「頑張ればいい」ってもんじゃない。現代人が忘れてしまった「豊かさ」の正体とは?
- 縄文時代: 短時間の集中、あとは豊かな自然と余暇。
- 現代社会: 労働基準法に縛られ、心を病むまで働く。
- 政治家: 「働いて、働いて…」と奴隷労働を美徳化。
- 理想: 過去に向き合い、他者に共感し、休養を尊重する。
トップが「死ぬほど働く」と宣言すれば、下も帰れなくなる。それは「がんばり病」の連鎖です。今、日本に必要なのは、労働量ではなく「どう人生を過ごしたいか」という哲学ではないでしょうか。
コラム: 「働いて、働いて、働き抜く」への違和感 —— 縄文の豊かさと「がんばり病」の行方
2025年10月、自民党総裁に選出された高市早苗氏が発した一言が、小さな、しかし無視できない波紋を広げました。
「働いて、働いて、働いて、働いて、働いてまいります」
その決意の強さは疑いようもありません。しかし、一国のリーダーがそこまで「労働」を強調することに、私はある種の危うさを感じずにはいられませんでした。
今回は、人類史という長いスパン、そして現代社会が抱える病理という視点から、私たちが本当に求めるべき「豊かさ」と「リーダー像」について考えてみたいと思います。
人類700万年の歴史から見る「労働」の異常性
そもそも、私たちが「当たり前」だと思っている「1日8時間労働」という概念は、人類700万年の歴史から見れば、ごく最近作られたルールに過ぎません。
産業革命以降、あるいは明治の文明開化以降、工場での長時間労働が常態化し、女性やこどもまでもが過酷な環境に置かれました。「労働(Labor)」という言葉の語源に「苦役」や「奴隷」の意味が含まれるように、それは極めて非人道的な歴史でした。だからこそ、近代において労働基準法ができ、憲法ができ、私たちを守るための規制が作られたのです。
では、それ以前はどうだったのでしょうか。
近年、研究が進んでいる縄文時代に目を向けてみましょう。例えば、青森県の三内丸山遺跡などの研究からは、彼らの生活がいかに豊かであったかがうかがえます。もちろん、狩猟採取には危険が伴い、高い集中力が必要だったはずです。しかし、必要な分だけの食料を得れば、あとは豊かな自然の中で時間を過ごしていたと考えられています。
現代の私たちはどうでしょうか。テクノロジーが進化しているにもかかわらず、なぜこれほどあくせくと働き、心を病み、自殺者が増えるような社会になっているのでしょうか。縄文の人々と比べたとき、私たちは「簡単なことを、わざわざ難しくして苦しんでいる」だけではないのか——そんな疑問が頭をよぎります。
「ワーク」と「レイバー」の違い
本来、「働く(Work)」とは、自らの稼ぎのためだけでなく、家族や地域社会のために獲物を取ってくるような、創造的で社会的な営みであったはずです。
しかし、現代の「働いて、働いて……」というスローガンからは、自らをシステムの一部として酷使する「奴隷としての労働(Labor)」の響きを感じてしまいます。
もし、組織のトップが「死ぬほど働く」ことを美徳としてしまえば、それは無言の圧力となって組織全体に浸透します。「上司が残っているから帰れない」「みんなが働いているから休めない」という、日本特有の悪しき労働慣行、長時間労働の温床はまさにここにあるのです。
ヨーロッパには「余暇(Leisure)」という概念があります。これは単なる遊びではありません。自分自身を取り戻し、人間としての生産活動を豊かにするために不可欠な時間です。働くことと、自分自身の時間を生きること。このバランスが崩れているからこそ、今の日本には閉塞感が漂っているのではないでしょうか。
祈りとリズム —— もう一つのリーダー像
ここで少し視点を変えて、日本の皇室について触れてみたいと思います。
昭和天皇は、夕食と朝食の間を12時間空けるなど、規則正しい生活を送られていたといいます。天皇というお立場は激務ですが、その中には「休養」や「リズム」も職務の一部として組み込まれているように見受けられます。
上皇陛下、そして今の天皇陛下もまた、過去の歴史への深い反省と、平和への祈りをライフワークとされています。それは「働いて、働いて」という物理的な活動量で示すパフォーマンスとは対極にあるものです。国民一人一人が平和に暮らせるよう、相互尊重と他者への思いやりを、その身をもって示す——それこそが、本来のリーダーシップのあり方ではないでしょうか。
しかし皮肉なことに、明治以降の日本では、皇室の存在が国民にある種の「安心感」を与えすぎてしまい、それが政治に対する批判精神を鈍らせている側面があるように思います。「政治家が頑張っているなら、任せておけばいい」という思考停止。これが、私たちの最大の過ちかもしれません。
「がんばり病」からの脱却を
結論として申し上げたいのは、「頑張ればいいというものではない」ということです。
