当初想定から約50億円規模へと事業費が膨張した愛知県弥富市の「弥富駅自由通路整備事業」。この巨額の公金支出を正当化する根拠として市が提示した「費用便益分析」の妥当性に今、重大な疑義が提起されている。

本来適用すべき客観的な指標を回避し、過大評価を招きやすい主観的アンケート手法(CVM)を強行した背景には何があるのか。

本報告書は、国の指針を逸脱した不自然なデータ操作の実態と、応益負担の原則を歪めた行政ガバナンスの崩壊を専門的見地から浮き彫りにし、客観的再評価の必要性を提示する。

需要予測とB/C(費用便益比)操作のメカニズムについて

市民: 自由通路が整備されると、1日にどれくらいの人が利用する想定なのですか? そのうち、純粋に駅の南北を通り抜けるだけの歩行者は何人ですか?

専門家: 市議会等の答弁資料によると、1日合計約6,000人(JR利用者2,900人、名鉄利用者2,800人、その他300人)を想定しています。

つまり、利用者の約95%は鉄道の乗り換え客や駅の利用客であり、鉄道を利用せずに純粋に南北を通り抜けるだけの市民は、わずか300人に過ぎません。

市民: 国の標準的な評価手法である「歩行者の時間短縮便益(迂回しなくて済む時間=1分約40円)」を使って計算しなかったのはなぜですか?

専門家: 客観的な手法を使うと、事業の経済的妥当性を証明できなくなるからです。純粋な歩行者300人の時間短縮便益で計算すると、50年間の総便益は約5.6億円にとどまります。

これでは約46億〜50億円にまで膨張した総事業費を到底上回ることができず、国庫補助金の採択基準である「費用便益比(B/C)1.0」を大幅に割り込んでしまいます。

行政側としては、補助金申請の根拠を失うわけにはいかなかったのでしょう。

市民: 鉄道利用者を含めた6,000人全員で計算すれば、便益は大きくなるのではないですか?

専門家: 確かに6,000人で計算すれば50年間で約112億円の便益になります。

しかし、その便益の95%は鉄道利用者に帰属するものです。

本来、利益を得る者が費用を負担すべきという「応益負担の原則」に照らせば、これを市が全額公費で負担する事業の便益としてそのまま計上することには、極めて強い疑義が生じます。

市民: だから、実際の行動データに基づかない「CVM(仮想市場評価法)」というアンケート手法が選ばれたのですね?

専門家: その通りです。「B/Cが1.0を超えない」という致命的な壁を突破するため、CVMの構造的脆弱性が悪用されたと考えられます。

CVMを使えば、実際に自由通路を歩かない大多数の市民(車社会で駅を利用しない郊外の住民など)に対しても「景観が良くなることにいくら支払いますか?」とアンケートができます。

指針で厳しく禁じられている「利用実態のない地域を含めた調査範囲の拡大」を行い、市の全世帯数を掛け合わせることで、総便益を数学上無限に膨張させ、人為的にB/Cを1.7まで引き上げることが可能になったのです。

応益負担の原則からの逸脱と行政のガバナンス不全について

市民: 利用者の95%が鉄道利用者なら、それは実質的に「駅舎の一部」ですよね。

当然、利益を得る民間企業(JR東海・名鉄)が事業費の相当部分を負担すべきではないですか?

専門家: おっしゃる通りです。地方自治法や行政運営の基本原理である「応益負担の原則」に従えば、それが当然の帰結です。

しかし弥富市は、CVMを援用して「この事業は広く市民全体が景観や存在価値という便益を享受する都市基盤整備である」というフィクションを構築しました。

これにより、特定企業の営業用インフラとしての性格が強い事業に対し、巨額の整備費を全額市民の税金で負担する体制を正当化している疑いが強いと言えます。

市民: 鉄道会社との協定内容や、事業の進め方は適正と言えるのでしょうか?

専門家: 極めて不平等であり、適正な審査や競争入札を経ない業者主導の執行となっているのが実態です。

完成後の所有権は市が持ち、将来にわたる莫大な維持管理費を永久に負担する協定となっています。

さらに、自由通路本体とは関係のない「本来移転が不要なJR単独の雨量計設備」のケーブル移設に対しても、市場相場から乖離した約51万3千円もの高額請求を無批判に公費から支出した事案も確認されています。

市民: 住民監査請求が出された際、市の監査委員は機能しなかったのですか?

