【弥富市サバイバルガイド】「失われた20年」のツケを払い、未来の街をリデザインする次世代公務員の戦い方
右肩上がりの時代は完全に終わりました。これからの市役所を担う若手職員の皆さんは、人口減少、施設の老朽化、そして過去の負債という「過酷な撤退戦」の最前線に立たされています。
このサマリーは、平成の大合併から現在に至るまでの弥富市の「不都合な真実」を直視し、ただの事務屋ではなく、街の未来をデザインする「真の行政プロフェッショナル」になるための実践的なガイドです。
1. なぜ財政が苦しいのか?「失われた20年」の正体
今の弥富市を苦しめている最大の原因は、約20年前の「平成の大合併」の際に、本質的な改革をサボタージュしてしまった過去の行政経営にあります。
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「合併のボーナス期間」の浪費: 国は合併を促すため、最初の10年間は「旧弥富町+旧十四山村」の2役場分の手厚い交付金(合併算定替)を出しました。本来、この資金的余裕があるうちに施設の統廃合や組織のスリム化という「痛みを伴う改革」をすべきでしたが、市はこれを怠りました。
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固定化された「二重のハコモノ」: 改革を先送りした結果、現在も「二つの巨大な体育館」「二つの福祉センター」といった重複施設が残り、莫大な維持費・修繕費が一般財源を垂れ流し続けています。
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将来世代への重いツケ: 有利な起債(借金)を使って施設を統合するチャンスを逃した一方で、新市庁舎(約55億円)や駅自由通路(約50億円)といった新たな巨額投資が進行し、今後30年にわたる重い返済負担が皆さんの世代にのしかかっています。
2. 迫り来る限界:足元の「農村」と「人口」の崩壊
役所が過去のやり方を踏襲している間にも、弥富市の社会構造は不可逆的な変化を遂げています。
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人口構成の激変: 2010年(約43,000人)をピークに人口は減少局面に突入。生産年齢人口が減り、高齢者が急増するという厳しい現実が数字に表れています。
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農村コミュニティの空洞化: 農業機械の高額化と高齢化により、小規模な兼業農家は次々と引退。現在、弥富市の広大な農地はわずか68の「認定農業者(プロフェッショナル)」に集約されています。「地域の共同作業(草刈りや泥上げ)」で維持されてきた農村の景観とコミュニティは、今まさに存続の危機にあります。
3. 「コスパ」だけで街を切り捨てないための行政哲学
財政難やインフラ維持費を純粋な「経済合理性(コスパ)」だけで判断するなら、「インフラ維持にお金がかかる周辺の農村部から住民を強制退去させ、中心部に集約する」のが一番安上がりです。
しかし、市役所は絶対にそれをしません。なぜなら、地方自治体には「経済合理性だけでは見捨てられる空間を守る」という哲学があるからです。
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バッファゾーンとしての農村: 効率は悪くても、農村部に人が住みコミュニティを維持することは、防災や鳥獣被害の防止(自然との緩衝地帯)という目に見えない莫大な価値を生んでいます。
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都市と自然のバランス: 人間は高密度な都市空間だけでは精神的に健康に生きられません。少し車を走らせれば豊かな自然や田園風景があること自体が、弥富市全体の居住価値を高めています。市役所の使命は、この「都市の利便性」と「農村の豊かさ」の最適なバランスをデザインすることです。
4. 次世代公務員へ:難局を突破する「3つの最強スキル」
「前例踏襲」の事務処理はAIがやる時代です。過去のツケを清算し、持続可能な弥富市を再構築するために、若手職員は以下の3つの専門性を鍛える必要があります。
| 求められるスキル | 旧型公務員のアプローチ | 次世代公務員のアプローチ |
| ① バックヤードの最適化 | 窓口の定型業務を長時間かけて手作業でこなす。 | DX(AI/オンライン化)でルーチンを圧縮し、複雑な対人支援や政策立案(フロントライン)に全集中する。 |
| ② データ駆動型政策(EBPM) | 「近隣市がやってるから」「補助金が出るから」でハコモノを建てる。 | 将来の人口動態とライフサイクルコストの客観データに基づき、30年後の負担を冷徹に評価して事業を絞る。 |
| ③ 高度なファシリテーション | 新しい施設や補助金を与えて市民を喜ばせる(利益の分配)。 | **施設の統廃合や負担増といった「痛み」**をデータと共に誠実に語り、市民をパートナーとして巻き込み合意形成を図る。 |
結論:
過去の行政経営が先送りしてきた現実は過酷です。しかし、客観的なデータ(EBPM)を武器にし、市民と血の通った対話を重ねることで、必ずこの街を「持続可能でレジリエントな弥富市」へと生まれ変わらせることができます。既存のルールを疑い、真の自治体経営を牽引するプロフェッショナルへの成長を期待しています。
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弥富市における行財政改革と公共施設マネジメントの展望:平成の大合併から20年を経た現状課題と自治体の存在意義(自分の考えをAI利用で検証)
