変化の激しい予測不能な時代。私たち弥富市の子どもたちが未来をたくましく生き抜くためには、これまでの「学校の中だけで完結する教育」から大きく一歩を踏み出す必要があります。
今、全国の教育関係者から熱い視線を浴びている岐阜県飛騨市の「飛騨市学園構想」をご存知でしょうか?それは、立派な新しい校舎を建てることではなく、地域に住む大人たちや市外のファンまでも巻き込み、まち全体をひとつの大きな「学びの実験場」に変えてしまうという画期的なアプローチです。
弥富市の教育方針(教育大綱)を根本からアップデートし、子どもも大人もワクワクしながら成長し合える「新しいまちづくり」のヒントを、飛騨市の鮮やかな成功ストーリーから紐解きます!これからの弥富市の教育がどう変わるべきか、一緒に覗いてみませんか?
🚀 まち全体が大きな「学び場」に!弥富市の教育をアップデートする新しいカタチ
私たちのまち、弥富市の教育方針(教育大綱)が今、大きく生まれ変わろうとしています。
これまでの教育大綱は、少し厳しい言い方をすれば「誰もが反対しないきれいごと」が並んでいるだけでした。
しかし、変化の激しいこれからの時代、子どもたちに必要なのは、用意された正解を覚えることではなく、「自立・尊重・創造」をベースに自ら考え、創り出す力です。
では、そんな新しい「教育のOS(土台)」をどうやって作ればいいのでしょうか?
その大ヒントとなるのが、全国から大注目を集めている岐阜県飛騨市の「飛騨市学園構想」です。飛騨市が実践したワクワクするような教育改革の秘密と、弥富市の未来へのヒントを分かりやすくまとめました!
🏫 飛騨市がやったこと:「新しい校舎」ではなく「新しい関係」づくり
飛騨市が目指したのは、ピカピカの新しい学校を建てることではありませんでした。「まちのすべてを一つの学園(学び場)に見立てる」という、ソフト面での大改革です。
子どもを育てる役割を「学校」だけに押し付けるのではなく、次の4つのチームでスクラムを組む仕組みを作りました。
| 領域 | 役割・機能 | 弥富市へのヒント |
| 学校 | 保・小・中・高をつなぎ、地域課題を解決する「深い学び」を実践する | 「知・徳・体」の型にハマらない、多様な学びの実現 |
| 家庭 | 幼児期の遊びを重視し、親の孤立を防ぐ | 子どもの幸福度(ウェルビーイング)の向上 |
| 地域 | 地域住民も参加し、不登校ゼロを目指す「みんなの学校」をつくる | 排除しない、対話と共生をベースにした環境づくり |
| まち | 行政、企業、市外のファンが協力し、社会に開かれた教育を行う | 先生だけに負担をかけない、社会総がかりのサポート体制 |
💡 成功の秘密:大人が「面白がって」挑戦する背中を見せる
飛騨市の教育改革が成功した最大の理由は、「作り方」そのものが画期的だったからです。
1. 市長が「あえて」口出ししなかった
実行力のある飛騨市長ですが、あえて「こうしなさい」というトップダウンの指示を出しませんでした。
「答えのない課題にどう立ち向かうか、自分たちで考えてみよう」と、教育委員会や市民に「大人の探究」を任せたのです。結果として、1年間にも及ぶ泥臭い対話を通じて、立場を超えた最強のチームが出来上がりました。
2. 外部のプロを巻き込んで「お役所仕事」を打破!
教育委員会だけで考えると、どうしても「前例踏襲」になりがちです。
そこで飛騨市は、外部の専門家チーム(株式会社Edo)を招き入れました。彼らがうまく場を回すことで、失敗を恐れない柔軟なアイデアが次々と生まれるようになりました。
3. 大人が全力で「探究」を楽しむ!
