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都市計画

【特集】弥富市の未来を描く:都市計画と「水との共存」100年ビジョン

弥富市のまちづくりや財政を考えていくうえで、すべての土台となるのが「都市計画」です。

一見すると難しそうな言葉ですが、私たちが毎日歩く道路、住んでいる家、そして命を守る防災対策まで、すべてはこのルールの上に成り立っています。

この特集ページでは、都市計画の基本を振り返りながら、いよいよ動き出す「一宮西港道路」を契機とした弥富市のこれからの100年について考えます。

まちづくりの骨格「都市計画法」の成り立ち

日本の都市計画法は、大正時代に始まり、新憲法下の昭和43年(1968年)に大改正が行われ、現在の体系となりました。この時に導入されたのが以下の2つの区域分けです。

  • 市街化区域: 街づくりを積極的に進めるエリア

  • 市街化調整区域: むやみな開発を抑え、自然や農地を守るエリア

この区分により、都市とそれ以外の地域の調和が図られるようになりました。

土地の用途と細かなルール

都市計画法では「どこに・どんな建物を建てて良いか」が細かく決められています。

  • 用途地域: 商業地、住宅地、工業地などをきめ細かく分類(例:映画館を建てて良い場所・悪い場所など)

  • 建ぺい率: 敷地に対して建物を建てられる面積の割合

  • 容積率: 敷地に対する建物の延べ床面積の割合

こうしたルールや、大小さまざまな開発行為に関する届け出の基準があるからこそ、無秩序な開発を防ぐことができるのです。

「個人の権利」と「全体の調和」

日本国憲法では財産権や居住の自由が保障されています。

しかし、土地の所有・利用に関しては「公共の福祉(社会全体の利益)」との調和が不可欠です。

「自分の土地なのに自由に使いづらい」と感じる方もいるかもしれません。

しかし世界を見渡すと、特に歴史あるヨーロッパの都市などは、景観や土地利用に関して日本よりはるかに厳しい規制が敷かれています。

日本の規制は、世界的に見て極端に厳しすぎるわけでも、緩すぎるわけでもありません。

だからこそ、行政・事業者・そして主役である「住民」がきちんと話し合い、街のあり方を決めていくプロセスが重要になります。

弥富市の歴史と「都市計画マスタープラン」

弥富市の歴史を振り返ると、東海道の整備、鉄道の誘致、国道の開通、そして高速道路の建設と、すべてが都市計画事業とともに発展してきました。

そして現在、都市計画法に基づく上位計画として「都市計画マスタープラン」が存在します。

これはエリアごとの将来像を定めるものであり、住民がまちづくりに参加する最大のチャンスでもあります。

弥富市において、このマスタープランで最も議論すべきテーマが「水害対策(水防災)」です。

いよいよ動く「一宮西港道路」と水との共存

現在、大きな注目を集めているのが「一宮西港道路」の事業化に向けた動きです。路線の決定やインターチェンジ(IC)の位置決定がいよいよ始まろうとしています。

これは単なる「国を通る道」ではない

この道路は、日本海側と名古屋港をつなぐ「国土軸」としての重要な幹線道路です。

しかし、どこを通るのか、ICの周辺をどう開発するのかは、間違いなく地元の問題です。決定権を持つ愛知県も「まずは地元の自治体や住民の意見を聞く」としています。

「命の道」としての役割と100年ビジョン

ルート選定において非常に重視されているのが、「愛知県西部地域が水没した場合でも沈まない、緊急輸送道路(命の道)」としての機能です。

伊勢湾台風から60年以上が経過しました。

私たちは今、今後100年の水害リスク(大小の水害)を見据え、堤防強化などのハード面だけでなく、ソフト面も含めた「水との折り合いをつける都市計画」を考える必要があります。

住民参加で描く、先進的なまちづくりへ

国内を見渡せば、東京都の江東区周辺など「水との共存」を前提とした都市計画の優れた先行事例がすでに存在します。

一宮西港道路の整備という大きな転換期を迎える今こそ、こうした先進事例を取り入れながら、住民参加のもとで「防災・水防災に強い弥富市の都市計画マスタープラン」をアップデートしていく必要があります。

道ができることを単なる交通の便の向上で終わらせず、弥富の未来の安全と発展にどう繋げるか。

今まさに、私たち市民一人ひとりが共に考え、声を上げていく時です。

(※今後の記事で、さらに詳しい先進事例や具体的な都市計画の解説を連載していきます)