
弥富市のガバナンスと財政運営をどう立て直すか
官製談合事件を契機に、約30年の政策・組織・財政を検証する
2026年8月
事実と評価を分け、持続可能な市政への改革案を示す
はじめに
2026年(令和8年)に表面化した弥富市の官製談合事件は、入札に関する秘密情報を扱う行政のあり方と、市役所内部のチェック体制に重大な課題があったことを示しました。
もちろん、この事件だけをもって、過去の行政運営のすべてが不適切だったと断定することはできません。
また、刑事裁判で認定された個人の責任と、市役所全体の組織的な責任は分けて考える必要があります。
しかし、同じような問題を二度と起こさないためには、事件を一部職員の不祥事として処理するだけでは不十分です。
入札・契約の仕組み、組織内の意思決定、議会や監査のチェック機能、財政運営、大型公共事業の進め方、市民への説明責任まで視野を広げ、問題の背景を検証する必要があります。
本稿では、弥富市が約30年にわたって積み重ねてきた政策と財政運営を振り返り、現在の課題を整理したうえで、市政を立て直すための方向性を提案します。
要旨
弥富市の課題は、単年度の赤字や一つの大型事業だけで説明できるものではありません。
人口構造が変化し、税収の大幅な伸びを期待しにくくなる一方で、公共施設の維持・更新費、下水道事業、市庁舎、駅周辺整備、学校再編などの負担が重なっています。
それにもかかわらず、事業の優先順位、将来負担、事業を縮小・延期・中止する条件が、市民に十分見える形で示されてきたとは言い難い状況です。
2024年度(令和6年度)決算に基づく弥富市の将来負担比率は95.4%で、愛知県内の市では最も高い水準となりました。
この数値だけで「財政破綻寸前」と断定することはできません。
しかし、県内で最も重い将来負担を抱え、今後も大型投資と借入れが予定されている以上、明確な黄色信号として受け止める必要があります。
市政再生の柱は、次の五つです。
- 官製談合事件の背景を第三者の視点で検証し、入札・契約の透明性を高める
- 総合計画と財政計画を一体化した「10年間の財政フレーム」を市民に示す
- 大型事業に優先順位と停止条件を設け、必要に応じて縮小・延期・見直しを行う
- 公共施設を維持・統合・転用・廃止に分け、将来世代の負担を抑える
- 首長、職員、議会、市民が率直に意見を交わせるガバナンスを再構築する
弥富市に必要なのは、従来の延長線上にある小幅な修正ではありません。すでに積み上がった負担と失われた信頼を直視し、「マイナスからの再生」に取り組む覚悟が求められています。
1 官製談合事件が問いかけたもの
官製談合事件について、刑事裁判が直接判断したのは、起訴された行為と関係者の刑事責任です。
市長や他の幹部による組織的関与の有無、市役所全体の管理責任、過去の入札まで含めた制度上の問題が、裁判によってすべて明らかになったわけではありません。
したがって、市が検証すべきなのは、少なくとも次の点です。
- なぜ秘密情報にアクセスできたのか
- 誰が、いつ、どの情報を閲覧・利用したのかを確認できる記録はあったのか
- 業者との面会、電話、電子メールなどの接触を把握する仕組みはあったのか
- 指名業者の選定や予定価格の管理に、複数職員による牽制が働いていたのか
- 内部通報制度は機能していたのか
- 議会、監査委員、法務部門は、異常やリスクを早期に把握できていたのか
事件を個人の倫理だけに還元すれば、担当者が替わった後に同じ問題が再発するおそれがあります。必要なのは、個人の善意や注意力に依存しない制度への転換です。
2 1990年代以降の環境変化に対応できたのか
2-1 人口構造の転換
日本の生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに減少へ転じ、総人口も2010年前後を境に減少局面に入りました。
右肩上がりの人口と税収を前提に、公共施設を増やし続ける時代は、すでに1990年代から終わり始めていたのです。
同時に、高度経済成長期からバブル期に整備された道路、橋、学校、福祉施設などは老朽化し、修繕や建て替えの時期を迎えました。