子どもに「主体的に学べ!」と言う前に、まずは大人が楽しむこと。
飛騨市では「飛騨市民カレッジ」や「探究フェス」を通じて、大人自身がまちの課題に面白がってチャレンジする姿を子どもたちに見せています。「大人のワクワクする背中」こそが、最高の教材なのです。
🤝 魔法の仕組み「ヒダスケ!」:まちの困りごとが「宝の山」に!?
さらに飛騨市がすごいのは、まちの教育に「市外のファン(関係人口)」を巻き込んでいる点です。
「ヒダスケ!」という取り組みでは、農作業の手伝いや草刈りなど、地域住民の「困りごと」を募集。すると、全国から「手伝いたい!」「一緒に活動したい!」という市外のファンが駆けつけてくれます。
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子どもたちにとっての価値: 自分たちのまちの「日常」や「厄介事」に、外の大人たちが喜んで関わってくれる姿を見ることで、「自分たちのまちってすごい!」という誇り(シビックプライド)が生まれます。
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最強の応援団: 多様な価値観を持つ外の大人たちが、子どもたちの最高の「相談相手(メンター)」になってくれるのです。
🚀 弥富市がこれから踏み出すべき「3つのステップ」
飛騨市の事例から、私たちのまち・弥富市が次世代の教育大綱をつくるためにやるべきことが見えてきました。
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対話のお祭りを開こう!
一部のえらい人だけで決めるのではなく、市民、学校、企業を巻き込んで、「どんなまちで、どんな子どもに育ってほしいか」を泥臭く話し合う1年にすること。そのプロセス自体が、まちづくりの第一歩になります。
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外の風を入れよう!
学校や市役所の中だけで悩まず、外部の専門家やファシリテーターの力を借りること。そうすることで、先生たちも孤立せず、安心して新しいことにチャレンジできる土壌が育ちます。
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まち全体を「学びの実験場」にしよう!
学校の中だけで教育を完結させないこと。大人がまず学びを楽しみ、さらには市外の応援団も巻き込んで、弥富市のあらゆる場所・あらゆる課題を「生きた教材」に変えていきましょう。
「自立・尊重・創造」の教育は、教育委員会だけの仕事ではありません。
私たち市民一人ひとりがプレイヤーとなり、まち全体で新しい弥富市の教育を創り上げていきましょう!
地方創生と生涯学習を統合する次世代型「教育大綱」の策定戦略:飛騨市学園構想の組織開発プロセスと弥富市への示唆
現代の地方自治体における教育大綱の再定義と本質的課題
日本の地方自治体は現在、急速な少子高齢化と人口減少という未曾有の構造的変革期にあり、地域の持続可能性をいかに担保するかという地方創生の命題に直面している。
この文脈において、自治体が定める「教育大綱」の存在意義は、単なる学校教育の指針から、地域社会全体の未来像を描く中核的な戦略文書へと変容を遂げつつある。
とりわけ愛知県弥富市においては、既存の教育大綱が「美辞麗句の羅列」に留まっており、国の次期学習指導要領が求める「多様な子どもたちの深い学び」に対応しきれていないという極めて切実な課題が指摘されている。
従来の「知・徳・体」という画一的な価値観の呪縛から脱却し、「自立・尊重・創造」を機軸とした教育オペレーティングシステム(OS)の抜本的な入れ替えが求められているのである。
こうした課題意識の延長線上には、「本来、教育大綱とは教育を受ける主体である子どもたち自身に作ってほしい」という究極の理想が存在する。
