「学校に行かない選択をした子の思い、親の思い」ともに話すwith木村泰子 主催:NPO法人トモニトウ
対談:学校に行かない子どもたちと、大人のあり方を考える
【参加者】
- マサさん(進行・高校校長): 教育現場の視点と、NPO活動を通じて聞く保護者の声のギャップに悩む。
- 金子さん(高校教員): 学校の中で起きる問題に対し、どう向き合うべきか模索中。
- 木村泰子さん(元・大空小学校校長): 「みんなの学校」の取り組みを通じて、すべての子どもが居場所を持てる学校づくりを実践。
- 保護者や子どもたちから寄せられたリアルな声
マサさんと金子さんから、学校に行けなくなった(行かない選択をした)子どもや保護者の事例が共有されました。
- 嬉しかった・救われた対応
- 「学校に来させるためのアドバイス」ではなく、本人の気持ちを一番に考え、選択を尊重してくれたこと。
- 校長先生が「わかったよ、尊重するよ」と受け入れ、プレッシャーになる声かけを減らしてくれたこと。
- フリースクールでの活動を「遊んできた」と伝えても、「いいね」と笑顔で返してくれたこと。
- 悲しかった・苦痛だった対応
- 良かれと思った声かけ(「顔を見せに来て」「みんな来てるよ」)が、強いプレッシャーになった。
- 面談で教頭先生が急に参加し、2対1で説教されているような気分になり心がボロボロになった。
- 行き過ぎた感染症対策(マスクが苦しいと言っても「じゃあ退席しろ」と言われるなど)で、人権侵害や差別を感じた。
- 学校での過剰な課題や、先生が他の子を大きな声で怒鳴る姿を見るのが辛かった。
- 木村泰子さんのメッセージ:本質的な学校の課題
これらの事例を受け、木村泰子さんが「みんなの学校」での経験をもとに、問題の本質を語ります。
- 「不登校」という言葉への違和感
- 100人いれば100通りの困り感がある。学校に行かない選択をした子どもは、そこに至るまでに「自分はダメなんだ」と極限まで苦しみ抜いている。
- 「学校に行かない=その子の問題」ではなく、「その子が安心して吸える空気が学校にない」という学校側の環境の問題である。
- 変わるべきは「子ども」ではなく「学校(大人)」
- 「制服が嫌なら私服でいいよ」といった表面的な特別扱いは、かえって周りからのいじめを生む原因になる。
- 一部の子を特別扱いするのではなく、**「すべての子どもが自分らしくいられる(多様性を認める)空気」**へと、学校のシステムを根本から変える必要がある。
- 主語は常に「子ども」。先生が主語になっているから、先生に合わせられない子どもが学校に行けなくなる。
- 子どもの「自分で決める」を尊重する
- 学校に来るかどうか、何時に来て何を学ぶかは、子ども自身が自分で決める。
- 自分で決めて行動することを学校が当たり前に応援すれば、子どもは自分で居場所を見つけ始める(例:たった一人の卒業式を自分で選び、やり遂げた子の話)。
- 参加者の気づきと、今後の大人の役割
- オープンな職員室を作る(マサさんの気づき)
- 先生が一人で抱え込まず、困ったときに「どうしよう」と声を上げられる職員室を作ることが、空気を変える第一歩。
- 多様な大人が教室に関わることで、閉鎖的な空間での不適切な指導に対するブレーキになる。
- 問題の表面ではなく、本質を見る(金子さんの気づき)
- 子どもが起こす問題行動(現象)ばかりに囚われず、「なぜそうなったのか」という背景や本人の話に耳を傾けることで、初めて解決の糸口が見える。
- 結局のところ、問われているのは私たち「大人のあり方」である。
まとめ この対談は、学校に行けない子どもを「どうやって来させるか」ではなく、**「どうすればすべての子どもが安心して学べる学校(社会)に変われるのか」**という、大人自身の意識改革を強く促す内容となっています。
対談:学校に行かない子どもたちと、大人のあり方を考える
【登壇者】