「これだけ働いています」「これだけ頑張っています」というアピールで、私たちの信頼を勝ち取ろうとする政治スタイルは、もう終わりにすべきではないでしょうか。
私たちが選ぶべきは、ただ汗をかく人ではなく、歴史の過ちに向き合い、世界と国内の多様な人々に共感し、私たちがどう生きるべきかというビジョンを示せる人です。
「働いて、働いて、働いて……」という言葉の裏にある「がんばり病」から抜け出し、本当の意味での人間らしい暮らしと社会を取り戻す。それこそが、今の私たちに課せられた最大の仕事なのかもしれません。
(以下AIでディープサーチ)
勤勉という病:現代日本における「働いて、働いて、働き抜く」イデオロギーの歴史的・哲学的・経済学的解剖
序論:2025年の政治的言説と「総労働社会」の危機
2025年10月、自由民主党総裁に選出された高市早苗氏が放った「働いて、働いて、働いて、働いて、働き抜いてまいります」という宣言は、単なる政治的な決意表明の枠を超え、現代日本社会が抱える深層心理と構造的な病理を象徴的に浮き彫りにした。一国のリーダーが、国家運営のビジョンや政策の方向性(Action)ではなく、自身の肉体的な労働量(Labor)を誇示し、それを国民へのアピールポイントとする事態は、ある種の危うさを孕んでいる。
本報告書は、この発言に端を発する違和感を起点とし、人類学、政治哲学、労働経済学、そして組織心理学の多角的な視点から、現代日本における「労働」の概念を徹底的に解体・再構築することを目的とする。なぜ私たちは、テクノロジーがかつてないほど進化した21世紀において、縄文時代の人々よりもあくせくと働き、精神を病み、自ら命を絶つ者が後を絶たない社会を生きているのか。そして、リーダーシップの本質とは「汗をかくこと」にあるのか、それとも「リズムと祈り」にあるのか。
本稿では、マーシャル・サーリンズの「原初の豊かな社会」論、ハンナ・アーレントの『人間の条件』における活動の分類、OECDによる最新の生産性データ、そして組織心理学における「ワーカホリック・リーダーシップ」の実証研究など、広範な学術的リソースを参照しつつ、現代日本に蔓延する「がんばり病」の正体と、そこからの脱却の道筋を、全20ページ(約15,000字)にわたり論証する。
第一部:人類史的視座 —— 「原初の豊かな社会」と労働の起源
私たちが「常識」として疑わない「1日8時間労働」や「勤勉は美徳」という価値観は、人類700万年の歴史という長いスパンで見れば、ごく最近、特定の経済的要請によって捏造された「異常な習慣」に過ぎない。この事実を直視することなしに、現代の労働問題を根本から理解することは不可能である。
1.1 「原初の豊かな社会」:狩猟採集民の労働時間
1966年、シカゴで開催された「狩猟採集民」に関するシンポジウムにおいて、人類学者マーシャル・サーリンズ(Marshall Sahlins)は衝撃的なテーゼを発表した。それが「原初の豊かな社会(The Original Affluent Society)」論である。
それまでの人類学や経済学の通説では、トマス・ホッブズが描写したように、文明以前の人類の生活は「孤独で、貧しく、不潔で、野蛮で、短い(solitary, poor, nasty, brutish, and short)」ものであり、飢餓の恐怖に追われながら朝から晩まで食料探しに奔走していたと考えられていた。しかし、サーリンズはこの偏見をデータによって覆した。
1.1.1 労働時間の実証データ
リチャード・リー(Richard Lee)によるカラハリ砂漠の狩猟採集民「ドべ・クン(Dobe!Kung、サン人)」の詳細な定量調査、およびオーストラリアのアーネムランド(Arnhem Land)の先住民に関するデータは、現代人の常識を覆す事実を示している。
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実質労働時間:成人が食料獲得(狩猟および採集)に従事する時間は、週にわずか15時間から20時間程度であった。これを1日あたりに換算すると、3時間から5時間未満に過ぎない。
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余暇の豊富さ:彼らは断続的に働き、獲物が十分に取れれば、残りの時間は休息、睡眠、ギャンブル、おしゃべり、儀礼などに費やしていた。「1日か2日働いて、あとは休む」という旧石器時代のリズム(Paleolithic rhythm)が生活の基調であった。
