【解説】弥富市入札事件の本質:「お仲間」による公共工事の私物化と政治還流
今回の事件は、公共工事の仕組みに詳しくない方には、非常にわかりにくい問題かもしれません。しかし、この事件の裏にある**「お仲間」による公共事業の私物化と、そこから生まれる「政治への資金還流」**というカラクリを理解しなければ、本質は見えてきません。
これは単なる一職員の不祥事ではなく、「政治家(市長)・役所・業者」というトライアングルが、長年にわたり公共工事を都合よく分け合ってきた歴史そのものなのです。
1. 30年前に終わっていたはずの「悪習」
まず、歴史的な背景をご説明します。 およそ30年前、全国で談合事件が多発し、大きな社会問題となりました。その結果、国や自治体は以下のような大改革を行いました。
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指名競争入札の廃止: それまで主流だった、役所が業者を選ぶ「指名競争入札」は談合の温床になるため例外とし、原則として誰でも参加できる「一般競争入札」へ移行しました。
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予定価格の公表: 役所と業者の癒着を防ぎ、より公正な競争を促すため、科学的かつ合理的な根拠に基づいて「予定価格」を事前に公表することにしました。
つまり、「談合できない仕組み」への転換は、20〜30年前に全国的に決着済みの話なのです。
2. 「改善」ではなく「マイナスをゼロに戻す」だけ
安藤市長は今回の件を受けて「改善する」と言っていますが、これは言葉の綾です。民間企業で言えば、**「時代遅れの不良品を売り続けていたことがバレて、他社と同じ標準品に直します」**と言っているに過ぎません。
弥富市は、全国の自治体が30年前に捨て去った「不正の温床」を、市長を中心とする「お仲間グループ」のために温存し続けてきました。今やろうとしていることは、素晴らしい改革(改善)ではなく、**単なる「適正化(当たり前の状態に戻すこと)」**であり、これほど遅れた対応は極めてみっともない話です。
3. なぜ昔は「指名競争入札」が必要だったのか?
少し専門的な話をします。なぜかつては「指名競争入札(役所が業者を選ぶ方式)」がまかり通っていたのでしょうか?
今から30年以上前、昭和の終わり頃は、まだコンピューターもなく電卓で計算していた時代です。当時の建設業界は、団塊の世代が中心で、いわゆる「一人親方」に毛が生えたような中小業者が乱立していました。
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品質への不安: スーパーゼネコンのような大企業は別として、地場の小さな会社は技術力や書類作成能力が未熟でした。
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手抜きの横行: 「公共工事は基準がうるさすぎる」と反発し、悪意の有無に関わらず、図面通りの品質が確保できないケースも多々ありました。
そのため、発注者(役所)側には、**「確実な工事をしてもらうために、あらかじめ能力のある業者を指名する(変な業者を入れない)」**という大義名分がありました。当時は「必要悪」としての側面もあったのです。
4. 時代は変わった。だが弥富市だけが止まっていた。
しかし、時代は変わりました。技術は進歩し、品質管理の基準も明確化されました。「品質確保のために業者を指名(選別)する」という理屈は、もはや通用しません。
それにも関わらず、弥富市ではその古い仕組みを利用し続け、特定の「お仲間」だけで利益を回すシステムを維持してきました。 本来30年前に卒業すべきだった「未熟な時代のルール」を悪用し、政治とカネのシステムに利用していた。
これが、今回の事件の正体です。
