巨大災害リスクと、新たな広域インフラの到来——。海抜ゼロメートル地帯に位置する愛知県弥富市の都市計画は今、抜本的なパラダイムシフトを迫られています。
本稿が提唱するのは、完成までに数十年を要する「一宮西港道路」の整備プロセスと、不可避とされる「南海トラフ巨大地震」への対策を統合的に捉える「システム化」の概念です。
土を盛る従来型の防災対策が孕む地盤工学的なリスクを明らかにし、最新技術による防御思想への転換から、車中泊や長期避難を可能にする次世代防災拠点「命山」の創出まで、弥富市が生き残るための戦略的最適解を紐解きます。
弥富市次期都市計画マスタープランに関する考察サマリー
本稿は、海抜ゼロメートル地帯である愛知県弥富市の次期都市計画マスタープランにおいて、「一宮西港道路の整備」と「南海トラフ巨大地震等の広域災害リスク」という2つの巨大な外部要因を統合的に捉える「システム化(時間軸と空間軸の統合)」の必要性を論じています。
1. インフラ完成「前」の戦略的都市計画(一宮西港道路関連)
巨大インフラは完成までに数十年の時間を要するため、事業化前の段階から都市をコントロールすることが不可欠です。
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スプロール化の抑止: インターチェンジ(IC)周辺の開発圧力を想定し、早期に「開発エリア(物流・産業)」と「保全エリア(農地等)」の境界を明確にするゾーニングを実施し、乱開発を防ぐ。
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将来用地の早期担保: 地価高騰や立ち退き補償費の増大を防ぐため、早い段階で都市計画法第53条(建築制限)の網をかけ、円滑な事業着手を担保する。同時に、住民には計画のメリット(防災力向上など)を丁寧に説明し合意形成を図る。
2. 災害外力(L1・L2)に対する防御思想の明確化
防災計画において、災害規模に応じた現実的な防御策への転換が求められます。
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L1(100年に1回規模): 水を「一切入れない(持ちこたえる)」防御。堤防の高さ維持と、液状化による沈下防止が絶対条件となる。
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L2(千年に1回等の最大クラス): 越水を「受け入れる」防御。弥富市のようなゼロメートル地帯では、越水しても「堤防を瞬時に決壊させない」ことで、住民が避難するための猶予時間(数時間〜半日)を確実に稼ぎ出す「粘り強い」構造への転換が重要である。
3. 軟弱地盤における地盤工学的リスクと新技術の適用
従来の「土を盛る」対策は、弥富市の超軟弱地盤においては致命的なリスクを伴います。
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従来工法(二線堤など)の限界: 重たい土を盛ると、地震時に液状化や側方流動(地盤が水平に滑る現象)を引き起こし、構造物自体が自壊する引き金となる。
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新技術(構造的最適解)の導入:
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荷重軽減と流動抑止: 重さをかけない「軽量盛土工法(EPS工法等)」や、堤防の沈下を防ぐ「二重鋼矢板工法」を採用する。
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越水対策: L2対策として、エアーブロー(内部の空気圧による自己破壊)を防ぎつつ洗掘を防止する「透気防水シート(ブリーザブルシート)」で堤体を覆う。
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4. 次世代防災拠点「命山(いのちやま)」の創出
