【コラム】弥富市の入札制度改革は本物か?「指名競争入札」に固執する権力の構造
「古いようで新しい話」――それが現在の弥富市における公共工事の入札問題です。 今になって「予定価格の事前公表」を打ち出し、さもクリーンな市政へと改善しているかのようにアピールしています。しかし、公共工事や建設業界の仕組みを少しでも知る者からすれば、これは市民を煙に巻く行為に他なりません。
弥富市の入札制度が抱える「本当の闇(本丸)」は、予定価格の公表云々ではなく、原則であるはずの「一般競争入札」を避け、例外であるはずの「指名競争入札」に固執し続けていることにあります。
公共工事の「予定価格」には十分な利益が含まれている
そもそも、役所が積算する公共工事の「予定価格(設計価格)」とはどのようなものでしょうか。 それは、一流の建材を使い、立派な重機や車両を揃え、職員の福利厚生や退職金をきちんと支払った上で、さらに1〜2割の利益が出るように余裕を持って設定されています。
つまり、企業努力によって無駄を省き、技術力を高めている「やる気のある会社」であれば、予定価格の7割〜8割で落札しても十分に利益を出すことができるのです。
「指名競争入札」がもたらす過保護と業界の停滞
本来、全国の多くの自治体では**「一般競争入札」**が主流です。 一般競争入札では、参加業者が直前までわからないため、談合などの小細工が通用しません。企業は自らの技術力とコスト競争力で勝負するため、やる気のある企業は受注を伸ばして成長し、業界全体の健全な新陳代謝(再編・合併など)が進みます。
しかし、弥富市は土木工事で5,000万円、建築工事で1億円という規模まで**「指名競争入札」**に固執しています。これは約30年前の「1社も取り残さない(護送船団方式)」という古い体質のまま、いわば”鎖国状態”で地元企業を過保護に守り続けているのと同じです。結果として、伸びるべき会社が伸び悩むガラパゴス化を引き起こしています。
「予定価格の事前公表」は改善どころか談合の温床
指名競争入札において「予定価格を公表する」ことは、危険な側面を持っています。 参加する(指名された)顔ぶれが事前にわかっている状態で、上限価格(美味しい数字)まで教えてもらえるのですから、業者間で「今回はA社に譲ろう」といった受注調整(実質的な談合)が極めて容易になります。
他市町村では、指名競争入札を行う場合、やりたい放題になるのを防ぐため予定価格は非公表にするのが標準です。市長がアピールする「予定価格の事前公表」は、根本的な解決から目を逸らさせる単なる世間並みのポーズに過ぎません。
なぜ市長は「指名競争入札」を手放さないのか?
地方自治法において、指名競争入札はあくまで「例外」です。では、なぜ弥富市はこの例外に固執するのでしょうか。
答えはシンプルです。「業者の生殺与奪の権(指名権)」を握り続けるためです。
一般競争入札になれば、要件を満たす企業は自由に競争に参加でき、権力は及びません。しかし指名競争入札であれば「市の意向に沿わない業者は指名しない」という事実上の排除が可能になります。 昨年問題となった委託業務において、統合小学校の小学校の建設に異を唱えた業者が不自然に指名から外された一件は、まさにその証左です。「市の言うことを聞かなければ会社が潰れるぞ」という強烈な見せしめ(忖度の要求)として機能しているのです。
弥富市を「現代」に進めるための本当の改革
弥富市の地元企業に実力がないわけではありません。ただ、役所との付き合い方や入札の仕組みが、時が止まっているだけです。一般競争入札に切り替えたからといって、地元企業がすぐに立ち行かなくなることはありません。最低制限価格(予定価格の6〜7割程度)の制度もあるため、不当なダンピングで共倒れになることも防がれています。
私たちが本当に求めるべきは、表面的な「予定価格の公表」ではありません。 市の権力温存の道具となっている「指名競争入札」を全国標準である「一般競争入札」へ移行させること。それこそが、弥富市の行政と地元経済を健全化させる唯一の道なのです。
