
海抜ゼロメートル地帯という過酷な地理的条件と、老朽化した国道1号「尾張大橋」が抱える治水上の死角――。愛知県弥富市前ケ須西地区は今、南海トラフ巨大地震や激甚化する大水害に対し、極めて深刻な複合的災害リスクに直面しています。
本報告書は、この自治体の存立をも揺るがす危機を、抜本的な都市構造再編(事前復興)を実現する千載一遇のチャンスへと転換するための総合的かつ実践的なマスタープランです。
数十年の歳月を要する橋梁架け替えや土地区画整理といった「ハード整備」と、その長大な過渡期において住民の命を守る地区防災計画という「ソフト対策」を両輪に据え、それらをいかにして都市計画へ法的に実装し、事業化していくのか。
災害がインフラ整備の完了を待ってくれることはありません。今この瞬間から行政と住民が一体となって着手すべき、前ケ須西地区の『命と暮らしを守る超長期プロジェクト』の全貌とロードマップを提示します。
サマリー:愛知県弥富市前ケ須西地区における都市防災戦略
本報告書は、極めて高い複合的災害リスクを抱える愛知県弥富市前ケ須西地区を対象に、「事前復興」を見据えたハード整備(土地区画整理・橋梁架け替え)と、その完了までの長期間を凌ぐためのソフト対策(地区防災計画)を統合し、都市計画マスタープランへ実装するための総合的な提言です。
1. 構造的課題と危機的状況
前ケ須西地区は、地理的特性と既存インフラの構造的欠陥により、災害時に壊滅的な被害を受けるリスクに晒されています。
| 課題の分類 | 具体的なリスクと要因 |
| 地理的脆弱性 | 広大な海抜ゼロメートル地帯に位置し、南海トラフ巨大地震や極端気象による甚大な浸水・液状化被害が想定されている。 |
| インフラの欠陥 | 国道1号「尾張大橋」の路面高が周囲の河川堤防より約2.5m低く、水害時に濁流が市街地へ流入する「治水上の死角的アキレス腱」となっている。 |
| 暫定対策の限界 | 現在の大型土のうによる越水防止策は、人海戦術に依存する一時的措置であり、破堤リスクを根源から排除するものではない。 |
2. 解決に向けた2つのアプローチ(ハードとソフトの両輪)
課題の抜本的解決には、数十年単位のハード整備と、その過渡期を守るソフト対策の同時進行が不可欠です。
① ハード整備:事前復興と土地区画整理事業
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尾張大橋の抜本的な架け替えと巨大な取り付け道路の整備が必須である。
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架け替え前に被災した場合の無秩序な再建を防ぐため、平時から「事前復興計画」を策定することが絶対条件となる。
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隣接する桑名市「伊勢大橋」の成功事例(治水と交通・物流機能のパッケージ化、沿道まちづくりとの連携)を踏襲し、強力なロビー活動を行う必要がある。
② ソフト対策:地区防災計画による過渡期の生存戦略
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ハード整備完了には最短でも30年以上を要するため、その間の「時間的空白」を凌ぐソフト対策が急務である。
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東京都の木造密集地域をモデルとし、住民主体の「地区防災計画」を直ちに策定・運用する。
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具体的なルールとして、初期消火体制の構築、垂直避難ルールの確立、要配慮者の安否確認ネットワークなどを定める。
3. 制度的・財政的な実装戦略
構想を実効性のあるプロジェクトにするための行政的・法的アプローチです。
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マスタープランへの法的統合: 策定した地区防災計画や事前復興構想を、市の最上位計画である「都市計画マスタープラン」に接続し、同地区を「防災重点地域」として強力に位置づける。
