弥富市の未来を左右する「見えない」課題とは?
現在、弥富市役所の窓口対応やゴミ収集、福祉サービスなどの「現場(フロントライン)」は、職員の努力によって滞りなく回っています。しかし、市役所の奥深く、組織の「脳」とも言える中枢管理部門(総務・財政・企画など)では、深刻な人手不足と機能不全が起きています。
最大の原因は、「人口が少ないから、市役所の職員(特に裏方)も少なくて済むだろう」という錯覚にあります。
なぜ「人口に比例して」職員を減らせないのか?
現場の業務(住民票の発行や保育所の対応など)は、人口に比例して減らすことができます。しかし、市役所という組織を維持するための「裏方業務」は、人口が減っても作業量が減りません。
-
毎年の予算編成や決算書類の作成
-
条例(市のルール)の制定や見直し
-
国や愛知県との調整
-
選挙の運営や職員の給与計算
これらは人口200万人の名古屋市でも、人口約4万人の弥富市でも、法律で定められた手順や仕事の重さは同じです。大都市は膨大な人員でこの仕事を分担できますが、弥富市では限られた人数の職員がすべてを抱え込まなければなりません。
【比較】組織規模の圧倒的な差
| 名古屋市(例:緑政土木局のみ) | 弥富市(市役所全体) | |
| 対象範囲 | 道路・公園の管理を行う「1つの局」 | 教育・福祉・税務・土木など「市の全機能」 |
| 全体の職員数 | 約1,500人 | 348人(令和5年度) |
| 裏方専門の職員数 | 局内だけで約30〜45人 | 市全体で十数名〜二十数名程度 |
弥富市では、一人の担当者が「来年の予算」を考えながら「ふるさと納税の企画」を行い、さらに「デジタル化(DX)の推進」も掛け持ちするような状態が日常化しています。その結果、目の前の業務に追われ、「10年後の弥富市をどうしていくか」という未来志向の戦略を練る余裕(組織力)が失われつつあるのが最大の危機です。
解決のヒント:飛騨市の「トップダウン×全員参加」モデル
こうした「小さな自治体」の弱点を克服している好例が、岐阜県飛騨市(人口約2万2千人)の都竹(つづく)市長の取り組みです。
飛騨市では、大都市の「企画部」が何十人もかけて行うような戦略作りを、市長自らが「最高戦略責任者」となり、年間80時間以上をかけて職員と直接対話することで補っています。
若手から幹部までが同じ場で議論し、市長がその場で決断を下すことで、少ない人数でも「何に予算を集中させるべきか」という質の高い政策判断と、職員の人材育成を同時に実現しています。
弥富市がこれから生き残るための3つの道筋
大都市の「ミニチュア版(縮小版)」を目指す運営は、すでに限界を迎えています。弥富市が今後も持続可能な行政サービスを提供していくためには、小規模であることを逆手に取った身軽な組織への進化が必要です。
-
「選択と集中」の徹底
首長の強いリーダーシップのもと、飛騨市のように組織の風通しを良くし、限られた職員を「最も重要な政策」に集中させる仕組みを作ること。
-
近隣自治体との「裏方業務」のシェア
海部地域の他の市町村と協力し、給与計算やシステム運用などの裏方業務を共同で行い、効率化(規模の経済の創出)を図ること。
-
徹底したデジタル化(DX)と外部人材の活用
紙文化やアナログな手続きを廃止し、足りないITの専門知識は副業人材などの外部の力を積極的に借りていくこと。
市民の皆さまへのメッセージ:
「市役所の中枢機能の枯渇」という見えにくい課題を市民が理解し、未来に向けたシステムの効率化(デジタル化への協力や、周辺自治体との連携など)に前向きな関心を寄せる時期が来ています。
地方自治体における中枢管理部門の規模と組織力の構造的課題:弥富市、名古屋市、中核市、飛騨市の比較を通じた定員管理と政策立案能力の考察
1. 序論:自治体組織における「規模の比例」という錯覚とバックヤードの機能不全
地方自治体の組織構造や定員管理に関する議論において、人口規模に比例して職員数や部門ごとの人員配置が線形的に縮小・拡大するという暗黙の前提がしばしば用いられる。
例えば、ある自治体の人口が政令指定都市の50分の1であるならば、その自治体の運営に必要な職員数や予算規模も概ね50分の1になるのではないか、という単純な比例計算に基づく推論である。
