愛知県西部6市町村の皆様へ:これからの「学校水泳」と「地域プール」を守るための提言
現在、大治町、津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村の6市町村において、小中学校のプール施設の老朽化に伴い、水泳授業を「民間スイミングスクールへ委託する」という動きがあります。
多額の税金を投じて学校のプールを維持・修繕していくことは、財政的にも教員の負担軽減という面でも限界を迎えつつあるのが現実です。
しかし、「民間プールにお任せすれば、今後ずっと安心」というわけではありません。
この提言は、子どもたちが安全に水泳を学び、地域からプールという健康インフラを失わないために、私たち市民が知っておくべき「厳しい現実」と、これからの「地域社会としてのあり方」をまとめたものです。
1. なぜ「民間委託」だけではプールを維持できないのか?
現在、学校委託の受け皿となる民間プールは圏域内に実質3〜4施設しかありません。
これらの施設は、以下のような深刻な課題に直面しており、現状のまま授業を委託しても、今後30年にわたって存続できる保証はありません。
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少子化による「本来の顧客」の減少
愛西市では過去10年で小中学生が約3割減少し、今後もさらに減ることが予想されています。民間プールの主な収入源である「子ども向けスクール」の需要は急速に縮小しています。
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「夏の集中利用」がもたらす経営圧迫
学校の授業を従来通り「夏(6〜8月)」に集中させた場合、施設の昼間が貸切状態となり、民間プールを支える一般会員(シニア層や主婦層)の利用枠を奪ってしまいます。
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数億円規模の「莫大な修繕費」
温水プールは、一般的なスポーツジムに比べて水質管理やボイラー稼働に莫大な維持費がかかります。15〜25年ごとに訪れる大規模修繕(数億円規模)の費用は、学校からの委託料だけでは到底まかなえません。
【圏域内の主要な民間プール施設の現状】
現在の圏域人口約30万人に対し、授業の受け入れが物理的に可能な施設は非常に限られています。
| 施設名(立地) | 規模・特徴 | 懸念される課題 |
| あま大治SS(大治町) | 25m×6コース / 地域密着型 | ジュニア主体のため、学校委託による既存生徒減の影響 |
| サンガーデン(津島市) | 25m×2面 / 総合フィットネス | 学校のバス送迎に伴う駐車場のトラフィック管理 |
| 朝日スポーツクラブ(愛西市) | 25m×8コース / 大規模駐車場完備 | 高単価ビジネスモデルとの両立 |
| ケーニーズ(蟹江町) | ジュニア専用 / 学童保育併設 | 周辺環境(マンション等)との調整や送迎の制約 |
仮にこれらの中で1つでも施設が閉鎖に追い込まれれば、残りの施設に児童が殺到し、地域の水泳授業そのものが「物理的に実施不可能」になるという極めて脆弱な状態にあります。
2. 子どもの学びと地域のインフラを守る「3つの提言」
民間プール事業者の「自助努力」にすべてを押し付けるのではなく、地域全体でプールというインフラを支え合う仕組みへの転換が必要です。行政・学校・市民が一体となって取り組むべき3つの構造改革を提言します。
提言①:水泳授業の「完全通年化」の断行
夏の数ヶ月間に水泳の授業を集中させる従来のカリキュラムを抜本的に見直し、「秋や冬を含めた1年を通じた分散利用」へと移行すべきです。
屋内温水プールの特性を活かし、一般利用者の少ない時間帯に授業を組み込むことで、民間施設は安定した経営とスタッフの雇用維持が可能になります。
愛知県西部6市町村における学校水泳授業の民間委託化とプール事業者の持続可能性に関する総合調査報告
地域インフラとしての民間プール施設の転換期と本調査の背景
愛知県西部に位置する大治町、津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村の6市町村(圏域人口約30万人)において、公共インフラの老朽化と人口減少が同時進行する中、学校教育における水泳授業の民間委託が急速に検討・推進されている。
