「職員室崩壊」の危機を乗り越え、教育を市民の手に取り戻すための「教育OS入れ替え(大リセット)」提言
- はじめに:見過ごされている「職員室崩壊」の危機
かつて「学級崩壊」が社会問題となりましたが、現在、学校現場ではさらに深刻な「職員室崩壊」とも呼ぶべき事態が進行しているのではないでしょうか。
私は教職にある者ではありませんが、外部から漏れ聞こえる現場の声は、殺伐としています。単なる長時間労働の問題ではありません。教員間での事実上のいじめ、足の引っ張り合い、相互不信──。かつて子どもたちの間で起きていた崩壊現象が、今や大人の社会である職員室で起きていませんか? 先生たちが精神的に追い詰められ、互いに支え合えない状況で、どうして子どもたちに「自立」や「尊重」を教えることができるでしょうか。
- 構造的な要因:古い「教育OS」とのミスマッチ
文部科学省は「令和の日本型学校教育」として、自立・尊重・創造を掲げはじめています。しかし、現場の意識変革は追いついていません。
それもそのはずです。現在の中堅・若手の先生方自身が、かつての知識偏重・管理主義的な古い「教育OS」で動く「知・徳・体」教育を受けて育った世代だからです。失敗が許されず、正解を求められる教育を受けてきた先生方に、研修という名の「上書きパッチ」で「もっと自由になれ」「個性を認めろ」と迫っても、システムの根本が対応していないため、新たなエラー(プレッシャー)となり、彼らを追い詰めるだけです。
この「教員の意識(OS)と、求められる新しい教育(アプリケーション)のズレ」が、職員室のストレスを高めています。
- 市民社会との「負のスパイラル」
この危機を加速させているのが、地域・保護者と学校との関係悪化です。
「先生たちは何をやっているんだ」という市民側の不信感や疑心暗鬼が、学校を閉鎖的にし、先生たちの心をさらに荒ませています。
教室の荒れ、職員室の荒れ、そして地域社会の不寛容。これらは別々の問題ではなく、相互に作用する「負のスパイラル」に陥っています。この連鎖を断ち切らなければ、日本の公教育は機能不全に陥るでしょう。
- 核心的提言:主体的な「教育OSの入れ替え(リセット)」
戦後80年が経ち、社会の基盤は劇的に変わりました。もはや、戦後の焼け跡から立ち上がるために作られた古いシステムでは、現代の教育は機能しません。
今、私たちに必要なのは、市民・教員・子どもたちが主体となって行う、根本的な「教育OSの入れ替え(リセット)」です。
弥富市の教育大綱にもあるような、時代に合わなくなった古い「知・徳・体」の解釈や、前例踏襲の教育課程、そして「失敗してはいけない」という硬直した教育観。これらを、私たち自身の手で一度アンインストールし、新しいOSを再構築する必要があります。
【具体的なアクション:新しいOSの実装】
- 「評価モード」から「承認モード」へ(心理的安全性の確保) 大空小学校の元校長・木村泰子先生が提唱するように、「失敗してもやり直せる」「自分がそこにいていいんだと認められる」空気(システム)作りを最優先にすべきです。これは子どもだけでなく、まず先生たち自身に必要です。管理や研修で縛るのではなく、互いを認め合う職員室作りを支援するシステムへと移行する必要があります。
- 市民社会による「監視」から「協働」への転換 市民は学校を監視・批判するだけの存在から脱却しなければなりません。学校への過度な要求(バグのようなブラック要望)を市民側から削除し、先生たちが「子どもと向き合う時間」を持てるよう、環境を整える責任が地域にはあります。
- 「知・徳・体」の再定義(あるいは廃棄) 従来の枠組みに固執せず、今の時代に本当に必要な資質とは何か。行政任せにせず、市民と現場が対話を通じて、現在の教育大綱やカリキュラムの不要な部分を大胆に削ぎ落とし、新しい定義へとアップデートする勇気を持つべきです。
- 結び
教育は、次の社会を作る営みです。その根幹である職員室が崩壊してしまえば、日本社会全体の未来が崩壊します。
「変えなければならない」のは、学校だけではありません。私たち市民の意識というOSこそが問われています。 今こそ、戦後最大の覚悟をもって教育の在り方を根本からリセットし、新しい時代にふさわしいシステムへと再構築することを強く提言いたします。
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