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家事労働を含めた総労働時間:リーの研究に対し、食料の加工や調理時間が含まれていないという批判があったため、それらを合算した推計も行われた。その結果、男性で週44.5時間、女性で週40.1時間となったが、それでもなお、現代の先進国における賃労働+家事労働の合計時間を下回っている。
このデータが示唆するのは、人類は本来、生存のために長時間労働を強いられる生物ではないという事実である。
1.1.2 「豊かさ」の二つの道
サーリンズは、「豊かさ(Affluence)」には二つの到達ルートがあると説いた。
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ガルブレイスの道(Galbraithian way):「人間の欲望は無限であり、手段は有限である」という前提に立ち、生産性を極限まで高めることで欲望を満たそうとする現代産業社会の道。ここでは、どれだけ生産しても新たな欲望が生まれるため、永遠に「欠乏感」から逃れられない。
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禅の道(Zen road):「人間の物質的な欲望は有限であり、技術的な手段は変わらなくとも十分に満たせる」とする狩猟採集民の道。彼らは「欲望を抑制する」ことによって、現有の手段で容易に満足を得る。結果として、彼らは物質的には質素であっても、精神的には「飽和状態」にあり、現代人よりもはるかに豊かな余暇を享受していた。
現代日本における「働いても働いても豊かさを実感できない」という閉塞感は、私たちが無限の欲望を追いかける「ガルブレイスの道」を暴走し、生理的・心理的な限界を超えて労働力を投入していることに起因している。
1.2 縄文の豊かさと「労働」の不在
この「原初の豊かさ」は、日本列島における縄文時代においてさらに顕著な形で花開いていた。青森県の三内丸山遺跡をはじめとする近年の考古学的成果は、縄文人が極めて高度で安定した社会を築いていたことを証明している。
1.2.1 三内丸山遺跡に見る「余裕」
三内丸山遺跡は約5500年前から4000年前にかけて、約1500年もの長期にわたり定住が営まれた大規模集落である。
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食の多様性:彼らの食生活は、クリやクルミなどの堅果類、魚介類、鳥獣肉など極めて多様であり、自然の恵みを巧みに利用していた。これは単なる「採集」ではなく、クリ林の管理栽培など、自然への積極的な働きかけ(Work)を含んでいたが、それは現代的な意味での「苦役(Labor)」とは異質であった。
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文化活動への投資:特筆すべきは、彼らが生存に直接関係のない活動に膨大なエネルギーを注いでいた点である。直径1メートルのクリの巨木を用いた「大型掘立柱建物」(六本柱)の建設、ヒスイや黒曜石といった交易品の遠距離流通、漆塗りの工芸品や複雑な土偶の製作などである。
もし彼らが日々の食料確保に追われるだけの「貧しい」人々であったなら、これほどの巨大建築や芸術活動を行う余力はなかったはずである。彼らは必要な分だけの食料を効率よく得て、残りの時間を共同体の祭祀や文化創造(Creation)に充てていた。「簡単なことを、わざわざ難しくして苦しんでいる」のは、テクノロジーで武装した現代の私たちの方ではないかというコラムの指摘は、考古学的事実によって強く裏付けられる。
1.3 農耕革命と「労働」の発生
では、いつから人類は「働いて、働いて」という強迫観念に囚われるようになったのか。多くの研究者が指摘するのは、農耕の開始(新石器革命)である。
1.3.1 余暇の喪失
PNAS(米国科学アカデミー紀要)に掲載された研究によれば、狩猟採集から農耕・市場経済への移行は、特に男性の労働時間の劇的な増加をもたらした。
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商業的農業への移行により、男性の労働時間は週45時間から55時間へと増加した。
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女性の労働時間は、家庭内労働を含めると常に週55時間近くに達しており、農耕社会化によって負担が軽減されるどころか、多産化に伴う育児負担の増加と相まって固定化された。
農耕は、自然のリズムに合わせた「受動的な獲得」から、土地を耕し、雑草を取り、水を管理するという「能動的な苦闘」への転換を意味した。ここで初めて、労働と成果が比例するという観念(頑張れば収穫が増える)が生まれ、同時に「サボれば飢える」という恐怖が構造化されたのである。
1.3.2 産業革命と「勤勉」の道徳化
