「職員室崩壊」の危機を乗り越え、教育を市民の手に取り戻すための「教育OS入れ替え(大リセット)」提言
- はじめに:見過ごされている「職員室崩壊」の危機
かつて「学級崩壊」が社会問題となりましたが、現在、学校現場ではさらに深刻な「職員室崩壊」とも呼ぶべき事態が進行しているのではないでしょうか。
私は教職にある者ではありませんが、外部から漏れ聞こえる現場の声は、殺伐としています。単なる長時間労働の問題ではありません。教員間での事実上のいじめ、足の引っ張り合い、相互不信──。かつて子どもたちの間で起きていた崩壊現象が、今や大人の社会である職員室で起きていませんか? 先生たちが精神的に追い詰められ、互いに支え合えない状況で、どうして子どもたちに「自立」や「尊重」を教えることができるでしょうか。
- 構造的な要因:古い「教育OS」とのミスマッチ
文部科学省は「令和の日本型学校教育」として、自立・尊重・創造を掲げはじめています。しかし、現場の意識変革は追いついていません。
それもそのはずです。現在の中堅・若手の先生方自身が、かつての知識偏重・管理主義的な古い「教育OS」で動く「知・徳・体」教育を受けて育った世代だからです。失敗が許されず、正解を求められる教育を受けてきた先生方に、研修という名の「上書きパッチ」で「もっと自由になれ」「個性を認めろ」と迫っても、システムの根本が対応していないため、新たなエラー(プレッシャー)となり、彼らを追い詰めるだけです。
この「教員の意識(OS)と、求められる新しい教育(アプリケーション)のズレ」が、職員室のストレスを高めています。
- 市民社会との「負のスパイラル」
この危機を加速させているのが、地域・保護者と学校との関係悪化です。
「先生たちは何をやっているんだ」という市民側の不信感や疑心暗鬼が、学校を閉鎖的にし、先生たちの心をさらに荒ませています。
教室の荒れ、職員室の荒れ、そして地域社会の不寛容。これらは別々の問題ではなく、相互に作用する「負のスパイラル」に陥っています。この連鎖を断ち切らなければ、日本の公教育は機能不全に陥るでしょう。
- 核心的提言:主体的な「教育OSの入れ替え(リセット)」
戦後80年が経ち、社会の基盤は劇的に変わりました。もはや、戦後の焼け跡から立ち上がるために作られた古いシステムでは、現代の教育は機能しません。
今、私たちに必要なのは、市民・教員・子どもたちが主体となって行う、根本的な「教育OSの入れ替え(リセット)」です。
弥富市の教育大綱にもあるような、時代に合わなくなった古い「知・徳・体」の解釈や、前例踏襲の教育課程、そして「失敗してはいけない」という硬直した教育観。これらを、私たち自身の手で一度アンインストールし、新しいOSを再構築する必要があります。
【具体的なアクション:新しいOSの実装】
- 「評価モード」から「承認モード」へ(心理的安全性の確保) 大空小学校の元校長・木村泰子先生が提唱するように、「失敗してもやり直せる」「自分がそこにいていいんだと認められる」空気(システム)作りを最優先にすべきです。これは子どもだけでなく、まず先生たち自身に必要です。管理や研修で縛るのではなく、互いを認め合う職員室作りを支援するシステムへと移行する必要があります。
- 市民社会による「監視」から「協働」への転換 市民は学校を監視・批判するだけの存在から脱却しなければなりません。学校への過度な要求(バグのようなブラック要望)を市民側から削除し、先生たちが「子どもと向き合う時間」を持てるよう、環境を整える責任が地域にはあります。
- 「知・徳・体」の再定義(あるいは廃棄) 従来の枠組みに固執せず、今の時代に本当に必要な資質とは何か。行政任せにせず、市民と現場が対話を通じて、現在の教育大綱やカリキュラムの不要な部分を大胆に削ぎ落とし、新しい定義へとアップデートする勇気を持つべきです。
- 結び
教育は、次の社会を作る営みです。その根幹である職員室が崩壊してしまえば、日本社会全体の未来が崩壊します。
「変えなければならない」のは、学校だけではありません。私たち市民の意識というOSこそが問われています。 今こそ、戦後最大の覚悟をもって教育の在り方を根本からリセットし、新しい時代にふさわしいシステムへと再構築することを強く提言いたします。
問題の本質そして希望についてはこちらの特集ページをご覧ください。
(以下AIでディープサーチ)
教育OS入れ替え(大リセット)提言:「職員室崩壊」の危機を乗り越え、教育を市民の手に取り戻すための包括的構造改革
エグゼクティブ・サマリー
本報告書は、現代日本の公教育が直面している危機の本質を「職員室崩壊(Staff Room Collapse)」と定義し、その構造的要因と解決策を体系的に論じるものである。かつて1990年代に社会問題化した「学級崩壊」は、教室内の規律の喪失であったが、現在進行している危機は、教育の供給主体である教員集団の機能不全である。これは単なる労働環境の問題にとどまらず、戦後日本の学校教育を支えてきた基盤システム(教育OS)の制度疲労による必然的な帰結である。
