確定しているということである。常識的に考えれば、新たな借り入れ(新規市債の発行)を行うにしても、少なくともこの年間返済額(11億円)あるいは金利を考慮して10億円程度の範囲内に抑え、借金の総額(残高)を徐々に減らしていくのが健全な財務規律である。
ところが、市議会等で明らかになった弥富市の「中期財政計画」によれば、今後5年間で約80億円の新規市債発行(借金)が予定されているという。
これを5年で割ると、年平均で16億円の新たな借金をすることになる。過去の返済額が11億円であるのに対し、新たに16億円を借りるのでは、差し引きで毎年5億円ずつ借金残高が純増していくことになる。
年間返済額の倍近い規模の借金を新たに重ねる計画は、もはや「世代間の負担の公平性」などという詭弁では説明のつかない、完全な雪だるま式・自転車操業の借金依存体質である。
借金をした分だけ将来の税収が増えるのであれば問題はないかもしれないが、人口減少社会においてそのような楽観論は通用しない。
今後、少子高齢化によって支え手となる生産年齢人口が劇的に減少していく中で、扶助費等の義務的経費は増大し続ける。
そこに、過去の放漫投資によって膨れ上がった巨額の借金返済がのしかかるのである。
さらに、現在は日本銀行の金融政策の転換により、長きにわたった超低金利時代が終焉を迎え、「金利ある世界」への移行が始まっている。金利上昇リスクが顕在化した場合のインパクトは計り知れない。
仮に金利が1%上昇すれば年間1億円、5%上昇すれば年間5億円もの利払い負担が新たに追加で発生する。
これは、現在でさえ硬直化している一般予算から数億円規模を削り出し、借金返済に回さざるを得なくなることを意味する。
結果として、市民生活に直結する福祉や教育、防災といった不可欠なサービスの切り詰めを強いることになり、自治体としての機能不全を招くことは火を見るより明らかである。
6. 財政的裏付けを欠く「総合計画」の形骸化:名古屋市との対比から見る司令塔の不在
なぜ、ここまで費用対効果を無視した放漫な投資と、無軌道な借金への依存がまかり通ってしまうのか。
その根本的な原因は、現在の市長をはじめとする行政幹部に「財政上の危機感」が決定的に欠如しており、財政メカニズムそのものへの理解が不足していると言わざるを得ない点にある。
その「財政無関心」な姿勢が最も如実に表れているのが、弥富市における最上位計画である「総合計画」の杜撰な運用である。
自治体の総合計画とは、向こう10年間(あるいは5年間)のまちづくりの基本理念と、それを実現するための事業の全体像を示す「羅針盤」である。
当然のことながら、計画に掲げた事業を実行するためには、それを裏付ける「カネ(財源)」の見通しが必要不可欠である。
しかし、弥富市の「第2次弥富市総合計画」を参照すると、そこには致命的な欠陥がある。
総合計画の中に財政計画に関するページは形ばかり存在するものの、計画期間中に実施予定の個別の大型事業(公共施設長寿命化、下水道整備、駅周辺整備等)について、「今後10年間でどれだけの総費用がかかり、それを毎年の税収とどれくらいの借金で賄うのか」という、具体的な「金額ベースでの総括的な財政シミュレーション」が裏付けとして記載されていないのである。
例えば、弥富市の公共施設再配置計画等によれば、今後40年間で公共施設の修繕・更新に約1,076億円(年平均約26.9億円)もの巨額な費用が見込まれている。
また、下水道事業にも今後数十億円規模の投資が予定されている。これらの莫大な投資的経費を、限られた税収と借金枠の中でどうやってやり繰りするのかという10年トータルでの財政検討がなされていない無責任な計画は、計画とは名ばかりの「ウィッシュリスト(願望の羅列)」に過ぎない。
この異常性は、近隣の政令指定都市である名古屋市の運用と比較すれば一目瞭然である。
名古屋市の場合、総合計画を策定し新規事業を盛り込む際には、単なるビジョンだけでなく、「今後の財政収支見通し(令和8年度から11年度など、複数年のシミュレーション)」を緻密に作成する。
今後10年間で財政的に実行可能であるか(税収はいくらで、借金はいくらまでなら可能か)という「予算のキャップ(上限枠)」をはめ、その裏打ちをした上で、初めて総合計画に事業を掲載するのである。
財政の限界を無視し、「あれもやります、これもやります」と総花的に事業を書き連ねた弥富市の総合計画。