さらに決定的な変化は、18世紀以降の産業革命である。工場労働は、太陽の動き(自然のリズム)ではなく、時計の針(機械のリズム)によって管理される。人間は機械の部品として、一定の速度で長時間稼働することを求められるようになった。「時は金なり(Time is Money)」という格言は、時間を切り売りする賃労働の成立とともに生まれた呪縛である。
日本の明治以降の近代化も、この延長線上にある。「富国強兵」のスローガンの下、国民全員が兵士あるいは労働者として動員され、「勤勉」こそが国家への最大の貢献であるというイデオロギーが教育を通じて内面化された。2025年の高市氏の発言は、この近代産業主義的価値観の最終形態であり、AIとロボットが労働を代替しつつある現代において、時代錯誤も甚だしい「亡霊」の叫びであると言える。
第二部:労働の哲学 —— 苦役(Labor)から活動(Action)へ
なぜ現代人はこれほどまでに労働を美徳視するのか。その根源を探るには、言葉の語源(エティモロジー)と、政治哲学における概念の区別を理解する必要がある。私たちが普段無自覚に使っている「働く」という言葉には、実は恐ろしい歴史的記憶が刻印されている。
2.1 拷問器具としての「労働」:語源学的分析
日本語の「働く」には「傍(はた)を楽(らく)にする」という美しい語源説(俗説ではあるが)が存在する一方で、西洋諸語における労働の概念は、明確に「苦痛」と結びついている。
2.1.1 トゥリパリウム(Tripalium)の呪い
フランス語の「Travail(仕事)」、スペイン語の「Trabajo」、そして英語の「Travail(産みの苦しみ・苦労)」の語源は、ラテン語の「Tripalium(トゥリパリウム)」に遡る。
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Tripaliumの正体:これは「3本の(tri)杭(palus)」を意味し、元々は農具ではなく、奴隷や囚人を縛り付けて火炙りや拷問を行うための器具を指していた。
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意味の変遷:12世紀頃の古フランス語において、この言葉は「苦しめる」「拷問する」という意味から、転じて「苦しい努力」「骨折り仕事」を意味するようになった。
つまり、西洋の言語感覚において、仕事(Travail)とは本質的に「拷問」と同義であり、肉体に苦痛を与える忌避すべき行為であったのである。
2.1.2 LaborとPonos
英語の「Labor」もまた、ラテン語の「Labor(重荷、苦労、苦戦)」に由来し、重い荷物を背負ってよろめく様を暗示している。 古代ギリシャ語においても、労働を意味する「Ponein」は「Ponos(悲しみ、苦しみ)」から派生している。古代ギリシャ人にとって、肉体労働は奴隷の領分であり、自由市民は労働から解放されているからこそ(Schole=余暇があるからこそ)、政治や哲学といった「人間らしい活動」に従事できると考えられていた。
「働いて、働いて、働き抜く」というスローガンをこの語源学的視点から翻訳すれば、「苦しんで、苦しんで、拷問に耐え抜きます」と宣言しているに等しい。これは自己犠牲の美学として響くかもしれないが、リーダーが組織全体にこの「拷問」を推奨することは、サディズムの一形態とも解釈できる。
2.2 ハンナ・アーレントの『人間の条件』:労働・仕事・活動
20世紀を代表する政治哲学者ハンナ・アーレントは、その主著『人間の条件(The Human Condition)』において、人間の能動的な生活(Vita Activa)を三つの水準に厳密に区別した。現代社会の病理は、この三つの区別が崩壊し、すべてが「労働」に回収されてしまった点にある。
以下の表は、アーレントの分類に基づき、現代の政治的文脈を整理したものである。
表1:アーレントによる活動の三分類と現代的適用
2.2.1 「労働する動物(Animal Laborans)」の勝利
アーレントが危惧したのは、近代以降、**労働(Labor)が最高位の価値へと格上げされ、本来人間的自由の証であった活動(Action)や、世界を構築する仕事(Work)**までもが、単なる「労働」として扱われるようになったことである。 マルクス主義も資本主義も、「人間は労働する動物である」という前提においては共犯関係にある。現代の政治家が「政策(Work)」の質や「ビジョン(Action)」の崇高さではなく、「どれだけ長時間働いたか(Labor)」を誇るのは、アーレントが指摘した「社会的なるもの」の勝利、すなわち国家全体が巨大な「家計(オイコス)」と化し、政治が単なる「国民の食い扶持を稼ぐための管理業務」に堕した証拠である。
