
1. 全体像と背景
弥富市では、従来の縦割り型から包括的な「重層的支援体制」への転換が進められています。
同市特有の「海抜ゼロメートル地帯」という極限の空間的制約と、有事の行政リソースの限界(自前主義の崩壊)を背景に、平時の生活課題が災害時の生命の危機に直結するという固有の構造を持っています。
2. 3次元マトリックスによる構造分析の要点
福祉課題を「発生メカニズム」「対応主体」「政策メニュー」の3次元で分析し、以下の実態を浮き彫りにしています。
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発生メカニズム(特性×困り事): 個人の特性(高齢・障がい等)と環境要因(水害リスク等)が交錯することで、平時の移動困難が災害時の避難不能リスクへと直結・連鎖します。
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対応主体(困り事×セクター): 家族への過度な依存(自助)や行政単独(公助)の限界が露呈しており、地域の「共助」と、官民を繋ぐ中間支援組織である社会福祉協議会(社協)の役割が不可欠です。
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政策メニュー(需要×供給): 複雑な孤立課題に対しては、単なる一時的な経済的給付にとどまらず、継続的な対人支援やコミュニティ整備(居場所づくり等)を多層的に組み合わせる必要があります。
3. 第4次元(時間・空間)の統合と政策提言
上記のマトリックスに、ライフコースに伴う変化(時間軸)と、水害リスク(空間軸)を統合した上で、次期施策へ向けた3つの提言を行っています。
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空白セルへの投資: 家族偏重や現金給付中心の領域を見直し、伴走型支援やコミュニティ醸成へ予算を戦略的に再配分する。
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翻訳者(トランスレーター)の育成: 医療・福祉・防災などの多機関協働を牽引し、各分野を横断的に接続できる高度なコーディネーターを配置する。
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「福祉×防災」の完全統合: 平時の福祉施策(移動支援等)と有事の避難計画をシームレスに同期させ、すべての福祉計画の根底に防災対策を据える。
弥富市における地域福祉課題の立体的構造分析と解決に向けたマトリックス・アプローチ
序論:弥富市の地域福祉を取り巻く環境と構造的転換
現代の地域福祉は、高齢者、障がい者、子どもといった単一の属性に基づく縦割りの支援制度から、複雑化・複合化した生活課題を包括的に受け止める支援体制への歴史的な転換期にある。
愛知県弥富市においても、住み慣れた地域で誰もが安心して自分らしく暮らせる「地域共生社会」の実現に向けて、行政と社会福祉法人弥富市社会福祉協議会(以下、市社協)が強固に連携し、「第1期弥富市地域福祉計画・地域福祉活動計画」を策定している。
本計画は令和8年度から令和13年度を射程とし、社会福祉法に基づく「市町村地域福祉計画」と、市社協が推進する「地域福祉活動計画」を一体化させたものである。
さらに本枠組みには、「重層的支援体制整備事業実施計画」「再犯防止推進計画」「成年後見制度利用促進基本計画」が包含されており、制度の狭間に落ちる複合的なニーズに対する極めて包括的なセーフティネットの構築が志向されている。
弥富市における福祉課題の構造を解き明かす上で、同市特有の地理的・社会的環境は決定的な意味を持つ。
弥富市は広範な海抜ゼロメートル地帯を抱えており、大規模水害時には最悪の場合0.5〜5.0mの深刻な浸水が長期にわたって想定されている。
この「極限の防災・減災」という空間的制約は、高齢者や障がい者といった避難行動要支援者の「移動の困難」を、平時の生活上の不便から、有事における直接的な生命の危機へと直結させる要因となっている。
さらに、災害時に初動対応可能な市職員数が約100名程度にとどまるという行政リソースの限界(自前主義の崩壊)が指摘されており、広域避難の誘導や避難所運営を行政単独で完結させることは物理的に不可能である。
これに対し、「共に認め、支え合うまち、その人らしく活きるを支援する・弥富」という基本理念を掲げる同市は、「属性を問わない包括的相談支援」「参加支援」「地域づくり事業」「アウトリーチ等を通じた継続的支援」「多機関協働事業」の5本柱からなる『重層的支援体制整備事業』を本格的に展開している。