自治体には、新しい施設をつくること以上に、既存施設をどのように維持し、何を統合・廃止するかという判断が求められるようになりました。
弥富市でも、本来はこの段階で、人口・税収・職員数の将来見通しに基づき、施設総量と行政サービスのあり方を見直す必要がありました。
しかし実際には、総合社会教育センター、体育館、老人福祉センターなど、公共施設を増やす政策が続き、その維持・更新費が現在の負担として残っています。
2-2 市民協働と入札改革への転換
1990年代は、地方自治のあり方が大きく変化した時期でもあります。
1995年の阪神・淡路大震災を契機に市民活動が広がり、1998年にはNPO法が成立しました。
2000年には介護保険制度が始まり、行政だけでなく、市民、地域団体、福祉・医療関係者、NPO、企業などが役割を分担する方向へ社会が動きました。
一方、公共事業をめぐっては、談合や政官業の癒着に対する社会の目が厳しくなり、入札の透明性と競争性を高めることが全国共通の課題となりました。
こうした変化に対し、弥富市は、施設整備中心の行政から、市民との協働、生活支援、情報公開、入札改革を重視する行政へ十分に転換できたのでしょうか。
今回の官製談合事件を機に、改めて検証する必要があります。
3 市町村合併後に残された課題
3-1 施設の集約・統廃合は進んだのか
2006年、弥富町と十四山村の合併により弥富市が誕生しました。
市町村合併には、行政基盤の強化だけでなく、重複する施設や業務を整理し、行政コストを抑える狙いもありました。
しかし、施設の統廃合には、地域住民の不安や反発が伴います。
だからこそ、単純な廃止ではなく、利用実態、維持管理費、災害時の役割、代替サービス、交通手段などを示し、市民と丁寧に合意形成を進める必要があります。
弥富市では、この難しい議論を長く先送りした結果、類似施設や老朽施設を抱えたまま、改修・建て替え費用が一斉に必要となる局面を迎えています。
問題は、合併したこと自体ではなく、合併後に必要だった施設再編と行政改革をどこまで実行できたかです。
3-2 小規模自治体が抱える「計画疲れ」
弥富市は人口約4万3,000人の自治体です。大規模自治体と比べれば、財源も職員数も限られています。
一方、国や県の制度に対応するため、総合計画をはじめ、福祉、子育て、教育、防災、都市計画、農業、環境、公共施設など、多数の個別計画を策定しなければなりません。
有識者会議、市民アンケート、ワークショップ、パブリックコメントなどの手続も増えています。
計画をつくること自体が目的化すれば、現場の職員は書類作成と会議に追われ、実行、検証、改善に十分な時間を割けなくなります。
市民参加についても、限られた人が複数の会議を掛け持ちし、参加する側が疲弊するおそれがあります。
必要なのは、大規模自治体と同じ数の計画や事業を並べることではありません。
弥富市の人口、財政、職員体制に合わせて政策を絞り込み、「何を優先し、何をやめるのか」を明確にすることです。
4 財政の現状と大型事業の検証
4-1 将来負担比率95.4%をどう見るか
2024年度(令和6年度)決算に基づく弥富市の将来負担比率は95.4%で、前年度より10.8ポイント上昇し、愛知県内の市で最も高い水準となりました。
将来負担比率は、自治体が将来支払う可能性のある借金や負担を、毎年度の標準的な収入と比較した指標です。
95.4%という数値だけで、直ちに財政破綻や資金不足が起きると断定することはできません。法律上の早期健全化基準を下回っているからです。
しかし、県内の他市と比べて将来負担が重く、その比率が悪化している事実は軽視できません。
大型事業、市債残高、基金残高、下水道会計への繰出し、公共施設の更新費を一体で見なければ、実際の財政余力は判断できません。
実質公債費比率についても、単年度の順位だけで危機をあおるのではなく、今後の返済額が教育、福祉、防災、子育てなどの予算をどの程度圧迫するのかを検証する必要があります。
4-2 主要事業で確認すべき論点
