生協や農協のルールが変わる?世界中の「協同組合」が挑む30年ぶりの大改革!
「協同組合」と聞いて、生協(コープ)や農協(JA)、信用金庫などを思い浮かべる方も多いはず。私たちの暮らしに身近な存在ですが、実は今、その世界共通のルールブックである「アイデンティティ声明」が、約30年ぶりに大きく変わろうとしているのをご存知ですか?
気候変動やパンデミック、デジタル化など、世界が激変する中で、協同組合はどう進化しようとしているのか。ちょっと難しそうな国際会議の議論を、私たち市民の目線でわかりやすくひも解いてみましょう!
1. なぜ今、ルールを変えるの?
現在のルール(アイデンティティ声明)が作られたのは1995年。それから四半世紀以上が経ち、世界は大きく変わりました。
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地球環境のピンチ: 気候変動が深刻化し、環境を守る責任が今まで以上に問われています。
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働き方と社会の変化: コロナ禍や非正規雇用の増加などにより、安心して暮らせる社会のセーフティネットが揺らいでいます。
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「普通の会社」との違いって?: 最近は「SDGs」や「環境への配慮」を掲げる一般企業が増えました。そのため、「利益第一の株式会社」と「みんなで助け合う協同組合」の違いが少し分かりにくくなってきているのです。
そこで、「これからの時代に協同組合が果たすべき役割って何だろう?」と、世界中でルールを見直すプロジェクトがスタートしました。
2. ここが変わる!新しい「協同組合」の姿
ルールの大元である「みんなでお金を出し合い、民主的に運営する」という基本は変わりません。しかし、現代に合わせて次のような新しいエッセンスが加わろうとしています。
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未来の世代へのバトンタッチ(将来世代の世話役)
今生きている自分たちだけでなく、「未来の子どもたち」に対しても責任を持とう、という力強いメッセージが追加されます。
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「透明性」と「説明責任」のアップ
組織の風通しを良くし、みんなが納得できるクリーンな運営を徹底することが明記されます。
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どんな差別も絶対に許容しない
「性別や人種」といった限定的な書き方から、「いかなる種類の差別もなくす」という、あらゆる人を包み込む(包摂する)力強い表現に変わります。
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地球規模の課題にコミットする
地域社会への貢献にとどまらず、「平和で公正で、環境的に持続可能な未来」に向けて具体的に行動することが求められるようになります。
3. 日本からの熱いメッセージ
この世界的な議論の中で、日本の協同組合(JCAや日本生協連など)もただ意見を聞いているだけではありません。日本ならではの歴史や実感を込めて、世界に向けて次のような提案をしています。
| 日本からの提案テーマ | 込められた想い |
| 平和と非暴力 | 消費者運動や平和運動を大切にしてきた日本の歴史を踏まえ、「暴力の否定」を世界共通の価値に! |
| 未来への責任 | 今だけ良ければいいのではなく、次世代への責任をはっきりとルールに書き込むべき! |
| 職員も大切な仲間 | 働くスタッフは単なる労働力ではなく、協同組合の価値を一緒に体現する大切なパートナーであると位置づけるべき! |
| 「利用する」ことの重視 | お金を出す(出資)だけでなく、実際にサービスを「利用」してこそ組合員!参加することの重要性をアピール。 |
4. これからのスケジュール
現在、世界中で意見を出し合いながら、少しずつ新しいルールを形にしています。
まとめ:私たちにとっての「新しい協同組合」
このルール改定は、単なる言葉の書き換えではありません。
「利益だけを追い求める社会システムで、本当に私たちは幸せになれるのか?」という問いに対する、協同組合からの大きな答えです。2028年に向けて新しいルールが定まれば、各国の法律や、身近な生協・農協のあり方も少しずつアップデートされていくはずです。
よりクリーンで、未来の世代に責任を持ち、誰も取り残さない。そんなパワーアップした協同組合のこれからに、ぜひ注目してみてください!
