
愛知県弥富市はいま、数十年先の「まちの姿」を決定づける歴史的な転換点を迎えています。
現在、市役所では約12年ぶりとなる大規模な「農地ルールの全体見直し」が進められていますが、これは単なる地図の引き直し(行政手続き)ではありません。市内に蔓延する違法な資材ヤード問題への対応や、新たな幹線道路「一宮西港道路」の開通を見据えた物流拠点の開発と、年々厳格化する農地規制との間に極めて深刻な矛盾が生じているのです。
市民の生活環境や景観、産業の未来を左右する重大な方針が、議会や市民への十分な説明がないまま決まってしまう懸念がある中、いま弥富市で何が起きており、なぜ私たちがこの問題に注目すべきなのか。複雑に絡み合う「農地とまちづくり」の核心を、分かりやすく紐解きます。
弥富市の未来を左右する「農地とまちづくり」の大転換
〜いま、市民が知っておくべき4つのポイント〜
弥富市は、豊かな水と土に恵まれた「農業の町」であると同時に、高速道路や名古屋港に近い「物流の拠点」という2つの顔を持っています。
現在、市役所では令和7〜8年度にかけて、市の将来の景色を大きく変える「農地ルールの全体見直し」が行われています。しかし、この見直し作業には、資材置き場問題や新しい道路計画との矛盾など、市民の生活環境に直結する大きな課題が隠されています。
以下に、現状の課題と重要なポイントをまとめました。
1. 「12年ぶり」の農地マップ大改訂による混乱
市内の農地は、大きく分けて「青地(絶対に守る優良農地)」と「白地(条件次第で開発できる農地)」に分けられています。通常、このマップは5年ごとに見直すのが理想ですが、弥富市では約12年間も全体見直しが放置されていました。
その結果、地図上では「優良な農地(青地)」なのに実際は荒れ地になっていたり、逆に開発してはいけない場所に建物が建っていたりと、「計画と現実のズレ」が限界に達しています。現在、このズレを正すための大規模な線引きのやり直しが行われています。
2. 横行する「違法な資材ヤード」と甘い監視
弥富市は交通の便が良いため、「農地を駐車場や資材置き場(ヤード)にしたい」という業者のニーズが常にあります。農地を無断で資材置き場に変えることは重罪(農地法違反)ですが、市内では違法なヤード化が常態化している実態があります。
今回のマップ見直しにおいて最も警戒すべきは、「すでに違法に資材置き場になっているから、この際『白地』に変更して認めてしまおう」という事後追認(やったもの勝ち)が行われる危険性です。これは、真面目に農業を続けている市民への裏切りになりかねません。
3. 「新しい道路」と「農地」の激しい矛盾
弥富市には現在、3つの巨大な計画が存在しており、それぞれが矛盾した未来図を描いています。
| 計画の名前 | 目指している方向性 |
| 農地の見直し(農振計画) | 優良な農地を厳格に守り、無秩序な開発を許さない。 |
| 地域の農業計画(地域計画) | 10年後、誰がどの農地を耕作するかをガッチリ決めて保護する。 |
| 都市計画(マスタープラン) | 新しい**「一宮西港道路」**などを活かし、沿道を物流・産業拠点として開発したい。 |
市は新しい道路の周りを「産業エリア」として開発したいと考えていますが、新しい農地の法律は非常に厳しく、「一度『守るべき農地』に指定されると、後から物流施設などに変えるのはほぼ不可能(数ヶ月〜年単位の時間がかかる)」となっています。この2つの計画のすり合わせを行わなければ、「道路はできたけど、周りは農地規制に縛られて何も作れない」という事態に陥ってしまいます。
4. 市議会と市民による「監視」が急務
これほどまでに弥富市の未来の姿(土地の使われ方)を左右する重大な見直しが行われているにもかかわらず、市側から市議会に対する報告や説明がほとんどなされていません。
一部の行政担当者だけで密室の決定が進んでしまえば、市民の生活環境(交通渋滞、景観、治安など)に悪影響を及ぼす可能性があります。市議会や市民は、以下の点を市に強く求めていく必要があります。
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透明性の確保: どのような基準で農地の「青(保全)」と「白(開発)」を分けているのか、明確に公表させること。
