まちづくりイベントにおける危機管理学 〜「想定外」をなくすための経験談〜
これから弥富の街を盛り上げていこうと立ち上がった若い人たちの熱意には、本当に心強いものを感じています。「子どもたちの思い出作りのために花火大会をやりたい」――その想いは素晴らしいものですし、私も決して冷水を浴びせたいわけではありません。
しかし、長年、公的な立場でイベントの指導や公園の管理者として数々の許可審査に携わってきた経験から、あえて「老婆心」としてお伝えしたいことがあります。
それは、自分が「実行委員会(主催者)」としてイベントを行う際に負うことになる、極めて重い「リスク管理の責任」についてです。
1. 「店子(出店者)」のミスも、主催者の責任になる
イベントにおける事故といえば、ちょっとした転倒などのケガは珍しくありません。
しかし、入院が必要な事故、ましてや死亡事故となれば、確率は極めて低いでしょう。
ですが、主催者となる以上は、その「万が一の死亡事故」が起きることを前提にリスク管理を行わなければなりません。
例えば、会場に呼んだキッチンカーで食中毒が起きたとします。
あるいは、花火の打ち上げ業者が事故を起こしたり、過去に他県であったように、屋台のプロパンガスが爆発して観客を巻き込んでしまったとします。
これらは第一義的には「店子(業者)」の責任ですが、それで主催者が免責されるわけではありません。
「なぜ安全性の低い業者を入れてしまったのか」「適切な指導や規制を行っていたのか」と、最終的には実行委員会の責任が厳しく問われることになります。
2. 事故は「複数の要因」が絡み合って発生する
明石市の花火大会での歩道橋事故を思い出してください。雑踏警備の不備により、信じられないような人数の圧死という痛ましい結果を招きました。
過去の様々な事件や事故を分析して言える確実な法則は、「事故というのは、複数の要因が絡み合ったところに発生する」ということです。
関係者が増え、プログラムの要素が多くなるほど、リスクの掛け算が起こります。
裁判などになって後から振り返れば「見落としがあったから事故が起きた」のであり、「予見できなかった」「知らなかった」という言い訳は通用しません。
「知らなかったのなら、そもそも主催してはいけない」というのが社会の理屈なのです。
たとえ悪意を持った第三者が乱入して起こした事件であっても、「主催者としてリカバリーの体制ができていたか」が問われます。
3. イベントの「場所」が持つリスクの違い
イベントを「どこでやるか」によっても、抱えるリスクは全く異なります。
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クローズドな場所(公共施設や文化広場など): 条例等に基づき、施設管理者が設備の安全性や異常時の対応について責任を持っています。また、来場するのは基本的に「イベントの参加者」に限定されるため、比較的リスク要素は少なくなります。
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オープンな場所(公道や河川敷など): 一方で、公道から花火を見るようなイベントは、主催者にとって最も厄介です。なぜなら、公道は「いつでも誰でも自由に通行できる場所」だからです。イベント参加者以外の不特定多数の人間が混ざり合うことで、先ほどの「リスク要因」が何倍にも膨れ上がります。
4. 参加者が信じている「通常有すべき安全性」
最後に、裁判などでも重要なキーワードとなる**「通常有すべき安全性」**についてお話しします。
私たちは車を運転するとき、目の前の橋が「落ちるかもしれない」といちいち車を降りて点検したりしません。
「普通に走れば安全だ」と信じているからです。道路管理者がその「通常有すべき安全性」を担保する義務を負っているからです。
イベントも全く同じです。
赤ちゃんを胸に抱き、子どもの手を引いて花火大会にやってくるお母さんは、「ここに来れば安全だ(通常有すべき安全性が保たれている)」という前提で家を出てきています。
その前提を守り抜くことこそが、主催者の最大の義務なのです。
おわりに:「負けに不思議の負けなし」
