🧭 弥富市役所を蝕む「ビジョンなき多数決」の罠:組織成長を阻む「居心地の良さ」体質からの脱却を
弥富市の行政組織は、**長期的な「ビジョン」の共有と議論を避けることで、組織全体が「失敗を恐れる現状維持」**に陥っていると厳しく指摘されています。特に、上層部を飛び越えるような新しい発想を出しにくい風土が、行政のスピード感と改革を阻害していると懸念されています。
🐢 長期ビジョンなき組織が生む「スピード感の欠如」
組織に「5年、10年、30年後」を見据えた明確なビジョンがなければ、関係者は目先の短期目標に固執し、**「足を引っ張る2人」**を気にして物事を前に進められなくなります。
- 異端児の不在: 東京都や大規模組織に存在する、周囲を巻き込みながら数手先を考える**「ドン・キホーテ」のような「変わり者」や「異端児」**の存在が弥富市には欠けている可能性があり、これが長期的なビジョンを推進する勢いを失わせています。
👥 「同質性」を好む傾向が導く「最悪の結果」
組織が「変わった意見を出さない」「全員が賛成できる無難な案」を選ぶ**「同質性」を好む傾向は、一見円滑な合意形成に見えますが、最終的な結果を本来あるべきビジョンから180度ずらす**危険性があります。
- 民主主義の逆説: ビジョンを共有せずに目の前の条件で多数決を取ると、結局はみんなが**「今の居心地の良さ」や「安心できる方向」に票を入れてしまい、「多数決は最悪の結果を導く」**という民主主義の皮肉に陥っている可能性が指摘されています。
🚀 改革には「現状否定」のビジョンが不可欠
提言は、「今ある方向に一致するような長期ビジョンは偽りである」とし、世の中の変化を見据えて舵を切るためには、**「今いるメンバーが居心地が良いと感じる現状を前提とした多数決」**では実現できないと断言します。
弥富市には、「住民の改革提案に対する抵抗勢力」であることを自覚し、真に長期的なビジョンを住民と共有することで、組織全体が成長への道筋をつけることが強く求められています。
改革にはビジョンが不可欠:弥富市の組織に足りないもの
弥富市の職員の方々とやり取りする中で、この組織には課題が多いと感じざるを得ません。ここでは、その問題点を整理し、なぜ「ビジョンなき改革」はありえないのかを説明します。
- 弥富市に欠ける長期的な「ビジョン」
何か新しいことを始めようとするとき、私たちは「今年度中にどうするか」「3ヶ月先までに何を達成するか」といった短期的な目標に目を向けがちです。しかし、特に多様な利害関係者が絡むような複雑な問題に取り組む場合、5年、10年、あるいは30年先にどのような問題が顕在化するのか、だからこそ今どのような手を打つべきかという明確なビジョンが不可欠です。
このビジョンが共有されていなければ、たとえ目の前の3ヶ月、1年という期間であっても、関係者の協力体制を築くことは難しいでしょう。
例えば、10人のグループで何かを推進する場合、一般的に次のような傾向が見られます。
- 積極的な人: 2人程度
- 消極的で、なかなか動こうとしない人: 2人程度
- ビジョンやメリットが明確であれば動ける人: 6人程度(中心的な層)
民間企業や、東京都、横浜市、名古屋市のような大規模な行政組織では、全体の1%から3%程度の**「変わり者」や「異端児」**が存在します。彼らは「将来はこうなるから、思い切ってこうしよう」と、周囲を巻き込みながら先頭を走っていく、いわば「ドン・キホーテ」のような存在です。彼らの意見が常に正しいとは限りませんが、彼らが3手先、10手先、場合によっては100手先まで考えて行動する「勢い」があるため、組織全体が長期的なビジョンを共有し、目の前の問題を解決する土壌があるのです。
しかし、弥富市の職員の方々とやり取りしていると、長期的なビジョンについては口では理解を示していても、それを共有したり、そのことについて議論しようとしない傾向があるように感じます。
これは、「うちは小さな組織だから、そんな長期的なことは分からない」という意識があるのかもしれません。あるいは、「長期的なことを口にすると、市長や副市長に睨まれる」という、上層部を飛び越えたビジョンを出しにくい雰囲気が組織内に存在しているのではないでしょうか。
- スピード感の欠如と「失敗を避ける」体質
このような状況では、組織は長期的なビジョンを避けようとします。前述したグループで言えば、「足を引っ張る2人」のことを気にして、なるべく物事を前に進めない、失敗しない、批判されないようにする体質がまざまざと感じられます。
その結果、スピード感が失われます。物事は常にAからB、BからCへと直線的に進むわけではありません。AからCへ進んだ後にBに戻ったり、急にDへ飛び立つこともあります。長期的な、より「大局的なビジョン」が共有されていなければ、多様な利害関係者が協力することはできません。
- 「同質性」を好む傾向と多数決の落とし穴
弥富市役所には、なぜか**「同質性」を好む傾向**があるように見受けられます。変わった意見をなるべく出さず、全員が賛成できる範囲内に収めようとする。目の前で反対されにくい無難な案で妥協する。これは一時的には合意を得やすいかもしれませんが、これを繰り返していくと、最終的な結果が本来あるべきビジョンから90度、下手をすれば180度ずれてしまうことさえあります。
長期的な、大局的なビジョンを共有すればするほど、目の前のやり方がおかしい、方向が逆だと、誰もが気づくはずです。
- 「民主主義の逆説」と現状維持
今までと同じやり方がうまくいかないからこそ、ビジョンを90度変えるのか、あるいは180度逆転させるのか、といった新しい発想が生まれるはずです。しかし、ビジョンを見ないようにして、みんなが反対しないことだけを積み重ねていく。これは皮肉な話ですが、民主主義を研究している人たちに言わせると、**「多数決は最悪の結果を導く」**ことがあります。
これは、ビジョンを共有せずに、目の前の条件だけで多数決を取ると、結局、みんなが**「今の居心地の良さ」や「自分が今までやってきた安心できる方向」**に票を入れてしまうため、本来のビジョンとは逆の結果になってしまう、という理論です。弥富市役所には、まさにこの現象が起こっている気がしてなりません。
- 真のビジョンと組織の成長
繰り返しになりますが、**長期的かつ体系的なビジョンは、おそらく今ある方向とは必ずしも一致しません。**むしろ、今ある方向に「一致する」ような長期ビジョンは、偽りであると言えるでしょう。世の中は常に変化しています。
その変化をきちんと見据え、未来に向けて舵を切るということは、**今いるメンバーが「今やりやすい」「居心地が良い」と感じる現状を前提とした多数決では実現できません。**それでは結局、今まで通りの結果にしかならず、ビジョンも成長も生まれないのです。
民間企業は失敗すれば潰れますし、大きな組織も、潰れることはなくても、優秀な人材を抱えているがゆえに、1万人、2万人規模の組織であれば、必ず10人や100人といった「変わり者」がいて、彼らが示すビジョンを組織の中でうまく活用し、常に改革を推進しているはずです。
弥富市が「住民の改革提案に対する抵抗勢力」であることを自覚し、「住民提案」を活かし、真に長期的なビジョンを住民と共有することで、組織全体がより良い方向へ進んでいくことを期待します。