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違反への厳格な対応: 違法な資材ヤードを安易に「追認」せず、原状回復を求めること。
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統一された街づくり: 農業部門と都市開発部門がバラバラに動くのではなく、「一宮西港道路」を見据えた総合的な議論の場を設けること。
まとめ
今回の「農地計画の見直し」は、単なる事務手続きではありません。「農業を守るのか」「物流拠点として開発するのか」「違法なヤードにどう対処するのか」という、弥富市の根幹に関わる選択です。美しい農地と活気ある産業が両立する持続可能な町にするために、市民や議会が行政の動きをしっかりとチェックしていくことが、今まさに求められています。
弥富市における農業振興地域整備計画の全体見直しと各種法定計画の連動性に関する総合考察
愛知県弥富市は、木曽川水系の豊かな水資源と肥沃な濃尾平野の恩恵を受け、古くから稲作や金魚の養殖をはじめとする多様な農業・水産業が営まれてきた地域である。
その一方で、東名阪自動車道、伊勢湾岸自動車道、国道1号、国道23号といった東西を貫く広域幹線道路網を擁し、名古屋港(弥富ふ頭・鍋田ふ頭)という国際的な物流拠点を抱えることから、産業・物流用地としての開発圧力が極めて高いという二面性を持っている。
このような地理的・経済的特性を持つ本市において、令和7年度(2025年度)から令和8年度(2026年度)の2か年予算を投じて実施されている「農業振興地域整備計画(以下、農振計画)」の全体見直しは、単なる行政上の定例手続きにとどまらず、将来の都市空間構造を決定づける極めて重要な政策決定プロセスである。
本報告書は、約12年ぶりとなるこの農振計画の大規模見直しを起点とし、昨年度(令和7年3月31日)に策定された「地域計画」、近年顕在化している農地の資材ヤード等への違反転用問題、そして「一宮西港道路」の整備を見据えた「都市計画マスタープラン」との相互の法的な関係性について、専門的見地から網羅的に分析を行う。
また、これら市の骨格を成す計画の策定・改定プロセスにおいて、市議会に対する執行部からの報告がなされていない現状のガバナンス上の課題を抽出し、議会がいかにして監視機能を発揮し、政策的介入を図るべきかについて論及する。
1. 農業振興地域整備計画の全体見直しの背景と長期的空白の弊害
1.1 制度の概要と全体見直しのスケジュール
農業振興地域制度とは、「農業振興地域の整備に関する法律(以下、農振法)」に基づき、優良な農地を保全しつつ、総合的かつ計画的に農業の振興を図るための法定制度である。
農地の無秩序な宅地化や市街化が進展する中で、農業と非農業的土地利用との調整を図り、長期にわたって農業施策を計画的・集中的に実施すべき地域を明確にすることを目的としている。
弥富市においては、市街化区域を除く「市街化調整区域のすべて」が、愛知県知事から農業振興地域としての指定を受けている。
この指定を受け、市は自らのマスタープランとして「農業振興地域整備計画」を策定しており、計画内には「農用地区域の指定および当該区域内土地の農業上の用途区分(農用地利用計画)」や「農業生産基盤の整備開発計画」などが定められている。
通常、この計画はおおむね5年ごとに基礎調査を実施し、社会情勢の変化に応じて見直しを行うことが推奨されているが、本市においては約12年ぶりという長期間を経ての全体見直しとなっている。
市は令和7年度および令和8年度の2か年をかけて全体見直しを行うため、実務上の混乱を避ける行政措置として、令和8年5月7日および令和8年8月5日を締切りとする農振除外(農用地区域からの除外)の個別の申出受付を特例的に中止(停止)している。
これは、全市的な農地のゾーニング再編というマクロな作業と、個別の地権者からのミクロな除外申請が同時並行で進むことにより、計画全体の法的整合性が破綻することを防ぐための不可欠な措置である。
1.2 「青地」と「白地」の乖離がもたらす行政的・空間的歪み