インフラ整備と防災を融合させた、新たな避難拠点の提案です。
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既存の避難タワーの限界: 車両でのアクセスができず、長期の浸水(水が引かない閉鎖型水害)時の長期滞在や物資集積には不向きである。
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「命山」の優位性: 一宮西港道路の建設発生土や最新の地盤改良技術(軽量盛土、透気防水シート等)を活用し、IC周辺に広大な人工の高台(命山)を整備する。これにより、車中泊避難、長期滞在、広域支援物資の集積拠点としての機能を実現する。
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財源の確保: マスタープラン内でインフラ整備と連動した防災拠点として位置づけることで、国庫補助等のスキームを引き出しやすくなる。
【結論】 弥富市の次期マスタープランは、単なる土地利用計画にとどまらず、インフラ変容と巨大災害リスクを時間・空間軸で統合した戦略文書であるべきです。重力(盛土)への依存から脱却し、科学的根拠に基づいた新技術の導入と「命山」の構築を進めることで、真に強くしなやかな防災都市への変貌が可能となります。
弥富市次期都市計画マスタープランに向けた都市基盤整備と広域防災戦略の総合的考察
1. 序論:次期マスタープランに求められる「システム化」と時間軸の再定義
愛知県弥富市は、木曽川水系と伊勢湾に面する広大な海抜ゼロメートル地帯に位置し、豊かな水郷・田園環境と、名古屋港を後背に持つ広域物流拠点という二面性を有する都市である。
現行の「弥富市都市計画マスタープラン(2019〜2028年度)」においては、「コンパクトな都市づくり」や「自然豊かな都市づくり」といった方針が掲げられている。
しかしながら、社会情勢の劇的な変化や予測される巨大災害を前に、都市の骨格を根本から変容させる二つの巨大な外部要因を統合的に捉え、都市計画を再構築する必要に迫られている。
第一の要因は、一宮ジャンクションから伊勢湾岸自動車道までを南北に結ぶ高規格幹線道路「一宮西港道路」の整備計画である。
第二の要因は、今後30年以内、あるいはその後の100年スパンにおいて極めて高い確率で発生が予測される南海トラフ巨大地震と、それに伴う津波・高潮・液状化という複合的な広域災害リスクである。
次期マスタープランの見直しにおいて最も重要となるのは、これらの要素を個別の事業として扱うのではなく、時間軸と空間軸を統合した「システム化」の概念を導入することである。
システム化とは、道路の完成「後」の姿を描くだけでなく、完成「前」の数十年に及ぶ事業期間中の都市のあり方を定義し、同時にL1(100年に1回程度の外力)とL2(想定最大規模の外力)という異なる災害シナリオに対する構造的・非構造的な防御思想を組み合わせることを意味する。
本稿では、このシステム化の観点から、長期間にわたる事業化前の都市計画的対応、軟弱地盤上における二線堤(土堤防)の限界と液状化・側方流動リスクの工学的評価、機能性シートや軽量盛土などの新技術の適用、さらには建設発生土を活用した次世代防災拠点「命山(いのちやま)」の構築に向けた戦略的アプローチを網羅的に考察する。
2. 一宮西港道路の整備:完成「前」を見据えた都市計画的アプローチ
延長約28km、4車線の自動車専用道路となる一宮西港道路は、完成すれば所要時間を大幅に短縮し、弥富市内に設置が想定されるインターチェンジ(IC)を通じて、絶大な広域物流支援効果や災害時の緊急輸送路としての機能をもたらす。
しかし、このような巨大インフラ整備には数十年単位の時間を要するため、都市計画において「完成後の状態」を定義するだけでは不十分である。
インフラが建設途上にある「完成前の状態」をいかに管理し、地域の混乱を防ぎながら段階的に都市の価値を創出するかが、次期マスタープランの成否を分ける。
