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🏫 学校は「行政サービス」ではない!
弥富市の子どもたちを救う「みんなの学校」への転換を
🚨 危機警報:学校は「社会的共通資本」である
「納税しているからサービスを要求する」という発想が、学校を単なる**「行政サービス」だと捉え、社会の不幸を生み出しています。義務教育の「義務」は、政府や地方自治体が教育環境を整える義務であり、教育とは社会を持続可能にするための「社会的共通資本」**です。
今こそ、この誤った認識を改め、子どもたちが生まれてから卒業するまでの大切な100ヶ月間を、地域全体で育む「こどもまんなか社会」へ移行すべきです。
🔑 大空小学校に学ぶ「学びの主役」への転換
大阪市の大空小学校の事例が示すように、学校を変える鍵は**「教えられる」側から「自ら学び、成長する」**主役への転換です。
- 生涯学習の居場所へ: 学校を受験のための画一的な一斉授業の場ではなく、子どもから高齢者まで、誰もが一生涯学び、**「ただいま」**と言える居場所として捉え直しましょう。
- 規則の断捨離: 教員が一方的に「教え込む」ことをやめ、不要な規則を断ち、子どもたちの自主性を尊重することで、互いを支え合う真のリーダーシップが育まれます。
🤝 弥富市民の皆さまへ:今こそ「当事者」になろう
よつば小学校だけでなく、弥富市全ての小学校を考える時期が来ています。学校を「お上」や「先生任せ」にするのではなく、地域住民が主体的に学校づくりに参加することが不可欠です。
この動きは、弥富市が抱える生涯学習、地域の誇り、住みやすさといった地域課題全体を解決する最も有効な道です。共に語り合い、学校を「みんなの学校」にするための具体的な道筋を市民の手で創りましょう!
問題の本質そして希望についてはこちらの特集ページをご覧ください。
弥富市の「みんなの学校」を考えよう
弥富市民の皆さま、いつもありがとうございます。
さて、弥富市では8月20日によつば小学校について、地域全体で考えるワークショップが開催されました。この取り組みはよつば小学校に限らず、弥富市すべての小学校について考えるべき重要な機会だと考えます。
よつば小学校を創ろうプロジェクト 夢ある新しい学校教育を創造するワークショップ
そこで、市民の有志で、よつば小学校以外の白鳥小学校、弥生小学校、桜小学校、日の出小学校についても含めて、「みんなの学校」というテーマで真剣に考えるためのオンライン学習会を企画いたしました。
この動きは思いつきではなく、今まさに私たちが「やらなければならない」時期に来ていると確信しています。
なぜ今、「みんなの学校」なのか?
国が進める「こどもまんなか社会」や、コミュニティスクールの推進、部活動の地域移行など、学校と地域社会の連携はますます重要になっています。これは、子どもたちが生まれる前から小学校を卒業するまでの大切な100ヶ月間を、地域全体で見守り、育んでいくことを意味します。
しかし、少子化が進み、働く保護者の皆さんが多忙な現代において、学校教育と生涯学習、そして地域コミュニティ活動は別物だと考えることは、もはや現実的ではありません。学校を、受験のための画一的な一斉授業の場ではなく、子どもから高齢者まで、誰もが一生涯にわたって学び、自ら成長できる場所、そして誰もが「ただいま」と言える居場所として捉え直すことが必要です。
この考え方は、大空小学校で始まった「みんなの学校」のあり方そのものであり、**「教えられる」のではなく「自ら学び、成長する」**という精神が、結果として互いを支え合うリーダーシップを育むことにつながります。
そこで、このオンライン学習会では、「学校を、子ども、保護者、教職員、地域住民、みんなにとっての『みんなの学校』にするにはどうすれば良いか?」を共に考え、対話する場を設けたいと思います。これは、弥富市が抱える地域課題を解決する上で、最も有効な道ではないでしょうか。
義務教育の「義務」と「行政サービス」としての学校
義務教育の「義務」とは、子どもが学校へ行く義務ではなく、親が子どもに教育を受ける権利を保障する義務であり、政府や地方公共団体がそのための環境を整える義務を指します。
最近、学校が「行政サービス」であるかのような認識が広がっていることに私は疑問を感じています。納税しているからサービスの質を求める、いわゆる「モンスターペアレント」という言葉の背景には、学校を単なる行政サービスだと捉える考え方があるのではないでしょうか。
