弥富市における「みんなの学校」構想と地域社会の再設計:サマリー
この特集ページは学校を単なる「消費される行政サービス」から、地域社会を持続させるための「社会的共通資本」へと脱構築し、弥富市の教育とコミュニティのあり方を全世代的に再設計(リデザイン)するための提言です。
1. コミュニティとアイデンティティの再定義
過去の行政主導・トップダウン型のコミュニティ政策(1970年代〜)は形骸化の限界を迎えています。これからの地域社会は、学校を多世代が対等に関わる「コモンズ(共有地)」として捉え直す必要があります。
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「間柄」による自己確立: 和辻哲郎の哲学が示す通り、人間のアイデンティティは孤立した個人ではなく、他者や地域、歴史との「関係性の網の目」の中に築かれます。
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教養(リベラルアーツ)の役割: 単なる知識ではなく、地域社会という文脈の中で自らの「立ち位置」を把握し、他者との関係性を築くための羅針盤こそが真の教養です。
2. 「最初の100ヶ月」と「真似ぶ」メカニズム
人間の生涯の幸福を左右する誕生から小学校低学年までの期間に対する、圧倒的な資源投下とパラダイムの転換が不可欠です。
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共同繁殖への回帰: 孤立した核家族での育児という不自然な状態から脱却し、地域全体で子どもを育む「縄文モード」のネットワーク再生が急務です。
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大人の自己変容: 「学ぶ」の語源は「真似ぶ」です。子どもに探究を強いる前に、まずは大人が失敗を恐れず学び、自己変容し続けるモデル(背中)を示すことが求められます。
3. 新しい教育OS:3つの「奇跡」の実践例
既存の管理型システムを打ち破り、子どもを「まんなか」に据えた全国の先進事例から、弥富市が取り入れるべき本質的な要素を抽出しています。
4. 弥富市への実装における課題と提言
現在の弥富市で進行している小規模校の統廃合(よつば小学校新設等)には、行政の論理と市民の論理の間に埋めがたい溝があり、歴史的な分岐点に立たされています。
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ハードウェア偏重への警鐘: コストや工期を優先し、安全性(水害リスク・旧耐震)やゆとりある学習環境の確保を軽視する行政の姿勢は、地域の当事者意識を削ぐものです。
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放置されるソフトウェアの危機: PTAの任意団体化に伴う支援策の欠如、通学路の危険性(闇車両問題)、不登校対策のビジョン不在など、開校後のコミュニティ基盤が危機に瀕しています。
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跡地利用のパラダイム転換: 学校跡地(十四山中学校跡地など)を安易に売却・占有させるのではなく、全世代が共創する「未来のコモンズ」として再生・シェアする思想が必要です。
結論:弥富市が選択すべき未来
学校への市民参画は「不当な干渉」ではなく、地域を支える「民主的ガバナンス」です。政治や行政は教員が挑戦できる防波堤となり、市民はクレーマーから「当事者(サポーター)」へと意識を変える必要があります。
弥富市が「管理と排除の都市」として衰退するのか、それとも「対話と共生の未来都市」へと再生するのか。地域社会という基盤の上に「みんなの学校」を築き上げるプロセスそのものが、弥富の大人たちにとっての最高の教養であり、次世代へ残すべき最大の遺産となります。
弥富市における「みんなの学校」構想と地域社会の再設計——教育、アイデンティティ、コミュニティの全世代的統合
はじめに:全世代的「教育」と地域社会の不可分性
教育とは、学校という物理的な建造物や制度的枠組みの内部のみで完結する営みではない。
それは、子どもが生まれ落ちてからの「最初の100ヶ月」に始まり、青年期、成人期、そして老年期に至るまで、生涯を通じて自己と他者、そして自然や歴史との関係性を紡ぎ直していく「生涯学習」の連続体である。