協同組合のアイデンティティに関するICA声明の改定作業に関する包括的分析
1. 序論
「協同組合のアイデンティティに関する声明(Statement on the Cooperative Identity)」は、世界の協同組合運動における普遍的な羅針盤であり、協同組合の定義、基本価値、およびそれらを実践するための7つの原則を規定した中核的な規範文書である。
現行のアイデンティティ声明は、1995年にイギリスのマンチェスターで開催された国際協同組合同盟(ICA)第31回世界協同組合大会において採択されたものであり、以来、各国の協同組合法制や、2002年に採択された国際労働機関(ILO)の第193号勧告(協同組合の促進に関する勧告)の基礎として機能し続けてきた。
しかしながら、声明が「生きた文書(living document)」として機能し続けるためには、時代ごとの社会経済的環境の変化に応じた絶え間ない解釈の更新と適応が不可欠である。
1995年の採択から四半世紀以上が経過し、気候変動の深刻化、デジタル情報技術の爆発的進化、グローバル化に伴う経済格差の拡大、そして世界的なパンデミックの経験など、協同組合を取り巻くマクロ環境は劇的な変容を遂げている。
このような歴史的背景のもと、2021年12月に韓国・ソウルで開催された第33回ICA世界協同組合大会(テーマ:「協同組合のアイデンティティを深める」)を契機として、現行声明が現代の試練に耐えうるものかを検証し、必要に応じて新たな時代に即した改定を行うための「世界的な協議プロセス(Global Consultation)」が開始された。
本分析は、ICA理事会の下に設置された協同組合アイデンティティ諮問グループ(CIAG)が主導する声明改定のプロセス、定期的に発行される協議草案(Discussion Drafts)における哲学的・意味論的な変遷、日本国内における協同組合セクターの対応、および改定がもたらす広範な法制度的・実践的波及効果について、多角的な視座から網羅的に考察するものである。
2. 協同組合原則の歴史的変遷と1995年声明の意義
2.1. ロッチデール原則から1995年声明に至る系譜
協同組合のアイデンティティは、1844年のロッチデール公正先駆者組合が確立した運営規則を源流とし、1895年のICA設立以降、国際的な協議を通じて段階的に体系化されてきた。
ICAの歴史において、公式な原則の改定は過去3回行われている。1930年代の最初の改定では戦間期のイデオロギー対立の中で原則が整理され、続く1966年の改定では現金取引の原則が削除されるとともに、地域社会への配慮が新たな概念として萌芽し始めた。
そして、直近の改定である1995年声明は、冷戦の終結、残された植民地の解放、欧州連合(EU)の拡大、そして情報化社会の到来といった劇的なパラダイムシフトを背景に策定された。
この1995年声明は、世界で初めて協同組合の「普遍的定義」を明文化し、原則の基盤となる「価値(Values)」と「倫理的価値(Ethical Values)」を独立した要素として導入した点において、画期的な転換点であった。
さらに、第7原則として「地域社会への配慮」が正式に追加されたことで、協同組合が単なる組合員組織の枠を超え、持続可能な開発に関与する社会的存在であることが国際的に認知されるに至った。
2.2. 1995年以降に顕在化した新たな構造的課題
1995年声明は高く評価されているものの、その後30年間に生じた以下のメガトレンドは、協同組合運動に対してアイデンティティの再定義と強化を迫っている。
第一に、環境・気候危機の「非常事態」への突入である。
地球環境や生態系の劣化が回復不能な水準に近づく中、持続可能な開発目標(SDGs)を牽引する経済主体として、協同組合の役割をより直接的に規定する必要性が高まっている。
第二に、労働と経済の構造的変容である。
コロナ禍によるサプライチェーンの混乱、ギグエコノミーなど非正規労働の拡大によるセーフティネットの脆弱化、先進国における高齢化と人口減少は、人々の経済的・社会的ニーズの性質を根本から変容させている。
第三に、社会規範の進化に伴う多様性と包摂性の要請である。
ジェンダー平等の推進や女性への教育機会の増大により、コミュニティ運営における多様性(ダイバーシティ)、平等、社会的包摂が不可欠な基準として定着した。
第四に、パーパス志向企業の台頭による「同型化圧力(Isomorphic pressures)」の増大である。
環境・社会・ガバナンス(ESG)投資が一般化し、Bコーポレーション(B-Corp)や社会的企業といった目的志向型の株式会社が増加したことで、協同組合の相対的な特異性が不明瞭になりつつある。
一部の協同組合が一般企業の経営手法を無批判に導入した結果、組合員との距離が乖離し、最終的に非協同組合化(株式会社化)や経営破綻に至る事例も報告されており、協同組合特有のアイデンティティを防衛・強化する規範的境界線の再設定が喫緊の課題となっている。