本稿では、福祉課題の解決に向けた立体的アプローチとして、「発生メカニズム」「対応主体」「政策メニュー」という3つの次元のマトリックスを活用し、弥富市の地域福祉構造を徹底的に分析する。
個別の事象を2次元の表に落とし込み、それらを多層的に重ね合わせることで、需要と供給のミスマッチを発見し、実効性の高い次期施策の立案に資する知見を提示する。
第一表:発生メカニズムの整理(個人特性 × 困り事)
最初の分析次元として、個人の持つ特性(内的要因)が、弥富市の社会環境や物理的環境(外的要因)とどのように摩擦を起こし、「困り事(障害)」として顕在化しているのかを整理する。現代の社会モデルに基づけば、障害や生活上の困難は個人の心身機能のみに帰属するものではなく、社会環境との相互作用によって動的に生み出されるものである。
以下の表は、弥富市における「個人特性(身体的、精神的、環境的要因)」と、それが生活場面で引き起こす「困り事(移動、就労・学習、生活・コミュニケーション)」の交絡点を示したものである。
| 困り事 \ 個人特性 |
特性ア(身体的要因など) 高齢・身体障がい・要介護状態など |
特性イ(精神的要因など) 知的/精神障がい・認知症・発達課題など |
特性ウ(環境的要因など) 独居・生活困窮・海抜ゼロメートル地帯居住など |
|---|---|---|---|
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困り事A (移動・行動) |
【日常の移動困難と災害時の避難不能】 通院・買い物の足の喪失。自力での水平・垂直避難が不可能な状態。 |
【行動範囲の制約とパニックリスク】 単独での公共交通機関の利用不安。避難所等の非日常空間での生活適応困難。 |
【物理的孤立と移動手段の欠如】 水害時の広域避難における自家用車等の欠如。交通空白地帯での生活基盤の脆弱化。 |
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困り事B (就労・学習) |
【就労機会の喪失と学習参加の制限】 バリアフリー未対応環境による就労拒絶。児童生徒の体験学習への参加障壁。 |
【適応の困難と継続性の欠如】 対人関係の構築難による離職。通常の学習環境でのドロップアウトと引きこもり。 |
【経済的・機会の不平等】 ひとり親家庭や貧困による学習・体験機会の喪失。経済的理由による就労選択の極端な狭まり。 |
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困り事C (生活・コミュニケーション) |
【日常生活動作の低下と介護負担】 食事、排泄の困難。家族のヤングケアラー化や老老介護による共倒れリスク。 |
【意思決定の困難と金銭管理リスク】 認知機能低下による詐欺被害。公共料金の滞納や複雑な行政手続きからの脱落。 |
【社会的孤立と情報の遮断】 地域コミュニティからの分断。制度を知らないための支援未到達(アウトリーチの必要性)。 |
分析と考察:個人特性と社会環境の摩擦構造
第一表から読み取れるのは、弥富市において「単一の特性が単一の困り事を生むわけではない」という複雑な連鎖構造である。
1. 困り事A(移動・行動)における「平時と有事」の連続性
身体的要因(特性ア)を抱える市民にとって、移動の困難は平時の「通院・買い物の不便」にとどまらない。
弥富市の海抜ゼロメートル地帯という強烈な環境的要因(特性ウ)が掛け合わされることで、水害発生時の「避難行動要支援者」としての致命的なリスクへと直結する。
行政は平時において、心身障がい者(身体・療育・精神)に対して年間最大48枚、要介護高齢者等(または運転免許証返納者)に対して年間最大36枚の福祉タクシー料金助成利用券を交付し、移動権の保障に努めている。特に車椅子やストレッチャー利用の重度障がい者に対しては、リフト付きタクシー利用時に1乗車あたり1,500円〜2,000円を助成する手厚い制度設計が行われている。
しかし、平時にこうした移動支援に依存している層は、そのまま災害時の自力避難困難層と完全に重なるため、日常の移動支援体制をいかに有事の避難計画(個別避難計画)へとシームレスに接続させるかが最大の焦点となる。
2. 困り事B(就労・学習)における社会参加の障壁と機会の保障
精神的・知的要因(特性イ)による就労・学習の困り事に対しては、市場原理(競争社会)への適応を強いるのではなく、環境側が柔軟な受け皿を用意する必要がある。
弥富市においては、指定障害者相談支援事業所や「チャレンジハウス弥富」(就労継続支援B型、定員20名)、「地域活動支援センター十四山」が、この摩擦を吸収する緩衝材として機能している。
