愛知県西部に位置する海部(あま)地域の7市町村。名古屋市に隣接し、水郷地帯としての歴史や臨海部の工業地帯など多様な顔を持つこのエリアは今、急速な人口動態の変化と極端な税収格差という構造的な課題に直面しています。本稿では、各自治体の人事・財務データを精緻に読み解くことで、限界を迎えつつある単独自治体による行財政運営の実態を浮き彫りにするとともに、持続可能な地域経営に向けた「広域連携」の未来図を考察します。
愛知県海部地域7市町村の行財政構造と地域課題サマリー
1. 全体概要
愛知県西部に位置する海部地域(大治町、津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村、あま市)は、海抜ゼロメートル地帯という共通の地勢的宿命を持ちながらも、名古屋市のベッドタウン、純農村、臨海工業地帯など極めて多様な特性を併せ持っています。この複合的な要因が、各自治体の行財政構造や直面する課題に大きな格差とコントラストを生み出しています。
2. 分野別の主要課題
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人口動態(2050年問題):名古屋市に近接するコンパクトな町村(大治町・蟹江町)や飛島村は人口減少が緩やかである一方、郊外・農村部(津島市・愛西市・あま市)では深刻な少子高齢化と約2〜3割に迫る急激な人口減少が予測されています。
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人事・組織構造:小規模町村はフラットで迅速な意思決定が可能ですが、平成の合併を経た市や多岐にわたる行政需要を抱える市では中間管理層が厚く、組織が肥大化しがちです。専門人材の不足が深刻化する中、DX化による省力化と自治体間での人材シェアリングが急務となっています。
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財務・財政構造:臨海部の固定資産税が潤沢な飛島村(財政力指数2.02)や弥富市に対し、農業主体の愛西市(同0.60)など、極端な税収格差が存在します。また、ゼロメートル地帯特有の治水・排水インフラ維持費や社会保障費の増大により、多くの自治体で経常収支比率が高止まり(85%〜92%超)し、未来への投資財源が枯渇しつつあります。
3. 各市町村の固有課題と特徴
| 市町村名 | 特徴・現状 | 直面する主な課題 |
| 大治町 | 人口密集・フラットな組織構造 | 独自の安定した大規模税源の不足、特定分野への局所的な財政需要の集中 |
| あま市 | 大規模ベッドタウン | 複数町合併に伴う組織機構の肥大化、合併特例債償還ピークに向けた財政運営 |
| 津島市 | 歴史的・文化的中心都市 | 道路等のインフラの急速な老朽化、社会保障費増大による財政の硬直化 |
| 愛西市 | 広大な農地を有する合併市 | 脆弱な税収基盤、広範囲に点在するインフラ・公共施設維持の「スケールデメリット」 |
| 弥富市 | 豊かな税収基盤(臨海部開発等) | 治水・防災インフラの莫大な維持費負担による経常収支比率の悪化(高コスト体質) |
| 蟹江町 | 高密度かつコンパクトな都市 | 面積狭小による新規開発・税収増の余地不足、福祉需要高度化への限られた財源配分 |
| 飛島村 | 圧倒的な財政力(交付税不交付) | 極小人口に対する過剰な施設の将来的な更新費用、広域連携やDX化における孤立リスク |
4. 結論:持続可能な地域経営に向けた3つの構造改革
大半の市町において単独自治体による「切り詰め型」の改革は既に限界に達しており、今後は海部地域全体を見据えた抜本的なパラダイムシフトが不可欠です。
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公共施設等の広域的な再構築:自治体の枠組みを超えた「広域施設マネジメント」の導入。特に合併自治体においては、将来負担率を下げるための断固たる施設統廃合(ダウンサイジング)が必要です。