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事業スキームの活用: 弥富市の単独財源では実現不可能なため、「住宅市街地総合整備事業」や国の直轄道路事業(用地補償等)を複合的に活用し、市の実質負担額を最小化する。
4. 戦略的事業スケジュール(ロードマップ)
桑名市の事例をベンチマークとした、4フェーズからなる超長期スケジュールです。
| フェーズ | 想定期間 | 主要な取り組み |
| 第1期 | 2026年〜2028年 | 地区防災計画の策定、マスタープランへの明記、期成同盟会の設立と国への要望開始。 |
| 第2期 | 2029年〜2035年 | 国による尾張大橋架け替えの事業化・都市計画決定、前ケ須西地区区画整理の認可。 |
| 第3期 | 2035年〜2045年 | 用地買収、尾張大橋の下部工事および取り付け道路整備、防災公園や生活道路の整備。 |
| 第4期 | 2045年以降 | 尾張大橋の供用開始、換地処分完了、建築規制に基づく強靭な新市街地の運用開始。 |
5. 結論:直ちに採るべき5つのアクション
大災害の切迫性を踏まえ、弥富市と地域住民が即座に着手すべき具体策は以下の5点です。
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桑名モデルの踏襲: 治水と交通機能をパッケージ化した国への要望と強力な期成同盟会の構築。
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事前復興計画の立案: 尾張大橋架け替えを契機とした土地区画整理事業の構想策定。
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面的な市街地更新: 住宅市街地総合整備事業を活用した老朽家屋の更新とインフラ整備。
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地区防災計画の策定: ハード完成までの過渡期を凌ぐ、垂直避難や初期消火等のソフト対策ルールの確立。
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マスタープランへの統合: 上記のハード・ソフト両面の対策を都市計画マスタープランへ法的・制度的に位置づける。
愛知県弥富市前ケ須西地区における事前復興を企図した都市防災戦略と地区防災計画のマスタープラン実装に関する総合研究
序論
日本列島において、南海トラフ巨大地震の発生確率が極めて高い水準で推移し、さらには地球温暖化に伴う極端気象による大水害が激甚化の様相を呈する中、海抜ゼロメートル地帯に位置する愛知県弥富市は、極めて特異かつ深刻な複合的災害脆弱性を抱えている。
とりわけ、一級河川である木曽川の堤防に近接し、日本の東西物流を支える大動脈である国道1号の要衝「尾張大橋」を擁する前ケ須西地区は、大規模水害および地震時において市内で最も甚大な被害を受ける可能性が指摘されている地域である。
本報告書は、前ケ須西地区における災害リスクの構造的要因を多角的に分析するとともに、将来不可避となる国道1号「尾張大橋」の架け替えと、それに伴う取り付け道路の整備を契機とした事前復興型の土地区画整理事業の必要性を論じるものである。
同時に、隣接する三重県桑名市における伊勢大橋架け替えおよび沿道区画整理事業の事例分析を通じて、ハードウェア整備が完了するまでには数十年に及ぶ長期間を要するという都市計画上の時間的制約を明らかにする。
この長大な過渡期における地域コミュニティの生存戦略として、東京都の木造住宅密集地域等で採用されている「地区防災計画」を基軸としたソフト対策の導入を提言し、それらを弥富市の「都市計画マスタープラン」に法的に位置づけるための具体的手法、長期的スケジュール、および適用可能な事業・財源スキームについて包括的かつ網羅的に提示する。
1. 尾張大橋の構造的脆弱性と前ケ須西地区における大規模水害・地震複合リスク
1.1 海抜ゼロメートル地帯の地理的特性と被害想定
弥富市域の大部分は木曽川と日光川の河口部に形成された広大な海抜ゼロメートル地帯(デルタ地帯)に位置している。
現行の弥富市都市計画マスタープランによれば、南海トラフ巨大地震発生時には市域で最大震度7の強烈な揺れが観測され、広範かつ深刻な液状化現象や津波による浸水被害が想定されている。