本稿では、弥富市における教育の未来を多角的に考察する基盤として、「みんなの学校」に代表されるインクルーシブな公教育の実践、コミュニティという概念の歴史的変遷、和辻哲郎の「間柄」にみるアイデンティティの構造、そしてそれらを地域社会の再設計(リデザイン)にどう実装していくべきかについて、体系的かつ網羅的に論考する。
現代の教育現場における最大の課題は、教育を単なる「行政サービス」として消費する態度と、学校を管理・統制の場として扱うシステムとの間にある本質的な矛盾である。
教育とは本来、社会を持続可能にするための「社会的共通資本」であり、地域の大人たち自身が絶えず学び、自己変容を遂げていく「社会という名の壮大な教室」でなければならない。
大阪市立大空小学校における「みんなの学校」の取り組みや、各地で沸き起こる「奇跡の小学校」「夢みる小学校」の事例は、まさにこの社会的共通資本としての学校を地域住民の手に取り戻すための実践的証明に他ならない。
これらをいかに咀嚼し、地域のアイデンティティと結びつけながら弥富市に根付かせるかが、我々に突きつけられた最大の問いである。
1. コミュニティ政策の歴史的変遷と再定義の必要性
教育の土台となる地域社会(コミュニティ)のあり方を論じる上で、日本のコミュニティ政策がどのような歴史的背景のもとに形成されてきたのかを理解することは不可欠である。
文部科学省が現在推進している「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」の是非を問う以前に、「コミュニティ」という概念そのものの淵源を紐解く必要がある。
1970年代のコミュニティ政策の胎動と都市化の影
日本において「コミュニティ」という言葉や概念が政策課題として公に登場したのは、1969年(昭和44年)9月に国民生活審議会調査部会が発表した報告書『コミュニティ-生活の場における人間性の回復-』が契機とされている。
この報告書は、戦後の復興から高度経済成長へと至る過程で、農村から都市への人口の大移動が生じ、急激な都市化やモータリゼーションの進展に伴って旧来の伝統的地域共同体が崩壊していくことへの強い危機感から生まれたものであった。
当時、生活圏が拡大し、核家族化が進行する中で、家庭の機能は縮小し、マイホーム主義という名の孤立した生活様式が蔓延しつつあった。
報告書では、非行化する青少年の増加や、幼児誘拐事件などの連続的な社会不安を「負の要因」として挙げ、これらを解決するための生活基盤として、新たな連帯に基づくコミュニティの創造を訴えた。
これを受け、1971年(昭和46年)に当時の自治省(現・総務省)は「コミュニティに関する対策要綱」を定め、全国の都道府県や市町村に対してモデル・コミュニティ施策を展開していった。
行政主導のコミュニティ形成が抱えるパラドックス
しかし、この1970年代から始まる行政主導のコミュニティ政策には、本質的なパラドックスが存在していた。
本来、コミュニティとは人々の自発的な相互作用や歴史的・文化的背景から自然発生的に醸成されるべきものであるが、国家や自治体が「政策」として上意下達で枠組みを作り、町内会や自治会をトップダウンで再編しようとしたためである。
このような「開発主義型」あるいは地域管理を目的としたコミュニティ政策は、形骸化した組織構造を生み出しやすく、半世紀が経過した現在に至るまで、多くの地域で自治会の存続危機や担い手不足という形でその限界を露呈している。
この歴史的文脈を踏まえれば、現在のコミュニティ・スクール制度が単なる「学校の下請け機関としての地域ボランティアの動員」にとどまるならば、それは過去40年以上のコミュニティ政策の失敗を無自覚に反復することに他ならない。
真のコミュニティとは、学校を地域の「コモンズ(共有地)」として再定義し、多様な世代が対等な関係性の中で地域の課題を共有し、共創する有機的なネットワークへと昇華させるものでなければならない。
2. アイデンティティの基盤としての「間柄」と教養(リベラルアーツ)
コミュニティの再構築を考える際、その構成員である個人の「アイデンティティ(自己同一性)」をどのように捉えるかが極めて重要となる。
西洋的な個人主義に基づく絶対的な「私」という固定観念を脱構築し、日本社会における自己のあり方を哲学的に解明した和辻哲郎の「間柄」の概念は、深い示唆を与えてくれる。
関係性の中に浮遊する「自己」のリアリティ
和辻哲郎は、人間の存在の最も根底的なものは、孤立したアトム的な自我ではなく、自我と他者の間に形成される「間柄」であると説いた。
