市長選挙という「理不尽な仕組み」。400万円の車を買う時のように真剣に考えよう
改めて、市長選挙という仕組みそのものについて考え直してみませんか。
深く考えれば考えるほど、選挙というのは実はあまりにも「理不尽なシステム」です。
「誰が市長になっても、市役所という組織がやることはさほど変わり映えしないのではないか」と思う方もいるかもしれません。
しかし、それは違います。
私たちは、過去8年間の市政を見てきて2つの事実を痛感したはずです。
1つは、建設事業など未来への「投資」において、市長の影響力は極めて大きいということ。
もう1つは、数百人いる市役所職員が「きちんと機能するかどうか」は、完全に市長のマネジメント次第であるということです。
私たちの税金は、1世帯当たりに換算すれば年間100万円、4年間で軽く400万円以上のお金が行政に委ねられます。
これほど重大な選択であるにもかかわらず、現在の選挙には大きく3つの「理不尽」が存在しています。
選挙に潜む「3つの理不尽」
① 決められた候補者から選ぶしかない理不尽
昔の学級委員を決める時のように、「立候補はしていないけれど、あの人が適任だから名前を書こう」ということはできません。
出馬している候補者の名前を書くしかなく、それ以外の名前を書けば無効票。
白票を投じても無効票です。
棄権という形で意思表示をしたとしても、結局は与えられた選択肢の中から誰かが選ばれてしまいます。
② 「真っ当な候補」が「無責任な候補」に負ける理不尽
仮に、「市の財政状況を考えれば、これはできません。この予算の範囲で堅実にやります」と真実を語る、真っ当な候補者がいたとします。
しかしその一方で、借金まみれの現実を無視して「あれもやります、これもやります」と、できもしない甘い言葉を並べ立てる候補がいた場合、有権者はチャラチャラとした耳障りの良い方に票を投じてしまいがちです。
これが第二の理不尽です。
③ 情報が圧倒的に不足する構造的な理不尽
現職や優勢な候補者は、自分に都合の良い情報だけをアピールし、都合の悪い情報は出しません。
「公開討論会には参加しない」ことすら選挙戦略だと言い切って逃げを打つのが現実です。
一方で有権者の側も、「日々の生活が忙しい」「そもそも面倒くさい」と、政策をじっくり吟味することを放棄しがちです。
候補者が真面目に演説会を開いても一部の人しか集まらず、有権者はYouTubeのショート動画のような「簡単でわかりやすい話」しか求めない。
伝える側と聞く側の双方に、深い議論を避ける構造ができてしまっています。
400万円の買い物をするとき、あなたはどうしますか?
一度市長を決めたら、よほどの事がない限り4年間は変わりません。
「市長の働きが悪ければ、毎年成績をつけて選挙をやり直せばいい」と思うかもしれませんが、選挙を1回やるだけで数千万円という莫大な税金がかかるため、それも不可能です。
だからこそ、投票日が迫る今、皆さんに伝えたいのです。
400万円といえば、かなり良い普通乗用車が1台買える金額です。
あなたがもし、400万円の車や大きな買い物をするとき、カタログを隅々まで読み、他車と比較し、真剣に悩んで選ぶはずです。
「面倒くさいから適当に決める」「耳障りの良いセールストークだけで判子を押す」なんてことは絶対にしないでしょう。
市長選挙は、1世帯あたり400万円を託すリーダーを選ぶ極めて重要な選択です。
車を買うときと同じように、いやそれ以上に、情報を集め、真剣に比較して、私たちの未来を託す相手を考えてみませんか。