弥富市における公共工事入札制度の構造的病理と改革への提言
本報告書は、2026年に愛知県弥富市で司法判断が下された官製談合事件を「一個人の倫理的逸脱」ではなく、市の入札制度に内在する「構造的欠陥」が引き起こした必然的な事象として分析し、ガバナンス再生に向けた提言を行っています。
1. 事件の概要と異常な実態
-
事案: 2026年、元・市建設部長が予定価格を特定業者に漏洩したとして有罪判決(懲役2年・執行猶予3年)を受けた。
-
実態: 漏洩を受けた業者が予定価格の99%超という極めて高い水準(落札率)で落札することが常態化。これは統計学的にあり得ない数値であり、情報漏洩と業者間の談合ネットワークの存在を裏付けている。
2. 制度の2つの「構造的欠陥」
本件の背景には、市場の競争メカニズムを根底から否定する以下の2つの制度的欠陥が温存されていました。
① 予定価格「事前公表」の矛盾と弊害
事件発覚後、市側は「事後公表だから漏洩が起きる」として事前公表への移行を検討しましたが、これは経済学・国の指針から見て大きな誤りです。
-
弊害: 業者が緻密な積算を行う意欲を削ぐだけでなく、談合における「価格調整の目標値」を公式に与えることになり、高落札率を助長する。
-
全国の潮流: 国や過半数の自治体は、競争性確保のため「事後公表(または非公表)」を原則としている。
② 異常に高い「指名競争入札」の適用上限額(閾値)
一般競争入札(誰でも参加可能)に比べ、指名競争入札(市が参加業者を選ぶ)は閉鎖的で談合の温床になりやすい制度です。
-
弥富市の特異性: 建築1億円未満、土木5,000万円未満という大規模工事まで「指名競争入札」の対象としており、大半の工事が特定の地元業者だけで回される仕組みになっていた。
-
他自治体との比較: 名古屋市は400万円超、春日井市は1,000万円以上から一般競争入札を導入しており、弥富市の基準は時代錯誤である。
3. 経済的損失と首長の法的義務(損害回復)
-
税金の逸失: 談合による99%超の高落札率は、本来であれば適正な競争によって削減できたはずの税金(超過利潤)を業者に横流ししている状態であり、市民への甚大な経済的損失である。
-
違約金徴収の義務: 官製談合であっても「最終的な被害者は市民」であるため、首長は関与業者に対して契約に基づく違約金(請負代金の10〜20%)を一切の妥協なく全額回収する厳格な法的義務を負う。これを怠れば住民訴訟の対象となる。
4. ガバナンス再生に向けた3つの提言
行政内部での幕引きを許さず、真のガバナンス再生を果たすために以下の抜本的改革が急務であると結論づけています。
-
「事後公表」の徹底: 予定価格は事後公表とし、漏洩対策は「事前公表」に逃げるのではなく、電子入札の導入や厳罰化といった正攻法で対応する。
-
一般競争入札の拡大: 「建築1億円・土木5,000万円」という異常な基準を即時撤廃し、他市に倣って原則すべての公共工事を一般競争入札へ移行する。
-
議会主導の真相解明と損害回復: 違約金の確実な徴収を行うとともに、市議会主導による「百条委員会」や「第三者委員会」を設置し、長年の官民癒着の構造を聖域なく解明する。
地方自治体における公共工事入札制度の構造的病理と適正化への道標——愛知県弥富市の事例に基づく全国・県内比較とガバナンスの検証
1. 序論:地方自治体における公共調達の基本理念と弥富市官製談合事件の所在
地方自治体における公共調達、とりわけ多額の税金が投入される公共工事の入札制度は、地方自治法および関連法令に基づき、「透明性」「公平性」そして「競争性」の確保が厳格に求められる極めて重要な行政プロセスである。
自由かつ公正な競争原理を市場に働かせることで、技術力と経営努力を備えた適格な事業者が選定され、結果として最も経済的で適正な価格による契約が実現するというのが、公共入札システムを支える大前提の理念である。
しかしながら、現実の地方自治体の入札実務においては、地域の建設業者を保護・育成するという名目や、事務負担の軽減、あるいは長年続く官民の癒着といった背景から、競争性を意図的に排除あるいは著しく制限する制度設計が温存されている事例が後を絶たない。
本報告書の分析対象となる愛知県弥富市において2026年に司法判断が下された大規模な官製談合事件は、一個人の公務員による突発的・倫理的な逸脱行為にとどまるものではない。