しかし、教育とは、社会を持続可能にするための重要な**「社会的共通資本」**であるべきものです。もし教育が「税金で運営される行政サービス」であるならば、現代社会の不幸はそこから生まれているのではないかと、私は感じています。
大空小学校の取り組みと「みんなの学校」の課題
2006年に大阪市に新設された大空小学校の取り組みを、ぜひ皆さんに知っていただきたいです。元校長の木村泰子さんが繰り返し語るように、子どもが公立小学校に通うことは本来当たり前のことです。しかし、通学区域に住む親子が「うちの子でも通っていいでしょうか」と尋ねなければならない時代になってしまったこと自体、私たちは憂慮すべきです。
木村さんは、教員が一方的に「教え込む」ことをやめ、子どもたちの自主性を尊重し、不要な規則を断捨離することで、子どもたちを学びの主役にしました。この「みんなの学校」の考え方は、子どもだけでなく、そこに集う大人たちもまた、学びの主役となっていくことを意味します。
この問題の入り口として、「公立の小学校」をどう捉えるか、そして学校が「お上」に支配される場や、子どもにとって「刑務所」のような場所になってしまう仕組みについて、根本から考え直す必要があります。
映画『みんなの学校』自主上映会と地域住民の役割
関西テレビ放送が制作した映画『みんなの学校』は、自主上映会でしか観ることができません。私は先日、豊川市での上映会を観て感銘を受け、今年の秋にはぜひ尾張地区でも開催したいと考えています。
大空小学校の素晴らしい取り組みは、校長や教員任せで実現するものではありません。**地域の住民がどう考え、どう関わっていくかが不可欠です。**もし大空小学校のような、本来あるべき学校の姿を求めるならば、地域住民が主体的に学校づくりに参加する必要があります。
地域全体で学校を考える時が来ている
この対話の目的は、学校や教育委員会を非難することではありません。私たち自身が自身の学校体験を振り返り、子どもを持つ親や祖父母だけでなく、地域全体で学校というものを考え直すためのものです。
生涯学習、地域の誇り、住みやすさといった地域づくりの課題全体を考えたとき、最もシンプルで身近な存在である学校を、先生任せにするのではなく、地域がきちんと定義し、関わっていくこと。それが、学校を「みんなの学校」にするための、そして地域を持続可能にするための喫緊の課題だと私は考えています。
11月には、映画「みんなの学校」の上映会と、できれば木村さん(元校長)による講演会も開催したいと考えています。
弥富市の未来を、私たち市民の手でより良いものにしていきましょう。ご参加を心よりお待ちしております。
映画「みんなの学校」の公式ホームページはこちらから
『みんなの学校』劇場予告篇
不登校も特別支援学級もない、同じ教室で一緒に学ぶ。ふつうの公立小学校のみんなが笑顔になる挑戦。 ここでは、特別支援教育の対象となる発達障害のある子も、自分の気持ちをうまくコントロールできない子も、みんな同じ教室で学びます。ふつうの公立小学校ですが、開校から6年間、児童と教職員だけでなく保護者や地域の人もいっしょになって、誰もが通い続けることができる学校を作りあげてきました。 映画は、そんな大空小学校の一年間を追い、ありのままにすべてを映します。そもそも学びとは何でしょう?そして、あるべき公教育の姿とは?本作を観ながらいっしょに考えてみませんか。
「子どもの事実から 人権を視点に 学校づくりを問う」令和6年度第4回青森県教育改革有識者会議0610 木村泰子
令和6年度第4回青森県教育改革有識者会議
講演は、大阪市立大空小学校の初代校長であった木村泰子氏が、「こどもの事実から人権を視点に学校作りを問う」というテーマで行いました。
木村氏は、工藤勇一氏の言葉を引用し、日本の学校教育の最大の課題は**「主体性と当事者意識の欠如」であると指摘しました。これまでの学校は「いい教師、いい学校、いい教育」がこどもを育てるという考え方でしたが、これでは不十分です。木村氏は、学校のあり方を「こどもが学ぶ場所」へと転換し、「すべてのこどもの主体性を奪わない学校づくり」**を目指す必要があると主張しました。
また、指導観についても転換が必要だと述べました。
- 従来の指導観:
- こどもを自立させない
- 違いを認めない
- 対話の機会を与えない
- 対立をジャッジで解決する
- 学校が正解を得る
