少子高齢化と人口減少への対抗策として、これまで多くの地方自治体が導入してきた「三世代同居・近居住宅支援事業」。しかし、その実態を紐解くと、現代のライフスタイルや市民の真のニーズとの間に決定的なズレが生じています。
本稿では、愛知県弥富市が展開する補助金制度を主要な事例として取り上げ、行動経済学や行政法学の視点からその制度設計を徹底検証。経済的インセンティブの欠如、過剰な行政手続き(レッドテープ)、自治会加入要件に潜む法的リスクなど、行政計画としての構造的な破綻を浮き彫りにします。全国の自治体で同種事業の「廃止」が相次ぐ今、地方行政が限られた財源を投じて真に向き合うべき定住促進策とは何かを多角的に問う批判的考察です。
サマリー:弥富市の「三世代同居・近居住宅支援事業」に関する分析
本稿は、少子高齢化対策として地方自治体(とりわけ愛知県弥富市)が推進する「三世代同居・近居住宅支援事業」について、公共政策学、行政法学、行動経済学の観点からその制度設計の破綻を指摘し、政策の根本的な転換を提言する論考です。
分析の要点
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経済的インセンティブの機能不全と死荷重(Deadweight Loss) 住宅取得やリフォームには数千万・数百万円の費用がかかるのに対し、最大20万円という少額な補助金では市民の行動変容を促すトリガーになり得ません。結果として、元々同居を予定していた層への単なる一時金(死荷重)と化しており、政策の追加的効果はほぼ皆無です。
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過剰な行政手続と「アリバイ作り」の事業規模 少額の補助に対して、膨大な証明書類の提出や3年間の居住実態の監視など、申請者への負担(レッドテープ)が重すぎます。また、年間想定わずか8件(予算160万円)という零細な規模は、市が「対策を実施している」という体裁を保つためのアリバイ作りに過ぎず、審査にかかる行政コストの浪費を招いています。
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自治会加入要件による重大な法的リスク 補助金交付の要件として、任意団体である「自治会・町内会への加入」を事実上強制しています。これは「権利能力なき社団への加入の任意性」を認めた最高裁判例や、憲法が保障する結社の自由に抵触する恐れがあり、住民訴訟等の重大なコンプライアンス上の瑕疵を抱えています。
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若年層のニーズとの乖離と多世帯住宅のリスク 国のデータでも三世代世帯は減少傾向にあります。若年層が求めるのは「日々の生活費の節減」である一方、多世帯住宅には建築費用の高騰、生活スタイルの摩擦、資産価値の流動性の低さ、相続トラブルといった重いリスクがあり、初期費用の一部補助だけでは割に合いません。
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全国的な政策撤退のトレンド 利用件数の低迷や費用対効果の悪さから、全国の多くの自治体(高石市、ひたちなか市、近隣の蒲郡市など)が同種の事業をすでに廃止または終了しています。陳腐化した施策を維持し続けることは、行政のPDCAサイクルが機能していないことを示しています。
結論と提言
弥富市をはじめとする地方自治体は、旧態依然としたハコモノ・住環境整備偏重の一過性の支援策(三世代同居支援)から速やかに撤退すべきです。そして、これに費やされる行政リソースと財源を、家賃補助、医療費無償化枠の拡大、学校給食費の助成など、子育て世代が真に求めている「日常生活における継続的な経済負担軽減策」へと大胆に再配分することが急務であると結論づけています。
地方自治体における三世代同居・近居住宅支援事業の批判的分析 —弥富市の事例を中心とした行政計画的破綻の構造—
はじめに
我が国における急速な少子高齢化と人口減少の進行は、地方自治体に対して極めて深刻かつ構造的な政策的課題を突きつけている。
これに対する地域社会の持続可能性を担保するための施策として、子育て支援と高齢者福祉の双方を補完し得る居住形態である「三世代同居・近居」を促進する取り組みが、国や地方自治体において散発的に展開されてきた。
親世帯からの子育て支援(マンパワー)の享受、ならびに将来的な親世帯への介護力の確保という双方のメリットを企図したこれらの施策は、一見すると合理的な家族政策のように映る。