野球の格言に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があります。
起きてしまった事故には、必ず原因があります。
こんな話ばかりすると「怖くてイベントなんてできない」と思うかもしれません。
行政が公園の利用等でうるさく言うのは、主催者自身に後悔するような事故を起こしてほしくないからです。
リスクを正しく恐れ、複数のファクターが絡む危険性を事前に潰していくこと。
この「危機管理」の視点を持つことで、皆さんのイベントは真に安全で、心から楽しめる素晴らしいものになるはずです。
若い皆さんの挑戦を、心から応援しています。
以下は上記の提言をAIを使って詳しく調べてたものです(間違いが含まれる可能性が高いので鵜吞みにしないでくださいね)
地方創生・まちづくりイベントにおける危機管理学:大規模集客事象の「想定外」を排除するための総合的リスクマネジメント分析
はじめに:地域活性化の情熱と危機管理の相反性とその統合
近年、全国各地において地方創生やまちづくりの機運が高まる中、地域住民や青年層が主体的となって企画・運営するイベントが増加している。
例えば、愛知県弥富市のような地域において、次世代を担う若者たちが「子どもたちの思い出作りのために花火大会を実施したい」と立ち上がる姿勢は、地域社会の持続可能性やソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を構築する上で極めて重要な要素である。
こうした純粋な熱意は地域社会に活力をもたらすものであり、その理念自体は最大限に尊重され、支援されるべきである。
しかしながら、イベント運営という行為、とりわけ不特定多数の人間が一つの空間に密集する大規模な集客事象は、その規模の大小にかかわらず、本質的に巨大なリスクを内包している。
「イベントを成功させたい」「来場者を楽しませたい」という企画側の「攻め」の視点が先行する一方で、専門的な見地から最も重要視されるべきは、不測の事態を未然に防ぎ、あるいは発生時の被害を最小化する「守り」、すなわち危機管理(リスクマネジメント)の徹底である。
公的な立場で長年イベントの指導や公園等の公的施設の管理者として数々の許可審査に携わってきた経験則から言えば、新たに実行委員会(主催者)を組織してイベントを開催しようとする者が直面する最大の壁は、実務的な手続きの煩雑さではなく、主催者自身が負うこととなる「極めて重い法的・社会的責任」に対する認識の甘さである。
本報告書では、過去に発生した重大なイベント事故の判例や事故調査報告、さらには関連法規や実務ガイドラインに基づき、まちづくりイベントにおける危機管理の要諦と、主催者が直面する「想定外」を排除するための具体的な要件について網羅的かつ詳細に分析する。
1. 出店者・委託業者の過失と主催者に及ぶ連帯責任の構造
イベントにおいて発生する事故は、来場者の些細な転倒による軽傷から、火災、爆発、食中毒といった人命に関わる重大事象まで多岐にわたる。
ここで、初めてイベントを主催する者が陥りやすい最大の認知的バイアス(罠)が存在する。
それは、「業務を委託した専門業者(花火の打ち上げ業者など)や、会場のスペースを貸し出した出店者(キッチンカーや屋台の店主)が引き起こした事故であれば、主催者に直接の責任は及ばない」という誤った思い込みである。
法制上、第一義的な不法行為責任は直接の行為者に帰属する。
しかし、イベントという一つのパッケージ化された空間を提供する以上、主催者には「選任監督責任」や「安全配慮義務」が厳しく問われる。
万が一の死亡事故や重篤な後遺症を伴う事故が発生した場合、その発生確率が極めて低いものであったとしても、主催者はその事態を前提としたリスク管理体制を敷いていなければならない。
1.1 道義的責任の追求と組織の崩壊:福知山花火大会の事例分析
出店者の過失が主催者にどれほど甚大な影響を及ぼすかを示す象徴的な事例として、2013年8月に京都府福知山市で発生した「ドッコイセ福知山花火大会」における屋台爆発炎上事故の推移を検証する。