和辻によれば、私たちは事物を単なる客体として認識する以前に、すでに他者との実践的な交渉(行為的連関)の中に組み込まれている。
このことは、日常的な「自己紹介」の場面を想像すれば極めて容易に理解できる。
人は自らを語る際、「私は正直者です」「私は努力家です」といった個人の内面に帰属する絶対的な属性を羅列しても、他者にはその輪郭がうまく伝わらない。
むしろ、「私は〇〇という土地で育ちました」「〇〇という仕事(なりわい)に就き、〇〇のような本に感銘を受けました」「現在、〇〇のような人々と関わって生きています」というように、他者、自然環境、歴史、文化といった外部との「関係性(ネットワーク)」の結節点として自らを語る方が、はるかにリアルで説得力のある自己像を描き出すことができる。
つまり、人間のアイデンティティとは、それ自体で自立した絶対的な固定値ではなく、周囲の環境や他者との関係性の中に浮かんでは沈み、常に変動し続ける動的なものなのである。
自己とは関係性の中に存在している「絶対値としての人間」の影であり、その関係性の網の目が豊かであればあるほど、個人のアイデンティティは安定し、豊かな人生を送ることができる。
リベラルアーツ(教養)としての地域基盤と自己認識
アイデンティティが関係性の上に成り立つのであれば、自己を取り巻く地域社会——豊かな自然環境、歴史的文脈、文化、そして多様な人々のつながり——が健全に機能していることこそが、個人の幸福を担保する絶対条件となる。
ここで言う「教養(リベラルアーツ)」とは、単なる知識の蓄積や学歴の飾りのことではない。
それは、自分が歴史的・社会的な時間軸と空間軸の中のどこに立っているのか(立ち位置)を相対化し、自己と世界との「間柄」を正確に把握するための技術であり、羅針盤に他ならない。
地域社会が崩壊し、学校が単なる知識注入と受験準備の場に成り下がれば、子どもたちは自らのアイデンティティを確立するための「関係性の網の目」を失うことになる。
「みんなの学校」が目指すのは、まさにこの多様な他者との摩擦と共鳴を通じて、子どもたちが自らの立ち位置を発見し、他者との関係性の中で自己を更新し続けるための豊かな土壌(コミュニティ)の再生なのである。
3. 「学ぶ・真似ぶ」の語源と、「最初の100ヶ月」の決定的重要性
教育の土壌を耕すにあたり、生物学的な発達の初期段階における社会的関わりの必然性と、「学ぶ」という行為の本質的メカニズムについて再考する必要がある。
生涯の幸福を決定づける「最初の100ヶ月」と共同繁殖
人間の脳の発達と、生涯にわたる心理的・社会的基盤の形成において、誕生からおよそ小学校低学年までの「最初の100ヶ月」は決定的な意味を持つ。
人間は他の哺乳類と比較して、巨大化した脳を産道に通すため、極めて未熟な状態(生理的早産)で誕生する。そのため、胎外での発達初期における周囲の大人たちとの持続的かつ安定した関わりが不可欠である。
この時期の子どもには「イヤイヤ期」と呼ばれる自我の芽生えが訪れるが、これを単なる「わがまま」として抑圧するのではなく、子どもの「意見の表明権」として肯定し、「安心と挑戦の循環」を保障することが不可欠である。
しかし現代社会では、育児の負担が母親や単一の核家族という閉鎖空間に押し付けられており、これは人類が700万年の進化の過程で獲得してきた「共同繁殖(多様な大人が共同で子育てを行うシステム)」から逸脱した極めて不自然で異常な状態である。
家庭の孤立が限界に達し、保護者が精神的・肉体的に摩耗する中で、子どもに豊かな教育環境を提供することは不可能に近い。「こどもまんなか社会」を実現するためには、ハードウェア(施設整備)への偏重を是正し、この「最初の100ヶ月」への圧倒的な資源投下と、地域全体で子どもを育む「縄文モード(共同養育)」への回帰が急務である。
探究の原点としての「まなぶ(真似ぶ)」のメカニズム
「学ぶ(まなぶ)」という言葉の語源は、「真似る(まねる)」「真似ぶ(まねぶ)」にあるとされる。
現代の教育においては「自ら探究していく(アクティブ・ラーニング)」ことが至上の価値とされているが、知識や経験が何もない真空状態から突如として高度な探究が生まれるわけではない。
まずは先人や周囲の大人が行っていること(型)を観察し、それを模倣(真似ぶ)し、その上で「自分ならどうするか」と差異化を図っていくプロセスこそが、真の学びの構造である。