本稿では、現在の学校現場で頻発する教員の精神疾患、離職、そして同僚性の喪失が、古い「知・徳・体」に基づく教育OSと、現代社会が求める新しい教育ニーズ(アプリケーション)とのミスマッチ(不適合)によって引き起こされていることを論証する。文部科学省が推進する「令和の日本型学校教育」等の改革は、古いOSの上に新しいアプリケーションを無理にインストールしようとする行為に等しく、これが現場に過剰な負荷(システムエラー)を生じさせている。
この閉塞状況を打破するため、本提言は「教育OSの完全な入れ替え(リセット)」を主張する。具体的には、旧来の管理主義的・画一的な「知・徳・体」の概念を廃棄し、予測不能な時代に対応した「自立・尊重・創造」を新たなコア・バリューとして再定義することを提案する。また、学校組織を「評価モード」から「承認モード」へと転換し、地域社会との関係を「監視」から「協働」へと再構築するための具体的なアクションプランを提示する。これは学校改革であると同時に、教育に対する市民社会の意識変革を迫るものである。
第1章:見過ごされている「職員室崩壊」の深層
1.1 「見えない崩壊」の進行
日本の公教育は今、静かではあるが致命的な「内部崩壊」の危機に瀕している。かつてメディアを賑わせた「学級崩壊」は、子どもたちの反乱として可視化されやすかった。しかし、現在進行している「職員室崩壊」は、学校という閉鎖的な組織の内部で、大人の社会において進行しているため、外部からは極めて見えにくい構造にある。
「職員室崩壊」とは、教員間の同僚性が失われ、相互不信、足の引っ張り合い、あるいは無関心が蔓延し、組織としての教育力が機能不全に陥った状態を指す。外部から漏れ聞こえる現場の声は殺伐としており、そこには「子どもの成長を共に喜ぶ」という教育コミュニティとしての原風景は存在しない。教員が互いに支え合えず、精神的に孤立した状況下で、子どもたちに「他者との協働」や「自立」を説くことは、極めて困難な矛盾(ダブルバインド)を生み出している。
文部科学省の統計によれば、公立学校教員の精神疾患による病気休職者数は増加の一途を辿っている。令和4年度(2022年度)の確定値では6,539人となり、過去最多を記録した。さらに令和5年度の速報値においては、この数がついに7,000人の大台を突破しているとの報告もある。これは全教育職員数の約0.7%〜0.8%に相当し、100人規模の組織であれば毎年1人が精神を病んで倒れる計算となる。民間企業の平均と比較しても異常な高水準であり、もはや個人の資質やストレス耐性の問題として片付けることは不可能な「構造的災害」である。
1.2 バーンアウトのメカニズムと「同僚性」の希薄化
なぜ、教員たちはこれほどまでに追い詰められているのか。単なる「長時間労働」や「業務過多」だけが原因ではない。最新の心理学的研究は、教員のバーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こす決定的な要因として「職場の人間関係」、とりわけ「同僚性(Collegiality)」の質に着目している。
教員のバーンアウトに関する構造方程式モデリング(SEM)を用いた分析によれば、バーンアウトの主要な症状である「情緒的消耗感」や「脱人格化(生徒や同僚をモノのように冷淡に扱う態度)」に対し、同僚教員との関わり方が直接的な影響を及ぼしていることが明らかになっている。
| 要因 | 影響の方向性 | 分析結果の示唆 |
| 同僚教師との関わり | 正の影響(増悪) |
特定の関わり方(質の低い関わり)は、情緒的消耗と脱人格化を加速させる。 |
| 事前の脱人格化 | 正の影響(連鎖) | すでに心が荒廃している教員は、同僚との関係も悪化させ、負のループを生む。 |
| 仕事のやりがい | 媒介要因 | やりがいを感じられない環境では、同僚との関係構築も阻害される。 |
かつての日本型学校教育の強みは、職員室における濃密なコミュニケーションと、先輩から後輩への暗黙知の継承にあった。しかし、現在では「同僚との関わり」が癒やしや成長の機会ではなく、ストレス源や「脱人格化」を促進する要因へと変質してしまっている。
多忙化による余裕の喪失に加え、成果主義的な評価制度の導入が、教員間を「協力者」から「競争者」あるいは「相互監視者」へと変えてしまった可能性がある。失敗が許されない減点主義の文化の中で、若手教員はSOSを出せず、ベテラン教員は自身の指導法を守ることに汲々とする。このように分断された職員室では、組織的な教育活動は不可能であり、個々の教員が孤立無援の中で「学級王国」を死守するだけの消耗戦が繰り広げられることになる。これが「職員室崩壊」の正体である。