序論:新たな時代における自治体経営のパラダイムシフトと若手職員への要請
地方自治体を取り巻く環境は、かつての人口増加と経済成長を前提とした右肩上がりの時代から、人口減少、少子高齢化、そして公共インフラの一斉老朽化という複合的かつ構造的な課題を抱える成熟・縮小の時代へと完全に移行した。
この歴史的な転換期において、行政の実務を担う職員には、過去の踏襲や単なる事務処理能力を超えた、極めて高度で専門的な知識と政策立案能力が求められている。
本報告書は、弥富市の若手行政職員に向けたオンライン職員ハンドブックの中核となる専門的知見の共有を目的とし、行財政改革の推進という実務的な視点から、地方自治体の存在意義に関する哲学的考察と、過去20年間にわたり本質的な解決が先送りされてきた構造的課題について、客観的データに基づく網羅的な検証を行うものである。
現代の行政運営において、実質的な意味での広域化や業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推し進め、バックヤードの無駄を省いていくことは避けて通れない共通課題となっている。
例えば、弥富市において令和8年度(2026年度)の4月1日から実施が予定されている市役所等の開庁時間の見直し(午前9時から午後4時までの短縮)は、このバックヤード効率化の典型的な施策の一つである。
現在の開庁時間は職員の勤務時間と同一であり、窓口業務を中心に行う部署では、開庁前や閉庁後の準備・片付けに追われ、本来必要とされる業務改善や政策見直しの時間を確保できないという全国共通の構造的課題が存在していた。
この時間短縮は、限られたマンパワーをより高度な行政需要や本質的な課題解決に振り向けるための必然的な措置であると評価できる。
しかしながら、こうしたバックヤードの効率化やコスト削減は、あくまで自治体経営における「手法」の一つに過ぎず、それ自体が究極の目的ではない。
我々は今一度原点に立ち返り、「市民と私達」という関係性の中で、「市役所とは一体何のために存在するのか」「なぜその地域に地方公共団体が存在しなければならないのか」という哲学的・根源的な問いに深く向き合う必要がある。
本稿では、弥富市の行財政改革において最大の未解決課題として横たわっている「平成の大合併の総括」を議論の起点とする。
十四山村と弥富町が合併して現在の弥富市が誕生した経緯と、合併特例という制度がもたらした功罪を解き明かすとともに、長年放置されてきた重複する公共施設のマネジメント問題、激変する農業構造と人口動態の真実、そして「経済的合理性」と「地域コミュニティの維持」という行政哲学における最大のジレンマについて、多角的な視点から詳細に論述を展開していく。
第1章:平成の大合併の歴史的背景と弥富市の成立ダイナミズム
弥富市の現在の行財政構造を理解するためには、今から約20年前に全国的な規模で推し進められた「平成の大合併」の背景と、その中で本市がどのように形成されたのかという歴史的プロセスを正確に把握することが不可欠である。
このプロセスを検証することは、現在の市役所が抱える組織的・財政的課題の根本原因を特定する作業と同義である。
1.1 広域化の要請と国家主導のバックヤード削減論理
1990年代後半から2000年代にかけて、国(当時の自治省、後の総務省)の強力な主導により、全国の市町村を再編する大規模な合併政策が展開された。
この背景には、日本社会全体を覆い始めていた二つの巨大な構造的変化が存在していた。第一の変化は「人口動態の歴史的逆転」である。日本の総人口は2000年代まで微増を続けていたものの、税収と経済活動の基盤となる生産年齢人口(15歳から64歳)は、国勢調査のデータにおいて1995年をピークとして、その後は急激な減少局面に転じていた。
この生産年齢人口の減少は、将来的な地方税収の構造的な落ち込みを意味しており、従来の規模のままでは地方自治体の財政基盤が維持できなくなるという強い危機感が国と地方の双方で共有され始めていた。
第二の変化は、「行政需要の劇的な高度化と情報通信技術(IT)革命」である。
1995年の「Windows 95」の発売に象徴されるインターネット社会の到来は、行政における情報処理のあり方を根本から変革した。
同時に、急速な高齢化に伴う介護保険制度の導入(2000年)や、環境問題、国際化への対応など、市町村に求められる行政サービスはかつてないほどに専門化し、かつ高度化していた。
こうした複合的な環境変化を前にして、従来の小規模な町や村のレベルでは、高度化する行政レベルに対応するためのマンパワーや専門性が決定的に不足するという事態に直面した。
そこで国が打ち出した処方箋が、周辺市町村の事実上の吸収や対等合併による「規模の経済」の追求であった。
愛知県内外を問わず、例えば豊田市や静岡県の浜松市など、地方の中核都市が周辺の町村を編入・統合する形で市町村数を大幅に減らす動きが全国で相次いだ。
この政策の主眼は、複数の自治体に重複して存在する議会、首長、総務・人事・財政などの管理部門(バックヤード)のコストを一本化によって大胆に削減し、浮いた財源と人員をフロントラインの住民サービスや高度な政策立案に振り向け、自治体組織全体の処理能力と質を向上させることにあった。
1.2 海部郡南部地域における合併の政治力学と十四山村の決断
国の方針を受け、愛知県も県内各地域における市町村合併の推進パターン(指針)を示した。
海部郡の南部地域においては、当初「蟹江町、弥富町、十四山村、飛島村」という4町村での枠組みが県からの指針として提示されていた。