この事故では、露店店主がガソリン携行缶の取り扱いを誤り、大規模な爆発を引き起こした結果、多数の死傷者を出すという未曾有の惨事となった。
刑事責任の所在については、火元となった屋台店主に対して業務上過失致死傷罪が問われ、上限となる禁錮5年の実刑判決が確定している 。
第一義的な法的責任は明らかにこの出店者個人にあった。
しかし、被害の規模が甚大である場合、服役中の個人が十分な賠償能力を有しているケースは極めて稀である。
その結果、被害者や社会からの厳しい追及の矛先は、必然的に「大会主催者」である実行委員会へと向かうこととなる。
同花火大会の実行委員会は、福知山商工会議所会頭を会長とし、市内の官民47人で構成される組織であった。
事故発生後、実行委員会は法的責任の最終的な確定を待つことなく、「花火大会を開催した実行委員会として、道義的責任を感じており、誠意ある対応をしたく思っている」との公式見解を発表した 。
さらには、事故の影響により、同市で予定されていた地域防災訓練の由良川河川敷での実施が中止に追い込まれるなど、地域社会全体に深刻な波及効果をもたらした 。
その後、実行委員会は大会主催者の道義的な立場から、被害者との過酷な示談交渉にあたることとなった。
死傷した観客57人全員との示談が成立し、被害者全員の救済が完了するまでには約5年半の歳月を要した。
そして、すべての事務処理にめどがついたことを受け、2018年度末をもって当該実行委員会は解散を余儀なくされたのである 。
この事例から導き出される教訓は、実行委員会が「直接火を扱っていない」「業者が勝手にやったことだ」という弁明は、危機管理の実務および社会的責任の観点からは全く無意味であるということである。
「なぜ安全管理能力に欠ける業者を会場に配置したのか」「ガソリンやプロパンガスといった危険物の持ち込みに対して、主催者として事前の安全計画の策定、適切な指導、規制、および巡回確認を行っていたのか」という、会場全体の統括管理者としての「不作為の過失」が問われることとなる。
1.2 法的免責と社会的信用の失墜:静岡市・安倍川花火大会における食中毒事案
一方で、裁判において主催者の法的責任が最終的に否定されたケースも存在する。
2014年7月に開催された静岡市の安倍川花火大会において、露店で販売された冷やしキュウリを原因とする腸管出血性大腸菌(O157)の集団食中毒が発生し、男女510人が発症する事態となった 。
この事案において、被害者32人は販売した露天商の男性のみならず、衛生面での安全対策義務を怠ったとして、静岡市および大会本部に対しても治療費や慰謝料など総額約2,800万円の損害賠償を求める民事訴訟を提起した 。
2021年の静岡地裁における判決では、小池あゆみ裁判長は「O157は加工・販売する過程で付着したとしか認められない」と指摘し、露天商に対して約1,167万円の支払いを命じた 。
一方で、市や大会本部については「食中毒の発生を予見できる状況になく、露店に対して行政指導等をする法的義務があったとは認められない」として、その法的責任(違法行為)を否定し、請求を棄却した 。
しかし、この判決をもって「主催者は法的に守られているため安心である」と解釈するのは、極めて危険なバイアスである。
法的責任(賠償責任)が否定されたとはいえ、集団食中毒の発生地として大会の名称が全国的に報道され、イベントのブランドや主催者の社会的信用は著しく失墜した。
地域活性化を目的に掲げるまちづくりイベントにおいて、来場者に被害を及ぼし、長期間にわたる訴訟の対象となること自体が、プロジェクトとしての致命的な失敗を意味する。
こうした事態に備え、主催者は、花火打揚時やイベント運営時における万一の事故により損害を受けた第三者(観客・近隣住民・施設等)に対し、賠償金を供与するためのイベント保険等に確実に加入しておくことが絶対条件となる 。
以下に、出店者や委託業者に起因する事故における責任の所在と影響について比較表を示す。
| 事故の類型 | 第一義的責任者 | 主催者に問われる責任・影響 | 最終的な社会的・経済的帰結 |
|---|---|---|---|
