はじめに ―― キミが立つその足元には、150年分のドラマが埋まっている
毎日、自転車で通う学校までの道。 休日に友達と遊びに行くショッピングセンター。 スマホで動画を見たり、SNSでやり取りしたりするいつもの日常。
私たちが当たり前のように過ごしているこの「弥富市」ですが……もし、今この場所から「150年前」にタイムスリップしてしまったら、どんな景色が広がっていると思いますか?
そこには、車が走るアスファルトの道はありません。夜になっても街灯すらなく真っ暗。大雨が降ればまち全体が海のように水浸しになり、お隣の県へ行くには小さな舟で川を渡るしかない……。 信じられないかもしれませんが、それが少し前の、このまちの本当の姿でした。
今、私たちが当たり前のように使っている「便利で安全な毎日」は、最初から用意されていた魔法ではありません。
「水害に負けない、強いまちを作ろう!」 「子どもたちが思いっきり勉強できる学校を作ろう!」 「遠くへ行けるように、大きな橋を架けて鉄道を引こう!」
大自然の猛威や戦争といった絶体絶命のピンチのたびに立ち上がり、力を合わせてピンチをチャンスに変えてきた「まちの先輩たち」の、汗と涙とアイデアの結晶なのです。
この冊子では、そんな私たちのまち「弥富市(旧弥富町・十四山村)」が歩んできた激動の歴史を、6つのテーマで振り返ります。
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第1章:村が生まれ、町へと進化する!(まちの誕生)
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第2章:水とのたたかいと、災害に強いまちづくり(災害と開発)
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第3章:道・鉄道・通信が繋ぐ、私たちのまち(インフラ・交通)
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第4章:特産品から宇宙へ!?まちを元気にした産業と観光(産業・観光)
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第5章:みんなが笑顔で暮らせるまちへ!健康と福祉の歴史(健康福祉)
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第6章:学校のはじまりと、文化が育つ豊かなまち(教育・文化)
これは、教科書に載っているどこか遠くの出来事ではありません。キミが今立っている「まさにその場所」で起きた、本当のストーリーです。
さあ、ページをめくって、先人たちと一緒に150年間のタイムスリップの旅に出かけましょう!
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み
〜海辺の村から、私たちが住む「弥富市」になるまで〜
私たちが普段何気なく暮らしているこのまち。実は、明治時代から現在に至るまで、たくさんの人たちの協力や、村と町の「大合併」を繰り返して大きくなってきたのを知っていますか?
今回は、明治時代から平成までの大きな出来事を振り返りながら、まちの歴史をタイムスリップしてみましょう!
第1章:村が生まれ、町へと進化する!(明治〜大正時代)
今から150年ほど前の明治時代。日本がちょんまげの時代から近代国家へと生まれ変わろうとしていた頃、この地域でも大きな変化がありました。
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「弥富」と「十四山」の誕生(明治22年 / 1889年) 日本のルールブックである「大日本帝国憲法」ができたこの年、全国で市町村の仕組みが整えられ、「弥富村」や「十四山村」が誕生しました。十四山という名前は、昔このあたりにあった「14の新田(新しく開拓された田んぼ)」が由来とも言われています。
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弥富が「町」にレベルアップ(明治36年 / 1903年) 弥富村が発展し、ついに「弥富町」になりました!
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警察や郵便局もやってきた! この時期、前ヶ須(まえがす)に警察署ができたり、十四山に巡査駐在所(今の交番)や郵便局ができたりと、みんなの生活を守る施設が次々と作られていきました。
第2章:激動の時代と、まちの急成長!(昭和時代)
昭和に入ると、日本は大きな戦争を経験します。しかし、戦後の焼け野原から立ち直った日本とともに、弥富町や十四山村も急激に成長していきました。
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みんなで選ぶリーダー(昭和22年 / 1947年) 戦後の新しい日本国憲法のもと、町長や村長を「選挙(公選)」で選ぶようになりました。自分たちのまちは自分たちで作る時代のスタートです!
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広報誌のスタート(昭和31年・昭和44年) まちのニュースを知らせる『広報やとみ』や『広報十四山』が発行されるようになりました。今でもおうちに届く広報誌には、こんなに長い歴史があったんですね。
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人口2万人突破と、まちのシンボル(昭和42年〜昭和50年) 昭和42年に弥富町の人口が2万人を突破!さらに、町民の歌「のびゆく弥富」が発表されたり、まちの木が「さくら」、まちの花が「金魚草(きんぎょそう)」に決まったりと、まちの個性がどんどん形になっていきました。
第3章:ついに「弥富市」が誕生!(平成時代)
そして時代は平成へ。皆さんがよく知っている「あのキャラクター」や、「市」への大きなステップアップがありました。
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きんちゃん誕生!(平成8年 / 1996年) 弥富市のシンボルキャラクターである「きんちゃん」が誕生しました。金魚の養殖で有名な弥富ならではの、愛されキャラクターです。
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歴史的瞬間!弥富市の誕生(平成18年 / 2006年) 弥富町と十四山村がついに合併し、「弥富市」が誕生しました! 役場では閉町式や閉村式が行われ、少しの寂しさと大きな期待のなかで、新しい市のスタートが切られました。
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デジタル時代へ突入 平成23年(2011年)にはNHKの番組収録がスポーツセンターで行われたり、平成24年(2012年)には市の公式Twitter(現在のX)が始まったりと、弥富市はどんどん新しい情報発信にチャレンジしています。原付のご当地ナンバープレートもこの頃に始まりました。
おわりに
いかがでしたか?たくさんの小さな村や新田がくっついて大きくなり、戦争や災害を乗り越えながら、人々の努力で今の「弥富市」が作られてきました。
次に市役所や支所、古い神社やお寺の前を通ったときは、「ここは昔、どんな景色だったのかな?」と、少しだけまちの歴史に思いを馳せてみてくださいね。
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み ②
〜水とのたたかいと、災害に強いまちづくり〜
私たちの住む弥富市は、木曽川などの大きな川と海に囲まれた、とても水が豊かな地域です。
でも、それは同時に「水害(水による災害)」とのたたかいの歴史でもありました。先人たちがどのように自然の猛威を乗り越え、今のまちを切り開いてきたのかを見てみましょう!
第1章:新しい土地を切り開け!「新田」と「大工事」(明治〜大正時代)
明治時代、この地域では海や川の浅瀬に堤防を築き、水を抜いて新しい田んぼや土地を作る「新田(しんでん)開発」がとても盛んに行われました。「操出(さんだし)新田」や「稲荷山新田」、「末広新田」など、皆さんの住んでいる地名にも「新田」という名前が残っていませんか?
しかし、せっかく作った土地も、台風や高潮(海面が高くなること)が来るたびに堤防が壊れ、水浸しになってしまうという苦労が絶えませんでした。
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木曽三川のスーパー大工事!(明治20年〜44年 / 1887〜1911年)
昔は木曽川、長良川、揖斐川という3つの大きな川が下流で複雑に混ざり合っていて、大雨のたびに洪水が起きていました。そこで、川の流れを完全に分ける「木曽三川分流工事」という歴史的な大プロジェクトが行われました。
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地震の被害も…(明治24年 / 1891年)
マグニチュード8.0と推定される日本最大の内陸地震「濃尾(のうび)大地震」が発生し、この地域にも大きな被害をもたらしました。
第2章:巨大台風を乗り越え、大地を造る(昭和時代)
昭和に入っても、自然の猛威は容赦なく襲いかかります。しかし、人々は決して諦めず、現代の弥富の基礎となる大きな開発を進めました。
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海を陸地に!「鍋田干拓(なべたかんたく)」(昭和21年〜37年 / 1946〜1962年)
戦後、食料を増やすために海を埋め立てて巨大な農地を作る「鍋田干拓」がスタートしました。途中でアメリカ軍の空襲の傷跡を乗り越えたりしながら、長い年月をかけて完成させました。
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忘れてはいけない「伊勢湾台風」(昭和34年 / 1959年)
この地域を語る上で絶対に外せないのが、日本中を襲った「伊勢湾台風」です。堤防がズタズタになり、弥富町や十四山村もすさまじい被害を受けました。なんと、12月ごろまでまちに水がたまっていた(湛水)というから驚きですね。
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水からまちを守る「排水機場」の誕生
水がたまりやすい土地を守るため、昭和40年代から50年代にかけて、「筏川排水機場」や「十四山六箇排水機場」など、巨大なポンプで水を川や海に吐き出す施設が次々と造られました。
第3章:一人ひとりの命を守る「防災のまち」へ(平成時代)
平成に入ると、ただ施設を造るだけでなく、「災害が起きたときにどう行動するか」「どう備えるか」という【防災(ぼうさい)】に力が入れられるようになりました。
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まちの至る所に防災グッズを(平成9年〜 / 1997年〜)
水害に備えて各学校に「防災用アルミボート」が配備されたり、大地震に備えて「耐震性貯水槽(飲み水をためておく地下タンク)」や「備蓄倉庫」が整備されたりしました。
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東日本大震災と、助け合いの輪(平成23年〜 / 2011年〜)
平成23年に東日本大震災が発生。大きな揺れと津波の被害を目の当たりにし、市役所などをいざという時の避難場所にする「災害避難ビル協定」が結ばれました。翌年には、同じように海の近くにある千葉県浦安市と「お互いに助け合う協定」を結びました。
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スマホ時代の新しい防災
「弥富市安全メール」の配信が始まったり、全国初となる複雑な災害を想定した「複合型災害防災実働訓練」が行われたりと、最新の技術を使った訓練も行われています。
おわりに
先人たちが水害や地震で何度もゼロになりかけながら、堤防を直し、排水ポンプを造り、私たちが安心して暮らせるまちを作ってくれたことがわかりますね。今度は私たちが、いざという時に自分と家族の命を守る「防災」のバトンを受け取る番です!