コラムが指摘する「ワーク」と「レイバー」の違いは、まさにこのアーレントの区別に呼応する。「Work(仕事)」とは、創造的で社会的な営みであり、世界に何かを残すことである。対して「Labor(労働)」は、生命維持のためにエネルギーを消費し続けることである。「働いて、働いて」というスローガンは、国民に対して創造者(Homo Faber)や市民(Zoon Politikon)になることではなく、従順な「労働する動物」であり続けることを求めているのである。
2.3 ヨゼフ・ピーパーと「余暇」の喪失
ドイツの哲学者ヨゼフ・ピーパーは、著書『余暇:文化の基礎(Leisure: The Basis of Culture)』において、「全体主義的な労働の世界」が真の文化を破壊すると警告した。
2.3.1 余暇(Leisure)とは何か
ピーパーによれば、余暇とは「仕事の後の休息」や「充電期間」ではない。もし休息が「明日また働くため」のものであるなら、それは労働のサイクルの一部(再生産のための労働)に過ぎない。 真の余暇とは、ギリシャ語の「Schole(スコーレ)」に由来し、これは「School(学校)」の語源でもある。それは、有用性や実用性から離れ、世界そのものを観想(コンテンプラチオ)する精神的な態度を指す。神への祈り、哲学的な思索、芸術への没入といった「役に立たない」時間こそが、人間を人間たらしめ、文化を生み出す土壌となる。
2.3.2 「総労働」社会の貧困
現代日本社会は、ピーパーの言う「総労働(Total Work)」の世界である。そこでは、すべての時間が「役に立つか否か」で判定される。休息さえも「生産性向上のため」の手段となる。 「働いて、働いて」というイデオロギーは、この「観想的な静寂」を敵視する。常に動き続け、汗をかき続けることだけが善とされる世界では、深い思索や祈り、そして他者への真の共感が生まれる余地(Schole)は抹殺される。リーダーが率先してこの「多忙の崇拝」を行うことは、国民から精神的自由を奪い、文化の源泉を枯渇させる行為に他ならない。
第三部:現代日本の労働病理 —— 生産性、過労死、リーダーシップの機能不全
哲学的な懸念は、現実の経済データや社会統計において、冷徹な数字となって表れている。「頑張れば報われる」「長時間労働は成果を生む」という神話は、現代のデータの前では完全に崩壊している。
3.1 生産性のパラドックス:OECDデータに見る日本の凋落
「働いて、働いて」という努力が国富に結びついているならば、日本は世界で最も豊かな国の一つであるはずだ。しかし、OECD(経済協力開発機構)の最新データは、残酷な現実を突きつけている。
表2:主要国の労働生産性比較(2023年実績・2024年予測)
| 順位 | 国名 | 時間当たりGDP (USD PPP) | 2024年生産性成長率予測 | 備考 |
| 1 | アイルランド | 149.31 | +0.51% | 外資系IT・製薬企業の集積による高付加価値化 |
| 2 | ノルウェー | 132.28 | +2.09% | 資源と高福祉・高効率な働き方 |
| 7 | 米国 | 97.05 | +2.49% | イノベーション主導型経済 |
| 12 | フランス | 88.15 | +0.37% | バカンス(長期休暇)が制度化された社会 |
| 21 | OECD平均 | 約65-70 | – | – |
| 28 | 日本 | 56.26 | -2.90% |
G7最下位を半世紀近く継続
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| 32 | 韓国 | 54.64 | -3.12% | 日本と同様の長時間労働・低生産性構造 |
出典:OECD Compendium of Productivity Indicators 2024-2025 、Japan Times より作成。
3.1.1 努力と成果の逆相関
上記のデータから読み取れるのは、「長時間労働」と「生産性」の間には負の相関があるという事実である。
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日本の順位:OECD加盟38カ国中28位であり、G7(主要7カ国)の中では1970年以降一貫して最下位である。米国の生産性は日本の約1.7倍、アイルランドに至っては2.6倍である。
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成長率のマイナス:さらに深刻なのは、2024年の生産性成長率が**マイナス2.90%**と予測されている点である。これは、労働時間を投入すればするほど、単位時間あたりの付加価値が毀損されていることを意味する。
