介護保険制度の構造的危機と地域福祉の再生:市場化の限界と「協同労働」によるパラダイムシフト
1. 序論:介護保険制度創設の理念とその歴史的使命
2000年に施行された介護保険制度は、日本社会において長らく女性や家族の無償労働に依存してきた「家族依存型の介護」と決別し、「介護の社会化」を実現するための歴史的な社会契約であった。
制度創設時に掲げられた基本理念は、普遍主義に基づく「誰でもいつでもどこでも必要なサービスが受けられる」社会の構築である。
その根底には「高齢者保健福祉三原則」として知られる、自己決定権の尊重、人生の継続性の尊重、そして残存能力の活用の三つが据えられ、単なる身体的介助を超えた「高齢者の尊厳の保持」が至上命題とされた。
さらに、この制度は市民の制度参加と地域社会に立脚する分権的介護システムを志向していた。
すなわち、「自治に立脚する福祉サービスの創生」と「福祉を軸とした地域コミュニティの創造」である。
しかし、これらの崇高な理念と同時に導入されたのが、「公的部門の責任と市場経済の活用(競争原理と質の担保)」という仕組みであった。
ケアという非営利的な公共財を市場の競争メカニズムに委ねることで、サービスの多様化と効率化が図られるという期待が存在した一方で、制度の理念が利益追求を本質とする「市場原理」によって真に実現できるのかという危惧は、制度発足当初から専門家や現場の実践者たちの間で根強く存在していた。
施行から四半世紀が経過した現在、その危惧は最悪の形で現実のものとなっている。
新自由主義的な市場化の波は、ケアの現場から協同や連帯の精神を奪い、深刻な人材不足、小規模事業所の連鎖的倒産、そして地域社会からの利用者の切り離しという「介護崩壊」の危機を引き起こしている。本報告書では、崩壊の瀬戸際にある介護保険制度の現状を客観的データに基づき精緻に分析し、市場原理の限界を検証するとともに、そのオルタナティブとして実践が広がる「協同労働(労働者協同組合)」とコミュニティケアがもたらす地域福祉再構築の可能性について、多角的な視点から論じる。
2. 制度施行25年の現実:市場化の帰結と「介護崩壊」の深層
現在の介護現場は、「保険あって介護なし」と形容される極めて深刻な機能不全に陥っている。政策的な給付抑制と負担増、そして市場競争の激化が複合的に絡み合い、制度の基盤を支える人的・物的資源が急速に枯渇しつつある。
2.1 深刻な人材不足と処遇の構造的格差
介護現場における最も致命的な課題は、ケアを担う人材の枯渇である。日本の労働力不足が全産業的に進行する中、介護業界は他職種をはるかに上回る深刻な人員不足に直面している。
その根本的な原因は、長年にわたって固定化された全産業平均との著しい賃金格差にある。
厚生労働省の「2024年賃金構造基本統計調査」などのデータによれば、2024年における全産業の賞与込み平均月給が38万6,000円であるのに対し、介護職員の平均は30万3,000円にとどまっており、その格差は8万3,000円に達している。
前年(2023年)の調査では全産業平均36万9,000円に対し介護職員30万円であり、格差は6万9,000円であった。
すなわち、政府が処遇改善加算等の措置を講じているにもかかわらず、わずか1年間で他産業との賃金格差が1万4,000円も拡大している事態が確認できる。
政府は2024年度の介護報酬改定で処遇改善加算の拡充・一本化を行い、一時金の支給等を実施したものの、ベースとなる基本給に歴然とした開きがあるため、同等の賃上げ率(例:5%)を適用したとしても、絶対額における格差は縮小するどころか数学的に拡大し続ける構造的ジレンマに陥っている。
この低賃金構造は、訪問介護などにおける「一人で利用者宅を訪問しケアを行うことへの精神的・肉体的負担」や「実質的な拘束時間の長さに対する低報酬」といった過酷な労働環境と相まって、新規就業者の獲得を困難にし、既存職員の離職を促す最大の要因となっている。
出典:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」等より抽出・推計