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み ③
〜道・鉄道・通信が繋ぐ、私たちのまち〜
私たちが毎日歩いている道や、名古屋や三重にお出かけするときに乗る電車。
そして、友達とやり取りするスマホの電波。これら「インフラ(生活の土台)」は、最初からあったわけではありません。
昔の人たちがどのように道を切り開き、まちを便利にしていったのか、その歴史をのぞいてみましょう!
第1章:鉄道がやってきた!ランプから「電灯」の時代へ(明治〜大正時代)
明治時代、まちは少しずつ近代的な姿へと変わっていきます。なんと明治の初めには、明治天皇が焼田港から上陸したり、前ヶ須の佐藤家で休憩されたりしたこともありました。
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蒸気機関車が走り出す!(明治28年〜31年 / 1895〜1898年) 今の「JR関西本線」にあたる関西鉄道が開通!前ヶ須停車場はのちに「弥富停車場」という名前に変わりました。さらに、今の「名鉄尾西線」にあたる尾西鉄道も開通し、弥富から津島や一宮へ一気に移動できるようになりました。
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電信のスタートと、はじめての電灯(明治33年・大正12年) 明治33年に前ヶ須郵便局で「電信(電気を使った通信)」がスタート。そして大正12年、十四山村に初めて「電灯」がともりました!夜になっても明るい光が灯る感動は、どれほどだったでしょう。
第2章:渡し船にお別れ!巨大な橋と道路の誕生(昭和時代)
昭和に入ると、自動車が走るための「大きな道」や「橋」が次々と作られ、まちの景色は劇的に変わります。
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「尾張大橋」の完成で、渡し船が引退(昭和8年 / 1933年) 昔は木曽川を渡るために「前ヶ須渡船」という船に乗る必要がありました。しかし、国道1号線の工事が進み、巨大な「尾張大橋」が完成!歩いて、そして車で川を渡れるようになり、渡し船はその役目を終えました。
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近鉄電車の開通(昭和13年 / 1938年) 現在の近鉄である「関西急行電鉄」が開通し、弥富駅や佐古木駅が誕生しました。これで、現在のJR・名鉄・近鉄という交通ネットワークの基礎が完成です!
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水と電話、そしてバイバイSL(昭和30年代〜40年代) 各家庭にきれいな水が届く「上水道」が完備され、電話局もできました。また、昭和44〜45年にかけて、昔ながらの黒くてかっこいい「蒸気機関車(SL)」が引退し、鉄道の近代化が進みました。
第3章:世界と繋がる!高速道路とデジタル化(平成時代)
平成に入ると、移動のスピードはさらにアップし、通信も「デジタル」の時代へ突入します。
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駅のリニューアルと高速道路(平成3年〜14年) 近鉄佐古木駅が地下に、弥富駅が橋の上に新しく建て替えられ、とても便利になりました。また、第二名神高速道路(今の伊勢湾岸自動車道)の「湾岸弥富インターチェンジ」が開通し、遠くの県へのお出かけがグッと近くなりました。
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海には巨大なコンテナ船!(平成9年〜) 弥富や鍋田の埠頭(ふとう)には、外国からやってくる巨大な船から荷物を降ろす「コンテナターミナル」が完成。弥富は世界と日本をつなぐ、物流の重要拠点になりました。
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コミュニティバスと情報化(平成20年代〜) 平成22年には市内の移動に便利な「コミュニティバス」が運行スタート。さらにケーブルテレビの整備や、地域の情報を伝えるラジオ局「FMななみ(平成25年開局)」が誕生するなど、今の私たちの生活に欠かせない情報ネットワークが完成しました。
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み ④
〜特産品から宇宙へ!?まちを元気にした産業と観光〜
私たちが住む弥富市には、全国に誇れる有名なものがたくさんあります。田んぼや畑での農業はもちろん、動物を育てたり、大きな工場でモノを作ったりと、時代に合わせていろいろな仕事が生まれ、まちをにぎやかにしてきました。
第1章:弥富の三大名物!金魚・文鳥・海苔(江戸末期〜昭和時代)
弥富の特産品といえば、なんといっても生き物です。実は、その歴史は江戸時代の終わりごろから始まっていました。
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金魚と文鳥のスタート(文久元年・元治元年 / 1861〜1864年) 金魚の養殖は1861年、文鳥の飼育は1864年に始まりました。昭和に入ると、なんと北アメリカへ金魚を20万匹も輸出!昭和37年(1962年)には、弥富の文鳥は全国の80%(3万つがい)を生産するほどの「日本一の文鳥のまち」になりました。
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海から採れる宝物「海苔(のり)」(大正〜昭和中期) 昔は海がもっと身近で、海苔づくりが大流行しました。昭和36年(1961年)の最盛期には、鍋田地区だけで約900戸もの家が海苔を育てていたんです。(その後、干拓などの影響で海苔漁業の組合は解散しました)
第2章:まちのシンボルだった巨大工場「ニッケ」(昭和時代)
昭和の弥富を語る上で絶対に外せないのが、「日本毛織(通称:ニッケ)」という巨大な紡績(糸や布を作る)工場です。
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全国から若者が集まる活気あるまちへ(昭和5年〜 / 1930年〜) 昭和5年に工場がスタート。最盛期にはなんと1500人もの従業員が働いていました。長崎や大分など全国からたくさんの若い女性たちが働きにきていて、まちは大にぎわい!彼女たちは「町の活性化のシンボル」でした。
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運動会はまちのお祭り!(昭和10年〜40年代) 工場の運動会は地域の人たちにも開放されていて、まち全体が盛り上がる大イベントでした。ちなみに、太平洋戦争中(昭和18年)には、この工場で戦闘機のプロペラを作っていたという意外な歴史もあります。
第3章:お買い物天国と、宇宙へ飛び立つ特産品(平成〜現在)
平成に入ると、大きなショッピングセンターができたり、弥富の特産品が「地球の外」へ飛び出したりと、新しいニュースがいっぱいになります。
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大型ショッピングセンターの誕生(平成2年・12年) 平成2年(1990年)に地元の商店が集まって「ウイングプラザ パディー」がオープン!平成12年(2000年)には「イオンタウン」も完成し、お買い物がとても便利になりました。
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弥富から宇宙へ!(平成4年・6年 / 1992・1994年) なんと、平成4年には弥富産の「錦鯉(にしきごい)」が毛利衛宇宙飛行士と、平成6年には「金魚」が向井千秋宇宙飛行士と一緒に、スペースシャトルに乗って宇宙へ行きました!弥富の生き物が宇宙デビューを果たした歴史的瞬間です。
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金魚のまちを盛り上げよう!(平成〜令和) 最近では「金魚日本一大会」や「金魚すくいグランプリ」、「金魚の学校」など、金魚にまつわる楽しいイベントがたくさん開かれています。市役所の玄関にも立派な金魚水槽が置かれ、キャラクター「きんちゃん」のLINEスタンプまで登場しました。
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み ⑤
〜みんなが笑顔で暮らせるまちへ!健康と福祉の歴史〜
「福祉(ふくし)」という言葉を聞くと、少し難しく感じるかもしれません。でも、実は「赤ちゃんからお年寄りまで、みんなが幸せに、安心して暮らせるように助け合うこと」なんです。弥富市では、時代に合わせてさまざまな施設や仕組みが作られてきました。
第1章:恐ろしい病気とのたたかいと、地域の大きな病院(昭和初期)
医療が今ほど発達していなかった昔、感染症はとても恐ろしいものでした。
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ジフテリアの流行(昭和5年 / 1930年) 昭和初期には「ジフテリア」という、高熱が出て呼吸が苦しくなる恐ろしい感染症が流行しました。(今はワクチンの普及により、日本ではほとんど見られなくなりました)
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「海南病院」の誕生(昭和13年 / 1938年) 地域の皆さんの健康を守るため、今でも多くの人がお世話になっている「海南病院(愛知県厚生農業協同組合連合会)」が開設されました。平成14年(2002年)には新棟が完成し、さらに大きく立派な病院へと進化を続けています。
第2章:子どもがいっぱい!保育所建設ラッシュ(昭和中期〜後期)
戦後、日本がどんどん豊かになっていく時代。まちには子どもたちがあふれ、共働きでがんばるお父さんやお母さんを支える施設がたくさん必要になりました。
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まちのあちこちに保育所が誕生!(昭和29年〜52年 / 1954〜1977年) 昭和29年に北部、中部、南部、東部保育所が一気にできたのを皮切りに、大藤保育所、二葉保育所、白鳥保育所、十四山保育所、弥生保育所……と、ものすごい勢いで保育所が建てられました。この頃、まちにどれだけ活気があったかがわかりますね!