しかし、現実の合併協議は机上の論理通りには進まず、各自治体の財政状況や地政学的な条件、そして複雑な政治的力学が激しく交錯する場となった。
当時、この枠組みの中で特異な位置を占めていたのが飛島村である。
同村は臨海部に巨大な工業地帯を抱えており、固定資産税等の法人関連税収が極めて豊富で、全国屈指の高い財政力指数を誇っていた。
そのため、他の町村と合併して財源を共有することに対する経済的なインセンティブが村民や議会に見出せず、早期の段階で合併協議の枠組みには乗ってこないことが明白となった。
飛島村の離脱が確定的となる中で、残された蟹江町と弥富町、そして十四山村の間で協議が模索されたが、ここでも大きな障害が立ちはだかった。
人口規模で拮抗する蟹江町と弥富町の間で、新しい市の中心となる市役所本庁舎をどちらに置くのか、あるいは主導権をどちらが握るのかという、いわゆる「綱引き」の状況が発生したのである。
相互の妥協点を見出すことは困難を極め、結果として蟹江町も早々に合併の枠組みから離脱することとなった。
最終的に残された弥富町と十四山村の二者間において、十四山村がどのような決断を下すかが焦点となった。
純粋な地理的条件や農村地域としての親和性を考慮すれば、飛島村と十四山村が結びつくパターンも一つの有力な選択肢として考えられたかもしれない。
また、十四山村の東部地域における住民の生活実感や商業圏への依存度という観点では、鉄道駅(蟹江駅や富吉駅)へのアクセスや購買行動において、弥富よりも蟹江町や名古屋市方面との結びつきが強いという側面も存在していた。
それにもかかわらず、最終的に十四山村が弥富町との合併を決断した背景には、当時の政治的リーダーシップによる強い働きかけや、単独で村政を維持することに対する将来的な財政不安など、複数の要因が複合的に作用したものと推測される。
結果として、この二つの自治体は2006年(平成18年)に合併し、新たな自治体として歩み始めることとなったのである。
1.3 合併特例による「市制施行」のジレンマと権限の拡大
弥富町と十四山村の合併において特筆すべき重要な要素が、「合併特例」による市制施行の実現である。
地方自治法において、新たに「市」となるための要件は原則として人口5万人以上と厳格に定められている。
しかし、国は市町村合併を強力に推進するためのインセンティブとして合併特例法を制定し、一定期間内に合併を行った自治体に対してはこの人口要件を大幅に緩和した。
当時、両町村を合わせた人口は約4万2000人規模であったが、この特例措置が適用されたことにより要件を満たしたとみなされ、晴れて「弥富市」としての市制施行を果たしたのである。
町村から「市」へ昇格することの行政学的な意味合いは、単なる名称の変更にとどまらない。
役場が「市役所」となり、町長が「市長」となるだけでなく、行政権限の範囲が大きく拡大する。
町村の段階では、都市計画の決定権限の多くや、高度な保健・福祉・衛生に関するサービスの提供は、広域自治体である愛知県が主体となって担っていた。
しかし、市となることでこれらの権限の多くが県から市へと移譲され、都市計画や福祉政策などを自前の裁量で柔軟に決定し、実行することが可能となる。
一見すると、これは自治権の拡充であり、地域にとって望ましいことのように思われる。
しかし、ここには大きな落とし穴が存在していた。
市となって権限ややるべき仕事が増大したからといって、それに比例して市の財源が魔法のように豊かになるわけではないのである。
広範な権限を適切に行使するためには、県レベルと同等の高度な専門性を持つ職員を育成・確保し、新たなシステムを構築・維持するための多大なコストが必要となる。
当時の政策決定の過程において、「愛知県に任せておける部分は任せたまま、身の丈に合った『町』の形態を存続させる」という冷静な選択肢も十分に検討されるべきであったという指摘は、行政経営の観点から現在でも極めて妥当なものである。
結果として、組織の専門性や財政基盤の抜本的な強化が追いつかないまま、外形的な「市」への移行と権限拡大が進んでしまったという構造的ジレンマが、その後の市制運営に重くのしかかることとなった。
第2章:財政構造の実態と「失われた20年」の徹底検証
弥富市の行財政改革において、最大のボトルネックとして現在も暗い影を落としているのが、合併後20年間にわたって続けられてきた「本質的な課題解決の先送り」である。
その核心には、国が合併を推進するために用意した巨大な財政的アメ(優遇措置)が、皮肉にも自治体内部の構造改革に対する危機感を完全に麻痺させてしまったという行政病理が存在する。
2.1 「合併算定替」という麻薬と錯覚された余裕
市町村合併の本来の主目的は、重複するバックヤードコストの削減にあった。
理屈から言えば、首長や議会、各種委員会の統合、そして総務・人事・財務といった管理部門を一本化することで行政コストは大幅に減少するはずである。
したがって、国が自治体の財源不足を補填するために交付する「地方交付税(普通交付税)」の額も、統合後のより効率的な行政規模に合わせて減額・適正化されるのが筋である。
しかし国は、交付税の急減を恐れて合併を躊躇する自治体を後押しするため、「合併算定替(がっぺいさんていがえ)」という極めて強力な特例措置を講じた。
これは、合併後最初の10年間(後に激変緩和措置等の延長あり)は、旧弥富町と旧十四山村が依然として別々の自治体として存在していると仮定してそれぞれの交付税額を算定し、その合算額を新しい弥富市に交付し続けるというものである。
つまり、実体としては一つの市役所に統合されたにもかかわらず、国からの財源保障の計算上は「二つの町村分のバックヤードコスト」が認められ、手厚い交付金が支払われ続けたのである。