2.1. インフラ整備期間におけるスプロール化の抑止と戦略的ゾーニング
インターチェンジの開設が具体化すると、一般的にその周辺1〜2キロ圏内は大規模商業施設や物流施設、工業団地の強烈な立地圧力(開発圧力)にさらされることとなる。
弥富市は現行計画において「水郷・田園環境の特性を活かした豊かな『農』の空間形成」を謳っており、無秩序な開発を放置すれば、優良農地の喪失、スプロール化による住環境の悪化、および既存の生活道路への大型車両流入による交通インフラの容量不足を招く危険性が高い。
このため、次期マスタープランでは、道路の完成を待つことなく、早期にIC周辺のゾーニングを明確化するシステム化が求められる。
具体的には、ICから直結する幹線道路(国道1号や国道23号など)の沿線を「物流・産業系ゾーン(特定用途誘導地区)」として指定し、計画的な企業誘致を図る一方で、保全すべき優良農地や金魚の養殖池については、生産緑地制度等と連携して厳格に開発を抑制する「防波堤」を構築する。
全域を漫然と開発対象とするのではなく、開発エリアと保全エリアの境界を事業化前の段階で明確に提示することで、地権者の合意形成を促し、虫食い状の乱開発を未然に防ぐことが可能となる。
2.2. 都市計画法第53条等の網掛けによる将来用地の担保
道路事業およびそれに付随する防災拠点等の整備には、長期間にわたる用地買収プロセスが伴う。計画が公表された段階で周辺地価が高騰し、民間による建築物の開発が進めば、将来の事業実施時に膨大な立ち退き補償費と時間を要することになり、事業そのものが頓挫するリスクを孕んでいる。
このリスクを回避するためのシステム的対応として、事業着手前の早い段階で対象エリアを「都市計画施設」として決定し、都市計画法第53条に基づく建築制限の網をかけることが極めて有効である。
数十年に及ぶ計画期間中、対象区域の住民や地権者には一定の財産権の制約が生じる。
そのため、単なる「迷惑施設」として反発を招かないよう、道路整備がもたらす広域交通網の強化や防災力の向上といった「プラスの価値」を早期に言語化し、マスタープランを通じて地域社会との対話(リスク・コミュニケーション)を継続するプロセス設計が不可欠である。
3. 大規模災害に対する外力設定:L1とL2の防御思想の明確化
弥富市における今後の30年、あるいはその後の100年スパンを見据えた際、南海トラフ巨大地震の発生は避けられない前提条件として組み込まれなければならない。
確実性が8割であろうと2割であろうと、発生すれば都市構造を破壊し尽くす規模である以上、「ほぼ確実に起きる」という想定の下で都市計画を立案することが行政の責務である。
その際、防災計画における最大の焦点は「災害の規模(外力)」をどのように設定し、それに対してどのような防御態勢をとるかである。
現代の河川・海岸工学および防災行政においては、災害外力をL1(設計外力)とL2(想定最大規模)の二通りに明確に分けて考えることが標準化されている。
3.1. L1(100年に1回規模)における「持ちこたえる」防御
国土交通省等の基準におけるL1は、概ね数十年から100年に1回程度発生する確率の津波や高潮、洪水を指す。
このレベルの外力に対しては、構造物(堤防や護岸)が完全に「持ちこたえる」ことが要求される。
すなわち、越水を一切許さず、市街地へ水を入れないことが絶対的な前提となる。
L1に対する防御において重要になるのは、第一に「堤防の高さ」であり、第二に「地震時の液状化に伴う沈下の防止」である。
強震動によって堤防を支える軟弱地盤が液状化すれば、自重によって堤防が沈下し、本来防げるはずであったL1クラスの津波や高潮の越水を許してしまう。したがって、L1対策の成否は、現時点での液状化対策技術の導入状況に直結していると言える。
3.2. L2(最大クラス)における「受け入れる」防御と浸水シミュレーションの解釈