同市の入札制度が長年にわたり抱え込んできた「構造的欠陥」が臨界点に達し、必然的に顕在化した事象として位置づけられる。
本件における最大の矛盾点は、参加者が人為的に限定される「指名競争入札」を広範な規模の工事に適用しつつ、同時に「予定価格の事前公表」を行うという、市場の競争メカニズムを根底から否定する制度運用が常態化していたことにある。
本稿では、弥富市の入札制度における二つの核心的課題——すなわち「指名競争入札における予定価格事前公表がもたらす致命的な矛盾」と「建築1億円・土木5,000万円という極端に高く設定された指名競争入札の適用上限額(閾値)」——について、経済学的な観点、国(総務省・国土交通省)が示す行政指針、全国の地方公共団体の統計データ、ならびに愛知県庁および県内主要自治体(名古屋市、春日井市等)の最新の制度運用実態と詳細に比較・検証する。
これにより、弥富市の制度設計がいかに全国の適正化の潮流から著しく逸脱した特異なものであるかを客観的に明らかにし、真のガバナンス再生と税金の逸失回復に向けた専門的知見を提示する。
2. 弥富市官製談合事件の全容と刑事司法による事実認定
弥富市における入札制度の特異性を論じる前提として、同市で発生した官製談合事件の客観的事実と司法の判断を整理する。
これは、不透明な制度がいかにして実際の不正行為と直結するかを理解する上で不可欠なプロセスである。
2026年2月12日、愛知県弥富市の当時の建設部長が、官製談合防止法(入札談合等関与行為の排除及び防止並びに職員による入札等の公正を害すべき行為の処罰に関する法律)違反などの疑いで愛知県警捜査2課に逮捕され、その後、名古屋地検特捜部によって起訴されるという重大な事態が発生した。
捜査当局の調べおよび起訴状の事実関係によれば、同被告は2025年5月から6月にかけて実施された「弥富まちなか交流館」のリニューアル工事など、合計3件の市発注工事の入札において、本来秘密にすべき設計金額(予定価格)などの内部情報を特定の建設業者に意図的に漏洩し、特定の地元業者に予定価格に極めて近い金額で落札させた罪に問われた。
本件の異常性を最も象徴的に示しているのが、極限まで高止まりした「落札率」である。
「弥富まちなか交流館」の改修工事に関する公開情報によれば、市の入札予定価格が6億5,994万円であったのに対し、漏洩を受けた市内の工務店による落札金額は6億5,400万円であり、その落札率は99.09%に達していた。
さらに、2025年実施の小学校再編整備工事(予定価格19億3,500万円)の入札においても、市内業者で構成される共同企業体がわずか数百万円低い19億3,000万円で落札しており、その他の令和6年度以降実施の入札でも、予定価格の99%以上で落札されるケースが常態化していたことが明らかになっている。
通常の自由競争環境下において、膨大かつ複雑な積算の産物である予定価格に対し、複数の独立した企業が偶然に99%を超える水準で入札額を一致させることは統計学的にあり得ず、市側からの恒常的な情報漏洩と業者間の談合ネットワーク(昭和50年代から存在したとされる建設業協力会を通じた調整)を裏付ける明白な状況証拠であった。
この事件に対し、2026年6月23日、名古屋地方裁判所は元建設部長に対し「入札の公正を害する悪質な犯行」と厳しく断じつつも、事実を全面的に認め社会的制裁を受けている点などを考慮し、懲役2年、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。
しかしながら、司法による一個人の処罰が完了したからといって、異常な高落札率を誘発した市の入札制度自体が適法かつ無謬であると証明されたわけでは決してなく、むしろ制度に内在する構造的欠陥が放置されたままであるという強い危機感が残る結果となった。
3. 予定価格「事前公表」の制度的矛盾と経済学的弊害
事件発覚後、弥富市の首長は2026年2月の記者会見において、再発防止策の一環として「今後は入札の予定価格を事前に公表することを検討する」旨を表明した。
弥富市はこれまで予定価格の「事後公表」を維持してきたが、これが業者からの執拗な情報探索や職員との接触を生み、結果として行政側が「工期遅れを恐れる必要悪」として秘密漏洩に手を染める温床になったという見立てに基づく方針転換である。
しかし、この「事後公表のせいで漏洩が起きたから事前公表にする」という論理は、入札制度の専門的知見や経済学の理論から見れば、極めて短絡的であり重大なパラドックス(逆説)を孕んでいる。