以下の数値には、当初計画、契約額、将来の償還額、維持管理費など、性質や基準時点の異なるものが含まれています。単純に合算するのではなく、最新の市資料に基づいて項目ごとに確認する必要があります。
| 事業・財務項目 | 原稿で示された数値 | 検証すべきポイント |
| 下水道整備事業 | 総事業費約270億円、市の実質負担約179億円との試算 | 事業期間、企業債償還額、交付税算入額、一般会計繰出し、使用料収入を分けて確認する |
| 新庁舎 | 建設費約53億円、起債償還費約17億円、維持管理費約13億円との整理 | 各金額の対象期間と算定根拠が異なるため、重複の有無を確認する |
| JR・名鉄弥富駅自由通路・橋上駅舎化 | 初期約26~29億円から、現在は約55億円規模 | 国庫補助、市債、一般財源、鉄道事業者負担を区分し、最終的な市負担を示す |
| 小学校再編整備 | 落札決定額約19億3,000万円(税抜き) | 建設費だけでなく、通学、安全対策、維持管理、教育環境を含めて評価する |
| 今後の資金繰り | 今後10年の返済額約98億円、今後5年の借入予定額約80億円との試算 | 対象会計、対象年度、借入目的、基金残高への影響を明示する |
4-3 下水道事業と市庁舎
下水道事業については、当初の説明と実際の市負担との間に大きな差が生じていないかを検証する必要があります。
原稿では、地方交付税による補填を当初約90%と見込んでいたものの、実際は約30%にとどまり、市の実質負担が約6億4,580万円から約179億円へ増えたと試算しています。
ただし、交付税措置は、借入額、元利償還金、基準財政需要額への算入など、どの数値を分母・分子とするかで見え方が変わります。
市民に説明する際には、当初資料、実績、算定式、対象期間を併記し、第三者が追試できる形にする必要があります。
市庁舎についても、建設費、借金の元利償還、将来の維持管理費は性質が異なります。これらを一つの「総事業費」として示す場合は、期間や重複を明確にしなければなりません。
問題の本質は、個々の施設が必要か不要かという二者択一ではありません。
複数の大型事業が同時期に重なるなかで、総額としてどこまで負担できるのか、市民生活に必要な予算を確保できるのかという全体管理です。
4-4 駅事業と学校再編
JR・名鉄弥富駅の自由通路・橋上駅舎化事業は、当初より事業費が大きく増加しています。
利便性やバリアフリー化などの効果が期待される一方、市の負担割合、鉄道事業者の負担、東西交通の改善効果、周辺道路や踏切対策との優先順位を、市民が比較できる資料が必要です。
市民1人当たりの負担額を示す場合も、総事業費を人口で割るのか、国庫補助などを除いた市の実質負担を人口で割るのかを明記しなければ、正確な比較はできません。
学校再編については、児童数の減少や施設の老朽化を考えれば、再編そのものを避けて通ることはできません。
しかし、建物の整備だけでなく、長距離通学の安全、スクールバス、災害リスク、児童の心理的ケア、地域コミュニティへの影響まで含めて検討することが重要です。
地域やNPOの協力は大切ですが、本来行政が担うべき責任まで善意に依存してはなりません。行政、学校、保護者、地域の役割分担を明確にする必要があります。
5 首長のリーダーシップと説明責任
地方自治体の運営には、首長の判断力だけでなく、現場の声を聞き、職員の専門性を生かし、その判断を市民に説明する力が求められます。
参考となる事例の一つが、岐阜県飛騨市の都竹淳也市長が進めてきた現場重視の行政運営です。
飛騨市は人口減少や広い市域など、弥富市とは異なる条件を抱えているため、手法をそのまま移植することはできません。
しかし、予算編成で担当職員から直接課題を聞き、現場の実情を政策判断につなげ、市民に説明する姿勢には学ぶ点があります。
弥富市でも、次の仕組みを整えることが必要です。
- 市長、副市長、部課長、実務担当者が率直に課題を共有する
- 職員が不利益を恐れず、異論や問題点を指摘できるようにする
- 部署をまたぐ課題について、責任者と期限を明確にする
- 決定の理由、代替案、費用、将来負担を市民に説明する