- マサさん(進行・高校校長)
- 金子さん(高校教員)
- 泰子さん(木村泰子さん/元・大空小学校校長)
- はじめに:保護者や子どもたちから聞こえてきたリアルな声
マサさん: こんにちは。今日は「ともにと」の企画で、泰子さんを囲んで3人でお話をしたいと思っています。 私は今、高校で校長をしていて、金子さんも同じ学校に勤めています。日々保護者の方や子どもたちと接する中で聞こえてくることと、NPO活動を通じて「学校から離れた一人の人間」として保護者の方から聞く話には、また違ったものがあります。 特に「学校に行かない選択をした子」やその保護者の方から、「こんなことがあったんだよ」と聞くと、私たちも心を痛めることがあります。今日はまず、そんなエピソードをいくつか紹介しつつ、泰子さんと一緒に「我々はそういう事実にどう関わっていけばいいのか」を考えていきたいと思います。
【マサさんから紹介されたケース】
- ケース①(小6で行かなくなった男の子): 嬉しかったのは、本人の気持ちを一番に考えて寄り添ってくれた先生の存在。逆に残念だったのは、良かれと思って「顔を見せに来て」と声をかけられたことがプレッシャーになったこと。アドバイスではなく、息子の選択を尊重して見守ってほしかった。
- ケース②(小1の3学期で行かなくなった女の子): 先生が他の子を怒っているのを見るのが辛かった。担任からの声かけが苦痛になり、校長先生に相談したところ「わかったよ、尊重するよ」と声かけを減らしてくれたのがありがたかった。逆に、教頭先生も急に参加した面談で、2対1で説教のように意見を押し付けられた時は心がボロボロになった。
- ケース③(中1の冬で行かなくなった男の子): 無理に登校を強いられないのはありがたかったが、部活に行けないことをペナルティのように言われたのが逆効果だった。限界になってから「遅刻でもいいよ、宿題も責めないよ」と対応を変えられても、もう信用できなくなってしまっていた。入学時からもっと学びやすい環境を整えてほしかった。
マサさん: 続いて、金子さんが聞いたお話もお願いしていいですか?
金子さん: はい。私からは2つのケースを紹介します。
【金子さんから紹介されたケース】
- ケース④(中学3年間行かなかった女の子): ありがたかったのは中学卒業の学歴をもらえたこと。悲しかったのは、担任から「今のご時世、児童虐待などもあるから生存確認のために会わせてください」と言われたこと。子ども自身も「どうせ生存確認だから」と気を遣ってしまい、めんどくさそうな大人の態度が伝わってきていた。必要な時は自分から声をかけるから、そっとしておいてほしかった。
- ケース⑤(小6で友人関係から行かなくなった女の子): 保健室登校の時期に、若い先生が相談に乗ってくれて仲良くなれたのは嬉しかった。しかし無理やり教室に行かされたことがあり、嫌な気持ちになった。保護者としては、当時は必死で心に余裕がなかったが、今思えば「学校に行かない娘の反応は正常だった」と感じる。校長先生らと本音で話せるようになったことが転機になり、安心感を持てるようになった。その後、娘は中2で「学校以外の場所で世界を広げて学ぶ」という選択をした。
金子さん: お母さんからは、「笑顔で迎えてくれる、心から話を聞いてくれる、一緒にゆっくり歩いてくれる。学校がそんな場所になったらいいな」という声を聞かせてくれました。
- 木村泰子さんの思い:「不登校」という言葉と学校の空気
マサさん: 我々の方からいくつか紹介させていただきましたが、泰子さん、感想を聞かせてもらってもいいですか。
泰子さん: ありがとうございます。こうしてご自分の経験を言葉にしていただけるというのは、大きな壁をきっと乗り越えられたからだと思うんですね。まだまだ言葉にできず、苦しんでいる子どもたちや保護者の方もたくさんいらっしゃいます。そうした言葉を、私ら学校の人間は肝に銘じないといけません。 大空小学校の9年間でも、こういう体験をした方がたくさん転校してこられました。私たちが一番気をつけないといけないと思っていたのは、「不登校」という一つのくくりに子どもをはめてしまってはいけないということです。
