「強い市長」から「検証可能な統治」へ
市長は、自治体の所有者でも、市民から白紙委任を受けた社長でもありません。
住民が直接選ぶ行政の責任者として、予算を編成し、職員を指揮し、政策を実行する強い権限を持ちます。
一方、条例や予算には議会の議決が必要であり、監査、法令、情報公開、市民参加によるチェックも受けます。
かつての市長には、国や県から補助金や公共事業を獲得する力が求められました。
その後は、行政評価や情報公開、民間的な経営手法が重視されました。
人口減少と施設老朽化が進む現在は、「何を増やすか」だけでなく、「何を残し、変え、統合し、やめるか」を設計する能力が必要です。
飛騨市では、介護人材の確保、郵便局の活用、関係人口を増やす「ヒダスケ!」など、小規模な施策を組み合わせ、地域内外の担い手をつなぐ取組が進められています。
ただし、離職率低下などの効果を特定の施策だけに帰することはできず、費用対効果の継続的な検証が必要です。
安芸高田市では、石丸市政によって財政や議会との対立が全国的に可視化され、学校給食費の無償化など、明確な政策判断も行われました。一方、SNSによる注目度と行政成果は分けて評価する必要があります。2024年の市長選挙結果だけから、市民が「対立に疲れた」と断定することもできません。
弥富市の令和6年度決算では、経常収支比率は94.4%、実質公債費比率は5.4%、将来負担比率は95.4%です。直ちに財政破綻する状況ではありませんが、「将来負担比率が法定基準の350%より低いから安全」とも言えません。
市の中期財政計画では、令和12年度に将来負担比率140.4%、地方債残高約175億円、基金残高約5.3億円となる見通しです。
大型事業と公共施設更新を含む長期的な財政管理が不可欠です。
公共施設についても、一律に残すか削減するかの二択ではありません。
安全性、利用状況、交通アクセス、防災機能、改修・更新費を比較し、統合、複合化、転用、長寿命化、廃止を施設機能ごとに判断する必要があります。
これからの市長には、次の能力が求められます。
- 将来の財政負担を数字で示す力
- 事業の開始・継続・中止を比較する力
- 職員が安心して異論を述べられる組織をつくる力
- 結論を決める前から市民と対話する力
- 議会と建設的な緊張関係を築く力
- 退任後も政策を検証・修正できる仕組みを残す力
優れた市長とは、何でも自分で決める「強い人」ではありません。
事実と数字を公開し、異論を受け止め、議会・職員・市民が継続的に政策を検証できる「強い仕組み」を残す市長です。
現代地方自治と首長マネジメント
将来負担比率の市町村早期健全化基準は350%だが、将来負担比率には財政再生基準が設けられていない。350%は『望ましい水準』ではなく、財政健全化計画を義務づける法的な最終警戒線である。95.4%が350%未満であることは、直ちに法定健全化段階ではないことを示すだけで、投資余力や施設新設の妥当性を保証しない。 [18] [22]
8.2 令和8~12年度の見通し
| 指標 | R8 | R9 | R10 | R11 | R12 |
| 将来負担比率 | 114.7% | 117.6% | 125.3% | 131.2% | 140.4% |
| 実質公債費比率 | 5.2% | 5.5% | 5.6% | 6.1% | 6.8% |
| 一般会計地方債残高 | 153.49億円 | 161.23億円 | 166.44億円 | 170.88億円 | 174.95億円 |
| 一般会計基金残高 | 22.75億円 | 18.56億円 | 13.31億円 | 8.58億円 | 5.29億円 |
この見通しは、令和6年度までの実績、令和8年度予算、現行制度、予定する大型事業等を前提にした推計であり、確定値ではない。しかし、方向は明確である。基金を使いながら地方債残高と将来負担が増えるため、政策余力は縮小する。市長が説明すべきなのは『基準超過まで何年あるか』ではなく、『どの投資が将来のサービス能力を高め、どの投資が固定費だけを残すか』である。 [19]
8.3 公共施設は『削減』ではなく『機能の再配置』として判断する
弥富市の公共施設等総合管理計画は2016年3月、公共施設再配置計画は2020年3月、個別施設計画の一部改訂は2022年3月である。原稿は計画名と改訂時点が混在している。地域強靱化計画が引用する2016年時点の試算では、2054年度までの40年間の公共建築物・インフラ更新費を約1,076.6億円、年平均の財源不足を約17.8億円としている。古い試算であり物価・事業条件の更新が必要だが、問題の規模を示すストレス指標として重要である。 [20] [21]
したがって『すべて残す』も『一律削減』も経営ではない。学校、文化、福祉、防災、庁舎等の機能ごとに、利用圏、災害リスク、交通アクセス、バリアフリー、年間運営費、改修費、更新費、複合化の可能性を比較する。建物を閉じても機能を別拠点・巡回・デジタルで維持できる場合もあれば、防災や地域拠点として残す価値が高い場合もある。
9 次代の市長に求められる6要件――『検証可能な統治』
| 要件 | 役割 | 制度化のテスト |
| 1 将来財政の編集者 | 10年以上の収支、地方債、基金、維持更新費を一体で管理し、何を始め、何を止めるかを示す。 | 前提を毎年更新し、楽観・標準・厳格の複数シナリオを公開。 |
