――市民4万3,000人の「知る権利」と、自浄作用を失った弥富市政の責任
1. 「業者の書類」であっても、役所に提出された瞬間から「市民の公文書」です
今回、私たちが裁判所に提出した一連の資料について、「事業者が役所に提出した書類(私文書)なのだから、公開されるのは困るのではないか」という声を聞くことがあります。
しかし、これは日本の法体系と行政の仕組みを根本から誤解しています。
事業者が「この土地を安く払い下げてほしい」「この土地と交換してほしい」と弥富市に申請書類を提出し、役所が受理した瞬間から、その資料は市民全体の共有財産である「公文書(行政文書)」になります。
役所に文書を出すということは、弥富市民4万3,000人に向かって「市民の財産である土地を売ってください」「交換してください」と請求したことと同義です。
それを元建設部長や市長の了解を得るために作成されたからといって、「表に出たら困る」などという理屈は通りません。
市民の共有財産を処分する手続きである以上、その決定過程や提出資料は、すべて市民の目線に晒されるのが法治国家の当然のルールです。
2. 職員や幹部は「市長」ではなく「4万3,000人の市民」に責任を負う
行政実務では、市長の権限が部長や課長へと委任(専決・代決)され、日々の決済が行われています。
ここで勘違いしてはならないのは、部長や課長の説明責任・結果責任は、上司である市長に対してではなく、究極的には4万3,000人の市民全員に対して課せられているということです。
私がかつて勤めていた名古屋市をはじめ、健全な自治体であれば「市民から疑念を抱かれない身の処し方」「公人としての倫理」が職員に徹底されます。
しかし、今回の弥富市の一連の対応(不当な土地処分や談合、不透明な対策会議)を見る限り、組織全体として公務員としての身の処し方が本当に教育され、共有されているのか、甚だ疑問と言わざるを得ません。
3. 行政文書の真のオーナーは市民――「知る権利」と「積極的公表」の精神
情報公開条例の真の精神は、市民が窓口に行って1枚数十円のコピー代を払って「見せてもらう」という消極的なものではありません。
行政の真のオーナーである市民に対し、市役所の側から積極的に情報を開示し、納得してもらうこと(積極的公表)こそが本来の姿です。
本来であれば、市役所自らが今回のマンション開発に伴う土地売却や交換の経緯をオープンにし、市民の疑問に答えるべきでした。
あるいは、私たちが住民訴訟へ踏み切る前の「住民監査請求」の段階で、監査委員が市に対して自浄・是正措置を命じ、情報を自ら公表させるべきだったのです。
自治体の自浄作用や監査機能が完全に停止しているからこそ、私たち議員やオンブズマンが自費でコピーを取り、自らの時間を費やして、市役所に代わって市民への説明責任(情報公開)を代行しているのが、今回の住民訴訟のもう一つの側面です。
4. 住民訴訟の進捗と今後の情報公開について
2026年7月31日、私たちは名古屋地方裁判所に訴状を提出し、正式に受理されました。
現在は裁判所による書類の形式チェックや不備修正の段階であり、この手続きが完了次第、印紙代等を納付し、被告(市長、副市長、元建設部長ら)へ正式に訴状が送達される運びとなります。
私の手元にある各種内部資料の信憑性には絶対の自信を持っています。
ただし、ただ闇雲に書類を撒き散らすのではなく、法的手続きの進捗に合わせ、市民の皆様がしっかりと納得・理解できる形で段階的に情報を公開し、ご報告してまいります。
市民の財産を守り、隠し事のない「当たり前の弥富市政」を取り戻すため、引き続き検証と追及を続けてまいります。