1.3 組織的防衛反応としての「閉鎖性」
職員室が崩壊し、個々の教員が精神的な余裕を失うと、組織全体が過剰な「防衛反応」を示すようになる。リスクを極端に恐れ、前例踏襲に固執し、外部(保護者や地域)からの干渉を遮断しようとする動きである。
この閉鎖性は、地域社会との間に深刻な断絶を生む。本来、学校は地域コミュニティの核となるべき存在であるが、内部崩壊を起こしている学校は、地域からの視線を「支援」ではなく「監視」として受け取るようになる。これは次章以降で詳述する「市民社会との負のスパイラル」の起点となる現象である。内部で支え合えない教員たちが、外部の敵(と認識された保護者や市民)に対して防御壁を築くことで、かろうじて組織を維持しようとする病理的な適応状態と言える。
第2章:構造的要因:古い「教育OS」とのミスマッチ
2.1 戦後モデル「知・徳・体」の制度疲労
「職員室崩壊」の根底にあるのは、日本の教育システムを長年支えてきた基本OS(オペレーティング・システム)の陳腐化である。その象徴が、戦後の学校教育法や学習指導要領の根幹をなしてきた「知・徳・体」という概念である。
例えば、愛知県弥富市の教育大綱(令和6年度〜10年度)を参照すると、その基本目標には依然として「知・徳・体のバランスのとれた『生きる力』の育成」が掲げられている。
| 旧OSの要素 | 従来の解釈と期待される成果 | 現代における機能不全(バグ) |
| 知 (Chi) | 知識の蓄積、正解の再生能力、ペーパーテストによる序列化。 | AI時代の到来により、単なる知識保持の価値が低下。多様な解の探究や批判的思考力の育成を阻害。 |
| 徳 (Toku) | 規律、従順さ、集団行動への適応、均質な道徳観。 | 多様性(ダイバーシティ)の尊重と相反し、同調圧力を強化。「みんなと同じ」を強要し、個性を圧殺する要因となる。 |
| 体 (Tai) | 一律の体力向上、強健な身体、我慢強さ。 |
障害のある子どもや病弱な子どもを構造的に「欠けた存在」として排除する思想につながる。 |
戦後の復興期から高度経済成長期にかけて、この「知・徳・体」OSは、均質で勤勉な労働力を大量に供給するシステムとして極めて優秀に機能した。しかし、社会構造が劇的に変化し、VUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代と呼ばれる現在において、このOSは明らかに時代遅れとなっている。
2.2 「アプリケーション」と「OS」の致命的なズレ
問題の本質は、文部科学省や教育委員会が、この古いOSを維持したまま、最新の教育理論やメソッド(アプリケーション)を現場に導入しようとしている点にある。
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古いOS: 正解主義、管理主義、失敗不可、同調圧力、前例踏襲。
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新しいアプリ: 「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」、「個別最適な学び」、「GIGAスクール構想(ICT活用)」、「多様性の尊重」。
現場の教員たちは、自身の身体感覚や受けてきた教育経験として「古いOS」がインストールされている世代である。そこに、研修や通達という形で「もっと自由になれ」「子どもの主体性を大事にせよ」「ICTを活用せよ」という新しいアプリケーション(命令)が次々と上書きされる。
しかし、基盤となるOSが「管理と正解」を求めているため、新しいアプリは正常に動作しない。
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「主体性を育てろ」と言われながら、授業中の私語や立ち歩きは「管理不足」として評価される。
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「タブレットを使え」と言われながら、トラブルが起きれば「指導不足」と責められる。
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「個性を認めろ」と言われながら、校則や行事では一糸乱れぬ集団行動が美徳とされる。
この「OSとアプリの不適合」が引き起こすシステムエラーは、全て現場教員の「努力不足」や「指導力不足」として転嫁される。これが、中堅・若手教員を精神的に追い詰め、思考停止に陥らせる最大の要因である。教員たちは、アクセル(新しい教育)とブレーキ(古い管理体制)を同時に踏み続けるような過酷な精神状態に置かれているのである。