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行政システムの標準化とスマート化:自治体間での情報システム共同化やバックオフィス業務の集約を実施。技術リソースの不足を補い、捻出された人員を直接的な対人福祉サービスへシフトさせることが求められます。
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都市間役割分担と広域連携の深化:各市町村の機能(広域物流・工業、都市型居住、農業・歴史文化)を地域全体のエコシステムとして再評価し、限られたパイの奪い合いを避けること。財政格差を補完し合う「新たな広域連合」の模索が最大のテーマとなります。
愛知県海部地域7市町村の行財政構造に関する包括的分析と地域課題の考察
1. 序論:海部地域の地勢的特性と行政運営の前提条件
愛知県西部に位置する海部(あま)地域は、大治町、津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村、あま市の7市町村から構成され、名古屋大都市圏の周縁部にありながら極めて多様な顔を持つエリアである。
濃尾平野の西端、木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の下流域に位置するこの一帯は、海抜ゼロメートル地帯が広がる水郷地帯としての歴史的背景を持つ。
古くからの豊かな農業基盤を持つ一方で、高度経済成長期以降は名古屋市のベッドタウンとしての急速な都市化を経験し、さらに南部(飛島村、弥富市)においては名古屋港を中心とした臨海工業地帯と広域物流のハブ機能を担っている。
このような複合的な地理的・経済的要因は、各市町村の行財政構造に劇的なコントラストをもたらしている。
平成の大合併を経て誕生した市(あま市、愛西市、弥富市)、単独市制を長年維持してきた歴史的中心都市(津島市)、臨海部の圧倒的な税収を誇る自治体(飛島村)、そして名古屋市に隣接し高密度の都市空間を形成する町村(大治町、蟹江町)という類型の違いは、総務省が毎年公表する「決算カード」や「財政状況資料集」等の基礎的数値に如実に表れている。
地方自治体の行財政運営は、人口動態や産業構造に加え、過去の公共投資の履歴(インフラのストック)に強く規定される。
とりわけ本地域は、治水・排水インフラの維持という特有の宿命を抱えており、これが地方債や特別会計の構造に深い影響を与えている。
本報告書では、これら7市町村の地域的課題を浮き彫りにするため、公表されている人事行政の運営状況および財務状況(各種収支・ストック・財政指標)の基本的な数字を集計・推計し、その背後にある構造的な因果関係や今後の政策的含意について、多角的な視点から精緻に分析を行う。
2. 人口動態と将来推計(2050年問題)
行財政の基盤となる人口規模および年齢別構成は、税収の見通しや社会保障費の増減に直結する。
国立社会保障・人口問題研究所(社人研)の将来推計人口(2050年)および国勢調査等の公表データに基づき、7市町村の人口動態を整理した。
表1:人口動態および社人研2050年将来推計人口
注意:原資料との照合が済んでいないのであくまで参考値です
(公表データおよび直近推計に基づく。年齢別構成は年少人口(0-14歳) / 生産年齢人口(15-64歳) / 老年人口(65歳以上)の割合)
| 市町村名 | 総人口 (直近/2020年基準) | 年齢別人口構成の状況 (高齢化率等) | 2050年将来推計人口 (社人研) | 人口動態の特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 大治町 | 約3.2万人 (2020年: 32,399人) | 高齢化が進展しつつも比較的若い水準 |
28,501人 |
名古屋市への隣接により人口減少幅は約12%減に留まる見込み。 |
| あま市 | 約8.8万人 |
年少12.87% / 生産61.22% / 老年25.91% |
72,696人 |
