【提言】弥富市教育大綱への抜本的見直し
~「知・徳・体」の呪縛を解き、「自立・尊重・創造」の弥富へ~
現行の教育大綱案は、前例踏襲と思考停止の産物です。木村泰子先生(元大阪市立大空小学校校長)が指摘するように、戦後の古い概念である「知・徳・体」に固執することは、これからの予測困難な社会を生きるこどもたち、特に多様な背景を持つ弥富のこどもたちの未来を閉ざすことに他なりません。
以下に、木村先生の提言を核とした、弥富市の現状に即した修正案を提示します。
- 理念の刷新:時代遅れの「知・徳・体」から「自立・尊重・創造」へ
【現状の批判】 大綱案にある「知・徳・体」は、戦後昭和の画一的な教育観です。 木村先生が指摘するように、「体(体力)」がない障害のある子や、従来の「知(学力)」の枠にはまらない子は、このスローガンの下では「欠けた存在」とみなされかねません。これは「誰一人取り残さない」と言いながら、スタートラインでこどもを選別する矛盾を孕んでいます。
【修正提言】 弥富市の教育目標を以下の3つのキーワードに転換すべきです。
- 自立(Jiritsu):
- 海抜ゼロメートル地帯という地域特性において、自らの命を守り、主体的に判断し行動する力。
- 先生や親に「やらされる」のではなく、自ら学びのエンジンを回す力。
- 尊重(Soncho):
- 「知・徳・体」のバランスを強いるのではなく、他者との違い(国籍、障害、文化)を認め合い、リスペクトする力。
- 弥富市の高い外国人住民比率を背景に、単なる「共生」を超え、互いのルーツを尊重する土壌を作る。
- 創造(Sozo):
- 正解のない社会において、多様な他者と対話し、新しい価値や解決策を生み出す力。
- 具体策の転換:「管理と枠組み」から「対話と多様性」へ
【現状の批判】 「環境整備」や「相談体制」といったハード・制度論に終始しており、そこに「魂(どう関わるか)」が入っていません。また、「開かれた学校」を掲げながら、設置者である市側が情報を隠蔽し対話を拒む現状は、現場に「不信感と無力感」を生んでいます。
【修正提言】 木村先生の「スーツケース(管理・密閉)ではなく風呂敷(包容・柔軟)」の思想を取り入れるべきです。
- 「インクルーシブ」の再定義: 特別な支援が必要な子を「分ける」のではなく、同じ場で学ぶからこそ育つ「尊重」の心を重視する。不登校児や外国にルーツを持つ子を「枠(スーツケース)」に押し込めるのではなく、学校側が形を変えて(風呂敷)受け入れる体制への転換。
- 「対話」による合意形成: 「管理職の言うことを聞け」というトップダウンではなく、教職員、こども、保護者が「何が最上位の目標か(例:すべての子どもが安心できる居場所)」を対話で共有するプロセスを大綱に明記する。市長・教育委員会自身がその対話の姿勢を市民に示すことが先決である。
- 評価指標(KPI)の再設定:数値目標から「こどもの事実」へ
【現状の批判】 「努めます」「図ります」という言葉遊びに終始し、5年後の達成イメージが皆無です。テストの点数や進学率といった「見える学力」だけを追えば、必ずこぼれ落ちるこどもが出ます。
【修正提言】 木村先生が提唱する「見えない学力」と「こどもの事実」を評価の軸に据えるべきです。
- 定性的なKPIの導入:
- 「自分の言葉で、自分の思いを語れているこどもが何人いるか」
- 「困ったときに、SOSを出し、それを周囲が受け止める関係性ができているか」
- 大人(行政・教員)の自己評価:
- 「こどもが安心して本音(怒られるようなことでも)を言える空気を、大人が作れているか」を指標とする。
【結語:未来は創れる】
「過去は1ミリも変えられないが、未来は創れる」。 木村先生のこの言葉通り、弥富市が財政難や学校統廃合といった「過去・現状の課題」に足を取られ、美辞麗句の大綱でお茶を濁すのはもう終わりにするべきです。
「自立・尊重・創造」。 この3つを軸に、海抜ゼロメートル地帯から、多様な背景を持つこどもたちが「サンサンと輝く太陽と花畑」のような未来を自ら切り拓けるよう、魂の入った教育大綱への書き換えを強く求めます。