しかし、実際の地方行政の現場、とりわけ組織の「脳」や「中枢神経」として機能するバックヤード部門(総務、人事、秘書、財政、企画政策など)においては、この線形的なスケーリング則は完全に破綻している。
本報告書は、総務省の「地方公共団体定員管理調査」などのマクロデータや各自治体の公表資料に基づき、大規模自治体(名古屋市)、愛知県下の中核市(一宮市、豊田市、豊橋市、岡崎市など)、および小規模自治体(弥富市)の中枢管理部門の構造的な差異を比較・分析するものである。
分析の主眼は、人口や組織規模が小さくなるほど、バックヤード部門に求められる絶対的な業務量と、現実に配置可能な人員数との間に深刻な乖離(規模の不経済)が生じ、それが自治体の「組織力」や「政策立案能力」の決定的な格差として表出するメカニズムを解明することにある。
さらに、こうした構造的な脆弱性を抱える中小規模自治体が、いかにして高度な政策判断と行政運営を維持すべきかという課題に対し、岐阜県飛騨市の都竹淳也市長による「選択と集中」を軸とした予算編成プロセス(政策協議)の実践例を取り上げる。
大都市において数百人のスタッフが担う中枢機能を、首長自身の圧倒的な時間投資と直接的な対話によって代替・昇華させるこのモデルを考察することで、中規模・小規模自治体が抱えるバックヤード不足という構造的課題に対する、極めて実践的かつ示唆に富む一つの解決策を提示する。
2. 地方行政における定員管理のマクロ的変遷と構造的制約
個別の自治体の比較分析に入る前提として、日本全国の地方自治体における定員管理の全体的なトレンドと、部門別職員数の推移をマクロな視点から把握することが不可欠である。
このマクロな構造的制約こそが、各自治体のバックヤード部門に対する人員配置の余裕を奪っている根本原因だからである。
2.1. 職員数の長期的推移と平成の大合併以降の動向
総務省の地方公共団体定員管理調査によれば、日本の地方公務員の総数は、平成6年(1994年)をピークとして、平成28年(2016年)に至るまで一貫して減少を続けてきた。
この背景には、厳しい地方財政の状況を背景とした「行政改革」の推進があり、特に平成17年から22年にかけて実施された「集中改革プラン」や、市町村合併(いわゆる平成の大合併)による徹底的な人員削減策が大きく影響している。
しかし、平成29年以降は、この減少傾向が底を打ち、微増から横ばいの傾向へと転じている。
直近の令和7年(2025年)4月1日現在のデータでは、全国の地方公務員総数は2,809,298人となっており、前年比で2,451人(0.1%)の減少が見られる。
ただし、この直近の減少は、地方公務員法の一部改正に伴う定年引上げにより、令和5年度から段階的に定年が引き上げられ、当面2年に1度しか定年退職者が生じないという制度的要因(令和6年度末に退職者が発生したこと)が強く影響した結果である。
表1:地方公共団体の団体区分別職員数の推移(令和6年〜令和7年、各年4月1日現在)
2.2. 一般行政部門への圧力とフロントラインの肥大化
職員の定員管理において最も注目すべきは、部門別の増減である。教育部門や警察部門、消防部門は、国の法令に基づく配置基準が存在するため、自治体が独自の判断でドラスティックな人員削減を行うことが困難な領域である。
実際、警察部門や消防部門は、組織基盤の充実・強化が図られ、平成6年比で増加傾向にある(警察部門は約12.8%増、消防部門は約14.2%増)。また、教育部門は児童・生徒数の減少に伴い全体としては減少しているものの、特別支援学校などの専門的な対応が求められる分野では約1.6倍に増加している。
一方で、自治体の裁量が比較的及びやすい「一般行政部門(総務、企画、財政、福祉、土木などを含む)」は、集中改革プラン等の対象となりやすく、部門全体では平成6年比で約19.1%(223,886人)という大幅な削減を経験した。
しかし、この一般行政部門の内部において、近年劇的な人員シフトが起きている。平成27年以降は11年連続で一般行政部門の職員数が増加しており、その主な要因は、児童相談所の体制強化(約3.3倍増)、防災・減災対策(約3.7倍増)、生活保護関連業務、さらには新型コロナウイルス感染症対応やデジタル化への対応といった、住民に直接対峙する「フロントライン」における新たな行政需要の爆発的増加である。