最大被害想定として、市内の建物被害は約7,900棟、死者は約1,200名に達すると試算されており、これは自治体の存立基盤を揺るがす壊滅的な数字である。
これに加えて、過去最大規模の豪雨(200年確率雨量)や伊勢湾台風級の巨大高潮が襲来した場合、市域全体で0.5メートルから最大5.0メートルの深さで浸水し、排水機能の喪失によりその水は数週間から最大2週間以上にわたって引かないという極めて過酷な被害予測が出されている。
前ケ須西地区は、この水害リスクの最前線に位置する生活拠点であり、災害対応の成否が地域全体の運命を左右する要衝である。
1.2 尾張大橋がもたらす治水上の「死角」と緊急対策の限界
この未曾有の災害リスクをさらに増幅させている最大の構造的要因が、前ケ須西地区の西端に接する国道1号「尾張大橋」の存在である。
戦前の1933年(昭和8年)に完成したこの橋梁は、延長878メートルに及ぶ長大な鋼橋であるが、長年の地盤沈下等の影響もあり、周辺の河川堤防(標高約7.5メートル)に対して路面高が約5メートル、桁下高が約3.9メートルしか確保されていない。
伊勢湾台風の甚大な被害を教訓として、木曽川下流域の河川堤防は海抜7.5メートル以上へと嵩上げ・強化されたものの、橋梁部分は架け替えが行われず据え置かれたため、強固な堤防ネットワークの中に約2.5メートルの標高差による「治水上の巨大な切り欠き」が形成されている状態である。
異常出水時や高潮襲来時には、この橋梁のすりつけ部分が越水ポイントとなり、濁流が前ケ須西地区をはじめとする市街地へと一気に流入し、最悪の場合は連鎖的な破堤を引き起こす致死的アキレス腱となっている。
現在、国や関係機関は「木曽三川下流部緊急対策検討会」を立ち上げ、特別警報発表時に大型土のうを積んで越水を防ぐ計画を策定しているが、これは人海戦術に依存する極めて脆弱な一時的措置に過ぎない。
土のうの設置には長時間を要する上、広域避難ルートであり緊急輸送道路でもある国道1号を早期に完全封鎖するという極めて重い政治的決断が伴う。
さらに、猛烈な暴風、越波、および動水圧に対して仮設の摩擦構造物である土のうが完全に耐え切れる保証はなく、破堤のトリガーとなる危険性を根源から排除するものではない。
2. 事前復興の要請と土地区画整理事業による根本的解決の不可分性
尾張大橋が抱える治水上の致命的欠陥を解消する唯一の工学的手段は、高潮・洪水・津波に対する十分な余裕高を持たせた新たな橋梁への「抜本的な架け替え」である。
しかしながら、橋梁を現在の位置から数メートル嵩上げして架け替えるとなれば、必然的に愛知県側(弥富市前ケ須西地区側)における国道1号の「取り付け道路(アプローチ部分)」の大規模な線形変更と巨大な盛り土構造の構築が必要となる。
これは単なる道路改築工事にとどまらず、沿道の土地利用や既存市街地の構造、さらには地域の生活動線を根底から変容させる都市空間の再編を意味する。
ここで極めて重要となる政策概念が「事前復興」である。
万が一、架け替え事業が着手される前に巨大災害が発生し、前ケ須西地区の家屋が倒壊・流失するような壊滅的な被害を受けた場合、事前のルールや空間計画が存在しなければ、住民は被災前と同じ元の低い土地に無秩序に家を再建してしまう。
結果として、次なる巨大水害で再び同じ悲劇が繰り返されるという悪循環に陥る。
この事態を防ぐためには、平時である現在から、尾張大橋の架け替えと巨大な取り付け道路の整備を前提とした「土地区画整理事業」の都市計画決定を行い、災害時の安全な再建のためのガイドライン(事前復興計画)を確立しておくことが絶対条件となる。
区画整理によって面的な地盤の嵩上げを図り、避難・延焼遮断空間となる道路やオープンスペースを確保することで、水害に強い強靭な市街地を形成しなければならない。
事前復興計画は、被災後の迅速な再建を担保するだけでなく、平時からの計画的な都市基盤整備を強力に推進するための法的・社会的基盤となる。
3. 桑名市「伊勢大橋」架け替えおよび桑名東部拡幅事業にみる事業化手法と長期的スケジュールの分析
前ケ須西地区における橋梁架け替えと区画整理の複合的プロジェクトを構想し、国に対して事業化を働きかける上で、木曽三川(長良川・揖斐川)を挟んで隣接する三重県桑名市の「伊勢大橋」における先行事例は、極めて重要な示唆と明確な成功モデルを提示している。