さらに、環境的要因(特性ウ)に起因する「機会の不平等」に対するアプローチも顕著である。
ひとり親家庭や生活困窮家庭の子どもは、文化的な体験や学習の機会を喪失しやすい。これに対し市社協は、夏休み期間中に親子で出かけて楽しめる体験活動(過去の行き先として、信楽陶芸たぬき村、おやつタウン、伊賀流忍者博物館など)を継続的に提供しており、親子の絆を深めるとともに体験格差の是正を図っている。
3. 困り事C(生活・コミュニケーション)と「見えない貧困・孤立」
精神的要因(認知機能低下など)と環境的要因(独居・困窮)が交差する結節点では、意思決定能力の喪失と社会的孤立が同時に進行する。
これらは外部から発見されにくく、放置すれば生活基盤の完全な崩壊を招く。市社協が展開する「日常生活自立支援事業」において、福祉サービスの利用手続き援助や日常的金銭管理サービス(1回1,200円、生活保護受給者は無料)、書類等の預かりサービス(月額250円)が提供されていることは、複雑な行政手続きから脱落しがちな困窮者に対する極めて有効な防波堤となっている。
しかし、支援の網の目から漏れる「潜在的な対象者」をいかに見つけ出すかが課題であり、重層的支援体制の第4の柱である「アウトリーチ等を通じた継続的支援事業」の重要性がここにある。
第二表:対応主体の整理(困り事 × 対応セクター)
課題の発生メカニズムが明確になったところで、次にそれらの課題を「どのセクターが受け皿となって対応しているか」を整理する。現代の地域福祉は「自助・互助・共助・公助」の最適なベストミックスが求められるが、分野や課題の性質によって主たる対応主体は大きく異なる。
| 困り事 | 本人・家族(自助・互助) | 会社・職場(市場・企業) | 地域社会・NPO等(共助) | 社協・行政(公助・制度的共助) |
|---|---|---|---|---|
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困り事A (移動・行動) |
【限界の露呈】 自家用車による移動、家族による送迎。災害時は共倒れリスクが高く、支援者の安全確保も含め限界がある。 |
【交通・生活インフラ事業者】 民間タクシー事業者(リフト付き車両等の提供)。バリアフリー対応の公共交通。 |
【インフォーマルな支援】 災害時の近隣住民(自治会・自主防災組織)による安否確認や初期避難援助。 |
【制度的支援と面的インフラ】 福祉タクシー料金助成(行政)。個別避難計画の策定推進。車いす等貸出事業(社協)。 |
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困り事B (就労・学習) |
【個人の努力と家族支援】 自己研鑽、家族による経済的・精神的サポート。 |
【合理的配慮の提供】 障害者雇用枠の拡充。職場環境の改善。柔軟な働き方の提供。 |
【学習・就労の多様な場】 こども会連絡協議会などの団体による支援。地域社会での役割付与。 |
【公的な就労・体験支援】 就労継続支援等の運営(社協)。中高生向け福祉体験学習、福祉体験作文コンクールの実施(社協)。緊急小口資金貸付(生業維持)。 |
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困り事C (生活・交流) |
【親族内での管理・介護】 家族による日常的な介護や金銭管理。ヤングケアラーの発生リスク。 |
【民間サービスの活用】 民間による配食・見守りサービス。金融機関による成年後見支援。 |
【地域のつながりと見守り】 民生委員による訪問、福寿会(老人クラブ)の活動。ボランティア団体による交流。 |
【専門的介入とセーフティネット】 重層的支援体制の包括的相談(行政・社協)。生活困窮者自立相談支援、金銭管理代行(社協)。結婚活動支援事業(社協)。 |
分析と考察:セクター間の連携と自前主義の限界
第二表を俯瞰することで、特定のセクターに対する過度な依存の実態や、支援システムにおける構造的な脆弱性が明確になる。
1. 「本人・家族(自助)」への過度な依存の限界
かつての日本型福祉は、強固な家族制度を前提とした自助・互助に大きく依存していた。
しかし、未婚化、核家族化、高齢化の進展により、家族による抱え込みは限界を迎えている。
特に弥富市における災害時の広域避難を想定した場合、身体障害者手帳1・2級、療育手帳A、精神障害者保健福祉手帳1・2級を所持する単身世帯や、特別な医療ケアが必要な要介護高齢者などにおいて、本人と家族の自助努力だけで安全を確保することは事実上不可能である。