従来、各小中学校に併設されていた学校プールは、老朽化による多額の修繕費用(大規模修繕には数千万円単位を要する)や、年間約120万円から300万円にも上る維持管理費の負担、さらには教員の働き方改革といった観点から、その維持が財政的・人的に限界を迎えつつある。
圏域内でも、津島市の津島総合プールが老朽化により屋内・屋外ともに休止状態に追い込まれるなど、公共の水泳環境は縮小の一途をたどっている。
こうした背景から、学校水泳授業を既存の民間スイミングスクールやフィットネスクラブに委託するモデルへの転換が全国的なトレンドとなっている。
しかし、委託の受け皿となる民間プール事業者自身もまた、少子高齢化という構造的な需要減退の波に直面している。
仮に今後30年間にわたり、学校委託という「安定した通年の昼間利用」が確保されたとしても、圏域内に存在する限られた民間施設(実質的に3〜4ヶ所が主要なキャパシティとなる)が、長期的な事業継続性を担保できるかについては極めて慎重な分析が求められる。
本報告では、対象エリア内における児童生徒数の動態を俯瞰した上で、現在稼働している民間スイミングスクールの施設規模・スペックを網羅的に整理する。
さらに、小中学校の授業の8割が民間委託されたと仮定した場合の需要規模(時間数、人数、推計収入額)を算出し、民間事業者が依存する「中高年のフィットネス利用」や「放課後の子供向けスイミングスクール」市場の動向と絡めながら、地域社会における水泳環境の将来像と持続可能性について多角的な視点から考察を行う。
対象エリアの人口動態と児童生徒数の推移
民間プール施設の将来的な市場規模を算定し、事業の持続可能性を評価するにあたり、対象となる児童生徒数の現状と将来推計を正確に把握することは不可欠である。
本圏域では、全国的な傾向と同様に少子化の影響により児童生徒数の減少が顕著に進行しており、これが民間事業者の最大の収益源である「ジュニアスクール市場」の縮小に直結している。
各市町村の公表データおよび教育委員会の統計に基づく児童生徒数(公立小中学校)の現状は以下の通りである。
| 自治体名 | 小学校児童数 | 中学校生徒数 | 小中合計 | 施設・地域動態の特記事項 |
|---|---|---|---|---|
| 大治町 | 2,105人 | 974人 | 3,079人 |
大治小836名、大治南小660名、大治西小609名。他地域からの流入人口により、比較的規模を維持している。 |
| 津島市 | 2,762人 | 1,659人 | 4,421人 |
小学校8校、中学校4校を擁する。圏域の中核的な人口規模を持つ。 |
| 愛西市 | 2,888人 | 1,609人 | 4,497人 |
平成23年度から令和3年度の10年間で小中学生全体が約28.5%減少。令和9年度にはさらに約17.8%減少が見込まれている。 |
| 弥富市 | 2,143人 | 1,138人 | 3,281人 |
児童生徒数の減少に伴い、学校規模の適正化や統廃合が継続的に議論されている。 |
| 蟹江町 | 約1,800人 | 約1,000人 | 約2,800人 |
蟹江小学校単体で497名の児童を抱える。町全体の人口規模からの推計値を含む。 |
| 飛島村 | 254人 | 149人 | 403人 |
小中一貫校である「飛島学園」に集約。前期課程(1〜6年)254名、後期課程(7〜9年)149名。 |
| 圏域合計 | 約11,952人 | 約6,529人 | 約18,481人 |
圏域全体での推計値。愛知県全体でも小学校児童数は7年連続で減少している。 |
愛西市の教育委員会データに顕著に表れているように、過去10年間で3割近い児童生徒が減少し、今後さらに2割近く減少するという予測は、民間事業者のB2C市場(一般向けの子供向けスイミングスクール)の潜在的顧客層(パイ)が急速に縮小していることを意味する。
後述する学校委託(B2BまたはB2G市場)が、この構造的に失われゆく需要をどこまで補填し、固定費の回収に寄与できるかが、各事業者の存続を左右する最大の鍵となる。
エリア内の主要民間プール施設の現況とキャパシティ分析
対象圏域において、学校水泳授業の受け入れ先となり得る主要な民間スイミングスクール・フィットネスプールの現況を整理する。
利用可能な施設のキャパシティ(プールの規模、更衣室、トイレ、職員数、駐車場台数、推計される売上規模)は、授業委託の実現可能性を測る物理的な指標となる。
なお、民間施設の性質上、具体的な職員数、トイレの詳細な個数・容量、および年間の事業売上高や正確なアクティブ会員数といった内部情報は、ホームページ等で公開されていないケースが大半である。