このマクロな構造的変化が意味することは明確である。
総定員数が厳格に管理される中で、福祉、防災、子育て支援といった現場(フロント)部門に人員を重点配分せざるを得ない状況が続いており、そのしわ寄せが、目に見える形での住民サービス低下に直結しにくい「バックヤード部門(総務、人事、財政、企画)」へと向かっているという事実である。
3. 中枢管理部門(バックヤード)の機能と「規模の不経済」の理論的枠組み
自治体内部におけるバックヤード部門は、企業で言えばコーポレート部門に相当し、組織全体が適法かつ効率的に機能するための基盤を提供する。
具体的には、人事秘書、総務、財政、企画政策などの領域が含まれ、これらは直接的な住民サービス(窓口での住民票交付やごみ収集など)を持たないものの、自治体という法人格を維持するために不可欠な機能である。
3.1. バックヤード業務における「固定コスト」の性質
現場部門の業務量(例:住民票の発行件数、生活保護の受給者対応数、保育所の入所児童数)は、概ねその自治体の人口規模に比例して増減する。
人口が50分の1であれば、窓口を訪れる住民の数も概ね50分の1となり、対応する職員数もそれに近い比率で縮小可能である。
小規模自治体であっても、フロントラインの行政サービスにおいて大都市と遜色のない「そこそこの対応」が実現できているのは、この業務量の比例的性質によるものである。
しかし、バックヤード部門が担う業務は全く異なる性質を持つ。
自治体の人口が200万人であろうと4万人であろうと、「地方自治法や地方財政法に基づき、毎年の予算を編成・執行する」「議会に対応し、条例案を作成・審査する」「総合計画や都市計画のマスタープランを策定する」「全職員の給与計算と人事評価を行う」といった基幹的な行政プロセスの工数や法的要件は、決して50分の1にはならない。
これらの業務は、規模の大小にかかわらず必ず発生する「固定コスト」としての性質を強く帯びている。
大都市はこの固定的な業務量を、莫大な税収と数万人規模の職員という「規模の経済」によって薄めることができる。
しかし、小規模自治体においては、限られた人員の中でこの固定業務を処理しなければならず、極めて深刻な「規模の不経済」が発生する。
これが、人口規模の単純な比率(例えば50分の1)でバックヤードの職員数を割り出すことが理屈の上で不可能であり、無理が生じる根本的な理由である。
3.2. 部門間の統廃合とテリトリーの差異
さらに、自治体間でのバックヤード職員数の単純比較を困難にしている要因として、各自治体の歴史的経緯に伴う「組織のくくり(テリトリー)」の違いがある。
大規模自治体では「人事委員会事務局」「財政局」「総務局」「総合政策局」といった形で機能が高度に細分化され、それぞれが独立した巨大な組織を形成している。
一方、小規模自治体では、これらが統合され、「総務部総務課」の中に人事係や秘書係が包含されたり、「企画財政課」として企画と予算編成が同一の課で処理されたりすることが一般的である。
したがって、組織力を適正に評価するためには、表層的な課の名称にとらわれず、これらの中枢機能を担う「バックヤード全体」の人数を合算し、組織全体に対するその比率(相対的厚み)と、絶対数(専門性を維持できるクリティカルマスがあるか)の双方からアプローチする必要がある。
4. 大規模自治体における「組織力」の源泉:名古屋市と緑政土木局の事例分析
前章で論じた「規模の経済」を最大限に享受し、強固なバックヤードによって圧倒的な組織力を誇るのが、政令指定都市である名古屋市である。
名古屋市のバックヤードの厚みは、全庁的な総務局や財政局の存在にとどまらず、個別の「局」内部に配置された中枢部門の規模に如実に表れている。
4.1. 緑政土木局に見る「局内バックヤード」の圧倒的規模
名古屋市の「緑政土木局」は、市内の道路、河川、公園などの社会インフラの整備・維持管理を担う巨大な組織であり、局単体で約1,500人規模の一般職職員を擁している。
これは、一般的な小規模市や町村の全職員数を遥かに凌駕する規模である。
この1,500人の巨大組織が自己完結的に機能し、複雑な事業を推進するためには、局内部を統制する強固な「中枢神経」が必要となる。