しかし、子どもたちが真の意味で自立し、創造性を発揮して自らの学びを定義するためには、その基盤となる地域社会そのものが「学びの舞台」として成熟していなければならない。
すなわち、学校教育を閉じた空間の営みとしてではなく、まちづくりや生涯学習までを包含した広大なエコシステムとして捉え直す視座が不可欠となる。
この壮大なシステム設計こそが、首長の個人的な手腕のみに依存するのではなく、教育委員会が主体となって担うべき本来の使命である。
本報告書は、こうした弥富市の教育改革に向けたベンチマークとして、全国から極めて高い注目を集めている岐阜県飛騨市の「飛騨市学園構想」を詳細に分析するものである。
飛騨市は、都竹淳也市長という極めて発信力と実行力に優れた首長を擁しながらも、あえてトップダウンの手法を排し、教育委員会に自主的な策定プロセスを委ねた。
この「作り方の戦略」が、結果として教育委員会という組織の自己変革を促し、他部署とのセクショナリズムを打破し、さらには市外の関係人口(応援団)をも巻き込んだ強固なまちづくりへと繋がっていった過程を解き明かす。
弥富市民に向けて飛騨市の先進的な取り組みの全容を分かりやすく提示すると同時に、その背後にある組織論的・戦略的インサイトを抽出していく。
飛騨市学園構想の全体像:ハードウェアの統合からソフトウェアの統合へ
弥富市の新たな教育大綱を構想する上でまず理解すべきは、飛騨市が展開する「飛騨市学園構想」の本質である。
近年、小中一貫教育の推進に伴い、岐阜市における義務教育学校「藍東学園」(芥見東小と藍川東中を統合した事例)のように、物理的な校舎を統合・改修して新たな学校(ハードウェア)を創設するアプローチが全国的に散見される。
しかし、飛騨市学園構想はこれらとは一線を画している。
本構想は「新しい学校をつくるものでも、飛騨市に子どもを縛り付けるものでもない」と明確に宣言されており、既存の保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、そして家庭や地域社会を概念的に一つの「学園」として見立てる、ソフトウェア(関係性と学びの仕組み)の統合アプローチである。
四つの領域と「未来の創り手」の育成
飛騨市学園構想は、「幸福な人生と持続可能な社会の創り手となる力」を予測困難な時代を生きる子どもたちに育むことを究極の目的として掲げている。
この目的を達成するため、目指す人間像を「志を語り合い しなやかに 挑み続ける 飛騨びと」と設定し、それを支えるための「自らの問いや願いをもつ」「仲間と協働する」「よりよく課題を解決する」という三つの具体的な資質・能力を定義した。
この教育目標は、学校という単一の機関では到底達成し得ない。
そこで飛騨市は、子どもが育つ環境を「学校」「家庭」「地域」「まち」の四つの領域に分割し、それぞれの領域が相互に連携しながら「みんなで育て みんなが育つ 魅力あるまち」という地域像を創り出す構造を設計した。
この枠組みは、弥富市が目指すべき「教える・教わる関係から共に生きる関係への転換」や、管理と排除の教育から「対話と共生」の地域社会を基盤とした教育への転換という方向性と完全に合致するものである。
策定プロセスにおける首長の戦略的抑制:トップダウンから「大人の探究」へ
飛騨市学園構想が全国から高く評価されている最大の理由は、提示されたビジョンの美しさにあるのではない。
そのビジョンを「誰が、どのようにして作り上げたか」という策定プロセスそのものが、極めて高度な組織開発の戦略に裏打ちされていた点にある。
ここに、首長(市長)と教育委員会の理想的な役割分担と協働のあり方が示されている。
飛騨市の都竹淳也市長は、SNS等を駆使して自らの意思決定プロセスを透明化し、強力なリーダーシップを発揮するタイプの首長として認知されている。
能力的な側面だけを見れば、市長自身が教育・まちづくりのグランドデザインを描き、それを教育大綱としてトップダウンで指示することは十分に可能であったと推察される。
しかし、市長はこの構想の策定において、あえて自ら手を下すことを抑制し、教育委員会の沖畑康子教育長を中心とした事務局に実務的な主導権を委ねた。