2.2 小規模事業者の淘汰と「訪問介護ゼロ」地域の拡大
人的資源の枯渇に加え、在宅ケアの最前線を支えてきた小規模・非営利事業所の経営破綻が急速に進行している。
東京商工リサーチの調査によると、2024年の介護事業者(老人福祉・介護事業)の倒産件数は前年比40.9%増の過去最多172件に達した。
このうち、「訪問介護」の倒産が81件と半数近くを占め、突出して増加している。
この傾向は2025年に入っても収束の兆しを見せず、上半期だけで訪問介護事業者の倒産が91件に達し、3年連続で過去最多を更新するという異常事態となっている。
この「倒産ドミノ」の直接的な引き金となったのが、2024年度の介護報酬改定における訪問介護の基本報酬引き下げ(2%以上)である。
厚生労働省は「訪問介護の収益率は7.8%の黒字」という調査結果を根拠に基本報酬のマイナス改定を断行したが、この平均値はサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)等に併設され、移動時間をかけずに集中的にサービスを提供できる一部の大規模・営利事業所によって押し上げられた数値に過ぎない。
実態として、訪問介護事業所の約36.7%は赤字経営であり、月間訪問回数が400件以下の小規模事業所の平均利益率は1.2~1.4%と、極めて脆弱な財務基盤の上で運営されている。
とりわけ地方の中山間地域や過疎地においては、高齢者の自宅を一軒一軒回るための長時間の移動には報酬が支払われず、ガソリン代の高騰や車両維持費がダイレクトに経営を圧迫する。
結果として、全国の自治体のうち109市町村で訪問介護事業所が完全に「ゼロ」となり、268市町村で残り「1」事業所のみとなるなど、深刻なサービス空白地域(ケア・デザート)が急速に拡大している。
北海道単体で見ても、訪問介護事業所がゼロの自治体が12から14へと増加しており、地方におけるインフラとしての在宅介護機能は崩壊の危機に瀕している。
2.3 「在宅重視」の形骸化と施設誘導への偏重
在宅ケアを支えるインフラの脆弱化は、高齢者を早い段階で「施設入所」へと誘導する流れを決定づけている。
2011年の高齢者住まい法改正以降、大資本の営利企業による有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の乱立が進行した。
これらのビジネスモデルの多くは、入居者を施設内に「囲い込み」、併設する自社の介護サービスを限度額まで利用させることで利益を最大化する構造を持っている。
このような市場メカニズムの中では、重度者のみならず中度者、さらには軽度者までもが早期に施設へと入所させられる傾向が強まる。
住み慣れた地域とのつながりは断ち切られ、「自己決定権」や「人生の継続性の尊重」という制度創設時の理念は形骸化し、本人の選択によってサービスを受ける権利の侵害が随所で発生している。
在宅サービスの利用者が軽度化・空洞化することで、地域における訪問・通所サービスの経営はさらに悪化し、それがまた新たな施設誘導を生むという負のサイクルが形成されているのである。
2.4 負担増と給付抑制の限界:高騰する保険料
保険財政の持続可能性を理由に繰り返されてきた給付抑制と利用者負担の増大も、すでに制度的・社会的限界に達している。
制度創設時の2000年度(第1期)において全国平均2,911円であった65歳以上の介護保険料基準額は、右肩上がりに上昇を続け、2024年度(第9期)には6,225円へと膨れ上がった。
高齢者の年金支給額が実質的に目減りするマクロ経済環境下において、これ以上の保険料負担は生活基盤そのものを脅かす水準にある。
同時に、受益者負担の徹底という名の下に、段階的な自己負担の引き上げが強行されてきた。
2014年改正による「一定以上所得者」の2割負担導入、2017年改正による「現役並み所得者」の3割負担導入に加え、2005年には施設居住費・食費の全額自己負担化が行われ、その後も補足給付の資産要件が厳格化(2014年、2021年見直し)されている。