「簡単なことを、わざわざ難しくして苦しんでいる」というコラムの指摘は、経済学的にも正しい。日本のビジネス慣習——過剰な会議、稟議書のスタンプラリー、儀礼的なメール、上司が帰るまでの付き合い残業——は、アーレントの言う「労働(Labor)」ですらなく、付加価値を生まない純粋な「浪費」である可能性が高い。政治家が「働く」ことを強調すればするほど、この非効率な構造は温存され、「汗をかくこと自体が目的化」された低生産性地獄が続くことになる。
3.2 有給休暇取得への罪悪感:エクスペディア調査
この低生産性の背景には、「休むこと」への精神的なブロックが存在する。エクスペディアが2024年に実施した「世界11地域 有給休暇・国際比較調査」によれば、日本人の労働観は依然として病的である。
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罪悪感:日本で働く人の半数以上(53%)が、有給休暇を取得することに「罪悪感」を感じていると回答した。これは調査対象国の中で突出して高い。
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上司の影響:一方で、6割が「上司は休暇取得に協力的」と回答しているにもかかわらず、取得率は低い。これは、制度や上司の言葉以上に、「働いて、働いて」という無言の空気(ピア・プレッシャー)が職場を支配していることを示唆している。
3.3 過労死と自殺:「勤務問題」の深刻さ
「がんばり病」の最終的な帰結は、人間の生命の破壊である。厚生労働省の「令和6年版 過労死等防止対策白書」は、その痛ましい現実を数字で示している。
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勤務問題による自殺者:2023年の自殺者のうち、「勤務問題」を原因・動機とする者は2,968人に達した。
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内訳:「職場の人間関係」(788人)、「仕事疲れ」(724人)、「職場環境の変化」(589人)が上位を占める。
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働き盛りの犠牲:年齢別では40〜49歳(27.5%)、50〜59歳(25.1%)が過半数を占める。まさに「働いて、働き抜いて」きた世代が、その果てに命を絶っているのである。
「死ぬほど働く」という比喩は、日本では比喩ではなく、現実の死因分類(Karoshi)として世界に知られている。リーダーによる「働き抜く」という宣言は、これら数千の死者に対してあまりにも無神経であり、現状の殺人敵な労働環境を追認するメッセージとなりかねない。
3.4 ワーカホリック・リーダーの組織への悪影響:実証研究
ここで、「リーダー自身が猛烈に働くこと」が組織にどのような影響を与えるかについての、最新の組織心理学研究を参照したい。2022年に発表された中国のIT企業を対象とした研究(Li et al., “Leader Workaholism and Employee Psychological Distress”)は、直感に反する、しかし極めて示唆に富む発見をもたらしている。
3.4.1 研究の概要とモデル
この研究は、上司のワーカホリズム(仕事中毒)が、部下の「時間外の仕事上の接続(WCBA: Work Connectivity Behavior After-hours)」や「仕事と家庭の葛藤(WFC)」、そして「心理的苦痛」にどう影響するかを分析したものである。
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仮説と結果:
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直接的害悪:上司がワーカホリックである場合、部下も時間外労働を強いられ(WCBAの増加)、それが仕事と家庭の葛藤(WFC)を引き起こし、最終的に部下の心理的苦痛を増大させる。これは予想通りである。
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逆説的な「緩和」効果(Moderated Mediation):しかし、興味深いことに、上司のワーカホリズムが高い場合、部下の「時間外労働」が「家庭の葛藤」に結びつく度合いが**弱まる(緩和される)**という結果が出た(相互作用項 β = -0.618, p < 0.01)。
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3.4.2 なぜ「猛烈上司」の下で葛藤が減るのか?