この特例期間中、弥富市には本来の適正規模を大きく上回る多額の地方交付税が毎年のようにもたらされた。
市の予算を編成・執行する立場からすれば、資金的な余裕が恒常的に生み出されているような状態であり、財政運営は極めて「楽」であったと推測される。
本来であれば、この特例による手厚い交付金が保証されている10年間の「ボーナス期間」こそが、来るべき特例終了後の交付税急減に備え、重複する公共施設の統廃合(スクラップ・アンド・ビルド)、職員定数の適正化、組織のスマート化といった、痛みを伴うリストラクチャリングを断行するための貴重な準備期間であった。
2.2 改革のサボタージュと固定化された二重投資
しかしながら、歴史的な結果として振り返れば、当時の市の経営幹部や政治的意思決定層は、この痛みを伴うリストラから目を背け、「怠慢」あるいは「サボタージュ」と言わざるを得ない対応を続けた。
特例期間が終了し、普通交付税が弥富市1本での算定(一本算定)へと段階的に移行していく中で、国からの交付額は劇的な減少を見せた。
旧十四山村分のみの交付データを見ても、平成12年度には約12億2,500万円であったものが、平成19年度には約61.1%減の約4億7,600万円にまで落ち込んでいる。
直近の令和5年度予算における一般会計の歳入内訳を見ても、地方交付税は依存財源全体のわずか2.9%にまで縮小しており、令和3年度の2.3%などと比較しても、極めて厳しい財政運営が常態化していることがわかる。
表1:弥富市の財政構造。自主財源比率は約6割で推移しているが、市税が歳入全体の約半分を占める一方で、硬直化した施設維持費や過去の市債返済が一般財源を強く圧迫している。
財源がこのように本来の規模へと適正化(減少)していく一方で、合併特例期間中に統廃合しておくべきであった「二つの巨大な体育館」「二つの福祉センター」といった旧両町村の重複施設は、メスを入れられることなくそのままの形で維持されてしまった。
これらの重複施設の維持には、多額の人件費、光熱水費、日常的な保守点検費、そして老朽化に伴う修繕費がかかる。
過去20年間にわたり、これらの非効率なランニングコストに対して、市民の貴重な税金である一般財源が漫然と垂れ流され続けてきたのである。
さらに深刻なのは、国が施設の統合やスクラップ・アンド・ビルドに必要な初期投資を支援するために用意していた「合併特例債」という極めて有利な財政スキームを、本質的な施設再編のために十分に活用しきれなかったことである。
合併特例債は、施設統合のための建設費や解体費の財源として活用でき、その元利償還金の最大70%が後年度に地方交付税として国から補填されるという破格の制度であった。
この有利な起債を活用して、古い二つの施設を解体し、効率的で多機能な一つの複合施設へと建て替える(リストラする)財源と機会がそこには確かに存在していた。
その千載一遇の好機を逃し、ただ漫然と時間を浪費してしまったことの行政的罪過は計り知れない。
2.3 新庁舎建設などの巨額投資と将来世代への重いツケ
改革の先送りによって固定化された維持費の負担に加え、近年では新たな巨額のインフラ投資も実行され、財政の硬直化に拍車をかけている。
その最たる例が、老朽化した旧庁舎に代わり、令和2年(2020年)5月に前ケ須町南本田に開庁した新市役所本庁舎の建設である。
この新庁舎建設には約55億円という巨額の事業費が投じられた。
さらには、消防組合の新庁舎建設(約23億円の見込み)や、駅自由通路・橋上化(約50億円)といった莫大な資本投下が立て続けに行われている、あるいは計画されている。
これらの建設費の大半は、合併特例債やその他の市債(借金)の発行によって賄われている。
市は、国からの有利な起債メニューや補助金を組み合わせることで「実質的な市の持ち出しは少なくなる」と説明しがちであるが、最終的な元本および利子の償還負担は、将来の市の一般財源から確実に支払われなければならない。
現在の下水道事業が毎年4億5,000万円から5億円もの赤字を垂れ流し、一般会計からの繰入金で補填している実態を見ても、過去の無批判なインフラ投資が現在の財政をいかに圧迫しているかがわかる。
これらの負債の返済(公債費)は、現在の市民だけでなく、これから先の約30年間にわたり、将来の弥富市民が重い負担として背負い続けることになる。
長期的かつ大局的な視点を欠き、「今だけ、自分たちだけ」の利益や外形的な整備を優先し、痛みを伴う本質的な改革を先送りにしてきた結果生み出されたこの負の遺産こそが、若手職員が直視し、解決に取り組まなければならない最大の課題である。
第3章:公共施設マネジメントの機能不全と将来への再配置戦略
行財政改革の次なる主戦場であり、前章で述べた財政硬直化の主要因となっているのが「公共施設の再配置(ファシリティマネジメント)」である。
合併によって生じた類似施設の重複問題と、高度経済成長期から1990年代のバブル期にかけて大量に建設された公共インフラが一斉に老朽化・更新期を迎えるという問題が、極めて深刻な形で同時に弥富市にのしかかっている。
3.1 象徴としての「二つの体育館」と「二つの福祉センター」
弥富市の公共施設における非効率性と未改革の象徴として頻繁に俎上に載せられるのが、類似機能を持つ大規模施設の並存である。
1990年代の経済的拡大期に、国からの補助金を活用して旧弥富町と旧十四山村がそれぞれ独自に立派な施設を建設しており、それらが合併後も統廃合されることなく現在に至っている。