給付サイドにおいても、新予防給付の創設(2005年)による要支援1・2のサービス縮小や、特別養護老人ホームの入所要件の要介護3以上への原則化(2014年)など、容赦ない給付抑制が重ねられてきた。
3. 次期2027年「改正」に向けた政策的争点と危機感
こうした極限状況の中、2027年度の次期介護保険制度改正に向けた議論が進行しており、現場の実践者や労働組合からは、さらなる「介護崩壊」を招くとして強い反発と危機感が表明されている。
全国のケアワーカーや労働組合(日本労働者協同組合連合会、全労連など)は「介護保険制度の抜本改善、介護従事者の処遇改善を求める請願署名」を展開し、ケアが大切にされる社会の実現に向けた運動を強化している。
2027年改正における最大の懸念事項は以下の三点である。
第一に、自己負担の原則2割への対象拡大である。
物価高騰と年金生活の苦境が続く中、自己負担が2倍になることは、経済的理由による致命的な「介護サービスの利用控え」を誘発し、利用者の重度化と家族の介護離職を加速させる危険性が高い。
第二に、ケアマネジメント(ケアプラン作成)の有料化である。
現在全額保険給付で行われているケアプラン作成に自己負担を導入することは、利用控えを招くだけでなく、ケアマネジャーに対して費用徴収や説明といった過剰な事務負担(シャドーワーク)を強いることになり、専門職のさらなる疲弊と人材流出を招く。
第三に、要介護1・2の軽度者向け訪問介護・通所介護の「総合事業(市町村の地域支援事業)」への移行である。
これは実質的な「保険外し」を意味する。
自治体の財政力やマンパワーによるサービス内容・報酬単価の格差を広げ、普遍主義の原則を根本から破壊するものであり、地方自治体における混乱は避けられない。
4. マクロ環境の変容と「家族機能の社会化」の要請
介護保険制度が機能不全に陥っている深層には、この25年間に日本社会が経験した急激な構造変化に対し、制度設計が全く追いついていないという事実がある。
超スピードで進行する少子高齢化と平均寿命の延伸に対し、日本は「経済成長なき人口減少社会」へと突入し、地域経済は衰退の一途をたどっている。不安定就労の増大と経済格差の拡大は、中間層の没落を招き、社会全体の包摂力を著しく低下させた。
特筆すべきは、「家族の介護力」の決定的かつ不可逆的な低下である。
核家族化、女性の社会進出、超高齢化に加えて「単身化」が同時進行しており、高齢者の単身世帯や老々介護が標準的な世帯モデルとなった。
かつて家族や地域の共同体がインフォーマルに担っていた生活支援や見守りといった相互扶助機能は弱体化し、孤立死や高齢者虐待、ヤングケアラー問題といった新たな社会的リスクが噴出している。
社会保障論の専門家である山崎史郎氏は、現在の日本社会を「バケツの底に穴があいている」状態に例える。
個別の支援団体が困窮者をバケツ(社会)に引き戻そうと奮闘しても、構造的な穴(つながりの喪失)が放置されたままでは、人々は次々と社会から滑り落ちていく。
排除が孤立を生み、分断を招き、最終的に社会の解体に結びつくという負の連鎖を食い止めるためには、個別リスクへの金銭的保障だけでなく、「つながり」そのものを強固にする政策的介入が不可欠である。
この課題に対する処方箋として提起されているのが、「家族機能の社会化」である。
これは単に家族の役割を公的サービスに代替させることではない。血縁や親子関係に限らず、生活の具体的な役割を地域社会全体で分担し、「親だからやる」のではなく「関わった人が家族的な役割を果たす」というオープンで民主的な関係性を地域に構築することである。
単身化が極まる現代においては、家族の伝統的な形態にとらわれず、地域で支え合える新たなプラットフォームの創造が急務となっている。
5. 市場原理の限界から「介護の市民化」へのパラダイムシフト
5.1 新自由主義的ケア市場の矛盾
本質的な問いは、「介護保険制度の理念は、市場原理と相容れるのか」という点に帰着する。
2006年のコムスングループによる不正事件や、ニチイ学館の外資ファンドへの売却に象徴されるように、大資本・営利企業による介護業界の席巻は、ケアという「公共財」を、投資回収の対象(商品)へと変質させた。
