Ed Café(エドカフェ)第6回 木村泰子先生と語る「きょういく」:テーマ「クラスの中の多様な子どもたち」
木村泰子先生が語った「みんなの学校」のエピソード
1. 隠さずに「違い」をオープンにする〜耳が片方ない子の入学〜
ある年、片方の耳がない子が1年生として入学してくることになりました。 その子は幼稚園時代、耳がないことを隠すために髪を長く伸ばしていましたが、かえって意地悪をされ、辛い思いをしていました。お母さんも「いじめられるのではないか」と心配し、入学後も隠し通そうと悩んでいました。
木村先生はお母さんにこう問いかけました。 「この子を守ろうとして、自分の耳が一つであることを『不憫なこと』だと思わせて生きていかせるのですか? 一つの耳で何も困っていないのだから、隠す必要はないのではないですか?」
葛藤の末、お母さんは「学校に任せます」と決断しました。 そして迎えた始業式の対面式。木村先生たちは、全校児童の前でその子を前に出し、オープンに伝えることにしました。 「このお友達は、耳が一つしかありません。だから、小さな声で言うと聞こえないかもしれない。不審者が出た時など、聞こえなくて不安になるかもしれない。もし困っていたら、『手え貸してや』って助け合ってね」
結果として、その子が耳のことで辛い思いをすることは、卒業まで一度もありませんでした。大空小学校の子どもたちには、「耳が2つあるのが当たり前」というような画一的な価値観がなくなり、「いろんな子がいるのが当たり前」という空気が作られていったのです。
2. 子どもの「経験値」を想像する〜学校を飛び出したユウくんの過去〜
映画『みんなの学校』の中で、転校してきたばかりのユウくんが、プリントに「わからん」と書き、優等生のマサヤくんに「アカン」と注意されて教室を飛び出すシーンがあります。
ユウくんは、職員室ではなく、学校の門を飛び出して逃げ出そうとしました。なぜそこまで激しく拒絶したのか。それは、彼がそれまで生きてきた**「壮絶な経験値」**があったからです。
ユウくんは前の学校や幼稚園で「迷惑をかける子」とレッテルを貼られ、周りから頭を叩かれ続けてきました。 ある時、前の学校の先生の計らいで、運動会に参加できることになりました。ユウくんは喜んでお母さんと学校に行きましたが、門を入った途端、近所の子どもたちにこう言われたのです。 「お前が来るんやったら、頭かち割って脳みそ交換してから来い!」 ユウくんは泣きながら帰り、運動会には出られませんでした。
そんな過去を持つユウくんが、大空小学校なら大丈夫かもしれないと期待して登校した矢先、「わからん」という自分の本音を否定された。その瞬間、**「大空も前の学校と同じや。俺の居場所はない」**と絶望して飛び出したのです。 目の前の子どもの行動の裏には、大人の想像を絶する「過去の経験値」が積み重なっていることを、このエピソードは教えてくれます。
3. 映画には映っていない真実〜子ども同士の「やり直し」〜
教室を飛び出したユウくんを連れ戻した後、木村先生はマサヤくんに問い詰めました。マサヤくんは勉強もスポーツもでき、「できて当たり前」というプレッシャーの中でしんどさを抱えていた子でした。 「ユウを助けようと思って言ったんか? それとも、困らせてやろうと思ったんか?」 マサヤくんは誤魔化さず、**「ちょっと困らせてやろうと思った」**と素直に認めました。
実は、映画にははっきり映っていませんが、あの後、マサヤくんは自分から**「『わからんって書いたらアカン』って言ってごめんね」**とユウくんに謝っています。するとユウくんも「いいよ。でも僕も腕をつねってごめんね」と謝り、子ども同士の対話でしっかり解決(やり直し)をしていました。 木村先生が一方的にマサヤくんを指導して終わったわけではなく、子ども自身が自ら関係性を修復していたのです。
4. 大人が「やり直し」をさせられた日〜映画化を巡るマサヤくんの決断〜
ドキュメンタリー映画の制作時、監督が「あのシーンを使いたい」と言い出しました。木村先生は「一人の子を吊るし上げている、パワハラだ」と社会から誤解されることを恐れ、**「最後の最後まで絶対に使わないでほしい」**と断り続けていました。
最終的に木村先生は、「マサヤ本人が嫌だと言ったら絶対にやめる」と決め、マサヤくんに映像を見せて確認しました。絶対に断るだろうと思っていた木村先生の予想に反し、マサヤくんはいとも簡単にこう言いました。 「全然問題ありません。使ってください」
驚いた木村先生はお母さんも学校に呼び、映像を見せました。自分の子どものそんな姿を初めて見たお母さんは、ボロボロと泣き崩れました。木村先生が「見せなきゃよかった」と後悔したその時、マサヤくんはお母さんに向かって堂々と言い放ちました。
「だってこれが俺の過去の姿やで。今の俺は違う。今の俺はやり直しをしてるから、この過去の姿を見て周りから何を言われても、どうってことない」
その言葉を聞いたお母さんは涙を拭い、「異存はありません。作ってください」と監督に伝えました。さらに後日、映画の公開初日には、マサヤくんのおばあちゃんとお姉ちゃんが映画館に足を運び、監督に「本当に良い映画を作っていただき、ありがとうございました」とお礼を言いに来たのです。
木村先生は振り返ります。 「私は、子どもや親を信じきれていなかった。分かったつもりになって、自分の価値観で『傷つくはずだ』と決めつけていました。あの出来事は、私自身が子どもに教えられ、ものすごく『やり直し』をさせてもらった場面なんです」