議会においても、個別避難計画の策定にあたっては「支援する側の人(家族や近隣住民)の安全確保」が重要課題として指摘されている。
2. 「行政単独(公助)」の限界とアウトリーチの必然性
一方で「行政がすべてを解決すべき」という公助への過度な期待(自前主義)もまた、深刻な壁に直面している。
弥富市では有事に初動対応可能な市職員数が約100名という極めて厳しい人的制約があり、公助単独での課題解決は構造的に不可能である。
さらに平時においても、「申請主義」を原則とする行政サービスは、情報を自ら取得・理解できない孤立困窮者(困り事C)には届かない。
この限界を突破するため、重層的支援体制整備事業では「アウトリーチ等を通じた継続的支援事業」が必須とされている。
会議や関係機関とのネットワークの中から潜在的な相談者を発見し、社会との関わりに困難を抱える人に対して訪問等による伴走支援を行うという能動的なアプローチが、行政に求められる新たな役割となっている。
3. 「共助」の醸成と「社協」の中間支援機能
自助と公助の限界を埋める最大のキープレーヤーが、地域社会(自治会、民生委員、各種ボランティア)による「共助」と、それらを組織化・後方支援する社会福祉協議会である。
弥富市社協は、中高生を対象とした福祉実践教室(車いす、手話、要約筆記、点字、高齢者疑似体験等)を通じて、将来の地域福祉と防災を担う人材を戦略的に育成している。
昭和58年から続く福祉体験作文コンクールは、次世代に対する継続的な啓発活動として定着している。
さらに、ボランティアセンターを運営し、活動希望者とニーズのマッチングを行うとともに、有事には災害ボランティアセンターを立ち上げ、ニーズの把握、ボランティアの受け入れ、資機材の貸し出しを統括する機能を持つ。社協は単なる行政の下請け機関ではなく、地域住民の自発的な活動(共助)と公的な制度支援(公助)を融合させる「中間支援組織(コーディネーター)」として、地域福祉の中枢を担っている。
第三表:政策メニューの整理(需要と供給のクロス集計)
課題と対応主体の構造が見えた後、実際にどのような「政策メニュー」が展開されているかを、需要側(市民からの視点)と供給側(提供者からの視点)の双方向からマトリックス化する。これにより、施策の偏りや、今後資源を重点的に配分すべき領域が浮き彫りになる。
【3-A】困り事 × 政策メニュー(需要側の視点)
この表は、市民が抱える特定の「困り事」に対して、どのようなアプローチの「政策」が用意されているかを示す。
| 困り事 \ 政策アプローチ |
政策メニュー① 【経済的・直接的給付】 (手当・助成・貸付など) |
政策メニュー② 【対人・サービス支援】 (就労・相談・介護サービスなど) |
政策メニュー③ 【環境・コミュニティ整備】 (居場所づくり・意識啓発など) |
|---|---|---|---|
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困り事A (移動・防災) |
・心身障がい者福祉タクシー料金助成 ・高齢者福祉タクシー料金助成 |
・なでしこ指定訪問介護等の各種介護サービス ・災害ボランティアによる生活復旧支援 |
・避難行動要支援者の個別避難計画策定 ・防災活動拠点の整備検討(木曽三川下流域) |
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困り事B (就労・学習) |
・緊急小口資金貸付(生業を営む経費等) ・各種福祉手当等の給付 |
・チャレンジハウス弥富(就労継続支援B型)の提供 ・生活困窮者自立相談における一人ひとりに合った自立支援計画の作成 |
・中高生福祉体験学習や福祉作文コンクールによる啓発 ・障がい児・ひとり親家庭を対象とした夏休み体験企画 |
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困り事C (生活・金銭・孤立) |
・敬老記念品配布(80歳以上)、米寿祝い品贈呈 ・金婚式事業(式典・祝い状贈呈) |
・日常生活自立支援事業(金銭管理・福祉サービス利用手続き代行) ・心配ごと相談、法律・司法書士相談 |
・重層的支援体制における「参加支援」「地域づくり事業」 ・歳末のおせち・お歳暮配布を兼ねた見守り活動、川柳の募集 |
分析と考察:需要側から見た政策ポートフォリオの立体性
政策メニューを①経済的給付、②対人サービス、③環境整備の3類型に分類した際、弥富市ではそれぞれの困り事に対して立体的な政策ポートフォリオが組まれていることがわかる。
特筆すべきは、「困り事C(生活・金銭・孤立)」に対するアプローチの多層性である。
