「学校に行かない選択をした子の思い、親の思い」ともに話すwith木村泰子 主催:NPO法人トモニトウ
木村泰子さんが語る「学校に行かない子どもたち」と大人のあり方
〜「不登校」の子どもたちと大人のあり方〜
1. 「不登校」という言葉への違和感と問題の本質
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100人いれば100通りの困り感がある 「不登校」という一つのくくりに子どもを当てはめてはいけない。子どもは学校に行かなくなるまでに、「自分はダメなんだ」「みんなができているのに自分はできない」と極限まで自分を責め、苦しみ抜いている。
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「子どもの問題」ではなく「学校の空気」の問題 「行かない選択をしたのだから、そっとしておいて」で終わらせてはいけない。大人は「ごめんな。あんたが来られないのは、学校の空気に問題があるねん。どこを変えたら安心して来られるか、大人が考えるから教えてよ」と、学校側の問題として向き合うべき。
2. 表面的な「特別扱い」や「逃げ道」の危険性
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安易なルールの緩和はいじめを生む 「制服がしんどいなら私服でいいよ」と一部の子だけを特別扱いするのは、我慢してルールを守っている他の子からの不満(贔屓だという思い)を生み、かえっていじめを増長させる。
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「フリースクールに行けばいい」で済ませてはいけない 無理をして心がズタズタになるなら学校に行かない方がマシだが、「違う場所(フリースクール等)があるからいい」で議論を終わらせると、「今の学校は変わらなくていい」という結論になってしまうため、非常に危険である。
3. 学校の「空気」と「システム」を根本から変える
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「先生が主語」から「子どもが主語」へ 先生が主語の学校では、300人の子どもが1人の教員に合わせなければならず不可能。「子どもを主語」にすれば、変わらなければいけないのは先生の側である。
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多様な大人が関わることで「密室の権力」をなくす 担任一人が権力を握る閉鎖的な教室をひらく。事務職員、校務員、保護者や地域ボランティアなど「教員以外の多様な大人」が教室にいる状態を作ることで、教員の不適切な指導に対するブレーキになり、子どもが息をしやすい多様な空気が生まれる。
4. 「自分で決める」ことを徹底的に尊重する
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登校の条件は「自分で決める」こと いつ学校に来るか、どこで何分学ぶか、いつ帰るか、すべて子ども自身に決めさせる。自分で決めて行動することを学校が当たり前に応援すれば、10分の滞在が1時間に変わり、子どもは自ら居場所を見つけていく。
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「たった1人の卒業式」のエピソード 学校に行けなかった子が「みんなと一緒は無理だから、1人の卒業式を選ぶ」と決めた。その子の決定を尊重し、午後1時に教職員全員が正装でスタンバイし、全てのセレモニーを省略せずに全力でやり遂げた。子どもの決断を「成功体験」に変えるのが学校の役割である。
5. 学校にいる子どもたちを「当事者」にする
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教室にいない子と、教室にいる子を繋ぐ 「あの子がずっと学校に来られないのはなぜだろう? もし自分があの子だったら、どんな関わりをしてほしいだろう?」と、教室にいる子どもたちに常に問いかけ、自分ごととして考えさせる。周りの子どもが育つことで、行けなかった子が安心して戻れる居場所ができる。
6. 「困った」とオープンに言える大人(職員室)になる
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「これでいい」と思った瞬間に学校は崩壊する 校長や教員が波風を立てまいと「安定」や「これでいい」を求めた瞬間、変化は止まり、子どもを型にはめるようになる。学校づくりは常にやり直しの連続でなければならない。
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弱音を吐ける職員室をつくる いじめやトラブルを隠蔽せず、誰かが困った時に瞬時にオープンにし、「私も困ってる。みんなでどうしよう」と助け合える職員室にする。大人が「助けて」と言えない学校では、子どももSOSを出せない。