3.1 治水機能と交通・物流機能の高度なパッケージ化戦略
伊勢大橋は尾張大橋とほぼ同時期の1934年(昭和9年)に架橋され、延長1,106メートルのアーチ鉄橋として供用されてきたが、老朽化と堤防に対する標高不足という尾張大橋と全く同じ構造的課題を抱えていた。
治水上の危険性を理由に単独で架け替えを要望しても、「道路橋としての機能は維持されているため予算化は困難である」という縦割り行政の分厚い壁が存在し、事業化は長らく難航していた。
桑名市および地元関係機関がこの状況を打開した最大の戦略は、事業の目的を治水(水害対策)単独に限定せず、交通・物流機能の劇的な向上という経済的ベネフィットを融合させ、高度なパッケージとして国へ提示した点にある。
具体的には、桑名東部拡幅区間において発生する1キロメートルあたりの渋滞損失時間が三重県内の国道平均の約6.4倍に達しているというデータを示し、慢性的な渋滞解消(4車線化)、右折レーンの新設による交差点処理能力の向上、そして大型特殊車両(20トン超過車両)の通行制限解除による物流効率化の支援を事業目的の中心に据えた。
さらに、なばなの里や長島リゾート、伊勢神宮等への観光アクセス向上による経済波及効果も事業の正当性を補強する材料として活用された。
結果として、国土交通省はこれを「一般国道1号桑名東部拡幅事業」(桑名市長島町又木〜桑名市北浜町間、延長3.9km)として採択し、現在の河川整備計画における計画高水位および南海トラフ巨大地震の想定最大津波高に適合するよう、約5メートル高い位置への抜本的な架け替えを推進するに至っている。
3.2 沿道まちづくりと土地区画整理事業の広域連携
桑名市のアプローチで特筆すべきもう一つの点は、幹線道路の拡幅・架け替えを単体の土木事業として孤立させず、市街地再開発や区画整理等の「沿道まちづくり」と連携・連動させる方針をとっていることである。
国土交通省の事業評価においても、沿道まちづくりとの連携が事業の重要な評価指標として位置づけられており、道路整備による交通利便性の向上を直接的に地域経済の活性化や住環境の改善に結びつけることが企図されている。
前ケ須西地区においても、尾張大橋の架け替えに向けた国の事業化を単に待ち望む受動的な姿勢を脱却し、弥富市が主体となって「尾張大橋架け替えに伴う前ケ須西地区の沿道区画整理事業」の都市計画マスタープランを先行して策定し、国(中部地方整備局)に対して提示することが強く求められる。
道路拡幅と沿道整備を一体的に進めるスキームは、事業全体の投資対効果(B/C)を飛躍的に引き上げ、国の大型予算獲得を強力に後押しする不可欠な論拠となる。
3.3 事業の超長期性とロビー活動の重要性:スケジュールの実態
インフラ整備と区画整理の複合事業が抱える最大の課題は、その実現までに要する膨大な時間である。桑名東部拡幅事業の歴史を紐解くと、構想から完成までには半世紀近い歳月を要することが明らかとなる。
| プロジェクト名 | 主要マイルストーンと実績年 | 所要期間の考察 |
|---|---|---|
| 国道1号桑名東部拡幅 |
昭和51年(1976年):事業着手 昭和60年(1985年):都市計画決定 平成18年(2006年):一部工事着手 平成25年(2013年):伊勢大橋架替関連工事着手 令和5年(2023年):橋梁上部工事着手 |
事業着手から都市計画決定まで9年、橋梁本体の工事着手までにさらに28年を要しており、完了までには50年規模の時間を要する超長期プロジェクトである。 |
この長大な事業を推進し続けたのは、市長を会長とし、地元経済界や周辺自治体を巻き込んだ「国道1号桑名東部拡幅事業促進期成同盟会」等の強力なロビー組織による、国土交通省等に対する粘り強い予算要望活動である。
弥富市においても、行政単独の要望にとどまらず、愛知県、国会議員、港湾物流関係者等を巻き込んだ期成同盟会を即座に組織し、数十年に及ぶ長期戦を見据えた政治的推進体制を構築しなければならない。
4. 住宅市街地総合整備事業を活用した前ヶ須地区の抜本的更新
4.1 マスタープランにおける「防災重点地域」としての絶対的指定
このような人命に直結する絶望的なリスクを抱える前ヶ須地区に対し、行政が傍観を決め込むことは許されない。住民の高齢化と世代交代が進む現在、今後続々と住宅の更新期(建て替え期)を迎えるはずであり、すでに散発的な建て替えがぼつぼつと始まっている。