第3章:超高齢社会への備えと、新しい子育て支援(平成〜現在)
平成に入ると、日本全体でお年寄りが増える「高齢化」が進みました。それに合わせて、弥富の福祉も「お年寄りを支える仕組み」と「現代の子育て支援」の両方に力を入れるようになります。
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お年寄りが生き生きと暮らすために(平成3年〜4年 / 1991〜1992年) 元気なお年寄りが仕事を通じて活躍する「シルバー人材センター」が設立されました。また、介護が必要な方のために、特別養護老人ホーム「輪中の郷(わじゅうのさと)」が開館したり、家でお風呂や食事の支援を受ける「デイサービス」が始まったりしました。
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福祉の巨大拠点「総合福祉センター」(平成10年〜11年 / 1998〜1999年) 大きなお風呂やプール、トレーニングルームなども備えた「総合福祉センター」が完成し、巡回福祉バスの運行もスタート。子どもからお年寄りまで、みんなが集まる憩いの場になりました。
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児童館と子育て支援センター(平成18年〜 / 2006年〜) 大藤児童館や東部児童館、弥生児童館など、小学生や中学生も安全に遊べる児童館が次々とオープンしました。同じ建物の中に、小さなお子さんを持つ親同士が交流できる「子育て支援センター」も併設され、地域全体で子育てを応援するまちへと変わってきています。
タイムスリップ!弥富市・十四山村の歩み ⑥
〜学校のはじまりと、文化が育つ豊かなまち〜
みなさんが毎日当たり前のように通っている学校。でも、昔は今のような立派な校舎も、グラウンドもありませんでした。村の人たちが「子どもたちに勉強を教えたい!」という熱い思いからスタートした学校の歴史と、まちの文化を振り返ってみましょう。
第1章:お寺や民家からスタート!学校の誕生(明治〜大正時代)
明治時代、国が「みんな学校に行って勉強しよう!」というルール(学制)を作りました。
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あちこちに「学校の卵」ができる(明治4年〜 / 1871年〜) 十四山村で「筏場学校」や「正義学校(のちの学習学校)」ができたのをはじめ、鯏浦や五明、芝井など、いろいろな地区に小さな学校ができました。この頃はまだ立派な校舎はなく、お寺や大きなお家を借りて勉強していました。
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名前も場所もコロコロ変わる? 「正義学校」が「学習学校」になり、「坂中学校」になり……さらに分かれたりくっついたりと、この頃の学校は名前も場所もたくさん変わりました。みんなが通いやすいように、工夫を重ねていたんですね。
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力士や偉人の誕生! 大正7年(1918年)には稲元出身の大錦大五郎が「第28代横綱」に昇進!まちの大ヒーローになりました。
第2章:中学校を一つに!「みんな同窓生作戦」(昭和時代)
戦後になると、今の「小学校」「中学校」という仕組みができあがります。
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中学校の統合作戦!(昭和33年 / 1958年) 昭和30年に弥富町と鍋田村などが合併しました。しかし、最初は違う村同士で少し壁があったそうです。そこで、「みんな同じ中学校に通えば、大人になった時に全員が『同じ中学校の卒業生(同窓生)』として仲良くなれる!」という素晴らしいアイデアから、鍋田中学校と弥富中学校が合体し、平島に新しい「弥富中学校」が誕生しました。
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スポーツと文化の施設がどんどん完成(昭和40年代〜50年代) まちが豊かになると、十四山村民体育館や中央公民館、図書館、町民プールなどが次々と完成。昭和51年(1976年)にはモントリオール五輪で金メダルを取った女子バレーボールチーム(飯田主将)が弥富にやってきて、まち中が大興奮に包まれました!
第3章:新しい学校と、世界に誇る文化(平成〜現在)
平成に入ると、学校に新しい設備が導入されたり、大きなお祭りや公園が整備されたりしました。
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学校の進化(平成4年〜 / 1992年〜) 小中学校に「コンピューター教室」が導入され始めました。また、平成13年(2001年)には弥富高校(現在の愛知黎明高校)野球部が夏の甲子園に出場!平成25年(2013年)には、新しい「日の出小学校」が開校しました。
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歴史ある文化財と自然の保護 平成21年(2009年)に芝桜で有名な「三ツ又池公園」が開園。さらに平成28年(2016年)には、地域の「天王祭りを含む山・鉾・屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、昔から大切にされてきた文化が世界に認められました。
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世界とお友達に!(平成17年 / 2005年) 愛知万博(愛・地球博)が開催された年、弥富町はオランダとフレンドシップ(友情)を結び、「弥富町の日」としてイベントを盛り上げました。
おわりに
いま、皆さんが快適な校舎で勉強したり、図書館で本を読んだり、部活やスポーツに打ち込めたりするのは、昔の人たちが「教育と文化」をとても大切にして、まちづくりを進めてきてくれたおかげです。皆さんも、この弥富市でたくさん学んで、新しい歴史を作っていってくださいね!
全6章の読み物、お疲れ様でした!これまでのストーリーをもとに、中学生の皆さんが楽しく復習できる「弥富市の歴史クイズ」を作成しました。
友達同士で出し合ったり、総合学習のまとめのレクリエーションとして使ってみてください!
挑戦!弥富市タイムスリップ・クイズ(全5問)
【第1問】まちの誕生編 「十四山村(じゅうしやまむら)」という名前の由来になったと言われているものは、次のうちどれでしょう? ① 昔、このあたりに14個の山があったから ② 昔、このあたりに14の新田(新しく開拓された田んぼ)があったから ③ 昔、このあたりに14の大きなお寺があったから
【第2問】災害とのたたかい編 昭和34年(1959年)に弥富周辺にすさまじい被害をもたらした「伊勢湾台風」。まちが水浸しになってしまいましたが、その水が完全に引いたのはいつ頃だったでしょうか? ① 台風が過ぎ去った3日後 ② 約1ヶ月後の10月ごろ ③ なんと12月ごろ
【第3問】道と鉄道編 昭和8年(1933年)に国道1号線の巨大な「尾張大橋」が完成しました。では、この橋ができる前、人々はどうやって木曽川を渡っていたでしょうか? ① 「前ヶ須渡船」という渡し船に乗っていた ② 干潮(水が引く時間)を待って歩いて渡っていた ③ 荷物を運ぶためのロープウェイで渡っていた
【第4問】産業と観光編 平成4年と平成6年、弥富市で育てられたある生き物が、宇宙飛行士と一緒にスペースシャトルに乗って宇宙へ行きました。その歴史的デビューを果たした生き物の組み合わせはどれ? ① 白文鳥(しろぶんちょう) と うなぎ ② 金魚 と 錦鯉(にしきごい) ③ ザリガニ と メダカ
【第5問】教育・文化編 昭和33年(1958年)、弥富中学校と鍋田中学校が合体して、ひとつの「弥富中学校」になりました。このとき、中学校をひとつにした「とても素敵な理由」は何だったでしょう? ① 先生の数が足りなくて、ひとつにまとめるしかなかったから ② 将来、まちの大人全員が「同じ中学校の同窓生」として仲良くなれるようにするため ③ 大きなグラウンドで野球の試合をしたかったから
(答えはこの下!) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
クイズの答えと解説
【第1問】正解は ②「14の新田があったから」 弥富は海抜ゼロメートル地帯。海や川の浅瀬に堤防を作って水を抜き、新しい田んぼ(新田)をたくさん作って大きくなったまちなんですよ。(第1章より)
【第2問】正解は ③「なんと12月ごろ」 9月にやってきた伊勢湾台風ですが、堤防が壊れてしまったため、なんと12月ごろまでまちに水がたまっていた(湛水)そうです。いかに大変な災害だったかがわかりますね。(第2章より)
【第3問】正解は ①「渡し船に乗っていた」 尾張大橋ができるまでは、船に乗って川を渡っていました。橋ができたことで車や人が行き来しやすくなり、渡し船はその役目を終えて引退しました。(第3章より)
【第4問】正解は ②「金魚 と 錦鯉」 平成4年に毛利衛宇宙飛行士と「錦鯉」が、平成6年に向井千秋宇宙飛行士と「金魚」が宇宙へ行きました。弥富の特産品が地球を飛び出したすごいニュースでした。(第4章より)
【第5問】正解は ②「まちの大人全員が同窓生として仲良くなれるように」 合併したばかりで少し壁があった村同士。でも、「みんな同じ中学校に通えば、大人になった時に全員が仲間になれる!」という素晴らしいアイデアで、中学校が統合されました。(第6章より)