専門家: 残念ながら機能していません。市の監査委員が現場確認を行おうとした際、JR側から「保安上の理由」で立ち入りを拒否されました。

すると監査委員はそのまま実態調査を放棄し、請求を棄却してしまったのです。

これは、市が民間事業者に対して適切な牽制機能を果たせず、独立した第三者機関による行政統制機能が完全に崩壊していることを如実に物語っています。

【要約】弥富駅自由通路整備事業における費用便益分析の問題点

1. 背景と問題の所在 愛知県弥富市の「JR・名鉄弥富駅自由通路整備事業」は、当初約30億円だった事業費が約50億円規模に膨張しています。市は事業の妥当性を示すため「費用便益分析」を行い、費用便益比(B/C)を1.7と算出していますが、その計算に主観的なアンケートに頼る「仮想市場評価法(CVM)」が採用されたことに対し、住民監査請求や訴訟で重大な疑義が提起されています。

2. 評価手法選択の不当性(指針逸脱) 国土交通省のマニュアルでは、自由通路のような交通インフラの便益は、客観的なデータに基づく「歩行者の時間短縮便益」で算出するのが標準です。主観が入り過大評価されやすいCVMの適用は「他手法が困難な場合の最終手段」と厳しく制限されています。本事業は客観的データでの算出が容易であるにもかかわらず、十分な比較検討なしにCVMへ直行しており、国の指針を逸脱しています。

3. 便益の意図的な膨張とデータ操作の疑い 自由通路の利用者の約95%は鉄道乗り換え客等であり、純粋な通り抜け歩行者はごくわずかです。そのため、客観的な「時間短縮便益」で計算するとB/Cは基準値の1.0を大幅に下回り、事業継続や補助金申請の根拠を失います。これを回避するため、市はCVMを悪用して利用実態のない全市民まで調査対象(集計範囲)を広げ、便益(景観向上など)を人為的・数学的に膨張させた疑いが濃厚です。

4. 応益負担の原則違反とガバナンス不全 利用実態から見れば、便益の大部分を享受する鉄道事業者(JR東海・名鉄)が費用を負担すべき(応益負担の原則)です。しかし、市はCVMの悪用によって「広く市民全体が便益を得る」という建前を作り、巨額の整備費の全額公費負担を正当化しています。不当な協定内容や市監査委員の機能不全も重なり、行政の統制機能が崩壊しています。

5. 結論 弥富市が行ったCVMによる費用便益分析は、客観性や透明性が欠如しており、国庫補助金申請の根拠として重大な瑕疵があります。巨額の公金支出の妥当性を問うためには、主観的なアンケートを排除し、実際の行動データに基づく客観的な手法(時間短縮便益等)での再評価(リ・アセスメント)が不可欠です。

令和7年度 弥富駅自由通路整備事業における費用便益分析の妥当性と各種計測手法の比較検討に関する専門調査報告

序論:本件事業の背景と費用便益分析を巡る行政統制の課題

愛知県弥富市において推進されている「JR・名鉄弥富駅自由通路整備および橋上駅舎化事業」は、長年にわたり市街地を南北に分断してきた鉄道路線による物理的障壁を解消し、歩行者や自転車の安全確保、バリアフリー化の推進、および交通結節点機能の飛躍的な向上を企図した大規模な都市基盤整備事業である

本事業は、地域の悲願として第2次弥富市総合計画の主要施策にも位置付けられており、令和4年4月には鉄道事業者(JR東海等)との間で工事協定等が締結され、本格的な事業執行の段階へと移行した   

しかしながら、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大に伴う資源供給網の寸断や、昨今の不安定な世界情勢を背景としたエネルギー価格および建設資材価格の異常な高騰といった予期せぬ外部要因が重なり、事業費は当初想定されていた約30億円から大幅な増額修正を余儀なくされ、現在では総額約46億円から50億円規模に達する巨額の財政支出を伴うプロジェクトへと変貌を遂げている。このように当初計画から著しく乖離した投資規模への膨張は、地方自治体の財政運営において極めて重い負担となるため、その事業実施の是非や財政支出の妥当性について、これまで以上に厳格かつ客観的な経済評価が求められる状況となっている。   