しかしながら、政策の実行段階、とりわけ地方自治体における補助金行政の実態を精査すると、インセンティブ設計の脆弱性、行政法上の要件設定の重大な瑕疵、そして政策のターゲット層が抱える真のニーズとの致命的なミスマッチが生じているケースが数多く見受けられる。
本稿では、愛知県弥富市が令和8年度に向けて展開を予定している「三世代同居・近居住宅支援補助金」を主要な分析対象として取り上げ、その制度設計を公共政策学、行政法学、および行動経済学の観点から批判的に検証する。
さらに、全国の類似自治体における同種事業の実施状況や次々と進む廃止のトレンド、国の政策評価機関による分析結果を援用することで、当該行政計画がいかにして「破綻」に至っているのか、その構造的要因と地方行政における政策立案上の限界を多角的に論証する。
第1章:インセンティブ設計の機能不全と行動経済学的批判
行政が特定の行動変容(この場合は市外からの転入や新たな三世代同居の開始)を市民に促すために補助金を交付する場合、その補助額は対象者の意思決定を左右するに足る経済的インセンティブ(限界効用)として機能しなければならない。
弥富市の「三世代同居・近居住宅支援補助金」の基本設計を検討すると、この大前提が完全に欠如しており、政策手段としての有効性が著しく損なわれていることが明白となる。
対象経費と補助上限額の圧倒的乖離
弥富市の当該制度においては、三世代同居または三世代近居を始めるために、住宅の新築、購入、改築、またはリフォーム(リフォームは三世代同居に限る)を行った場合、その工事費または購入費に対して最大20万円の補助金を交付する旨が規定されている。
しかし、この「20万円」という金額は、現代の住宅取得市場における実勢価格に照らして極めて少額であり、市民の行動変容を促すトリガーとしては完全に力不足である。
愛知県における住宅建設・取得の市場データを参照すると、その経済的乖離は一層際立つ。独立行政法人住宅金融支援機構のデータ等に基づく愛知県内の土地付き注文住宅の平均建設費(本体工事費等)は約3,605万円に達し、土地購入を含まず建物本体に予算をかける場合の平均建設費は約4,040万円となっている。
本体工事費だけでも約2,500万円から2,700万円を要するのが愛知県における住宅取得の標準的な水準である。
リフォームに関しても、三世代同居のために必要な改修(本制度の要件であるキッチン、浴室、トイレ、玄関の増設・改修、間仕切り壁の撤去等)を行う場合、キッチン改修で170万〜380万円、浴室改修で80万〜240万円程度の費用が一般的であり、複数箇所の改修を伴う三世代同居用のリフォームであれば、総額で数百万円から1,000万円規模の投資が必要となる。
| 項目 | 愛知県における平均的費用(目安) | 弥富市補助金の上限額 | 費用に対する補助率(概算) |
|---|---|---|---|
| 土地付き注文住宅建設費 |
約3,605万円 |
20万円 | 約0.55% |
| 住宅のみの建設費 |
約4,040万円 |
20万円 | 約0.49% |
| 大規模リフォーム(水回り複数等) |
約380万円〜(合算想定) |
20万円 | 約5.2% 以下 |
上表が示す通り、新築や購入においては総費用の1%にも満たず、リフォームにおいても数パーセントの補助に過ぎない。数千万円の負債(住宅ローン)を抱え、数十年にわたる返済計画を立てるという個人の重大な意思決定において、「20万円の補助金が支給されるから」という理由で新たに三世代同居や近居に踏み切る層が存在するとは、行動経済学的に想定し難い。
本事業は、独立行政法人住宅金融支援機構の「【フラット35】地域連携型」と連携しており、要件を満たせば当初5年間の借入金利から年0.5%が引き下げられるという副次的なメリットが用意されている。
この金利引き下げ効果自体は数百万円単位の負担軽減に繋がる可能性があるため、実質的な経済的恩恵はこちらに依存している。
しかし、これはあくまで国の独立行政法人の制度に乗じているに過ぎず、弥富市単独の「20万円」という直接給付自体の政策的意義や限界効用を正当化する理由にはならない。
政策的死荷重(Deadweight Loss)と選択バイアスの構造
このような少額の補助金制度がもたらす最大の経済的弊害は、「政策的死荷重(Deadweight Loss)」の発生である。
すなわち、この補助金を受け取る者の大半は、「補助金があるから三世代同居・近居を決断した層」ではなく、「もともと何らかの個人的・経済的理由(親の土地を譲り受ける、もともと地元志向が強い、親の介護が不可避となった等)で同居・近居を決定していた層」に限定される。
彼らにとって行政からの20万円は、行動変容に対するインセンティブではなく、単なる「ボーナス(一時的な移転所得)」に過ぎない。