市場原理が支配する介護市場において、利用者は「顧客」や「お客様」として位置づけられる。
営利事業の論理において、利用者が自立し介護サービスを必要としなくなる状態(自立支援の成功)は、皮肉にも「売上の減少」を意味する。
したがって、企業は利益の最大化を目指し、利用者を自社サービスに囲い込み、重度化を緩やかに許容・促進する力学(モラルハザード)が働きやすくなる。
ケアの専門家であるエリーズ・クライン博士らが指摘するように、現在の資本主義社会においてケア領域は市場競争と効率化の波に晒され、搾取されている。
しかし、本来のケア労働は、人間の生きる力を高め、地域の相互扶助や連帯の流れを強め、自然や環境をも包含した持続可能な社会を再構築するポテンシャルを秘めている。
新自由主義的な市場メカニズムは、当事者の主体性や地域社会における「社会連帯」を育む機能を持たず、むしろ利用者を制度によって細分化し、地域から分断する結果を招いている。
5.2 「市民化」を通じたケアの民主的統治
エコ社会主義やケア・コレクティブの思想が提唱するように、あらゆる領域で利益を生活の原理に据える新自由主義的な資本主義は、福祉国家と民主的なプロセスを掘り崩し、今日の深刻な「ケアの危機」を引き起こした。
真にケアに満ちた社会を構想するためには、利益よりも社会的・地球的な関心を優先し、相互支援の協同的なネットワークに焦点を当てた富の再分配が必要となる。
日本の有識者たちも同様の警鐘を鳴らしている。
炭谷茂氏が「住民の立場にたって、住民と共に事業を行うことを組織理念とし、持続的な健全経営を行う非営利団体が、今後の介護事業の中核を担うべき」と論じ、永戸祐三氏が「協同の原理に立ち、地域の人々の豊かな関係を育むことを目指す市民による協同の事業体が参加できる道を開くべき」と主張するように、介護保険制度の中核的な担い手は、営利企業から「市民による協同の事業体」へとパラダイムシフトを遂げなければならない。
これは介護の「市場化」を否定し、市民自身が地域福祉の担い手となる「市民化」への抜本的な転換を意味する。
6. 労働者協同組合(協同労働)が切り拓く地域福祉の再生
現在の閉塞状況を打破し、ケアを中心とした社会への移行を実現するための有力な手段として、「協同労働」という働き方と、それに法的根拠を与える「労働者協同組合法」が極めて重要な役割を担う。
6.1 労働者協同組合法の歴史的意義と非営利・協同の原則
2022年10月に施行された「労働者協同組合法」は、全党・全会派の賛同による議員立法であり、40年にわたる市民の協同労働の実践から構想された「市民立法」である。
労働と地域を融合させ、日本において初めて「労働者主権」を法的に明確にしたこの法律は、共益と公益を掛け合わせる44年ぶりの新たな協同組合法として誕生した。
労働者協同組合とは、「働く人や市民がみんなで出資し、自ら経営に参加して、生活と地域の必要に応える仕事をおこし、共に働く」組織である。従来の法人格と比較した場合、地域福祉のプラットフォームとして以下のような圧倒的な優位性を持つ。
出典:厚生労働省資料等をもとに作成
株式会社における「プリンシパル=エージェント問題」(株主と労働者の利益相反)が存在しないため、ケアワーカー自身が職場のルールやケアのあり方を民主的な話し合いで決定できる。
ピンハネを行う外部株主が存在しないため、事業収益の多くを労働者の賃金還元やケアの質向上に直接投資することが可能となる。
6.2 実践事例に見る「協同労働」の可能性
労働者協同組合法を活用し、ケアの領域で新たな事業モデルを構築する動きが全国で加速している。
6.2.1 事例分析1:労働者協同組合うつわ(大阪府)
大阪府大阪市で2023年7月に訪問介護事業を開始した「労働者協同組合うつわ」は、現場のケアワーカーが理想のケアを追求するために自ら立ち上げた事業体である。
設立メンバーは、以前勤めていた社会福祉法人において、組織方針(収益の確保)と、自身が追い求める理想的な介護(ケアの質)との間の深い乖離に悩み、限界を感じていた。