- 市民との対話を、結論を追認してもらう場ではなく、政策を修正する場にする
広報紙、ホームページ、動画、市民説明会など、情報発信の手段は多数あります。重要なのは、単に決定事項を知らせることではなく、なぜその結論に至ったのか、他の選択肢と比べて何を優先したのかを説明することです。
6 「マイナスからの再生」に向けた五つの改革
改革1 官製談合事件の独立した検証
事件関係者と利害関係のない外部有識者を中心に、情報管理、業者との接触、指名業者の選定、予定価格の管理、内部通報、管理監督責任を検証します。
調査では、個人の処分だけで終わらせず、再発を防ぐための制度改正につなげる必要があります。
調査結果は、個人情報や捜査上の秘密に配慮しながら、可能な限り市民に公開すべきです。
改革2 入札・契約制度の透明化
一般競争入札の拡大、指名基準の明確化、業者との接触記録、設計金額等へのアクセス履歴、複数職員による確認、電子入札の監視強化などを組み合わせます。
予定価格の事前公表には、情報漏えいを防ぐ利点がある一方、入札価格が一定水準に集中するなどの課題も指摘されています。導入の是非は、他自治体の実績や落札率への影響を検証したうえで判断すべきです。
改革3 10年間の財政フレームの作成
総合計画と財政計画を一体化し、今後10年間について、少なくとも次の項目を年度別に示します。
- 大型事業と公共施設更新の予定額
- 国庫補助、市債、一般財源などの財源内訳
- 元利償還額と市債残高
- 基金残高
- 下水道など公営企業会計への繰出し
- 社会保障、教育、防災などに必要な経常経費
そのうえで、「基金が一定水準を下回る」「事業費が一定割合以上増える」「国庫補助が見込みを下回る」など、事業を縮小・延期・中止する客観的な条件を設定します。
改革4 公共施設のトリアージ
すべての施設を維持することを前提にせず、利用状況、維持管理費、更新費、災害リスク、代替手段を基に、次のように整理します。
- 優先して維持・更新する施設
- 他施設と統合・複合化する施設
- 用途を転換する施設
- 民間活用や売却を検討する施設
- 廃止する施設
統廃合によって影響を受ける地域には、移動手段や代替サービスを用意し、単なる施設削減ではなく、必要な機能を守る再編とすることが重要です。
改革5 対話と検証を中心にした市政運営
形式的なアンケートや審議会だけで市民参加を終わらせず、政策の初期段階から市民と情報を共有します。
少数意見や反対意見も記録し、採用しなかった場合は、その理由を説明します。
また、議会、監査委員、内部通報制度、情報公開制度が、それぞれ独立して機能するようにしなければなりません。
市長に権限が集中する自治体行政だからこそ、複数のチェック機能が必要です。
おわりに
弥富市が抱えているのは、人口減少、公共施設の老朽化、財政負担、職員不足という、多くの自治体に共通する課題です。
しかし、官製談合事件が起き、将来負担比率が県内で最も高い水準となった以上、「どの自治体も同じだから」と済ませることはできません。
一方で、危機を強調するあまり、根拠の異なる数字を単純に足し合わせたり、「破綻寸前」「すべてが腐敗している」と断定したりすれば、本当に検証すべき問題まで説得力を失います。
必要なのは、事実と評価を分け、数字の根拠を公開し、政策の効果と負担を比較できるようにすることです。
そのうえで、続ける事業、見直す事業、やめる事業を市民の前で明確に決めなければなりません。
弥富市の再生は、誰か一人を替えるだけでは実現しません。
首長、議会、職員、市民がそれぞれの責任を果たし、情報公開と対話を積み重ねることで、初めて市政への信頼を取り戻すことができます。
いま必要なのは、危機をあおることではなく、危機を正確に共有し、実行可能な改革へ結びつけることです。
それが、次の世代に持続可能な弥富市を引き継ぐための第一歩です。
主要な公表資料
※下水道事業、市庁舎、小学校再編などの金額は、原稿に示された数値を整理したものです。公表に当たっては、各事業の最新資料により、基準時点、対象期間、財源内訳、算定方法を再確認してください。