腹落ちと当事者意識を生むための「あえて」の余白
この「あえて教育委員会に自主的にやってもらう」という選択の背景には、教育現場や行政組織における行動心理への深い洞察が存在する。
教育改革において最も陥りやすい罠は、上位組織から完璧な計画書が天下り的に示されることで、現場の教職員や地域住民が「指示されたことをこなすだけ」のコンプライアンス(法令遵守・指示待ち)思考に陥ることである。
不確実性の高い現代において、あらかじめ用意された正解に従うだけの組織は極めて脆弱である。
都竹市長は「これからの時代に必要なのは『人に対する好奇心や豊かな想像力を育むこと』」であり、予測困難な時代を生き抜くためには、多様な人との関わりの中で課題を想像し、解決に向けて必死に考える「課題解決型学習」が必要であると提唱した。
そして最も重要なのは、飛騨市学園が創られていく「答えの無いプロセス」そのものが、多様な市民が対話を通じて正解を創り出していく「大人の探究」であり、子どもたちに必要な「学び」と同義であると見抜いていた点である。
もし市長が完成された大綱を提示してしまえば、教育委員会や市民から「探究する機会」を奪うことになる。
市長の仕事は、大きな方向性(人への好奇心と想像力の重要性)を示すことにとどめ、その具現化を教育委員会の「種ごと(ミッション)」として委ねることで、組織全体の当事者意識とコミットメントを極限まで引き出したのである。
1年間に及ぶ検討委員会という対話の舞台
教育委員会の主導により、2019年4月に「飛騨市学園構想 検討委員会」が発足した。
このプロセスは決して効率的なものではなかった。
保育園、小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の各代表者から、地域の多様な市民に至るまで約30名が集められ、毎月1回、合計10回にも及ぶ濃密な議論が1年間かけて重ねられた。
「これからの飛騨市の子どもたちをどう育むべきか」「どんな飛騨びとに育ってほしいのか」という正解のない問いに対し、立場の異なるステークホルダーが膝を突き合わせて議論するプロセスは、行政的な観点から見れば多大な時間と労力を要する。
しかし、この非効率で泥臭い対話の過程こそが、セクショナリズムを打破し、相互の立場を理解し合うための最強のチームビルディングとして機能したのである。
教育委員会の自己変革:外部リソースとの協働と越境学習の実現
策定プロセスを自主的に担うことになった飛騨市教育委員会は、この重責を果たす中で、従来の閉鎖的な行政組織からの脱皮を余儀なくされた。
その変革の決定的な推進力となったのが、外部の専門家である「株式会社Edo(エドゥ)」との官民共創アプローチである。
組織に健全な揺さぶりをもたらすプロジェクトマネジメント
行政組織は本質的に、前例踏襲を重んじ、失敗を極度に恐れる文化を持ちやすい。
そこで教育委員会は、飛騨市学園構想の立案から実装に至るまでのプロジェクトマネジメントを、教育支援事業や組織開発を専門とする株式会社Edoに委託・協働するという画期的な手法を採った。
株式会社Edoの関口祐太代表や盤所杏子副代表らは、構想段階から行政と伴走し、目的の言語化と合意形成プロセスの設計を緻密に行った。
行政、学校現場、そして企業や地域社会では、意思決定の構造や使用する言語、期待する成果が全く異なる。外部のプロフェッショナルがファシリテーターとして介在することで、教育委員会内部に健全な「揺さぶり(コンフリクト)」が生まれ、従来の行政的な思考の枠組みを超えた柔軟なアイデアが創出される土壌が形成された。
調整役からコーディネーターへの進化
この官民共創プロセスを通じて、教育委員会の職員自身の能力とマインドセットが劇的に進化を遂げた。
計画を文書化するだけの事務的作業から解放され、多様な主体間の利害を調整し、共創を生み出す「コーディネーター(触媒)」としてのスキルを獲得したのである。