| 火災・爆発(福知山市の例) | 露店店主(業務上過失致死傷) | 道義的責任、被害者救済の窓口、安全管理統括責任の欠如 |
巨額の賠償負担、長期間の示談交渉、実行委員会の解散 |
| 食中毒(静岡市の例) | 露天商(損害賠償責任) | 安全対策義務違反の疑い(※本件では裁判で棄却) |
イベントブランドの失墜、訴訟対応への疲弊、将来の開催に対する逆風 |
| 花火の落下物・延焼 | 花火打揚業者 | 業者選定責任、周辺住民への事前告知不足、保険未加入時の賠償 |
駐車場や周辺施設(ソーラーパネル等)の損害賠償、地域住民からの反対運動 |
2. 複合的要因による事故発生メカニズムと「リスクの掛け算」
危機管理学や人間工学における定説として、大規模な事故は単一のミスや悪意のみによって引き起こされるものではない。
「スイスチーズモデル」に代表されるように、防護壁の複数の小さな穴(些細な要因)が偶然に一直線に並び、連鎖した瞬間に重大事故が顕在化する。
2.1 雑踏事故における要因の連鎖と予見可能性
イベントのリスク管理を語る上で避けて通れないのが、2001年に兵庫県明石市で発生した花火大会での歩道橋事故である。
この事故では、雑踏警備の不備等により、1平方メートルあたり10人以上という異常な群集密度が生じ、群集雪崩(圧死)によって多数の尊い命が失われるという痛ましい結果を招いた。
この事故の根本原因を「一部の観客の転倒」や「異常な人出」という単一の事象に帰着させることは誤りである。
過去の様々な事件や事故を分析して言える確実な法則は、「事故というのは、複数の要因が絡み合ったところに発生する」ということである。
明石市の事故においても、最寄り駅から会場へ向かう観客と帰路につく観客の導線が狭隘な歩道橋上で交差する物理的構造、駅側の混雑状況が現場の警察官や警備員に共有されない情報の非対称性、そして一般的な交通誘導とは異なる「群集心理」を理解した専門的な雑踏警備体制の欠如など、複数の要因が複合的に作用していた。
関係者が増え、プログラムの要素(飲食提供、ステージイベント、花火の打ち上げなど)が多くなるほど、それぞれが抱えるリスク因子は単なる「足し算」ではなく「掛け算」で増大する。
裁判等の事後検証において後から振り返れば、「見落としがあったから事故が起きた」という厳しい因果関係が認定される。
「これほどの人が来るとは予見できなかった」「専門的な警備の知識を知らなかった」という言い訳は、法廷においても社会においても一切通用しない。
「知らなかったのなら、そもそも高度な危険を伴うイベントを主催してはいけない」というのが、社会に貫徹される理屈である。
たとえ悪意を持った第三者が乱入して起こした事件や、不測の事態であっても、「主催者として事前の防止策と事後のリカバリーの体制ができていたか」が厳格に問われるのである。
2.2 自然環境要因との複合リスク:気象条件による絶対的基準
屋外イベント、特に花火大会においては、人為的要因に加えて自然環境要因が複雑に絡み合う。
公益社団法人日本煙火協会が定めるガイドラインにおいても、気象条件によるリスク管理が厳格に定められており、これは主催者の意思や事情によって緩和できるものではない 。
例えば、花火の打ち上げに際しては、地上における風速が「10m/s以上」となった場合、強風による保安距離圏外への火の粉や未破裂玉の落下リスクが著しく高まるため、いかなる理由があろうとも直ちに打ち上げを中止しなければならないと規定されている 。
また、火災警報が発令されたときや、船上・堤防からの打ち上げ時に波浪が激しい場合も、即座に中止の決断が求められる 。
「せっかく準備したのだから」「多額の費用がかかっているから」「観客が待っているから」といった感情的、あるいは経済的な理由によってこの絶対的基準を無視し、その結果として風下への延焼や観客への熱傷事故が発生した場合、主催者の「重過失」が問われることとなる。
強風や豪雨といった自然の脅威に、多数の人間が集まるという要素が掛け合わされるとき、リスクは制御不能なレベルへと達する。
主催者は事前にプログラムや看板などで、雨天順延や中止の判断基準を明確化し、観客や関係者に対する広報(コミュニケーション)の手段を確立しておかなければならない 。
