OLYMPUS DIGITAL CAMERA
👶 財政効率化で未来を奪うな!公立保育所民営化は「こども真ん中」で問い直せ
弥富市民の皆さん、公立保育所の民営化は、未来を担う子どもたちの育ちを左右する最重要課題です。
市は財政的な理由を優先していますが、この議論で最も大切な**「子どもたち」**が置き去りにされてはいないでしょうか? 行政が「民間の活力で質が向上する」と安易に説明することは、これまでの公立保育所の歴史と努力を否定するものです。
📜 弥富の誇り:「行政と地域が子を育てる歴史」
弥富市には、江戸時代から地域全体で子どもを見守り、戦後も行政が施設、地域が保育士を担う共同保育から公立化へと進化させてきた、誇るべき歴史があります。これは、弥富市が元来持つ**「こども真ん中社会」**の精神の証です。
行政は、かつての公園計画における「パターナリズム(父権主義)」を乗り越え、主役は市民と子どもたちであるという原点に立ち返るべきです。
📣 提言:民営化の真の目的を市民に示せ!
公立か民営かではなく、重要なのは**「子どものための保育、教育ができているか」**という一点に尽きます。
私たちは、行政に対し以下の点を強く求めます。
- 【目的の再定義】 民営化の真の目的を「財政負担の切り離し」ではなく、その先にある**「子どもの育ち」**について市民全体で深く議論する場を設けてください。
- 【哲学の評価】 事業者選定の基準を「実績や人気」ではなく、**「子どもの人権や多様性を尊重する」**という明確な哲学に据えてください。
- 【歴史の継承】 行政と地域が協働して子どもを育てるという、弥富市が築いた**「こども真ん中社会」の精神**を次世代に繋いでください。
今回の決定は、子どもたちの未来を左右します。行政は「こどもまんなか」を言葉だけでなく、行動で示すべきです。
弥富市民の皆さん、公立保育所の民営化は、未来を担う子どもたちの育ちを左右する重要な問題です。市は財政的な理由を優先していますが、この議論で最も大切な「子どもたち」が置き去りにされてはいないでしょうか?
弥富市には、行政と地域が協力して子どもたちを育んできた、誇るべき歴史があります。その「こども真ん中社会」という精神を、私たちは決して忘れてはなりません。
民営化の真の目的を再定義し、子どもたちの健やかな成長を第一に考えること。そして、行政と市民が手を取り合い、この歴史を次世代に引き継ぐことを強く求めます。
弥富市公立保育所民営化に関する提言:歴史と経験から「こどもまんなか」を問い直す(総論)
弥富市の公立保育所民営化について、私は長年の行政経験と弥富市が持つ独自の歴史を踏まえ、深い懸念とともに行政・市民への提言をまとめました。
- 弥富市が築いてきた「こども真ん中社会」の歴史
弥富市には、行政と地域が一体となり子どもたちを育んできた、誇るべき歴史があります。 江戸時代には、村全体で子どもを見守り、成長を祝う文化がありました。弥富市では昭和30年代に行政が施設を提供し、地域が保育士を雇うという協力体制で共同保育として保育所が設立されました。その後、地域の声によって公立化され、すべての子どもが保育を受けられる体制を築いてきました。 このように、弥富市は元々「子どものために」という共通の価値観のもと、行政と地域社会が協働してきた歴史を持つ地域です。
- 経験から見た行政の課題
私は名古屋市で36年間、公園の計画・設計・管理に携わってきました。かつては「行政が住民への福祉として公園を提供する」という「パターナリズム(父権主義)」的な考えが主流でした。しかし、公園は本来、地域住民の共有財産であることを現場で身をもって知ることができ、行政の役割はあくまで主役である市民の活動をサポートすることだという立場を痛感し、以後住民主体の行政を実践してきました。
この経験は、今回の保育所民営化にも通じます。保育所の主役は紛れもなく子どもたちです。しかし、民営化の議論では子どもたちが置き去りにされ、大人の都合、特に財政的な理由が優先されているように感じます。行政が「民間の活力で保育の質が向上する」と説明するのは、これまでの公立保育所の努力を否定するものであり、説得力に欠けます。
- 提言:弥富市公立保育所民営化に関する提言:歴史と経験から「こどもまんなか」を問い直す
公立であろうと民営であろうと、重要なのは「子どものための保育、教育ができているか」という一点に尽きます。私はこの観点から、以下の点を強く提言します。
- 民営化の真の目的を再定義し、市民と対話すること。 財政上の理由だけでなく、その先にある「子どもの育ち」について、市民全体で深く議論する場を設けてください。
- 「こどもまんなか」の視点で事業者を評価すること。 事業者選定は、実績や人気だけでなく、「子どもの人権や多様性を尊重する」という明確な哲学を基準にしてください。弥富市の歴史にふさわしい、子どもたちにとって真に良い保育ができる事業者を選んでほしいと願います。
- 弥富市が築いてきた歴史を継承すること。 行政と地域が協働して子どもを育てるという、弥富市が持つ「こども真ん中社会」の精神を次世代に繋いでください。
今回の民営化は、子どもたちの未来を左右する重要な決定です。行政は「こどもまんなか」という言葉を安易に借りて財政効率化という裏の狙いを隠すのでなく、行政の原点に立ち返り、子どもたちの健やかな育ちを真剣に考えるべきです。
弥富市公立保育所民営化への提言:市民と行政で築く「こどもまんなか社会」(詳細説明)
弥富市の公立保育所民営化について、私は深い懸念を抱いています。この提言書では、私の長年の行政経験と、弥富市が持つ独自の歴史をふまえ、今後の保育のあり方について問いかけます。
- 「良い保育」とは何か?