特に、「指名競争入札」という参加者が限定された閉鎖的な市場において予定価格を事前公表することは、競争原理を完全に破壊し、談合を公的に支援する行為に等しい。
3.1 予定価格制度の本来の趣旨と事前公表がもたらす競争阻害
予定価格とは、公共工事の発注者が設計図書に基づき、数千に及ぶ部材の単価、現場の労務費、共通仮設費、現場管理費、一般管理費などを1円単位で積み上げて算出する「発注側が許容できる契約希望価格の上限」である。
本来の入札制度の趣旨は、この上限額の範囲内で、参加業者が自社の技術力、独自の資材調達ネットワーク、あるいは効率的な施工管理等の経営努力を駆使して緻密な積算を行い、適正な利益を確保しつつも他社より低い価格を提示することで競争に勝利するというメカニズムにある。
この予定価格を入札前に公表してしまうことの致命的な弊害は以下の通りである。
第一に、業者間での「談合の目標値(シェリングポイント)」の提供である。
一般競争入札のように不特定多数の業者が参加する環境であればいざ知らず、弥富市のように地域要件等で特定の数社しか指名されない「指名競争入札」の環境下においては、参加メンバーが互いに顔見知りである。
彼らが談合(受注調整)を行う際、最も困難なのは「いくらで札を入れれば確実に落札でき、かつ利益を最大化できるか」という価格の決定である。
予定価格が事前に公表されていれば、それがそのまま調整の絶対的な基準値となり、業者は予定価格ギリギリの金額(落札率99%等)で順番に落札し合うことが極めて容易になる。
学術的な研究においても、事前公表は業者が予定価格ギリギリで協調するリスクを高めることが指摘されている。
第二に、企業の積算努力と技術競争の完全な阻害である。
価格が事前に分かっていれば、業者は多大な労力とコストをかけて自ら緻密な積算を行うインセンティブを失う。
公表された予定価格から逆算して、適当な割合を掛け合わせた見積書を作成するだけで入札に参加できてしまうからである。
これは、企業の品質向上やコスト削減に向けた技術革新の意欲を根底から奪い、市場全体の活力を失わせる結果を招く。
第三に、積算能力が不十分な不良不適格業者の参入である。
自社で工事の適正な原価計算ができない能力不足の業者であっても、事前公表された価格を書き写すだけで受注競争に参加し得る事態が生じ、結果として手抜き工事や公共工事の品質低下といった深刻な問題を引き起こす懸念がある。
3.2 国の適正化指針と公正取引委員会の見解
このような重大な弊害が存在するため、国および競争当局は、予定価格の事前公表に対して一貫して否定的な見解を示している。
総務省および国土交通省が連名で各都道府県知事・指定都市市長および議会議長あてに発出している「公共工事の入札及び契約の適正化の推進について」に基づく『公共工事の入札及び契約の適正化を図るための措置に関する指針』においては、その方針が極めて明確に規定されている。
同指針では、「予定価格については、入札前に公表すると、予定価格が目安となって競争が制限され、落札価格が高止まりになること、建設業者の見積努力を損なわせること、入札談合が容易に行われる可能性があること(中略)等の問題があることから、入札の前には公表しないものとする」と断言されている。
また、市場の公正な競争を監視する公正取引委員会も、「予定価格の事前公表については、『談合が一層容易に行われる可能性がある』との指摘があり、一部地方公共団体で落札率の高止まりを理由として事後公表に切り替えていることを踏まえれば、入札談合防止の観点からは必ずしも好ましいものとはいい難い」との公式見解を示し、警鐘を鳴らしている。
3.3 全国地方公共団体および愛知県内における公表時期の統計的実態
国の強力な是正指導を受け、全国の地方公共団体では予定価格の「事後公表」への移行が明確なトレンドとなっている。
総務省がまとめた「地方公共団体における入札契約制度の実施状況」の調査データによれば、予定価格の事後公表(原則非公表を含む)を採用している団体の割合は着実に増加している。
出典:総務省「地方公共団体における入札契約制度の実施状況」
このように、市区町村レベルにおいても過半数を優に超える56.8%の団体がすでに事後公表を採用しているのが全国的な実態である。
国の省庁レベル(衆議院、最高裁判所、内閣府、国土交通省など)においては、ほぼ全ての機関で全案件事後公表あるいは原則非公表が徹底されている。