農振法に基づく計画では、今後10年以上の長期にわたり農業上の利用を確保すべき優良農地を「農用地区域(通称:青地)」として指定し、それ以外の農業振興地域内の農地を「その他の農用地(通称:白地)」として区分している。
青地は、10ヘクタール以上の集団的な農用地や、土地改良事業の対象区域内にある土地などが該当し、農業施策が集中的に投下される反面、住宅や商業施設、資材置場などへの転用は原則として不可能であり、極めて厳格に制限されている。
転用を行う場合は、農地法に基づく許可申請の前に、この青地から除外する「農振除外」という高いハードルを越えなければならない。
ここで問題となるのが、12年という長期間、全体見直しが放置されていたことによる「計画と実態の乖離」である。
農業従事者の高齢化や後継者不足、さらには都市部からの開発圧力により、現地の状況は12年前から激変している。
机上の計画図では優良な「青地」として着色されていても、実際には長年の耕作放棄により荒廃化している農地が存在する一方で、本来であれば開発が許容されやすい「白地」において無秩序な開発が進み、隣接する青地の営農環境(日照、通風、用排水路の維持管理)に深刻な悪影響を及ぼしているケースが散見される。
この乖離は、行政の裁量権行使を極めて困難にする。
長期間見直しを怠ったことは、結果として「青地=絶対保全」「白地=開発可能」という本来の制度趣旨を超えた硬直化を生み出した。
あるいは逆に、実態に合わせたなし崩し的な転用許可を余儀なくされる温床となってきたと言わざるを得ない。
令和8年度の全体見直しに向けて昨年度に実施された農用地の各所有者の利用状況や意向調査は、この12年間の歪みを是正し、現在の実態と将来の営農ビジョンに即した新たな境界線を引き直すための不可欠な基礎データとなる。
2. 「地域計画」と各種法定計画の複雑な階層構造
弥富市の農地行政における近年の最大の構造的変化は、令和5年4月に施行された改正農業経営基盤強化促進法に基づく「地域計画」の策定である。
市は令和7年3月31日をもって、市街化調整区域内のすべての農地(農振青地および農振白地)を対象に、この地域計画を策定・公告した。
議会として深く理解すべきは、既存の「農振計画」とこの新たな「地域計画」が法的にどのようにリンクし、行政実務にどのような影響を及ぼしているかという点である。
2.1 「目標地図」の策定とソフト・ハードの融合
従来の「人・農地プラン」を発展させた「地域計画」は、おおむね10年後の農地利用の姿を示す「目標地図」を包含している。
これは「農業の未来設計図」として位置づけられ、地域の中心となる認定農業者など(農業を担う者)に対して農地を集積・集約化し、誰がどの農地を耕作するかを明確にするためのマスタープランである。
法的な関係性を整理すると、農振計画(農振法)が「土地の用途や保全(ゾーニング)」を定めるハード面の規制であるのに対し、地域計画(農業経営基盤強化促進法)は「その土地を誰がどのように利用するか(利用の集積)」を定めるソフト面の計画である。
しかし、近年の法改正により、これら二つの計画は極めて強力に連動することとなった。
2.2 農振除外要件の厳格化と「第2号要件」の衝撃
青地を農地以外の用途(住宅、資材置場、駐車場等)に転用するためには、農振法第13条第2項に基づく「農振除外」の手続きが必須である。
この農振除外には、絶対的に満たさなければならない以下の「6要件」が存在する。
| 農振法第13条第2項に基づく除外の6要件 | 法的解釈および地域計画との関連性 |
|---|---|
| 第1号要件 |
農地以外の用途に供することが必要かつ適当であり、農用地区域外(白地等)に代替する土地がないと認められること。具体的な転用計画があり、必要最小限の面積であることが求められる。 |
| 第2号要件 |
地域計画の達成に支障を及ぼすおそれがないと認められること。令和7年3月31日策定の弥富市地域計画の将来ビジョンと相反する除外は法的に認められない。 |
| 第3号要件 |
農用地の集団化、農作業の効率化等、農業上の効率的かつ総合的な利用に支障がないこと。青地の中心部をくり抜くような除外は不可とされる。 |
| 第4号要件 |
効率的かつ安定的な農業経営を営む者(担い手)への農用地の利用集積に支障がないこと。 |
| 第5号要件 |