2.3 弥富市教育大綱に見る「思考停止」の再生産
具体的な事例として、弥富市の教育大綱案に対する批判的検討は、このOS問題を象徴的に浮き彫りにしている。木村泰子氏(元大阪市立大空小学校校長)の提言に基づく批判によれば、現行の大綱案は「前例踏襲と思考停止の産物」であると断じられている。
特に深刻なのは、「知・徳・体」というスローガンが、現代の多様な子どもたちを排除する論理を含んでいる点である。「体(体力)」がない障害児や、「知(学力)」の枠にはまらない子どもは、このスローガンの下では「バランスの欠けた、矯正すべき対象」とみなされかねない。これは「誰一人取り残さない」というSDGsや現代教育の理念と真っ向から矛盾する。
また、弥富市のような外国人住民比率が高い地域において、日本的な「徳」の押し付けは、ルーツの否定や同化政策として機能する危険性がある。地域特性や時代背景を無視し、昭和の遺物であるOSを使い続けることは、子どもたちの未来を閉ざすだけでなく、その矛盾を現場で調整させられる教員たちを疲弊させるのである。
第3章:市民社会との「負のスパイラル」
3.1 「信頼」から「監視」へ変貌した関係性
職員室崩壊の危機を加速させている外部要因として、地域社会・保護者と学校との関係悪化が挙げられる。かつては「先生」に対する無条件の信頼や敬意が社会通念として存在したが、現在は「教育サービスの提供者」としての説明責任や結果責任が厳しく問われる時代となった。
これは消費者意識の高まりとも連動しており、学校に対する要望は年々エスカレートしている。「先生たちは何をやっているんだ」という市民側の不信感や疑心暗鬼は、学校への問い合わせやクレーム(いわゆる「ブラック要望」)として顕在化する。
文部科学省や関連企業の調査によると、保護者の94%、教員の96%が連絡業務のデジタル化を望んでいるにもかかわらず、その導入率は約4割にとどまっている。このデジタル化の遅れも、コミュニケーションの齟齬を助長しているが、より深刻なのは、デジタルツールが導入されたとしても、それが「24時間いつでも苦情を言えるツール」として機能してしまえば、教員の精神的負荷はむしろ増大するという点である。教員の保護者対応に関するストレスは深刻化しており、休職に至る主要因の一つとなっている。
3.2 相互作用する「負の連鎖」
この状況は、学校と地域社会の間で次のような「負のスパイラル」を形成している。
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社会不安と不信感: 将来への不安や経済的閉塞感を背景に、保護者は我が子の教育成果に過敏になり、学校に対して「失敗のない完璧な対応」を求める。
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監視の強化: 地域や保護者の目が「見守り」から「監視」へと変質する。些細なトラブルもSNS等で拡散されるリスクに晒される。
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学校の萎縮と閉鎖化: 教員は批判を恐れ、減点されないための「防衛的な指導」に走る。リスク回避のために行事を縮小し、情報は隠蔽され、地域との壁を高くする。
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教育の質の低下: 教員が疲弊し、子どもと向き合う時間よりもクレーム対応や書類作成(アリバイ作り)に時間を奪われる。結果として学級が荒れ、いじめ等の問題発見が遅れる。
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不信の増幅: 学校の対応の遅れや荒れを見て、地域の不信感はさらに強まり、監視と攻撃が激化する(→1へ戻る)。
この連鎖を断ち切らない限り、どれほど教員を増員しても、どれほどICT機器を導入しても、教育現場の疲弊は止まらない。「変えなければならない」のは学校だけでなく、学校を取り巻く市民社会の意識(OS)そのものである。
第4章:核心的提言:主体的な「教育OSの入れ替え(リセット)」
4.1 「リセット」の必要性と覚悟
戦後80年近くが経過し、社会の基盤は劇的に変化した。もはや、戦後の焼け跡から立ち上がるために作られた「画一的・効率的・管理的」な古いシステムでは、現代の教育は機能しない。今必要なのは、古いシステムへのパッチ当て(部分修正)ではなく、根本的な「教育OSの入れ替え(リセット)」である。
これは、木村泰子氏が問いかけるように「みんなの学校を作るために、何を捨てるか」という覚悟の問題である。失敗してはいけないという強迫観念、同調圧力、前例踏襲の教育課程。これらを、私たち市民・教員・子ども自身の手で一度アンインストールし、新しいOSを再構築する必要がある。