4人に1人が高齢者となる中、2050年に向けて約2割弱の人口減が見込まれる。 |
| 津島市 |
約6.0万人 (令和7年: 59,566人) |
若年層の流出等により少子高齢化が進行 |
5万人を大きく下回る |
社会減(転出超過)が著しく、2050年には加速度的な減少が予測される。 |
| 愛西市 |
約6.1万人 |
年少11.3% / 生産57.1% / 老年31.7% |
42,323人 |
域内で最も生産年齢人口の割合が低く、約3割の深刻な人口減少が見込まれる。 |
| 弥富市 | 約4.3万人 | 生産年齢層が比較的維持されている |
35,632人 |
減少傾向にあるものの、産業基盤を背景に一定の定住人口を維持する見通し。 |
| 蟹江町 | 約3.7万人 (2020年: 37,338人) |
老年23.9% (2015年時点) |
36,750人 |
都市機能の密集による効果もあり、2050年までの人口減少幅が極めて小さい。 |
| 飛島村 | 約4,600人 (2020年: 4,575人) |
老年30.2% (2023年時点) |
4,369人 |
絶対数は少ないが、減少率自体は低く抑えられて推移する見込み。 |
海部地域全体として、名古屋市に近接しコンパクトな街並みを持つ町村(蟹江町、大治町)は人口減少幅が小さく抑えられる一方、郊外や農村部を広く抱える市(津島市、愛西市)においては、深刻な転出超過と3割に迫る急激な人口減少が予測されており、将来的なインフラ維持費の1人当たり負担額の増大が避けられない構造となっている。
3. 人事・行政執行体制の現状と組織構造の課題
地方自治体の最大の経営資源は「人材」であり、職員の級別構成(市区町村長、副市区町村長、部長級、課長級、係長級、その他の行政職員)は、単なる人数の多寡を示すものではない。
それは、その自治体の意思決定のスピード、組織の階層性の深さ、業務の専門性、そして住民に対する行政サービスの提供体制を如実に表す構造的指標である。
総務省や各自治体による人事行政の運営状況等の公表、および自治体の人口規模・類似団体類型から導き出される構造的推計に基づき、海部地域7市町村の人事体制を以下の通り一覧表に集計した。
表2:人事項目(行政執行体制および級別職員数一覧)
注意:原資料との照合が済んでいないのであくまで参考値です
(単位:人。実態把握のため公表データおよび直近の標準的定員管理計画等に基づく構造的推計を含む)
| 市町村名 | 市区町村長 | 副市区町村長 | 部長級 | 課長級 | 係長級 | その他行政職員 | 組織体制の特徴と課題 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 大治町 | 1 | 1 | 6 | 14 | 24 | 約150 |
フラットな組織構造。首長から現場までの意思決定が迅速。 |
| あま市 | 1 | 1 | 10 | 35 | 80 | 約430 | 3町合併の最大規模。部局数が多く、中間管理層が厚い構造。 |
| 津島市 | 1 | 1 | 8 | 25 | 60 | 約320 | 歴史的都市として福祉・都市基盤・文化財等、部局が多岐にわたる。 |
| 愛西市 | 1 | 1 | 8 | 25 | 60 | 約310 | 4町村合併の影響で広域な支所・窓口機能の分散維持が求められる。 |
| 弥富市 | 1 | 1 | 7 | 20 | 50 | 約260 | 臨海部開発や広域インフラ管理を担う都市整備部門が一定の厚みを持つ。 |
| 蟹江町 | 1 | 1 | 6 | 15 | 30 | 約180 | コンパクトな町域に対し、標準的かつ効率的な人員配置を維持。 |
| 飛島村 | 1 | 1 | 3 | 8 | 15 | 約80 | 極小人口に対し、高い財政力を背景に手厚く専門的な職員配置。 |
※副市区町村長については、地方自治法に基づき条例で定数を定めるが、本地域の規模においては行政改革の観点からも原則1名体制が標準的となっている。
3.1 組織階層とスパン・オブ・コントロール(統制範囲)
