要旨(エグゼクティブ・サマリー)
本稿は、愛知県弥富市の「弥富駅自由通路事業」を巡る住民訴訟を事例に、執行部(市側)が「裁判係争中」を理由に議会での答弁を拒否する行為や、議会内部の「先例」を盾に質問を制限することの法的違法性と不当性を論証したレポートです。
行政の裁量権を理由に司法が踏み込まない「政策の妥当性」を検証することは議会固有の役割であり、係争中であっても過去の客観的な事実関係を開示させるための理論的基盤と実践的なアプローチを提示しています。
1. 司法と議会の機能的峻別
行政側は「裁判に影響を与える」として答弁を拒否しますが、司法と議会では検証の目的と到達点が完全に異なります。事実関係の開示を求めることは、司法権への介入には当たりません。
| 比較項目 | 司法(裁判所)の役割 | 議会(市議会)の役割 |
| 検証の対象 | 違法性の有無、裁量権の明白な逸脱・濫用 | 合目的性、妥当性、行政手続きの透明性 |
| 目的・到達点 | 法的責任の確定、損害賠償、権利救済 | 行政権の監視、説明責任の追及、政策評価 |
| 本件の焦点 | 市長個人に賠償責任があるか否か | なぜその手法・協定が選ばれたのかという事実経過 |
2. 主要な法的論点
レポートでは、以下の点から答弁拒否や質問制限の論理的破綻を指摘しています。
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答弁拒否の不当性
地方自治法第121条により、執行機関には説明義務があります。「裁判係争中」は包括的な答弁拒否の法的根拠(例外事由)にはなりません。対象が公金支出という公的行為である以上、公文書に基づく事実の開示は市の義務です。
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「先例」の法的限界
議会の「先例(申し合わせ)」は、憲法や地方自治法、会議規則の下位にある紳士協定に過ぎません。これを用いて議員の「質問権」を包括的に奪うことは越権行為です。
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先例の正しい解釈(目的論的解釈)
「訴訟に関することは質問しない」という先例は、「裁判官への不当な圧力」や「市の訴訟戦術の漏洩」を防ぐための限定的なルールであり、過去に完結した行政手続きの記録開示を妨げるものではありません。
3. 実践的アプローチ:一般質問を貫徹する3段階の論理
議長の制止や執行部の答弁拒否を退け、実質的な答弁を引き出すための論理展開のステップです。
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目的の限定宣言
本質問が「違法性や法的責任(司法の領域)」を問うものではなく、二元代表制に基づく「事実関係の確認と妥当性の検証(議会の領域)」であることを明確にする。
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判決の論理の逆用
裁判所が「行政裁量の範囲内」として審査を控えたブラックボックスの領域だからこそ、議会が検証しなければならないという正当性を主張する。
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先例の適用除外の主張
先例を盾にされた場合、法規範の階層性(地方自治法>先例)を指摘し、事実確認の質問が先例の制限趣旨に該当しないことを説明する。
4. 弥富駅事業において追及すべき中核的事実
法的正当性を確保した上で、議会として以下の事実(行政手続きのプロセス)を追及すべきとしています。
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代替案の比較検討プロセス
他都市(岩倉市等)のように既存駅舎を活用する安価な手法との比較検討を、いつ、どの会議体で行ったのか。
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公文書の存在
上記の費用対効果や検討プロセスを裏付ける「内部決裁文書」や「打合せ議事録」が存在するのか。
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負担構造の受容経緯
将来的な建物の維持管理費や撤去費用の負担までを自治体が引き受けるという、鉄道事業者(JR東海)に有利な構造を受け入れた客観的な協議記録はどうなっているか。
結論
係争中を理由に情報の開示を拒むことは、市民に対する説明責任の放棄であり、二元代表制の理念を否定するものです。本稿で提示された理論武装を用いることで、裁判の進行状況にかかわらず、議会の場において行政手続きの透明性と事実経過を堂々と追及することが可能です。