弥富町史・十四山村史を分類整理した年表です(明治以降、分野別)
①行政 ②災害と開発 ③インフラ・交通・通信 ④産業・観光 ⑤健康福祉 ⑥教育・文化の順でごらんください
| 西暦 | 和暦 | 弥富町 十四山村(○数字は月) ページ数は弥富町史から |
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① 行政 |
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| 1871 | 明治4年 | 廃藩置県 |
| 1871 | 明治4年 | 佐屋出張所廃止、海西出張所新設 |
| 1872 | 明治5年 | 名古屋県、犬山県が愛知県になる |
| 1875 | 明治8年 | 草平新田、極楽寺新田が本部田から分村合併、楽平村となる |
| 1877 | 明治10年 | 津島警察署前ヶ須巡査分屯所できる |
| 1878 | 明治11年 | 津島村に海東、海西郡役所設置 |
| 1880 | 明治13年 | 五明村、小島、川原欠、加稲、加稲付、加稲山、加稲九郎次、富島、富島付、富崎、稲荷崎、稲荷崎付、三好、境の14新田を愛知県に編入 |
| 1884 | 明治17年 | 十四山 各村の戸長役場を廃止、連合戸長役所制開始、六條外6か村・西蜆外9か村・桴場外6か村となる⑧ |
| 1886 | 明治19年 | 前ヶ須警察署できる |
| 1887 | 明治20年 | 十四山巡査駐在所(子宝)設置 |
| 1888 | 明治21年 | 市制・町村制公布 |
| 1889 | 明治22年 | 弥富村、大藤村、両国村、市腋村、東市江村、十四山村などができる |
| 1889 | 明治22年 | 六條外6か村と西蜆外9か村合併して十四山村とし、桴場外5か村を宝地村とする⑪ |
| 1889 | 明治22年 | 前ヶ須警察署、弥富警察署と変更 |
| 1889 | 明治22年 | 憲法公布 |
| 1892 | 明治25年 | 海西郡役所、津島から前ヶ須へ移庁 |
| 1894 | 明治27年 | 日清戦争起こる |
| 1895 | 明治28年 | 海西郡役所を前ヶ須に新築 |
| 1895 | 明治28年 | 十四山 絹川末次郎請願巡査駐在所(東蜆)設置(明治29年1月31日まで) |
| 1903 | 明治36年 | 町制施行により、弥富村を弥富町とする |
| 1904 | 明治37年 | 日露戦争始まる |
| 1906 | 明治39年 | 市腋村の五之三、荷之上、十四山村の鎌倉新田を弥富町に編入 |
| 1906 | 明治39年 | 両国村、大藤村と弥富町中山新田を合併して鍋田村となる |
| 1906 | 明治39年 | 佐古木、又八、楽平、前ケ平、東中地、西中地など市江村となる |
| 1906 | 明治39年 | 十四山村の大部分と宝地村の半分が合併④ |
| 1911 | 明治44年 | 十四山 鳥ヶ地地区請願巡査駐在所開設⑨ |
| 1912 | 明治45年 | 十四山村三等郵便局志水健三宅設置① |
| 1913 | 大正2年 | 海東、海西郡合併、海部郡となる(郡役所は津島町) |
| 1914 | 大正3年 | 第一次世界大戦始まる |
| 1914 | 大正3年 | 十四山村役場庁舎を孫宝に移転 |
| 1918 | 大正7年 | シベリアに郷土兵出征 |
| 1937 | 昭和12年 | 日中戦争始まる |
| 1941 | 昭和16年 | 太平洋戦争始まる |
| 1945 | 昭和20年 | 日本無条件降伏、第二次世界大戦終結 |
| 1946 | 昭和21年 | 日本国憲法公布 |
| 1947 | 昭和22年 | 各町村長始めて公選される |
| 1955 | 昭和30年 | 弥富町と鍋田村、市江村の東南部が合併し弥富町となる |
| 1956 | 昭和31年 | 永和村分村合併、善太新田の一部後南・鮫浦・馬浦を十四山村に編入④ |
| 1956 | 昭和31年 | 広報やとみ発行 |
| 1959 | 昭和34年 | 十四山 西蜆巡査駐在所、台風により被災し、子宝新田より四郎兵衛新田へ移転 |
| 1960 | 昭和35年 | 十四山 巡査駐在所、子宝へ新築移転③ |
| 1961 | 昭和36年 | 十四山役場庁舎竣工④(神戸新田リの割) |
| 1965 | 昭和40年 | 町村合併10周年記念式典行われる |
| 1966 | 昭和41年 | 役場庁舎現在地に新築移転P357 |
| 1967 | 昭和42年 | 旧十四山村史発行③ |
| 1967 | 昭和42年 | 町の人口が2万人超える |
| 1967 | 昭和42年 | 広報やとみ再刊 |
| 1968 | 昭和43年 | 十四山村公民館開館⑥ |
| 1969 | 昭和44年 | 広報十四山第1号発行⑧ |
| 1972 | 昭和47年 | 町民憲章制定 |
| 1974 | 昭和49年 | 町村合併20周年記念事業行われる |
| 1974 | 昭和49年 | 町民の歌「のびゆく弥富」発表 |
| 1975 | 昭和50年 | 町の木「さくら」、町の花「金魚草」となる |
| 1976 | 昭和51年 | 楠一,二,三丁目が昭和56年にかけて弥富町に移管P361 |
| 1979 | 昭和54年 | 十四山子宝巡査駐在所新築移転④ |
| 1984 | 昭和59年 | 町村合併30周年記念事業行われる |
| 1984 | 昭和59年 | 駅整備・下水道整備の財源として都市計画税導入の町長提案を議会が否決 |
| 1989 | 平成1年 | 十四山村役場新築移転(神戸新田ろの割)⑩ |
| 1989 | 平成1年 | 旧十四山村役場庁舎改修、一部十四山土地改良区、村商工会事務所となる |
| 1991 | 平成3年 | 弥富町行政情報システム(電子計算機システム)導入 |
| 1994 | 平成6年 | やとみ町村合併40フェスタが行われる(11/3~6) |
| 1996 | 平成8年 | 第三次弥富町総合計画策定 |
| 1996 | 平成8年 | 町シンボルキャラクタ-「きんちゃん」誕生 |
| 2002 | 平成14年 | 海部南部4か町村合併研究会発足(会長川瀬輝夫) |
| 2003 | 平成15年 | 町村合併法定協議会発足 |
| 2004 | 平成16年 | 町村合併50周年フェスタ開催(~11日) |
| 2005 | 平成17年 | 弥富町収入役廃止 |
| 2005 | 平成17年 | 弥富町、十四山村合併法定協議会発足 |
| 2005 | 平成17年 | 十四山村との合併調印式 |
| 2006 | 平成18年 | 十四山村と合併、弥富市となる。 |
| 2006 | 平成18年 | 役場庁舎前にて閉町式 |
| 2006 | 平成18年 | 十四山村閉村式 |
| 2006 | 平成18年 | 町村合併・市制施行記念式典が社教センターにて行われる |
| 2010 | 平成22年 | COP10生物多様性条約第10回締約国会議、愛知名古屋で開催 |
| 2010 | 平成22年 | 国勢調査行われる |
| 2011 | 平成23年 | 十四山支所日直廃止 |
| 2011 | 平成23年 | 合併5周年記念事業 |
| 2011 | 平成23年 | NHKスクールライブショー、スポーツセンターで収録(放送は2月10日・17日) |
| 2012 | 平成24年 | 弥富市ツイッター運用始まる |
| 2013 | 平成25年 | 原付オリジナルナンバープレート交付開始 |
| 2014 | 平成26年 | 広報やとみ100号 |
| 2015 | 平成27年 | 市公式ホームページリニューアル |
| 2016 | 平成28年 | 合併10周年記念事業開催 |
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② 災害と開発 |
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| 1870 | 明治3年 | 暴風雨、高潮により三稲・加稲で堤防決壊 |
| 1870 | 明治3年 | 大風高潮のため海屋新田破堤 |
| 1871 | 明治4年 | 操出新田堤切れ、山路澪できる |
| 1872 | 明治5年 | 操出新田、稲荷山新田開発 |
| 1875 | 明治8年 | 鳥ヶ地前新田を桴場新田と改称 |
| 1876 | 明治9年 | 伊勢暴動起こり、暴徒が前ヶ須、五明に上陸、又八の大島家などを焼く |
| 1877 | 明治10年 | 西南の役に郷土兵出征 |
| 1880 | 明治13年 | 大谷新田開拓 |
| 1884 | 明治17年 | 五明、五之三の間の川(海老江川)築留 |
| 1886 | 明治19年 | 鍋田川堤、筏川堤、海岸堤増築 |
| 1887 | 明治20年 | 木曽三川分流工事着工 |
| 1890 | 明治23年 | 木曽川改修のため筏川築留、加稲、小島の一部が鍋田川、木曽川の河道となる |
| 1891 | 明治24年 | 濃尾大地震で大被害 |
| 1892 | 明治25年 | 強風雨高潮、三稲で杁樋破壊 |
| 1893 | 明治26年 | 末広新田開発 |
| 1896 | 明治29年 | 暴風、高潮にて末広、大谷入水、佐屋川堤も決壊 |
| 1897 | 明治30年 | 佐屋川洪水により中島、海東、海西の三郡に入水(鵜多須切れ) |
| 1899 | 明治32年 | 木曽川左岸佐屋川分派点締め切る |