土地改良施設(ため池、農道、用排水路等)の機能に支障を及ぼすおそれがないこと。 |
| 第6号要件 |
土地改良事業(用排水路の新設・変更や区画整理等)の完了年度の翌年度から起算して8年を経過している土地であること。 |
ここで特筆すべきは、改正農振法により第2号要件に「地域計画の達成に支障を及ぼすおそれがないこと」が明確に組み込まれた点である。
これにより、弥富市において農地転用を行う際には、青地・白地を問わず「あらかじめ地域計画の区域からその農地を除外しておくこと(地域計画の変更)」が、すべてに先立つ法的な大前提となった。
2.3 長期化・複雑化する行政手続きのプロセス
この法改正により、開発事業者や地権者が農地を転用する際の手続きは劇的に複雑化し、期間も長期化している。
弥富市における手続きの標準的なフローは以下の通りである。
| 段階 | 手続き内容(白地農地の場合の例) | 所要期間の目安および特徴 |
|---|---|---|
| 第1段階 |
事前相談:産業振興課、農業委員会、土地改良区等との事前調整。 |
不備を防ぐため必須。海部、弥富、鍋田、十四山、孫宝などの各土地改良区との調整が含まれる。 |
| 第2段階 |
地域計画変更申出:毎月5日締切で産業振興課へ提出。 |
農地転用許可申請をする月の3か月前までの提出が義務付けられている。 |
| 第3段階 |
変更協議の場・意見聴取:市ホームページ等での意見募集や関係機関の聴取。 |
利害関係人(所有者、耕作権者)は意見書を提出可能。 |
| 第4段階 |
公告・縦覧:変更案を約2週間縦覧に供する。 |
法定手続きとしての透明性確保。 |
| 第5段階 |
策定・公告:地域計画からの除外が完了。 |
ここまでで最長2か月程度を要する。 |
| 第6段階 |
農振除外の申出(青地の場合):県との事前調整、同意取得。 |
青地の場合は並行処理が可能だが、除外完了までさらに約6か月を要する。 |
| 第7段階 |
農地法許可申請:農業委員会経由で愛知県知事等へ提出。 |
最終的な転用許可。 |
かつては農地法の手続きのみ、あるいは農振除外のみで進められていた案件が、必ず「地域計画の変更」というフィルターを通ることになった。
これは、行政側の恣意的な裁量(見逃しや安易な許可)を制限し、地域の農業関係者の合意形成を義務付けるものであり、厳格な運用が制度的に担保されたことを意味する。
3. 農地転用の現状と課題:資材ヤードと違反転用の蔓延
法定計画が精緻化・厳格化される一方で、現場の実態として弥富市が直面している極めて深刻な課題が、農地を無断で駐車場や資材置場(資材ヤード)等へ転用する「違反転用」の常態化である。
3.1 厳格な法規制と「緩み」の体感の背景
農地を資材置場や工場などに転用することは、農振法および農地法で厳しく制限されている。
許可を受ける必要があるにもかかわらず、無断で転用した場合は農地法違反となり、原状回復命令の対象となる。
この命令に違反した場合、個人には3年以下の懲役または300万円以下の罰金、法人には1億円以下の罰金という、極めて重い刑事罰が科される(農地法第64条、第67条)。
しかしながら、利用者の指摘にある「比較的弥富市は厳しかったような気もするが、最近それがかなりいろいろ(緩く)なっている気がする」という体感が生じている背景には、複数の構造的・経済的要因が推察される。
第一に、弥富市の持つ圧倒的な物流ポテンシャルである。
伊勢湾岸自動車道、国道23号、国道1号といった重厚な広域交通網と、名古屋港(弥富ふ頭・鍋田ふ頭)という国際的な物流拠点を抱える本市では、トラックターミナル、コンテナヤード、建設機械や資材の置き場としての用地需要が恒常的に高く、かつ賃料相場も高騰しやすい。
この強烈な経済的圧力が、わずかな農業収益をはるかに上回り、地権者と事業者の間で水面下の無断転用を誘発しているのである。
第二に、行政の監視体制の限界と「事後追認」の疑念である。
市議会の議事録等においても、Googleストリートビューの時系列データ等から、明らかな農地法違反(無断で工場や資材置場が建設されている状態)が放置されている実態が指摘されており、さらに違反転用を行っている当事者が公的な委員に就任している可能性すら示唆される事態に陥っている。