したがって、公表されている施設スペックと、提供されているサービス内容(料金体系等)から推計可能な範囲でその実態を浮き彫りにする。
1. KLスポーツあま大治スイミングスクール(大治町)
大治町に位置する本施設は、地域密着型のスイミングスクールとして運営されている。
本格的な25メートルプールを6コース完備しており、水質管理にはトルマリンマイナスイオン水を採用することで、肌への負担軽減を付加価値としている。
施設内にはプールの隅々まで見渡せる開放的なギャラリーが設けられており、保護者の観覧ニーズを満たしている。
更衣室は冷暖房完備の男女別ロッカールームが用意されているが、一度に受け入れ可能な正確な人数容量は非公表である。
また、小さな子供でも安心して利用できるよう、子供用トイレや授乳室が設置されている点は、低年齢層の獲得に向けた強みとなっている。
スタッフの総数は非公表であるが、施設外観に併設された大型平面駐車場は77台の駐車が可能であり、保護者の送迎用車両を十分に収容できるキャパシティを持つ。
また、地域開放日を設け、1回300円でのプール利用を提供するなど、地域との接点構築にも注力している。
2. サンガーデンスポーツプラザ(津島市)
昭和機械株式会社が運営する津島市の複合スポーツ施設である。
スイミングスクールに加えて、マシンジム、スタジオ、ボウリング場、そしてサウナやリファ製のシャワーヘッドを導入した温浴設備など、中高年のフィットネス需要を総合的に取り込む事業構造となっている。
プール設備は非常に充実しており、屋内25メートルプールが2面(6コースおよび5コース)配置され、幼児用の浅い水深コースも設定されている。
更衣室やトイレの具体的な収容人数、および職員数は公表されていない。
特筆すべきは、同施設がすでに津島市内の藤浪中学校および神守中学校の水泳授業(5月〜6月に計10回程度)を受け入れている実績を持つことである。
しかし、駐車場についてはタイムズと提携した40台分(車両制限あり)しか確保されておらず、一般利用と学校のバス送迎が重なる時間帯のトラフィック管理が運用上の課題となる。
3. 朝日スポーツクラブ愛西(愛西市)
愛西市に立地する大規模な総合フィットネスクラブである。25メートル×8コースという圏域最大級の広々としたプールを完備しており、アクアビクスやウォーキングなど、多様なプログラムを展開している。
更衣室には個人契約の有料ロッカーも備えられており、長期的な大人の会員定着を図る工夫が見られる。
同施設の最大の強みは、商業施設等との共用を含めた1,400台という圧倒的な駐車場のキャパシティである。
これにより、学校委託に伴う複数台の大型貸切バスの乗降や転回、待機スペースの問題をクリアしやすい環境にある。
料金体系は、レギュラー会員が月額12,650円、デイタイム会員が9,900円、家族利用(最大5名)のファミリー会員が最大40,480円と、高単価な会員ビジネスを展開している。
また、子供向けプログラムでは水泳だけでなく「さんすう・こくご」の学習コースを併設し、教育サービスとしての付加価値を高めている。職員数やトイレの容量は非公表である。
4. スポーツクラブ・ケーニーズ(蟹江町)
株式会社CROSS-networksが運営する蟹江町の施設で、ジュニア専用プールを中核としたビジネスモデルを展開している。
徹底した衛生管理を前面に打ち出しており、全館内や送迎車に抗菌・抗ウイルスの光触媒コーティングを施工しているほか、サビが発生せず安全な扉なしのプラスチックロッカーを採用するなど、子供の安全性に特化した設備投資を行っている。
さらに、習い事ができる学童保育を併設しており、最長19時30分まで子供を預かりながら水泳やダンス、プログラミングを教えるという、共働き世帯の強いニーズを捉えた高付加価値型の事業構造を持つ。
料金はジュニアスイミングで月額7,700円である。駐車場は無料完備であるものの、マンション住人との共用スペースとなっているため厳密な駐車区画の指定があり、大型バスの継続的な受け入れには周辺環境との調整が必要となる可能性が高い。
参考:公営プールのインフラ補完状況
圏域内の需要を支えるインフラとして、飛島村の「すこやかセンター温水プール」が存在する。飛島村のプールは25メートル×5コースに加え、児童用プールやスライダーを備え、駐車場も202台と充実している。大人1回500円という低廉な価格設定で運営されており、地域の健康増進に寄与している。一方で、こうした公営施設は維持管理費(老朽化対策)の増大という課題を抱えており、民間施設の活用議論と表裏一体の関係にある。