こうした中、弥富市は本事業の執行および国土交通省に対するまちづくり交付金・都市再生整備計画等に基づく国庫補助金の申請根拠として、費用便益分析(Cost-Benefit Analysis: CBA)を実施し、その指標となる費用便益比(B/C)を約1.7と算出することで、事業の社会経済的な正当性を主張している

特筆すべきは、この便益計測の核となる手法として、市場で価格が形成されない環境や景観などの非市場財を評価するための「仮想市場評価法(CVM:Contingent Valuation Method)」が採用されている点である   

現在、このCVMの適用妥当性を巡り、市民から提起された令和7年度分の住民監査請求および住民訴訟において極めて重大な疑義が提示されている。請求の核心は、本来、都市計画道路や特殊街路(自由通路)、横断歩道橋といった交通インフラの便益評価においては、利用者の移動時間短縮等の客観的な行動変化に基づく手法が国土交通省のマニュアル等で標準とされているにもかかわらず、主観的なアンケート結果に依存し便益を過大に推計しやすいCVMを、他手法との十分な比較検討を経ることなく安易に選択・適用したのではないかという点にある

国土交通省が定める「仮想的市場評価法(CVM)適用の指針」においては、CVMが適用可能であるという事実のみをもって安易にこれを用いることを厳しく戒めており、旅行費用法、ヘドニック法、便益移転法などの複数の便益計測手法を比較検討した上で、他の手法の適用が困難な場合に限ってCVMの適用を妥当と判断すべきであるとの厳格なチェックポイントが設けられている   

本報告書は、公共政策評価、都市経済学、および行政監査の専門的見地から、国土交通省の各種費用便益分析マニュアルおよびCVM適用の指針を網羅的に紐解き、都市インフラたる自由通路整備事業に対して適用可能な各種便益計測手法の理論的背景と実務的制約を整理する。

その上で、弥富駅自由通路事業における評価手法の選択プロセスを検証し、本件における財務会計行為の法的・経済的妥当性と、そこに潜む構造的なガバナンスの課題を浮き彫りにすることを目的とする。

公共事業における費用便益分析の体系と道路・街路事業の標準的評価

費用便益分析(CBA)は、資源の希少性を前提に、限られた公的資金の配分を最も効率的かつ社会的な厚生を最大化するように決定するための経済的評価手法である。

事業の実施によって社会全体が将来にわたって享受するあらゆる「便益(Benefit)」と、建設や維持管理に要する「費用(Cost)」を、特定の社会的割引率を用いて現在価値に換算し、両者を比較検証する   

国土交通省の「都市再生交通拠点整備事業に係る費用便益分析マニュアル(案)」等によれば、社会的割引率は原則として年率4%を使用し、評価の基準年次を現在とした上で、建設期間に加えて供用後40年間(または50年間)を検討年数として設定することが標準的なルールとされている

算出された現在価値化された総便益を総費用で除した費用便益比(B/C)が1.0を上回ることが、事業実施の最低限の経済的妥当性を示す要件となる   

自由通路・交通結節点における客観的な便益計測の基本構造

公共事業の中でも、道路、街路、駅前広場、そして本件の対象である自由通路(歩行者専用道)といった交通インフラストラクチャーは、市場で直接的に入場料や通行料として取引される財ではない。

しかし、利用者の「物理的な移動」という観測可能な行動変化を伴うため、その行動を市場価値(貨幣価値)に換算する「顕示選好(Revealed Preference)」に基づく客観的なデータからの便益算出が古くから確立されている。

国土交通省の「費用便益分析マニュアル(道路・街路事業)」や前述の都市再生関連マニュアルによれば、自由通路や駅前広場上のデッキ整備によって発生する最も主要かつ直接的な便益は、「歩行者の時間短縮便益」であると明確に定義されている

自由通路が整備されることで、これまで駅の表側と裏側の間を移動するために遠方の踏切まで迂回を強いられていた歩行者や自転車、あるいは駅前広場を横断してバスやタクシー等の他の交通機関へ乗り換える旅客が、移動に要する時間を大幅に短縮できる効果を貨幣価値として捉えるものである   