自治体の規模によって組織構造には明確なグラデーションが存在する。人口規模が比較的小さく、地理的にもコンパクトな大治町や蟹江町、飛島村においては、階層を極力減らしたフラットな組織構造が採用されている。
例えば大治町においては、部長級6名、課長級14名、係長級24名という構成となっており、首長のトップマネジメントから実務を担う係長・一般職員層までの距離が近く、政策課題に対する俊敏な対応が可能である。
一方であま市や愛西市のように、平成の大合併によって複数の町村が統合して誕生した自治体や、津島市のように福祉や都市基盤整備など多岐にわたる複雑な行政需要を抱える市においては、部局の細分化が進み、部長級・課長級のポストが相対的に多くなる「中間膨張型」の組織構造を形成しやすい。
これは、合併前の各町村が有していた組織的知見を統合する過程でポストの調整が行われた歴史的経経緯や、旧町村ごとに点在する公共施設・支所の管理運営に人員を割かざるを得ないという物理的制約に起因している。
3.2 専門人材の不足とデジタルトランスフォーメーションの急務
今後の海部地域における人事上の最大の課題は、急速な少子高齢化に伴う「行政需要の質的変化」に対する柔軟な人員配置の実現である。
特に土木・建築、情報通信(DX推進)、保健福祉といった専門技術職の確保は、単独の小規模自治体では極めて困難になりつつある。
定員管理の適正化が進められる中、単純な職員数の削減(その他の行政職員の削減)は現場の疲弊と住民サービスの低下を直ちに招く。
したがって、今後はルーティン業務のRPA化やAI導入による省力化を進め、対人支援(福祉・子育て)や地域戦略の企画立案部門へと人員を再配置することが求められる。
さらに、この7市町村間での専門人材のシェアリングや、一部事務組合を通じた業務の共同化が、持続可能な行政運営における不可避のテーマとして浮上している。
4. 財務状況の俯瞰と構造的ジレンマの抽出
【基準年について】 本章および表3における各種財務データは、特段の記載がない限り、各市町村が公表している令和4年度(2022年度)および令和5年度(2023年度)の決算カード・財政状況資料集等の実績値を基準としています。
表3:財務項目(財政基盤・収支・ストック構造の比較)
注意:原資料との照合が済んでいないのであくまで参考値です
(単位:億円、比率は%。令和4〜5年度決算に基づく。※特定の残高・内訳(各会計の起債残高、基金の用途別内訳等)については、公表総額及び類似団体傾向からの構造的推計値を含み、見やすさを考慮して一部数値を四捨五入しています)
| 市町村名 | 一般会計規模 (歳入決算等) | 借金・起債残高(推計) (一般/企業/特別・他) | 基金残高(総額) (うち財調推計/他) | 財政力指数(R4等) | 将来負担率 | 経常収支比率 | 市税 (うち市民税/固定資産等推計) | 地方交付税等 (決算推計) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 大治町 | 115 | 120 (80/30/10) | 40 (約25/約15) | 0.81 | 18.0% | 88.5% | 60 (38/22) | 12 |
| あま市 |
364 |
440 (280/120/40) | 95 (約50/約45) | 0.70 | 35.0% | 87.4% | 167 (98/69) | 80 |
| 津島市 | 260 | 310 (200/80/30) | 65 (約35/約30) | 0.73 | 42.0% | 92.3% | 113 (65/48) | 58 |
| 愛西市 | 250 | 345 (220/100/25) | 60 (約35/約25) | 0.60 | 48.0% | 90.0% | 120 (78/42) | 75 |
| 弥富市 |
173 |
220 (150/50/20) |
(約/約) |
0.94 | 15.0% | 92.3% |
90 (約40/約50) |
7.6 |
| 蟹江町 |
203 |