一方、L2は千年に1回、あるいは発生頻度は極めて低いが、発生すれば甚大な被害をもたらす最大クラスの外力を指す。
L2に対しては、「水を一切入れない」という前提を放棄し、越水や浸水が発生することを前提とした上で、構造物が壊滅的に破壊されることを防ぎ、避難時間を稼ぐ「粘り強い」構造への転換が求められる。
このL2シナリオにおいて、弥富市のハザードマップは全域が真っ青(広範囲で1mから最大5mの浸水)となる予測図を示している。
しかし、ここで重要となるのは「時間の経過」に対する解釈である。
伊勢湾台風の際のように、海抜1.2mの満潮時に堤防が一箇所でも決壊すれば、ゼロメートル地帯である弥富市は短時間のうちに海抜高度までの海水流入に見舞われる。しかし、「堤防が越水する」ことと「堤防が決壊する」ことは同義ではない。
愛知県等が実施したシミュレーションデータに基づくと、浸水は瞬時に起こるわけではない。
| 災害フェーズ | 愛知県シミュレーションに基づく弥富市における浸水の時間的推移 |
|---|---|
| 地震発生直後 |
最大震度7。広範囲で液状化(PL値15以上)が生じ、道路網が寸断される。 |
| 発災後 81分 |
津波の第一波が到達し始める。高齢者の歩行速度(約1.06km/h)では、この時間内での徒歩による圏外脱出は物理的に不可能に近い。 |
| 発災後 4時間 |
市域の大部分が浸水域に覆われ始める。 |
| 発災後 12時間 |
南部の臨港地区を除き、市域のほぼ全域が30cm以上の浸水域となる。 |
| 最終的な最大浸水 |
居住地の大部分で1m以上〜4m未満(局所的に5m)の水没。2階への垂直避難が事実上の死を意味するケースが多発。 |
| 発災後 1〜2週間 |
ゼロメートル地帯特有の「水が引かない(閉鎖型水害)」事象。市中部では168〜336時間に及ぶ長期の浸水が継続。 |
上記のデータが示す通り、「1時間や2時間でいきなり3メートルの水が全域に流れ込む」という事態は、堤防が大規模に決壊(破堤)しない限り発生しない。
81分で津波が到達し始めても、全域が30cm浸水するまでには12時間の猶予がある。
したがって、L2対策の核心は、越水したとしても「堤防が瞬時に崩壊・決壊しないための表面保護や補強」を施し、市民が退避するための数時間から半日の猶予を確実に担保することにある。
4. ゼロメートル地帯における二線堤構想の限界と地盤工学的リスク
L2の甚大な浸水被害を想定した場合、海岸部や河川の主要な一線堤の後方に、さらに「二線堤(Secondary Levee)」や輪中堤を構築し、氾濫を局所的に封じ込めるという考え方が古くから存在する。
木曽川や日光川、筏川といった大河川に囲まれた弥富市において、仮に一線堤が破堤した際、二線堤があれば内陸部への浸水を遅延・防御する効果は確かに大きい。
しかしながら、弥富市周辺(濃尾平野の海部・南陽エリアなど)において、従来のような「土を用いた巨大な二線堤」や盛土を新たに構築することは、費用対効果や実現性の問題以上に、地質工学的・耐震工学的な観点から致命的なリスクを孕んでいる。
4.1. 濃尾平野の地質特性と軟弱地盤の挙動
弥富市を含む濃尾平野の西縁部は、極めて厚い軟弱地盤(沖積粘土層および砂層)が堆積しているエリアである。
地下の地質構造を紐解くと、海部層や南陽層と呼ばれる海成粘土を主体とした地層が広く分布し、深い開析谷では地下数10mから最大100m超に達する極めて厚い粘土層(下部粘土層)や、水を豊富に含んだ上部砂層が互層をなしている。
この濃尾平野は自然状態でも地盤の傾動運動や堆積層の圧密により、弥富市周辺で年間平均約0.5mmの地盤沈下が観測されてきた歴史がある。このような超軟弱地盤(細粒分が多く、高含水比の粘性土層)の上に、通常の土を用いて二線堤や嵩上げのための「重たい土(盛土)」を載荷すると、単なる地盤沈下にとどまらない連鎖的な破壊現象が発生する。
| 現象のフェーズ | 重たい土(盛土)を軟弱地盤上に構築した場合の力学的挙動 |
|---|---|
| 1. 圧密沈下とゆるみの発生 |