しかし、現代の教育現場では、失敗を許容し、自ら本質的な「問いを立てる」という泥臭いプロセスが排除され、予定調和の「正解探し」にすり替わっている。
子どもに「自ら探究せよ」と要求する前に、まずは周囲の大人自身が、生涯を通じて自ら問いを立て、研究し、失敗しながらも自己変容を遂げていく姿(モデル)を子どもたちに示さなければならない。
死ぬまで学び続ける意欲を持った大人の姿を「真似ぶ」ことなしに、子どもたちの真の学びは成立しないのである。
4. 教育現場におけるパラダイムシフト——三つの「奇跡」の実践
これらの理念を具現化し、既存の公教育システムに風穴を開けた代表的な実践例として、「みんなの学校(大空小学校)」「奇跡の小学校(城山西小学校)」「夢みる小学校(きのくに子どもの村学園等)」の事例を横断的に分析する。
事例1:大空小学校(みんなの学校)——排除しない「空気」と「当事者意識」
大阪市立大空小学校(初代校長・木村泰子)は、「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」という確固たる理念を掲げ、不登校ゼロを実現した公立小学校である。
この学校の最大の特徴は、特別支援教育の対象となる児童も、感情のコントロールが難しい児童も、一切分けることなく同じ教室で学ぶ「インクルーシブ教育」を徹底した点にある。
大空小学校における本質的なインサイトは、「問題行動を起こす子ども自身が突然改心した」のではなく、「その子を取り巻く周囲の子どもたちや大人の『見る目(空気)』が変わったことによって、結果としてその子が居場所を見つけた」という事実である。
大空小学校では、校長や教員、保護者というヒエラルキーや前例踏襲主義を捨て去り、「自分がされていやなことはしない」というたった一つの約束のもと、失敗しても校長室で「やり直す自由」を保障した。
教員は「指導者」としての完璧主義を捨て(アンラーン)、子ども同士の相互作用を調整する「黒子」に徹した。
これは、和辻の言う「間柄」を修復し、関係性の網の目を再構築することで、個人の尊厳を回復するプロセスそのものである。
事例2:城山西小学校(奇跡の小学校の物語)——地域存続の核としての学校
栃木県宇都宮市の城山西小学校は、少子化により児童数が35名まで減少し、複式学級の解消期限(5年)を迎え、廃校の危機に瀕していた。
しかし、赴任した手塚英男校長と、「どんな事があってもこの小学校はなくさない」と結束した地域住民が一体となり、小規模特認校制度を活用して学校を再生させた。
この事例が示唆するのは、学校の統廃合とは単なる「児童数の調整」や「行政コストの削減」の問題ではなく、地域の存続(アイデンティティの維持)に直結する死活問題であるという点である。
琴や陶芸など文化人を招いた特別授業、高齢者が活躍する給食用の有機野菜栽培など、地域資源を最大限に活用したカリキュラムは、学校を「教育サービスを提供する単なる施設」から、地域の大人たちが生きがいを持ち、多世代が交流する「コモンズ(共有地)」へと変容させた。
事例3:夢みる小学校 / 夢みる校長先生——「大統領」としての校長と自己決定
映画『夢みる小学校』やそのスピンオフ『夢みる校長先生』で描かれたのは、通知表、時間割、校則、宿題などを廃止し、「自己決定・個性化・体験学習(探究学習)」を重視する革新的な学校経営である。
ここで浮き彫りになるのは、学校教育法上「校長は、学校運営上の一切の仕事を処理する」と規定されている通り、校長には学校を抜本的に変革する「大統領」のような強大な権限と裁量が与えられているという事実である。
事なかれ主義に陥らず、子どもを「まんなか」に据えて決断を下す闘うリーダー(校長)がいれば、公立学校であっても通知表の廃止や宿題ゼロは可能であり、文部科学省が提唱する「探究学習」の真の姿を具現化できるのである。
以下の表は、従来の管理型学校と、これら三つの実践から導き出される「新しい学校モデル」の構造的な違いを比較したものである。
| 比較項目 | 従来の管理型学校モデル | 新しい学校モデル(みんなの学校・夢みる小学校等) |
|---|---|---|
| 存在意義 | 一斉授業を通じた知識の注入と規律の維持 |
すべての子どもの学習権の保障と居場所の創出 |
| 組織の構造 | 校長を頂点とする縦割りのヒエラルキー |
フラットな関係性とチーム学校としてのシームレスな連携 |
| ルールのあり方 | 細かな校則、前例踏襲、同調圧力の強制 |
規則の断捨離、「やり直しの自由」の保障 |