この歩行者時間短縮便益の算出は、極めて客観的かつ論理的な数式に基づいて行われる。マニュアルに示された基本的な計算構造は以下の通りである   

便益額(B)= Σ(歩行者数 N)×(平均歩行短縮時間 Δt)×(時間価値原単位 α)

ここで用いられる各変数は、主観が入り込む余地のない物理量や公的な基準値で構成される。歩行者数(N)は、バス利用、タクシー利用、徒歩等の交通手段ごとに推計された1日あたりの鉄道乗り換え利用者数や通り抜け歩行者数を用いる。

平均歩行短縮時間(Δt)は、「整備なし」の現況における迂回ルートの距離と、「整備あり」の計画図面上の直線的なルートの距離の差分を、標準的な歩行速度(マニュアルでは平面移動で概ね85メートル/分と定義)で除して算出される。

時間価値原単位(α)については、1分あたり約40円という全国一律の基準値が適用される。この1日あたりの便益額を365日(平日・休日の利用動向の違いを考慮する場合はそれぞれの平均日数を乗じる)に拡大することで、年間便益が算出される   

さらに、道路や連続立体交差事業の文脈においては、歩行者の迂回解消だけでなく、踏切の除却等に伴う車両の「走行時間短縮便益」、燃料消費の減少等による「走行経費減少便益」、および踏切事故や平面交差での接触事故の減少による「交通事故減少便益」が客観的な統計データから計上される   

これらの標準的な手法は、利用者の実際の交通需要推計と空間的な距離という物理的証拠に基づくため、分析者の恣意性が介入しにくく、第三者による事後的な検証(監査)が極めて容易であるという決定的な長所を有している。

非市場財の価値と多様な便益計測手法の理論的背景

前述のような行動変化を伴う直接的な利用価値とは異なり、公共事業には「都市景観の向上」「自然環境の保全」「歴史的遺産の保護」といった、市場価格が存在せず、かつ利用者の明確な行動変化として現れにくい外部効果(非市場財)が存在する。

特に、都市再生を目的とした交通結節点整備においては、単なる移動の効率化だけでなく、広場機能の向上による滞留・交流機会の増大や、都市のシンボル性向上といった効果も期待される   

国土交通省の「仮想的市場評価法(CVM)適用の指針」をはじめとする各種評価体系では、こうした非市場財の価値を計測するための手法として、CVMの他に「旅行費用法(TCM)」、「ヘドニック法(HPM)」、「便益移転法・原単位法」、および「代替法(代替費用法)」等の複数のアプローチが体系化されている

事業評価を適切に行うためには、評価対象とする事業の効果を網羅的に特定した上で、過大評価とならないよう、事業特性に最も合致した計測手法を選択することが実務担当者に強く求められている   

それぞれの代替手法の理論的構造と、都市インフラ(自由通路)に対する適用可能性について以下に詳細な比較検討を行う。

旅行費用法(TCM:Travel Cost Method)

旅行費用法は、人々が特定のレクリエーション施設や自然公園等を訪問するために費やした「交通費」や「移動に要した時間的コスト」の総計を、その施設がもたらす便益(直接的利用価値)であると見なして逆算する手法である

この手法は、出発地別の来訪者数と旅行費用という客観的な行動データを用いて需要曲線を推定するため、分析の恣意性が比較的少なく、結果の妥当性を確認しやすいという大きな利点がある   

国土交通省の指針においても、都市公園事業や港湾緑地整備などの評価において、旅行費用法の適用がマニュアルで示されていることが明記されている

しかしながら、旅行費用法はあくまで「その場所を目的地としたレクリエーション行動」に結びつく価値の分析を前提としている

日常的な通勤、通学、買い物等のために「通過」するインフラである駅の自由通路においては、自由通路そのものを最終目的地として遠方から多額の旅行費用をかけて来訪する主体を想定することは理論的に不可能である。

したがって、本件への適用は極めて困難であると結論付けられる。   

ヘドニック法(HPM:Hedonic Pricing Method)

ヘドニック法は、環境の改善やインフラの整備といった公共事業のもたらす効果が、最終的に周辺の不動産市場における「地価」や「住宅価格」に資本化(反映)されるという経済学の仮定に基づく手法である