3. 世界的協議の枠組みとCIAGの機能
3.1. 協同組合アイデンティティ諮問グループ(CIAG)の設置と活動
声明の妥当性を検証し改定作業を牽引するため、ICA理事会は各地域・各セクターの専門家や実務家からなる「協同組合アイデンティティ諮問グループ(CIAG)」を2021年後半に設立した。
CIAGは、単に声明の字句を修正するだけでなく、世界中の協同組合員が共通のアイデンティティに対する認識を深めるための啓発活動を並行して推進している。
2022年にはICA会員を対象とした大規模な意識調査を実施し、2,000件以上の回答を得てアイデンティティの現状と課題を抽出した。
これに基づき、CIAGは「協同組合のアイデンティティをより明確に表現し、実践し、伝え、守るため」の15の推奨アクションを策定し、2024年のICA総会にて満場一致で採択されるという成果を挙げた。
また、2026年1月にはフランス・パリのミュゼ・ソシアル(1896年に第2回ICA世界大会が開催された歴史的会場)等で対面会議を開催し、法学者を交えて各国の国内法とアイデンティティ声明の相互作用を詳細に分析するなど、改定に向けた理論的・法的根拠を強固なものとしている。
3.2. 協議草案の評価基準(Guiding Questions)
CIAGは、恣意的な改定を防ぎ、普遍性と永続性を担保するため、協議草案を評価するための厳密な「検討基準(Guiding Questions)」を設定している。
これは、世界中の利害関係者が提案された変更の妥当性を測るための共通のレンズとして機能する。
4. 協議プロセスとタイムラインの全容
現在の世界的協議は、アイデンティティの「熟考(Reflection)」から、実際の声明テキストの改定に向けた「行動(Action)」のフェーズへと移行しており、ICA定款第54条2項の要件(総会での過半数以上の賛成等)を満たすべく、段階的な合意形成が図られている。
| 年月 | 主要プロセスおよびマイルストーン | 概要と成果 |
|---|---|---|
| 2021年12月 | 第33回ICA世界協同組合大会(ソウル) |
「協同組合のアイデンティティを深める」をテーマに世界的協議の正式なキックオフ。 |
| 2024年 | 協議草案1(Discussion Draft 1)の公表 |
ニューデリー総会に先立って公表され、声明のどの部分に変更の余地があるかの大枠を提示し、議論を喚起した。 |
| 2024年11月 | ICA総会(インド・ニューデリー) |
アイデンティティを強化する勧告が採択されるとともに、改定に向けた世界協同組合大会の招集が合意された。 |
| 2025年6月 | 協議草案2(Discussion Draft 2)の公表 |
総会でのフィードバックを反映した第2次草案。2025年11月末までコメント公募が実施された。 |
| 2026年1月 | CIAGパリ会議 |
草案2への意見分析および法的影響の検討。次期草案策定への道筋を合意。 |
| 2026年6月9日 | 協議草案3(Discussion Draft 3)の公表 |
現時点での最新の草案。2026年7月31日までコメントが受け付けられている。 |
| 2028年前半(予定) | 世界協同組合大会(Congress) |
ICA理事会により開催日時・場所が設定され、最終的な改定案が勧告される見込み。 |
| 2028年以降 | ICA総会(General Assembly) |
大会に続く総会にて、ICA正会員の50%以上が出席し、過半数(50%+1)の賛成をもって改定が最終決定される。 |
5. 協議草案における哲学的・意味論的変容の分析
CIAGから順次公開されている協議草案(Draft 1〜3)では、時代遅れとなった表現の整理と、現代社会における協同組合の役割を明確化する新たな概念の導入が試みられている。
以下に、現行声明(1995年)と最新の協議草案の方向性における主要な相違とその背景を詳述する。
5.1. 定義(Definition)における不変性
「協同組合は、人びとの自治的な組織であり、自発的に手を結んだ人びとが、共同で所有し民主的に管理する事業体をつうじて、共通の経済的、社会的、文化的なニーズと願いをかなえることを目的とする。」
定義部分については、1995年声明の普遍的な妥当性が国際的に広く承認されており、プロセスの全段階を通じていかなる変更も提案されていない。
これは、協同組合が単に利益を追求するビジネスではなく、社会・文化的な要請にも応える結社(Association)としての側面と事業体(Enterprise)としての側面を併せ持つ二重の性質を、今後も揺るぎない核心とすることを意味する。
一部の実務家からは「事業体(Enterprise)」という表現を避けるべきとの声もあったが、柔軟性を保ちつつも非営利の社会的ミッションと経済的機能を両立させるモデルであることを明示し続けるために維持されている。