1年生の時に2週間しか学校に行けず、何年も苦しみ抜いた子がいました。外に出ればいじめられ、「お母ちゃんは僕をいじめられるために産んだの?」と言い、母親は「自分も一緒に死のう」と思い詰める。そんな経験をして、もう一回生きる希望を持ち直して大空に来られたお母さんがいました。学校の人間がそんな経験をしたこともないのに、そのお母さんに何か偉そうなこと言えますか? その生きる希望が、後に市を訴える裁判になったんですね。「親が学校を裁判するなんてモンスターだ」と世間は思うかもしれません。でも、その子が「母ちゃん、裁判してくれて、死なんでよかった。ありがとう」と言った。本当は私たちが言うべき言葉なんですよね。そういうことを、9年間いっぱい突きつけられて教えられました。
「不登校」という言葉は、社会に存在したらあかん言葉やと思っています。 100人学校に行けなければ、100通りの困り感を持っています。子どもは「行かなければならない。でも自分は行けない、自分はダメなんだ」と苦しみ抜いた後に行かない選択をするんです。 だから、学校に行けなくなった時、私たち学校の人間はまず「ごめんな。あんたの問題ちゃうねん。あんたが来られへんのは、学校の空気に問題があるねん。どこを変えたら安心して来れるか、それを考えるのは私たち大人の仕事やから教えてよ」と伝える。そこからしかスタートできなかったなと、今振り返って思います。
マサさん: 自分もすごくありがたいなって思いました。学校の中に入ってしまうと、見えなくなってしまうことがたくさんあるんだなと。 エデュカフェで学んで感じたことですが、ついつい「なんで行けないの? どうしたの?」と本人の問題のように聞いてしまいがちです。でも、泰子さんが言うように「周りがどう変わるか、学校の空気がどうなると来やすくなるか」をもっと考えなきゃいけないんだと思いました。「限界になる前から、最初からそういう行きやすい学校だったらよかったのに」という声もありましたが、子どもたちが居やすい学校って本来どんな学校なのか、考えさせられました。
金子さん: 教員としては、生徒を「理解しなきゃならない、納得したい」と思いがちですが、自分のための答え合わせをしているだけなのかもしれませんね。「そのままでいいんだよ」と言ってあげるのは大事ですが、「自分が理解すべきだ」と思っちゃうと、逆になにも見えなくなっちゃうのかなと思ったりします。
- 大人が変わる、学校の空気を変える
泰子さん: 本当にね、子どもはものすごい自分を責めますよ。 大空に転校してきた子が、「この子が安心して居れる学校がない」と。でも、その子以外の周りの子どもたちが「あの子が来れるようにするにはどうしたらいいだろう」と常にメタ認知できる環境を作っていくと、周りの子どもが育ち、今まで行けなかった子どもが自分で学校に居場所を見つけるんです。これは大空で確信を持って教えてもらったことです。
マサさんが言うように、校長室に入ってると見えなくなりますよね。先生たちも見えなくなる。学校のシステムや環境そのものを大胆に変えない限り、この不登校という問題は絶対消えへんと思います。 先生同士が「この空気吸えない子どもって、そりゃ学校に来られへんよね。じゃあどこをどう変えていったらええんやろう」と対話しない限り、学校を変えることはできません。
マサさんが話してくれた中で、「制服がしんどかったら私服で来てもいいよ」と決まり事を許してあげるケースがありましたね。でも、それでその子が学校に来れるか? 絶対ないです。 みんなイヤイヤでも我慢して制服を着てるのに、「お前だけ私服でええな、贔屓されてるな」と一言でも言われたら行けるわけない。それは**「いじめを増長してる、いじめを作ってるんと一緒やで」**と気づかないとあきません。 子どもが学校にしんどくなるのは、自分と周りの子どもたちとの関係性です。周りの子どもたちと繋がることさえできれば、どれだけ先生がひどくても校則が厳しくても、安心して学べるんです。