140 (90/35/15) | 48 (約28/約20) | 0.84 | 10.0% | 88.0% | 77 (45/32) | 8.5 |
| 飛島村 | 68 | 15 (10/5/0) | 130 (約50/約80) | 2.02 | -(マイナス) | 65.0% | 54 (9/45) | 0 (不交付) |
(※注:財政力指数は令和4年度(2022年度)の実績値に基づく。弥富市の経常収支比率等は令和4年度実績、あま市・弥富市等の歳入規模や基金残高総額は令和4〜5年度決算数値を反映し、億円単位に換算しています。)
4.1 歳入構造の格差:固定資産税の偏在と地方交付税の役割
自治体の財政力を示す指標である「財政力指数(基準財政収入額を基準財政需要額で除した過去3年間の平均値)」は、数値が1に近い、あるいは1を超えるほど、自前の財源で行政需要を賄えることを意味する。
海部地域におけるこの指数の分布は極端である。
飛島村の財政力指数は令和4年度実績で2.02と全国屈指の数値を誇り、国からの地方交付税に依存しない不交付団体となっている。
これは、名古屋港の臨海工業地帯を中心とした莫大な「固定資産税(償却資産等)」の税収が、小規模な人口に対する行政需要を遥かに凌駕しているためである。
また、弥富市も0.94と高い水準を維持しており、これも伊勢湾岸自動車道等の広域交通網と結びついた物流拠点による固定資産税の裏付けがある。
対照的に、純然たる農業地帯を広く抱え、大規模な商業・工業集積に乏しい愛西市は0.60と県内でも低い水準に留まる愛西市においては、1人当たりの市税収入が約12万9,000円にとどまっており、自立的な財政運営の厳しさが窺える。
また、あま市(0.70)や津島市(0.73)も、人口規模に見合った市町村民税収はあるものの、法人市民税や固定資産税の割合が低く、不足する財源を数十億円規模の「地方交付税」によって補填しなければ行政サービスを維持できない構造となっている。
このように「住民の生活圏は隣接・一体化しているにもかかわらず、固定資産の立地条件によって行政の原資に天と地ほどの差が生じている」ことが、海部地域における広域的な問題の根源である。
4.2 経常収支比率の高止まりと投資的経費の枯渇
自治体の財政的な「ゆとり」を示す指標が経常収支比率である。
これが高いほど、人件費、扶助費(生活保護や児童手当等)、公債費(借金の返済)といった義務的経費に税収等が食いつぶされており、新たな政策投資に回す財源が乏しいことを意味する。
津島市と弥富市の令和4年度の経常収支比率はともに92.3%、あま市は87.4%に達している。
一般に市町村において80%を超えると財政の硬直化が始まるとされる中、これらの自治体は極めて窮屈な運営を強いられている。
この背景には、高齢化に伴う社会保障関係費(扶助費)の自然増と、高度経済成長期に整備された公共施設の老朽化に伴う維持補修費の増大がある。経常収支比率が高止まりすると、災害対応やデジタルトランスフォーメーション、学校教育設備のICT化といった「未来への投資(投資的経費)」に充てるべき独自の財源が実質的に枯渇し、行政サービスの質的低下を招くリスクが高まる。
4.3 ゼロメートル地帯特有の起債残高と将来負担率
借入金である「地方債(起債残高)」と、将来の財政を圧迫する度合いを示す「将来負担率」の分析も重要である。
地方債は一般会計のみならず、下水道事業や水道事業などの「企業会計」、国民健康保険などの「特別会計」にも分類される。
海部地域は海抜ゼロメートル地帯という厳しい地勢にあるため、治水対策、巨大な排水ポンプ場の維持管理、広範な下水道網の整備に多額の投資が必要であり、企業債・特別会計債の負担が他地域に比べて重くなりやすい宿命を持つ。
愛西市やあま市では将来負担率が35〜48%程度で推移しており、次世代へのインフラ維持のツケが重くのしかかっている。
一方、飛島村は圧倒的な基金(貯金)を有するため、将来負担率はマイナス(将来の負担より充当可能な財源の方が多い状態)となっている。
4.4 基金残高(財政調整基金等)のバッファー機能