4.2 新しいOSの定義:「自立・尊重・創造」
古い「知・徳・体」に代わる新しい教育OSとして、本提言では**「自立・尊重・創造(Jiritsu, Soncho, Sozo)」**の3要素を提案する。これは、弥富市のような地域特性(海抜ゼロメートル地帯、多文化共生)を踏まえた提言とも合致し、かつ普遍的な現代的価値を持つものである。
4.3 「見えない学力」への価値転換
この新OSへの移行に伴い、評価の基準も刷新されなければならない。テストの点数や偏差値といった「見える学力」への偏重を止め、「見えない学力」をこそ評価の軸に据えるべきである。
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自分の思いを自分の言葉で語れているか。
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困ったときに「助けて」とSOSを出せているか。
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他者のSOSに気づき、手を差し伸べられているか。
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失敗したときに、そこから立ち直り、やり直すことができているか。
これらは、予測不能な社会を生き抜くための「4つの力」(人を大切にする力、自分の考えを持つ力、自分を表現する力、チャレンジする力)とも共鳴する。この「見えない学力」こそが、従来の「知・徳・体」の土台となるべきものであり、OSリセットの核心である。
第5章:具体的なアクション:新しいOSの実装(内部変革)
新しいOSを実装するためには、まず学校内部、すなわち「職員室」の在り方を根本から変える必要がある。教員自身が旧OSに縛られている状態で、子どもたちに新OSを提供することは不可能だからだ。
5.1 「評価モード」から「承認モード」へ
現在の職員室は、互いに監視し、欠点を探し合う「評価モード」に支配されている。これを、互いの存在を認め合い、失敗を許容する「承認モード」へと切り替える必要がある。
大空小学校の実践が示すように、「失敗してもやり直せる」「自分がそこにいていいんだと認められる」空気(システム)作りを最優先にすべきである。これは子どもだけでなく、教員自身にとっての「心理的安全性」の確保を意味する。 「先生、あの指導うまくいきませんでした」と若手が素直に言える職員室。「それなら、次はこうしてみようか」と先輩が共に考える職員室。このような「承認」の土壌があって初めて、教員は子どもたちに対しても寛容になれる。
5.2 「風呂敷」型組織への転換
従来の学校組織は、子どもや教員を既定の枠に押し込める「スーツケース」型であった。枠からはみ出る者は「指導対象」あるいは「不適格者」とされた。 新しいOSの下では、学校組織は中身に応じて形を変えられる「風呂敷」型を目指すべきである。不登校の子、障害のある子、日本語が苦手な子、そしてそれぞれの特性を持つ教員たち。それら全てを、形を変えながら包み込む柔軟性が求められる。
5.3 校長のリーダーシップ改革(サーバント・リーダーシップ)
この組織変革の鍵を握るのは管理職、特に校長のリーダーシップである。 調査研究によれば、校長の働き掛けと教職員の心理的安全性には、相関係数0.800という極めて強い正の相関があることが明らかになっている。また、校長の支援的な関わりは、同僚間の信頼関係(同僚性)を高め、結果として教員のワーク・エンゲイジメント(働きがい)を向上させる。
管理職に求められるのは、上意下達の「管理」ではなく、教員が力を発揮できるよう環境を整える「サーバント・リーダーシップ(奉仕型リーダーシップ)」である。
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「指導計画通りに進んでいるか」をチェックするのではなく、「困っていることはないか」を尋ねる。
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対外的なクレームから教員を守り、教員が子どもと向き合う時間を確保する。
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「失敗しても責任は私が取る」と明言し、教員の挑戦を後押しする。
このような校長の覚悟と行動変容が、職員室のOSを書き換えるトリガーとなる。
第6章:具体的なアクション:市民社会による「協働」への転換
「職員室崩壊」を止めるためには、学校内部の努力だけでは限界がある。外部環境である地域社会・市民の関わり方を、「監視」から「協働」へと劇的に転換する必要がある。