緑政土木局内には、この役割を担う専門のバックヤードとして「総務課」および「企画経理課」が設置されている。
-
総務課: 局内の人事、文書および公印の管守、局内事務事業の連絡調整など、組織運営の基盤となる業務を統括する。
-
企画経理課: 会計事務の総括、会計制度の企画、区の会計管理者との連絡調整、出納員等の検査・指導などを専門的に行う。さらに企画・広報担当などが置かれ、局の長期的な戦略や人材採用の補助(社会人採用の要件整備等)にも関与する。
仮に、1,500人の組織全体におけるこれらの中枢機能の割合を1%〜3%と仮定した場合、局内部のバックヤード要員だけで15人から45人という規模に達する。
実際には、名古屋市のような指定都市の会計・経理部門では、出納総務課や財務検査担当など専任の職員が複数配置され、厳密な分業体制が敷かれている。
4.2. 専門分化による高度な政策立案と監査機能
この「数十人規模の局内バックヤード」の存在が意味するものは極めて大きい。
緑政土木局の企画経理課や総務課のスタッフは、現場で道路の穴埋めや公園の草刈りを行うわけではない。
彼らは、1,500人を動かすための研修の企画、巨額の公共事業予算の経理統制、他局との折衝といった高度な管理業務に特化している。
さらに、市役所全体を俯瞰すれば、この各局のバックヤードの上に、数千人規模の市長部局を統括する巨大な「総務局」「財政局」「人事委員会」が重層的に存在している。
つまり、大都市の組織力とは、単に人が多いことではなく、「人事」「予算編成」「法務」「DX推進」といった各領域において、専門的なスキルを持った担当者が複数名配置され、チームとして戦略を練るだけの「絶対数(クリティカルマス)」が確保されている点にある。
この重厚なスタッフ層の存在こそが、高度な政策立案能力と、安定した行政運営(コンプライアンスや危機管理)の源泉である。
5. 中核市における中枢機能の分化と独立性:愛知県下の事例を基に
名古屋市ほどの巨大なスケールを持たずとも、人口30万人から40万人規模の「中核市」クラスであれば、ある程度の規模の経済を働かせ、専門分化されたバックヤードを維持することが可能である。
愛知県下における一宮市、豊田市、豊橋市、岡崎市などがこれに該当する。
例えば一宮市(人口約37万人)の定員管理や組織構造を見ると、総職員数は数千人規模に達する。この規模の自治体では、バックヤード部門は単なる「課」の内部の係レベルにとどまらず、完全に独立した「部」や「課」として確立されている。
総務部の中に「人事課」「行政課」「職員課」が分立し、財務部には「財政課」「資産税課」が、企画部には「総合政策課」が置かれるといった具合である。
各課には課長、課長補佐、係長の下に複数の主事・技師が配置されており、それぞれの業務領域(例:給与計算のみを担当する係、総合計画の進行管理のみを担当する係)に専念できる体制が整っている。
これにより、日々のルーティン業務(議会対応や決算書類の作成)を滞りなく処理しながら、並行して「10年後のまちづくりのグランドデザインを描く」「新たな人事評価制度を設計する」といった未来志向の戦略的業務にリソースを割く余力が生まれる。
組織のテリトリーや名称にくくり(違い)はあるものの、中核市レベルであれば、これらのバックヤード機能全体を足し合わせた際に、十分な専門性を担保できるだけの「絶対数」が存在しているのである。
6. 小規模自治体における絶対的リソースの枯渇:弥富市の現状と課題
翻って、愛知県西部に位置する弥富市(人口約4万人)のような小規模自治体の中枢部門はどのような状況に置かれているのか。ここで、人口規模に応じた「50分の1」という数字の限界が極めて顕著に現れる。
6.1. 弥富市の定員管理の現状と総職員数の制約
弥富市は、行政運営の効率化と安定した組織運営を両立させるため、令和6年度から令和10年度までの5年間を計画期間とする「【第2期】弥富市職員定員適正化計画」を策定し、定員管理に取り組んでいる。
同計画の現状分析によれば、弥富市の令和5年度における総職員数は348人である。
これは、前計画で定めた令和5年度の目標数値(344人)をやや上回っているが、その主な要因として市は「行政改革推進のための総務・企画部門強化」や「都市整備事業(JR・名鉄弥富駅自由通路整備や土地区画整理事業など)推進のための職員増」を挙げている。