| 特別支援の扱い | 障害の有無による分離・隔離(別室指導) |
インクルーシブ教育(同じ教室で共に学ぶ) |
| 保護者・地域の役割 | 行政サービスを享受する「顧客」、あるいは傍観者 |
学校を支え、共に育つ「当事者(サポーター)」 |
| 校長のリーダーシップ | 教育委員会の方針に従う事なかれ主義の管理者 |
学校を変革する「大統領(CEO)」としての決断と闘争 |
5. 教育の独立性と市民参画のジレンマ——行政と政治の役割
これらの実践を地域社会に実装していく上で、避けて通れないのが「教育の独立性」と「市民や行政の関わり方」というデリケートな境界線の問題である。
戦後の日本において「教育委員会」という制度が設けられた最大の理由は、首長などの政治権力が教育内容に直接介入し、教育を政治的に歪めることを防ぐ(レイマン・コントロールと政治的中立性の確保)ためであった。
この歴史的経緯を踏まえれば、学校の外部にいる市民や行政が、学校の経営や教員の教育手法に対して軽々に論評を加えたり介入したりすることは、ある種の「教育に対する不当な干渉」や「横槍」になりかねないという危惧は極めて真っ当である。
しかし、「教育の独立性」を「学校という密室の不可侵性」と履き違えてはならない。
教育現場が自ら閉鎖性を高め、地域の声や支援を「介入」として拒絶することは、かえって教員を孤立させ、「職員室の崩壊」を招く結果となる。
教育委員会は、現場を監視しブレーキをかける管理機関として機能するのではなく、現場の教員が失敗を恐れずに新たな挑戦(インクルーシブな実践など)を行えるよう全力で後押しし、問題発生時には自らが防波堤となって責任を被る「アクセル」へと役割を転換しなければならない。
同時に、首長(市長)は「教育は教育委員会に任せている」という責任逃れをやめ、子どもたちの「最初の100ヶ月」を守るための財政出動、教職員の心理的安全性を確保するための人員配置、そして学校を地域のコモンズとして整備するための人的・物理的投資に対して、明確な政治的決断を下す重い責任を負っている。
市民もまた、「行政サービスの不備を糾弾するクレーマー」としての立場を捨て、自らが地域の教育環境を創り上げる「当事者(サポーター)」として参画していくことが求められる。
6. 弥富市への実装と課題:教育OSの大リセットに向けて
これまでの普遍的な教育論やコミュニティ論を、いかにして弥富地域に吸収し、咀嚼し、実装していくかが最大の課題である。
弥富市では現在、4つの小規模校を統合した「よつば小学校」の新設を含む学校再編計画が進行中であるが、そこには行政の論理(コストと効率)と、市民・専門家の論理(子どもの安全と教育の本質)の間に極めて深い溝が存在している。
学校統廃合とハードウェア偏重の危機:よつば小学校の事例
弥富市における小中学校の再編において最も顕著な問題は、行政側が「安く・早く」というコストやスケジュールの論理を優先し、施設整備(ハードウェア)に過度に執着している点である。
21億円という巨額の予算が投じられるこのプロジェクトは、統合の場を巡って激しい対立を生んでいる。
以下の表は、学校再編における建設候補地を巡る行政と市民・専門家・議会の論理の対立を整理したものである。
| 評価軸 | 行政の計画(十四山西部小学校の改修・増築) | 市民・専門家・議会の提案(十四山中学校跡地での新設) |
|---|---|---|
| 防災・安全性 |
浸水リスクが高い。伊勢湾台風クラスで2階まで水没の恐れ。旧耐震基準の構造を残す。 |
水害に強い。高台化が容易であり、最新の安全基準を満たした設計が可能。 |
| コストと工期 |
狭く稼働中の敷地での工事により、遅延・安全リスクが高い。将来の建て替えを見据えると非経済的。 |
更地への新築であるため、工期遅延のリスクが低く、無駄のない経済的な投資が可能。 |
| 学習環境と魅力 |
既存棟と増築棟の移動距離が長く、一体感に欠ける。 |
柔軟で自由な設計が可能。移動距離も短く、学習環境としての魅力が高い。 |
| 敷地のゆとり |
敷地が極めて狭く、スクールバスの動線や保護者の駐車場確保に深刻な制約がある。 |
広大な敷地があり、バスの待機場所や保護者駐車場を十分に確保可能。 |
市議会が十四山中学校跡地での新設を求める決議を全会一致で可決し、保護者から子どもの命の安全を危惧する請願が提出されたにもかかわらず、行政側がコストやスケジュールの不確実な理由を盾に不誠実な答弁を繰り返し、計画を強行しようとする姿勢は、地域の「当事者意識」を著しく削ぐものである。