そして、いざ個別事業を推進する段階になって、議会や市民から費用の膨張や必要性を問いただされると、「すでに総合計画で決まったことですから」と責任を転嫁し、借金頼みで強行する姿勢。これは、確固たるマスタープラン(全体戦略)を持たず、現場の短期的な「やってる感」の演出に終始し、後世にツケを回し続けた戦前日本の無責任な国家運営と不気味なほど韻を踏んでいる。
耳障りの良い言葉を並べた「バラ色の計画」は、未来の市民に対する「高すぎるツケ」の請求書でしかないのである。
7. 結論:真の財政規律を取り戻し、持続可能な自治体経営へ転換するための提言
弥富市の現状は、単に「一時的にお金が足りない」というレベルの流動性の問題ではない。
「費用対効果を全く無視した放漫なハード投資」「都合の悪い民意をアンケートの操作で捻じ曲げる合意形成の偽装」「将来世代の負担能力を完全に度外視した借金の雪だるま式増大」、そして「予算の裏付けを持たない形骸化した行政計画」という、自治体のガバナンス(統治機能)そのものの深刻な崩壊である。
この事実上の「経営破綻状態」から脱却し、市民の生活と未来の世代を守り抜くためには、これまでの惰性による行政運営を根本から改め、抜本的な行財政改革に踏み出す以外に道はない。
ここに、弥富市の再生に向けた4つの緊急提言を行う。
提言1:すべての投資的経費に対する「厳格な費用対効果(B/C)分析」の義務化とプロセスの全面公開
土地区画整理事業、駅周辺整備、公共施設の大規模修繕など、一定規模以上のすべての公共事業に対して、客観的な経済効果(B/C)の事前算定を条例等で義務付けるべきである。
その際、CVM(仮想市場評価法)のような、設問の設計次第でいくらでも恣意的な誘導が可能な主観的アンケート手法に頼ることは厳に慎むべきである。
実際の時間短縮効果、維持管理費の削減額、経済波及効果などを厳格かつ保守的に数値化し、B/Cが1.0を下回る事業については、いかに過去からの懸案事項であろうとも原則として凍結・中止・再検討するルールを確立しなければならない。
提言2:過半数が「0円」と回答したJR・名鉄弥富駅自由通路事業の即時凍結と抜本的見直し
アンケート回答者の53.3%が支払意思額「0円」を示し、明確に事業の必要性を否定したという事実は、この事業に対する市民の強烈な「No」の突きつけである。
この圧倒的な民意を無視し、一部の肯定的な意見だけを抽出して事業を強行することは、民主主義の根幹を揺るがす暴挙である。
市は直ちに現在の約50億円規模の計画を白紙撤回し、総事業費を大幅に圧縮した代替案(例えば、巨額の自由通路建設ではなく、必要最小限のエレベーター等によるバリアフリー化のみの実施など)への転換を真摯に検討すべきである。
提言3:「新規市債発行額 < 公債費元本返済額」を絶対条件とする借金上限規制(キャップ)の導入
今後5年間で80億円(年平均16億円)という無謀な起債計画は、直ちに撤回されなければならない。
毎年の新たな借金(新規市債発行額)は、過去の借金の元本返済額(現状約11億円)を絶対に超えないという「財政規律のキャップ(上限)」を制度として設けるべきである。
これにより、市債残高を確実に漸減させ、将来迫り来る金利上昇リスクと、人口減少下における次世代への過酷な負担転嫁を未然に防ぐメカニズムを組み込むことが必須である。
提言4:総合計画と連動した「10年間の詳細な財政収支シミュレーション」の策定と公開
市の最上位計画である総合計画には、必ず「向こう10年間の歳入・歳出推計」と、個別の大型事業に対する「財源内訳(税収・補助金・市債などの具体的な金額)」を紐づけることを義務化する。
名古屋市等の先進事例に倣い、総予算の枠組みに収まりきらない、財政的裏付けのない事業は総合計画に一切掲載しないという厳格な方針を徹底する。これにより、「財源なきバラ色の計画」を排除し、身の丈に合った持続可能なまちづくりのロードマップを市民に提示すべきである。
弥富市が直面しているのは、緩やかな衰退ではなく「今ここにある危機」である。義務的経費が年々膨張し続ける現実から目を背けず、これまで既得権化してきた不要不急のハード事業に対する痛みを伴う見直しに踏み込まなければ、行き着く先は公共サービスの急激な切り捨てか、最悪の場合、財政再建団体への転落しかない。
今こそ、耳障りの良い「やってる感」の演出を排し、市民の手に「真の地方自治」と「厳格な財政規律」を取り戻すための冷徹な決断が求められている。