地価等の客観的な統計データから便益を算出できるためデータの入手が比較的容易であり、騒音の減少やアクセスの向上といった要素ごとに便益を分解して計測できる強みを持つ   

鉄道による分断が解消され、これまでアクセスが不便であった駅裏側の利便性が向上すれば、その地域の地価は理論上上昇する。

したがって、ヘドニック法は自由通路整備の便益計測に対して十分に適用可能な手法である。

しかし、指針が指摘するように、地価を決定する要因には駅からの距離以外にも多数の要素が絡み合っており、説明変数間に強い相関がある場合(マルチコリニアリティの問題など)は、事業効果のみを純粋に抽出する安定した関数の推定が専門的に困難を伴うケースがあることも事実である   

便益移転法・原単位法(Benefit Transfer)

便益移転法は、過去に実施された類似事業における既存の便益計測事例や分析結果から「便益原単位(一人当たりの価値など)」を抽出し、それを今回の評価対象事業に当てはめて便益を推計する手法である

独自のアンケート調査や複雑なデータ収集を行う必要がないため、比較的簡易かつ低コストで分析が可能であるという長所がある   

ただし、この手法が正当性を担保するためには、移転元となる既存事業と、今回の評価対象事業(弥富駅自由通路)との間に、地理的、社会的、経済的条件の極めて高い類似性が要求される

もし、過去に別の中規模都市で自由通路の景観向上便益が適正に計測された事例が存在すれば適用可能であるが、条件が完全に合致する事例を見出すことは実務上困難な場合が多い。   

代替法(代替費用法)

代替法は、事業によって得られる効果(環境保全など)と同等の機能を持つ代替財を、市場から人工的に調達・建設した場合にいくらの費用がかかるかを算出し、それを便益とみなす手法である

しかし、自由通路や都市景観の向上といった複合的な機能に対する適切な代替財(例えば、別の手段で街の南北を安全に回遊させる巨大なインフラ等)を設定することは現実的に極めて困難であり、本件にはなじまない   

仮想市場評価法(CVM)の特性と国土交通省指針による厳格な制約

上述した行動変化や市場データに基づく計測手法がいずれも適用困難である場合、あるいは事業の主たる目的が「そこに存在するだけで価値がある」という非利用価値(歴史的遺産の保全や、誰もが誇れる良好な環境の形成など)にある場合に、最終的な選択肢として浮上するのが仮想市場評価法(CVM)である   

CVMの基本構造とバイアスのリスク

CVMは、アンケート調査を用いて回答者に対し仮想的な市場状況を提示し、「この環境を守るため、あるいはこの景観を創出するために、あなたの世帯は最大いくらまで支払う意思があるか(支払意思額:WTP – Willingness to Pay)」を直接的に尋ねる手法である

この手法の最大の特長は、適用範囲が極めて広く、原則としてあらゆる効果(市場で取引されない利用価値から、非利用価値まで)を貨幣価値として対象にできる点にある

国土交通省のマニュアルにおいても、景観に関する満足度や好感度の向上といった、意識に与える効果についてはCVMを用いることが指定されているケースがある   

反面、CVMは実際の金銭の支払いを伴わない「表明好感(Stated Preference)」に基づくため、アンケートの設計や質問の仕方によって調査結果の信頼性に様々なバイアス(偏り)が入り込むという決定的な弱点を抱えている

人々は仮想的な状況において自己の支払意思額を過大に見積もる傾向があり(仮想仮説バイアス)、また調査の意図を誤認したり、提示方法によって特定の金額に誘導されたりするリスクが常に存在する   

「CVM適用の指針」が要求する厳格なチェックポイント

こうしたCVMによる便益の過大推計が、全国の事業評価監視委員会等の場でしばしば指摘され、公共事業の透明性に対する社会的な批判を招いた背景から、国土交通省は平成21年(2009年)に「仮想的市場評価法(CVM)適用の指針」を策定した   

本指針は、実務担当者がCVMを適用する際に最低限確認すべき事項を「チェックリスト」として厳格に定めている。

弥富駅における住民監査請求の妥当性を検討する上で、この指針が定める以下の主要なチェックポイントは極めて重要な判断基準となる   

CVM適用可否の検討プロセス(他手法との比較検討の義務付け)