三世代同居の効果に関する社会学的アプローチの研究においても、同居世帯に対する選択バイアスが指摘されている。
伝統的な価値観を持つ人ほど親と同居しやすく、より多くの子どもを出産する傾向がある場合、こうしたバイアスを考慮せずに分析すると、政策としての三世代同居の効果を過大評価してしまう危険性がある。
行政の介入がなくとも自然発生する同居世帯に対して公金を投入することは、財源の非効率な利用の最たるものであり、定住促進や少子化対策という政策目的の達成度(政策の追加的効果)は実質的にゼロに近いと評価せざるを得ない。
第2章:行政手続における過剰な要件設定とレッドテープの問題
補助額の規模が極めて限定的であるにもかかわらず、弥富市の制度は申請者に対して極めて高いハードルと過剰な行政手続(レッドテープ)を要求している。
このアンバランスな制度設計は、政策の利用者である市民に対する行政サービスの視点を欠いており、行政計画の破綻を象徴している。
煩雑な要件と証明責任の偏重
本補助金の対象となるためには、建物の要件、子世帯の要件、親世帯の要件、そして両世帯共通の要件という多岐にわたる条件をすべて満たす必要がある。
例えば、子世帯については「18歳に達する日以降の最初の3月31日までの間にある子ども(出生予定を含む)がいること」「子世帯全員が新築等の契約日前1年間において三世代同居をしていないこと」が求められる。
また、弥富市内から転居して近居を開始する場合、転居前に「自ら賃貸借契約した住宅に居住、または勤務先に家賃相当額を支払って居住していたこと」という細かな制約が課されている。
これらの要件を立証するために、申請者は交付申請書に加えて、子世帯の戸籍全部事項証明書、世帯全員の住民票、戸籍の附票(1年間の非同居を証明するため)、全員の非課税証明書、さらには賃貸契約書の写しや母子健康手帳の写しなど、膨大な公的書類や私的契約書の提出を強いられる。
一部の書類は市の公簿で確認できる場合は省略可能とされているものの、市外からの転入者を含め、申請にかかる事務的負担は甚大である。
さらに、交付決定後から継続して3年間の居住が義務付けられており、3年以内に譲渡や貸し付けを行った場合や、その他市長が不適当と認めた場合には補助金の返還が求められる。
実態確認のための立ち入り調査の可能性も示唆されており、市民はわずか20万円の対価として、3年間にわたる行政からの強い縛りと監視を受け入れることとなる。子育てや仕事に忙殺される若年世帯にとって、この手続的コストと心理的負担は、20万円の経済的利益を完全に凌駕している。
アリバイ作りのための行政計画
さらに不可解なのは、令和8年度の予定件数が「8件」と明記されている点である。
1件あたり最大20万円であるため、本事業の総予算枠はわずか160万円に過ぎない。人口約4万3000人を擁する自治体が、「定住の促進と地域の活性化」という大上段に構えた政策目的を掲げながら、年間わずか8世帯への支援で市全体のマクロな人口動態に影響を与えようとしているとすれば、それは政策立案における甚だしいスケール感の欠如である。
この予算規模の零細さは、本事業が実効性を伴う課題解決策として設計されたものではなく、市の総合計画や人口ビジョンにおいて「三世代同居支援策を実施している」という体裁(アリバイ)を保つためだけに存在する行政計画であることを強く示唆している。
政策効果の測定も困難なこの程度の予算規模のために、市の職員が窓口対応、書類審査、交付決定、3年間の居住実態確認、フラット35の連携事務といった多大な行政コスト(人件費)を費やすことは、費用対効果の観点から行政資源の著しい浪費であると言わざるを得ない。
第3章:法治主義との抵触とコンプライアンス上の瑕疵 — 自治会加入要件の違法性
本事業の行政計画的破綻を決定づけるもう一つの極めて重大な要素が、交付要件の中に潜む法的な瑕疵である。
弥富市の補助金要件には、「親世帯と子世帯が、交付申請日において補助対象住宅が存する地区の町内会などの地域コミュニティ(自治会など)に加入していること(同一世帯としての加入も含む)」が明確に規定されている。
この規定は、行政法および憲法における基本的人権の観点から看過できないコンプライアンス上の問題を孕んでいる。
自治会加入の任意性と最高裁判例による確定
日本の法体系において、自治会や町内会は法人格を持たない「権利能力なき社団」として位置づけられており、その会員資格の取得(加入)や喪失(退会)は構成員の完全な自由意思に委ねられている。
この点については、最高裁判所平成17年4月26日判決(平成16年(受)第1742号)において極めて明確な司法判断が下されている。