3. 開催空間の特性に基づくリスクの非対称性
イベントの企画段階において、そのコンテンツ内容と同等、あるいはそれ以上にリスクの総量を決定づけるのが「場所の選定」である。
イベントを「どこでやるか」によって、主催者が抱えるべきリスク要素とそのコントロールの難易度は劇的に変化する。
3.1 閉鎖空間(クローズドな場所)におけるリスク管理とバリアフリー対応
公共施設、文化広場、あるいはフェンスで囲まれた専用のイベント広場などは「閉鎖空間(クローズドな場所)」に分類される。これらの場所でのイベント開催においては、以下の特徴がある。
第一に、自治体が定める条例等に基づき、施設管理者(行政や指定管理者)が建築物としての設備の安全性や、火災時などの異常時の初期対応について一定の責任とマニュアルを持っている。
第二に、出入口の統制が容易であり、想定収容人数を超える来場者が押し寄せた場合には、物理的に入場制限をかけることが可能である。
第三に、空間内にいる人間のほとんどが「そのイベントを目的として来場した参加者」に限定されるため、リスク要素は比較的少なく、統制を取りやすい。
しかし、クローズドな場所であっても主催者の責任が免除されるわけではない。
利用にあたっては、自治体の規則に準拠した厳密な運営が求められる。
例えば、愛知県弥富市の公園利用許可基準においては、「不特定かつ多数の者が利用し、又は主として高齢者、障害者等が利用する園路及び広場」を設ける場合、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律施行令(バリアフリー新法)」に規定される基準に適合させることが義務付けられている 。
これはすなわち、健常者の移動のみを想定した導線設計では不十分であり、車椅子利用者、視覚・聴覚障害者、ベビーカーを利用する家族連れなど、多様な参加者が安全に移動し、緊急時には速やかに避難できる通路幅や段差の解消、誘導体制を主催者自身が設計し、確保しなければならないことを意味している。
3.2 開放空間(オープンな場所)におけるリスクの爆発的増大
一方で、公道や河川敷、海岸などの「オープンな場所」を利用したイベントは、主催者にとって最も厄介であり、危機管理の難易度が極度に高い。
オープンな場所の最大の特徴は、そこが「いつでも誰でも自由に通行できる場所」であるという点だ。
公道から花火を見るような状況を想定した場合、主催者が設定した「公式の観覧エリア」の周辺に、通勤途中の通行人、周辺住民、イベントを知らずに通りかかった車両など、目的も属性も全く異なる不特定多数の人間が混在することになる。
イベント参加者以外の人間が混ざり合うことで、動線の交錯、予期せぬ場所での滞留、違法駐車による緊急車両の通行妨害など、先述の「リスク要因」が何倍にも膨れ上がる。
日本煙火協会のガイドラインによれば、安全距離(保安距離)の中に道路が含まれるような場合や、観客席に公道を使用するときは、管轄する警察署の許可(道路使用許可や通行止めの措置)が不可欠となる 。
これらの許可を得るためには、綿密な交通規制計画、十分な数の警備員の配置、迂回路の設定などを網羅した警備計画書を策定しなければならない。
公道というオープンな空間を、イベントのための安全な空間へと一時的に変換するためには、膨大なコストと専門的な知見が要求されるのである。
以下の表に、イベント開催場所の特性に基づくリスク比較を示す。
| 空間の特性 | 該当する場所の例 | 参加者の同質性 | 動線統制の難易度 | 主なリスク要因と法的要件 |
|---|---|---|---|---|
| クローズドな場所 | 文化会館、フェンスのある公園 | 高い(目的を持った参加者のみ) | 比較的容易(ゲート等での制限可) |
施設管理条例の遵守、バリアフリー法等に基づく弱者への配慮と避難導線の確保 |
| オープンな場所 | 公道、河川敷、海岸 | 極めて低い(一般市民・車両との混在) | 極めて困難(四方八方からの流入) |
警察による道路使用許可・通行止め措置 、不特定多数による雑踏事故、違法駐車 |