しかし、個別の地権者が無計画に建て替えを行えば、狭い道路や不整形な敷地割がそのまま固定化され、地区全体の防災性の向上には全く寄与しない。
市が主導すべきは、次期「都市計画マスタープラン(2030)」において、このエリアを最上位の「防災重点地域」あるいは「防災緊急重点エリア」として強力に位置づけることである。
木曽川の堤防や尾張大橋といったインフラを「防災重点施設・防災緊急重点施設」として位置づけると同時に、その背後に広がる前ヶ須地区一帯を面的な防災対策エリアとして指定し、建て替えのタイミングを捉えた街区の再編を誘導しなければならない。
4.2 国庫補助メニュー「住宅市街地総合整備事業」の戦略的導入
この防災重点地域への指定を法的・財政的に裏付けるための具体策が、国土交通省および愛知県が所管する「住宅市街地総合整備事業(密集住宅市街地整備型)」や「密集住宅市街地整備促進事業」等の強力な防災特化型補助メニューの導入である。
これらの制度は、都市基盤が未整備で老朽建築物が密集し、防災上・居住環境上の深刻な課題を抱える市街地に対して、市町村や県が連携して総合的なインフラ整備と住環境の更新を支援するスキームである。
具体的な事業メニューと期待される効果は以下の通りである。
| 主要な補助事業メニュー | 対象となる取り組みと整備効果 |
|---|---|
| 老朽建築物等の買収・除却 |
耐震性が不十分な旧耐震家屋を公的支援で買収・除却し、倒壊による道路閉塞(瓦礫による避難路切断)を未然に防ぐ。 |
| 建替促進助成(共同化・協調建替え) |
個別の建て替えではなく、隣接する敷地との共同化やセットバックを伴う建て替えに対し、調査設計費や土地整備費を補助し、街区の不燃化を促進する。 |
| 地区公共施設(防災生活道路・広場)の整備 |
消防車など緊急車両が通行可能な幅員(概ね6m以上)の道路拡幅や、一時避難場所となるポケットパーク(小広場)、集会所等を整備する。 |
| 延焼遮断機能の整備 |
拡幅された道路と一体となって、沿道建築物の外壁や屋根を耐火・準耐火構造とするための整備費を補助し、火災の延焼を食い止める「防火帯」を形成する。 |
弥富市は、尾張大橋の取り付け道路に関する国道1号の都市計画変更(線形の南側へのシフト)と連動させる形で、この前ヶ須地区の防災街区整備事業を一体的に推進することにこそ、真の意義がある。道路だけを立派にしても、その足元の街区が燃え尽きてしまえば都市としての機能は維持できないからである。
5. ハード整備の遅効性を補完するソフト的アプローチ:東京都の木造住宅密集地域における「地区防災計画」の応用
前述のスケジュール分析が示す通り、仮に前ケ須西地区において区画整理事業および尾張大橋の架け替えが直ちに構想・認可されたとしても、用地買収から工事完了に至るまでには最短でも30年以上の歳月を要する。
一方で、南海トラフ巨大地震や極端気象による大水害は、明日発生してもおかしくない切迫した危機である。この「災害の切迫性」と「ハード整備の遅効性」の間に横たわる数十年の時間的空白(トランジション期間)において、地域住民の生命と財産をいかに守るかが、前ケ須西地区の都市防災における最大の焦点となる。
5.1 延焼・倒壊リスクと面整備(ハード事業)の限界
ここで極めて示唆に富むのが、東京都における木造住宅密集地域(木密地域)の防災まちづくりの手法である。
東京都内の下町地域等では、首都直下地震発生時に老朽木造住宅の倒壊や大規模な火災延焼が懸念される地域が広範に存在している。
これらの地域において、行政は都市防災不燃化促進事業や密集住宅市街地整備促進事業等の「ハード事業」を推進し、都市計画道路の拡幅や延焼遮断帯の形成を図っている。
しかし、権利関係の複雑さや用地取得の難航から、面的な基盤整備が短期間で完了することは極めて困難であり、住民は常に災害のリスクと隣り合わせの生活を余儀なくされている。
5.2 地区防災計画によるコミュニティ・レジリエンスの強化
このハード事業が完了するまでの過渡期を凌ぐため、東京都の各自治体(中野区、目黒区、国分寺市、練馬区、北区など)では、地域住民の自助・共助を主体とするソフト面での防災戦略である「地区防災計画」の策定を強力に推進している。