当該判例では、自治会は強制加入団体ではなく、構成員が退会を申し出た場合、それを引き留める法的な拘束力はなく、以降の会費支払い義務も生じないことが確立された。
したがって、法的には自治会への加入は絶対的な任意参加が原則であり、いかなる団体や機関も加入を強制することはできない。
地方自治体が、自治会という独立した任意団体に対してその世帯数等に応じた運営補助金を交付すること自体は広く行われている(例:さぬき市や横浜市などの自治会補助金制度)。
しかし、本件の弥富市のように、個人の私有財産形成(住宅取得)に関する公的給付(補助金)の交付要件として、市民に対し「特定の任意団体への加入」を事実上強制する(加入しなければ補助金という経済的利益を剥奪する)行為は全く次元が異なる。
これは、日本国憲法第21条で保障される「結社の自由」および「消極的結社の自由(加入しない自由)」を、行政権力の行使によって間接的に侵害するリスクが極めて高い。
行政の不当な介入と住民訴訟リスク
過去には、他の自治体等において、町内会等に関連する公金の支出や、補助金交付の要件について違法性を問う住民訴訟が提起された事例が存在する。
例えば、自治会に対する公有地の無償譲渡や補助金交付が地方自治法上の財務会計行為として違法であると争われたケースや、補助金交付の要件である「コンプライアンス違反のないこと」に対する違反が問われたケースがある。
公金である補助金を支出するにあたり、行政の下請け機関ではない純粋な任意団体への加入を市民に強要することは、補助金適正化の基本原則から逸脱している。
弥富市がこのような要件を設定した背景には、地域コミュニティの維持や空家の発生抑制、防災力の向上といった行政側の願望が存在することは想像に難くない。
しかし、それを市民の基本権を制約する形、あるいは経済的な不利益を盾に取る形で達成しようとする行政手続は、法治行政の原則から著しく逸脱している。
万が一、補助金の申請者が要件を満たすすべての客観的条件(年齢、居住歴、納税状況、暴力団排除等)をクリアしながら、思想・信条や個人的な理由で「自治会への加入」のみを拒否し、それを理由に市が補助金を不交付とした場合、行政不服審査法に基づく審査請求や行政事件訴訟法に基づく取り消し訴訟において、自治体側の処分が違法として取り消される公算は小さくない。
行政計画において、このような重大なリーガルリスクを孕む要件を漫然と設定し、チラシ等で公言していること自体が、弥富市の政策立案・法務監査能力の欠如と実務的破綻を露呈している。
第4章:政策目的のミスマッチと三世代同居の社会学的限界
弥富市が推進しようとしている「三世代同居・近居」施策は、国の政策トレンドやマクロなターゲット層のニーズと照らし合わせても、既に時代遅れとなりつつある。
国政レベルでの政策評価の推移を分析することで、この種の住宅取得補助行政がいかに構造的な限界を迎えているかが浮き彫りとなる。
行政の期待と若年層のニーズの致命的乖離
国政レベルにおいても、かつては「住生活基本計画(全国計画)」(平成18年閣議決定)等に基づき、深刻な少子化対策や高齢者福祉の一環として三世代同居・近居の推進が図られてきた。
内閣府の税制改正要望等にも見られるように、行政側の狙いは、子育て世帯への不安軽減による少子化対策と、親世代の介護を家族内の自助努力で補完させる(介護費用の抑制)ことの「一石二鳥」の達成にあった。
しかし、参議院予算委員会調査室が令和元年にまとめた報告書「三世代の同居・近居の現状と推進に向けた課題」によれば、政府がこうした政策を展開しているにもかかわらず、一般世帯数に占める三世代世帯の割合は減少の一途をたどっている。
平成12年に約10.1%であったその割合は、平成27年には約5.67%にまで半減しており、三世代世帯内で養育する児童数も減少しているなど、政策効果は全く上がっていないと断じられている。
この報告書は、政策効果が上がらない最大の要因として「致命的なミスマッチ」を指摘している。
政府や自治体が「リフォーム等を通じた居住環境の整備」というハード面の初期投資支援にとどまり、親からの子育て支援(マンパワー)や将来の世帯内介護を期待しているのに対し、若年層が親との同居に求める最大の理由は「住居費や生活費が安くて済むから」という、継続的な経済的メリット(生活費の節減やローン負担の軽減)である。
多世帯住宅に潜む固有のリスク
さらに、現代の居住形態において多世帯住宅を選択することには、特有のデメリットとリスクが重くのしかかる。
住宅メーカー等の調査や専門家の指摘によれば、三世代同居が敬遠される主な理由として以下が挙げられる。