地方議会における一般質問権と「裁判係争中」を理由とする答弁制限の法的妥当性に関する包括的検証―弥富駅自由通路事業を事例として―
1. 序論:事案の背景と本稿の目的
地方行政における透明性の確保と議会の役割
地方自治体における政策決定プロセスは、常に市民の監視下に置かれ、その透明性と合理性が担保されなければならない。
日本国憲法が定める地方自治の基本原則に基づき、地方自治法は首長と議会をそれぞれ直接選挙で選出する二元代表制を採用している。
この制度設計の根幹には、執行機関(首長および行政組織)が有する強大な権限と情報力に対し、議事機関(議会)が市民の代表として適切な監視、評価、および政策提言を行うという相互牽制(チェック・アンド・バランス)の機能が存在する。議会において議員が行う「一般質問」は、この監視機能を具現化するための最も根源的かつ強力な法的手段である。
弥富駅自由通路事業を巡る住民訴訟の経緯と争点
現在、愛知県弥富市において推進されている「JR・名鉄弥富駅自由通路及び橋上駅舎化事業」に関し、行政の不当な公金支出を問う住民訴訟が提起されている。
本件訴訟の原告である弥富市民らは、本来であれば鉄道事業者が自らの事業として行うべき橋上駅舎建設事業に対し、市が主体となって過大な費用(約40億円規模)を負担することは、地方自治法および地方財政法に違反する裁量権の逸脱であると主張し、JR東海および名古屋鉄道との協定に基づく公金の支出差し止めや、市長に対する損害賠償を求めている。
令和4年(2022年)4月21日の提訴以降、法廷での争いが続いているが、令和6年(2024年)3月7日の名古屋地方裁判所判決、および同年8月8日の名古屋高等裁判所判決においては、行政の広い裁量権が認められる形で原告の請求が棄却される結果となっている。
この事業の背後には、鉄道事業者(JR東海)の思惑と自治体の財政負担という構造的な問題が存在する。
弥富駅の地域的課題は、改札のない北側へのアクセス改善とバリアフリー化の二点に集約されるにもかかわらず、巨額の公費を投じる橋上駅舎化という手法が選択されたプロセスについて、緻密な検証が行われた形跡が乏しいことが指摘されている。
愛知県内の岩倉市(石仏駅)や新城市(新城駅)などでは、既存の地上駅舎を活用することで極めて安価に目的を達成しており、またJR東日本管内等の他都市事例では、自治体は自由通路のみを負担し、駅舎部分は鉄道事業者が維持する方式が取られている。
これらと比較し、弥富市の事例は将来的な建物の維持管理・撤去費用までを市民に負わせる「公共補償の構造的違法性」を孕んでいるとの批判が根強い。
議会における答弁拒否と先例という壁
このような背景のもと、弥富市議会において本件協定の内容や行政手続きの事実関係(誰がどのような経緯で判断を下したのか)を一般質問を通じて確認しようとする動きに対し、執行部(市側)が「現在裁判で係争中である」ことを理由に答弁を拒絶する事態が発生している。
さらに、議会内部の運営ルールである「先例集」に「訴訟に関することは一般質問しない」旨の記載があることを根拠として、事実確認の質問そのものを封殺しようとする力学が働いている。
本報告書は、こうした行政側および議会内部の制約論理に対し、「違法性の判断や賠償責任の有無(司法の役割)を問うのではなく、行政手続きという事実関係の透明性(議会の役割)を確認する」という質問者の論理の組み立てが法的にいかに精緻かつ妥当であるかを、法令、判例、および行政法理の観点から詳細に論証するものである。
あわせて、地方議会における「先例」の法的定立とその限界を明らかにし、議会の監視機能を回復するための理論的基盤を提供する。
2. 司法権と議会権能の機能的峻別:事実認定と法的評価の分離
執行部が「係争中であるため答弁を控える」と主張する際、その根底には「議会での議論が裁判所の判断に不当な影響を与える、あるいは市の訴訟追行上不利益になる」という防衛的論理が存在する。
しかし、この論理は、司法権(裁判所)と立法権・議決権(議会)の機能的差異を意図的あるいは無意識に混同したものである。
質問者が提示する「賠償の責任を負うべきかどうかは司法が判断することであり、議会では何があったかという事実関係を問う」という論理は、権力分立の原則に完全に合致するものである。
司法審査の限界と行政裁量のブラックボックス
裁判所が行う行政訴訟(本件のような住民訴訟を含む)における審査は、当該行政行為が「適法か違法か」、あるいは市長等に「個人的な不法行為に基づく損害賠償責任があるか」の判断に限定される。