「地区防災計画」とは、平成25年(2013年)の災害対策基本法改正(第42条の2)に基づき創設された制度であり、一定の地区の居住者や事業者が自発的に行う防災活動に関する計画を、市町村の地域防災計画に法的に位置づけるものである。
ハード整備が未完了の前ケ須西地区においては、この枠組みを最大限に活用し、以下のような実践的なソフト対策を地区防災計画として直ちに策定・運用することが不可欠である。
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初期消火と延焼防止のコミュニティ・ルール化: 地震時の火災による延焼を防ぐため、東京都の事例に倣い、地区内での初期消火活動の体制構築、特定機器のみを遮断するコンセント型の感震ブレーカーの各家庭への配備促進、および街頭消火器や可搬式消防ポンプの適正配置と定期訓練を計画に盛り込む。
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垂直避難・広域避難のタイムライン策定: 前ケ須西地区は広範な海抜ゼロメートル地帯に属しており、尾張大橋からの越水が発生した場合、水平方向への避難は極めて困難となる。近隣に自然の高台が存在しないため、域内の堅牢な中高層建築物(公共施設や民間マンション等)を「津波・水害避難ビル」として事前協定を結び、発災直後の「垂直避難」のルールを確立する。また、水害発生前のリードタイムを活用した広域避難のタイムラインを地区単位で策定する。
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要配慮者支援と安否確認ネットワークの構築: 災害時における地区本部(自治会館や公園等)の開設手順を明確化し、高齢者や障害者等の要配慮者の安否確認と避難誘導を、近隣住民同士の共助で行うための具体的な班編成や連絡網を構築する。
このように、区画整理事業や橋梁架け替えといった「ハード」が完成するまでの間、地区防災計画という「ソフト」によってコミュニティの対応力を高め、人的・物的被害を軽減し続けることは、事前復興型のまちづくりにおいて両輪をなす不可欠なプロセスである。
6. 地区防災計画および事前復興計画の「都市計画マスタープラン」への法的・制度的実装
策定された前ケ須西地区の地区防災計画や事前復興構想が、単なる自治会の努力目標や青写真に終わらず、行政の確固たる都市政策や予算措置を伴う実効性のあるプロジェクトとなるためには、市の最上位の空間計画である「都市計画マスタープラン」への法的・制度的な位置づけが絶対要件となる。
6.1 二つの法定計画の接続と相乗効果
都市計画マスタープランは「都市計画法」に基づき、20年程度の長期的な都市の将来像、土地利用方針、施設配置の方向性を定めるハードウェア中心の計画である。
一方、地区防災計画は「災害対策基本法」に基づく地域防災計画の下位計画であり、緊急時の対応や住民の自発的なソフト対策を定めるものである。
長野県松本市や愛知県岡崎市等の先進的自治体では、これら所管法体系の異なる二つの計画を「双方向につなぐ」アプローチを採用している。
具体的には、住民参加による地区防災計画の策定過程で抽出された「地域のハード的課題(狭隘道路、避難所不足、延焼リスク、地盤の低さ)」を都市計画マスタープランの「地区別構想」にフィードバックし、将来の土地利用規制やインフラ整備(土地区画整理事業など)を実施するための行政的根拠として明記する手法である。
6.2 弥富市都市計画マスタープラン改定への実装アプローチ
弥富市の現行の「都市計画マスタープラン」は平成31年(2019年)に策定され、令和10年(2028年)を目標年次としている。本計画では既に、「大規模自然災害等に備えた安全安心な暮らしの確保」を将来都市像の重要な柱に据えており、「地域住民との協働による事前復興まちづくりの取組など速やかな復興への備えを推進する」と明記されている。
前ケ須西地区の構想を本マスタープランに実装し、強力な推進力を与えるためには、次期改定(あるいは中間見直し)において以下のアプローチを取るべきである。
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「都市拠点」としての再定義と防災拠点化: 現行計画において、前ケ須周辺は「住が集積する都市拠点」や「弥富駅・市役所周辺」の生活圏として位置づけられている。次期改定においては、この前ケ須西地区を単なる住居エリアではなく、「事前復興型・防災拠点モデル地区」として特記し、ハード・ソフト両面での重点投資エリアとして再定義する。