| 1900 | 明治33年 | 木曽川・佐屋川下流合流点梶島・五明間で締め切る(佐屋川廃川) |
| 1905 | 明治38年 | 孫宝排水機場竣工 |
| 1909 | 明治42年 | 十四山 神戸・六箇両排水機場竣工④ |
| 1911 | 明治44年 | 木曽三川分流工事竣工 |
| 1912 | 大正1年 | 暴風雨、高潮により末広、飛島、十四山の海岸堤切れる |
| 1913 | 大正2年 | 佐屋川・筏川公用廃止廃川となる① |
| 1921 | 大正10年 | 暴風雨、高潮により末広海岸堤切れる |
| 1934 | 昭和9年 | 室戸台風襲う |
| 1944 | 昭和19年 | 東海地方に大地震(東南海地震)地盤沈下1メートル |
| 1945 | 昭和20年 | 三河地震がおこる |
| 1945 | 昭和20年 | 鍋田村、アメリカ軍の空襲で被害 |
| 1946 | 昭和21年 | 鍋田干拓工事着工 |
| 1946 | 昭和21年 | 南海道地震 |
| 1951 | 昭和26年 | 前ヶ須で火災、蓮如堂はじめ30数戸焼失 |
| 1952 | 昭和27年 | 蓮如堂再建 |
| 1952 | 昭和27年 | 佐屋川用水樋門完成 |
| 1955 | 昭和30年 | 鍋田干拓潮止工事完了、入植者募集 |
| 1958 | 昭和33年 | 鍋田干拓工事完成 |
| 1959 | 昭和34年 | 伊勢湾台風襲来、大被害を受ける、12月ごろまで湛水 |
| 1961 | 昭和36年 | 第2室戸台風襲う |
| 1962 | 昭和37年 | 鍋田干拓竣工 |
| 1964 | 昭和39年 | 伊勢湾台風災害復旧工事完了 |
| 1964 | 昭和39年 | 筏川排水機場竣工⑩ |
| 1967 | 昭和42年 | 孫宝排水機場竣工 |
| 1968 | 昭和43年 | 鍋田干拓の鍋田・駒野地区が順次弥富町に移管P361 |
| 1970 | 昭和45年 | 十四山村全域が市街化調整区域となる |
| 1970 | 昭和45年 | 港湾計画変更 西5区をコンテナふ頭に変更 平成元年に埋立完成P257 |
| 1970 | 昭和45年 | 東末広で工業団地の開発が具体化P257 |
| 1973 | 昭和48年 | 湛水防除事業始まる |
| 1973 | 昭和48年 | 海部郡木曽川水害予防組合解消、海部津島水防事務組合設立 |
| 1973 | 昭和48年 | 海部南部消防組合、海部南部消防事務組合設立 |
| 1973 | 昭和48年 | 海部南部消防組合庁舎(大宝)完成 |
| 1973 | 昭和48年 | 五明土地区画整理組合設立(昭和58年竣工) |
| 1975 | 昭和50年 | 十四山六箇排水機場竣工 |
| 1975 | 昭和50年 | 旧鍋田川の廃川(昭和62年にかけて東半分が弥富町に移管)P361 |
| 1976 | 昭和51年 | 台風17号による集中豪雨禍、長良川決壊、目比川右岸堤佐織町で決壊、五斗山・鍋平・坂中地・鮫ヶ地・馬ヶ地に被害大 |
| 1980 | 昭和55年 | 十四山大神場排水機場完成 |
| 1981 | 昭和56年 | 海部南部消防組合北分署鎌倉にできる |
| 1981 | 昭和56年 | 十四山村鳥ヶ地地内にがれき処分場完成④ |
| 1985 | 昭和60年 | 富浜一,二,三,四丁目が平成元年にかけて弥富町に移管P361 |
| 1986 | 昭和61年 | 海部南部消防署南部出張所開設 |
| 1986 | 昭和61年 | 川平土地区画整理組合設立 |
| 1988 | 昭和63年 | 海部地方総合防災訓練、楠で行われる |
| 1991 | 平成3年 | 弥富平島東土地区画整理組合設立 |
| 1992 | 平成4年 | 海部土地改良区会館鎌倉にできる |
| 1994 | 平成6年 | 湛水防除事業(芝井川地区ほか)開始 |
| 1996 | 平成8年 | 弥富平島中土地区画整理組合設立 |
| 1997 | 平成9年 | 防災用アルミボ-トを各学区に配備 |
| 1997 | 平成9年 | 耐震性備蓄倉庫と耐震性貯水槽を中山地区に整備 |
| 1998 | 平成10年 | 耐震性貯水槽、芝井に整備 |
| 1998 | 平成10年 | 土地改良総合整備事業(稲山地区)開始 |
| 1998 | 平成10年 | 平島東公園整備事業着手 |
| 2002 | 平成14年 | 「東海地震に係る地震防災対策強化地域」に追加指定 |
| 2003 | 平成15年 | 東南海・南海地震防災対策推進地域に指定 |
| 2006 | 平成18年 | 全国初、複合型災害防災実働訓練(地震・台風などが同時発生)を弥富埠頭で実施 |
| 2009 | 平成21年 | 伊勢湾台風50年総合防災訓練が木曽川グランドにて行われる |
| 2009 | 平成21年 | 弥富市安全メール配信サービス始まる |
| 2011 | 平成23年 | 災害避難ビル協定調印(市役所) |
| 2011 | 平成23年 | 東日本大震災 |
| 2012 | 平成24年 | 新孫宝排水機場竣工式 |
| 2012 | 平成24年 | 千葉県浦安市と災害時における相互応援協定を締結 |
| 2013 | 平成25年 | 海部地方消防指令センター 十四山支所に開設(3月28日開所式) |
| 2013 | 平成25年 | 南部地区防災センター竣工 |
| 2014 | 平成26年 | 鍋田南部排水機場の起動式 |
| 2014 | 平成26年 | 弥富市と弥富防災ハムクラブが防災協定を締結 |
| 2015 | 平成27年 | 海部南部防災対策連絡会発足式開催 |
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③ インフラ・交通・通信 |
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| 1868 | 明治1年 | 明治天皇、焼田港御上陸 |
| 1869 | 明治2年 | 明治天皇、焼田港御上陸 |
| 1871 | 明治4年 | 村田宗之助が名古屋藩庁に請願、新政府に新東海道設営の嘆願 藩費により前ヶ須街道の開削工事が着工P281 |
| 1872 | 明治5年 | 太政官布達により前ヶ須、福田が東海道の宿駅になるP281 |
| 1880 | 明治13年 | 明治天皇、前ヶ須佐藤家にて御休息 |
| 1895 | 明治28年 | 関西鉄道(現在のJR関西線)笹島-前ヶ須間開通(p291) |
| 1895 | 明治28年 | 関西鉄道前ヶ須-桑名間開通し、前ヶ須停車場を弥富停車場と改める |
| 1898 | 明治31年 | 尾西鉄道(現在の名鉄尾西線)津島-弥富間開通P294 |
| 1900 | 明治33年 | 前ヶ須郵便局にて電信開通式行われる |
| 1900 | 明治33年 | 尾西鉄道一宮-弥富間全通 |
| 1923 | 大正12年 | 十四山に初めて電灯ともる⑥ |
| 1923 | 大正12年 | 尾西鉄道 全線電化P295 |
| 1925 | 大正14年 | 尾西鉄道 名古屋鉄道に譲渡P295 |
| 1929 | 昭和4年 | 木曽川橋台工事着手P287 |
| 1930 | 昭和5年 | 十四山村役場と通話開始② |
| 1931 | 昭和6年 | 国道1号線、弥富-蟹江間工事着手P286 |
| 1933 | 昭和8年 | 国道1号線木曽川橋梁竣工し、尾張大橋と命名、木曽川渡船(前ヶ須渡船)廃止P288 |
| 1938 | 昭和13年 | 関西急行電鉄(現在の近鉄)名古屋-桑名間開通、弥富駅、佐古木駅開業p296 |
| 1955 | 昭和30年 | 「名四国道計画」国土総合開発法による木曽川特定地域開発計画策定P301 |
| 1959 | 昭和34年 | 近鉄名古屋線 広軌化して復旧P310 |
| 1960 | 昭和35年 | 海部南部水道企業団できる |
| 1960 | 昭和35年 | 十四山農協主体の有線放送始まる④ |
| 1962 | 昭和37年 | 海部南部上水道完工 |
| 1962 | 昭和37年 | 弥富電報電話局開局 |
| 1962 | 昭和37年 | 巡見街道が県道から国道に昇格 二級国道名古屋環状線となるP303 |
| 1963 | 昭和38年 | 名四国道開通 (昭和47年まで弥富桑名間有料道路 日本道路公団)P302 |
| 1963 | 昭和38年 | 鍋田に農協の有線放送始まる |
| 1964 | 昭和39年 | 日本毛織引き込み線廃止(団地開発) |
| 1964 | 昭和39年 | 港湾計画策定 西部臨海工業地帯構想P257 |
| 1965 | 昭和40年 | 一般国道155号として指定 環状3号線 海部郡部は県管理P303 |
| 1967 | 昭和42年 | 明治天皇焼田港御着船所跡記念碑できる |
| 1967 | 昭和42年 | 一般有料道路「東名阪道路」桑名・亀山間で事業認可P304 |
| 1967 | 昭和42年 | 西尾張中央道(名古屋西港線区間)事業認可P305 |
| 1969 | 昭和44年 | 国道1号にさくら歩道橋できる。弥生歩道橋できる |
| 1969 | 昭和44年 | 十四山郵便局、子宝新田東納へ移転⑤ |
| 1969 | 昭和44年 | 関西線 蒸気機関車C57139最後の運行9月30日 貨物D51は引き続き運行 |
| 1970 | 昭和45年 | 十四山村の有線放送電話閉鎖⑤ |