また、保育所調理業務の民間委託等により民生部門の職員を削減し、捻出した人員をバックヤードや重要事業に振り向けている苦労の跡がうかがえる。
ここで重要なのは「348人」という絶対的な総枠である。名古屋市全体の職員数(数万人規模)と比較すると、実に100分の1以下のスケールである。
さらに言えば、名古屋市の「緑政土木局」という単一の局(約1,500人)と比較しても、その4分の1以下の人数で、教育、福祉、土木、税務、そしてバックヤードに至る「市役所の全機能」を維持しなければならないのである。
6.2. 割合(比率)の高さと絶対数の決定的な不足
仮に、名古屋市の緑政土木局におけるバックヤード(企画経理課や総務課)が局全体の2〜3%(約30〜45人)であったとしよう。
弥富市全体(348人)において、人事秘書、総務、財政、企画政策といったバックヤード機能にどれだけの人員を割けるだろうか。
小規模自治体においては、前述の「固定コスト」としての業務(予算編成、条例制定、国や県との調整、選挙管理など)が存在するため、バックヤード部門の人員を単純に50分の1(あるいは100分の1)に切り詰めることはできない。
結果として、総職員数に占めるバックヤード部門の「割合(比率)」は、大規模自治体よりもむしろ高くなる傾向がある。
ユーザーが指摘する「どうしても規模が小さい分だけ(割合としては)多いはず」という直感は、組織論的に極めて正しい。
しかし、比率が高くても、母数(総職員数)が348人しかいないため、導き出される「絶対数」は極めて少なくなる。
総務課、財政課、企画政策課をすべて足し合わせても、十数名から二十数名程度にしかならないのが実情である。
6.3. ゼネラリスト化による戦略的思考の欠落と「組織力」の限界
この「絶対数の不足」がもたらす致命的な結果が、職員の過度なゼネラリスト化と、それに伴う政策立案能力(組織力)の構造的な低下である。
弥富市のような規模では、一人の担当者が「来年度の予算編成の査定」を行いつつ、「DX推進の旗振り」をし、さらに「ふるさと納税の企画」や「議会答弁の作成」を兼務するといった事態が日常的に発生する。
数名のスタッフで、大都市の数百人が行っている領域をカバーしなければならないため、日々のルーティン業務や締切のある法定業務(決算書の作成など)に忙殺される。
その結果、「現状の課題をデータで分析し、10年後の人口動態を見据えた抜本的な政策を企画する」といった、本来バックヤードが担うべき高度な中枢神経としての機能が麻痺してしまう。
現場レベル(フロントライン)での住民票の発行や生活保護のケースワークは、個々の職員の奮闘により大都市と遜色なく「そこそこやれている」としても、組織全体としてみたときの「戦略的な組織力」においては、構造的に大きな差をつけられてしまうのである。
これが、小規模自治体が抱える最も深く、かつ見えにくい問題点である。
7. トップマネジメントによる中枢機能の代替:飛騨市・都竹市長の「選択と集中」モデル
絶対的な人員不足に起因する中枢神経の機能不全を、中小規模自治体はどのように克服すべきか。
この問いに対する極めて実践的かつ効果的なアプローチを示しているのが、岐阜県飛騨市(人口約2万2千人)の事例である。
飛騨市は弥富市よりもさらに規模が小さく、少子高齢化と過疎化の最前線に立つ自治体であるが、同市の都竹淳也(つづく・じゅんや)市長が実践する組織マネジメントと予算編成プロセスは、小規模自治体のバックヤード不足を補う一つの「完成形」とも言える。
7.1. 予算編成プロセスの抜本的改革と政策協議の導入
一般的な自治体の予算編成は、秋口に各現場の課から予算要求が上がり、それを財政課や総務部が財務的・形式的な観点から一次査定し、最終的に12月から1月頃にかけて副市長や首長へと上がるという、ボトムアップとトップダウンの折衷型をとる。
しかし前述の通り、小規模自治体では財政課の人数も限られているため、このプロセスは「戦略的な優先順位付け(選択と集中)」よりも、「前年度踏襲型の微修正」や「財政難を理由とした一律の予算削減」に陥りがちである。
また、年末の段階で首長が政策の根本的な欠陥に気づいたとしても、スケジュール的に練り直す時間は残されていない。