供給インフラ総括データ
| 施設名(立地) | プール規模 | 更衣室・トイレ・職員数 | 駐車場台数 | 推計月会費水準・主要事業 |
|---|---|---|---|---|
| あま大治SS(大治町) | 25m × 6コース | 容量非公表・子供用トイレ/授乳室あり | 77台(平面) |
約7,000円台(推計)/ジュニア主体 |
| サンガーデン(津島市) | 25m×6、25m×5の2面 | 容量非公表・温浴設備完備 | 40台(提携コインパーキング) |
総合フィットネス/学校委託実績あり |
| 朝日スポーツクラブ(愛西市) | 25m × 8コース | 容量非公表・有料個人ロッカーあり | 1,400台(共用) |
9,900円〜12,650円/総合フィットネス・教育併設 |
| ケーニーズ(蟹江町) | ジュニア専用プール | プラロッカー・トイレ/職員数非公表 | 無料完備(マンション共用/台数不明) |
7,700円/ジュニア特化・学童保育併設 |
これらの施設情報を総合すると、圏域全体で学校の授業委託を受け入れる物理的なキャパシティ(25メートルプールで複数クラスを同時展開可能な水面)を持つ主要民間事業者は、実質的にこの4施設に集約されることがわかる。
学校水泳授業の完全委託化に伴う市場規模シミュレーション
圏域内の人口動態と施設の供給能力を踏まえ、今後、小中学校の水泳授業の8割が民間委託されたと仮定した場合の需要規模(時間数、人数、および施設側が得る推計収入額)を算出し、地域のプール市場全体に与えるインパクトを検証する。
1. 対象となる人数とセッション規模
前述の統計に基づき、圏域の全小中学生数を約18,481人と設定する。
このうち80%が民間プールへ移行した場合、委託対象となる児童生徒数は約14,785人となる。
文部科学省の学習指導要領や、すでに民間委託を先行導入している自治体(兵庫県明石市や長崎県島原市など)の事例を参考に、標準的な水泳授業の実施回数を「児童生徒1人あたり年間5回(1回あたり移動を含まない実技で約60〜90分、学校のコマ数としては2時間のダブルコマ)」と設定する。
この設定に従うと、圏域全体で創出される需要は、14,785人 × 5回 = 年間73,924人回(セッション)となる。
2. 施設あたりの稼働負担と時間割の圧迫
この約7.4万回分のセッションを、圏域内の主要4施設で均等に分担して受け入れると仮定する。
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1施設あたりの年間受け入れ延べ人数: 73,924 ÷ 4 = 約18,481人回。
これを実際の稼働に落とし込むため、1回の授業枠(貸切)で100名(約3クラス・大型バス2〜3台分)を同時に受け入れると設定する。
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年間必要コマ数(1施設あたり): 18,481人回 ÷ 100人/コマ ≒ 約185コマ(実働約370時間)。
この185コマをどのように消化するかが、施設の運用上、極めて重大な問題を引き起こす。
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季節集中型(夏季10週間)の場合: 従来の学校スケジュールに合わせて6月から8月の10週間に集中させた場合、1施設あたり週に約18.5コマを消化しなければならない。平日の午前・午後(概ね9時から15時の間)の稼働可能枠をすべて学校の貸切で埋め尽くすことになり、一般のフィットネス会員(シニア層や主婦層)の昼間利用を完全に排除してしまう。これは施設の主要な収益基盤との致命的なカニバリゼーション(共食い)を生む。
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通年分散型(年間35週間)の場合: 屋内温水プールの特性を活かし、春から秋、冬にかけて授業を分散化させた場合、1施設あたり週に約5.3コマの受け入れとなる。これであれば、一般会員の利用時間が少ないデッドタイムに授業を組み込むことができ、既存会員との棲み分けが可能になる。つまり、委託の持続可能性は「通年分散型」への移行が絶対条件となる。
3. 施設側の収入推計(市場規模)
自治体からプール事業者へ支払われる委託単価は、施設利用料と指導員派遣料の組み合わせにより変動する。先行自治体の実例(島原市の約800円/回、箕面市の上限額約2,119円/回など)を基に、複数の単価シナリオで年間売上規模を推計する。