盛土の自重(上載荷重)により、下部の軟弱地盤が急速に圧密沈下を起こす。これにより盛土下部や周辺地盤にゆるみが生じ、地下水や雨水が浸透して過剰間隙水圧が上昇しやすい状態となる。 |
| 2. 地震時の液状化 |
南海トラフ巨大地震などの強烈な地震動が作用すると、水を含んだ砂層や、沈下によって形成された盛土下部の飽和領域が一瞬にして液状化(液体のように振る舞う現象)を起こし、せん断抵抗力(地盤の強度)が著しく低下する。 |
| 3. 側方流動(流動化)の発生 |
軟弱地盤上に重たい盛土が存在する場合、液状化に伴って、上載荷重を支えきれなくなった地盤が、荷重の少ない方向(河道や低地側)へ向かって水平方向に移動する「側方流動」が発生する。 |
4.2. 土を上乗せする従来工法が「正解ではない」理由
側方流動の影響範囲は河道から最大200m程度に及ぶことがあり、一度すべり破壊を生じると、周辺の地盤が大きく盛り上がり(ヒービング現象)、堤防や盛土そのものの体積が減少して大規模な陥没・決壊を引き起こす。
すなわち、「L2対策として、堤防や干拓地(木曽岬干拓地周辺など)の上に単純に重たい土を盛って二線堤を造る」というアプローチは、平常時の降雨や中規模の洪水に対しては有効であっても、南海トラフ巨大地震のような強大な地震動と津波が連続して襲来する複合災害においては、その重さ自体が液状化および側方流動のエネルギー源となり、構造物自体が自壊する引き金となってしまうのである。
復旧に多大な時間と経費を要すること、さらには膨大な土砂を運搬・転圧するための費用対効果の低さを考慮すれば、「必ずしも土を上乗せするのが正解とは思えない」という懸念は、土質力学・耐震工学の観点から完全に正鵠を射ている。
5. L1およびL2外力に対応する新技術の適用と構造的最適解
重たい土を盛ることが最適解ではないとすれば、都市計画・防災計画においてどのような技術体系を採用すべきか。
その答えは、「地盤に過度な荷重をかけず、かつ地震による側方流動を物理的に拘束し、越水時の侵食を防ぐ」という多角的なアプローチへの転換である。
5.1. 荷重軽減と側方流動の抑止:軽量盛土工法と二重鋼矢板工法
通常の土砂による盛土に代わる技術として、第一に検討すべきが「軽量盛土工法(EPS工法等)」である。発泡スチロール(EPS)ブロックや人工軽量土など、通常の土砂の10分の1から100分の1程度の極めて比重の軽い材料を用いて盛土や堤防の芯材を構築する技術である。
軟弱地盤に付加応力(重さ)をほとんど与えないため、圧密沈下や側方変形を極限まで抑制でき、地震時の慣性力も小さくなるため、液状化地盤上での嵩上げや二線堤的な防御ラインの構築に極めて有効である。
第二に、既存の河川堤防の沈下を防ぐ構造的対策として「二重矢板工法」の導入が不可欠である。
これは堤防の川表と川裏の両法尻に鋼矢板を深く打設し、タイロッド等で連結する工法である。
液状化現象そのものを完全に防ぐわけではないが、基礎地盤が液状化した場合でも、矢板が砂層の側方流動(河道側および堤内地側への土砂の抜け出し)を物理的に拘束する。
これにより、堤防の体積減少による沈下を抑制し、津波来襲時にも設計上の高さ(L1外力に対する防御ライン)を維持して堤防越水を防ぐ機能を発揮する。
5.2. L2外力(越水・浸透)に対する透気防水シート(ブリーザブルシート)の適用
さらに、L2の津波や高潮により水が堤防を乗り越える(越水)事態に備え、堤防が「粘り強く」持ちこたえるための表面保護が重要となる。通常の土堤防は、水が越流すると裏法面(陸側の斜面)が激しく洗掘(侵食)され、短時間で堤体全体が崩壊する。
従来、河川水の浸透を防止するために「遮水シート」が用いられてきたが、ここには大きな技術的ジレンマが存在した。完全な不透水・不透気のシートで堤体を覆うと、河川水位の上昇や降雨の浸透に伴って堤体内の空気が逃げ場を失い、高まった間隙空気圧がシートを内側から押し上げて破壊する「エアーブロー現象」が起きるのである。