株式会社Edoが提供する地域資源を活用した越境型企業研修「Pit in HIDA」などの事業化プロセスを間近で観察し、協働することで、教育委員会の職員自身が「越境学習」を経験する結果となった。
さらに、この組織変革は教育委員会内部にとどまらず、市役所全体の横断的な連携を誘発した。
後述するように、飛騨市学園構想は「関係人口」の創出やまちづくり施策と密接にリンクしていく。教育委員会(学校教育課)単独では完結しないこの構想を推進するため、ふるさと応援課をはじめとする他部署とのシームレスな連携体制が構築された。
市長が「あえて任せた」ことによる最大の副産物は、教育委員会を中心とした市役所内部の縦割り構造の破壊と、アジャイル(俊敏)な共創型組織への生まれ変わりであったと結論づけられる。
生涯学習とまちづくりの融合:大人が「面白がる」姿を見せるシステム
弥富市における教育改革の提案において、「子ども自身に教育大綱を作ってほしい」という願いが語られている。
これは教育の主体性を子どもに取り戻すための本質的なアプローチであるが、子どもがゼロからビジョンを描くためには、その手本となる「学び続ける大人」の姿が地域社会に溢れていることが絶対条件となる。
飛騨市学園構想は、学校教育の枠を拡張し、まちづくりと生涯学習を一体化させることでこの条件をクリアしている。
飛騨市民カレッジを基盤とする探究の連鎖
飛騨市は、幅広い世代の市民が地域の様々な関わりを通じて主体的に実践する「探究活動」をサポートするため、「飛騨市民カレッジ」による生涯学習の推進を展開している。
これは従来の受動的な教養講座とは異なり、市民自身が地域の課題や魅力に対して「自らの問い」を立て、それを深掘りしていくアクティブな学びのプラットフォームである。
この市民の探究活動と、子どもたちの学校での学びが交差する象徴的な場が、年に一度開催される「飛騨市探究フェス」である。
2024年12月に開催された第2回探究フェスでは、「大人も子どもも面白がって遊び、チャレンジが多発している地域」を目指し、「市民の皆さまによる探究活動の発表会」という基本コンセプトが据えられた。
このイベントでは、小学生から大人まで多様な世代からなる10チームが実践発表を行い、6団体が企画展示を実施した。
まちづくりそのものが教育コンテンツとなる
探究フェスに集まった大人たちが、まちづくりや自身のやりたい活動に対して生き生きと、そして時には失敗しながらも面白がって挑戦している姿を子どもたちに直接見せることは、極めて強力な教育効果を持つ。
都竹市長が探究フェスの講評で「今の世界から求められている身につけるべき力を飛騨市の子どもたちがしっかりと身に付けている」と称賛した通り、大人の背中を見ることで、子どもたちは「正解のない課題に挑むことの価値」を無意識のうちに学習していく。
弥富市が目指すべき「深い学び」の実践や、不登校問題の解決に向けた居場所づくりにおいても、このアプローチは極めて有効である。
子どもを学校という閉鎖空間に押し込め、教師だけで全てを抱え込むのではなく、地域社会の大人たち全員を「生涯学習のプレイヤー」として巻き込み、まち全体を一つの巨大な「学びの実験場(ラボ)」へと変容させること。
これこそが、飛騨市学園構想が提示する次世代の教育エコシステムの本質である。
外部応援団(関係人口)の戦略的統合:課題を価値へ転換する錬金術
飛騨市学園構想のもう一つの際立った特徴は、教育リソースの調達を市内・地域内の住民だけに限定せず、市外の「関係人口」と呼ばれる外部の応援団を戦略的かつシームレスに巻き込んでいる点である。
ここにも、教育委員会と他部署(ふるさと応援課等)の高度な連携の成果が如実に表れている。
飛騨市ファンクラブと「ヒダスケ!」の驚異的ネットワーク
飛騨市は2017年に「飛騨市ファンクラブ」を設立し、現在では市の総人口(約22,000人)に迫る約18,000人以上もの会員を有する巨大なコミュニティを形成している。
