市長は「まちの所有者」ではない
人口減少時代に求められる市長像――法的検証・自治体事例・弥富市への問い
作成日:2026年8月21日
目的:ニュースレター No.24 検討資料
要旨
市長は、市の所有者でも、選挙で白紙委任を受けた会社社長でもない。
憲法と法律、条例、議会の議決の範囲内で、市全体を代表し、予算案を作り、行政を執行する責任者である。
日本の市町村では、市長と議会議員の双方を住民が直接選ぶ「二元代表制」が採られている。
したがって、市長は強い執行権限を持つが、議会の上司ではない。
選挙での勝利は、任期中に職務を行う正統性を与えるが、すべての政策が正しいことや、すべてを自由に決めてよいことを意味しない。
人口と税収が伸び、国から事業や財源を獲得することの重要性が大きかった時代には、政治家や官庁との「パイプ」が市長の力量として評価されやすかった。
1990年代以降は、行政評価、成果指標、民間的経営手法などが広がった。
しかし、これからの人口減少・施設老朽化・担い手不足の時代には、獲得力や効率化だけでは足りない。
これから必要なのは、何でもやる市長でも、全部自分で決める市長でもない。
できることとできないことを数字で示し、何を守り、何を変え、何をやめるのかを公平に選び、職員・議会・市民が判断できる仕組みをつくり、誤れば直せる市長である。
1 そもそも市とは何か
憲法は「地方自治の本旨」に基づく地方自治制度を定め、地方公共団体の長と議会議員を住民が直接選ぶこと、地方公共団体が財産を管理し、事務を処理し、条例を制定できることを保障している(日本国憲法92~94条)。地方自治法は、地方公共団体を法人とし、市町村を住民に最も身近な基礎的な地方公共団体として位置づけている。
市を一般向けに表すなら、次の説明が比較的正確である。
市とは、一定の区域に暮らす住民の生活を支え、地域の公共的な課題を共同で解決するためにつくられた、法人格を持つ地方政府である。
構成を考えるときは、①住民、②区域、③自治の権能・組織、の三つが基本となる。
道路、河川、公園、学校、上下水道などは、市そのものの法的な構成要素というより、住民生活を支える公共施設・公共サービスであり、「社会的共通資本」と捉えることはできる。
株式会社や協同組合になぞらえる説明は、予算、資産、経営、構成員といった点を理解する入口としては役立つ。
ただし、市には課税、規制、福祉、教育、災害対応などの公権力と公共責任がある。
住民は株主ではなく、市長は所有者から利益最大化を任されたCEOでもない。
支持者だけでなく、反対票を投じた人、投票権のない子どもや外国籍住民、そして将来世代も含む全体の利益を考えなければならない。
2 市長の法的な位置づけ
市長が担うこと
地方自治法上、市長は市を統轄し、代表する。主な権限・責任は次のとおりである。
- 議案を議会に提出する
- 予算を調製し、議決後に執行する
- 市税等を賦課徴収する
- 決算を議会の認定に付す
- 市の財産、公共施設、行政組織を管理する
- 補助職員を指揮監督する
- 国、県、他自治体、民間団体等との交渉・連携で市を代表する
市長の任期は4年である。
ただし、任期4年は「4年間何をしても任せる」という意味ではない。
条例、予算、重要な契約・財産処分などは議会の議決事項であり、監査、情報公開、住民監査請求、直接請求、選挙、議会の不信任など、任期途中も統制と検証の仕組みがある。
市長と議会は上下関係ではない
日本の地方自治は、国の議院内閣制とは異なり、市長と議会議員を別々に直接選ぶ二元代表制である。
市長は行政を執行し、議会は条例、予算、決算、重要な契約等を審議・議決し、行政を監視する。
両者は住民を代表する別々の機関であり、市長が議会を部下として指揮することはできない。
この制度は対立を目的にしたものではない。
異なる正統性を持つ二つの機関が、緊張関係と対話を通じて判断の質を高める仕組みである。
参考:三重県議会「二元代表制」
4 市長に期待される役割はどう変わってきたか
市長像は一直線に入れ替わったのではなく、次の役割が時代ごとに重なってきたと見る方がよい。
第1段階 国の末端行政から、住民が選ぶ地方政府へ
明治期の市制・町村制によって近代的な自治体制度が整えられたが、当初は国の統制が強かった。
戦後、1947年の日本国憲法と地方自治法により、首長と議会の公選、自治立法権などを基礎とする現在の地方自治制度が成立した。