これらの指導観を転換し、こどもが自分の言葉で語り、違いを認め、対立から学びを得る場としての学校を作ることが重要だと語りました。
人権を視点にした学校づくり
大空小学校では、人権を学校づくりの土台としました。全校生徒で「人権ってなに?」を問い直した際、あるグループの児童が**「人権って空気だよ」**と答えました。「空気がないと人は死んでしまう」という言葉から、人権とは「学校の環境」であり、誰もが呼吸できる豊かな空気を作ることが大切だという気づきを得ました。
この気づきから、学校の組織文化を問い直し、次のものを「捨てよう」と決めたといいます。
- ヒエラルキー: 校長、教師、親、こどもの序列関係
- 前例踏襲: 過去のやり方を踏襲すること
- 同調圧力: 「みんながやっていること」を強制すること
これらを捨てた結果、学校は次のように変わっていったと語りました。
- 当事者意識: すべての人が学校をつくる当事者になる
- 常に作ろう: 常に新しいものを作り続ける
- 違いを認める: 「普通」という枠を捨て、みんな違って当たり前という空気を作る
指導観の転換と特別支援教育
木村氏は、特別支援教育の現状についても触れました。
- 指示に従えないこどもが特別支援教室へ排除されている。
- 周りのこどもたちは、排除されたこどもを見て**「自分もそうならないように頑張ろう」、あるいは「あの子は自分より下だ」**と感じてしまう。
このような環境が、不登校、いじめ、そして自殺の根本的な原因になっている可能性があると指摘しました。
大空小学校では、特別な支援が必要なこどもも含め、すべてのこどもの学ぶ権利を保障することを最上位の目標に掲げました。この目標を達成するために、教職員だけでなく、保護者や地域住民も**「サポーター」**として学校づくりに参加しました。
- サポーターは自分のこどもではなく、困っているこどものそばにそっと寄り添い、支える役割を担いました。
- 職員室では、教職員が「困った」「助けて」と弱みを吐き出せる環境を作りました。
持続可能な学校づくり
校長や教員は異動で変わりますが、学校の最上位の目的である**「すべてのこどもの学習権を保障する」**という理念は変わりません。この理念を地域住民が引き継ぐことで、持続可能な学校づくりが可能になると述べました。大空小学校は、今では卒業生も地域住民として学校づくりに参加する、5本目の柱ができたと語りました。
木村氏は、校長に不可欠な力は「人の力を活用する力」であるとし、教員には「学級経営力」や「授業力」だけでなく、多様な人の力を借りながらこどもを育てる力をつけることが重要だと強調しました。
最後に、木村氏は「みんなの学校」は特別ではなく、いつでもどこでも、やろうと思えばできることだと述べました。**「目的はなに?主語はこども?」**と常に問い続けることが大切だと締めくくりました。
以上の紹介はごく一部です、ぜひ以下の動画でご覧ください
「みんなの学校」のことを木村泰子さんに聞いちゃおう!
映画『みんなの学校』上映会・講演会 アンケート質問への回答
茨城県ひたちなか市で開催された映画『みんなの学校』の上映会と木村泰子さんの講演会にて、参加者から寄せられた質問に木村さんが答える形式で、その内容をまとめたものです。
Q1. どのようにして木村泰子さんが作り上げられていったのか、これまでの経験や出会いを教えてください。
木村さんは20歳から小学校の教員として働いており、その中で子どもたちから多くのことを教わってきたと語っています。特に印象深い経験として、**「取り返しのつかない失敗」**をした裁判の話をされました。
これは「みんなの学校」の原点にもなっている経験で、30年ほど前、特別支援学級が当たり前の時代に、重度の知的・自閉症の男の子が通常学級での学びを望んで入学してきたことに端を発します。学校は意見が分裂し、木村さんはその子を受け入れることを決意します。
しかし、校長との対立や様々な事情が重なり、その子は学校に来られなくなり、ついにはご両親が学校を相手に裁判を起こす事態となりました。裁判には勝ったものの、その勝訴の電話を切った時、初めて「自分の正義ばかりを主張し、子どものことを一番に考えていなかった」と気づいたそうです。
この経験から、木村さんは**「二度とこのような失敗を繰り返さない」**と決意しました。これが「みんなの学校」のスタートになったとのことです。
Q2. 地域の方々はどのようにして学校をサポートするようになったのでしょうか?