特に、本件弥富駅の自由通路事業のような大規模な公共事業の政策決定においては、裁判所は伝統的に「行政の専門的・技術的裁量」を広く認める司法消極主義の立場をとる。
高裁判決が示したように、「法に照らし明らかに妥当性を欠き、裁量権の逸脱・濫用が明白である」と認められない限り、司法は行政の判断を違法とはみなさない。
これは極めて重要な意味を持つ。
なぜなら、「違法ではない(裁量の範囲内である)」とされた行政行為であっても、それが市民の税金の使途として「妥当であったか(当不当の問題)」、複数の選択肢の中から「最適かつ最も経済的な手段が選ばれたか」については、司法の審査対象外として手つかずのまま残されるからである。
この「妥当性」や「政策的合理性」を検証・監視することこそが、地方議会に付与された本来の機能である。
事実関係の開示要求の正当性
質問者が求めているのは、執行部に対して「違法性を認めよ」と迫ることではない。
「JR東海や名鉄とどのような協定を結んだのか」「橋上駅舎化以外の代替案(地上駅舎の活用など)について、いつ、どのような比較検討を行ったのか」「その比較検討を裏付ける公文書は存在するのか」という、過去に起きた客観的な事実の開示である。
| 権能・機関 | 審査・検証の対象 | 目的・到達点 | 弥富駅事業における具体的な検証内容 |
|---|---|---|---|
| 司法(裁判所) | 違法性(裁量権の明らかな逸脱・濫用)、損害賠償責任の有無 | 法的責任の確定、公金の返還等の権利救済 |
自由通路事業の約40億円の支出が地方財政法等に違反し、市長個人に賠償責任があるか否かの司法的判断。 |
| 議会(市議会) | 合目的性、妥当性、当不当、行政手続きの透明性、事実経過 | 行政権の監視、説明責任の追及、政策評価と将来への教訓 |
協定締結に至るプロセス、緻密な検証プロセスの有無、他都市(岩倉市等)との比較検討の事実確認。 |
上表が示すように、司法と議会では検証のベクトルが完全に異なる。「事実関係」は、裁判所が違法性を判断するための「材料」の一つにはなり得るが、事実そのものを議会で共有し検証することは、直ちに司法権への介入を意味しない。
むしろ、高知県南国市議会の事例において、総務省の見解を基に「怠る事実であるか否かが裁判の争点であっても、事実関係の回答は可能である」と指摘されている通り、係争中であることを理由に事実の回答を差し控えることは、行政の不作為に該当する可能性すらある。
したがって、質問者の「法的な論理の組み立て」は、行政法学上も極めて適切であり、反論の余地がないほど強固であると言える。
3. 「裁判係争中」を理由とする答弁拒否の不当性と訴訟類型の分析
前章の理論的枠組みを踏まえた上で、執行部が具体的にいかなる理由で答弁を拒否しているのか、その論理の破綻を地方自治法と訴訟法務の実態から分析する。
地方自治法に基づく説明義務と答弁拒否の例外
地方自治法第121条は、長(市長)や行政委員会等の執行機関に対し、議会から説明を求められた場合には、本会議や委員会に出席し答弁する義務(説明員の出席義務)を課している。
この説明義務は、議会の国政調査権(地方議会においては100条調査権)や質問権を実効あらしめるための根幹である。
執行機関が法的に適法に答弁を拒否できるのは、極めて限定的な場合のみである。例えば、地方公務員法に基づく守秘義務に抵触する場合(例:特定の個人の病歴や未公表の個人情報)、捜査機関の密行性を害するおそれがある場合、あるいは国等の安全保障に関わる重大な機密事項などである。
しかし、「民事訴訟あるいは行政訴訟で係争中であること」自体を包括的な答弁拒否事由として規定した法令は存在しない。
訴訟類型から見る答弁の可否の差異:住民訴訟の特質
執行部が議会での答弁を警戒する理由を紐解くためには、自治体が関与する訴訟の類型を分類し、それぞれの法的性格を理解する必要がある。
| 訴訟の類型 | 訴訟の性質と被告 | 議会での答弁拒否の主張理由(執行部側) | 答弁拒否の正当性(法的評価) |
|---|---|---|---|
| 抗告訴訟(行政事件訴訟) | 行政処分の取り消し等を求める訴訟。被告は「市」または「行政庁」。 | 市の処分の適法性が問われているため、不用意な発言が裁判の不利益になる。 | 正当性なし。 公的な行政処分の経緯であり、市は自らの行為の正当性を議会で堂々と説明すべきである。 |
| 国家賠償請求訴訟 | 公務員の不法行為による損害賠償。被告は「市」。 | 市の過失が問われているため、過失を認めるような発言は防衛上控えるべき。 | 極めて限定的。 法的評価(過失の有無)の答弁は避けても、客観的事実の発生経過は説明可能である。 |