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将来の「土地区画整理事業」の明文化: 尾張大橋の架け替えを見据え、「将来的な国道1号の線形変更および架け替えに合わせた、前ケ須西地区における土地区画整理事業等の面的な市街地整備手法の導入を検討する」という一文を、マスタープランの「都市施設整備方針」および「地区別まちづくり方針」に明確に位置づける。
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臨海部防災区域等の建築規制の誘導: 事前復興の観点から、大水害による浸水予測深を上回る安全な居住高さを確保するための建築規制(例えば名古屋市をモデルとした「臨海部防災区域建築条例」のような独自条例の検討)に向けた方針を、土地利用方針の中に組み込む。これにより、将来の区画整理事業完了後における新市街地の耐災害性を永続的に担保する。
7. 事業手法の網羅的検討と活用可能な財源・スケジュール感の構築
前ケ須西地区における「地区防災計画の策定」「土地区画整理事業の実施」「尾張大橋の架け替え」を統合した巨大プロジェクトを実現するためには、周到な長期的スケジュール管理と、国や県の補助制度を最大限に活用した事業費の調達が不可欠である。以下に、想定されるロードマップと活用可能な事業・財源スキームを詳述する。
7.1 戦略的事業スケジュール(ロードマップ案)
桑名市の伊勢大橋架け替えおよび各種都市開発事業の所要期間をベンチマークとし、以下の4フェーズからなる超長期スケジュールを提案する。
| フェーズ | 期間(想定) | 主要な取り組み・実施事項 |
|---|---|---|
| 第1期(基盤構築・ソフト展開期) | 2026年〜2028年 |
・「前ケ須西地区 地区防災計画」の策定とコミュニティ・ルールの運用開始。 ・弥富市次期都市計画マスタープランへの事前復興方針・区画整理構想の法的明記。 ・「尾張大橋架け替え促進期成同盟会(仮称)」の設立と国への継続的要望活動開始。 |
| 第2期(計画策定・事業化期) | 2029年〜2035年 |
・国による尾張大橋架け替え(国道1号拡幅等)の事業化決定・都市計画決定。 ・前ケ須西地区土地区画整理事業の都市計画決定および事業計画認可。 ・沿道まちづくり計画の具体化、環境アセスメント、および住民合意形成。 |
| 第3期(ハード整備・着工期) | 2035年〜2045年 |
・土地区画整理事業に伴う用地買収、仮換地指定の開始。 ・尾張大橋の下部工事(橋脚整備)および巨大な取り付け道路の基盤(盛り土)整備。 ・地区内の防災公園や主要生活道路の整備(無電柱化・拡幅による延焼遮断帯の形成)。 |
| 第4期(完成・新市街地の運用) | 2045年以降 |
・尾張大橋の上部工事完了・供用開始。 ・土地区画整理事業の換地処分完了。 ・建築規制条例に基づく、建築物の高床化・不燃化を伴う強靭な新市街地の形成。 |
7.2 活用可能な事業手法と補助金・税制優遇(事業費の調達スキーム)
本プロジェクトは極めて大規模となるため、基礎自治体である弥富市の単独財源での対応は不可能であり、国土交通省等の各種交付金・補助事業を複合的に活用し、市の実質負担額を最小化する財務戦略が求められる。
| 事業手法・制度名 | 制度の概要と適用範囲 | 補助率・財政措置の優位性 |
|---|---|---|
| 都市防災総合推進事業 |
密集市街地や災害脆弱地域における避難地・避難路の整備、防災公園の整備、および延焼遮断帯の形成を総合的に支援する国土交通省の制度。 |
・地区公共施設整備(道路拡幅、公園、耐震性貯水槽等):補助率1/2(国1/2、地方1/2)。 ・共同施設整備(不燃化・耐水化建築物の共同化等):補助率2/3(国2/3、地方1/3)。 |
| 事前復興まちづくり計画策定補助 |
巨大災害に備えた事前復興計画の策定業務(コンサルタント委託費や住民ワークショップ運営費等)に対する補助。高知県等の先進県で導入実績あり。 |
計画策定費用の1/3を国(交付金)、1/3を都道府県が補助し、市町村の負担を1/3に軽減するモデル。愛知県の類似メニューを活用。 |