指針の冒頭で最も強調されているのが、CVMの安易な適用の禁止である。「CVMはアンケート調査に基づく手法であり、あらゆる評価対象に適用可能である反面、調査結果の信頼性について様々な指摘がなされている。

そのため、CVMが適用可能であるというだけで安易にCVMを用いることのないよう、複数の便益計測手法を比較検討した上で、CVMを適用することが妥当と判断した場合にのみ、CVMを適用する必要がある」と明記されている

実務者は、前述した旅行費用法やヘドニック法などと比較し、利用者の行動変化等では効果を捉えることが著しく難しく、他の手法の適用が困難な場合に限ってCVMを選択したという明確な論拠を示さなければならない。   

調査範囲(集計範囲)の恣意的な拡大の禁止

CVMで推計された世帯あたりの支払意思額(WTP)は、最終的に調査対象地域の総世帯数を乗じることで総便益として集計される。

したがって、「どの範囲の住民までを便益の享受者とするか(集計範囲の設定)」が、便益額の大きさを決定的に左右する。 指針は、「事業の効果・影響の強さと及ぶ範囲の双方を勘案し、事業箇所のことを知っている人がほとんどいない、または利用実態がほとんど認められない地域を含まないよう調査範囲を適切に設定したか」を厳しく問うている

全国の人が知っているからといって調査範囲を全国に広げたり、駅の利用実態が全くない市外縁部の住民までを無差別に集計範囲に含めたりすることは、便益の極端な過大推計につながるため原則として避けるべきとされている   

支払意思額(WTP)の厳守と受入補償額(WTA)の排除

金額を尋ねる方法には、支払意思額(WTP)のほかに、「この環境が失われるとしたら、いくらの補償を受け取れば納得するか」を尋ねる受入補償額(WTA)が存在する。

しかし、行動経済学的な損失回避性の観点から、WTAはWTPよりも著しく大きな値になることが知られている。

そのため指針は、「便益の過大推計を避けるため、CVMで金額を尋ねる際には、受入補償額ではなく支払意思額を用いたか」を必須のチェック項目としている

また、支払手段についても、抵抗回答を誘発しやすい追加税などではなく、回答者にとって分かりやすくバイアスの小さい手段を複数比較検討して設定することが求められる   

弥富駅自由通路事業における計測手法の比較と妥当性評価

これまでのマニュアルおよび指針の体系を踏まえ、弥富駅自由通路整備事業に対して、どの便益計測手法が本来適用されるべきであったか、そしてCVMの適用が妥当であったかを客観的に比較・検証する。

以下の表は、自由通路事業に対する各手法の適用可能性を整理したものである。

計測手法 当該インフラ(自由通路等)の便益評価に対する適用可能性および適合性 指針等における位置づけと評価上の課題
歩行者時間短縮便益

極めて高い(本来的手法)

駅南北の迂回解消による移動時間短縮は、自由通路の最も直接的かつ観測可能な効果である。設計図面と交通需要推計があれば容易に算出可能。

道路・街路マニュアルにおける標準的手法。恣意性が介入せず、B/Cの客観性が最も高く担保される

ヘドニック法(HPM)

適用可能(条件付き)

駅裏側のアクセス改善に伴う利便性向上が、周辺の地価上昇として客観的に現れるため、理論上は評価に適している。

既存の地価データから算出可能であるが、地価変動要因の切り分け(マルチコ等の統計的処理)に専門的知見を要する

旅行費用法(TCM)

適用困難

日常の通過施設である駅インフラに対し、そこを最終目的地とした旅行費用を観測することは理論的枠組みと乖離する。

レクリエーション施設等への適用が前提であり、交通インフラへの適用は不適切

便益移転法・代替法

適用困難

類似の社会的条件を持つ既存事例を見出すことが難しく、また代替となる巨大インフラを想定することも非現実的。

手法適用に必要な前提条件(同一性の高い既存事例や代替財の存在)を満たすことが困難

仮想市場評価法(CVM)

適用に重大な懸念あり(最終手段)

自由通路の「景観向上」等を非利用価値として問うことは可能だが、時間短縮便益という明確な利用価値が計測可能である以上、指針の「他手法が困難な場合」という適用要件を満たさない。

主観的アンケートによるため過大評価のリスクが極めて高い。集計範囲の恣意的な拡大によりB/Cを人為的に操作し得る

  

