スポーツの世界、特に野球のような団体戦において、故・野村克也監督がよく口にしていた有名な言葉があります。
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」
誰が最初に言った言葉かは諸説ありますが、野球というスポーツの本質、さらには勝負事の真理を実に見事に言い当てている名言です。
そして今回の弥富市の裁判を見て、市民の皆さんはまさにこの言葉を思い浮かべるべきだと私は感じています。
役所の仕事というのは、スポーツに例えるならばサッカーではありません。
一人の圧倒的な力を持ったドリブラーが、単独でボールを押し込んでゴールを狙うようなプレースタイルではないのです。
役所の仕事は、言うなれば「野球」です。
一人ひとりがコツコツとチームプレーに徹し、非常に細かく、膨大な数の規則の中で動いている組織なのです。
道徳の教科書に「星野君の二塁打(タイムリーヒット)」という有名な話があります。
監督がバントを指示したにもかかわらず、星野君は「今日は調子もいいし、絶好の球が来たから」と思わずバットを振り抜き、見事タイムリーヒットを放ちます。
結果的にチームは得点し試合には勝ったものの、試合後に監督はカンカンに怒るのです。「なぜ監督の言うこと(サイン)を聞けなかったのか」と。
もちろん実際の野球には様々なスタイルがあり、全てが星野君の監督のような野球とは限りません。
しかし、「役所」という組織は、あくまでこうした厳格なチームプレーによって成り立っているという点が重要です。
だからこそ、今回の官製談合事件で元建設部長が行ったことは、少なくとも彼らの「チーム」においては、決して不思議なことでも何でもなかったはずです。
長い間の練習、そして何度もこなしてきた試合(実務)のあらゆる場面で積み上げられてきたものが、今回「たまたま」見つかっただけのこと。
あまりにも露骨にやり過ぎたから露見したのであり、決して個人の単独プレーの暴走などではありません。
今回の事件に、不思議なことは一つもありません。
「負け(発覚)に不思議の負けなし」なのです。
どう考えても「チーム弥富市役所」の中で、たまたま4番を打っていた元建設部長が捕まっただけのことです。
ここで本当に肝心なのは、一人の逮捕者で終わらせるのではなく、サインを出していた「監督」の存在、そしてそれをチームのみんなが見て見ぬふりをしていたのではないかという組織の体質です。
さらには、財政課などの他部署もそれに協力(連携)していたとしか考えられないという事実です。
一個人の犯罪として片付けるのではなく、市役所という「チーム」全体の責任として、この判決を重く受け止めるべきではないでしょうか。