自然村や互助組織の歴史は重要だが、現代の市町村はそれらがそのまま法人化したものではない。
第2段階 陳情・誘致・配分を得る市長
高度成長期には、道路、河川、学校、鉄道などの整備需要が大きく、国庫補助や国・県事業を地域に導入する力が評価された。
国会議員、県、中央省庁との関係をつくることには現実的な意味があった。
一方で、属人的な人脈、利益誘導、談合、官官接待などが政策決定をゆがめた事例もあり、1990年代には強い批判を受けた。
ただし、当時の補助事業や陳情をすべて不正や利権と呼ぶのは正確ではない。
制度上必要な調整・要望と、不透明な便宜供与や癒着は分けて論じるべきである。
第3段階 行政改革とニューパブリックマネジメント
1990年代後半から2000年代には、行政評価、成果指標、目標管理、民間委託、顧客志向、マニフェストなどが注目された。
属人的な配分から、目的、費用、成果を説明する行政へ進めた点は大きい。
同時に、数字にしやすい成果だけを追う、評価表を作ることが目的になる、委託によって行政内部の専門性が弱まる、といった副作用もある。
経営手法は必要だが、市民を顧客だけとして扱い、採算の悪い人を切り捨てることは公共行政では許されない。
2000年の地方分権一括法施行では、機関委任事務が廃止され、国と地方の関係は制度上、上下・主従から対等・協力へ改められた。
市長には、国の指示を待つだけでなく、自ら地域課題を捉え、政策を組み立てる責任が一層求められるようになった。
第4段階 人口減少時代の「公共経営者」
現在は、人口減少、高齢化、税収の伸び悩み、公共施設・インフラの老朽化、職員不足、災害リスク、デジタル化が同時に進む。
新しいものを獲得するだけでなく、維持更新費を含めて何を残すか、複数の施設やサービスをどう組み替えるか、自治体単独でできないことを誰と担うかが問われている。
ここでの市長は、単なる節約家ではない。
限られた資源を、生命・人権・子ども・地域の持続可能性などの公共価値に沿って配分する「公共経営者」である。同時に、自分がいなくなった後も行政が機能するように、人と仕組みを育てる責任者でもある。
5 市長のタイプを整理する
| 類型 | 強み | 陥りやすい問題 |
| 陳情・誘致型 | 国・県との交渉、事業・財源獲得 | 目的より獲得自体が優先される。維持費や将来負担を見落とす。 |
| 行政管理・NPM型 | 数値管理、効率化、行政評価 | 指標の形骸化、短期成果への偏重、弱者の切り捨て。 |
| 企業家・発信型 | 変化を起こす、外部資源を呼び込む | 個人への依存、過剰な広報、検証不足。 |
| 対決・直接統治型 | 既得権や停滞への問題提起 | 議会・職員・市民を敵味方に分け、組織能力を損なう危険。 |
| 共創・制度設計型 | 対話、優先順位、組織学習、継承 | 合意形成に時間がかかり、決断を避ける口実にもなり得る。 |
今の時代に最も必要なのは、最後の「共創・制度設計型」を基礎としながら、財政規律、決断力、国・県との交渉力、危機対応力を併せ持つ市長である。
タイプを一つ選ぶのではなく、強みを組み合わせ、弱点を制度で抑えるという考え方が重要になる。
6 自治体事例から学べること
事例1 飛騨市・都竹淳也市長――政策と予算の前に「何のためか」を議論する
都竹氏は岐阜県職員を経て2016年に就任し、2024年に3期目に入った。
飛騨市の特徴として、次が確認できる。
- 市長への提案箱、対話の場、学生との交流など複数の市民接点を設けている
- 職員が市民の学習会に出向く「市政見える化講座」を行う
- 予算編成前に政策協議を重ね、市民・議会の意見も踏まえて事業の目的を確認する
- 2026年度予算でも、財政制約を認めつつ「身近な暮らしの課題への回帰」を掲げ、事業ごとに「何のために」を問うとしている
ここから学ぶべきなのは「行政経験者だから優れている」という単純な結論ではない。
対話、政策形成、予算編成、職員の説明を一つの過程として制度化している点である。
市長個人の言葉だけでなく、会議、予算、実施結果に落とし込まれているかを見る必要がある。
資料:市長プロフィール、市政見える化講座、2026年度予算の考え方
事例2 新城市・若者議会――参加を予算と検証につなげる
愛知県新城市は、2015年度から若者議会を継続している。