「みんなの学校」ができる前、学校建設に20年間反対していた地域住民がいました。スタートはアウェイだったにもかかわらず、学校の理念を伝え続けることで地域のサポートを得られるようになったと語っています。
特に効果的だったのが、毎月発行していた**「スクールレター」です。9年間、同じ内容を繰り返し伝えることで、地域住民に「親が守れない命は、地域の力で地域の宝を守るのが当たり前」**というメッセージを浸透させていきました。
その結果、最初は学校に批判的だった地域の人たちが、学校に足を運び、困っている子どもたちを見守る存在へと変わっていったそうです。木村さんはこの経験から、**「人は必ず変わる」**という確信を得たと言います。
Q3. 「みんなの学校」のような学校を作るには、まず何から始めればいいでしょうか?
「たった一つ、**『自分が当事者意識を持つこと』**に尽きる」と木村さんは答えています。
子どもたちが学校でトラブルを起こした時、「周りに迷惑をかける子」として捉えるのではなく、「もし自分の子どもだったら、どうするか?」と考えることが大切だと語っています。
また、周囲の大人たちにも当事者意識を持ってもらうために、入学式では保護者・教職員・地域住民の前で**「文句を意見に変えましょう」**と伝えていました。これは「学校を批判するのではなく、どうすればより良い学校になるのかを一緒に考え、行動する仲間になりましょう」というメッセージです。
Q4. 働き方改革について、大空小学校はどのように取り組んでいたのでしょうか?
「働き方改革」という言葉が広まる前から、大空小学校では教職員の勤務時間を厳格に管理していました。基本的には17時には全職員が退勤し、懇談会なども行っていなかったそうです。
これは、教職員のゆとりを生み出すためだけでなく、**「子どもの命を守るため」**でもありました。放課後の時間を使って地域住民が学校に足を運び、子どもたちを見守る機会を作ることで、教職員の負担を減らすとともに、学校と地域が一体となって子どもの成長を見守る環境を整えました。
Q5. 子どもを主語に働くためのヒントがあれば教えてください。
「完璧を目指さないこと」だと木村さんは語っています。
周囲の先生のやり方や考え方に違和感があっても、その先生を悪者にするのではなく、**「その先生によって辛い思いをしている子どもたちに寄り添うこと」**が最も重要だと言います。
自分が行動することで、周囲の先生たちや子どもたちも「この先生のそばにいれば安心だ」と感じるようになり、やがてその輪が広がっていくのではないか、と語っています。
以上の紹介はごく一部です、ぜひ以下の動画でご覧ください
元校長から市民への7つの提言 「みんなの学校」の実現に向けて 「人のせいにしない」地域社会の構築 地域と学校の「融合」 安心できる「開かれた学校」 「やり直しの自由」が保障された環境 違いを認め合う社会へ
提言:子どもたちを中心に据えた、新しい地域のあり方を 「今だけ、自分だけ」ではない、私たちの本質を問い直す 子育てを家族だけの責任にしない社会へ 子どもたちの「相互承認」を育む教育へ
ドキュメンタリー映画『みんなの学校』珠玉のつぶやき集 学校は、子どもたちが、お互いの自由を尊重し合える、お互いを認め合える、そういう安全な場所です。
村 泰子氏「『ふつうの子』なんて、どこにもいない」
動画サイトで見るにはこちらから
「この子のために」は本当に子どものため?