一時的な現金給付(メニュー①)だけでは、認知機能の低下した高齢者や、複雑な課題を抱える生活困窮者の根本的な解決には至らない。
そこへ、社協による金銭管理の代行や手続き支援(メニュー②)が入り、さらに歳末のおせち料理配布を通じた民生委員との顔の見える関係づくりや、認知症予防を兼ねた川柳の募集(メニュー③)を行うことで、社会的孤立を未然に防ぐ重層的なネットワークが構築されている。
また、移動困難(困り事A)に対しては、多数の指定民間タクシー会社(一般タクシー、リフト付き福祉車両など数十社)と連携した料金助成制度(メニュー①)が確立されている一方、政策メニュー③の「環境整備」として、大規模水害を見据えた個別避難計画の策定や、海南こどもの国を候補地とした平時・有事兼用の防災活動拠点整備の検討が進められており、日常の足の確保から究極の防災対策までが連続した課題として捉えられている。
【3-B】提供セクター × 政策メニュー(供給側の視点)
最後に、これらの政策を「どの組織が、どのような手段で」供給しているかを整理する。これにより、官民の役割分担と協働(ガバナンス)の実態が明らかになる。
| 提供セクター \ 政策アプローチ |
政策メニュー① 【経済的・直接的給付】 |
政策メニュー② 【対人・サービス支援】 |
政策メニュー③ 【環境・コミュニティ整備】 |
|---|---|---|---|
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NPO・地域社会 (インフォーマルな資源) |
・赤い羽根共同募金等を通じた地域活動への資金還元 |
・住民同士の日常的な見守り、声かけ ・各種当事者団体(身体障害者福祉会、遺族会、ひまわり会等)の相互支援活動 |
・福寿会(老人クラブ)や子ども会による世代間交流の場の創出 ・自治会レベルでの初期防災網、認知症サポーターの養成活動 |
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市社会福祉協議会 (コーディネート機関) |
・緊急小口資金等の貸付窓口業務 ・車いす等福祉用具の貸出事業 |
・包括的相談支援、自立相談支援事業の展開 ・就労B型(チャレンジハウス)、生活介護(十四山)の直接運営 ・結婚相談、「やとみ♡ふく婚パーティー」の開催 |
・ボランティア連絡協議会の運営、ボランティア養成講座の開催 ・災害ボランティアセンターの設置・運営機能の確保 ・歳末福祉映画会・講演会の開催による意識啓発 |
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行政(弥富市) (制度設計・財源措置) |
・タクシー料金助成の財源負担と制度運用 ・生活保護の支給、障がい福祉等の法定給付の実施 |
・重層的支援体制整備事業の法的スキーム確立と予算化 ・要介護認定、障害支援区分認定等の行政処分 |
・第1期地域福祉計画、第7期障がい福祉計画等の策定 ・多機関協働事業における市全体のプラットフォーム形成 ・広域避難誘導や防災都市計画の策定 |
分析と考察:供給側から見たガバナンスの構造
このマトリックスからは、弥富市における行政と社協の緻密な役割分担が鮮明に読み取れる。
1. 行政による「面」の整備と、社協による「点」から「線」への支援
行政は法令に基づく財源措置(タクシー助成など)や、全市的なマスタープランの策定(障がい者計画等)といった「面」のインフラ構築に特化している。
一方、市社協は、それらのマクロな制度だけでは救い切れない「個別のケース(点)」に対し、自立相談支援事業や日常的金銭管理サービスといったミクロな対人支援(メニュー②)を提供している。
そして、個別の支援をボランティアや民生委員といった地域の資源と結びつけることで、「線」としてのネットワーク(メニュー③)を紡ぎ出している。
2. 供給体制の中核を担う「多機関協働事業」の意義
政策メニュー②と③を強力に推し進めるため、弥富市が導入している重層的支援体制整備事業の第5の柱「多機関協働事業」は決定的な役割を果たす。
これは、行政、社協、NPO、医療機関などがバラバラに動くことを防ぎ、市全体で包括的な相談支援体制を構築するための中枢(ハブ)として機能するものである。
複雑化・複合化した課題については、単一の機関では対応しきれないため、支援関係機関の役割分担を図りながら適切に多機関協働へとつなぐメカニズムが制度化されている。
3. 独自の地域ニーズに応える社協の先駆的な事業展開
弥富市の社協は法定受託事務にとどまらず、地域の独自のニーズに応じた事業を幅広く展開している点が高く評価できる。