若者が政策を提案し、市長に答申し、予算化された事業について成果報告まで行う。
単発のワークショップではなく、提案、予算、実施、振り返りがつながっている点に価値がある。
市民参加は、意見を聞くだけでは不十分である。
採用した意見、採用しなかった意見、その理由、使った予算、結果を返すことで初めて行政への信頼と学習が積み上がる。
事例3 流山市――財政規律と成果報告を条例・制度にする
千葉県流山市は、法定の健全化判断比率だけでなく、市独自の基準を定める財政健全化維持条例を運用している。
また、予算と施策成果を結びつけた「まちづくり報告書」を公表している。
学ぶべき点は、首長が「財政を大切にする」と発言するだけでなく、数値基準、毎年度の報告、外部検証という形にすることにある。
ただし、流山市は人口動態や首都圏立地が弥富市と異なる。結果をそのまま比較するのではなく、判断基準を制度化する方法を参考にすべきである。
資料:流山市「健全で規律ある財政運営の実現」、まちづくり報告書
事例4 夕張市――破綻寸前まで待つことの代償
夕張市の財政再生では、人件費・事業費の削減、公共施設の集約、起債の制約など、市民サービスと組織運営に長期の厳しい影響が生じた。
教訓は、法定の早期健全化基準を超えるまで問題がないという考え方をしないことである。
財政指標は非常ベルであり、目標値ではない。危機になる前に、事業の総費用、施設の更新費、基金残高、職員体制を中長期で点検する必要がある。
7 弥富市の現在地をどう表現するか
弥富市の2024年度決算に基づく将来負担比率は95.4%で、自治体財政健全化法の早期健全化基準350%以内にある。
したがって、「直ちに財政破綻する」「財政再生団体目前」と表現するのは適切ではない。
一方、市の2026年度中期財政計画では、2026年度から2030年度にかけて、次のような見通しが示されている。
| 指標 | 2026年度見込み | 2030年度見込み | 方向 |
| 年度末市債残高 | 約153.5億円 | 約175.0億円 | 増加 |
| 年度末基金残高 | 約22.7億円 | 約5.3億円 | 大幅減少 |
| 将来負担比率 | 114.7% | 140.4% | 上昇 |
| 実質公債費比率 | 5.2% | 6.8% | 上昇 |
したがって、最も正確な表現は次のようになる。
弥富市は現在、法定の財政健全化基準の範囲内にあり、直ちに財政破綻する状態ではない。しかし、市自身の中期見通しでは、市債残高の増加、基金残高の減少、将来負担比率の上昇が見込まれており、将来の政策選択に使える余力は狭まりつつある。今の段階で事業の優先順位と総費用を市民に示し、見直すことが必要である。
ここで問うべきなのは「危険か安全か」の二択ではない。
- 大型事業を含む各事業の建設費だけでなく、維持管理、更新、撤去までの総費用を示しているか
- 基金をどこまで減らせるのか、市としての警戒水準を定めているか
- 人口・税収見通しが悪化した場合に、何を延期・縮小・中止するのか
- 子育て、福祉、防災、教育など、最優先で守るサービスは何か
- 市民が毎年、計画と実績の差を確認できるか
資料:弥富市「令和6年度健全化判断比率等」、弥富市「令和8年度中期財政計画」
8 これからの市長に必要な8つの力
1 公共価値を守る力
効率だけでなく、生命、安全、人権、子どもの成長、障害のある人や少数者の尊厳、将来世代への責任を判断の土台にする。
2 優先順位を決める力
「全部やる」でも「一律削減」でもなく、何を守り、何を変え、何をやめるかを理由とともに決める。
3 財政を将来まで管理する力
単年度収支だけでなく、10年程度の市債、基金、施設更新費、人件費、維持管理費を示す。
法定基準より手前に市独自の警戒線を置く。
4 行政組織を育てる力
市長が細部まで命令するのではなく、職員が目的を理解し、部局を越えて提案し、異論を安全に言える組織をつくる。
副市長・幹部人事、専門人材育成、内部通報、ハラスメント対策も市長の責任である。
5 事実を説明する力
事実、推計、価値判断、未確定事項を分けて説明する。良い情報だけでなく、不都合な数字、遅れ、失敗、見直し理由も公開する。
6 対話し、少数意見を扱う力
選挙で得た票を万能の根拠にしない。アンケート、対話集会、無作為抽出、市民会議、子ども・若者の参加などを組み合わせ、意見への回答まで行う。
