先日の映画『能登デモクラシー』を観て語り合う会、無事に事故もなく終了いたしました。ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。
この会を通じての成果は、参加者一人ひとりが持ち帰ってくださったことと思いますが、ここではあくまで「私個人の感想」として、当日の振り返りをまとめさせていただきます。
当日は、五百旗頭(いおきべ)監督と畠山理仁さんから、本当に多くの刺激的な言葉をいただきました。
1票の価値と、選挙を「自分ごと」にするということ(畠山さんのお話)
まず、畠山さんのお話でハッとさせられたのは、「皆さんの1票には、いくらの価値があるか」という問いかけです。 例えば、弥富市の一般会計予算を年間180億円として、市長や市議の任期である4年分(720億円)を有権者の数で割ってみると、おおよそ「1票=200万円」もの価値になります。本来、私たちの1票にはそれだけの重みがあるということに気づいてほしい、というメッセージでした。
また、選挙運動というと「やったことがないから何が何だか分からない」「ハードルが高い」と思いがちですが、結局のところ一番大切なのは「自分の推したい人、なってほしい候補者がいたら、周りのみんなに声をかけて動くこと」。そのシンプルな原点に立ち返らせてもらいました。
身近なデモクラシーのリアル(五百旗頭監督のお話と映画の感想)
五百旗頭監督はこれまで、県庁や県庁所在地のような大都市の行政を取材されてきましたが、今回は人口約6,000人(当時)の町が舞台です。最初は行政内部のドキュメンタリーを撮ろうとしたものの警戒されてしまい、結果的に今回の形になったそうです。
映画を観て驚くのは、選挙の現場において公職選挙法が全く浸透しておらず、「注意されなければ今まで通り」というリアルな実態です。しかし、人口6,000人で町議が10人(住民600人で議員1人)という規模感を改めて考えてみると、ある意味で非常に身近で泥臭い「ローカルなデモクラシー」の姿なのだと感じました。
その一方で、議会が「首長の追認機関(イエスマン)」になってしまっているという、日本全国共通の現象もしっかりと描かれています。 外から「あれもダメ、これも違法だ」と杓子定規に批判するのは簡単ですが、監督の視点には、ある種の面白がり方というか、良い意味での好奇心がありました。外野がただ叩くのではなく、中にいる人たちが自らの町をどう良くしていくか、どんな人を議員にし、どう選挙を作っていくか。それが問われているのだと思います。
「新しいやとみ」の設立趣旨との重なり
映画の主人公である滝井さんは、ご自身は高齢のため選挙には出られないものの、立候補できる若い世代に向けて、選挙の仕組みや行政の課題について勉強会を開き、実際に候補者が生まれそうな流れを作っていました。
実はこれ、市民グループ「新しいやとみ」の設立趣旨と全く同じなんです。「いろんな人に選挙に出てほしい、それを応援しよう」というのが私たちの原点です(詳しくはHPをご覧ください)。
結びに
全国どこへ行っても似たような課題はありますし、私たちの弥富市についても、大都市と比べれば「なんだこれ?」と思うことはたくさんあります。 しかし、映画を観て、お二人のトークショーを聞いて改めて感じたのは、「結局は、本人たち(私たち市民自身)が変わっていくしかない」という力強い事実です。
これからも、皆さんと一緒に「弥富のデモクラシー」を考え、行動していきたいと思います。
弥富市の現状と未来に関する意見交換(要約)
- 市の財政と政治姿勢への懸念
- 財政の悪化: 財政調整基金が年々減少しており(令和5年度〜7年度で激減)、ここ2年で数十億円規模で減っているとの指摘がある。資金が枯渇すれば新しい施策ができず、最終的に市民に負担がしわ寄せされるのではないかと危惧している。
- 議会の不透明さ: 議会の委員会などで、議員の発言が制限されたり、理不尽な対応が横行しているといった噂を聞き、不信感を抱いている。
- リーダーの資質: 市長がテレビ出演した際の態度を見て「人の話を聞く姿勢に欠ける」と感じた市外の参加者もおり、市長や市議会議員には、もっと市民の意見に耳を傾けてほしいという切実な声があがった。
- 地域の衰退と「多文化共生」の課題(地元住民の声)
- 街の空洞化: 商店街が閑散としており、弥富市が埋没していくような危機感を肌で感じている。若者が働ける職場を作り、定住して子育てができる環境(税収とコミュニティの維持)が不可欠である。