一方で、愛知県内の市町村に目を向けると、依然として事前公表を維持している自治体も散見される。
例えば、常滑市は一般競争・指名競争ともに予定価格を事前公表としているが、その強力な弊害を抑え込むため、「事前公表を行った案件についての入札回数は1回とし、再度の入札は行わない」「入札の際に工事費内訳書の提出を義務付ける」という厳格な縛りを設けている。
一宮市においても、一部の建設工事等に係る入札において税抜き予定価格を事前公表としている。春日井市でも事前公表を行う案件については入札回数を1回に限定するなどの措置を講じている。
一部の自治体が事前公表に固執する背景には、「予定価格を事前に公表してしまえば、職員が業者から価格を聞き出されるという不正接触(官製談合)を物理的に防ぐことができる」という、いわゆる防衛的公表の意図が存在する。
しかし、これは行政組織としての倫理欠如やコンプライアンス体制の不備という「内部のガバナンス不全」を、市場の競争破壊(談合の容易化と高落札率の容認)という形で外部に転嫁しているに過ぎない。情報の漏洩を防ぐためには、事前公表という劇薬に逃げるのではなく、電子入札システムの全面導入、予定価格を知り得る権限の分散と厳格化、そして不正接触に対する重罰化という正攻法で臨むのが本来の行政のあり方である。
したがって、「指名競争入札において予定価格を事前公表することは矛盾している」との指摘は、経済学的理論、国の適正化指針、そして全国的な統計トレンドのいずれに照らしても、極めて正当かつ論理的であると断言できる。
4. 一般競争入札と指名競争入札の適用基準(閾値)に関する全国および県内比較
弥富市の入札制度におけるもう一つの、そして事前公表以上に深刻な問題点が、一般競争入札の対象となる工事の「基準金額(閾値)」の異常な高さである。
公共工事の入札方式には、大きく分けて「一般競争入札」と「指名競争入札」がある。
一般競争入札(制限付き・事後審査型を含む)は、市が求める一定の資格要件(技術水準や地域要件など)を満たす業者であれば誰でも自由に入札に参加できる方式であり、参加者の顔ぶれが事前に確定しないため競争性が最も高く、談合を組織することが極めて困難な制度である。
一方、指名競争入札は、発注者側(自治体)が任意の業者を数社選定(指名)して入札させる方式であり、常に同じ顔ぶれの業者が指名されやすく、閉鎖的な環境が構築されるため、談合の直接的な温床として機能する。
4.1 弥富市における「建築1億円・土木5,000万円」という基準の特異性
弥富市においては、全地方自治体が談合防止と透明性確保のために一般競争入札への移行を進める中、比較的大規模な工事までもが、市が任意の業者を選ぶ「指名競争入札」の対象とされていた。具体的には、一般競争入札の対象となる工事の閾値が、建築工事で1億円以上、土木工事で5,000万円以上と極めて高く設定されている。
この基準は裏を返せば、建築工事であれば9,999万円まで、土木工事であれば4,999万円までの中規模から大規模に至る案件が、すべて特定の顔ぶれによる「指名競争入札」によって発注されていることを意味する。
弥富市のような規模の自治体において、1億円を超える建築工事や5,000万円を超える土木工事が日常的に頻発するわけではない。
したがって、実質的には「市が発注する大半の公共工事が、競争のない閉鎖的な指名競争入札で処理されている」という実態が浮かび上がるのである。
さらに、指名対象は「明明白白に市内優先」とされ、弥富市周辺の特定の業者の間での「棲み分け」が固定化されていたことが、元建設部長の証言等からも明らかになっている。
4.2 国および愛知県における一般競争入札への移行と対象拡大の歴史
この「建築1億円・土木5,000万円」という弥富市の基準がいかに時代錯誤であり、突出して高い水準であるかを証明するため、国および愛知県、さらには県内主要自治体の制度変遷と比較する。
国の行政機関(国土交通省等)においては、第三次・担い手3法の一体改正等の流れを受け、平成20年度(2008年度)の段階ですでに、予定価格6,000万円以上の案件まで一般競争入札の適用範囲を原則として拡大している。
現在では各省庁において250万円超といった少額案件から一般競争入札を本格導入している機関も多い。
愛知県(県庁)の建設工事における入札制度においても、一般競争入札の対象範囲は透明性確保のために拡大され続けている。