このファンクラブを基盤として2020年にスタートしたのが、関係案内所「ヒダスケ!」という画期的なマッチングプラットフォームである。
「ヒダスケ!」は、飛騨市民が抱える日常的な「困りごと」や「アイデア」(例えば、農作業の担い手不足や、景観保全のための草刈り、古川町でのペンキ塗りなど)を「プログラム」として可視化し、それを手伝いたい・共に活動したいと願う市外のファンクラブ会員(関係人口)とを結びつける仕組みである。
現在では年間230を超えるプログラムが開催され、延べ1,500人以上の参加者が飛騨市に深く関わっている。
教育的価値:外部の視点がもたらす「地域の再発見」
この「ヒダスケ!」の仕組みが、飛騨市学園構想における「課題解決型学習」に対して与えるインパクトは計り知れない。
子どもたちが地域の課題を探究しようとまちに出たとき、そこには既に「ヒダスケ!」を通じて全国から集まった多様なバックグラウンドを持つ大人たちが、地元の農家や住民と共に汗を流し、生き生きと活動している姿が存在する。
単なる労働力の提供ではなく、作業後の懇親会などを通じた密な対話が組み込まれているため、参加者は地域住民の情熱や生き方に直接触れることができる。
子どもたちにとって、自分たちの暮らすまちの「当たり前の日常」や「厄介な困りごと」が、外の世界の人々にとってはわざわざ時間と労力をかけてでも関わりたい「魅力的なコンテンツ」であることを知る経験は、何にも勝るシビックプライドの醸成となる。
行政にとっても、この関係人口のネットワークは、学校教育に対する最強の「外部メンター陣」を無償で、かつ持続可能な形で調達するシステムとして機能している。
教育大綱を「C(市民)、C(市外の応援団)など様々なセクションに関わる話」として総合的に捉える視座は、まさにこの「ヒダスケ!」と教育行政の融合によって体現されているのである。
結論:弥富市が次期教育大綱策定に向けて採用すべきアプローチ
飛騨市学園構想の策定プロセスと、それがもたらした組織的・社会的進化の分析は、次期教育大綱の刷新を控える弥富市に対して、極めて実践的かつ戦略的な示唆を提供している。
第一に、教育大綱の策定を単なる「美辞麗句の文書作成」に終わらせないためには、策定プロセスそのものを「組織開発の介入」としてデザインしなければならない。
飛騨市の都竹市長が証明したように、首長がトップダウンで正解を与えるのではなく、あえて教育委員会に主導権と余白を与え、多様なステークホルダー(市民、学校、企業)を巻き込んだ泥臭い対話のプロセスを経験させることが、結果的に最も強固な実行体制を生み出す。
弥富市においても、この「答えのない大人の探究」を1年単位で仕掛ける覚悟が必要である。
第二に、閉鎖的な教育行政からの脱却である。
飛騨市が株式会社Edoという外部の専門家集団と協働したように、行政内部の論理だけでは見えない盲点に気づき、心理的安全性を担保するためには、適切な外部ファシリテーションの導入が極めて有効である。
これにより、教職員の「職員室崩壊」を防ぎ、失敗を恐れずに挑戦できる「みんなの学校」の土壌が育まれる。
第三に、教育を学校の中に閉じ込めず、生涯学習および「まちづくり」と完全に統合するエコシステムの構築である。
子ども自身に教育大綱を作らせるほどの主体性を求めるのであれば、まずは大人自身が「飛騨市民カレッジ」や「探究フェス」のように、自らの関心に基づいてまちの課題を探究し、面白がる姿を提示しなければならない。
さらには、「ヒダスケ!」のように地域の困りごとを資源に転換し、市外の「関係人口(応援団)」をも教育のフィールドに引き込む大胆なプラットフォーム戦略が不可欠である。
結論として、弥富市が目指すべき「自立・尊重・創造」を軸とする新しい教育OSの導入は、教育委員会の所管業務という狭い枠組みを超え、まちの在り方そのものを根本から再設計する壮大なプロジェクトである。
飛騨市が実証した「社会総がかりでの共創プロセス」こそが、予測困難な時代において子どもたちの幸福度を高め、地域の持続可能性を担保するための最も確実な戦略となるのである。