一見すると良いことのように思えるこの結果には、恐ろしい罠がある。研究者たちの分析によれば、ワーカホリックなリーダーは、単に命令するだけでなく、自らも現場で猛烈に働き、リソースやサポートを提供する傾向がある。 「私も残るから、一緒にやろう」という姿勢は、部下に対して一種の「連帯感」や「支援」として機能し、部下は「上司も頑張っているのだから」と納得してしまう。その結果、短期的には部下の不満や家庭との葛藤が表面化しにくくなる(マスキングされる)。
3.4.3 共依存の罠
しかし、これこそが「がんばり病」の感染経路である。リーダーが自らの労働量を投入することで組織の非効率さをカバーしてしまうため、根本的な業務プロセスの改善や構造改革(Work/Action)が行われない。組織全体が「長時間労働による力技」に依存する体質となり、長期的には全員が疲弊し、心身の健康を損なうリスクが高まる。 高市氏のような「働き抜く」リーダーは、まさにこの「支援的だが有害なワーカホリック・リーダー」の典型となる恐れがある。彼らの熱意は、組織の癌を治療するどころか、痛み止めを打ちながら癌を進行させる役割を果たしかねない。
第四部:「祈り」としてのリーダーシップ —— 象徴天皇制と政治的無責任の構造
コラム後半で触れられた日本の皇室のあり方は、この「ワーカホリック・リーダーシップ」に対する強烈なアンチテーゼを提供している。ここでは、政治的リーダーシップ(Doing)と象徴的リーダーシップ(Being)の対比を通じて、日本社会が忘却している「リズム」と「祈り」の価値を再考する。
4.1 象徴としての務め:昭和天皇・上皇・天皇のリズム
天皇の公務は激務であるが、その本質は「事務処理量」ではない。昭和天皇が夕食と朝食の間を必ず12時間空けるという規則正しい生活を送っていたエピソードは、君主にとって「自己の整調(Rhythm)」がいかに重要かを示している。乱れた生活リズムの中で、国家の安寧を祈ることはできないからである。
4.1.1 祈りとしての新嘗祭
宮中祭祀において最も重要とされる「新嘗祭(にいなめさい)」は、天皇がその年に収穫された新穀を天照大御神をはじめとする神々に供え、自らも食す儀式である。
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儀式の意味:これは農作業(Labor)そのものではなく、労働の成果を神聖なものとして意味づける行為(Action/Ritual)である。縄文時代から続く日本列島の稲作信仰の頂点に位置するこの儀式は、国民の労働が単なる苦役ではなく、自然と神々との交感であることを確認するために行われる。
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全身全霊の「Being」:2016年8月、当時天皇であった上皇陛下が発した「象徴としてのお務めについて」のおことばにおいて、陛下は「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていく」ことの困難さを退位の理由として挙げられた。ここで言う「務め」とは、書類決済の量ではなく、国民の安寧を祈り、人々に寄り添うという精神的・存在論的なパフォーマンスである。
4.2 丸山眞男の「無責任の体系」と「お任せ民主主義」
対照的に、明治以降の日本の政治システムは、皇室の権威を隠れ蓑にした「無責任の体系」であると、政治学者の丸山眞男は批判した。
4.2.1 誰も責任を取らない「神輿」
丸山によれば、日本のファシズムや官僚制は、誰も最終的な決定責任(Action)を取らず、全員が「天皇のため」「国のため」という大義名分の下で、末端まで際限なく「努力(Labor)」する構造を持っていた。
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抑圧の移譲:上からの圧力は下へと移譲され、現場の長時間労働と精神主義(根性論)によって矛盾が糊塗される。
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政治的無関心の温床:コラムが指摘するように、「天皇陛下(あるいは首相)があんなに頑張っているのだから、任せておけばいい」という国民の思考停止(お任せ民主主義)は、この構造を補完する。
4.2.2 高市発言の危険性
この文脈において、「働いて、働いて、働き抜く」という高市氏の発言は、丸山が批判した「無責任の体系」への回帰を予感させる。それは、複雑な国際情勢や国内問題に対して、高度な政治的判断(Action)を下すことよりも、盲目的な滅私奉公(Labor)を賛美することで、国民に思考停止と同調圧力を強いるものである。 「政治家が汗をかいている」というパフォーマンスは、本来政治家が果たすべき「結果責任」を、「努力賞」にすり替える欺瞞である可能性がある。私たちは、汗まみれのシャツを見せる政治家ではなく、涼しい顔で(=冷静に余暇を持って)未来のビジョンを語れる政治家を必要としているのではないか。
結論:「がんばり病」からの脱却と真の豊かさの再定義
本報告書の分析を通じて明らかになったのは、「働いて、働いて」というスローガンが、歴史的にも、哲学的にも、経済学的にも、そして組織論的にも、現代日本にとって百害あって一利なしの「病理」であるという事実である。
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歴史的総括:人類700万年の大半において、私たちは週15時間労働で豊かに暮らす「余暇の民」であった。現在の長時間労働は、産業革命期の一時的な異常事態に過ぎず、縄文の知恵に学ぶべき点は多い。
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哲学的総括:労働(Labor)は本来、生存のための「苦役」であり、人間的自由(Action/Schole)のための手段に過ぎない。手段を目的に格上げし、人生のすべてを労働に捧げることは、人間性の否定である。
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経済的総括:OECDのデータが示す通り、日本の長時間労働は生産性を破壊している。「頑張る」ことは、価値を生むどころか、価値を毀損している。
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リーダーシップ論:ワーカホリックなリーダーは、短期的には組織を回すが、長期的には部下を疲弊させ、組織の改革を阻害する。真のリーダーは、自ら「休む(余暇を持つ)」ことで、組織にリズムとビジョンをもたらす者でなければならない。
提言:真の「豊かさ」へ向けて
私たちが目指すべきは、「総労働社会」ではなく、「脱・労働社会」である。AIやロボット技術の進展は、本来であれば私たちがかつての「縄文の豊かさ」を取り戻し、アーレントの言う「活動」や「仕事」、ピーパーの言う「余暇」に時間を費やすための福音となるはずだ。
そのためには、政治リーダーに求められる資質を根本から見直す必要がある。 「死ぬほど働く」リーダーはいらない。 「死なないように休ませる」リーダー、そして「働くこと」以外の価値——文化、家族、遊び、祈り——を堂々と語れるリーダーこそが必要である。