5.2. 価値(Values)の現代的再定義
協同組合の思想的基盤となる「価値」には、いくつかの象徴的な改定が提案されている。
第一に、倫理的価値における「公開(Openness)」の削除と「透明性(Transparency)」および「説明責任(Accountability)」の追加である。
従来の「公開」という用語は、アクセシビリティ、心の広さ、寛容性など多様な解釈を許容する曖昧さを持っていた。
これを、民主主義的統治の根幹をなす「透明性」と「説明責任」という具体的かつ実務的な概念に置き換えることで、ガバナンスの質を向上させる意図がある。
第二に、「他者への配慮(Caring for others)」の削除と「連帯(Solidarity)」への集約である。「他者への配慮」は「連帯」というより強力かつ歴史的な概念にすでに内包されており、声明の簡潔性を維持するための冗長性の排除として機能している。
第三に、最も革新的な追加要素として、「将来世代のための世話役(Stewards for future generations)」という概念の導入である。
草案では、協同組合が社会的・環境的責任を実践する主体として、現世代の組合員のみならず、将来の世代に対する受託者(スチュワード)としての倫理的責務を負うことが明記された。
これは、株主至上主義に基づく短期的な利益追求に対する明確なアンチテーゼであり、気候変動や資源枯渇の時代において協同組合が果たすべきレジリエンスの哲学を体現している。
5.3. 協同組合の7原則(Cooperative Principles)の精緻化
基本価値を事業活動に落とし込むための7原則においても、現代社会の複雑性に対応するための微細かつ重要な再構成が提案されている。
第1原則:自発的で開かれた組合員制
現行の「性別、社会的、人種的、政治的、宗教的差別を行わない」という列挙型の差別禁止規定は、「いかなる種類の差別もなく(without discrimination of any kind)」という包括的な表現への変更が提案されている。
社会規範の変化に伴い、性的指向や性自認など保護されるべき属性が時代とともに拡大する中、特定のリストを継ぎ足すのではなく、あらゆる疎外された人々を漏れなく包摂する高次元の宣言へと昇華させる戦略的意図がある。
第2原則:民主的組合員管理
「方針の決定や意思決定に積極的に参加する」という表現を、「協同組合の事柄において投票権と発言権を持つ(have a vote and a voice in the affairs of the cooperative)」へと変更し、民主的参加の実体(参政権と意見表明権)を具体化している。
また、二次・三次レベルの協同組合(連合会など)における民主的組織論の基盤は、「組合員によって決定される(determined by their membership)」と明示され、ボトムアップのコントロールの原則が再確認された。
第3原則:組合員の経済的参加
本原則は、大幅な言語的整理がなされた領域である。
草案では、「組合員は、生産者、消費者、労働者、地域社会のメンバー、または独立した事業者として協同組合に参加する」という一文が新設された。
これは、生協、農協、労働者協同組合など、多様なステークホルダーが形成する協同組合の参加形態を全て包含するものである。
さらに、余剰金の配分に関して、「分割不可能な準備金(indivisible reserves)」の設定が強調されている。
これは協同組合の内部留保が個人の投機対象となることを防ぎ、世代を超えた共有財産として次世代に引き継がれる性質を法的・哲学的に担保する極めて重要な防波堤としての役割を担っている。
第4原則:自治と自立
政府や他の組織との合意形成、あるいは外部からの資本調達において、「組合員の民主的統制を弱めたり、協同組合の自治を弱体化させたりしない(do not weaken the members’ democratic control or undermine the cooperative’s autonomy)」という表現がより直接的なトーンへと変更された。
これは、外部資本の導入を契機とした協同組合の変質(同型化圧力)への警戒感の表れである。
第5原則:教育、研修、広報
教育・研修の対象者に、従来の役職員に加えて「従業員(employees)」が明記された。
また、その目的として単なるスキルの向上や事業への貢献にとどまらず、協同組合に対する「エンゲージメント(関与)」を深め、「民主的生活に十分に貢献(contribute fully to its success and its democratic life)」できるようにするという積極的な文言が追加されている。
近年の研究課題としてBirchallらが指摘してきたように、従業員のアイデンティティ理解とエンゲージメントが組織のレジリエンスに直結するという認識が反映されている。