都竹市長は、この「詰めの甘さ」と「中枢部門の機能不足」を解消するため、予算編成の仕組みそのものを「政策協議中心」へと根本から作り変えた。 飛騨市では、予算編成の前段として、1年をかけた綿密なプロセスが組まれている。
-
6月〜7月: 市長から次年度の予算編成の方針(テーマ)が示される。
-
夏期: 職員は方針を踏まえ、政策作りのための情報収集やデータ分析に徹する。
-
9月頃: 出来上がった政策案を、総合政策課との議論を通じてブラッシュアップする。
-
10月以降: 市長と各部局による徹底的な「政策協議」がスタートする。
7.2. 首長が「100人分の中枢幹部」を担うメカニズム
飛騨市の強みは、この10月以降の「政策協議」にある。都竹市長は単に財政的な観点から「予算を切る」という議論は行わない。
その代わり、担当者に対して「どんな課題を解決しようとしているのか」「関係者の意見は聞いたのか」「市民に納得してもらえるのか」といった本質的な問い掛けを徹底的に行い、事業の価値や解決策を見極める。
特筆すべきは、この政策協議に費やす時間と、その参加形態である。
都竹市長は昨年度、この政策協議になんと80時間以上の時間を自ら費やしている。
秋の行事や出張で多忙を極める中、移動中の車内や出張先のホテルからオンライン会議を繋ぎ、寸暇を惜しんでこの討議の時間を捻出しているのである。
また、協議は課単位や係ごとに時間をとり、副市長、部長、課長、担当者に加え、総合政策課や財政課の職員、さらには新規採用の若手職員までもが同じ部屋(あるいはオンラインの場)に集まる「全員参加型」で行われる。
その場で、担当者が「飛騨市としてはこれを先に取り組むべきです」「この事業は廃止すべきです」と提案し、市長が直接その場で議論を深め、指示(命令)を出す。
階層を飛ばして全員が同じ情報を共有するため、役所特有の「幹部の意識が変わらず挑戦が前に進まない」といったボトルネックが完全に排除される。
名古屋市のような大都市であれば、何十人、何百人という企画・財政部門の専門スタッフと中枢幹部が、膨大な時間をかけて根回しと調整を行い、ようやく「選択と集中」のロジックを組み立てる。
飛騨市においては、その大都市の中枢神経の役割を、市長というトップ自らがファシリテーター兼最高戦略責任者として一人で担っているのである。
人口規模では大都市の100分の1以下であっても、首長が「大都市の中枢幹部100人分以上の仕事」を引き受け、直接現場と接続することで、組織全体の戦略立案レベルを強制的に引き上げている。
7.3. 人的リソースの育成と「強みの組み合わせ」
この圧倒的な時間投資を伴うプロセスを7年間繰り返してきたことで、飛騨市の職員(特に若い職員)の政策立案マインドとロジカルシンキングのレベルは劇的に向上し、市役所の大きな財産となっている。
さらに、市長はこの緻密な政策協議を通じて、職員一人ひとりの強みや得意・不得意(例:「ゼロから企画を考えるのは苦手だが、人の意見をまとめるのが得意」「細かい実務や会計手続きが得意」など)を完全に把握している。
その結果、「新しいことに挑戦するのが得意な企画系職員」のパートナーとして「実務が得意な職員」を配置するといった、強みを組み合わせた緻密な人事配置が可能となっている。
少人数しかいないバックヤード人材のポテンシャルを極限まで引き出す、高度なタレントマネジメントが実現されているのである。
8. 人口減少社会における制度的ボトルネックと今後の地方行財政の在り方
弥富市のような中小規模自治体が、飛騨市のような首長の個人的な卓越性と熱量に依存せずとも、構造的に生き残っていくためにはどうすればよいのか。
都竹市長の眼差しは、単なる内部マネジメントにとどまらず、国が定める制度的枠組みの変革にも向けられている。
8.1. 縮小社会に適合しない制度の弊害
都竹市長は、政府の「人口減少対策に関する意見聴取プロジェクトチーム」におけるヒアリングにおいて、人口減少対策を阻む要因として「財政インセンティブの歪み」と「制度のボトルネック」を指摘している。
特に深刻なのが制度のボトルネックである。現在の中央集権的な行政システムは、高度経済成長期から続く「拡大する社会」を前提に設計されているものが多く、縮小社会には全く適合していない。