また、単なる吸い出し防止シートでは遮水性がないため、浸透を許してしまう。
この課題を克服し、L2対策として極めて有効なのが「透気防水シート(ブリーザブルシートなど)」の全面敷設である。
| 透気防水シートに求められる3つの複合機能 | L2外力に対する防御メカニズム |
|---|---|
| 1. 防水機能(雨水・河川水の浸透抑制) |
河川水位が上昇した際や豪雨時に、堤体内への水の浸透を防ぎ、土の強度が低下(せん断抵抗力の低下)するのを防ぐ。 |
| 2. 透気機能(間隙空気圧の排出) |
浸透や水位変動に伴う堤体内部の空気を外部へ逃がす特殊な構造を持つため、シートの浮き上がりやエアーブローによる自己破壊を防ぐ。 |
| 3. 越流時の保護・洗掘防止機能 |
堤防の表法面から天端、裏法面までをこのシートと保護マットの複合構造で完全に覆うことで、L2クラスの津波や洪水が越水した際でも、強烈な水流による裏法面の洗掘を防止し、堤防の決壊を遅延・阻止する。 |
重たい土を盛る二線堤とは異なり、これらのシート状の防護材は極めて軽量であり、軟弱地盤への荷重負荷(液状化誘発リスク)を全く与えない。
したがって、「通常の洪水に対しては土で対応し、L2の過酷な事態に備えて遮水・透気性のあるシート状の防護を施す」というアプローチは、弥富市のような軟弱地盤エリアにおける工学的最適解であり、次期マスタープランにおけるインフラ整備の標準仕様として検討されるべきである。
6. インフラ整備と防災の融合:次世代防災拠点「命山」の構築
前述した「一宮西港道路の整備」と「L2災害対策(軟弱地盤上の盛土リスクの回避)」は、決して独立した課題ではない。
これらを統合するマスタープランレベルのソリューションが、道路建設に伴う発生土を活かした次世代防災拠点「命山(いのちやま)」の創出である。
6.1. 既存の避難タワーの限界と「命山」の優位性
ゼロメートル地帯の弥富市において、現在整備が進められている津波避難タワーや小中学校の屋上等への一時避難には、いくつかの致命的な限界が存在する。
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長期滞在の困難さ: 鉄骨・RC造の避難タワーは一時的な退避場所としては機能するが、弥富市のように水が1〜2週間引かない閉鎖型水害においては、長期間の避難生活空間として物理的に不適切である。
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車両アクセスの不可: 避難タワーには車両が乗り入れられない。高齢者や要配慮者を自動車で避難させる場合や、自衛隊・大型トラックによる支援物資の搬入拠点、あるいは他市町村への広域避難のバス乗降拠点として機能しない。
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耐用年数と維持管理費: 建築物である以上、数十年ごとに巨額の修繕・建て替え費用が発生する。
これに対し「命山」は、一宮西港道路という巨大な高架構造物の建設時に発生する大量の土砂(建設発生土)を活用し、新設されるインターチェンジ(IC)に隣接した安全な場所に、広大な人工の高台(標高が確保された人工台地)を面的に造成するものである。
| 比較項目 | 従来の津波避難タワー | 次世代型防災拠点「命山」 |
|---|---|---|
| 構造・寿命 | 鉄骨/RC造(耐用年数に依存・維持管理費大) | 土構造物(地盤改良・表面保護により半永久的・低ランニングコスト) |
| 車両アクセス | 不可(徒歩による一時避難のみ) |
可能(10tトラックや多数の車中泊避難に対応) |
| 多目的活用 | 平常時の利用用途が乏しい | 平常時は大規模防災公園やレクリエーション拠点として活用可能 |
| 復旧時の役割 | 孤立状態での一時待機場所 |
ヘリポート設置、広域支援物資の前進集積基地、広域避難の経由拠点 |