行政が広大な市域のすべての農地をパトロールし、違反を現認して即座に原状回復命令を出し、さらには強制執行まで踏み切ることは、人員的・財政的リソースの観点から極めて困難である。
結果として、すでに強引に資材置場として既成事実化してしまった土地に対し、数年後に何らかの理由をつけて白地への編入や転用許可を出してしまう「追認」が行われているとすれば、それが市民や事業者の目に「弥富市の規制は形骸化しており、やった者勝ちである」と映る決定的な要因となる。
3.2 12年間の見直し放置がもたらした副作用
前述した「12年間全体見直しが行われなかった」という事実が、この違反転用問題と密接に絡み合っている。
農振計画が実態と乖離したまま放置されると、優良農地として守るべき青地の輪郭が曖昧になる。
隣接する白地で無秩序なヤード開発が進めば、青地の営農環境(日照遮断、土砂の流入、用排水路の汚染・破壊)は悪化し、結果として青地での営農継続が困難になり、耕作放棄地化する。
これがさらなるヤード化の連鎖を生むという悪循環に陥る。
令和8年度に予定されている全体見直しは、単に書類上の青と白の線を書き直す作業ではない。
これら市内に蔓延する違反転用地をどのように取り扱うか—
—すなわち、法の支配を貫徹して厳格に原状回復を命じ、青地として維持するのか、それとも現状追認的に白地化・除外を認めてしまうのか—
—という、市の農地行政の根幹に関わる重大な意思決定を伴うものである。
4. 都市計画マスタープランとの衝突:一宮西港道路の影響と開発圧力
弥富市における農地問題、特に無秩序な開発圧力を構造的に理解する上で、もう一つ欠かすことのできない上位計画が「都市計画マスタープラン(以下、都市マス)」である。
本計画は、都市計画法第18条の2に基づく「市町村の都市計画に関する基本的な方針」であり、総合計画を踏まえ、本市の将来像や土地利用の方針を明らかにする総合的な指針である。
現在の弥富市都市マスは、平成31年度(2019年度)から令和10年度(2028年度)までのおおむね10年間を計画期間としており、将来人口約43,000人を想定したコンパクトな市街地形成を目指している。
4.1 一宮西港道路の早期実現と交通軸の形成
この都市マスにおいて、本市の将来の空間構造を劇的に変容させる最も重要な都市インフラとして位置づけられているのが、地域高規格道路「一宮西港道路」の整備構想である。
一宮西港道路は、東海北陸自動車道の南伸として位置づけられ、一宮市方面から弥富市を経由して名古屋港へ至る新たな広域幹線道路である。
都市マスでは、本市と中部地方の主要都市を結び、広域的なヒトやモノの交流・流通の主軸となる動線として極めて高く評価されており、関係機関との情報共有・検討を通じた早期実現が基本方針に掲げられている。
4.2 「沿道産業利用調整エリア」と農地の競合
広域幹線道路の整備は、必然的にそのインターチェンジ周辺や沿道の土地利用に劇的な変化(開発圧力)をもたらす。
弥富市の都市マスでは、土地利用方針の中で「沿道産業利用調整エリア」という特筆すべき概念を打ち出している。
このエリアの整備・誘導方針には、「名古屋港と後背地を結ぶ幹線道路の機能及び沿道の立地ポテンシャルを考慮しつつ、農地の生産機能と港湾の物流機能が互いに連携・共存可能な施設については立地の許容を検討する」と明記されている。
一方で、その他の地域については「農漁業エリア」として「農業や内水面養殖漁業の生産環境に配慮しつつ維持管理を図る」とし、「自然環境エリア」として「良好な自然環境を保全する」と定めている。
この「沿道産業利用調整エリア」の指定は、見方を変えれば「一宮西港道路や国道23号などの幹線道路沿いであれば、一定の条件下で農地を物流施設や産業施設へ転換していくことを、都市計画の観点からは許容し、誘導する」という明確な政策的メッセージである。
4.3 各種マスタープラン間の強烈なコンフリクトと調整の必要性
ここに、法定計画間の強烈なコンフリクト(衝突)の火種が存在する。
弥富市の空間を支配する3つの巨大なマスタープランが、同じ土地に対して全く異なる将来像を描いている可能性があるからである。