| 委託単価シナリオ(児童1人1回あたり) | 圏域全体の年間売上規模(73,924人回) | 1施設あたりの年間売上(4施設均等) | 収益モデルの特徴 |
|---|---|---|---|
| 単価 800円 | 約 5,913万円 | 約 1,478万円 |
最低水準。指導を学校教員が主導し、施設は場所貸しに徹する安価モデル。 |
| 単価 1,000円 | 約 7,392万円 | 約 1,848万円 |
標準的な場所貸し+補助スタッフモデル。 |
| 単価 1,500円 | 約 1億1,088万円 | 約 2,772万円 |
中価格帯。民間の専門インストラクターによる指導を含むモデル。 |
| 単価 2,000円 | 約 1億4,784万円 | 約 3,696万円 |
高付加価値水準。充実した指導体制と貸切コストを反映したモデル。 |
圏域全体における学校水泳委託の市場規模は、実数として年間約6,000万円から1.5億円規模となる。
1施設あたりに換算すると、年間1,500万円から3,700万円の安定したB2G(対行政)売上が見込める計算となる。
平日の昼間という「本来であれば大きな利益を生まない時間帯」の稼働率を引き上げる固定収入としては、民間事業者にとって非常に魅力的な事業機会に見える。
※なお、この市場規模推計には、学校からプールまでの「貸切バス等による輸送費」は含まれていない。
バスの借り上げ費用は1台1時間あたり15,000円前後に上るケースがあり、ドライバー不足と相まって、行政側の総予算は施設への委託料以上の額に膨らみ、全体で年間3億円を超える財政負担となる可能性が示唆される。
民間プール事業者の「今後30年間の持続可能性」に関する深層分析
質問者が鋭く指摘するように、仮に今後30年間にわたり学校委託という安定した昼間利用(年間1,500万〜3,700万円の売上)が確保できたとしても、「それだけで施設全体が存続できるのか」という点には極めて厳しい現実が横たわっている。
プール施設の経営を持続可能にするためには、B2G市場(学校委託)だけでなく、既存のB2C市場(中高年フィットネスと子供向けスクール)の動向と、巨額の設備投資(CapEx)という課題を総合的に評価しなければならない。
1. 限界利益と莫大な設備投資(CapEx)のジレンマ
温水プールの運営には、一般的なスポーツジムとは比較にならないほどの固定費と修繕費が発生する。
大量の水道光熱費、ボイラーの燃料費、水質維持のための次亜塩素酸等の薬剤費、そしてろ過設備の24時間稼働に伴う電気代である。
学校委託によって得られる年間数千万円の追加収益は、日々のランニングコスト(OpEx)や追加配置するインストラクターの人件費を賄うには十分な「限界利益」を生み出す。
しかし、プールのろ過機、ボイラー、結露による鉄骨の防錆処理、天井の張り替え、そして躯体そのものの寿命は一般的に15年〜25年程度である。数億円規模に上る建替えや大規模修繕(CapEx)の時期を迎えた際、学校委託による利益の蓄積だけでその投資額を回収できる投資対効果(ROI)は成立しにくい。
つまり、学校委託は既存施設の「延命」には大きく寄与するが、「30年後の建て替えを自力で行う」根拠にはなり得ない。
2. こども市場(ジュニアスクール)の縮小とカニバリゼーションの恐怖
民間事業者の伝統的な屋台骨である「放課後の子供向けスイミングスクール」市場は、二重の脅威に晒されている。
第一の脅威は、純粋な少子化である。愛西市で今後さらに約17.8%の児童が減少するという推計が示す通り、顧客の絶対数が消滅していく。
第二の脅威は、皮肉なことに「学校水泳の民間委託」自体が引き起こすカニバリゼーション(共食い)のリスクである。
「学校の授業で、冷暖房完備の快適な施設においてプロのインストラクターから質の高い水泳指導を受けられるのであれば、わざわざ高い月謝を払って放課後にもスクールに通わせる必要はない」と判断する保護者が一定数現れることは避けられない。
B2Gの売上を得る代償として、利益率の高いB2Cの月謝収入を失うというトレードオフが発生する。 これに対抗するため、ケーニーズクラブ(蟹江町)が実践しているように、「単なる水泳指導」から脱却し、学童保育を併設して長時間の預かり機能を持たせたり、朝日スポーツクラブ(愛西市)のように水泳と座学(算数・国語)をセットにしたりするといった、高付加価値化・教育サービス化への事業転換が生き残りの必須条件となっている。
3. 中高年フィットネス市場における競争構造の激変