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精神的負担と生活スタイルの不一致: 世代間の価値観の違いにより、生活時間帯や家事のやり方で摩擦が生じやすく、お互いに精神的負担となるケースが多い。
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建築費用の高騰: 世帯間のプライバシーを重視し、水回りや玄関を完全に分離するような二世帯・三世帯住宅の設計にすると、通常の新築住宅以上に莫大な建設費が必要となる。
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資産価値の流動性の低さ: 三世帯以上の特殊な間取りの住宅は、将来的に売却しようとした際に買い手がつきにくく、不動産市場における流動性が著しく低い。
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相続時のトラブル: 同居している子世帯と、別居している他のきょうだい(子世帯)との間で、不動産資産の分割が困難となり、相続時に不公平感が生まれて親族間の紛争に発展するケースが多い。
わずか20万円の初期リフォーム・新築補助のために、これら長期的な精神的・経済的リスク、さらには世帯内介護という将来の重圧を背負ってまで同居を決断する現代の若年世帯は極めて稀である。
弥富市の補助金制度は、こうした社会学的な家族形態の変化や、若年層が直面している真の経済的苦境に対する理解を完全に欠いている。
第5章:全国的な政策撤退のトレンドと類似自治体の事例分析
こうした政策の構造的限界と効果の乏しさに直面し、全国の地方自治体ではかつてブームのように創設された「三世代同居・近居支援事業」を縮小、あるいは廃止・終了する動きがドミノ現象のように広がっている。
本リサーチにおいて確認された事例を分析すると、この種の政策がすでにスクラップ(廃止)フェーズに入っているという冷徹な事実が浮かび上がる。
| 自治体名 | 該当事業名 | 状況・終了理由 | 備考・出典 |
|---|---|---|---|
| 高石市(大阪府) | 二・三世代同居等支援事業 | 新規受付を終了。 |
施行後約10年が経過し、利用件数の逓減等により「一定の役割は終えたものと判断」し、令和8年1月1日をもって制度を終了。 |
| ひたちなか市(茨城県) | 子育て世代・三世代同居住宅取得助成金交付事業 | 令和7年度(2025年度)をもって事業終了。 |
居住誘導区域内の取得など要件を絞っていたが、同年度で制度自体を廃止。 |
| 千葉市(千葉県) | 三世代同居・近居支援事業 | 新規の受付を終了。 |
高齢者の孤立防止と家族の絆再生を目的としていたが受付終了。 |
| 大崎市(宮城県) | 三世代リフォーム支援事業 | 令和7年度(2025年度)をもって事業終了。 |
過去に交付を受けた者の資格確認のみ継続。定住自立圏からの移住促進を狙ったが終了。 |
| 入間市(埼玉県) | 三世代同居・近居支援補助金 | 令和4年(2022年)3月末で終了。 |
平成31年4月に開始した制度だが、わずか3年間で早々に打ち切り。 |
| 蒲郡市(愛知県) | 三世代同居・近居住宅支援補助金 | 令和7年度をもって事業認定申請の受付を終了。 |
弥富市と同じ愛知県内の自治体であり、虚偽申請時の認定取消規定等も厳格に定めていたが受付を終了。 |
| 刈谷市(愛知県) | 三世代同居等に係る補助金 | 事業の廃止届の運用。 |
三世代を構成する人の欠員や住宅取得の中止による事業廃止の規定が整備され、利用の手引きに明記されている。 |
この比較分析から読み取れるのは、日本全国の基礎自治体が、三世代同居支援政策について「需要の減退(利用件数の低下)」「費用対効果の低さ」「政策効果の測定困難性」を理由に、次々と見切りをつけているという実態である。
特に、入間市のように制度開始からわずか3年で終了した事例や、高石市のように利用件数の逓減を理由に役割を終えたと明言している事例は象徴的である。
弥富市と同じ愛知県内の蒲郡市においても令和7年度をもって受付が終了する中、弥富市があえてこの陳腐化した政策を令和8年度も継続・予定していることは、政策のPDCAサイクル(Plan-Do-Check-Action)が機能しておらず、他自治体の動向やマクロな政策評価を自市の行政計画にフィードバックする機能が麻痺していることの証左と言わざるを得ない。
第6章:弥富市のマクロ統計から見る総合計画的視座の欠如
地方自治体の政策は、その地域の固有のマクロデータ(人口動態、財政状況)に基づいて立案・評価されなければならない。弥富市が直面している過酷な現実に照らし合わせたとき、本事業の行政計画としてのスケールアウト(規模感の欠如)はさらに明白となる。
