宮澤喜一氏の定義した「保守」〜朝日新聞コラムを読んで〜
という欄で有田徹文記者が寄稿されていたコラム『宮澤喜一氏の定義した「保守」』を読み、非常に感銘を受けました。
コラムの全体像や記者の考察については、ぜひ皆様にも実際の記事を探して読んでいただきたいのですが、記事のなかで紹介されていた故・宮澤喜一氏の発言そのものが大変印象深かったため、ここに記録として共有しておきたいと思います。
記事の書き出しは、先月の国会審議で以下の宮澤氏の発言が引用されたというエピソードから始まります。
「たとえ何がしかの外貨の黒字が稼げるとしても、我が国は兵器の輸出で金を稼ぐほど落ちぶれていない」
これは、公明党の西田実仁氏が、1976年当時の宮澤外相の国会答弁を引用し、武器輸出に前のめりな政府の姿勢を追及した場面です。これに対する高市早苗首相の答弁の詳細は元記事に譲りますが、有田記者はこの記事の中で、「保守本流」と呼ばれた宮澤氏と、「真正保守」を自任する高市氏の2人の違いについて考察を進めていきます。
有田記者は、宮澤氏が40代の頃(1965年)に著した『社会党との対話』(講談社)を引き合いに出し、宮澤氏が野党第一党を意識しながら「保守政党はどうあるべきか」を論じた部分を紹介しています。
宮澤氏はまず、「保守主義」という言葉から距離を置き、次のように語っています。
「本当を言えば保守というのは主義ではなく、一つの生活態度であると私は考えている」
その後に続く言葉は、非常に哲学的です。
「私たちは現在という空間と、歩んできた歴史という時間の交差するところで生きている。それゆえ、現状を肯定する気持ちと、進歩と改良を求める気持ちの両方を併せ持つ。そんな中で、保守的な態度の人々は何か改善するときに、それが全体のバランスを崩さないか、常に気を配るものだ」
「そこのところの見通しについて絶えず考え迷い、その果てに改革への決断をする場合もあるし、またしないで済ます場合もある」
有田記者は、この言葉を受けて「保守とは立ち止まって計算する態度だとも述べている」と評しています。
その後、記事は高市氏と宮澤氏のスタンスの比較へと続きますが、後半部分で宮澤氏の憲法改正に対するスタンスについて触れられています。宮澤氏は著書の中でこう述べていたそうです。
「仮に60対40で改正賛成となった場合、結果は国をほとんど二つに割ってしまうことになる。そうやって改正されたものがうまくいくはずがないと思うのです」
国論を二分することに対して、明確にマイナスの意味で語っています。
そしてコラムの最後、有田記者は自身の記者時代の回想としてこのようにまとめています。 首相経験者には珍しく、宮澤氏が2度目の蔵相を務めた際、担当記者として何度となく取材をした有田記者は、宮澤氏がとにかく**「いりよう」**という言葉をよく口にしていたのが印象的だったと言います。
その政策が果たして「要る」のか。日本経済にとって今何が「要る」のか。 絶えず自問するその姿勢は、主義主張や勇ましさとは対極にある姿勢でした。
有田記者がこのコラムをどのように締めくくっているかについては、ぜひご自身で元の記事を読んでみてください。今の時代における「保守」のあり方について、深く考えさせられる素晴らしい内容です。