第7原則:コミュニティへの関与
従来の表題であった「地域社会への配慮(Concern for Community)」は、より積極的な行動を伴う「コミュニティへの関与(Community Engagement)」へと変更される方向である。
内容においても、「責任ある事業慣行(responsible business practices)」を通じて、「平和で、公正で、環境的に持続可能なすべての人のための未来(a peaceful, just and environmentally sustainable future for all)」に向けて活動するという、マクロな地球規模の課題解決に直接コミットする文言が追加された。
6. 日本の協同組合運動における主体的対応と独自提言
本改定プロセスにおいて、日本の協同組合セクターは、国際会議での受動的な参加にとどまらず、国内の活発な議論を基盤として、国際的なアイデンティティの形成に直接的な影響を与える主体的役割を果たしている。
6.1. 日本協同組合連携機構(JCA)による国内議論の主導
日本協同組合連携機構(JCA)は、2021年のソウル大会以降、世界的な協議の進捗を国内にタイムリーに共有するための情報発信、ウェビナーの開催、およびICA文書の迅速な和訳提供を戦略的に進めている。
2022年8月には「協同組合のアイデンティティ(定義・価値・原則)を学ぶ」という学習資材を発行し、現場レベルでの基礎的理解の底上げを図った。
また、2024年12月にはJCAに設置された研究会の成果として『協同組合法制の課題と新しい協同組合』が、2025年2月には日本協同組合学会監修の『図解 知識ゼロからの協同組合入門』が出版されるなど、アイデンティティに関する学術的・実務的な知見の蓄積が進展している。
2025年の国際協同組合年(IYC2025)の文脈においては、大阪での国際シンポジウムの開催や、農林中金総合研究所によるESG地域金融に関するフォーラム、愛知県新城市での「協同の縁」交流会など、多層的なイベントを通じてアイデンティティの実践が全国で展開されている。
さらに、JCAは協議草案が発表されるたびに、国内の協同組合や研究者からの意見をシステマティックに集約している。
2025年7月に草案2が発表された際には「対応方向案」を作成して広く意見を募り、同年10月の日本協同組合学会でのシンポジウムの議論も踏まえた上で、同年11月の理事会承認を経てICAに日本としての公式意見を英訳して提出した。
2026年6月9日に最新の草案3が発表された直後にも、和訳の着手とともに同年6月26日にオンラインセミナーを開催し、間髪入れずに次の意見形成プロセスを起動させている。
NPO法人地域と協同の研究センター等とも連携し、草案3に対する検討会(2026年6月20日開催)を共催するなど、地域レベルからのボトムアップの意見抽出にも注力している。
6.2. 日本生協連(JCCU)等が提起する4つの重要論点
日本の消費者生協運動を牽引する日本生活協同組合連合会(JCCU)は、全国の会員生協でのワークショップ等を通じて集約した意見を基に、ICAの諮問グループに対して独自かつ具体的な4つの重要論点を公式に提示している。
これらは、欧米主導で形成されがちなアイデンティティに対して、アジアおよび日本の協同組合運動の歴史的文脈と実践的リアリティを吹き込むものである。
| 提案の領域 | JCCUの提案内容と背景・意義 |
|---|---|
| 価値(Values) |
「平和・非暴力(Peace and Non-Violence)」の追加: 消費者運動や反核・反戦平和運動と密接に結びついて発展してきた日本の生協の歴史的アイデンティティを反映し、暴力の否定をグローバルな基本価値に据えることを求めている。 |
| 倫理的価値(Ethical Values) |
「未来への責任(Responsibility for the Future)」の追加: SDGsや気候危機に対するコミットメントを明確化し、現世代のみならず次世代に対する倫理的責務の明記を要求している(草案2の「将来世代の世話役」の概念と軌を一にする提案である)。 |
| 原則(Principles) |
「職員の位置づけ(Positioning of staff)」の明言: 協同組合のスタッフや職員が単なる労働力ではなく、協同組合の価値を体現し事業を推進する中核的なステークホルダーであることを、第5原則等の中に明示的に位置づけるよう求めている。 |
| 組合員の経済的参加(第3原則) |
出資と同等の「利用(Utilization)」の明記: 資本の拠出(出資)だけでなく、組合員自身が事業を「利用」することによって初めて協同組合が成立するという、利用・参加を極めて重視する日本の実践論に基づき、経済的参加の要件に「利用」を明確に位置づけることを要請している。 |
これらの独自の提言は、世界的協議における議論のスコープを拡大し、最終的な声明が真の意味で普遍的な包摂性を持つための重要な触媒として機能している。
