学術論文「コモンズとしての社会的共通資本とそのマネジメント」(間宮陽介氏著)を、一般の方にも読みやすく、要点を整理した形でリライトしました。
コモンズとしての社会的共通資本:市場経済の暴走を防ぐ「第三の道」
元論文: 間宮陽介「コモンズとしての社会的共通資本とそのマネジメント」 『水資源・環境研究』Vol.29, No.2 (2016)
1. はじめに:行き過ぎた「市場経済」への疑問
現代の日本を含む世界の経済システムは、小さな政府を志向し、あらゆるものを市場原理(競争と売買)に委ねようとする「新自由主義」へと大きくシフトしています。派遣労働の自由化やTPPへの参加、医療や農業への市場原理の導入などがその例です。
しかし、市場原理だけが正解なのでしょうか? 経済学者・宇沢弘文氏が提唱した**「社会的共通資本」という考え方は、市場万能主義(新自由主義)でもなければ、国がすべてを管理する社会主義(計画経済)でもない、「第三の道」**を示しています。
本記事では、この社会的共通資本の考え方をベースに、私たちの共有財産(コモンズ)をどのように守り、管理していくべきかを解説します。
2. 社会的共通資本とは何か?
市場経済において、企業は利益を、消費者は満足度を最大化しようと行動します。新自由主義は「市場に任せればすべてうまくいく」と考えますが、現実には医療費の高騰や環境破壊など、市場任せでは解決できない問題が生じます。
宇沢氏は、市場経済が健全に機能するためには、市場の外側にある**「社会的共通資本」**が不可欠だと説きました。
社会的共通資本の定義
「人々が生存し、生活を営むために重要な役割を果たしているもので、社会にとって共通の財産として、社会的に管理されているような希少資源の総体」
つまり、豊かな社会には、お金儲けの論理(市場原理)に左右されない領域が必要だということです。これらが充実していて初めて、私たちは安心して市場経済活動を行うことができます。
社会的共通資本の3つの柱
社会的共通資本は、大きく以下の3つに分類されます。
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社会資本:道路、交通機関、上下水道、電力など。
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自然資本:大気、森林、河川、海洋、土壌など。
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制度資本:医療、教育、司法、行政など。
3. 医療に見る「市場」と「社会的共通資本」の違い
「医療」を例に、考え方の違いを見てみましょう。
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市場モデル(新自由主義的アプローチ)
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医者は「サービスの売り手」、患者は「買い手」。
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お金のある人は高度な治療を受けられるが、ない人は受けられない。
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医療がビジネス化し、本来の目的(人々の健康)よりも利益が優先されかねない。
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社会的共通資本モデル
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医者と患者は売買関係ではなく、「健康回復のための協力関係」。
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医者は職業倫理に従い、患者は節制に努めるという義務を負う。
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市場原理から切り離すことで、平等で質の高い医療を守る。
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医療や教育、自然環境を単なる「商品」として扱うと、社会に歪みが生じ、結果として経済そのものも不安定になってしまいます。
4. 誰がどう管理する? 「コモンズ」という知恵
社会的共通資本は「市民の共通財産」ですが、では誰が管理すべきでしょうか? かつては「国(官僚)」か「私企業」かの二択で語られがちでしたが、宇沢氏は**「コモンズ(共有地)」**の考え方に注目しました。
それは、国でも私企業でもない、**「実際にそこを利用する人々による共同管理(自治)」**です。
「所有」の形から見る管理のあり方
法的な「所有」の形を整理すると、コモンズの特質が見えてきます。
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共有(ローマ法由来):
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各人が「持ち分」を持ち、自由に売買できる。
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メンバー同士のつながりは希薄。
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合有・総有(ゲルマン法由来):
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ここがコモンズのポイント!
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個人の持ち分は制限され、勝手に売ることはできない。
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メンバーは強い社会的つながりを持ち、団体として共同で管理・利用する。
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日本の漁業権:現代に残るコモンズの成功例
日本の沿岸漁業(共同漁業権)は、このコモンズ的(総有的)な管理の典型例です。
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漁場は誰か個人のものではなく、地域漁民(漁協)の共同管理下にある。
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漁民は、漁協というコミュニティの一員として漁をする権利を持つ(株主のような単なる出資者ではない)。
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もし漁協を一般企業のように扱い、漁民の権利を「株」のように売買可能にしてしまえば、地域の漁業秩序は崩壊し、資源の乱獲を招く恐れがある。
日本の漁業システムは、資源を持続的に利用するための、非常に優れた「共同管理の知恵」なのです。
5. おわりに:持続可能な未来のために
社会的共通資本の考え方は、市場原理主義へのアンチテーゼです。 市場がすべてを覆い尽くせば、格差は広がり、自然は破壊され、社会の持続可能性は失われます。
大切なのは、大気や海洋、森林などの資源を、国による一方的な統制でもなく、私的なビジネスの道具でもなく、**「それを持続的に利用したいと願う当事者たち」が共同で管理する仕組み(コモンズ)**を作ることです。
社会的共通資本を守り育てることこそが、安定した市場経済と、豊かな市民生活を支える土台となるのです。