- 町内会の機能低下: 町内会に入ってもメリットが感じられず、担い手もいない状況をどう立て直すかが課題。
- 外国人住民との共生: 弥富市は外国人住民の割合が高く(全国平均3%に対し6%、地域によっては10%という声も)、単に「日本人の街だ」と主張するだけでは成り立たない。ルール(郷に入っては郷に従え)を守ってもらいつつ、排他的にならず、同じ地域の仲間としてどう付き合っていくか、住民同士でしっかり話し合う必要がある。
- 情報公開の遅れと市民の政治参加
- 行政の事後報告への不満(能登出身者の体験談): 行政から知らされないまま、帰省したら実家の近くにゴミ焼却炉が建っていた経験がある。弥富市でも同様の「情報共有の欠如」を感じており、市民自らが知ろうと行動することの重要性を痛感している。
- 選挙応援の意義: 選挙を手伝ったことで、政治の裏側を知った。「誰が当選しても同じ」ではなく、市民が候補者を応援し関わることが、一部の権力者や支援者の言いなりにならない政治家を育て、市民の声を届ける近道だと感じている。
- 市民から寄せられた意見・告発状の読み上げ
- 将来へのツケ: 負債が増え続け、孫の世代への影響が心配。将来を見据えたリーダーを選びたい(11月の市長選が重要)。
- 開発事業への疑問: JR駅前の開発中止や、自由通路の建設は不必要ではないか。赤字事業の責任を明確にすべき。
- 違法状態・遅延の指摘: JR弥富駅工事の仮囲いが道路にはみ出しており、道路使用許可を取っていない違法状態ではないか。また、市の報告書が期限(1ヶ月ごと)を過ぎても提出されていない。
- 市民生活の保護: 駅工事のあおりを受けている「弥富スポーツクラブ」など、市民の居場所を大切にしてほしい。おかしいことを「おかしい」と言える雰囲気作りが必要。
- 市外からの参加者からのエールと閉会の挨拶
- 他地域からの関心: 名古屋市(瑞穂区弥富町在住で親近感を持つ愛知県議会議員の高木氏など)からも、映画や畠山氏(選挙取材で知られるフリージャーナリストの畠山理仁氏と思われます)のファンとして参加者が集まった。
- 議員への感謝: 佐藤氏や加藤氏といった、市民向けに情報発信(新聞発行など)をしてくれる議員の議会活動は素晴らしいと評価された。
- 今後の予定: 17時から映画上映の2回目を予定。会場の設営(机の片付け等)への協力を呼びかけ、議会関係者にもこの映画をぜひ見てほしいと締めくくられた。
弥富市フォーラム 意見整理レポート
- 特定事業(JR駅開発・公共施設)の見直し
もっとも具体的な不満や要望が集中していたのが、駅周辺の開発事業と市民施設のあり方についてです。
- JR弥富駅周辺事業への反対: JRの自由通路は不必要であり、駅周辺の工事は今すぐ中止すべき。これを次回の市長選挙の明確な争点にしてほしい。
- 赤字事業の責任追及: 採算の取れない赤字事業に対して、誰がどう責任をとるのかを明確にすべき。
- 市民の居場所の保護: 市民の「元気の元」である弥富スポーツクラブを大切にしてほしい。施設使用料の値上げには反対。
- 市の財政悪化に対する強い危機感
将来の世代へのツケを心配する切実な声があがっています。
- 基金の減少: 財政調整基金が年々減少しており(令和2年・5年〜令和7年にかけて数億規模)、市の財政が本当に大丈夫なのか非常に不安。
- 次世代への影響: 負債額が増え続けることで、孫の時代に重い負担がのしかかることを危惧している。税金は正しく、有効に使ってほしい。
- 閉鎖的な議会・市政への不満と情報公開
行政の進め方や議会の古い体質に対する厳しい指摘です。
- 不透明な行政運営: 詳細が決まるまで市民に知らされず、市が強引に物事を進めている。事後報告である市の「まちレポ」すら期日通りに発行されずルーズである。
- 議会の古い体質: 委員会の発言制限など民主主義に反することが起きている。議会が「昭和のおじさん」の集まりになっており、古いしきたりを変え、女性議員を増やすなど多様性が必要。
- 正しい情報の発信: 一部の議員(佐藤氏・加藤氏)による新聞発行は評価されているが、市としても事実を市民に正確に知らせる仕組み(ネット活用など)をしっかり作るべき。
- 選挙の課題と「現状打破」を求める声
今のままではいけないという焦りと、選挙制度の壁についての意見です。