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農業振興地域整備計画(農振法):優良農地(青地)を厳格に保全し、無秩序な転用を一切認めない。
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地域計画(農業経営基盤強化促進法):10年後の農業の担い手に農地を集積し、持続的な営農環境を保護する。
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都市計画マスタープラン(都市計画法):一宮西港道路等のインフラを活かし、沿道を物流・産業拠点として高度利用する。
令和8年度に行われる農振計画の全体見直しは、この「都市計画マスタープランの将来像(令和10年度目標)」と「地域計画の目標地図」を整合させる、12年に1度の極めて重要な機会である。
仮に、一宮西港道路の想定ルートやその沿道の「沿道産業利用調整エリア」が、今回の農振計画の見直しにおいても漫然と「農振青地」や「地域計画の目標地図(保全農地)」として指定され続けた場合どうなるか。
いざインフラ整備や企業誘致が進展し、具体的な物流施設の建設計画が立ち上がった段階で、前述した「地域計画の変更(数か月)+農振除外(半年以上)+農地転用許可」という途方もない行政手続きの壁に直面することになる。
第2号要件(地域計画の達成に支障がないこと)を満たせず、開発が頓挫する、あるいは決定的な遅れをもたらすリスクが高い。
逆に、将来の開発を見越して、明確な事業計画もないままに沿道の青地を安易に大量に白地化(除外)すればどうなるか。
それは国や愛知県が定める農地確保の目標面積(愛知県全体での最終的な確保面積目標など)を大きく割り込むことになり、農業行政としてのガバナンスが崩壊する。
現在蔓延している資材ヤード等の無秩序な開発は、まさにこの「インフラ期待による地価上昇」と「厳格すぎる農地規制」のギャップ、そして「計画間のタイムラグ」の隙間を突いて発生している市場の歪みの現れである。
5. 議会の役割とガバナンス:報告の必要性と今後の監視体制
利用者の指摘にある「この地域の見直し等について、市議会に対する報告がどうも全くない。
何らかの形で報告させる必要がある」という点は、地方自治体の民主的統制、および二元代表制の観点から看過できない極めて重大なガバナンス上の問題である。
5.1 議会報告の法的な根拠と「基本構想」への拘束力
なぜ執行部(市長、産業振興課、農業委員会等)は、農地の見直しについて議会に逐一報告を行わないのか。
その建前としての理由は、農地転用許可や個別の農振除外が「法定受託事務」または執行機関の専権事項であり、個々の地目変更や許可処分について議会の議決を経ることは法制上予定されていないからである。
しかしながら、現在進行しているのは個別の案件ではなく、「12年ぶりに行われる農業振興地域整備計画の全市的な『全体見直し』」であり、さらに市の農地の未来図である「地域計画の策定(令和7年3月31日公告)」である。
これらは単なる行政処分ではなく、市の土地利用の根幹を揺るがす「マスタープランの改定」そのものである。
農振法第8条第2項には、極めて重要な規定が存在する。
「市町村の定める農業振興地域整備計画は、議会の議決を経て定められた当該市町村の建設に関する基本構想に即するものでなければならない。」
ここでいう「建設に関する基本構想」とは、地方自治法に基づく「市町村の総合計画(基本構想)」や、これに準ずる最上位計画を指す。
すなわち、農振計画は執行部が勝手に策定できるものではなく、議会が議決して定めた市のグランドデザインに拘束されるという法的性質を持っているのである。
都市の骨格を成す「都市計画マスタープラン」と表裏一体である「農振計画の全体見直し」や「地域計画の目標地図」が、議会(建設常任委員会や経済環境常任委員会等の所管委員会)に対して何ら報告・説明・意見聴取の場を設けずに執行部単独で進行しているとすれば、それは農振法第8条第2項の趣旨を軽視し、議会の監視機能を形骸化させるものである。
5.2 議会として執行部に要求すべき具体的なアクション
この現状を踏まえ、弥富市議会は行政のブラックボックス化を防ぐため、以下の具体的な点について執行部に対して速やかに報告を求め、政策的監視と介入を行うべきである。