| 1970 | 昭和45年 | 関西線(名古屋口)から蒸気機関車が引退4月25日 貨物D51 |
| 1970 | 昭和45年 | 新都市計画法により市街化区域等の設定 |
| 1973 | 昭和48年 | 操出歩道橋できる |
| 1973 | 昭和48年 | 電話弥富5局運用開始 |
| 1974 | 昭和49年 | 名四国道 国道に昇格23号に 名古屋西部臨海工業地帯の発展に絶大な寄与P302 |
| 1975 | 昭和50年 | 東名阪自動車道蟹江-桑名間開通P303 |
| 1978 | 昭和53年 | 西尾張中央道全線開通 |
| 1981 | 昭和56年 | 子宝橋完成③ |
| 1982 | 昭和57年 | 国鉄関西本線電化開通 |
| 1984 | 昭和59年 | 立田大橋開通 |
| 1987 | 昭和62年 | 日本国有鉄道(国鉄)をJRとして、6つの地域別の「旅客鉄道会社」と1つの「貨物鉄道会社」などに分割し、民営化 |
| 1988 | 昭和63年 | 名阪ノンストップ特急に新型車両アーバンライナーを投入 |
| 1991 | 平成3年 | 近鉄佐古木駅地下駅舎完成 |
| 1991 | 平成3年 | 側溝・舗装等改良工事の地元負担金廃止 |
| 1993 | 平成5年 | 広域営農団地農道整備事業(尾張西南部地区)開始 |
| 1993 | 平成5年 | JR関西線に白鳥信号所開設 |
| 1994 | 平成6年 | 近鉄弥富駅橋上駅舎完成 |
| 1995 | 平成7年 | 農業集落排水事業(弥富北西部地区)開始 |
| 1995 | 平成7年 | 鯏浦本線(総合福祉センタ-南東)道路改良工事着手 |
| 1995 | 平成7年 | 鯏浦152号線(近鉄弥富駅南口前)道路改良工事着手 |
| 1995 | 平成7年 | 前ケ須6号線(海南病院前)道路改良工事着手 |
| 1996 | 平成8年 | 農業集落排水事業(広大海地区)開始 |
| 1996 | 平成8年 | 鎌島稲吉線道路拡幅工事(鍋田支所前)完了、信号機設置 |
| 1996 | 平成8年 | 前ヶ須21号線(前ケ須地内)道路拡幅工事完了 |
| 1996 | 平成8年 | 十四山郵便局移築⑩ |
| 1997 | 平成9年 | 近鉄弥富駅南口広場整備、八一三の塔完成 |
| 1997 | 平成9年 | 都市計画道路「平和通線」(役場前)竣工式 |
| 1997 | 平成9年 | コミュニティプラント(楽荘団地地区)事業計画開始 |
| 1997 | 平成9年 | 中央幹線(国道1号線⇔第2名神高速道路区間)道路拡幅工事着手 |
| 1997 | 平成9年 | 富島4号線(稲吉⇔中原区間)道路拡幅工事着手 |
| 1997 | 平成9年 | JR弥富駅改装 |
| 1997 | 平成9年 | 弥富埠頭コンテナタ-ミナル第一バ-ス完成 |
| 1997 | 平成9年 | 十四山郵便局移転⑪ |
| 1998 | 平成10年 | 農業集落排水事業(鍋田地区)開始 |
| 1998 | 平成10年 | 錦通線(平島地区)改良事業着手 |
| 1998 | 平成10年 | 国道155号線中地交差点に信号機設置 |
| 1998 | 平成10年 | 都市計画道路「向陽通線」(国道1号線⇔喜右味名区間)の整備着手 |
| 1998 | 平成10年 | 広域営農団地農道整備事業の政広橋整備、竣工式 |
| 1998 | 平成10年 | 前ヶ須63号線(前ヶ須地区)道路拡幅工事着手 |
| 1998 | 平成10年 | 鯏浦26号線(総合福祉センタ-⇔国道155号線区間)の道路改良工事完了 |
| 1998 | 平成10年 | 弥生通線(総合福祉センタ-⇔東名阪高速道路側道区間の道路改良工事完了 |
| 2000 | 平成12年 | 第二名神高速道路「湾岸弥富インタ-チェンジ」開通 |
| 2000 | 平成12年 | 弥富北西部地区農業集落排水事業供用開始 |
| 2000 | 平成12年 | 国道155号線バイパス(西中地交差点⇔国道1号線区間)開通 |
| 2000 | 平成12年 | 海部津島衛生組合(し尿処理)と津島市ほか11町村衛生組合(ごみ焼却処理)統合し、海部津島環境事務組合設立 |
| 2001 | 平成13年 | 楽荘浄化センタ-通水式 |
| 2001 | 平成13年 | 鍋田埠頭コンテナタ-ミナル第二バ-ス完成 |
| 2001 | 平成13年 | 日本通運名古屋国際輸送支店富浜流通センタ-完成式 |
| 2001 | 平成13年 | 鍋田郵便局移転(加稲二ノ割394-5 ← 加稲三ノ割48) |
| 2002 | 平成14年 | 伊勢湾岸自動車道(湾岸弥富IC⇔みえ川越IC区間)開通 |
| 2002 | 平成14年 | 広大海浄化センタ-(農業集落排水事業)通水式 |
| 2002 | 平成14年 | 日の出橋開通 |
| 2002 | 平成14年 | 八穂クリ-ンセンタ-開場式 |
| 2002 | 平成14年 | 水の館 鎌倉に開館 |
| 2003 | 平成15年 | 鍋田浄化センター完成 |
| 2005 | 平成17年 | 三交バス弥富駅前⇔政成廃止、政成⇔蟹江駅前は存続 |
| 2006 | 平成18年 | 名鉄尾西線弥富口駅廃止 |
| 2007 | 平成19年 | 北部にケーブルテレビ整備される |
| 2009 | 平成21年 | 南部にケーブルテレビ整備始まる(工事は翌年1月から) |
| 2010 | 平成22年 | 近鉄弥富駅にエレベータ設置 |
| 2010 | 平成22年 | 日光川下流流域下水道、海部地区8市町供用開始 |
| 2010 | 平成22年 | 名古屋港鍋田埠頭コンテナターミナル第三バース着工 |
| 2010 | 平成22年 | 弥富市コミュニティバス運行開始 |
| 2011 | 平成23年 | 市役所東交差点スクランブル化 |
| 2011 | 平成23年 | テレビ地上波アナログ放送終了 |
| 2012 | 平成24年 | 鍋田埠頭コンテナタ-ミナル第三バ-ス完成式典 |
| 2013 | 平成25年 | コミュニティFM (FMななみ)開局式典 |
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④ 産業・観光 |
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| 1861 | 文久1年 | 金魚の養殖始まる |
| 1864 | 元治1年 | 文鳥の飼育始まる |
| 1919 | 大正8年 | 宮中新嘗祭に荷之上から精米を献納 |
| 1922 | 大正11年 | 海苔の記念碑建立 |
| 1930 | 昭和5年 | 昭和毛糸紡績株式会社(現在の日本毛織)弥富工場操業開始P252 |
| 1930 | 昭和5年 | 昭和毛糸紡績株式会社弥富工場、尾張大橋、国道1号建設による多数の工事関係者により商業地の賑わいP266 |
| 1931 | 昭和6年 | 北アメリカに金魚20万尾を輸出 |
| 1942 | 昭和17年 | 日本毛織株式会社が昭和毛糸紡績株式会社を合併 |
| 1943 | 昭和18年 | 日本毛織の弥富工場が川西機械製作所に譲渡され、陸軍戦闘機用プロペラとその部分品の制作P254 |
| 1948 | 昭和23年 | 町村ごとに農業協同組合設立 |
| 1950 | 昭和25年 | 日本毛織株式会社弥富工場として完成、30年代初頭には従業員数1500名P254 |
| 1958 | 昭和33年 | 昭和20年代制定の弥富町工場設置拡張奨励補助金交付条例の改正、土地の一部または全部の無償提供P254 |
| 1961 | 昭和36年 | 商工会設立 |
| 1961 | 昭和36年 | 十四山商工会設立② |
| 1961 | 昭和36年 | 海苔養殖最盛期(鍋田の戸数は約900戸)P247 |
| 1962 | 昭和37年 | 弥富町文鳥組合結成(組合員210名全国生産の80%3万つがい飼育)P243 |
| 1964 | 昭和39年 | 津島ほか四町衛生組合設立 |
| 1964 | 昭和39年 | 十四山漁業協同組合解散⑫ |
| 1964 | 昭和39年 | 昭和30年代後半に五之三川平地区に工業団地を造成P256 |
| 1965 | 昭和40年 | 昭和40年頃海苔生産者で構成されていた弥富漁業組合解散P247 |
| 1966 | 昭和41年 | 海部津島衛生組合設立 |
| 1967 | 昭和42年 | 日本毛織の女性従業員は町の活性化のシンボル 新規採用者256名(県内2名、長崎・三重・大分各県が多い)P255 |
| 1967 | 昭和42年 | 昭和10年頃から昭和40年代まで日本毛織の運動会は地域の住民にも開放されて開催P255 |
| 1968 | 昭和43年 | 松坂屋にて第1回全国金魚品評大会開催 |
| 1969 | 昭和44年 | 超音速滑走体実験、鍋田東干拓で行われる。時速2,535kmを記録 |
| 1971 | 昭和46年 | 米の生産調整が始まる 金魚の養殖に転用が増える |
| 1971 | 昭和46年 | 共同店舗 弥富ショッピングセンターが開設P271 |
| 1974 | 昭和49年 | 県水産試験場弥富指導所前ヶ須にできる |
| 1974 | 昭和49年 | 近鉄弥富駅の南に衣料品スーパー義津屋と食品スーパーヤマナカが入店する総合小売り店舗が開店P271 |
| 1977 | 昭和52年 | 名古屋競馬場弥富トレ-ニングセンタ-駒野に開設 |
| 1978 | 昭和53年 | 水郷公園にてやとみ春まつり開催 |