彼らは労働者協同組合のセミナーを通じて「話し合いと合意形成による民主的運営」という仕組みを知り、子育て世代の仲間7人で出資金を出し合って法人を設立した。
上意下達の管理層が存在しないフラットな組織であるため、事業規模の過度な拡大よりも利用者に寄り添った手厚いサービスを優先している。
現場で生じた課題は全員で共有し、サービス方針を即座に見直すことができるアットホームな環境が構築されている。
人的ネットワークを通じたケアマネジャーからの依頼が増加しており、「在宅での希望が多く、その人に寄り添えることができるのが訪問介護」という信念のもと、質の高い地域ケアを実現し、初年度から月200万円(期間計1300万円)の安定した事業規模を確保している。
6.2.2 事例分析2:エイトバードカンパニー労働者協同組合(東京都)
東京都板橋区の「エイトバードカンパニー労働者協同組合」は、理学療法士や作業療法士などの専門職が結集し、2023年10月に設立された。代表理事の溝呂木崇也氏は、急性期・回復期病院での勤務経験を通じ、「医療的な回復だけでは解決しない、退院後の地域生活における孤立や困りごと」に直面したことが設立の原動力となった。
自治体病院時代に出資者(行政)、経営陣、労働者が完全に分離し、それぞれが責任を押し付け合う硬直化した体制に疑問を抱いていた同氏は、全員が出資し経営と労働を担う協同組合方式を選択した。
収益の基盤としてリハビリ型デイサービス「ネスト」を5人のメンバー(出資金一口5万円)で運営しつつ、その事業収益を原資として、認知症高齢者、障害のある人、地域の子ども食堂やヤングケアラー支援などの小さな社会事業を展開している。
地域の住民を巻き込んだ「認知笑(にんちしょう)カルタ大会」等のイベントを通じて、専門職が地域社会に溶け込み、住民同士が顔見知りになって助け合える「地域づくりの拠点」としての役割を果たしている。
6.3 ビュートゾルフの「玉ねぎモデル」とコミュニティケアの親和性
これらの協同労働の実践は、オランダ最大のコミュニティケア組織である「ビュートゾルフ」の理念と極めて高い親和性を持っている。
ビュートゾルフは、ティール組織と呼ばれるフラットな働き方を採用し、管理者を置かず、1チーム最大12人のナースが全て自分たちで意思決定を行ってケアを進める。
徹底した自律的運営とICTの活用により間接部門(バックオフィス)のコストを全体の約8%に抑え、余剰をケアワーカーと利用者に還元している。
そのケア哲学の中心概念が「玉ねぎモデル(Onion Model)」である。
ケアの対象者を中心に据え、まず本人の持つ力(セルフケア・残存能力)を内側から引き出す。次に家族や近隣住民などのインフォーマルなネットワークを活性化させ、最後にどうしても必要な部分にのみ専門職が介入するという、自立を極限まで支援するアプローチである。
これは、なんでもやってあげることで利用者を依存させ、自社サービスに縛り付ける「囲い込み型」の商業主義(性悪説に基づく管理)とは対極にある、「本人と住民の力を信じる(信頼)」というパラダイムである。
思想家・経済学者の斎藤幸平氏が「労働者協同組合は、介護職と相性が良い。介護職こそ、実質的な運営をもっと現場に落とし込み、労働者であると同時に経営者でもあるような働き方が合う」と述べる通り、ケアワーカーが主権を持つ協同労働は、この玉ねぎモデルを日本社会で実装するための最適解となり得る。
7. 持続可能な地域福祉事業所の構築に向けて
崩壊の危機に瀕する介護保険制度をボトムアップで再構築し、住み慣れた地域で最期まで安心して暮らせる社会を実現するためには、以下の実践的・政策的アプローチが急務である。
7.1 「総合事業」と住民ボランティアの重層的連携の推進
2027年改正で焦点となる「要介護1・2の総合事業への移行」は、単なる国の財政削減策として強行されれば、地方自治体におけるサービス崩壊の引き金となる。
しかし、これを逆手にとり、自治体が主導して地域住民の福祉力を高める枠組みへと転換させる視点も必要である。