【木村泰子さんの結論】 「学校の空気が吸えない子」がいるのが当たり前になっている、今の社会の当たり前をまずは変えなければならない。 **「人と人が繋がること。一人でも繋がっていれば子どもは死なずに済む。それは、大人の誰にでもできることだ」**と、大人自身の意識改革と行動を強く促しています。
1. 「不登校」という言葉への違和感と、子どもの苦しみ
木村さんは、「不登校」という一つのくくりに子どもを当てはめてはいけないと強く語ります。
100人いれば、100通りの困り感があります。学校に行かないという選択をするまでに、子どもたちは「行かなければならないのに、自分は行けない。自分はダメなんだ」と極限まで苦しみ抜いています。だからこそ、木村さんは**「不登校という言葉は、社会に存在してはいけない言葉だ」**と言います。
学校に行けなくなった子どもに対し、大空小学校ではこう伝えていたそうです。 「ごめんな。あんたの問題ちゃうねん。あんたが来られへんのは、学校の空気に問題があるねん。どこを変えたらあなたが安心して来れるか、それを考えるのは私たち大人の仕事やから教えてよ」 子どもの問題にするのではなく、大人が環境を見直すところからスタートすることが重要だと説いています。
2. 「特別扱い」は解決にならない。変えるべきは学校の空気
「制服がしんどいなら、私服で来てもいいよ」と学校が特別に許可を出すケースがありますが、木村さんは「それで子どもが学校に来られるようになることは100%ない」と断言します。 みんなが我慢して制服を着ている中で、一人だけ私服で来れば「お前だけ贔屓されてる」といじめの火種になりかねません。一部の子を特別扱いするのではなく、**「すべての子どもが自分らしくいられる(多様性を認める)空気」**へと、学校のシステムを根本から大胆に変える必要があります。
そのため大空小学校では、担任一人が教室を抱え込む制度を壊し、複数の先生、事務職員、用務員、保護者や地域住民など、多様な大人が日常的に教室に入るようにしました。閉鎖された空間に教員以外の多様な大人がいるだけで、不適切な指導のブレーキになり、学校の空気が変わっていくと言います。
3. 「学校に行かなくてもいい」で終わらせてはいけない
昨今、「無理して学校に行かなくていい。フリースクールなどの違う場所がある」という声がメディア等で広がっていますが、木村さんはこの議論に強い危機感を持っています。
もちろん、無理をして心がズタズタになるくらいなら行かない方がマシです。しかし、「行かなくていい」で終わらせてしまうと、「今の学校は変わらないままでいい」ということになってしまいます。 「学校という本質をもう1回問い直そう。学校を作る主語は子どもです。先生が主語になっているから、先生に合わせられない子どもが学校に来られなくなる。子どもを主語にすれば、変わらなければいけないのは先生の方です」と指摘します。
4. 子どもの「自分で決める」を尊重する
学校に行けない子が学校に来られるようになる一番のキーポイントは、**「その子が自分で決めること」**だと言います。
いつ学校に来るか、どこで何分学ぶか、何時に帰るかを自分で決める。そして、自分で決めて行動することを、学校が当たり前に応援する。そうすると、10分間の学びが1時間に変わり、子どもは自分で居場所を見つけ始めます。
【エピソード:一人の卒業式】
大空小学校に5年生の終わりに来た、学校に行けなくて苦しんでいた子がいました。その子は卒業式をどうするか聞かれた時、自分で**「一人の卒業式を選ぶ」**と決めました。みんなと一緒は無理だから、一人でやる、と。 学校側は「わかった」とそれを受け入れました。当日の午後1時、その子とお父さん、お母さんが講堂に入場してくると、教職員全員が正装でスタンバイしていました。すべてのセレモニーを省略することなく、教職員の合唱も贈りました。 「校長室でこっそり証書を渡す」というのは学校側の都合です。「たった一人の卒業式」を自分で決めたその子の選択を、成功体験に変えようとするのが大人の役割だと木村さんは語ります。
5. 「困った」とオープンに言える職員室をつくる
大空小学校の卒業生が、高校生になってからあるシンポジウムでこう語ったそうです。 「今の学校は、大人のみんなで何とかしようという空気がないから困っているんです。みんなで何とかしようと思えば、みんな幸せになりますよ」
木村さんは、**「先生のせいにするのではなく、校長や先生自身が『困った、どうしよう』と声を上げられる職員室にすることが大切だ」**と語ります。誰かが困った時、瞬時にオープンにして「私も困ってるねん。みんなでどうしようか」と助け合える大人たちの姿を、子どもたちはしっかりと見ています。
最後に
木村さんは、「不登校は今の日本社会では当たり前になっている」と指摘します。学校の空気が吸えない子がいて当たり前の社会。その「社会の当たり前」を変えなければならない。 「ほんの小さなことかもしれないけれど、人と人が繋がること。一人でも繋がっていれば子どもは死なずに済む。それは、大人の誰にでもできることだ」と、私たち一人ひとりの行動を促す言葉で締めくくっています。