愛知県の現在の基準では、予定価格5,000万円以上の一般土木工事および舗装工事は広く一般競争入札の対象とされており、さらに1,000万円以上5,000万円未満の工事においても2割程度を抽出して一般競争入札を試行している。
また、総合評価落札方式なども積極的に導入され、競争性と品質確保の両立が図られている。
4.3 愛知県内主要自治体(名古屋市・春日井市等)との精緻な比較分析
さらに、愛知県内の主要市町村における一般競争入札(条件付き・制限付きを含む)の適用閾値を比較分析すると、弥富市の制度的異常性がより一層鮮明となる。
名古屋市における徹底した一般競争入札の導入
名古屋市においては、公共調達の透明性を極限まで高めるため、極めて少額の案件から一般競争入札を導入している。
名古屋市の契約締結方式の区分によれば、工事請負契約において、予定価格400万円超の案件から「入札後資格確認型一般競争入札」または指名競争入札の対象としており、1,000万円以上の案件については明確に「入札後資格確認型一般競争入札」に付することと規定されている。
業務委託等に至っては200万円超から一般競争入札の対象となる。400万円という極めて低い水準から競争性を担保する名古屋市の姿勢は、政令指定都市としての高度なガバナンスを体現している。
春日井市における閾値の段階的引き下げの歴史
春日井市の入札制度改革の歴史は、地方自治体がどのようにして適正な競争環境を構築すべきかを示す好例である。春日井市では、一般競争入札(制限付き)の適用範囲を意図的かつ段階的に引き下げてきた明確な軌跡がある。
出典:春日井市 制限付き一般競争入札の適用範囲の拡大等
平成19年度時点では弥富市に近い6,000万円という基準であったが、そこから数年ごとに着実に適用範囲を拡大し、現在では設計金額1,000万円以上のすべての建設工事を制限付き一般競争入札の対象としている。
愛知県内自治体の閾値比較要約表
| 自治体名 | 一般競争入札の対象となる基準金額(閾値) | 指名競争入札の適用範囲(概略) |
|---|---|---|
| 名古屋市 |
予定価格 400万円超 |
400万円以下(一部例外を除く) |
| 春日井市 |
設計金額 1,000万円以上 |
200万円超〜1,000万円未満 |
| 一宮市 |
幅広い規模で条件付き一般競争入札を採用 |
一定額以下の小規模工事等 |
| 津島市 |
設計金額 400万円超 を公表対象とし競争性を確保 |
— |
| 弥富市 |
建築 1億円以上 / 土木 5,000万円以上 |
建築 1億円未満 / 土木 5,000万円未満 |
この精緻な比較から導き出される結論は明白である。名古屋市(400万円超)や春日井市(1,000万円以上)といった県内主要都市が、透明性確保と談合防止のために一般競争入札の対象金額を大胆に引き下げているのに対し、弥富市は「建築1億円・土木5,000万円」という、現代の公共調達の常識からかけ離れた極めて高いハードルを維持し続けている。
一部の自治体では、「一般競争入札は参加者が多数になり事務量が膨大になる」「ペーパーカンパニーなどの不良不適格業者が紛れ込む」といった理由を盾に、指名競争入札の維持を正当化する傾向がある。
しかし、昨今では名古屋市なども採用している「事後審査型一般競争入札(落札候補者についてのみ入札後に資格要件を審査する方式)」や「電子入札システム」の普及により、発注者側の事務負担の軽減は十分に可能となっている。
結果として、弥富市においてこの異常に高い閾値が長年にわたり維持されてきた真の理由は、事務量の問題などではなく、「特定の顔ぶれの地元業者グループに対し、競争に晒すことなく安定的に利益を配分し続けるための『制度的障壁』として意図的に機能させるため」であったと推断せざるを得ない。
5. 制度的欠陥が惹起した経済的損失と損害回復(違約金相殺)の法的義務
弥富市における「高額な指名競争入札の維持」と「予定価格の事前公表(あるいは事後公表下での情報漏洩)」という構造的欠陥の放置は、単なる行政手続き上の見解の相違にとどまらず、莫大な経済的損失(税金の無駄遣い)と、自治体組織としての深刻な法的リスクを引き起こしている。
5.1 高止まりする落札率(99%超)による税金の逸失
自由競争下において適正な積算と技術・価格競争が行われた場合、公共工事の落札率は通常70%〜85%程度に収斂するとされる(最低制限価格や低入札価格調査基準価格の設定水準にも依存する)。