分析プロセスにおける致命的な論理の飛躍

前述の比較表が示す通り、弥富駅自由通路の便益評価において第一義的に採用されるべきは、国土交通省マニュアルの標準である「歩行者の時間短縮便益」の算出である。

この手法は、利用者の行動変化(移動距離の短縮)に基づく客観的指標であり、CVMのような仮想的なバイアスが入り込む余地がない。

もし弥富市がCVMの適用を正当化するのであれば、国土交通省の指針に従い、「なぜ歩行者時間短縮便益を用いた客観的な計算では不十分であり、あるいは適用が困難であったのか」について、合理的かつ説得力のある根拠を提示する義務がある。

しかし、自由通路の設計図面が存在し、駅周辺の歩行者数の現況と将来推計が存在する以上、マニュアル通りの計算式(Σ N × Δt × α)を適用することは実務上極めて容易である。

行動変化として明確に効果を捕捉できるインフラに対して、客観的手法を意図的に回避し、主観的かつ過大評価のリスクを伴うCVMへと直行したというプロセスは、公共事業評価のガバナンスにおいて極めて特異であり、指針の趣旨を逸脱しているとの批判を免れない。

需要予測とB/C操作の構造的メカニズム

なぜ、客観的手法ではなくCVMが選択されたのか。

その背景には、事業費の膨張と実態需要の乖離という構造的な課題が存在すると推察される。

市議会等の答弁資料から明らかになった実態として、自由通路の想定利用者は1日合計約6,000人(JR利用者2,900人、名鉄利用者2,800人、その他300人)とされている

ここで極めて重要な事実は、自由通路を利用する者の約95%が鉄道の乗り換え客や駅の利用客であり、純粋な「自由通路としての歩行利用者(鉄道を利用せず単に南北を通り抜けるだけの市民)」は、わずか300人に過ぎないという点である   

仮に、標準的な「時間短縮便益(1分あたり約40円の価値)」を用い、短縮される歩行時間を一人あたり6分と仮定して便益を計算してみる。

純粋な歩行者300人のみの場合、得られる年間便益は約2,628万円(1日あたり7万2,000円)となり、社会的割引率4%を用いて50年間の現在価値に割り引いた総便益は、約5億6,455万円にとどまる

一方で、鉄道利用者を含む全利用者6,000人を合算して計算した場合は、年間便益約5億2,560万円、50年間の現在価値にして約112億9,103万円が算出される

しかし、この莫大な便益の95%は鉄道の乗り換え客等に帰属するものであり、後述する応益負担の原則に照らせば、市が全額公費で負担する事業の便益としてそのまま計上することには強い疑義が生じる。

結果として、市が正当に拠り所とすべき純粋な歩行者の便益(約5.6億円)だけでは、増額を重ねて約46億円から50億円に達した総事業費 を上回ることは到底不可能であり、費用便益比(B/C)は採択基準である「1.0」を大幅に割り込む公算が大きい。

客観的な手法を用いた場合、この事業は経済的妥当性を証明できず、事業認可や国庫補助金申請の根拠を失うことになる。   

この「B/Cが1.0を超えない」という致命的な数理的壁を突破する手段として機能したのが、CVMの恣意的な運用である。

CVMを用いれば、実際に自由通路を歩行しない大多数の市民(車社会で駅を利用しない郊外の住民など)に対しても、「駅周辺が整備され景観が良くなることに対し、いくら支払いますか?」というアンケートを実施することが可能となる。

そして、指針が厳しく禁じている「利用実態がほとんど認められない地域を含めた調査範囲の拡大」 を行い、例えば弥富市の全世帯を「集計範囲」として設定してしまえば、少額の支払意思額(WTP)であっても全世帯数を乗じることで、総便益を数学上無限に膨張させることが可能になる。   

住民監査請求において指摘されている「巨額の投資を正当化するために巧妙なデータ操作を行った疑い」や「誘導的なアンケートによる民意のハイジャック」といった批判は、まさにこのCVMが持つ構造的脆弱性を突いたB/Cの人為的引き上げ(1.7という数値の算出)に向けられたものと解釈できる   