金子さん: そうすると教員としては、「学校に来ないその子」にフォーカスするよりも、みんなが自由に、その子らしく育てるような環境や場を意識していくということなんですね。
泰子さん: 2つあると思うんですね。まずは、学校の環境を抜本的に大胆に変えること。 「先生の言うこと聞けへんかったら学校におられへん」という空気があります。そんな画一的な空気を多様な空気に変えるために、大空では「授業するのは担任の先生だけちゃうで」と、担任制度をぶっ壊しました。給食中には事務職員や校務員、養護教諭など多様な大人が参画する。教員以外の大人が教室にいるだけで、「給食おかわりなしやで」みたいな不適切な指導のブレーキになるんです。
もう一つは、家から出られない子どもと、学校にいる子どもたちをどう繋げるか。 「あの子が自分やったら、どんな関わりしたらええんやろな」と、学校にいる子どもたちが常に自分ごととして考える。そうすると、先生が「1回来てみ」と誘って来た時に、「あ、この空気なら俺吸えるわ」と思ってくれるかもしれない。
そして極めつきは、**「自分で決める」**ことです。 学校に来るかどうか、どこの場所で何分何を学ぶか、何時に帰るか、全部自分で決めて自分で行動する。それが「みんなの学校」やで、と。自分で決めて行動することを学校が当たり前に応援してくれると思えば、10分間の学びが1時間に変わり、「俺1日居れるわ」と、子どもが自分で学びを作っていくんです。
- これからの学校と「子ども主語」の学び
マサさん: 「逃げてるのは大人だ」って言ってた子どもの話をSNSで見たんです。本当にそうですよね。来ないその子は、よっぽど深く考えて主体的にそうしてる。それを尊重できる空気が学校にあればいいわけですよね。
泰子さん: ええ。大空を退職してからいろんな子どもたちと繋がって言葉を聞かせてもらうと、やっぱり「学校に行く意味が見出せない」と言うんです。いじめを知らん顔する先生がいる学校に行く意味がありますか? と言われたら「ありませんね」と答えるしかない。 でも、「無理して学校行かなくていい、フリースクールに行けばいい」という今の議論はものすごい危険やと思います。無理して行かなくていいのは本当やけど、「学校が変わらないままでいい」という話にしたらあかんのです。
マサさん: 私もそう思います。いろんな場所が選べるのは事実だけど、そこで終わりになっちゃダメだなと。「じゃあ何が私たちの学びや育ちになるの?」という部分でモヤモヤします。
泰子さん: 「学校という本質をもう1回問い直そう」ということです。主語は子どもやろうって。 先生が主語になっている限り、先生に合わせられない子どもは学校に来れません。でも「子ども主語」にしたら、変わるのは誰? 先生やんか。300人子どもがおったら300通りの主語がある。それに1人の教員が合わせるなんて不可能です。どっちの電車に乗りますか? と、先生が問われているんです。
マサさん: 主語は子どもだと思うようになってきたんですが、正直、思考の中で変わりきれていない自分がいます。多様性を認めようと思いつつ、いつの間にか「普通と違うんじゃないの?」という考えが出てきてしまう。自分で振り返って壊したり、他の人と喋って壊していかないと、まだまだだなと苦しんでいる途中です。
泰子さん: でもマサさん、「自分はまだまだダメやな」と思ってる自分がいる、それが当たり前だと思うんです。 私だって9年間校長をやって、「これでいい」と思えた日は1日もありませんでした。9年目の3月に「こんなんでええんやろうか」と呟いたら、養護教諭の元ちゃんに言われました。「校長先生、これでいいと思った瞬間に大空は崩壊しますよ。これでいいと思った段階で周りの人の力なんて必要なくなるじゃないですか」って。 本当にこれでいいと思った時点で、守りに入っちゃうんです。校長なんて波風立ってほしくないから。だから常にやり直しの連続。止まらんでいいんです。