6.1 「お客様」から「当事者」へ
市民は、学校を外から評価・批判する「お客様(消費者)」の立場から脱却し、公教育を共に創る「当事者(株主・パートナー)」へと意識を変えなければならない。 学校への過度な要求(バグのようなブラック要望)を市民側から自律的に削除(アンインストール)する文化を醸成する必要がある。「先生たちは大変だ」と他人事のように言うのではなく、「先生たちが子どもと向き合う時間を持てるよう、地域で何ができるか」を考える姿勢が求められる。
6.2 コミュニティ・スクールの実質化とカリキュラム・マネジメント
この協働を制度的に担保するのが「コミュニティ・スクール(学校運営協議会制度)」である。しかし、多くの学校において、それは単なる「学校応援団」や「奉仕作業員」にとどまっている。
真の協働とは、地域住民が**「教育課程(カリキュラム)の編成と実施」**に参画することである。
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事例1:習志野市立秋津小学校「ふれあい科」 「学社融合」の理念の下、地域資源を教育課程として具現化。地域住民が講師となり、教員だけでは教えられない多様な学びを提供している。
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事例2:福岡県春日市「地域連携カリキュラム」 全小中学校で「社会に開かれた教育課程」を構築。地域人材の活用をシステム化し、教員の負担軽減と教育の質の向上を両立させている。
6.3 教員の働き方改革への寄与
地域との協働は、教員の「働き方改革」にも直結する。 宮崎県川南町の事例では、中学3年生の高校入試向け面接練習を、地域住民が面接官となって実施している。
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効果1: 教員の放課後や休日の業務負担が大幅に削減される。
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効果2: 生徒は、親や教師以外の「地域の大人」と真剣に向き合うことで、適度な緊張感と共に、自分が見守られているという自己肯定感(承認)を得る。
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効果3: 地域住民は、子どもたちの成長に関わることで「やりがい」と学校への「信頼」を回復する。
このように、地域が教育活動の一部(部活動指導、学習支援、環境整備、安全管理、専門的な授業等)を分担・協働することで、教員は「授業」と「生徒指導」という本来の専門業務に集中することが可能になる。これこそが、負のスパイラルを「正のスパイラル」へと反転させる具体的なシステムである。
結び:未来への責任
「職員室崩壊」は、単なる一過性のトラブルではない。それは、戦後日本が築き上げてきた教育システムが、時代の変化に耐えきれず、音を立てて崩れ落ちようとしている警鐘である。その根幹である職員室が崩壊してしまえば、そこで育つ子どもたちの未来が失われ、ひいては日本社会全体の未来が崩壊する。
本提言で示した「教育OSの入れ替え(大リセット)」は、容易な道のりではない。 「知・徳・体」という慣れ親しんだ言葉を捨て、「自立・尊重・創造」という新しい価値観を受け入れること。 「評価」の手放し、「承認」へと舵を切ること。 「監視」をやめ、「協働」へと汗をかくこと。 これらはすべて、教員だけでなく、私たち市民一人ひとりの意識変革(OSアップデート)を要求するものである。
しかし、希望はある。大空小学校の実践や、先進的なコミュニティ・スクールの事例が示すように、OSを入れ替えた学校では、教員も子どもも、そして地域住民も、生き生きと輝き始めている。そこには「不登校ゼロ」や「教員の離職ゼロ」といった成果が自然と付随している。
教育は、次の社会を作る営みである。今こそ、戦後最大の覚悟をもって教育の在り方を根本からリセットし、新しい時代にふさわしいシステムへと再構築することを強く提言する。「学校を変える」のではない。「私たちが変わる」ことで、学校を、そして教育を、市民の手に取り戻す時である。
参照資料ID一覧
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文科省調査:92万0415人の全教育職員中、7119人が精神疾患で病気休職に
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【情報ファイル】精神疾患による休職、初の7000人超 – EN-ICHI
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