🆘 公立保育園「全廃」は命綱を断つ行為!
困った時に「わが街に公立保育園がある」という安心感。それこそが公的保育の責任だ。
公立保育園は単なる「預け先」ではありません。それは、その自治体が**「どれだけ市民の子どもたちと、働く親世代を守ろうとしているか」を示す、公的保育のシンボル(象徴)**です。
ある民間保育士は、公立保育園を受託して初めて、その真の役割を知りました。
💔 私たちが気づかずにいる「切羽詰まった家庭」
公立保育所の門を叩くのは、以下のような、家庭まるごとの支援を必要とする切実な家庭です。
- 働けないひとり親家庭、超長時間労働家庭
- 派遣切りや非正規雇用、メンタル不調を抱える親
- そして、「かくれた貧困」
生きることに精一杯で、子どものことまで思いやる余裕がない親。大人の顔色を気にして自分の気持ちを閉ざす子ども。公立保育園は、こうした親子一人ひとりに**「ここは安心していいところだ」**と思ってもらうための「命綱」となってきました。
「自分は親に心配されたことがないの。だからだれかに心配してほしかった。それが保育園の先生たちだった。」 — 園を去る母親が残した言葉
📢 自治体へ問う:「どっちを向いて仕事をしているのか?」
このような重たい課題を現場で背負い、地域のセーフティネットとして機能してきた公立保育園を「全廃」しようとする自治体があることに、私たちは大きな疑問を感じざるを得ません。
困ったとき、行き場を失ったとき、最後の砦として**「わが街に公立保育園がある」という安心感**。
それこそが、行政が未来の子どもたちと市民に対して負っている最大の責任ではないでしょうか。公立保育園の「全廃」は、地域の命綱を自ら断ち切る行為に等しいのです。
平松知子著 保育は人保育は文化 ある保育園民営化を受託した保育園の話 ひとなる書房
以下97、98ページの抜き書きです
ある愛知の民間保育士が民営化反対運動の中でこう言いました。「公立保育所は公的保育のシンポルだ」と。まさにそうだと思います。公立保育園の保育を見れば、そこの自治体の、保育に対する姿勢や思いが見て取れると思います。自分たちの子どもを大事に守ろうとしている自治体なのかどうか、働く親世代を支援しようとしているのかどうか、公立保育園の保育を見ればわかるのです。そんな自分たちの表現の場であり、大事な核となる保育所を「全廃」しようとさえしている自治体があることに、「いったいどっちを向いて仕事をしているの?」と大きな疑問を感じます。
恥ずかしながら、私は受託園職員になるまで「公立保育所の役割」をしっかり理解してはいませんでした。公立保育所を受託したけやきの木には、私が今まで出会ったことのない切羽詰まった家族支援の必要度が高い家庭が入所してきています。働けないひとり親家庭や超長時間労働家庭、派遣切り、非正規雇用、メンタルの病を抱えている親、そしてかくれた貧困。どれも「子どもだけを預かっていればよい」保育ではなく、家庭まるごとの支援が必要でした。
事情があって国から去って行った母子がいます。そのお母さんは、最後にこう言い残してくれました。
「自分は親に心配されたことがないの。だからだれかに心配してほしかった。それが保育園の先生たちだった。お願いだから、これからもずっと私たちみたいな親子を助ける保育園でいてください」
生きることが精一杯で、子どものことまで思いをはせる余裕すらない親。そんな家庭状況の中で、大人の顔色を気にして自分の気持ちを閉ざす子ども。親子で豊かな情動を通い合わせる、そんな当たり前の子育て風景を奪われている子育て家庭たち。親子一人ひとりに「ここ(保育園)は安心していいところ」と思ってもらう保育づくりを、開園からずっと職員で意思統一してやってきています。そして「こんな重たい課題を保育の現場で背負い、支えてきたのが公立保育所だった」という事実を知ったのでした。
困ったときには、「わが街に公立保育園がある」という安心感。それこそが公立保育所が担ってきた責任なのではないでしょうか。
公立保育園「全廃」はなぜ危険なのか
~「効率化」の名の元に切り捨てられる、地域の「最後の砦」~
Ⅰ. 公立保育園の正体:「預け先」ではなく「公的責任のシンボル」
公立保育園の有無は、その自治体の「人権感覚」を測るバロメーターです。
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自治体の姿勢の表れ
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公立園を維持することは、「採算が合わなくとも、市民の命と生活は行政が責任を持って守る」というメッセージ(象徴)である。
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逆に「全廃」は、行政が直接的な保育責任を放棄し、効率やコストを優先する姿勢の表れと受け取られる。
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Ⅱ. 現場の実態:「見えない貧困」と「家庭まるごとの支援」
民営化を受託した現場の声から、公立園が背負ってきた「重たい課題」が浮き彫りになりました。
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切羽詰まった家庭の受け皿
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働けないひとり親、非正規雇用、派遣切り、メンタル不調、そしてDVやネグレクトのリスク。
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民間では対応が困難、あるいは敬遠されがちな「手のかかる(高度な支援を要する)ケース」を、公立園は黙々と受け入れ続けてきた。
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「保育」を超えた「ソーシャルワーク」
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単に子どもを預かるだけでなく、「生きることに精一杯な親」を支え、親子関係を修復する機能(家庭支援)を果たしている。
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Ⅲ. 核心的価値:親にとっての「精神的命綱」
退園した母親の言葉が、公立保育園の真価を証明しています。
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「誰かに心配してほしかった」
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孤立する親にとって、公立保育園の職員は単なる先生ではなく、「自分(親)のことを気にかけてくれる唯一の大人」であった。
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「ここは安心していい場所」という絶対的な信頼感(セーフティネット)こそが、虐待予防や親子の自立を支えている。
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Ⅳ. 結論:全廃への問いかけ
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「どっちを向いて仕事をしているのか?」
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困った時に「わが街には公立がある」という安心感を奪うことは、行政としての最大の背信行為である。
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公立全廃は、財政上の数字を整える代わりに、地域社会の最も脆弱な部分(命綱)を断ち切ることに等しい。
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保育所問題についてはこちらの特集ページをご覧ください
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