スポーツ・レクリエーション系施設を例に取ると、市街地側に位置する「総合社会教育センター(総合体育館)」や各小中学校の体育館と、旧十四山村側に位置する「TKEスポーツセンター(十四山スポーツセンター第1アリーナ)」および「十四山体育館」が並存している状態である。
例えば、十四山体育館の利用料金体系を見ると、午前9時から正午までの利用で3,600円、午後5時から午後9時30分までの利用で4,730円といった使用料が設定されており、総合社会教育センター(第1武道場の午前利用で2,200円等)を含め、一定の受益者負担を求めて維持管理費の一部を補填する努力はなされている。
しかしながら、広大な敷地と巨大なアリーナ・上屋を持つこれらの施設を複数維持するための屋根・外壁改修、空調設備の更新、日常の清掃や警備にかかるランニングコストは、使用料収入をはるかに凌駕する膨大な額となっている。
福祉施設に関しても全く同様の構造が見られる。市街地にある「総合福祉センター」と、子宝六丁目にある「十四山総合福祉センター」が並存している。
十四山総合福祉センターは、陶芸用電気窯(1回1,000円)などの附属設備を備え、長年にわたり地域の高齢者の衛生保持やコミュニティ交流の拠点として機能してきた。
しかし、これらの施設に付帯する入浴設備などは、建設からの年数経過による著しい老朽化に加え、昨今の国際情勢に起因する急激なエネルギー価格(光熱水費)の高騰の直撃を受けている。
公費のみに依存した完全無料、あるいは極めて低額な料金での施設運営は、すでに財政的な限界点を突破しているのが現実である。
| 施設系統(用途) | 主な対象施設(抜粋) | 課題と現状のマネジメント |
|---|---|---|
| スポーツ施設 | 総合社会教育センター(総合体育館)、TKEスポーツセンター、十四山体育館等 |
広大な敷地と巨大な上屋を持つため、屋根・外壁の大規模改修や空調等設備更新に莫大な費用が必要。稼働率の平準化と拠点機能の集約が急務。 |
| 福祉・保健施設 | 総合福祉センター、十四山総合福祉センター、保健センター、いこいの里等 |
入浴設備等の物理的寿命と陳腐化。エネルギー価格高騰によるランニングコストの異常な増大。受益者負担の適正化と機能転換が必要。 |
| 市民文化系施設 | 南部コミュニティセンター、白鳥コミュニティセンター、十四山公民館、図書館等 |
利用者の固定化と高齢化。オンライン化や他施設との複合化による面積縮減の対象。 |
| 行政窓口・庁舎 | 市役所本庁舎(前ケ須町)、十四山支所(神戸三丁目) |
新本庁舎は令和2年に完成。十四山支所等の支所機能は維持コストがかかるため、DX(各種オンライン申請等)の進展に伴う窓口機能の再定義と統廃合が必要。 |
表2:弥富市における主な公共施設(延床面積100㎡以上の対象建築物)と直面する課題の整理(「弥富市公共施設個別施設計画」より抜粋・再構成)。
3.2 公共施設等総合管理計画に基づく「総量縮減」の必然性と地域計画
こうした危機的状況の進行を受け、弥富市は行政経営の転換を図るべく、平成28年(2016年)に上位計画である「弥富市公共施設等総合管理計画」を策定し、令和2年(2020年)には「弥富市公共施設再配置計画」、そして各施設の具体的な長寿命化方針や改修スケジュールを定める「弥富市公共施設個別施設計画」を順次策定した。
この個別施設計画の対象となるのは、延床面積100㎡以上の公共建築物68施設(集会施設、図書館、歴史民俗資料館、スポーツ施設、学校教育系施設など)である。
計画の眼目は、令和37年度(2055年度)という長期間を見据え、施設が完全に壊れてから多額の費用をかけて直す「事後保全型」の管理から、定期点検に基づく計画的な修繕を行う「予防保全型」へと転換することでライフサイクルコストを平準化することにある。
しかし、それ以上に重要な目標が、施設の統廃合や複数機能の複合化による「ハコモノの総量縮減(保有する延床面積の絶対的な削減)」である。
かつて、合併前の旧町村役場が建て替えられ、あるいは田んぼの真ん中に新たな駐車場付きの総合庁舎が構想されるなど、拡張を前提とした行政運営が行われていた時代があった。
しかし現在の行政職員に求められるのは、地域全体の真の行政需要をデータに基づいて見極め、不要となった施設、あるいは費用対効果が見合わなくなった施設を、勇気を持って「閉じる(ダウンサイジングする)」という極めて高度な政治的・行政的マネジメント能力である。
この施設縮減プロセスは、単なる財政上の数字合わせであってはならない。
例えば、十四山中学校の跡地活用論議に見られるように、行政が一方的に作成した統廃合案や現行案が白紙撤回された事例は、住民の強い連帯と論理的な意思表示の力を証明している。
現在進行している個別の施設跡地の活用論議を俯瞰し、十四山・南部地域全体の空間利用と将来のまちづくりのビジョンを決定する包括的な地域計画の策定プロセスへと住民を巻き込んでいくことが不可欠となっている。
第4章:人口動態の変容と農村・農業構造の激変
行政内部におけるバックヤードの非効率性や公共施設の重複が漫然と放置されてきたこの20年間の間に、弥富市の足元を支える社会構造、とりわけ人口動態と一次産業(農業)の姿は、後戻りのできない不可逆的な変化を遂げていた。
4.1 人口減少社会への突入と超高齢化の進行
弥富市の総人口推移を長期的な視点で追うと、社会構造の劇的な転換点が明確に浮かび上がる。
1990年(平成2年)時点で38,971人であった人口は、1995年に41,309人(増減率+6.0%)、2000年に42,179人(+2.11%)と、1990年代を通じて力強い増加傾向を示していた。
合併の直前である2005年には42,575人となり、その後2010年(平成22年)の国勢調査で約43,272人というピークに達した。