| 1979 | 昭和54年 | 県農業技術センタ-楽平にできる |
| 1982 | 昭和57年 | 弥富駅前ショッピングセンター協同組合設立(パディーの設立準備) |
| 1986 | 昭和61年 | ニッケ弥富ゴルフコース建設、営業開始 |
| 1990 | 平成2年 | 弥富駅前ショッピングセンター協同組合は地元小売店40数店舗が結集し平成2年6月に愛知県の高度化資金を受けウイングプラザパディーをオープンP273 |
| 1992 | 平成4年 | 弥富産の錦鯉が宇宙飛行士毛利さんとともに宇宙へ行く |
| 1994 | 平成6年 | 弥富産の金魚が宇宙飛行士向井さんとともに宇宙へ行く |
| 1994 | 平成6年 | 第1回金魚日本一大会開催 |
| 1997 | 平成9年 | 日本毛織株式会社弥富工場を閉鎖 |
| 1998 | 平成10年 | 金魚サミット弥富で開催 |
| 2000 | 平成12年 | イオンタウン完成 |
| 2000 | 平成12年 | 名古屋港ゴルフ倶楽部 富浜コ-スオ-プン式典開催 |
| 2006 | 平成18年 | 弥富市商工会発足 |
| 2007 | 平成19年 | 海部農協(津島市)と海部南部農協(飛島村)合併、あいち海部農協となる |
| 2009 | 平成21年 | 弥富文鳥組合解散 |
| 2011 | 平成23年 | 市役所玄関に金魚水槽設置 |
| 2011 | 平成23年 | 近鉄金魚すくい列車走る |
| 2011 | 平成23年 | 市内主要スーパーでレジ袋有料化始まる |
| 2012 | 平成24年 | 弥富金魚すくいグランプリ開催 |
| 2013 | 平成25年 | 金魚の学校開催 |
| 2013 | 平成25年 | 名古屋港水族館にて「金魚らいふ」展開催(~9/1) |
| 2014 | 平成26年 | 金魚の学校開催 |
| 2014 | 平成26年 | きんちゃんカード終了 |
| 2014 | 平成26年 | 海南こどもの国にて金魚すくいグランプリ開催 |
| 2015 | 平成27年 | 毎日弥富金魚すくいパディで開催(8/16まで) |
| 2016 | 平成28年 | 金魚の学校開催 毎日弥富金魚すくいパディで開催(8/7まで) |
| 2016 | 平成28年 | 金魚サミット弥富市にて開催・間寛平講演会開催 |
| 2016 | 平成28年 | 又八大島家の文鳥碑の除幕式 |
| 2017 | 平成29年 | やとみまたはちより「きんちゃんのうた」が寄贈される |
| 2017 | 平成29年 | 金魚の学校開催 |
| 2017 | 平成29年 | ニッケ弥富ゴルフコース廃止 |
| 2018 | 平成30年 | きんちゃんLINEスタンプ販売始まる |
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⑤ 健康福祉 |
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| 1930 | 昭和5年 | ジフテリア流行 |
| 1938 | 昭和13年 | 愛知県厚生農業協同組合連合会の海南病院開設 |
| 1954 | 昭和29年 | 北部、中部、南部、東部保育所できる |
| 1958 | 昭和33年 | 大藤保育所できる |
| 1964 | 昭和39年 | 二葉保育所できる |
| 1967 | 昭和42年 | 白鳥保育所できる |
| 1973 | 昭和48年 | 十四山保育所(旧西部小)開所 |
| 1973 | 昭和48年 | 弥生保育所できる |
| 1975 | 昭和50年 | 町営火葬場・潮見台霊園できる |
| 1976 | 昭和51年 | 栄南保育所できる |
| 1977 | 昭和52年 | 西部保育所できる |
| 1980 | 昭和55年 | 弥富町社会福祉協議会が社会福祉法人の認可を得て本格的に活動開始P362 |
| 1981 | 昭和56年 | さくら会館開館、はなのき広場できる |
| 1983 | 昭和58年 | 二葉保育所を境に移転 |
| 1985 | 昭和60年 | 心身障害者福祉施設(授産所)鯏浦の設立 |
| 1986 | 昭和61年 | 十四山保育所改築竣工③ |
| 1987 | 昭和62年 | 十四山保健センター完成③ |
| 1991 | 平成3年 | 出産奨励祝金制度始まる |
| 1991 | 平成3年 | 在宅介護支援センタ-事業開始 |
| 1991 | 平成3年 | シルバ-人材センタ-設立 |
| 1992 | 平成4年 | 特別養護老人ホ-ム「輪中の郷」開館 |
| 1992 | 平成4年 | 弥富町シルバ-人材センタ-開設 |
| 1992 | 平成4年 | デイサ-ビス事業始まる |
| 1994 | 平成6年 | 老人保健福祉計画策定 |
| 1997 | 平成9年 | 十四山村福祉センター完成⑩ |
| 1997 | 平成9年 | 総合健康診査の年齢対象拡充 |
| 1997 | 平成9年 | 弥富町金婚夫婦を祝う記念式始まる |
| 1998 | 平成10年 | 栄南児童館竣工式 |
| 1998 | 平成10年 | 総合福祉センタ-・弥生児童館竣工式 |
| 1998 | 平成10年 | 十四山村シルバー人材センター発足④ |
| 1999 | 平成11年 | 総合福祉センタ-開館 |
| 1999 | 平成11年 | 知的障害者更正施設「愛知県弥富寮」竣工式 |
| 1999 | 平成11年 | 巡回福祉バス運行開始 |
| 2002 | 平成14年 | 弥富いこいの里竣工式 |
| 2002 | 平成14年 | 県厚生連海南病院の新棟完成(平成15年2月1日より使用) |
| 2004 | 平成16年 | ひので保育所開所 |
| 2006 | 平成18年 | 北部保育所、二葉保育所廃止 |
| 2006 | 平成18年 | 大藤児童館開館(5月23日完成式) |
| 2009 | 平成21年 | 東部児童館・東部子育て支援センター開所式 |
| 2009 | 平成21年 | 健康フェスティバル初めて十四山地区で開催 |
| 2010 | 平成22年 | 弥生保育所新築 |
| 2010 | 平成22年 | 弥富市ファミリーサポートセンター開設 |
| 2011 | 平成23年 | 弥生児童館、児童クラブ、移設開所 |
| 2011 | 平成23年 | 弥生子育て支援センター開所(弥生児童館棟内) |
| 2012 | 平成24年 | 十四山デーサービスセンター指定管理始まる |
| 2013 | 平成25年 | 弥富市ささえあいセンター開設(総合福祉センター内) |
| 2015 | 平成27年 | 新白鳥保育所開所 |
| 2015 | 平成27年 | はばたき保育園開園 |
| 2015 | 平成27年 | はばたき児童クラブ発足 |
| 2016 | 平成28年 | 10周年記念事業 健康フェスタにてエベレスト世界最高齢登頂者三浦雄一郎講演会開催 |
| 2017 | 平成29年 | 弥富第一幼稚園閉園 |
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⑥ 教育・文化 |
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| 1871 | 明治4年 | 十四山 筏場学校を創設⑧ |
| 1871 | 明治4年 | 十四山 正義学校を子宝に創設⑩ |
| 1872 | 明治5年 | 学制発布 |
| 1873 | 明治6年 | 鯏浦、寛延、五明に義校できる |
| 1873 | 明治6年 | 十四山 正義学校を馬ヶ地に移転① |
| 1873 | 明治6年 | 十四山 正義学校を学習学校と改称⑩ |
| 1874 | 明治7年 | 芝井に啓蒙学校できる |
| 1874 | 明治7年 | 十四山 学習学校を坂中地に移転し坂中学校と改称、竹田新田に竹田学校を新設、馬ヶ地・子宝は退省学校に残る |
| 1875 | 明治8年 | 富島学校できる |
| 1877 | 明治10年 | 唐崎学校、芝井学校、稲地学校できる |
| 1879 | 明治12年 | 鯏浦学校できる |
| 1879 | 明治12年 | 楽平学校(楽平・鎌倉・佐古木・又八)を坂中学校に併合 |
| 1880 | 明治13年 | 十四山 筏場学校を鳥ヶ地学校と重宝学校に分離移転 |
| 1880 | 明治13年 | 五明学校、前ヶ須学校、三好学校できる |
| 1881 | 明治14年 | 十四山 馬ヶ地新田と又八新田に坂中学校の分教場を設置 |
| 1884 | 明治17年 | 十四山 馬ヶ地・又八の分教場廃止、坂中学校組合村から馬ヶ地・子宝両新田分離し、竹田学校区へ編入⑦ |
| 1887 | 明治20年 | 尋常小学鯏浦学校、同芝井学校、同三好学校できる |
| 1887 | 明治20年 | 鳥ヶ地学校と重宝学校を合併して元に戻し、尋常小学桴場学校とする④ |
| 1907 | 明治40年 | 十四山 宝地・竹田両尋常小学校を合併し、十四山東部尋常小学校創立、坂中尋常小学校を十四山西部尋常小学校と改称 |
| 1909 | 明治42年 | 十四山 東部尋常小学校に高等科併置、十四山東部尋常高等小学校となる |
| 1911 | 明治44年 | 前ヶ須蓮如堂再建 |
| 1918 | 大正7年 | 稲元出身の力士大錦大五郎第28代横綱に昇進 |
| 1925 | 大正14年 | 荷之上柴ヶ森に記念碑できる |
| 1936 | 昭和11年 | 鯏浦に孝忠園できる |