愛知県弥富市の事例に見られるように、社会福祉協議会と連携した住民ボランティア活動(「ささえあいセンター」による掃除、買い物代行、ゴミ出し、通院付き添い等の生活支援)や、住民主体のサロン・スマイル教室は、専門的介護の前段階(玉ねぎモデルの中間層)として極めて重要な予防・見守り機能を果たしている。
今後は、こうしたボランティア活動を単なる「無償の自己犠牲」に留めず、労働者協同組合法を活用した「有償ボランティア(社会連帯ワーカーズ)」として組織化することが求められる。
地域福祉事業所「みんなのおうち」が提唱する三層構造(底辺に社会連帯の生活支援・見守り、中間層に制度事業、上層に生活総合支援の自主事業)のように、制度の枠内と枠外の事業を複合的に組み合わせることで、多様なニーズに応える持続可能な経営基盤と豊かな地域コミュニティの双方を確立することが可能となる。
また、ケアの絶対的な担い手不足を解消するためには、地域の力を掘り起こす人材育成講座の活用が鍵となる。
厚労省が位置づける「入門的研修(3H・21H)」や、高知県などで実績のある「生活援助従事者研修(59H)」を、単なる資格取得講座ではなく、「自分のため、家族のため、地域のために学び、協同労働で地域づくりに参加する」ための市民主体の仕事おこし運動として再定義し、地域のシニア層や若年層を新たな福祉の担い手としてエンパワーメントしていくことが求められる。
7.2 処遇の抜本的改善と労働環境の安全確保
いかに崇高な理念や優れた組織形態が存在しても、働く者の生活基盤と安全が担保されなければ、ケアの担い手は完全に消滅する。政府に対しては、介護従事者の賃金を全産業平均水準まで早急に引き上げるための、基本報酬の大幅な底上げを強く要求し続けなければならない。
特に、前述の通りパーセンテージによるベースアップでは既存の格差を温存・拡大させるため、「全産業平均との格差8万円を埋める」ための、絶対額ベースでの給付設計への転換が不可欠である。
加えて、労働環境の安全確保も喫緊の課題である。
愛知県内の障害福祉サービス施設において発生した、1人夜勤中の30代男性職員の死亡事故が示すように、利益率を高めるための過度な人員削減(ワンオペ夜勤)は、過酷な労働を強いるだけでなく、利用者の命の危険や、余裕のない体制による高齢者・障害者虐待の温床となる。
複数配置を基本とする人員基準の抜本的な見直しと、それに伴う「夜間支援体制加算」の適正な拡充等、現場の労働者の生命と尊厳を守る法制化が強く求められる。
8. 結論:ケアを社会の中心に据えるための連帯
日本の介護保険制度は現在、市場原理の暴走と政策的な給付抑制、そして慢性的な人材不足によって、文字通り崩壊の瀬戸際にある。
在宅生活の生命線である訪問介護事業の倒産急増と「空白地域」の拡大は、個人の自助努力では到底抗えない国家的な社会保障の危機である。
この危機を乗り越えるためには、制度創設時の理念である「高齢者の尊厳の保持」と「コミュニティケアの創造」に立ち返らなければならない。
営利至上主義によるケアの「市場化」から決別し、市民自身が主体となってケアを担い、地域社会のつながりを再生する「市民化」へと舵を切ることが求められている。
そのための最も強力な実践的ツールが、「労働者協同組合法」を基盤とした「協同労働」である。
「労働者協同組合うつわ」や「エイトバードカンパニー労働者協同組合」の実践、そしてビュートゾルフの「玉ねぎモデル」が証明しているように、徹底した民主的運営と労働者主権に基づくケア事業は、高い専門性と豊かな人間性を両立させ、地域の多層的なつながりを再構築する力を秘めている。
それは、新自由主義がもたらした排除と孤立を克服し、「家族機能の社会化」を実現するための希望の光である。
来る2027年の制度改正を前に、私たちは単なる負担増と給付切り下げに抗うだけでなく、ケアを真ん中に据えた新しい社会連帯のあり方を提示しなければならない。
労働と地域を融合させる「協同労働」の波を全国に広げ、一人ひとりのケアワーカーが主権を持ち、住み慣れた地域で誰もが安心して共に暮らし続けられる「真の普遍主義」を再構築することこそが、今を生きる私たちに課せられた最大の歴史的使命である。