| 住民訴訟(4号請求等) | 違法な公金支出等による市の損害を補填するため、市長個人等に賠償を求める訴訟。 | 市長個人の責任が問われる裁判であり、市の答弁が個人の防御権を侵害する恐れがある。 |
正当性なし(本件事案に該当)。 対象は公金支出という「公務」であり、私生活ではない。公文書に基づく事実関係の開示は市の義務である。 |
本件の弥富駅自由通路事業に関する訴訟は、地方自治法第242条の2に基づく「住民訴訟」である。この訴訟形態の特殊性は、形式的な被告が「弥富市長(個人として賠償責任を問われる立場)」であっても、実質的に保護されるべき法益は「弥富市の財産(公金)」であるという点にある。
原告である住民は、市の財産権を代位して行使しているに過ぎない。
したがって、執行部(市役所という行政組織)が、「市長個人の訴訟防衛」を理由として、公金支出に関する客観的な行政手続きのプロセスや、JR・名鉄との協議記録の開示を拒むことは、論理的な矛盾を抱えている。
自由通路整備事業に関する協定の締結、予算の積算、工法の選定などは、すべて市長の私生活上の行為ではなく、公的な権限行使としてなされたものであり、そこに作成された記録は公文書である。
公文書に記録された「事実」を議会で報告することは、市長が個人的に不法行為を行ったかどうかの「法的評価」とは完全に切り離された事務的行為に過ぎず、これを拒絶することは、行政の私物化あるいは説明責任の明白な放棄に該当する。
4. 議会内部の「先例(申し合わせ)」の法的性格と限界に関する考察
本件において、執行部の答弁拒否に加えてさらに深刻な問題となっているのが、弥富市議会の「先例集」に記載されているとされる「訴訟に関することは一般質問しない」という議会内部のルールである。
条例や規則ではなく「先例」に過ぎないものが、議員の基本権である質問権を制約できるのかについて、法制執務および地方議会運営の法理から徹底的に検証する。
地方自治体における法規範の階層構造
地方議会を規律するルールには明確なヒエラルキーが存在し、下位の規範は上位の規範に反することはできない。
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日本国憲法および地方自治法: 議会の存在意義と権能、議員の質問権や調査権の究極的な法的根拠。地方自治法第112条(議案の提出権)や第121条(説明員の出席)などがこれに該当する。
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条例(議会基本条例など): 地方自治法に基づく自治立法権により、議会が自主的に定める最高規範。
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会議規則(標準市議会会議規則など): 地方自治法第120条に基づき、議事の進行、発言の許可、質問の要件等を詳細に定める成文規則。
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委員会条例および規則: 委員会の組織や運営に関する規定。
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先例(申し合わせ・慣例): 議会運営委員会(議運)や各会派の代表者会議において協議された、明文の法令や規則の隙間を埋めるための実務上の運用ルール。
「先例」や「申し合わせ」は、あくまで過去の議会運営において特定の事象が発生した際に、議事の円滑な進行を図るために議員間で合意された「紳士協定」に過ぎず、厳密な意味での成文法としての法的拘束力を持たない。
したがって、先例の効力は、憲法、地方自治法、条例、および会議規則の範囲内に留まらなければならない。
質問権を包括的に制約する先例の違法性と不当性
標準市議会会議規則において、一般質問の対象は「市の一般事務に関する事項」と極めて広く定義されている。
市政のあらゆる分野が質問の対象となり得るのが大原則である。成文規則の中に「裁判所に係争中の事件に関する事項は、質問の対象から除外する」という明文の規定は存在しない。
この前提に立つと、「訴訟に関することは一般質問しない」という先例の法的限界は明らかである。
もしこの先例を文字通りに解釈し、「現在住民訴訟の対象となっている弥富駅自由通路事業(約40億円規模の最重要行政課題)のすべてについて、一切の言及や事実確認を禁ずる」ものとして適用するのであれば、それは下位の紳士協定が、地方自治法と会議規則が保障する議員の質問権を包括的に剥奪する越権行為(無効なルール適用)となる。
