弥富市政の根底にあるもの。それは決定的な「無責任」です。
弥富駅の周辺整備問題について、これまで多くの問題点を指摘してきましたが、すべてを一言で表すなら「無責任」、これに尽きます。 今の市長も、前の市長も、市役所の誰も、そして市民からの請願を3度も否決し、市長の応援団として議会の3分の2を占める多数派議員たちも、結果責任・説明責任のすべてにおいて無責任のそしりを免れません。
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」という言葉があります。 権力を握る者たちが、主権者である市民に対して無責任だからこそ、身内や仲間内だけを守り続ける。今の弥富市は、まさにそんな状況に陥っています。
それを象徴するのが、今回の官製談合事件であり、弥富駅問題であり、そして小学校の建設問題です。
小学校の問題一つとってもそうです。東郷小学校を十四山中学校の敷地等で新設すればよかったものを、なぜか弥富の中で最も条件が悪く古い校舎に固執しました。 その結果どうなったか。弥富で最も古いとわかっていたプールに、3年前に何百万円もかけて濾過器の修繕をしたにもかかわらず、案の定、不同沈下と思われる水漏れが止まらなくなりました。結局、22億円の新設小学校の設計では「改修して使う」としていたプールを放棄し、児童に移動時間という無駄な負担を強いてまで、民間委託すると急に言い出しています。 給食室はどうなるのか、体育館にエアコンをつけると言っても地盤はどうなのか。これを**「泥舟」**と言わずして何と言えばいいのでしょうか。
さて、話を弥富駅問題に戻します。 数ある問題点の中でも、今回改めて皆さんに知っていただきたいのは、**「欺瞞とまやかしの印象操作によって作られた数字」**についてです。
「1人500円払ってもいい」というアンケートを根拠に弾き出された、費用対効果(B/C)というまやかしの数字。 なぜこの数字が重要なのか。それは、費用に対する効果が「1以上」でなければ、国の補助金が得られないからです。つまり、このまやかしの数字がなければ補助金は下りず、いくらなんでもこの事業は進まなかったはずなのです。
この点について、私と加藤明義議員の2人で散々抗議をしましたが、「見解の相違」の一言で片付けられ、ひっくり返ることはありませんでした。
だからこそ、今改めて問いたいのです。 こんなまやかしの数字ではなく、総額50億円以上にも上る弥富駅整備事業が、本当に費用に見合うだけの効果があるのか? 事業を推進している市長、市役所、そして賛成した議員たちに問いたい。これを明確に証明できなければ、やはり「無責任」としか言いようがありません。
なぜ私がそこまで断言するのか。その決定的な理由とからくりについて、以下の文章で詳しく解説します。ぜひ、最後まで読んでみてください。
はじめに
愛知県弥富市が推進する「JR・名鉄弥富駅自由通路及び橋上駅舎化事業」は、総事業費約46億円という巨額の公費が投じられる大規模プロジェクトである。しかし、本事業の妥当性を根拠づける「費用対効果(Cost-Benefit Analysis: CBA)」の算定プロセスおよび事業計画の決定過程において、市民の合意形成を軽視した極めて不透明かつ恣意的な手法が用いられていることが明らかになっている。
本稿では、都市計画事業等に長年従事した専門家の視点および客観的データに基づき、本事業の効果測定手法の不当性、とりわけ「仮想市場法(CVM)」を用いた市民アンケートによる恣意的な便益算定のからくり、費用の不均衡な負担構造、そして代替案比較の欠如について批判的に検証する。
1. 本来の費用対効果分析からの逸脱
本来、交通インフラ整備等の公共事業における費用対効果の算定は、施設の完成によって生み出される実体経済上の具体的な効果を積み上げて算出されるべきものである。例えば、利用者の移動距離短縮による時間短縮効果、燃費向上等の経費節減効果、あるいは経済誘発効果や環境負荷低減効果などがこれに該当する。
しかし、弥富市の自由通路事業において「B/C = 1.7(費用の1.7倍の効果がある)」とされた算定根拠には、こうした客観的な経済効果の検証が含まれていない。その代わりとして、無作為抽出した市民に対するアンケート調査(CVM手法)を行い、「この事業のために1人当たりいくらまで負担できるか(支払意思額:WTP)」という主観的な金額を合算することで、無理やり便益を創出している。これは本来の費用対効果分析の趣旨から著しく逸脱した手法である。
2. アンケート調査における恣意的な誘導(アンカリング効果)