| 2 政策ポートフォリオ責任者 | 新設・継続・統合・撤退を同じ物差しで比較。埋没費用と将来費用を分ける。 | 大規模事業ごとに代替案、総事業費、運営費、便益、撤退条件を公表。 |
| 3 自律する組織の設計者 | 権限委譲と説明責任を両立し、異論・事故兆候が上がる仕組みをつくる。 | 意思決定権限、内部統制、匿名相談、管理職評価、学習レビューを制度化。 |
| 4 市民対話の設計者 | 結論後の説明会ではなく、選択肢形成の段階から参加を組み込む。 | 同じ資料、少人数対話、無作為抽出、反対意見の記録、応答表を用意。 |
| 5 議会との建設的緊張 | 馴れ合いも敵対の演出も避け、争点・根拠・修正案を公開する。 | 提出前データルーム、論点表、修正履歴、再議・専決の例外基準を共有。 |
| 6 退任後をつくる継承者 | 政策を首長の人格から切り離し、組織・制度・データに埋め込む。 | 担当、KPI、評価日、停止条件、引継ぎ記録を条例・計画・業務標準に反映。 |
この6要件は、飛騨市型の共創と安芸高田市型の迅速な優先順位づけの双方を排除しない。どのスタイルでも、結論を検証可能にし、反対意見を制度内に残し、退任後に再評価できるようにする。『市長がいなくても回る』とは市長が弱いことではなく、決定の質を組織能力に変換できたことを意味する。
10 弥富市への実装提言
10.1 就任後180日以内
財政・資産ベースラインを公開する:一般会計だけでなく、特別会計、公営企業、一部事務組合、基金、債務負担、施設更新を一つの将来表にまとめる。
大型事業ゲートを導入する:構想、基本計画、設計、契約、着工、運用の各段階で、費用・便益・代替案・中止条件を再審査する。
公共施設を建物ではなく機能で棚卸しする:利用者、稼働率、徒歩・交通圏、防災性、運営費、更新費を地図と一覧で公開する。
組織の発言経路を点検する:職員が法務・財務・安全上の懸念を上げられる匿名経路と、報復を防ぐ運用ルールを整える。
議会との共通データ基盤をつくる:予算・条例提出前に、同じ前提と資料を議員へ提供し、質問と回答を市民にも公開する。
10.2 1年以内
公共施設再配置計画を、物価・人口・災害リスク・交通実態・中期財政計画で再評価し、機能別の優先順位を決める。
すべての主要公約・重点事業に、成果指標だけでなく『中止・縮小・見直し条件』を設定する。
市民対話を、説明会の参加人数ではなく、選択肢の修正内容、反対意見への回答、参加者の偏りで評価する。
基金残高、地方債残高、将来負担比率、経常収支比率、施設更新費、政策成果を四半期または年度でダッシュボード化する。
10.3 4年間の検証指標
| 領域 | 指標例 | 読み方 |
| 財政余力 | 基金残高、経常収支比率、将来負担比率、実質公債費比率 | 単年度の改善ではなく、計画との差・原因・翌年度対応を説明。 |
| 公共資産 | 延床面積だけでなく、機能維持率、利用圏、更新回避額、維持費 | 削減率を目的化せず、住民アクセスと安全を併記。 |
| 行政能力 | 重要職種の欠員、超過勤務、離職、内部提案、研修・権限委譲 | 職員満足だけでなく、サービス品質と内部統制を両立。 |
| 熟議 | 資料公開時期、論点表、修正案、反対意見への応答 | 動画再生数ではなく、情報の完全性と意思決定への反映を測る。 |
| 政策成果 | 対象者への到達、単位費用、利用格差、継続率 | 投入額やイベント数だけでなく、住民の状態変化を評価。 |
11 結論――市長は『強い人』ではなく『強い仕組み』を残す
現代の市長に必要なのは、耳の痛い話をする勇気だけでも、共感を集める力だけでも、議会を論破する力だけでもない。限られた資源の中で選択肢をつくり、その費用と不利益を同じ資料で示し、異論を残したまま決定し、実施後に修正できる仕組みをつくる能力である。
飛騨市は、人口減少下でも担い手を組み替え、外部との接続を増やす政策設計を示す。安芸高田市は、課題の可視化と迅速な優先順位づけの力、同時に対立が個人化したときの制度的リスクを示す。弥富市は、法定基準を下回る現状に安心せず、基金・地方債・公共資産の長期曲線を今から変える必要がある。
市長は地方自治という『プログラム』の所有者ではなく、住民から一定期間その運用を託された受託者である。優れた市長の成果は、退任時の人気ではなく、退任後も市民、議会、職員が同じ事実を見て、異論を交わし、政策を修正できる状態が残ったかによって評価されるべきである。これが、縮小社会における首長マネジメントの中心要件である。
参考資料
以下は本レポートで参照した主な公開資料である。法令・数値は各資料の公表時点に基づく。URLはクリック可能。
[1] 日本国憲法(国立国会図書館)
[2] 地方自治法(e-Gov法令検索)
[3] 地方議会による予算の増額修正に関する質問主意書(衆議院)
[5] 戦前の市町村長の選出制度に関するレファレンス事例(国立国会図書館)
[6] 飛騨市の人口・世帯数(飛騨市)
[11] ヒダスケ!の参加実績(飛騨市)
[12] 令和6年飛騨市議会会議録―人口減少・行政運営(飛騨市)
[13] 安芸高田市の人口・高齢化率(安芸高田市)
[14] 令和6年度当初予算資料―学校給食費無償化(安芸高田市)
[16] 市長プロフィール・所信(安芸高田市)
[17] 令和8年度予算編成方針(安芸高田市)
[18] 令和6年度弥富市決算審査意見書(弥富市)
[20] 弥富市公共施設等総合管理計画・再配置計画(弥富市)
[21] 弥富市地域強靱化計画(弥富市)
[22] 健全化判断比率と基準の解説(宜野湾市)