例えば、「やとみ♡ふく婚パーティー」などの結婚活動支援事業(弥富市内に住所を有する、または定住意思のある満20歳以上の独身者が対象)は、直接的な福祉問題というよりも、定住促進や少子化対策、将来の独居予防(環境的要因の改善)につながる投資的かつ先制的なアプローチである。
また、市内出身の戦没者への追悼式の開催や、川柳の募集を通じた安否確認など、コミュニティの文化的・心理的紐帯を強化するソフト事業がメニュー③として極めて充実している。
結論とさらなる次元(第4次元)への昇華:時間軸と空間軸の統合
ここまでに提示した3次元的なマトリックス(個人特性×困り事、困り事×対応セクター、需要供給×政策メニュー)を重ね合わせることで、弥富市の福祉課題の全体構造とその対応策が可視化された。
個別の事象がどの象限に属し、どこに支援の「抜け落ち(空白)」が発生しやすいかを俯瞰することができる。
しかし、これらの分析を真に実効性のある施策づくりに繋げるためには、立体構造の中に「第4の次元」として『時間軸』と『空間軸』を組み込む必要がある。
【時間軸の視点(ライフコースと属性の変化)】
ある市民が現在、「特性ア(身体障がい)」×「困り事A(移動)」×「対応主体(家族)」のセルに位置していたとしても、時間の経過(加齢)とともに親族のサポートが喪失し、同時に「特性イ(認知機能低下)」を併発することで、事態は極めて深刻な「困り事C(金銭管理・孤立)」へと移行する。
マトリックス上の位置は固定化されたものではなく、ライフコースに伴い常に流動的である。
したがって、弥富市が推進する「世代や属性を問わない包括的相談支援(重層的支援)」は、この課題の変容に切れ目なく追従し、事態が深刻化する前に介入するための早期警戒システムとして極めて重要である。
【空間軸の視点(ゼロメートル地帯という地政学的リスク)】
弥富市において決して忘れてはならないのが、空間軸、すなわち「海抜ゼロメートル地帯」という宿命的な環境制約である。
平時に機能している緻密な福祉マトリックスは、大規模水害が発生した瞬間にすべて機能不全に陥るリスクを孕んでいる。
堤防というハード対策への過度な依存や、行政への過度な依存(自前主義)が通用しなくなる極限状況下では、第二表における「地域社会・NPO(共助)」のセルを平時からいかに肥大化・強靭化させておくかが、文字通り市民の生死を分ける。市社協が行う「中高生への福祉体験学習」や「災害ボランティアセンターの体制構築」は、単なる情操教育にとどまらず、将来の地域防災を担うソーシャル・キャピタル(社会資本)の蓄積行為として、都市の生存戦略の根幹に位置づけられるべきである。
今後の政策立案に向けた提言
これらのマトリックス分析を通じて、次期施策の議論材料として以下の3点を提言する。
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「空白セル」への戦略的投資とリソースの再配分: マトリックスを共有する過程で、対応主体が「家族」に偏重している課題(ヤングケアラーや老老介護など)や、政策メニューが「直接給付」に留まり「環境整備」が手薄な領域が浮き彫りになる。この空白セルに対し、重層的支援体制の予算を戦略的に再配分し、給付中心から伴走型支援・コミュニティ醸成へと比重を移す議論が必要である。
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多機関協働を牽引する「トランスレーター(翻訳者)」の育成: 重層的支援体制の成否は、医療、福祉、教育、防災といった異なる専門性を持つ機関間の連携にかかっている。マトリックスの各象限を横断的に俯瞰し、各分野の専門用語を翻訳して有機的に結びつけることができる高度なコーディネーター(社会福祉協議会の専門職等)の育成・配置を推進すべきである。
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「福祉×防災」の完全なる統合と主流化: 弥富市の地理的特性を鑑みれば、すべての福祉計画は防災計画と完全に連動していなければならない。福祉タクシー利用助成の受給者データと避難行動要支援者名簿のシームレスな同期化や、福祉実践教室における防災カリキュラムの必須化など、マトリックスの「移動・防災(困り事A)」軸をすべての事業領域の根底(プラットフォーム)に据えるべきである。
本稿で提示したマトリックス・アプローチが、行政、社会福祉協議会、地域住民、そして専門機関の間で共有される共通言語となり、弥富市の基本理念である「共に認め、支え合うまち」の実現に向けた、より立体的かつ実効性のある政策議論の土台となることを確信する。