「良い保育」を考える上で、私たちは「どういう大人になってほしいか」という価値観を問い直す必要があります。
戦後から続く「古い価値観」は、「物言わぬ従順なサラリーマン」を育てることに重きを置いてきました。この価値観に基づいた保育は、子どもに一方的な行動を押し付け、個性を尊重しません。
しかし、これからの時代に求められるのは、自分で考え、「ノーと言える子ども」を育てる「新しい価値観」です。子どもの「イヤイヤ期」をきちんと受け止め、愛着関係を育むことで、子どもの健全な人格形成を促します。
現代は不登校やいじめ、ジェンダーの問題など、家庭や地域社会だけでは対応が難しい課題が山積しています。だからこそ、子どもたちが一日の大半を過ごす保育園の役割は、ますます重要になっています。
- 弥富市が築いてきた「こども真ん中社会」の歴史
弥富市には、行政と地域が一体となって子どもたちを育んできた誇るべき歴史があります。
江戸時代、子どもたちは村全体に見守られて成長し、年中行事を通じて自己を自覚する機会が豊富にありました。戦後の共同保育の時代を経て、弥富市では昭和30年代に、行政が施設を提供し、地域が保育士を雇うという、今で言う「公設民営」の先駆けとなる形で保育所が設立されました。その後、地域の声によって公立化され、保育士の安定雇用と、すべての子どもが保育を受けられる体制を築きました。
また、市の子どもの医療費無料化も、母親たちの署名活動がきっかけで実現しています。
これらの歴史は、弥富市が「子どものために」という共通の価値観のもと、行政と地域社会が協働してきた証です。
- 行政の「パターナリズム」を乗り越え、「こどもまんなか」の視点へ
私は36年間、名古屋市で公園管理に携わってきました。当初は「行政が市民に最高の公園を提供する」という、「パターナリズム(父権主義)」的な考えを持っていました。
しかし、公園が元々地域の共有財産であったことを知り、衝撃を受けました。行政の役割は、主役である市民の活動をサポートすることなのだと気づかされました。
この経験は、今回の保育所民営化にも通じます。保育所の主役は紛れもなく子どもたちです。ところが、民営化の議論は往々にして子どもたちが置き去りにされています。多くの自治体と同様に、弥富市も財政難を理由に民営化を進めていますが、その真の目的は「財政負担の切り離し」にあるのではないでしょうか。
「民間の活力で保育の質が上がる」という説明は、これまでの公立保育所の努力を否定するものであり、虚偽と言わざるを得ません。重要なのは、運営形態が公立か民営かではなく、「子どもたちのための保育、教育ができているか」という一点に尽きるのです。
- 提言:「何よりも子どものために」
私は教育の専門家ではありませんが、一市民、そして行政経験者として、以下の点を強く提言します。
- 民営化の真の目的を市民に説明すること。 財政上の理由だけでなく、その先にある「子どもの育ち」について、市民全体で深く議論する場を設けてください。
- 「こどもまんなか」の視点で事業者を評価すること。 事業者選定は「実績や人気」だけでなく、「子どもの人権や多様性を尊重する」という明確な哲学を基準にしてください。
- 弥富市が築いてきた歴史を継承すること。 行政と地域が協働して子どもを育てるという、弥富市が持つ「こども真ん中社会」の精神を次世代に繋いでください。
今回の民営化は、子どもたちの未来を左右する重要な決定です。行政は「こどもまんなか」という言葉を借りるだけでなく、その原点に立ち返り、子どもたちの健やかな育ちを真剣に考えるべきです。