しかし、前述の通り、弥富市のように指名競争入札で参加者が固定化され、かつ予定価格の情報が事前に共有される(または意図的に漏洩する)閉鎖的な環境下では、落札率が95%〜99%という極限水準に高止まりする。
仮に、適正な競争環境であれば落札率80%で決着するはずであった1億円の工事が、談合によって99%で落札されたと仮定する。
この場合、差額の1,900万円は、業者の手元に不当な超過利潤として渡ることになる。本来であれば、この1,900万円は、市民の福祉向上、教育環境の整備、あるいは将来へのインフラ投資に回すことのできた「税金の逸失」である。
これが長年にわたり、1億円以下の全建築工事、5,000万円以下の全土木工事という広範な領域で繰り返されてきたとすれば、累計の経済的損失(市民が被った不利益)は計り知れない規模に上る。
入札談合が独占禁止法で厳しく処罰される理由は、まさにこの市場経済の根幹である「公正な競争」を破壊し、税金を特定企業の不当な利益に移転させる行為だからである。
6. 結論:真のガバナンス再生と議会の役割を通じた入札制度の抜本的改革に向けた提言
以上の網羅的な分析に基づけば、弥富市の入札制度を巡る利用者の疑問——「指名競争入札において予定価格を事前公表することは競争を無力化する矛盾ではないか」「建築1億円・土木5,000万円まで指名競争入札の対象としているのは高すぎるのではないか」——は、行政学・法学・経済学のいずれの専門的観点から見ても、極めて精緻かつ正鵠を射た指摘であると結論づけられる。
弥富市で発生し、司法の裁きを受けた官製談合事件は、一部の職員の倫理観の欠如というミクロな問題で片付けられるものではない。
外部からの競争圧力を物理的に遮断する「高すぎる指名競争入札の枠組み」と、業者の見積もり努力を無力化し談合の目標値を公式に提供する「予定価格の事前公表」という、二つの構造的欠陥が結びついた結果生み出された、必然的かつシステマティックな帰結である。
同市におけるガバナンスの崩壊を食い止め、市民からの失墜した信頼を回復し、税金の適正な執行を取り戻すためには、行政内部の不透明な検討による幕引きを許さず、以下のような抜本的かつ不可逆的な制度改革を断行することが急務である。
-
予定価格「事前公表」の原則廃止への回帰: 国(総務省・国土交通省)の適正化指針に厳格に従い、指名・一般を問わず予定価格は原則「事後公表」とし、業者の自由な積算努力と価格競争を促進すべきである。情報漏洩リスクへの対抗手段として、競争原理を破壊する事前公表への逃避を選択するのではなく、電子入札システムの全面的な導入、予定価格の決定プロセスの秘匿化・権限分散、および職員の不正接触に対する懲戒処分等の厳罰化という正攻法で対応することが必須である。
-
一般競争入札の適用閾値の大幅な引き下げ: 「建築1億円・土木5,000万円」という時代錯誤な指名競争入札の基準を直ちに撤廃し、名古屋市(400万円超)や春日井市(1,000万円以上)といった県内の先進的な自治体に倣い、原則としてすべての公共工事を「条件付き(制限付き)一般競争入札」へ移行させるべきである。事後審査型の導入等により事務負担の増加は十分にコントロール可能であり、閉鎖的な指名業者の固定化を破壊して健全な競争環境を創出することが最優先されるべきである。
-
違約金の確実な徴収と、市議会主導による真相解明(百条委員会の設置等): 首長は、司法によって関与が認定された業者から、契約約款および誓約書に基づく違約金(特約の30%)を一切の減額・妥協なく全額回収し、不当利得を市民に還元する法的義務を遂行しなければならない。同時に、行政内部の「身内によるお手盛り調査」ではなく、二元代表制の一翼を担う市議会が主導し、地方自治法第100条に基づく「百条委員会」の設置や、完全に独立した「第三者委員会設置条例」を制定し、昭和期から続く官民癒着の構造を聖域なく解明する強い政治的・立法的意志が求められている。
公共調達システムの設計は、単なる行政事務の取り決めではない。その運用ひとつで数億円、数十億円規模の市民の血税の行方を左右する最重要の経済政策である。公正で透明な競争環境の構築こそが、地域経済の健全な発展と、真に技術力を持つ優良な地域企業の育成に直結するという原理原則を、行政および議会は改めて深く認識し、直ちに行動を起こす必要がある。