もちろん、軟弱地盤上に大規模な土を盛るため、造成にあたっては前述した技術群の総動員が不可欠である。
対象エリアの直下にはSSP工法(特殊な石灰系固化材を用いた深層混合処理)等を用いて液状化を抑止し、盛土の一部にはEPS等の軽量盛土を採用、さらに側面を透気防水シートで覆うことで、地震や越水に対する無敵の拠点を形成する。
広大な二線堤を延々と築くよりも、特定のIC周辺にこれらの対策を集中投下して絶対的な安全領域(拠点)を面的に確保する方が、はるかに現実的かつ費用対効果が高い。
6.2. マスタープランを通じた財政負担の軽減と合意形成
この「命山」の整備を単独の市営事業として行う場合、用地買収費や造成費、さらには高度な土質改良費が市の財政を著しく圧迫する。
しかし、システム化の観点から、次期マスタープランおよび立地適正化計画において、これらを「一宮西港道路のIC整備と連動した防災力強化・災害からの復興拠点」として明確に位置づけることで、国や県からの社会資本整備総合交付金や、都市構造再編集中支援事業といった強力な国庫補助スキームを引き出すことが可能となる。
さらに、事業化に数十年を要する時間を逆手に取り、現在の段階から都市計画法第53条を用いて命山の予定地を担保することで、乱開発を防ぎつつ、市民に対して「道路ができることで、自分たちの命を守り、車ごと避難できる場所もできる」という明確なメリットを提示できる。
これは、単なる道路通過地点としての不安を払拭し、コミュニティの再編と地域住民の合意形成を円滑に進めるための強力な行政ツールとなるのである。
7. 結論
弥富市の次期都市計画マスタープランの見直しは、単なる土地利用の塗り分けや、個別のインフラ整備のウィッシュリストであってはならない。「一宮西港道路の建設」という数十年に及ぶ広域インフラの変容プロセスと、「南海トラフ巨大地震」という不可避の激甚災害リスクを、一つの時間軸と空間軸の上で統合する、極めて高度な「システム化」された戦略文書であるべきである。
本分析から導き出されるマスタープラン見直しの要諦は以下の通りである。
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事業化「前」の戦略的コントロール: 道路完成を待つ数十年間におけるIC周辺のスプロール化を防ぐため、保全・開発の明確な分離ゾーニングと、都市計画法第53条を用いた将来の事業・防災用地の担保を早期に実施すること。
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L1とL2の防御思想の明確な切り分け: L1(100年に1回)に対しては越水を防ぐ構造を維持しつつ、L2(想定最大規模)に対しては「越水しても決壊させない」ことで数時間から半日の避難時間を確実に稼ぎ出す方針へ転換すること。
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重力(盛土)への依存からの脱却: 濃尾平野の超軟弱地盤上において、土を高く積む従来型の二線堤構想は、液状化と側方流動のエネルギー源となり自壊のリスクが高い。代わりに、軽量盛土工法や二重鋼矢板工法による沈下・流動抑止、およびエアーブローを防ぐ「透気防水シート」を用いた表面防護を採用すること。
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インフラと防災の融合拠点「命山」の創出: 一宮西港道路の建設残土と最新の地盤改良技術を組み合わせ、既存の避難タワーでは不可能な「車両避難」や「長期滞在・物資集積」を可能にする広域防災拠点(命山)をIC周辺に位置づけること。
これらのアプローチを体系的に組み込むことで、弥富市はゼロメートル地帯という宿命的な地理的制約を乗り越え、次世代に向けた真に強くしなやかな防災都市へと変貌を遂げることが可能となる。
次期都市計画マスタープランは、その変革の第一歩として、科学的根拠に基づいた大胆な方針転換を示すものでなければならない。
