喜㔟陽一 JR東日本代表取締役社長 会見 2026.8.4
サマリー――JR東日本の人材・組織改革とAI時代の働き方
JR東日本が進めている改革の核心は、鉄道中心の企業から、モビリティ、生活サービス、Suica・デジタルを組み合わせた企業グループへ転換するために、採用、人事制度、組織、働き方、企業文化を一体的に変えることにあります。
経営ビジョンを実行する「当事者」ではなく、社員一人ひとりを改革の「主役」と位置づけている点が大きな特徴です。
採用――「鉄道の人」ではなく、多分野で活躍する人材へ
従来の総合職、鉄道事業職といった採用区分を見直し、原則として全員を総合職として採用する制度へ転換しました。
全国的・広域的な異動を前提とする区分と、一定の地域を中心に働く区分は残すものの、鉄道部門からキャリアを始めた社員も、将来的には生活ソリューション、Suica・デジタル、海外事業などへ移ることができると明確にしました。
これは、採用を「最初に配属された職種で働き続ける人」の確保から、「会社の事業変化に応じて専門性を広げられる人」の獲得へ転換するものです。
人材育成――会社が決めるキャリアから、自ら描くキャリアへ
職種間の異動や社内公募などを通じて、社員が自分のキャリアを主体的に考えられる環境を整えようとしています。若手社員からも「自分のキャリアを自分で描けるようになった」という声が出ていると説明されています。
一方、制度上の異動可能性を広げるだけでは十分ではありません。鉄道技術に加え、デジタル、AI、事業開発、マーケティング、地域課題解決などを学ぶリスキリングの機会と、学習時間、指導者、評価制度を整えることが重要です。
安全を支える熟練技能については、ロボットやAIに置き換えるだけでなく、現場での訓練、シミュレーション、技能継承を組み合わせる必要があります。
働き方――夜間・職種固定を前提とした仕組みの見直し
鉄道の工事やメンテナンスは夜間作業が当然とされてきました。しかし、人手不足と若い世代の就労意識を踏まえ、工事を昼間へ移し、将来的には「夜間作業が原則」という関係を逆転させる方針が示されています。
夜間勤務については、18時から翌朝9時までを特定時間帯として割増賃金を設け、夜間労働を通常勤務と同じ扱いにしない考え方を明確にしました。
また、職種ごとに異なっていた労働時間や年間休日を統一し、職場間の異動や、一人が複数分野の仕事を担うことを容易にしています。仕事と育児の両立支援も、人材確保と定着の重要な課題として位置づけられています。
組織改革――三層構造から、現場中心の二層構造へ
国鉄時代から続いてきた「本社―支社・本部―現場」という三層構造を見直し、中間層に当たる支社・本部を廃止して、二層構造へ移行しました。
中間部門が担っていた業務を第一線の職場へ移し、従来12に分かれていた単位を、地域市場に対応する36の組織へ再編しています。
これにより、駅、乗務員、メンテナンスなどの現場社員も、与えられた鉄道業務だけでなく、地域課題や経営課題に直接取り組めるようにする狙いがあります。
ただし、中間組織の廃止は、意思決定を速める一方で、現場への負担集中、調整機能の不足、安全管理や人材育成の弱体化を招く可能性もあります。現場への権限移譲と同時に、必要な人員、予算、専門的支援を保障することが不可欠です。
労働組合――組織率低下と「社員の声」の新たな課題
JR東日本には複数の労働組合がありますが、会社側の説明では、2018年以前に最大組合が社員の8割以上を組織していた状態から、現在は全組合を合わせても組織率が15%以下になったとされています。
経営側は、労使関係の変化によって、社員が萎縮せず、新しい仕事へ挑戦しやすい職場になったと評価しています。一方で、これはあくまで経営側から見た評価であり、労働組合の組織率が低いこと自体が、企業文化の健全性を意味するわけではありません。
現在は、非組合員を含む社員組織との対話によって職場の意見を把握しているとされます。しかし、社員組織と、法律に基づく団体交渉権を持つ労働組合は同じではありません。
組合加入の有無にかかわらず、社員が人事評価や異動への不利益を恐れず、労働条件、安全、ハラスメント、経営方針について意見を述べられる仕組みが必要です。
企業文化――「決められた仕事を守る」から「自ら変える」へ
改革のキーワードは「当たり前を超えていく」です。
社外から固定的に見られてきた「鉄道会社」という枠を超えると同時に、社員自身が「自分は鉄道の仕事しかできない」「現場社員は経営に関われない」と考える内部の壁も壊そうとしています。
また、「現業」と「非現業」、「本社採用」と「現場採用」といった国鉄以来の区分を弱め、社員が部門を越えて挑戦できる文化への転換を目指しています。
本当に企業文化が変わったかどうかは、新規提案の数だけでなく、上司や経営方針に対して異論を言えるか、失敗を報告できるか、安全上の懸念を率直に指摘できるかによって評価すべきです。
AI――人員削減ではなく、仕事そのものを再設計する
JR東日本は「AIを経営に使わないという選択肢はない」としつつ、安全の確保を最優先条件としています。
AIの活用分野としては、窓口での案内・発券、設備の異常検知と予防保全、災害時の状況把握、自動運転などが挙げられています。点検ロボットやドローンも導入し、危険な作業や人手不足を補う考えです。
さらに、中間管理部門が担ってきた定型的なホワイトカラー業務の多くは、将来的にAIへ置き換わるとの見通しが、今回の組織再編の背景にあります。
重要なのは、AIを単なる省人化の道具にしないことです。AIが定型業務を担うことで、人を対話、判断、創造、地域課題の解決、安全管理など、人間にしか担えない仕事へ移すことが改革の本来の目的です。
そのためには、AI導入と同時に、対象業務の明示、判断過程の透明性、人による最終確認、誤作動時の責任、社員の再教育、雇用や評価への影響についての労使協議が必要になります。
総括
JR東日本の改革は、採用区分を変更するだけの人事改革ではありません。
固定的な職種、夜間中心の働き方、三層型の組織、国鉄以来の身分的な区分を見直し、AI時代に合わせて「社員が自らキャリアと仕事をつくる企業」へ転換しようとするものです。
一方で、現場への負担集中、リスキリングの不足、労働組合の組織率低下、AIによる雇用・評価への影響など、検証すべき課題もあります。
改革の成否を決めるのは、組織図や制度を変えたことではありません。社員が安心して意見を言え、必要な能力を身につけ、成長と働きがいを実感しながら、安全で持続可能なサービスを生み出せるかどうかです。