| 1946 | 昭和21年 | 十四山青年団結成 |
| 1947 | 昭和22年 | 弥富町立弥富国民学校、鍋田村立北部国民学校、南部国民学校をそれぞれ小学校に改称、弥富中学校、鍋田中学校開校 |
| 1947 | 昭和22年 | 十四山中学校創立、十四山東部小学校・十四山西部小学校と改称 |
| 1947 | 昭和22年 | 十四山中学校校舎竣工(東部小の隣)⑦ |
| 1949 | 昭和24年 | 鍋田中学校は稲吉に、弥富中学校は前ヶ須に新築移転 |
| 1950 | 明治25年 | 鯏浦、大藤、両国各尋常小学校できる |
| 1950 | 明治25年 | 十四山 坂中⑦竹田⑩宝地の3学校が尋常小学校となる |
| 1950 | 昭和25年 | 愛知県にて国体開催 |
| 1952 | 昭和27年 | 十四山村教育委員会発足⑪ |
| 1953 | 昭和28年 | 服部担風名誉町民となる |
| 1953 | 昭和28年 | やとみ音頭、ふるさとの町発表 |
| 1954 | 昭和29年 | 十四山中学校、鳥ヶ地へ新築移転⑨ |
| 1958 | 昭和33年 | 弥富、鍋田北部、鍋田南部小学校をそれぞれ弥生、大藤、栄南小学校に改める |
| 1958 | 昭和33年 | 弥富中学校跡の弥富小学校前ヶ須分校を桜小学校として開校 |
| 1958 | 昭和33年 | 鍋田中学校と弥富中学校を統合し、平島に弥富中学校開校 |
| 1958 | 昭和33年 | 合併後の町民の融和を図る一策として、中学校を一つにして以後の町民はすべて同窓生にする意見で統合P356 |
| 1960 | 昭和35年 | 十四山東部・西部小学校に鉄筋校舎完成 |
| 1962 | 昭和37年 | 第1回町民体育祭開催 |
| 1965 | 昭和40年 | 十四山村民体育館竣工④ |
| 1966 | 昭和41年 | 鯏浦に担風先生筆塚建つ |
| 1966 | 昭和41年 | 十四山 西蜆・大山に児童公園開園⑪ |
| 1971 | 昭和46年 | 旧役場跡に中央公民館開館 |
| 1971 | 昭和46年 | 十四山村交通公園完成式⑪ |
| 1971 | 昭和46年 | 荷之上八幡社常夜灯再建 |
| 1971 | 昭和46年 | 第1回町民文化展開催 |
| 1971 | 昭和46年 | 第1回町民水泳大会開催 |
| 1971 | 昭和46年 | 第1回弥富まつり(芸能大会)、弥富中にて開催 |
| 1972 | 昭和47年 | 十四山西部小学校、大山地内に新築移転 |
| 1972 | 昭和47年 | 十四山東部小学校改築⑪ |
| 1972 | 昭和47年 | 飯田高子選手歓迎会、弥中で開催 |
| 1973 | 昭和48年 | 白鳥小学校開校 |
| 1973 | 昭和48年 | 藍亭、弥生小に移築 |
| 1973 | 昭和48年 | 第1回町民駅伝競走、鍋田干拓で行われる |
| 1974 | 昭和49年 | 荷之上服部家住宅、国の重要文化財に指定 |
| 1974 | 昭和49年 | 青少年健全育成都市宣言 |
| 1975 | 昭和50年 | 愛知県弥富野鳥園、上野に開設 |
| 1976 | 昭和51年 | 役場2階に図書館開設 |
| 1976 | 昭和51年 | 鯏浦城跡の記念碑できる |
| 1976 | 昭和51年 | モントリオール五輪金メダリスト女子バレーチーム(飯田主将)来町 |
| 1977 | 昭和52年 | 十四山中学校、鉄筋校舎完成⑧ |
| 1977 | 昭和52年 | 町立武道場できる |
| 1977 | 昭和52年 | 産業会館にてやとみ春まつり開催 |
| 1979 | 昭和54年 | 弥富北中学校新設 |
| 1979 | 昭和54年 | 県立海南高等学校開校 |
| 1979 | 昭和54年 | 文化広場にてやとみ春まつり開催 |
| 1980 | 昭和55年 | 十四山東部小学校特別教室校舎完成② |
| 1980 | 昭和55年 | 弥生小学校講堂取り壊し |
| 1980 | 昭和55年 | 町民プ-ルできる |
| 1980 | 昭和55年 | 町民グラウンドできる |
| 1980 | 昭和55年 | 農村環境改善センタ-できる |
| 1981 | 昭和56年 | 十四山西部小学校特別教室棟完成⑫ |
| 1981 | 昭和56年 | 十四山村民運動広場完成③ |
| 1982 | 昭和57年 | 鍋田川グラウンドできる |
| 1983 | 昭和58年 | 農村多目的センタ-できる |
| 1984 | 昭和59年 | 二葉庭球場できる |
| 1985 | 昭和60年 | 図書館、保健センタ-、町民ホ-ルの複合施設できる |
| 1985 | 昭和60年 | 海南こどもの国開園式 |
| 1986 | 昭和61年 | 桜保育所できる |
| 1987 | 昭和62年 | 県埋蔵文化財調査センタ-前ヶ須にできる |
| 1989 | 平成1年 | 総合社会教育センタ-、南部コミュニティセンタ-開館 |
| 1989 | 平成1年 | 木曽三川サマーフェスティバル弥富水郷祭り開催 |
| 1991 | 平成3年 | 旧公民館を改築し、歴史民俗資料館開館 |
| 1991 | 平成3年 | 海南こどもの国にプールできる⑦ |
| 1991 | 平成3年 | 国府宮大鏡餅奉納 |
| 1992 | 平成4年 | 十四山中学校特別教室完成① |
| 1992 | 平成4年 | 小・中学校でコンピュ-タ-教室の導入始まる |
| 1992 | 平成4年 | 海部南部(十四山村・飛島村・弥富町)緊急通報システム開通③ |
| 1992 | 平成4年 | 生涯学習事業「年輪のつどい」の年齢対象拡充 |
| 1993 | 平成5年 | 十四山村体育協会設立⑫ |
| 1993 | 平成5年 | 新弥富音頭(歌 中村美津子)制作発表会 |
| 1994 | 平成6年 | 五反波公園整備 |
| 1994 | 平成6年 | 憩いの広場が整備され、シンボルタワ-「水郷の塔」が完成 |
| 1994 | 平成6年 | 十四山村スポーツセンター完成⑪ |
| 1994 | 平成6年 | さくら児童館竣工式 |
| 1994 | 平成6年 | わかしゃち国体「なぎなた競技会」が行われる |
| 1995 | 平成7年 | 森津の藤公園整備 |
| 1996 | 平成8年 | 川平北公園整備 |
| 1997 | 平成9年 | 白鳥コミュニティセンタ-・白鳥児童館オ-プン |
| 1998 | 平成10年 | すべての小・中学校の体育館の床、板張りに改修 |
| 1998 | 平成10年 | 作左山公園整備 |
| 1998 | 平成10年 | 大藤ゲ-トボ-ル場整備 |
| 1998 | 平成10年 | 筏川にフロ-ト噴水整備、竣工式 |
| 2000 | 平成12年 | 文学碑建設を記念して「やとみ文学散歩」出版 |
| 2000 | 平成12年 | 郷土力士富風十両昇進(翌年初場所まで) |
| 2001 | 平成13年 | 栄南小学校特別教室棟竣工 |
| 2001 | 平成13年 | 弥富高校野球部、夏の甲子園大会出場 |
| 2002 | 平成14年 | 十四山西部小学校校舎改築⑨ |
| 2002 | 平成14年 | 十四山東部小学校EVホール渡廊下増築⑫ |
| 2002 | 平成14年 | 桜小学校特別教室棟完成 |
| 2002 | 平成14年 | 服部承風詩碑観音寺に建立、除幕式 |
| 2003 | 平成15年 | 富風十両復帰 |
| 2004 | 平成16年 | 富風断髪式 |
| 2004 | 平成16年 | 弥富中学校吹奏楽部TDLで演奏(平成14に続き2度目) |
| 2005 | 平成17年 | 海南高校、蟹江高校併合、海翔高校となる |
| 2005 | 平成17年 | 万国博覧会愛地球博開幕(9月25日まで) |
| 2005 | 平成17年 | 愛知万博フレンドシップ事業相手国オランダのナショナルデー |
| 2005 | 平成17年 | 愛知万博弥富町の日(~11日) |
| 2008 | 平成20年 | 弥富中学校 鎌島へ移転開校 |
| 2009 | 平成21年 | 十四山支所に図書コーナー開設 |
| 2009 | 平成21年 | 三ツ又池公園開園式 |
| 2009 | 平成21年 | 境港多目的グランド開所式 |
| 2009 | 平成21年 | この年 DVD(2Fテレビで上映)を作成 |
| 2011 | 平成23年 | 市内中学生広島派遣事業始まる(15日~18日) |
| 2012 | 平成24年 | ひので公園竣工 |
| 2013 | 平成25年 | 日の出小学校開校 |
| 2013 | 平成25年 | 海部地域盛り上げ隊結成(略称AMT) |
| 2014 | 平成26年 | 桜・芝桜・藤の3花祭り始まる |
| 2016 | 平成28年 | 海部歴史講演会を開催(社教センター) |
| 2016 | 平成28年 | やとみものしりブック完成、記念講座開催 |
| 2016 | 平成28年 | ガイドボランティア交流会開催 |
| 2016 | 平成28年 | 10周年記念事業 JAXA川口淳一郎講演会開催 |
| 2016 | 平成28年 | 天王祭りを含む山・鉾・屋台行事がユネスコ無形文化遺産登録 |
| 2016 | 平成28年 | 「出張なんでも鑑定団in弥富」収録(放送は1月24日) |
| 2017 | 平成29年 | 森津の藤公園で藍亭移設記念式典開催 |
| 2020 | 令和2年 | 高橋文具屋 廃業 |