しかし、この2010年を境として明確な減少局面に突入している。
2015年には43,269人と微減(-0.01%)となり、直近の2020年調査では43,025人(対前回比-0.56%)と、減少のペースが徐々に加速しつつある。
ここで行政職員が最も注視すべきは、単なる「総人口の漸減」という表層的な事象ではなく、その背後で進行している「人口構成の中身の激変」である。
表3:弥富市の人口推移(1990年~2020年)。2010年を頂点として人口減少社会へと完全にパラダイムシフトしていることがわかる。
いわゆる団塊の世代を中心とする厚い層が高齢期へと移行する一方で、少子化の波により子供の数は急速に減少し、地域経済と税収を支える生産年齢人口(15歳〜64歳)が大きく落ち込んでいる。
特に、旧十四山村や南部(鍋田地域)を中心とした市街化調整区域および農村地域においては、この高齢化と少子化が同時に、かつ極端な形で進行している。
20年前の合併協議の当時、国はすでに「地方消滅」の可能性や人口減少社会の到来について警鐘を鳴らし始めていた。
しかし、当時の行政と政治が、どこまでこの「20年後のリアルな現実(子供の激減と高齢者の急増)」を精緻なデータとして予測し、それに対応するための具体的なビジョンを構築していたかについては、極めて懐疑的にならざるを得ない。
「規模を大きくすれば何とかなる」という漠然としたイメージのみで合併へと突き進み、その後の徹底的な現状調査や課題のあぶり出しを怠ってきたことのツケを、現在の市民と若手職員が負わされていると言っても過言ではない。
4.2 農業機械の更新限界と「プロフェッショナル化」への構造転換
人口動態の変化が、地域社会の景観と経済活動に対して最も劇的な形で表面化しているのが農業分野である。
20年前の弥富市(特に十四山・鍋田を中心とする広大な水郷・農村地帯)の風景を思い起こせば、そこには団塊の世代以上の人々が、自らの手で田んぼを耕す姿が当たり前のように存在していた。
彼らの多くは専業農家ではなく兼業農家であり、比較的小型のトラクターやコンバイン、田植え機を各世帯で所有し、週末や農繁期に家族総出で農業を営むスタイルが定着していた。
しかし、この20年の間に一つの決定的な物理的限界が訪れた。
それは「農業機械の一斉老朽化と更新問題」である。機械の寿命を迎え、買い替えを検討する時期に差し掛かった際、すでに高齢化し、後継者を持たない小規模な兼業農家にとって、数百万円から一千万円を超える最新の大型農業機械への再投資は、経済的合理性が全く見出せない選択であった。
「この小さな面積の田んぼを維持するためだけに、そんな高い値段の機械を今さら買うことはできない」という切実な声が上がり、結果として彼らは自営での農業生産から次々と撤退していった。
その結果生じたのが、農地耕作の外部委託(アウトソーシング)の猛烈な加速である。
現在、弥富市の広大な農地の実働を担っているのは、地域住民の多数派ではなく、大型のコンバインやトラクターを駆使する「認定農業者」と呼ばれる少数のプロフェッショナルな経営体である。
2025年3月末現在の統計データによれば、弥富市内の認定農業者は総計でわずか68経営体にまで集約されている。
この中には、大規模化と多角化を牽引する法人経営体が7社、共同申請が16件含まれているが、前年と比較しても3名減少しており、担い手の少数精鋭化に拍車がかかっている。
市もこの事態を重く受け止め、令和2年の農業収入が前年に比べ減少している認定農業者経営体に対して、減収額に応じた段階的補助を行うなど、地元農業を支える中核的な担い手への支援策を講じている。
この構造転換は、弥富市の地域社会における根本的なあり方の変容を示している。「多数の地域住民(兼業農家)が結集し、共同作業によって農地と水路の景観を維持してきた村落共同体」から、「認定農業者という少数のプロフェッショナルな経営体に、農地と生産手段のすべてを託す産業化モデル」への完全な移行期に差し掛かっているのである。
農地集積という制度面での効率化が進む一方で、水路の草刈りや泥上げ、農道の維持といった、これまで地域コミュニティが担ってきた「結の精神(共同作業)」の担い手が消滅しつつある。
この農村コミュニティの空洞化という危機的状況に対し、行政としてどのような支援と仕組みづくりを行っていくのかが、極めて重い課題として突きつけられている。
第5章:地方自治の行政哲学:「経済合理性」対「地域コミュニティの維持」
ここまでの議論において、国主導の合併論理、バックヤードの効率化、施設のスクラップ・アンド・ビルド、農業の集約化といった、主として「経済的合理性(お金のそろばん)」に基づく行政課題を論じてきた。
しかし、地方自治体という組織を単なる「そろばん」の論理だけで割り切ることができない深い理由が存在する。
それが、本報告書の序論で提起した「市役所の存在意義」に関わる哲学的アプローチである。
5.1 経済合理性の極致としての「居住の強制集約」
もし、地方公共団体が純粋な営利企業(株式会社)であり、経済的な効率性とコスト削減のみを至上命題とする組織であるならば、どのような政策が導き出されるだろうか。
一つの極端な思考実験、ある種の「ブラックユーモア」あるいは「新自由主義の極致」として想定されるのが、「居住空間の強制的な集約(究極のコンパクトシティ)」である。
現在、行政は人口が減少し過疎化が進む農村部や周辺地域に住み続ける住民に対しても、多大なインフラ維持コストを支払っている。
田舎に点在する数軒の家を維持するために、上下水道の管網を何キロメートルにもわたって敷設・維持し、公共交通機関(コミュニティバス等)を走らせ、道路を補修し、ごみ収集車を定期的に向かわせている。