人口減少トレンドの定着と社会的減の常態化
弥富市の総合計画や行政評価データによれば、同市の人口は2010年(平成22年)の43,272人をピークとして明確な減退局面に突入している。
年齢別の傾向を見ると、1980年から2020年にかけて老年人口は2,835人から11,260人へと3.9倍に激増している一方で、生産年齢人口(15〜64歳)は微増にとどまり、直近では総人口の減少に引きずられる形で減少傾向にある。
特に危惧すべきは、出生数から死亡数を引いた「自然増減」が2014年以降マイナスで推移していることに加え、転入数から転出数を引いた「社会増減」においても、2019年以降マイナス基調が続いている点である。
年齢区分別に見ると、25〜29歳においては社会増(転入超過)が見られるものの、全体としては人口流出が止まっていない。
20〜30代の若年層は、より利便性が高く、住宅取得支援だけでなく、子育て環境(医療費補助、教育環境等)が総合的に充実している都市部へと流出しているのが実態である。
市の行政に対する市民のアンケートや意見聴取においても、市民の危機感は顕著に表れている。「人口3割減の衝撃」「生産年齢人口の減少率を見込めば負担能力が3割減少すると想定すべき」といった市制への深刻な懸念の声が上がっている。
市民が具体的に行政に求めている提案は、「児童手当の拡充、子育て世代の家賃補助(20〜30代)、子どもの医療費免除年齢の引き上げ」等であり、より直接的かつ継続的な経済支援である。
市民はすでに、一過性のハコモノ偏重の支援策ではなく、日々のランニングコストを軽減するソフト面の施策を渇望しているのである。
総合的定住施策としての構造的脆弱性
このようなマクロトレンドと市民のニーズの中で、年間わずか「8件」の世帯に対して、最大「20万円」の一過性の補助金を交付する施策が、弥富市の人口減少に歯止めをかけることは物理的にも統計的にも不可能である。
本質的な定住促進と少子化対策に必要なのは、前述の参議院報告書が指摘するように、若年層が抱える「継続的な経済的困難の軽減」である。
住宅取得時の一時的な補助金は、それ自体が市外からの転入や新たな世帯形成の強力な呼び水にはならない。
限られた市の財源(予算)と行政のマンパワーを、政策的死荷重を生み出しやすく、法的リスク(自治会加入要件等)を抱えるハード面への一時金支援に投じるべきではない。
結論と提言
以上の多角的な批判的分析より、弥富市の「三世代同居・近居住宅支援補助金」は、行政計画として以下の三重の破綻を来していると結論づけられる。
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経済的インセンティブの破綻 数千万円を要する住宅取得や数百万円のリフォームに対し、上限20万円という補助額は行動変容を促すインセンティブとして全く機能しない。結果として、政策の対象者は元々同居を予定していた層に偏り、単なるフリーライダーに対する移転所得(死荷重)と化している。
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コンプライアンス上の破綻 「自治会等の地域コミュニティへの加入」を補助金の交付要件とすることは、最高裁判例で確立された「権利能力なき社団への加入の任意性」を蔑ろにし、市民の結社の自由を経済的利益で間接的に制約するものであり、重大な法的リスク(住民訴訟や行政不服審査のリスク)を孕んでいる。
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政策トレンドとの乖離とマクロ的無効性 全国の自治体が同種事業の効果の乏しさとニーズのミスマッチを認め、次々と廃止・終了へと舵を切る中、陳腐化した施策を維持することは行政の怠慢である。弥富市が抱える「人口3割減」という本格的な人口減少と社会減の危機に対して、年間8件・予算160万円規模の事業はアリバイ作りに過ぎず、有効な処方箋たり得ない。
弥富市をはじめとする地方自治体は、旧態依然とした「ハコモノ・住環境整備偏重」の少子化・定住対策から一刻も早く脱却しなければならない。
本施策については、全国の先進的な自治体(高石市、ひたちなか市、入間市、蒲郡市など)の事例に倣い、速やかに新規受付を終了させるべきである。
そして、そこで浮いた行政リソース(審査にかかる人件費)および財源を、市民が真に求めている子育て世代の日常生活における継続的な経済負担軽減策(家賃補助の創設、医療費無償化枠の拡大、学校給食費の助成など)へと大胆に再配分することが、地域社会の持続可能性を担保する真の定住促進に向けた喫緊の課題である。