7. セクター別の視座とローカライズの必要性
アイデンティティ声明は普遍的である一方で、各セクター(農業、金融、労働、住宅など)における固有の課題に対しても適応性を持つ必要がある。
例えば、国際住宅協同組合(Cooperative Housing International: CHI)は、今回の改定プロセスにおいて、住宅分野特有の視点から積極的な発言を行っている。
住宅協同組合は、住宅を単なる投機的商品(Commodity)からコミュニティの共有資産(Community asset)へと転換し、手頃な価格(Affordability)での提供、民主的な意思決定、エネルギー移行、および居住権の保障に取り組んでいる。
CHIは、気候アクションや社会的包摂に対する住宅協同組合のレジリエンスと革新性が、新しい声明のビジョン(将来世代への責任や持続可能な未来)に完全に反映されるべきだと主張している。
このように、声明が改定された暁には、各セクターが新原則の理念を自らの事業領域の文脈にローカライズし、現場のガバナンスや定款に統合していくための解釈作業が不可欠となる。
8. 第二・第三次的な波及効果と長期的展望
2028年のICA総会で新たな声明が採択された場合、それは単なるスローガンの更新にとどまらず、法規制、政策、および実践の各次元において、幾重もの波及効果(Ripple effects)をもたらすことが想定される。
第一の波及効果は、国際労働機関(ILO)の勧告および各国の国内法制度への影響である。
2002年のILO第193号勧告は、1995年の声明をそのまま組み込む形で策定され、その後、中国、ブラジル、インド、日本など多くの国で協同組合法の整備や改正を刺激してきた。
新たな声明が成立すれば、長期的にはILO勧告の解釈のアップデートや、各国の法制における協同組合の定義基準の再構築につながる。
特に、資本の「分割不可能な準備金」としての性質や、「外部資本に対する自治の優越」といった原則の強化は、資本市場からの買収圧力や同型化圧力から協同組合の法人格を防衛する法的根拠となる。
第二の波及効果は、外部ステークホルダー(政府、投資家、一般市民)に対する規範的境界(Normative boundaries)の再構築である。
ESG経営やパーパス経営を標榜する一般企業が増加する中、協同組合は「利益相反を排した民主的統制」と「将来世代への受託者責任」という独自のアイデンティティを打ち出すことで、社会課題解決における「真のオルタナティブ」としてのポジションを社会的に再定義することができる。
第三の波及効果は、内部ガバナンスへの実践的統合という挑戦である。
「透明性」「説明責任」「あらゆる差別の排除」といった新たな価値基準が設定された場合、個々の単位協同組合は、自らの組織文化や人事制度、教育プログラム(第5原則)をこれらに適合させる責務を負う。
これは、組織の変革を伴う痛みを伴うプロセスとなる可能性があるが、同時に、従業員や若年層の強いエンゲージメントを引き出し、組織の持続可能性を飛躍的に高める契機となる。
9. 結論
協同組合のアイデンティティに関するICA声明の世界的改定作業は、過去30年間に蓄積された気候危機、格差の拡大、デジタル化といった地球規模の課題に対する、世界の協同組合運動からの構造的かつ哲学的な応答である。
2021年のソウル大会でのキックオフから始まり、現在の「協議草案3」の公募期間(2026年7月31日期限)、そして2028年の大会・総会での最終合意を目標とするプロセスは、極めて民主的かつ漸進的な熟議の過程を経ている。
現行の草案において示された「透明性と説明責任」への移行、「将来世代の世話役」としての歴史的責務の自覚、「いかなる差別も排除する」という完全なる包摂性の明記、そして「分割不可能な準備金」による資本の囲い込みに対する防衛線の構築は、協同組合が資本主義の単なる補完メカニズムにとどまらず、持続可能な社会経済システムの根幹をなすオルタナティブとして機能するための確固たる倫理的・制度的基盤を再構築するものである。
また、この国際的なプロセスにおいて、日本のJCAや日本生協連が「平和と非暴力」や「利用の重視」といった活発な意見提起を行い、草案公表のたびに即座に和訳やセミナーを実施して国内の合意形成を主導している事実は、グローバルなアイデンティティ形成において、多様な地域的リアリティを統合する上で不可欠な要素となっている。
今後の最大の課題は、2028年の正式合意に向けた最終的なテキストの調整と並行して、策定される新たなアイデンティティの理念をいかにして各国の法制に反映させ、個々の協同組合の日々のガバナンスと事業実践に翻訳・定着させていくかにある。
本改定プロセスは、協同組合が「過去の遺産」ではなく「未来志向のプラットフォーム」であることを証明するための、協同組合運動史における歴史的なマイルストーンとなることが確実視される。