放置されるソフトウェア(教育内容)の危機
さらに深刻なのは、ハードウェアの議論に終始する一方で、開校に向けた「ソフトウェア(教育内容とコミュニティ基盤)」の危機が放置されていることである。
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PTAの任意団体化に伴う「サービス崩壊」リスク: 新設校においてPTAが任意団体化される方針が示されたが、退会者の増加による資金難やマンパワー不足への具体的な代替策(行政の支援など)が提示されておらず、学校を支えるコミュニティ活動そのものが開校と同時に崩壊する危険性が指摘されている。
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通学路の安全性欠如(闇車両問題): スクールバスの運行ルートや通学路において、ナンバープレートを持たない違法な「闇車両」が走行しているという人命に関わる極めて危険な実態が委員会で報告されているにもかかわらず、行政側の対応は「今後検討する」という消極的かつ抽象的なものに留まっている。
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不登校や心理的孤立への無策: 児童の半数以上が無気力や不安を抱えているとも言われる現代において、不登校ゼロを目指す「みんなの学校」のような包摂的な教育OSへの移行ビジョンが欠如している。
跡地利用と「未来のコモンズ」の創出
学校統廃合によって生じる廃校跡地(十四山中学校跡地など)の利活用についても、行政が唐突に硬式野球場建設の計画を打ち出すなど、地域住民への十分な説明や防災計画を欠いた「ありき」の計画が進められようとしており、市民の信頼を失墜させている。
地域の歴史や知恵、そして人々の記憶が蓄積された学校跡地は、安易に民間等へ売却したり特定団体の占有物にしたりするべきではない。
それは、全世代が交流し、共創する未来の「コモンズ(共有地・実験場)」として再生されるべきである。
この「ストック・シェアリング」の思想こそが、1970年代の人工的なコミュニティ政策を乗り越え、現代の弥富市にふさわしい有機的なネットワークを構築するための最適解となる。
結論:社会的共通資本としての「みんなの学校」へ向けて
本稿での多角的な論考を通じて導き出される最終的な結論は、以下の通りである。
第一に、学校とは行政から提供される画一的なサービス機関ではなく、地域社会を持続させるための「社会的共通資本」である。
学校の存亡はコミュニティの存亡と直結しており、学校の再編や経営に地域住民が当事者として深く関与することは、教育への不当な干渉ではなく、地域社会の民主的ガバナンスそのものである。
政治や行政は、現場の教職員が心理的安全性を確保し、インクルーシブな実践に専念できる環境(防波堤)を構築するためにその権力を行使しなければならない。
第二に、「みんなの学校」が示唆する不登校ゼロやインクルーシブ教育の本質は、特別な支援を必要とする子どもをどう扱うかという技術論にとどまらない。
それは、和辻哲郎が喝破したように、人間が「間柄」の中に存在するという真理に基づき、子どもを取り巻く周囲の他者(同級生、保護者、教員、地域住民)の「見る目」と「空気」を変革することである。排除の心を捨て、失敗しても何度でも「やり直せる」自由を保障することこそが、個人の尊厳を守り、絶対的な自己アイデンティティを確立させるための唯一の道である。
第三に、真の「こどもまんなか社会」を実現するためには、子どもたちに探究を強いる前に、大人自身が「真似ぶ(学ぶ)」存在として自己変容を遂げる必要がある。
大人が自らの「最初の100ヶ月」から続く歴史的・構造的な呪縛(孤立育児の苦悩や管理教育の残滓)を直視し、リフレクション(省察)を行い、共同繁殖のネットワークを再構築することなしに、次世代への豊かな教育の継承はあり得ない。
弥富市が直面している学校統廃合や跡地利用の課題は、単なる行政手続き上のハードルではない。これは、この街が「管理と排除の教育都市」として衰退していくのか、それとも「対話と共生の未来都市(コモンズ)」へと再生を遂げるのかを決定づける歴史的な分岐点である。
地域社会という壮大な基盤の上に「みんなの学校」を築き上げるプロセス自体が、弥富の大人たちにとっての最高の「教養(リベラルアーツ)」であり、次世代へ贈るべき最大の遺産となるのである。