- リーダーと議員の刷新: 現状を打破するには「人」を変えるしかない。正直な市長への交代と、市議会議員の半数(50%)の入れ替えが必要。
- 新人立候補の壁: 公職選挙法が複雑で難しく、新人が立候補しづらい。一方で、長年やっている現職はルーズに(グレーな範囲で)うまくやっているという不公平感がある。
- 有権者の意識改革: 「誰かに任せておけば大丈夫」「長いものに巻かれよう」という意識を変え、一人ひとりが自分の頭で考え、声を上げる仕組みづくりが必要。
- まちの活性化・社会課題への対応(教育・労働・多文化共生)
弥富市が「埋没」していくことへの危機感から、生活基盤の改善を求める声です。
- 労働環境と若者の定住: 若い人が働ける会社・働く場所を増やし、まちを活性化させたい。
- 教育と福祉: 学校に登校できない子どもたち(不登校)への対応を、もっときめ細かく行ってほしい。市の正職員を増やして、行政サービスを手厚くしてほしい。
- 地域コミュニティ: 衰退しつつある町内会をどう活性化させるかが課題。また、外国人住民とは対立するのではなく、仲良くやっていく(共生する)道を探るべき。
『能登デモクラシー』公開トークショー・質疑応答(修正・要約版)
- 【特別】五百旗頭幸男監督 × 畠山理仁氏 トークセッション
〜映画『能登デモクラシー』制作秘話と地方選挙のリアル〜
なぜ今、この映画を弥富で見てほしいのか。 そのヒントとなる、五百旗頭監督とフリーランスライター・畠山理仁氏の対談の一部を特別にご紹介します。ここに語られているのは「能登の小さな町の話」ではなく、まさに「日本中の地方自治体で起きている現実」です。
「見えないルール」が新規参入を阻む地方選挙
五百旗頭: 私が一番驚いたのは、町議会議員選挙の取材でした。まず、選挙期間が5日間しかない。しかも「5日しかないのに中日は休む(あまり町を騒がせてはいけない)」という現職の暗黙のルールがあるんです。マイク活動は夜8時までできるはずなのに、夕方6時で終わらせて「あとはFAXでやろうね」というような町でした。
畠山: ルールが複雑すぎるゆえに、新規参入のハードルが高く、世代交代が進みません。選挙の必勝法は地盤を引き継いだ人への「一子相伝」のようになっています。組織の支援なしで1人で殴り込みをかけてくるような候補者は、立候補するまで選挙の手伝いすらしたことがないケースが多いのです。
議会を動かす「よそ者」の力
五百旗頭: 取材に入る直前、小学校の統廃合問題がありました。コンパクトシティ政策の一環でしたが、結論ありきの強引な進め方に対し、外から移住してきた保護者たちが怒り、反対運動を起こして議会に請願書を出しました。 驚くべきことに、一度「常任委員会」で否決された請願書が、その後の「本会議」で可決されたのです。普段は緊張感がなく、当局の追認機関に成り下がっているような議会でも、外から来た人たちが新しい風を吹き込むことで、これほど大きく動くことがある。この町にも「変わる余地」があると感じた出来事でした。
地方政治家の懐の深さと、有権者の責任
五百旗頭: 地方の政治家は、嫌いな相手からの電話でも無視することはありません。考え方が違っても「話さなければならないから話す」という人付き合いの基本が残っている点は、都会の政治家にも見習ってほしいところです。しかし、ただニコニコ対応されただけで「いい人だ」と判断するのは、有権者として政治家をきちんと見ていません。丁寧に説明を求め、理解を深めていく姿勢が必要です。
「選挙に出ませんか」と声をかけることの重要性
畠山: 「選挙に出てみませんか」と勧める人が1人いるかいないかで、その町の民主主義が活性化するか、停滞して変化が起きないかの大きな違いを生みます。声をかけられ続けると、政治や選挙との距離が近くなり、いざ自分が投票する際にも「誰に入れるべきか」という見方がこれまでと全く変わり、より賢い有権者になれるはずです。
権力を監視できないメディアの弱さ
五百旗頭: 石川県ではオンブズマンが活動しづらい背景があります。富山から石川に移籍して一番強く感じたのは、「メディア(特にテレビ局)の権力を監視する意識が低すぎる」ということです。富山には健全な競争意識がありますが、石川県は地元紙の力が強すぎ、「嫌われたら終わり」という空気が蔓延しています。そうした土壌が、オンブズマンの活動や権力の監視を阻害しているのは間違いありません。