応益負担の原則からの逸脱と行政機能の不全

本件の事案は、単なる評価手法の技術的な選択ミスにとどまらず、地方自治体の財務行政における根本的なガバナンス不全を示唆している。

前述の通り、利用者の95%が鉄道利用者であるならば、この自由通路は実態として「駅舎の一部(鉄道事業者のための営業用インフラ)」としての性格が極めて強い

地方自治法や行政運営の基本原理である「応益負担の原則」に照らせば、便益の大部分を直接享受する民間企業(JR東海・名鉄)が、事業費の相当部分を負担するのが当然の帰結である

しかし、弥富市はCVMを援用して「この事業は広く市民全体が景観や存在価値という便益を享受する都市基盤整備である」というフィクションを構築することで、巨額の整備費を全額公費(市民の税金)で負担する体制を正当化している疑いが強い   

完成後の所有権を市が持ち、将来にわたる莫大な維持管理費を永久に負担するという極めて不平等な協定内容や、自由通路本体工事とは直接関係のない「本来移転が不要なJR単独の雨量計設備」のケーブル移設に、市場相場から乖離した約51万3千円もの高額請求を無批判に公費から支出した事案 は、適正な審査や競争入札を経ない業者主導の事業執行の象徴である。

さらに、住民監査請求の過程において、市の監査委員が現場確認を行おうとした際、JR側から「保安上の理由」で立ち入りを拒否され、監査委員が実態調査を放棄して請求を棄却したとされる事態は、市が民間事業者に対して適切な牽制機能を果たせず、独立した第三者機関による行政統制機能が完全に崩壊していることを如実に物語っている。   

結論と総括

本報告書は、令和7年度分のJR弥富駅自由通路整備事業に関する住民監査請求等の内容を基に、国土交通省の費用便益分析マニュアルおよび仮想的市場評価法(CVM)適用の指針と照合し、その手法選択の妥当性を網羅的に検証した。

分析の結果、以下の結論を提示する。

第一に、自由通路のような移動時間短縮という明確な行動変容を伴うインフラ整備においては、国土交通省のマニュアルに準拠した客観的データに基づく「歩行者時間短縮便益」の算出が本来的かつ第一義的な評価手法である。

第二に、国土交通省の「CVM適用の指針」は、他手法による便益計測が困難な場合に限り、厳格な条件の下でCVMの適用を許容している。

しかし、本件においては客観的データ(需要推計や歩行距離)による計測が十分に可能であるにもかかわらず、その比較検討プロセスを適切に経ることなくCVMへと直行した可能性が高く、指針の適用要件を根本的に満たしていない。

第三に、利用者の95%が鉄道旅客であり、純粋な歩行利用者が極めて少数であるという実態下において、総額約50億円に迫る事業費のB/Cを1.0以上に引き上げるためには、CVMの恣意的な運用(非利用価値の過大評価と、集計範囲の不当な拡大)が数学的に不可欠であった構造が浮き彫りとなった。

これは、政策評価ツールとしての費用便益分析の本来の目的(事業実施の客観的判断)を逸脱し、特定事業を推進するための後付けの正当化手段(目的外利用)として悪用された疑いが極めて濃厚である。

以上の点から、弥富市が国土交通省への補助金請求等において根拠としたCVMによる費用便益分析は、客観性、透明性、および国が定める指針への準拠性というあらゆる観点において重大な瑕疵を含んでいる。

本件における巨額の公金支出の妥当性を立証するためには、主観的なアンケート結果を排し、利用者の実際の行動データに基づく標準的かつ客観的な手法(歩行者時間短縮便益等)による再評価(リ・アセスメント)の実施が不可欠である。

 

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仮想的市場評価法(CVM)適用の指針 – 国土交通省

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仮想的市場評価法(CVM)適用の指針(案) – 国土交通省

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仮想的市場評価法(CVM)適用の指針(案) – 国土交通省

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都市再生総合整備事業の新規採択時評価マニュアル案 – 国土交通省

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都市再生交通拠点整備事業に関する 費用便益分析マニュアル(案)

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山梨県 費用便益分析マニュアル 平成21年11月 山梨県 県土整備部

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渋谷駅街区北側自由通路整備事業

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仮想評価法(CVM)のバイアス問題に関する調査 – 統計数理研究所

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景観まちづくり刷新支援事業 費用便益分析マニュアル 平成30年3月 国土交通省 都市局 公園緑地

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