7 外部と協働する力
国・県とのパイプを「特別な便宜」に使うのではなく、制度、専門知識、広域連携を得るために使う。近隣自治体、企業、大学、医療・福祉、NPO、地域団体との役割分担を設計する。
8 誤りを直し、次へ引き継ぐ力
目標未達や前提変化を認め、政策を修正する。自分の人気や在任中の完成にこだわらず、市長交代後も使える記録、評価、人材、協働関係を残す。
9 市長候補者を見る共通質問票
候補者の経歴やイメージだけでなく、全候補に同じ質問をし、回答を比較することが重要である。
各問を「0=回答なし、1=方針のみ、2=数字・期限・制度まで提示」で整理すれば、16点満点の簡易比較表にもできる。
ただし、点数は判断の補助であり、人権侵害や法令軽視など重大な問題を相殺するものではない。
| 軸 | 候補者に聞く質問 |
| 公共価値 | 最優先で守る市民サービスは何ですか。反対者、子ども、少数者の意見をどう扱いますか。 |
| 財政責任 | 4年後・10年後の市債、基金、将来負担比率にどの水準を目指しますか。前提数字を示せますか。 |
| 事業選択 | 大型事業を含め、維持更新費まで比較し、延期・縮小・中止を判断する基準は何ですか。 |
| 情報公開・公正 | 契約、補助金、事業評価、失敗をどこまで公開しますか。第三者による検証をどう入れますか。 |
| 組織・人事 | 職員が市長や幹部に異論を言える仕組みをどう作りますか。組織風土を何で測りますか。 |
| 対話・参加 | 市民意見を、予算・計画・事業見直しにどう結びつけ、採否の理由をどう返しますか。 |
| 実行・協働 | 誰が、いつまでに、どの財源で実行しますか。県、近隣市町、民間・NPOとどう分担しますか。 |
| 検証・修正 | 毎年何を公表し、未達の場合にどう見直しますか。任期後に何を組織へ残しますか。 |
選挙では「やります」という約束の方が、「全部はできないので選びます」という説明より有利になりやすい。
このジレンマを減らすには、市が共通の財政基礎資料を公開し、市民団体や報道が全候補に同じ条件で費用、財源、期限、やめるものを尋ねる必要がある。
誠実な候補者に必要なのは、単に「できません」と言うことではない。
何を守るのか、何には投資するのか、そのために何を見直すのかを一つの組み合わせとして示すことである。
10 ニュースレターに使える結論案
市長は、まちの所有者でも、市民から白紙委任を受けた社長でもありません。住民が直接選ぶ行政の責任者であり、議会と向き合い、職員の力を引き出し、市民全体のために限られた予算を使う立場です。
かつては、国や県から道路、施設、補助金を取ってくることが市長の力量と見られました。その後、行政改革によって費用や成果を測ることが重視されるようになりました。しかし、人口が減り、施設が老朽化し、職員も財源も限られるこれからは、獲得力や効率化だけでは足りません。
必要なのは、何でもやる市長でも、全部自分で決める市長でもありません。できることとできないことを数字で示し、何を守り、何を変え、何をやめるのかを公平に選び、その理由を説明する市長です。そして、職員が自ら考え、議会が検証し、市民が判断できる仕組みをつくり、誤れば直せる市長です。
選挙で勝つことは、政策の正しさの証明ではありません。選挙は市長を選ぶ出発点であり、その後も問い、話し合い、検証し、必要なら修正するところまでが自治です。だから私たちが見るべきなのは、候補者の知名度や人脈だけではなく、数字を示すか、異論を聞くか、職員を育てるか、失敗を認めて直せるかです。
主要資料
- 日本国憲法(e-Gov法令検索)
- 地方自治法(e-Gov法令検索)
- 公職選挙法(e-Gov法令検索)
- 地方公共団体の財政の健全化に関する法律(衆議院)
- 国立公文書館「地方自治法」
- 三重県議会「二元代表制」
- 愛知県「地方分権改革の経緯」
- 飛騨市長のページ
- 新城市「若者議会」
- 流山市「健全で規律ある財政運営の実現」
- 北海道「夕張市の財政再生」
- 弥富市「令和6年度健全化判断比率等」
- 弥富市「令和8年度中期財政計画」
※本稿は、公開資料に基づく制度・政策上の整理であり、特定の候補者への支持・不支持を示すものではない。個別事業や候補者を評価する際は、最新の予算書、決算、監査意見、契約資料、議会記録、候補者本人の回答を併せて確認する必要がある。