「働いて、働いて……」という言葉の裏にある強迫観念から解放され、本当の意味での人間らしい暮らし(The Human Condition)を取り戻すこと。それこそが、2025年以降の日本に残された、唯一の希望ある「仕事(Work)」であると言えるだろう。
引用・参照文献コード Sahlins, Original Affluent Society & Hunter-gatherer work hours. PNAS, Agriculture Labor impact. 三内丸山遺跡 縄文の生活. Hannah Arendt, The Human Condition. Josef Pieper, Leisure the Basis of Culture. Etymology of Travail/Labor/Tripalium. OECD Productivity Data 2024-2025. Expedia 有給休暇国際比較調査. 厚生労働省 過労死等防止対策白書. Leader Workaholism Study (Li et al.). 象徴としてのお務めについてのおことば. 新嘗祭と天皇の祈り. 丸山眞男「無責任の体系」.
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The Original Affluent Society
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Anthropology: The Original Affluent Society | TIME
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縄文時代の扉を開く | 特別史跡「三内丸山遺跡」
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Work time and market integration in the original affluent society – PNAS
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Is it true that hunter gatherers had more “leisure time” than early farmers or even modern workers? – Reddit
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Untangling ‘work’: an etymological exploration | Yoann Bazin
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TRAVAIL Definition & Meaning – Merriam-Webster
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Travail – Etymology, Origin & Meaning
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Latin word list – UBC Math
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Labor, Work, Action. In The Human Condition, Hannah Arendt… | by Richael Sun – Medium
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Labour, work and action – Course Materials
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Japan’s labor productivity falls to 28th among OECD countries – The Japan Times
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Japan 2024 labor productivity 28th among 38 OECD members, lowest in G7 – Reddit
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Insights on productivity developments in 2024: OECD Compendium of Productivity Indicators 2025
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【エクスペディア 世界11地域 有給休暇・国際比較調査2024】6割が …
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【調査データ】エクスペディア「 世界11地域 有給休暇・国際比較調査2024」 – 観光経済新聞
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昨年の「勤務問題」自殺者は2968人 厚労省の「過労死防止白書」 – アドバンスニュース
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The Effect of Work Connectivity Behavior After-Hours on Employee …
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How Workaholic Leadership Affects Employee Self-Presentation: The Role of Workplace Anxiety and Segmentation Supplies – PMC – PubMed Central
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祈年祭及新嘗祭之意義
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611♊️ 祈りと武力:律令国家祭祀の二重構造 – note
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象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば – Wikipedia
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「象徴の務め難しく」/天皇が国民に向け表明 – 日本共産党
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加藤節編「デモクラシーと国民国家」/佐々木毅著 「政治の精神」 – CIVIL SOCIAL DEMOCRACY – 市民社会民主主義の理念と政策に関する総合的考察
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