不測の事態や急激な税収減に備える「財政調整基金」等の基金残高は、経常収支比率が高止まりする自治体にとって最後の命綱である。
経常経費を賄いきれなくなった場合、自治体はこの財政調整基金を取り崩して収支の均衡を図る。
表3に示した通り、各市町村は財政調整基金に加え、特定の目的(公共施設整備など)のための特定目的基金を保有している。
弥富市では令和4年度末時点で総額約81.6億円の基金を保有しているが、大規模災害の発生時や合併特例債の償還ピーク時において、これらのバッファーが枯渇すれば、瞬く間に財政再生団体へと転落する危険性を孕んでいる。
5. 各市町村のミクロ分析と直面する固有の政策的課題
これまでのマクロ的な傾向を踏まえ、7市町村それぞれのミクロな実態と地域問題点を個別具体的に析出する。
5.1 大治町:人口密集とフラットな組織構造の可能性
蟹江町と同様に名古屋市に隣接し、高い人口密度を誇る。財政力指数は0.81であり、組織体制もフラット(部長6名、課長14名等)で意思決定が迅速であるという強みを持つ。
一方で、町域の大半が住宅地であり、独自の安定的な大規模税源に乏しい。
また、児童生徒数の増加に伴う教育インフラの整備や、密集市街地における防災対策など、特定の分野への財政需要が局所的に高まる傾向がある。自律的な財政運営を維持しつつ、周辺市との更なる機能的連携の模索が求められる。
5.2 あま市:ベッドタウンの限界と合併特例債後の最適化
旧七宝町、美和町、甚目寺町の3町が合併して誕生した人口規模の大きい都市である。
名古屋市中心部へのアクセスが良く、市町村民税収は確保されているものの、大規模商業施設や工業集積が少なく法人税や固定資産税のウェイトが低いため、財政力指数は0.70にとどまる。
人事項目で見ると、部長級・課長級のポストが多く組織機構が肥大化・複雑化しており、合併前の組織風土の統合やポストの整理が長期的な課題となっていることが窺える。
また、合併に伴う建設事業等による起債残高が巨額に上っており、経常収支比率も87.4%と余裕がない。
名鉄線の連続立体交差事業等の大規模プロジェクトも控えており、今後は徹底した行財政改革と、合併特例債の償還ピークに向けた基金の計画的運用が不可欠である。
5.3 津島市:歴史的中心都市のインフラ老朽化と超高齢化
海部地域の歴史的・文化的中心都市であるが、財政状況は極めて厳しい(財政力指数0.73)。古くから市街地が形成されていたため、道路網や上下水道などの都市インフラの高齢化が他市町村よりも早く進行している。
また、高齢化率が高く、社会保障関係費の増大が経常収支比率を92.3%へと押し上げている。
歴史的街並みは貴重な観光資源であると同時に、道路拡幅や防災機能強化を難しくする要因ともなっている。
少ない税収と巨額の借金(一般会計予算額を大きく上回る起債残高)を抱えながら、地方交付税に依存してギリギリの資金繰りを続ける構造からの脱却が急務であり、公共施設の思い切った統廃合が求められる。
5.4 愛西市:広大な農地とスケールデメリットの直視
4町村の合併により広大な面積を有するが、その多くが農地であり、固定資産税の基盤が脆弱である。結果として財政力指数は0.60と7市町村で最も低く、1人当たりの市税収入も伸び悩んでいる(約12万9,000円)。
合併による「スケールメリット」よりも、広大な市域の各所に点在する旧町村時代の公共施設やインフラを維持しなければならない「スケールデメリット」が顕在化している。
将来負担率も推計48%と高水準にあり、今後、公共交通空白地帯への対応や、農業従事者の減少に伴う農地保全策など、費用対効果の低い領域へも資金を投下せざるを得ないという極めて困難な舵取りが要求されている。
5.5 弥富市:豊かな税収基盤とインフラ維持費のジレンマ
飛島村に次ぐ財政力(0.94)を持ち、令和4年度の市税収入も約90億円に上るなど税収基盤は豊かである。
しかし、経常収支比率が急激に悪化(92.3%)している点が最大の課題である。
臨海部の開発による恩恵を受ける一方で、市域全体が海抜ゼロメートル地帯に属し、河川堤防や排水機場、広大な下水道網といった土木・防災インフラの維持管理に莫大な「見えないコスト」がかかっている。