| 住宅市街地総合整備事業(不燃化助成等) |
都市基盤が未整備で老朽建築物が密集する市街地に対し、建替えや公共施設整備を総合的に支援する。古い木造住宅の除却費や共同建替の費用一部を助成。 |
建替えに要する初期費用の一部を行政が負担することで、区画整理エリア内の建物の不燃化・高床化を強力にインセンティブづけする。 |
| 国道拡幅事業との合併施行・用地補償 |
尾張大橋の取り付け道路に直接関わる用地取得については、国の直轄道路事業として国による用地補償費が充当される。 |
市が施行する土地区画整理事業と国の道路事業を一体的に進めることで、事業費の大部分を国費でカバーし、市の持ち出し費用を極小化できる。 |
| 不動産取得税等の税制優遇 |
土地区画整理事業によって移転・新築された建物について、従前建物の評価額を差し引いた額のみに課税する特例措置。 |
住民の税負担を軽減し、区画整理事業への合意形成を円滑に進めるための重要なソフト的インセンティブとなる。 |
結論
愛知県弥富市の前ケ須西地区は、海抜ゼロメートル地帯という過酷な地理的条件と、老朽化し標高が不足する尾張大橋の構造的脆弱性という二重のリスクに晒されており、ひとたび巨大災害が発生すればその被害は自治体の存亡に関わる甚大なものとなる。
しかし、この危機的状況は裏を返せば、将来の橋梁架け替えという巨大公共投資を契機とした、抜本的な都市構造の再編(事前復興)を実現する千載一遇のチャンスでもある。
本報告書の包括的分析に基づき、弥富市が直ちに採るべき戦略的アクションは以下の通りである。
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桑名モデルの踏襲と政治的枠組みの構築: 隣接する桑名市の伊勢大橋架け替え(桑名東部拡幅事業)の成功要因を精査し、事業目的を単なる治水対策に留めず「交通物流機能の強化」とパッケージ化して国へ事業化を強く働きかけること。その推進力として、広範なステークホルダーを巻き込んだ強力な期成同盟会を早期に発足させる必要がある。
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土地区画整理事業を前提とした事前復興計画の立案: 尾張大橋の架け替えに伴う取り付け道路の整備を起爆剤とし、前ケ須西地区全体の面的整備を図る「土地区画整理事業」の構想を立ち上げること。無秩序な再建を防ぐ事前復興の観点から、建築物の高床化や不燃化のルールを平時から整備し、補助制度を活用してその実現性を高めることが求められる。
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住宅市街地総合整備事業による面的な更新: マスタープランにおける「防災重点地域」への指定を法的根拠とし、「住宅市街地総合整備事業」を導入することで、老朽家屋の除却や道路拡幅、共同建替えを総合的に支援し、道路計画と連動した面的かつ抜本的な街区の更新を図ること。
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過渡期を凌ぐための「地区防災計画」の策定: ハード整備が完了するまでの数十年間、住民の生命を守るためのソフト対策として、東京都の木造住宅密集地域に倣った「地区防災計画」を速やかに策定すること。垂直避難ルールの確立や初期消火体制の構築は、巨額の予算や時間を待たずに着手可能な最も確実な減災策である。
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都市計画マスタープランへの法的・制度的統合: これらのソフト対策(地区防災計画)およびハード対策(区画整理・事前復興計画)を、次期「弥富市都市計画マスタープラン」の地区別方針に明記し、行政の不可逆的なマスタープランとして法的に位置づけること。これにより、「都市防災総合推進事業」等の国庫補助金の獲得に向けた法理的根拠を強固なものとする。
災害は行政の財政事情やインフラ整備の完了を待ってはくれない。前ケ須西地区において、来るべき大災害による被害を最小限に食い止め、迅速かつ強靭な復興を遂げるためには、行政と住民が一体となり、今この瞬間からの「事前復興」を見据えた多角的かつ統合的なまちづくりへ着手することが極めて急務である。