これらにかかる行政コストは、人口密集地帯に比べて一人当たりで換算すると極めて割高になる。
極端な例を挙げよう。急傾斜地(崖地)の下に5軒の家が存在し、土砂崩れからその5軒の住民の命を守るための擁壁工事に1億円(場合によっては5億円)の税金が必要になると仮定する。
純粋な経済合理性(そろばん)だけで考えれば、次のような理屈が成立してしまう。
「5億円もの莫大な費用をかけて崖を直すくらいなら、1軒につき2000万円(5軒で計1億円)の移転補償金を渡すので、安全でインフラの整った町の中心部に引っ越してください。
残りの4億円は他の市民へのサービス向上に使います」。
あるいは、「田舎の家1軒を維持するための上下水道等のコストがこれだけかかるのだから、そのコスト分を100万円の補助金として渡すので、田舎の家を放棄して中心部に移住してください」。
インフラの維持更新コストを劇的に下げるという観点からは、この思考実験は完全に理にかなっている。
行政コストが割高になる周辺部から意図的に撤退し、市民を町の中心部にすべて集約させれば、間違いなくバックヤードコストと将来のインフラ投資は最小化されるからである。
5.2 政治と行政の哲学:「なぜ市役所は周辺地域を見捨てないのか」
しかし、現実の政治や行政が、このような乱暴な強制移住政策をいきなり発動することはあり得ない。
それはなぜか。
ここに「地方自治体が行政サービスを提供する根源的な理由(哲学)」が存在する。
第一の理由は、「空間的エクイティ(地域空間の公平性と維持)」の担保である。
弥富市が目指す全体像の中で、旧十四山村や南部地域といった農村地域から完全に人がいなくなり、田畑が荒廃し、無人地帯となってしまった場合、果たして「弥富市」という地域社会そのものが安全に維持できるのかという本質的な問題である。
人が住み、生活の営みがあるからこそ、その地域の環境や景観が保全されるという側面がある。
行政コストが余分にかかるにしても、そこに人が住み、コミュニティを形成し、国土(地域)の保全に寄与してくれている以上、市全体のバランスを取るためにあえて積極的に支援を行い、住み続けられる環境を保障すべきであるという考え方が、現代の行政学や政治哲学の根底には流れている。
最近、全国的な社会問題となっているクマやイノシシなどの鳥獣被害の急増も、中山間地域や農村部という「人間と自然との緩衝地帯(バッファゾーン)」から人が消え、適切な管理が行われなくなったことが大きな要因として指摘されている。
弥富市の周辺部が完全な過疎地域であるとはまだ言えないものの、農村の景観や機能が維持されていることは、市全体の防災や環境保全において、目に見えない莫大な価値(外部経済効果)を生み出しているのである。
5.3 都市空間と農村空間の不可分な相互補完関係
第二の理由は、人間社会における「身体的・精神的な健康維持」のメカニズムに関わるものである。
仮に、経済効率を最優先して全員が町の中心部に集まって住んだとしよう。
確かに上下水道や消防、救急といったインフラの供給コストは劇的に安くなる。
しかし、人間は「効率的で密度の高い空間(住むだけの機能に特化した場所)」だけでは、健康的な生活を持続することができない。
人が密集することによって生じる特有のストレスや、生活空間・活動場所の狭小化といった問題が必然的に発生する。
この都市特有のストレスを緩和し、精神的・身体的な健康を維持するためには、自然的な要素やレクリエーションの要素を持った「非効率だが広大で豊かな空間」を意図的に供給しなければならない。
東京や名古屋といった大都市が、地価が極めて高いにもかかわらず、莫大な税金を投じて巨大な都市公園や緑地を整備し、維持しているのはまさにそのためである。
弥富市において、この「自然的な要素」や「レクリエーション的な要素」を豊かな形で供給しているのが、まさに周辺の農村部や水郷地帯なのである。
密集して住む中心部の市民にとっても、広々とした田園風景が広がり、季節の移ろいを感じられる空間が存在することは、弥富市というまちの居住環境としての決定的な付加価値となっている。
したがって、市役所の存在意義とは、単に集めた税金を効率的にインフラサービスとして配分するだけの「冷徹なサービスプロバイダー」に留まるものではない。
経済的な効率性(そろばん)を追求しつつも、市場原理や効率化の論理だけでは見捨てられてしまう地域や人々をすくい上げ、都市空間の利便性と農村空間の豊かさという「相互補完関係」を最適なバランスでデザインし続ける「プラットフォーマー」としての役割こそが、地方自治体の本質なのである。
第6章:次世代を担う若手職員に求められる高度な専門性と実践的アプローチ
ここまで、弥富市の過去20年間の歴史的軌跡と、現在進行形で直面している構造的課題について俯瞰してきた。
合併特例という一時的な財源による改革の先送り、施設の重複と老朽化、人口動態の逆転と農業構造の変化、そして経済合理性とコミュニティ維持のジレンマ。
これらはすべて、現在の若手職員が真正面から受け止め、解決の糸口を見出さなければならない重い現実(過去からのツケ)である。
この難局を乗り越えるため、今後の行政職員には具体的にどのような専門性が求められるのか。
6.1 徹底したバックヤードの最適化とフロントラインへの資源集中
第一に求められる専門性は、「徹底したバックヤードの最適化」と「フロントライン(市民対応・企画立案)への経営資源の集中」を断行する能力である。
令和8年(2026年)からの開庁時間短縮(午前9時から午後4時)は、単なる職員の労働環境改善や残業削減といった内向きの施策として捉えるべきではない。