もう一つの収益の柱である中高年のフィットネス利用についても、外部環境は厳しさを増している。
健康寿命の延伸を目的としたシニア層の需要は底堅いものの、近年はプールを持たず、初期投資と維持費を極限まで抑えた「24時間営業のマシン特化型ジム」が急増している。弥富市に進出しているフィットイージー等の施設は、月額7,000円台という安価な会費とキャンペーン(ビジター料金のキャッシュバック等)で顧客を獲得している。
莫大な水周りの維持費を月会費に転嫁せざるを得ないプール併設の総合フィットネスクラブは、純粋に「運動して汗を流したい」という層を低価格ジムに奪われやすく、価格競争力で劣勢に立たされている。
プールという設備が、集客のフックになる一方で、経営を圧迫する重荷にもなっているのが現状である。
4. 「キャパシティの寡占」がもたらす行政側の脆弱性
対象人口30万人規模のエリアにおいて、受け皿となる施設が実質3〜4ヶ所しかないという事実は、行政側に深刻なリスク(ベンダーロックインに近い状態)をもたらす。
仮に今後30年の間に、いずれか1つの施設が設備の老朽化や経営不振によってプール事業から撤退(あるいはマシンジムへの業態転換)した場合、失われたキャパシティを残りの2〜3施設でカバーしなければならなくなる。
前述のシミュレーションの通り、ただでさえ時間割が逼迫している状況で、さらに需要が集中すれば、既存会員の利用枠を完全に破壊するか、学校の授業時間を確保できないという事態に陥る。
さらに、遠方の施設へ振り替えるとなれば、バスによる移動時間が増大し、本来の学校の授業時間を削ってしまうという物理的な限界に直面する。
結論と地域社会インフラに向けた政策提言
本報告でのデータと分析から導き出される結論は、「学校水泳の民間委託による安定収入は、民間プールの経営を一時的に改善する強力なカンフル剤にはなるが、それ単体で今後30年間の施設の存続を無条件に約束するものではない」という厳しい現実である。
人口減少社会において水泳環境を持続させるためには、民間事業者の自助努力への依存から脱却し、以下の構造的転換を図る必要がある。
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水泳授業の「完全通年化」の断行: 夏季集中型の水泳授業を維持したままの民間委託は、民間施設の稼働率を異常に歪め、既存のフィットネス会員を離反させる原因となる。教育委員会はカリキュラムを抜本的に見直し、秋や冬といった閑散期を含めた「完全通年型の分散利用」を前提としなければならない。これにより、施設側はスタッフの安定雇用と設備稼働率の平準化を図り、持続可能な経営体制を築くことができる。
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インフラとしての官民連携(PPP: Public-Private Partnership)への昇華: 単なる「授業の外部委託(サービス購入契約)」という位置づけから、「地域インフラの共同維持」というパラダイムシフトが必要である。数十年後に民間プールがボイラーや躯体の大規模修繕を迎える際、その設備が「地域の学校教育に不可欠なインフラ」となっているのであれば、自治体が修繕費の一部を補助する、あるいは公設民営の枠組みを応用し、自治体が設備投資リスクの一部を負担するスキームを構築しなければならない。これを怠れば、3〜4ヶ所という限られた民間プールは次々と経済的寿命を迎えてしまう。
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地域交通システムとの一体的再編: 民間委託の最大のボトルネックは、施設側のプールキャパシティ以上に「児童を運ぶ大型バスとドライバーの確保」である。単独の事業として送迎バスを借り上げるのではなく、地域コミュニティバスの運用や、高齢者の移動支援など、地域の公共モビリティ政策と水泳授業の送迎をパッケージ化し、輸送リソースを最適化するクロスセクターの取り組みが求められる。
大治町、津島市、愛西市、弥富市、蟹江町、飛島村のエリアにおいて、社会構造の変化は待ったなしで進行している。
民間施設のリストアップや市場規模の推計から見えてきたのは、プール事業者単独のビジネスモデルの限界と、行政がそれを支え切れない未来のリスクである。
地域全体で「子供たちが水に親しみ、命を守るスキルを学ぶ環境」をどのようにデザインし、そのコストを誰がどのように分担するのかという、広域連携を含めたグランドデザインの策定が急務である。