4. 「通常有すべき安全性」の法理と主催者の絶対的義務
イベントのリスク管理を考える上で、裁判などにおいても重要なキーワードとなるのが「通常有すべき安全性」という法理である。
国家賠償法や民法の土地工作物責任等において示されるこの概念は、公の施設や営造物、そしてイベント会場が備えておくべき安全性の客観的基準を意味する。
4.1 参加者の信頼と安全保障の非対称性
私たちは日常生活を送る際、例えば車を運転して目の前の橋を渡るときに、「この橋は崩落するかもしれない」と疑って、いちいち車を降りて構造を点検したりはしない。
それは「普通に走れば安全だ」と信じているからである。
この信頼は根拠のないものではなく、道路管理者がそのインフラに対して「通常有すべき安全性」を担保する義務を負い、日常的なメンテナンスを行っているという社会契約に基づいている。
イベント会場の構造も全く同じである。
赤ちゃんを胸に抱き、子どもの手を引いて花火大会にやってくる母親は、「この会場に来れば安全だ(通常有すべき安全性が保たれている)」という前提で家を出てきている。
来場者は、会場内のどこに高圧ケーブルが這わされているか、プロパンガスが適切に固定されているか、花火の保安距離が十分に保たれているかといった専門的な危険要因を自ら検証することはできない。
圧倒的な情報の非対称性がある中で、参加者は主催者に自らの命と安全を預けているのである。
この「参加者の無意識の前提」を守り抜くことこそが、主催者の最大の義務であり、法的にも「安全配慮義務」として課せられる。
この義務の履行においては、「素人が手作りでやっているボランティアイベントだから」という情状酌量は一切存在しない。
営利目的のプロの興行会社であろうと、まちづくりを志す地元の青年団体であろうと、来場者に対して「通常有すべき安全性」を提供しなければならないという責任の重さに差異はないのである。
4.2 イベント特有の事後リスクと第三者への影響
さらに、イベントが担保すべき安全性は、来場者のみに向けられるものではない。
花火大会においては、周辺住民や第三者の財産に対する安全性も確保する必要がある。
花火を打ち上げると、燃え滓(黒玉と呼ばれる不発玉や破片)が風下に落下する。
これが自動車の塗装表面に被害を与えたり、駐車場、自動車ディーラー、マリーナの船舶、ソーラーパネル、ビニールハウス等に損害を与えたりする事例が頻発している 。
主催者はこうした事態を想定し、必要に応じてプログラムや看板で「打揚現場付近や風下での駐車に関する警告」を行い、「万一花火の燃えかすで塗装を傷つけても当方では責任を負いかねます」といった事前の広報を行うことが推奨されている 。
しかし、こうした免責の告知を行ったからといって、法的な損害賠償責任が完全に消滅するわけではない。
そのため、花火終了後に不発玉等の探索を徹底するとともに、損害を受けた第三者への窓口を設け、イベント保険を活用して速やかに賠償・修復の対応にあたる体制を構築しておくことが、「通常有すべき安全性」を事後的に担保する上での必須要件となる。
5. 高リスク事象(花火大会)における具体的・技術的危機管理要件
ここまで論じてきた法理やリスク構造を踏まえ、「子どもたちのために花火大会をやりたい」という熱意を具体的な計画に落とし込む際、主催者たる実行委員会が実務的にクリアしなければならない安全管理要件について、各種ガイドラインをもとに整理する。
5.1 厳格な保安距離の確保
花火の打ち上げに際しては、都道府県(または管轄する政令指定都市)の火薬類取締担当課が定める基準に基づき、煙火玉の大きさと種類に応じた厳格な「保安距離(安全距離)」を確保しなければならない 。
以下に、東京都が定める球形打揚煙火の保安距離基準の一部を例示する 。
※「ぽか物」:空中でくす玉のように割れ、落下傘などの内容物を放出する花火。 ※「割り物」:菊や牡丹のように、星(火薬の塊)が放射状に広がる一般的な花火。
地域の青年たちが「大きな花火を打ち上げたい」と希望しても、選定した会場から周辺道路や住宅までの距離がこの物理的基準を満たさない場合、実施は不可能である。