これは、業務プロセスの抜本的見直し(BPR:Business Process Re-engineering)に向けた不可逆的な第一歩である。マイナンバーカードを活用したオンライン申請の拡充による「行かない市役所」の実現、AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による定型業務の自動化など、DXを強力に推し進めることで、バックヤードにおけるルーチン業務の総量を劇的に圧縮しなければならない。
その上で、生み出された貴重なマンパワーをどこに振り向けるかが市役所の真価を問う部分となる。
それは、定型的な窓口での書類受付ではなく、複雑化する福祉課題(老老介護、ヤングケアラー、生活困窮者の自立支援)へのきめ細かな伴走型支援や、前述したような地域空間の包括的デザイン、ファシリティマネジメントの推進といった「人間(プロフェッショナルな行政官)にしかできない高度な判断と対話を伴う業務」へのシフトである。
6.2 データ駆動型の政策立案(EBPM)の実践
第二に、「客観的データに基づいた政策立案(EBPM:Evidence-Based Policy Making)」の徹底である。
かつてのように、「近隣の他市がやっているから」「国から有利な補助金・起債メニューが示されたから」「何となく市民のイメージが良いから」といった曖昧で情緒的な理由によって政策決定やハコモノ建設が行われる時代は完全に終焉した。
本稿で詳細に示したような、将来の精緻な推計人口、自主財源の依存比率、公共施設の平方メートル当たり・ライフサイクル全体での維持管理コスト、認定農業者の経営動向といった確固たるデータを常に手元に置き、あらゆる政策の費用対効果(ROI)と将来負担を厳格に評価するスキルが不可欠である。
「合併特例債等の有利な借金が使えるから施設を新設する」のではなく、「この施設は30年後の人口規模の弥富市民にとって真に必要不可欠であり、かつ将来世代がその莫大な維持費と公債費を払い続けられるのか」という冷徹な視点で、すべての事業をスクリーニングする能力が求められる。
6.3 対話と合意形成(ファシリテーション)の能力
第三に、最も困難でありながら最も重要となるのが「市民との高度な合意形成(ファシリテーション)能力」である。
右肩上がりの高度経済成長期の行政は、「新しい施設を造る」「補助金を新設する」「公共サービスを拡大する」という、市民にとって耳障りが良く、歓迎される政策(利益の分配)を実行していれば機能していた。
しかし、これからの縮小時代の行政は、「重複する施設を統廃合・閉鎖する」「効果の薄い補助金を削減する」「施設の維持のために受益者負担(使用料)を引き上げる」といった、市民に対して痛みを伴う政策(負担の分配)を提案し、受け入れてもらわなければならない。
福祉センターの入浴施設の有料化・廃止論議や、学校統合後の跡地利用問題などは、まさにその試金石となる。
市民に対して「財政が厳しいから我慢してほしい」という単なる行政側の泣き言や責任転嫁ではなく、EBPMに基づく客観的なデータを示しつつ、「弥富市全体を将来にわたって持続可能なものにするため」という高い次元の大義(ビジョン)を語り、建設的な対話を通じて納得を引き出す高度なファシリテーション能力が求められる。市民を単にサービスを受け取る「お客様」として扱うのではなく、地域の困難な課題を共に考え、共に解決していく「パートナー(当事者)」として巻き込んでいく姿勢。
これこそが、「市民と私達」というテーマが目指すべき究極の到達点である。
結論
弥富市の行財政改革に関する最大の教訓であり悲劇は、平成の大合併によってもたらされた「合併算定替」等の特例的かつ一時的な財政的余裕が、本来直ちに断行すべきであった構造改革(施設のスクラップ・アンド・ビルドや組織の適正化)の機会を、20年間という長きにわたって奪ってしまったことにある。
統廃合されることなく温存された二つの巨大な体育館や福祉センターに象徴される過剰なインフラは、激増する社会保障費や新たな巨額インフラ投資の返済負担(公債費)とともに、現在の、そして未来の一般財源を深く静かに蝕み続けている。
その一方で、社会の基層では人口減少と超高齢化が急速に進行し、特に農業の実働を少数の認定農業者に依存せざるを得なくなった周辺部の農村コミュニティは、これまでにない存続の危機に立たされている。行政のDX化やバックヤードの削減による効率化の推進は、もはや一刻の猶予も許されない絶対的な急務である。
しかしながら、本報告書で論じた通り、経済的な効率性のみを絶対視し、インフラ維持コストのかかる周辺部を切り捨てるような経営手法は、空間的公平性の担保と都市・農村の相互補完関係の維持という地方自治体の哲学から大きく逸脱するものである。
限られた財源の中でバックヤードの無駄を極限まで削ぎ落としつつ、豊かな自然・農業環境と地域コミュニティをいかにして持続可能な形で守り抜くか。この二律背反する困難な課題に対する「最適解」を、対話を通じて導き出すことこそが、次代の市役所に課せられた最大のミッションである。
過去の行政経営が先送りにしてきたツケは極めて重い。しかし、この冷徹な現実とデータを正確に認識し、長期的視野に立った戦略的政策立案と、市民との血の通った対話を通じた合意形成を積み重ねていくことができれば、必ずや持続可能でレジリエントな弥富市を再構築することができるはずである。
若手職員諸氏が、本ハンドブックに示された専門的知見と高い公共的倫理観を胸に刻み、前例踏襲の殻を果敢に打ち破って「真の自治体経営」を牽引していくプロフェッショナルへと成長することを、強く期待するものである。