このような拡大解釈がもたらす弊害は計り知れない。極端な話、市長や執行部にとって都合の悪い特定の大型公共事業や不祥事について議会での追及を逃れたい場合、第三者が意図的に(あるいは形式的な)訴訟を提起しさえすれば、議会はただちに「先例」を盾に沈黙を余儀なくされるという不条理な事態が生じる。
これは、二元代表制における議会の監視機能の完全な形骸化であり、民主主義の自殺行為に等しい。過去にも弥富市では、新庁舎建設事業の用地取得に関わる住民訴訟(平成30年提起)が行われており、こうした重要事案のたびに「係争中」を理由に議会の機能が停止することは許されない。
先例の合目的的・限定的解釈の必要性
では、この先例は全く無意味なのか。法的に適切な解釈(合目的的解釈)を行えば、この先例が意図する正しい適用範囲が見えてくる。 「訴訟に関する事項」を質問してはならないという本来の趣旨は、以下の二点に限定されるべきである。
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司法権の独立への配慮: 裁判所や担当裁判官に対し、特定の判決を下すよう議会から圧力をかけるような発言や、判決内容そのものを予断するような質問を防ぐため。
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市政の防衛上の公益保護: 市が純粋に被害者となっている民事訴訟などで、訴訟戦術上の極秘事項(和解のボーダーラインなど)を公開の場で暴くことで、市の財産的利益を損なう事態を防ぐため。
質問者が行おうとしているのは、このいずれにも該当しない。「弥富駅の事業に関する協定内容がどうなっていたか」「他都市の手法と比較したのか」という行政プロセスの確認は、裁判官に対する不当な圧力でもなければ、訴訟戦術の漏洩でもない。
過去に完結した行政手続きの記録の開示に過ぎない。
したがって、「先例にそんなこと(全面的な質問禁止)が書いてあること自体が適切ではない」という質問者の直感は、法規範の階層構造および先例の目的論的解釈から見て、完全に正しい認識である。先例を理由に事実確認の質問を制限することは、議会自らがその権能を放棄する不作為の違法を構成し得る。
5. 弥富市議会における一般質問の論理構築と具体的検証事項
これまでの法的考察に基づき、質問者が一般質問の場において、執行部の答弁拒否や議長からの制止(先例の適用)を論理的に退け、実質的な答弁を引き出すための実践的な論理構築のステップと、追及すべき具体的な事実検証事項を提示する。
一般質問を貫徹するための法的論理の三段階アプローチ
第一段階:目的の限定宣言(司法と立法の分離)
質問の冒頭において、本質問が司法の領域に踏み込むものではないことを明確に宣言し、執行部および議長の「係争中」という防御壁を無力化する。 論理展開例:「本質問は、弥富駅自由通路事業に関する公金支出が違法であるか否か、あるいは市長等に損害賠償責任があるか否かという、裁判所が判断すべき法的評価を問うものではありません。
私が行うのは、二元代表制の一翼を担う議会として、当事業の意思決定プロセスという『過去の客観的な事実関係』を確認し、政策の妥当性を検証することです。事実の確認は議会の責務であり、答弁を拒否する理由にはなりません。」
第二段階:判決の論理の逆用(行政裁量への着目)
名古屋地裁および高裁の判決において、原告の請求が「裁量権の範囲内である」として棄却された事実を、逆に議会の監視を正当化する論理として活用する。 論理展開例:「司法は、本件事業の進め方が市長の幅広い『裁量権』に委ねられていると判断しました。
しかし、違法ではないからといって、その裁量の行使が市民の税金の使途として『最適かつ妥当』であったかは全く別の問題です。
司法が介入を控えた行政裁量の領域(ブラックボックス)だからこそ、議会が公文書に基づきそのプロセスを検証しなければならないのです。」
第三段階:先例の目的論的解釈に基づく適用除外の主張
万が一、議長等から「先例集」を理由に質問を制止された場合には、前章で論じた法規範の階層性を用いて反論する。 論理展開例:「先例集にある『訴訟に関することは質問しない』という申し合わせは、裁判所の独立を侵すような発言を慎むという趣旨の紳士協定に過ぎず、地方自治法が保障する議員の質問権を包括的に剥奪するものではありません。
行政手続きの事実関係の開示要求は、裁判への不当な介入には該当せず、この先例を盾に答弁を拒否することは、会議規則や上位法の趣旨を逸脱する不適切な解釈です。」
弥富駅自由通路事業に関して問うべき中核的「事実」
質問の法的正当性が確保された上で、具体的に「何があったかを明らかにする」ために問うべき事項は、以下の点に集約される。これらは元行政実務経験者等からも厳しく指摘されている行政手続きの瑕疵の核心部分である。