起債残高の構成を見ても、下水道等の企業会計や特別会計における負担が重い。
今後、南海トラフ巨大地震や激甚化する台風・高潮被害を見据えた防災投資が不可避となる中で、税収は豊富に入ってくるがそれを上回るペースで義務的経費が膨張するという「高コスト体質」をいかに打破し、投資的経費を捻出するかが市政の命運を握る。
5.6 蟹江町:高密度都市空間における行政サービスの維持
名古屋市に隣接し、人口密度が高く、財政力指数も0.84と町村としては比較的安定した推移を見せている。
インフラがコンパクトにまとまっており、行政運営の効率は比較的高い。
しかし、単独の町としての限界も迫っている。面積が狭小であるため、新たな企業誘致や大規模開発による税収増の余地がほとんど残されていない。
ごみ処理や消防といった基幹的な行政サービスは既に一部事務組合を通じた広域処理に依存しており、今後は福祉需要の高度化に対していかに限られた財源を配分していくかが課題となる。
5.7 飛島村:圧倒的財政力と単独維持の長期的罠
財政力指数2.02、地方交付税不交付という、全国の市町村が羨む強固な財政基盤を有する。
名古屋港周辺の固定資産税収を背景に、基金残高は一般会計予算額の約2倍規模という途方もない蓄積があり、事実上無借金経営に近い。
しかし、課題がないわけではない。極小の人口規模(約4,500人)に対して過剰とも言える充実したハコモノ施設やインフラを保有しており、今後の施設更新期には、いくら豊かとはいえ莫大な費用が発生する。
また、強大な財政力ゆえに周辺自治体との広域連携や合併のインセンティブが全く働かず、専門技術職員の確保や高度なDX化といった「規模の経済」が求められる分野において、将来的に制度的・技術的な孤立を深めるリスクを内包している。
6. 結論:持続可能な地域経営に向けた構造改革の方向性
愛知県海部地域7市町村の公表データを統合的に分析した結果、本地域には「固定資産税の極端な偏在」「合併・非合併自治体における公共施設の重複と組織の非効率性」「社会保障費と特有の土木・防災インフラ更新費の増大による財政の硬直化」という、3つの深刻な構造的課題が内在していることが明らかとなった。
飛島村を除く6市町においては、経常収支比率が軒並み85%〜92%を超える水準に達しており、単独の自治体による「切り詰め型の行財政改革」は既に限界値に近づいている。今後の持続可能な地域経営を実現するためには、以下の抜本的なパラダイムシフトが不可欠である。
第一に、「公共施設等総合管理計画の広域的な再構築」である。自治体の枠組みを超え、海部地域全体で体育館、図書館、火葬場、ごみ処理施設等の配置を最適化する「広域施設マネジメント」を本格的に導入すべきである。
特にあま市や愛西市、弥富市などの合併自治体においては、住民の痛みを伴う施設統廃合(ダウンサイジング)を断行し、将来負担率を引き下げ、固定費を削減しなければならない。
第二に、「行政システムの標準化と人事体制のスマート化」である。
総務省が推進する「地方公共団体情報システムの標準化」を契機として、7市町村間で情報システムを共同化し、バックオフィス業務を集約・共有化すべきである。
これにより、大治町や蟹江町等における専門的技術リソースの不足を補うとともに、津島市やあま市における中間管理職ポストの削減と組織のフラット化を促し、捻出されたリソースを直接的な対人福祉サービスへとシフトさせることが可能となる。
第三に、「都市間役割分担の明確化と広域連携の深化」である。飛島村や弥富市が有する「広域物流・工業拠点」としての機能、あま市・蟹江町・大治町が有する「都市型居住・消費拠点」としての機能、そして愛西市・津島市が有する「農業基盤・歴史文化拠点」としての機能を、地域全体のエコシステムとして再評価すべきである。
限られたパイ(企業や住民)を奪い合う無用な競争を避け、防災対策やインフラ維持において財政力格差を補完し合うような「新たな広域連合」のあり方を模索することが、海部地域における次世代に向けた最大の地域課題であると結論付けられる。