例えば、人口減少に伴って維持が困難になった公共施設を統廃合・廃止しようとしても、過去に投入された国庫補助金の制約(財産処分の制限や返還義務)がネックとなり、やむを得ず赤字を垂れ流しながら維持を続けざるを得ないケースが多発している。
また、複数の福祉サービスの送迎を合理化するために統合しようとしても、根拠となる法律や制度の縦割り規制によって容易に実現できないといった問題もある。
少人数のバックヤード職員しか持たない小規模自治体にとって、こうした国の複雑な制度や規制の壁を一つ一つ突破するための手続き(特区申請や補助金返還の交渉など)は、それ自体が膨大な事務負担となり、本来向かうべき未来志向の政策立案からさらにリソースを奪う結果となっている。
8.2. 人口減少特区の創設と広域的なDXの推進
この事態を打開するため、都竹市長は「人口減少特区」の設定を提言している。
これは、人口減少が一定以上進んだ地域に対して包括的な特区制度を設け、様々な規制を緩和することで、地域生活サービスの存続、土地や建物の有効活用、さらには人材の共有などを容易にするという画期的な提案である。
これに加えて、弥富市のような自治体が中枢機能を維持するためには、近隣自治体(例えば愛知県西部の海部地域など)との間でバックヤード業務(給与計算、財務システムの運用、例規の審査など)を共同化・シェアリングし、人工的に「規模の経済」を創出する取り組みが急務となる。
さらに、業務プロセスの抜本的な見直し(BPR)とデジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進は避けて通れない。
しかし、小規模自治体では高齢化に伴うデジタルリテラシーの格差や、若手IT人材の都市部への流出により、庁内でのDX推進体制を維持することがますます困難になっているという現実もある。
紙文化の廃止やオンライン申請の導入に反対する声も根強く、この推進にはやはり首長の強力なリーダーシップと、外部の専門人材(副業人材等の積極的活用)を巻き込んだ体制構築が不可欠である。
9. 結論
本報告書における弥富市、名古屋市、中核市、そして飛騨市の比較分析から得られた結論は明確である。
地方自治体の運営において、「人口規模に比例してバックヤード部門も縮小できる」という線形的なモデルは完全にフィクションである。
行政という法治システムの性質上、規模が小さくなるほどバックヤードの維持にかかる相対的なコスト(固定費)は増大し、その結果として、少数の職員が過度なゼネラリスト化を強いられ、組織全体の「戦略立案能力」が構造的に低下していく。
名古屋市や一宮市などの大規模・中核自治体が、数十名から数百名規模の専門特化したスタッフ部門を擁し、高度な政策評価や中長期計画の策定を組織的に行えるのに対し、弥富市のような規模(総職員数約348人)では、日々の法定業務とフロントラインの維持だけで人的リソースが枯渇してしまう。
現場での住民対応が「そこそこやれている」からこそ、水面下で進行している「組織の中枢神経の機能不全」は見過ごされやすいが、これは自治体の持続可能性に対する重大な危機である。
この「規模の不経済」に対する最も有効かつ実践的なアンチテーゼが、飛騨市の都竹市長によるマネジメントである。
巨大な中枢部門を持てない小規模自治体だからこそ、トップ自らが年間80時間を超える時間を捻出し、大都市の幹部100人分の知恵と熱量を注ぎ込んで「政策協議」を行うことで、質の高い「選択と集中」を実現している。
これは単なる査定作業ではなく、限られた人的リソースを最も付加価値の高い政策へと誘導し、同時に職員の思考力を鍛え上げるための「直接的な神経伝達プロセス」である。
弥富市をはじめとする中小規模自治体が今後生き残るためには、自らが直面している「中枢機能の絶対的枯渇」という構造的弱点をまず直視しなければならない。
その上で、飛騨市のように首長の強力なイニシアチブのもとで組織の意思決定プロセスを全員参加型のフラットなものへと革新し、並行して「人口減少特区」的な規制緩和の活用、バックヤード業務の広域連携、そして外部人材を交えた徹底的なDX化を進める必要がある。
大都市の「縮小版」を作るという幻想を捨て、小規模であることを逆手に取ったアジャイル(俊敏)な組織への脱皮こそが、今後の地方行財政運営に求められる唯一の道筋である。