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緻密な比較検証プロセスの有無とその記録:
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事実の確認: 約40億円規模の予算を伴う橋上駅舎化を決定するにあたり、岩倉市(石仏駅)や新城市(新城駅)のように、既存の地上駅舎を活用して自由通路のみを整備する代替案について、いつ、どのような会議体で比較検討を行ったのか。
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公文書の開示要求: その比較検討のプロセスや、費用対効果の算定結果を証明する「内部決裁文書」や「打合せ議事録」が存在するのか。存在しないとすれば、いかなる根拠に基づいて政策決定がなされたのか。
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鉄道事業者(JR・名鉄)との協議プロセスと負担の構造:
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事実の確認: 他のJR各社(JR東日本など)の事例では、駅舎を地上のままにして両側に改札を設け、自治体側は自由通路のみを負担することで将来的な維持管理コストを抑えている手法が存在する。弥富市はJR東海との協定協議において、この手法を提案・要求した事実があるか。
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事実の確認: 名鉄が将来の経費負担を考慮し、地上駅舎の維持に慎重な対応をとっているのに対し、弥富市がJR東海の意向(極力安価に橋上駅舎化を図りたい思惑)を優先し、将来の建物の維持管理費や撤去費用の負担までを自治体が引き受ける構造を受け入れた経緯の客観的記録はどうなっているか。
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これらの事項に関する追及は、決して過去の行為の違法性を論うためだけのものではない。
この事実関係が白日の下に晒されることで初めて、現在の市の財政リスクが正しく評価され、今後の類似の都市開発事業(公共補償を伴う事業等)において同じ轍を踏まないための再発防止策を構築することができるのである。
6. 結論と今後の地方議会における規範的在り方
弥富駅自由通路事業を巡る住民訴訟が係争中であることを理由に、市議会における一般質問での答弁を拒否し、あるいは議会内部の「先例」を絶対視して質問権そのものを封じ込めようとする動向は、地方自治法が定める二元代表制の理念を根底から否定するものである。
質問者が提示した「市長個人等の違法性や賠償責任を問うのではなく、訴訟の有無にかかわらず、市政に関する疑義として行政手続きの客観的状況と事実関係(何があったのか)を確認したい」という論理の組み立ては、法制度上、完全に正当かつ適切である。
司法が担当するのは「違法性・法的責任(Legal Liability)」の判断という極めて限定的な領域であり、行政の決定が税金の使途として妥当であったか、複数の選択肢から合理的な比較検討を経て選ばれたかという「妥当性(Appropriateness)とプロセスの透明性」を検証することは、議会にしか成し得ない不可侵の権能である。
これを混同し、係争中を理由に情報の開示を拒むことは、市民に対する説明責任(アカウンタビリティ)の放棄である。
また、議会の「先例集」はあくまで議事進行を円滑にするための内部的な申し合わせ事項に過ぎず、地方自治法等の上位規範に優先して議員の質問権を包括的に制限する法的効力は有しない。
「訴訟に関することは質問しない」という先例は、司法権への不当な圧力や、市の正当な利益を害する機密漏洩を防ぐという限定的な目的においてのみ適用されるべきであり、本件のような「過去の行政手続きの事実関係の確認」を妨げる根拠としては著しく不適切である。
執行部は、議会からの事実関係に関する問いに対し、保有する公文書や客観的記録に基づいて誠実に答弁する法的な説明義務を負っている。
本報告書で整理した「事実認定と法的評価の分離」「行政裁量のブラックボックス化への対峙」、そして「先例の目的論的かつ限定的な解釈」という理論武装を用いることで、たとえ当該事案が住民訴訟の係争中あるいは判決前後であっても、議会の場において行政手続きの透明性と事実経過を堂々と追及することは可能であると結論づける。
この法的アプローチの実践は、弥富市のみならず、全国の地方議会が抱える類似の課題に対する強力な処方箋となるものである。