(1) 「地域計画」と「目標地図」の策定プロセスの透明化要求
令和7年3月末に策定された地域計画および目標地図において、どのような基準で「農業を担う者」が選定され、どの範囲が今後10年間保全すべき農地として固定されたのか。
また、その過程で行われた「協議の場」の意見集約が、単に市ホームページ上での簡易な意見募集のみで形骸化して処理されていないか。
議会は一般質問や委員会審査を通じて、この「目標地図」の全容と策定プロセスに関する詳細な行政報告を公式に要求すべきである。
(2) 12年ぶりの「農振計画全体見直し」の基本方針の提示
現在進行中の令和7・8年度の全体見直しにおいて、「青地と白地の境界を引き直す具体的な基準(ゾーニング・クライテリア)」を議会に提出させること。
特に、一宮西港道路や国道23号沿線の「沿道産業利用調整エリア」内の農地を、今回の見直しでどのように位置づけるのか(将来の開発を見据えて事前に白地化するのか、あえて青地として残し開発時に都度審査するのか)。
この方針は本市の産業誘致政策に直結するため、密室での決定を許さず、議会での徹底した議論の俎上に載せる必要がある。
(3) 違反転用(資材ヤード等)に対する是正措置の実態把握と追認の阻止
過去の議会でも指摘されている資材置場や駐車場への違反転用について、現状の件数、面積、およびそれらに対する是正指導(原状回復命令や告発等)の実施状況をリスト化し、網羅的に報告させること。
最も警戒すべきは、行政が監視・指導を怠った結果、今回の全体見直しに便乗して「すでに長年資材置場になっているから」という理由で密かに青地から除外し、白地化してしまうという「事後承認(追認)」が行われることである。
議会は、「明らかな違反転用地は原則として全体見直しにおける除外要件緩和の対象とせず、法に基づいて厳正に処罰・原状回復を求める」という毅然とした方針を執行部に確認・確約させる必要がある。
(4) 部局横断的な「総合空間計画」議論の場の創設
現在、農政部局(産業振興課・農業委員会)が進める「地域計画・農振計画」と、都市計画部局が進める「都市計画マスタープラン」の間で、セクショナリズムによる調整不足が生じている懸念がある。
次期都市計画マスタープラン(令和11年度以降)の議論が遠からず始まることを見据え、議会主導で「都市計画と農業振興の整合性を図るための特別委員会」を設置するか、あるいは関係部局を一同に集めた合同審査会・全員協議会を開催し、一宮西港道路を見据えた本市の土地利用のグランドデザインについて、総合的な報告と議論の場を設けることを強く推奨する。
6. 結論
弥富市における農地行政は現在、過去10年以上にわたり経験したことのない歴史的な転換点にある。
12年ぶりとなる「農業振興地域整備計画の全体見直し」と、新法に基づく「地域計画(目標地図)」の策定が同時並行で進行しており、これらは広大な市街化調整区域を有する本市の将来の空間的運命を決定づける極めて重要な行政行為である。
同時に、一宮西港道路の整備進展に伴う物流・産業用地への強烈な開発圧力と、それに乗じた資材ヤード等の違反転用の蔓延は、もはや単なる農業政策の枠を超え、都市計画政策、さらには治安・景観・防災に関わる全庁的な重大課題となっている。
このような本市の屋台骨を揺るがす見直し作業について、市民の代表である市議会に対する報告が欠如している現状は、重大な都市構造の変化が民主的なチェックを経ずに既成事実化していく危険性を示している。
議会は、個別の転用許可という「点」の議論に埋没するのではなく、地域計画、農振計画、都市計画マスタープランという巨大な「面(マスタープラン)」間の不整合や矛盾を突き、行政の執行を質す権能を有している。
したがって、議会としては直ちに所管委員会や一般質問を通じて、これら各種計画の進捗状況、ゾーニングの明確な基準、および違反転用に対する是正の現状について報告を義務付けるべきである。
行政の恣意的な運用や場当たり的な事後追認を抑止し、インフラ整備による経済的便益の享受と、優良農地の保全という相反する価値を高度にバランスさせた、持続可能な弥富市の将来空間を担保するための強力な監視体制を構築することが、今まさに求められている。