マサさん: 校長が「困った、どうしよう」ってみんなに声をかけられるような校長にならないとダメですね。もうそっからですね。
泰子さん: 「先生のせいちゃうで。どんだけ素晴らしい先生でも子どもは困るから、責任感じんでいいよ。でも困ってる子をみんなで背負わなあかんな、私も困ってんねん、どうしよう」って。ここから学校の空気が変わっていくと思いますよ。
- 最後に:それぞれが感じたこと
マサさん: インクルーシブ教育や「子どもを主語に」と文科省も言っていて、今はチャンスのところもありますよね。目指すところは明確です。自分の中では、今日のお話がすごく腑に落ちました。 空気を変えるために、まずは自分が困った時にちゃんと「困った」と声を出す。そして、自分が今日から何ができるかを考えていきたいなと思います。
泰子さん: 今話を聞いてて、絶対忘れたらあかんのは**「自分が決めるんやで」**ということです。 不登校ゼロと言われたベースはこれです。自分の学びは自分が作る。自分が作る自分の学校やで、だから社会も自分が作る自分の社会やでって。先生が変わろうと思ってくれることは不可欠ですが、それと平行して「子どもが自分で決めて学んでいるか」が大切です。
大空に一番学校に行けなくて苦しんでた子が、5年の終わりに来て、卒業式は「一人の卒業式を選ぶ」と自分で決めました。午後1時に講堂に入場して、すべてのセレモニーを教職員全員がスタンバイしてやったんです。「校長室でこっそり手渡す」というのは学校の都合ですよね。たった一人の卒業式、この子が決めた卒業式を成功体験に変えたろうと思うのが学校の私たちです。そこを外さなかったら、子どもは変われるし、学校にも来るようになります。
マサさん: どうしましょうか、そろそろお時間ですかね。金子さん、いっぱい考えてくださっていたと思いますが、感想をお願いします。
金子さん: 胸がいっぱいになっちゃいました。 結局、学校に来ない子がいるという現象の裏には、根本的な課題があるんですよね。それに向き合えない限り、より深刻になっていく。これをどう向き合っていくのかと言ったら、私たち大人自身のあり方なんだろうなと突きつけられました。 問題に見えることだけに没頭して、本質的なことを見失っちゃダメだなと、改めて感じました。ありがとうございました。
マサさん: 本当にありがとうございました。 今日泰子さんや金子さんに声をかけたのは、保護者の方の話を聞いた後に「我々がやってることって何なんだろう」と絶望にも似た思いを突きつけられたからです。でも今日話をして、環境を変える、空気を変えるために周りがどう変わるか。まずは自分をオープンにして「どうしよう、みんなで考えてよ」と多様な人を頼る雰囲気を作っていかなきゃいけないんだと、少し希望が見えました。
泰子さん: 私もこの時間を持ててすごく良かったです。 「不登校」はもう今の日本社会なら当たり前です。学校の空気が吸われへん子がおって当たり前。社会の当たり前をまずは変えないとあかんと思っています。本当にちっちゃいことかもしれないけど、人と人が繋がる。一人でも繋がってたら子どもは死なんでいい。大人の誰にでもできることやなと改めて思いました。私も止まらんと行動していかなあかんなと思いました。
マサさん: ありがとうございます。泰子さんはいつも全然止まらなくて行動してると思っていますが(笑)、本当にありがたいなと思っています。 今日のお話を聞いて、それぞれが考えることや行動が少しでも変わってくれたら嬉しいなと思います。またぜひお話しできるのを楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。
泰子さん・金子さん: ありがとうございました。