事業の便益算定の根拠となった市民アンケート(1,000人抽出、503人回答)の設問設計には、市民を特定の回答に誘導する悪質な仕掛け(アンカリング効果)が存在している。
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極端な選択肢による相場観の錯覚: 設問において、「1人1ヶ月あたり1万円」といった極端に高額かつ非現実的な選択肢をあえて提示している。これにより、回答者に「相場としては数千円程度なのか」という錯覚を起こさせ、中間層に配置された「500円」という金額を心理的に安く見せ、そこへ回答を誘導している。
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生涯実質負担額の隠蔽: アンケートでは「月額500円」という見せ方をしているが、これは年間で6,000円となる。本事業の評価期間(メンテナンスを含め50年間)で計算すれば、「1人当たり30万円」の負担を意味する。もしアンケートで正直に「50年間で30万円を負担しますか?」と問えば同意を得ることは極めて困難であるため、少額に見せかける巧妙な手口が使われている。
3. 「0円」最多という市民意思の黙殺
アンケート結果において最も注視すべき事実は、回答者の過半数(53.3%)が負担額として「0円」を選択している点である。さらに、「0円」と答えた市民の約3割は「そもそも事業の必要性がない」と明確に回答している。
一般的な公共政策の基準に照らせば、過半数の市民が「1円も負担したくない」と答えた時点で、その事業は市民的合意を得ていないと判断され、直ちに計画を見直すか中止すべきである。ところが行政側は、この「0円」という最多の民意を実質的に黙殺し、2番目に多かった「500円(24.3%)」という都合の良い数値をベースに計算を強行することで、全体として「50年間で50億円の費用に対し、1.7倍を市民が払ってもよいと考えている」という極めて強引な論理を展開している。
4. 費用負担の不均衡と安価な代替案の無視
本事業の総事業費約46億円の負担内訳を見ると、弥富市が約28億円(約61%)、国費が約17億円(約37%)を占める一方、本来の鉄道事業者であり事業の受益者でもあるJR・名鉄の負担はわずか約1億円(約2%)に過ぎない。JR東海の意向に沿って巨額の橋上駅舎化に市の公費が偏重して投入される構図は、「弥富市はJRの財布か」と批判されてもやむを得ない不均衡なスキームである。
さらに重大な問題は、事業目的に対する「代替案の比較検証」が行われていないことである。駅のバリアフリー化や東西南北のアクセス改善を実現する手段は、46億円の自由通路・橋上駅舎化だけではない。 例えば、愛知県新城市のJR飯田線・新城駅では、エレベーター付きの跨線橋設置を寄付金を含む約5億円で実現している。また、他自治体では既存の地上駅舎を残したまま安価に改札を追加・整備する手法(岩倉市等の事例)も採用されている。 弥富市は、こうした数億円規模で済む最も安価な手法や、自由通路のみを整備する中間的な手法との厳密な比較評価(各案のB/Cの比較)を行使せず、最初から最も高額な方式ありきでアンケートと事業設計を進めている。
5. 人口減少社会における過大なインフラ投資リスク
本事業の将来的なリスクを評価する上で、弥富市の人口動態の悪化は避けて通れない。弥富市の総人口は2010年をピークに減少傾向に入っており、2045年には約37,610人まで減少すると予測されている。高齢化率も2045年には34.0%に達する見込みである。
人口減少と税収減が不可避な状況下において、将来世代に対し、橋上駅舎や自由通路の長期間にわたる高額な維持管理費、さらには数十年後の建替え・撤去費用の負担を背負わせることは、市の財政基盤を深刻に脅かすリスクとなる。
結論
以上の検証から、弥富駅自由通路整備事業における費用対効果(B/C)の算定は、客観的かつ厳密な検証を経たものではなく、アンカリング効果を用いた恣意的なアンケート調査によって都合よく「効果」を創出し、あらかじめ決められた事業を正当化するための「違法性の強い効果測定」と言わざるを得ない。
過半数の市民が「負担0円」と回答し、安価な代替案の検討も不十分なまま、約28億円もの市費を投じる本事業は、都市計画の手続きとしても重大な瑕疵を抱えている。行政は直ちに現在の不透明な計画を白紙に戻し、適正な費用対効果の再検証と、他市の安価な手法を交えた代替案の比較検討を市民に公開した上で、改めて合意形成を図るべきである。