また、保安距離の境界線上にはトラロープ等を張り、警戒員を配置して不測の侵入者を物理的に阻止する体制を構築しなければならない 。
5.2 法的手続きと許認可の網羅性
花火大会の開催には、多岐にわたる行政機関への届出と許認可の取得が必須となる。これらの手続きの脱漏は、ただちにイベントの違法化を招く。
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火薬類消費許可申請:都道府県(政令市)に対して提出する(申請手数料:7,900円等の規定あり)。
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消防署への届出:消費許可を要しない小規模な打ち上げであっても、所轄消防署への「煙火打上げ届出書」の提出が必要 。
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土地使用許可:河川敷(河川事務所)等の土地所有者の承諾書の取得 。
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その他の許可:港湾・海上の場合は海上保安部、空港周辺の場合は航空法に基づく許可など、実施環境に応じた手続きが必要となる 。
5.3 財務リスクとインフラ構築
危機管理は物理的な安全確保にとどまらず、主催組織の財務的なリスク管理も包含する。
打揚業者との契約においては、荒天等による中止・順延時のキャンセル料の取り決めが重要となる。
ガイドラインによれば、標準的な違約金・延期料の目安として、当日準備完了後のキャンセルの場合は契約金額の100%、当日準備前の場合は80%、前日キャンセルの場合は50%といった基準が示されている 。
天候という不可抗力によって多額の負債を抱えるリスクを回避するための財務計画(協賛金の返金規定や興行中止保険の活用など)も、実行委員会の重要な責務である。
また、会場インフラとしては、本部、警備本部、救護所の設置が不可欠である 。
特に花火大会においては、微小な花火の破片や灰が観客の目に入る事象が頻発するため、救護所には洗眼設備を用意することが推奨される 。
通信インフラとして、本部と打揚現場をトランシーバー等の専用回線で結び、異常事態に即応できる体制を構築する必要がある 。
おわりに:「負けに不思議の負けなし」
野球の格言に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉がある。
偶然の成功はあっても、起きてしまった失敗や痛ましい事故には、必ず明確な原因と「予見可能であったはずの見落とし」が存在する。
本報告書において詳述したような厳格な法的責任、複合的なリスクの連鎖、空間特性による危険の増大、そして数々の許認可手続きや安全基準について聞かされると、「そこまで責任を負うのであれば、怖くてイベントなど企画できない」「行政は若者の熱意に冷水を浴びせているだけではないか」と感じるかもしれない。
しかし、行政機関が公園の利用許可等において厳格な指導を行い、危機管理の徹底をうるさく要求するのは、決して若者の挑戦を阻むためではない。
それは過去の悲惨な事故から得た教訓に基づき、地域を盛り上げようと立ち上がった純粋な主催者自身が、生涯背負うことになるような重い十字架(事故の責任)を負う事態を未然に防ぐための「老婆心」であり、愛情に裏打ちされた最後の防衛線なのである。
リスクを正しく恐れること。複数のファクターが絡む危険性を、事前の綿密な計画によって一つひとつ確実に潰していくこと。
そして「通常有すべき安全性」を来場者に約束し、それを守り抜く強固な意志を持つこと。
この「危機管理」の視点と技術を組織全体で共有し、実践することができたとき、皆さんの情熱は初めて、誰もが安全に、そして心から楽しめる素晴らしいまちづくりイベントとして結実するはずである。
危機管理学は、挑戦を否定する学問ではなく、持続可能な挑戦を支えるための最も強力な武器である。次世代のまちづくりを担う若き実行委員会の、安全に裏打ちされた大いなる成功を期待する。