私たちはつい、「この子のために」という言葉を、子どもを指導するための“武器”にしてしまいがちです。しかし、その行為が本当に子どものためになっているのか、改めて考える必要があります。
動画では、このようなエピソードが紹介されています。
- 給食指導のトラウマ ある男の子は、白いご飯しか食べられませんでした。保育園の先生は「将来困るから」と、暗い部屋で一人で給食を食べるよう指導しました。その結果、男の子は暗い場所を怖がり、夜眠れなくなってしまいました。母親が小児科に連れて行くと、広汎性発達障害だと診断されます。
- 「お皿の上のゴキブリ」 小学校に入学する際、母親は「給食指導をしないでほしい」と校長に頼みました。しかし、担任の先生は「この子のために」と、再び給食指導を行います。結果として、男の子はPTSDを発症し、学校に行けなくなってしまいました。母親は校長に対し、**「校長先生にとってのゴキブリは、うちの子どもにとってのきゅうりと同じなんです」**と訴えかけました。
私たちはこのエピソードから、よかれと思って行っていることが、子どもにとってどれほどつらいことになり得るのか、想像することの難しさを学びます。
「普通の子」はどこにもいない
木村泰子さんは「みんなの学校」の校長として、「普通の子なんてどこにもいません」と繰り返し語っています。
- 発達障害という言葉の使い道 「発達障害」という言葉は、その子の人生を応援する言葉として使うべきです。しかし、もしこの言葉が、子どもを分断し、生きづらくさせ、自己肯定感を失わせるような使い方をされるのであれば、ない方がよいと指摘しています。
- 公立小学校の役割 「みんなの学校」には、全国から多くの子どもたちが転校してきました。その保護者の多くは、「うちの子どもを受け入れてもらえますか?」と尋ねました。しかし、公立小学校は税金で運営されており、すべての子どもの学習権を保障するのが当たり前の役割です。そこには「受け入れる、受け入れない」という選択肢はありません。
「みんなの学校」には、260人の子どもがいれば、260通りの個性があります。子どもたちを「普通」や「特別」といった枠にはめることなく、一人ひとりの個性を尊重し、それぞれが学校の主体であると捉えることが大切です。
大人の失敗が子どもの成功体験につながる
私たちは、子どもたちに失敗のない完璧な姿を見せる必要はありません。大切なのは、大人がありのままの姿を見せることです。
木村さん自身も、校長として多くの失敗を経験し、その度に「ごめん、やり直すわ」と子どもたちに伝えてきました。子どもたちは、そんな大人の姿を見て、「大人でも失敗するんだ」「失敗してもやり直せば成功体験になる」と学びます。
子どもたちは、私たちが未来の社会を託す**「パートナー」**です。背伸びすることなく、ありのままの姿で子どもたちと向き合うことが、子どもたちの成長につながるのです。
ともに話す 第1回 ゲスト:木村泰子 テーマ「子どもの伴走者」 主催:NPO法人トモニトウ
子どもは私たちの「伴走者」
この動画は、元大空小学校校長の木村泰子さんが、子どもたちとどのように向き合ってきたかについて語る対話イベントの様子をまとめたものです。
木村さんは、教員や保護者といった「大人」が「この子のために」と良かれと思ってする指導が、時には子どもを苦しめる原因になることがあると指摘しています。子どもを管理しようとするのではなく、大人が「伴走者」として子どもに寄り添うことの大切さを伝えています。
「いい先生」ではなく、「子どもと共に学ぶ大人」へ
大空小学校には、不登校やいじめなどで苦しみ、学びづらさを抱えた多くの子どもたちが全国から転校してきました。木村さんたちは当初、子どもたちを「いい先生」として指導しようとしましたが、そのやり方では子どもたちとの信頼関係を築くことはできませんでした。
そこから、教員が**「教えるプロ」ではなく、「学びのプロ」**に変わることが重要だと気づきます。子どもたちを支配するのではなく、「なぜだろう?」と問いかけながら、子どもと共に考える姿勢を大切にすることで、学校は安心できる場所へと変わっていきました。
「不登校」は子どものせいではない
「不登校」という言葉は、あたかも子どもに問題があるかのように聞こえますが、木村さんはそうではないと考えています。子どもが学校に行けなくなるのは、学校の空気が息苦しかったり、大人の都合で子どもの個性が抑え込まれたりするためです。
大空小学校の教員たちは、子どもが登校できない時、「学校の空気を変えなければ」と考えました。**「子どもを教室に縛り付ける」のではなく、「安心できる居場所を子ども自身が見つけられる」**よう、大人がそっと寄り添うことで、多くの子どもたちが再び学びの場に戻っていきました。
「ともに」を問い直す
動画では、NPO法人「ともに」の活動紹介もあり、参加者同士の活発な対話が行われました。「ともに」という言葉は簡単ですが、その本質は「違いを尊重し、対等な関係を築くこと」にあると木村さんは語ります。
子どもたちの個性は、一人ひとり全く違います。「できる子」「できない子」「障害のある子」といったレッテルを貼るのではなく、それぞれの違いを対等なものとして尊重することが、「ともに」生きる社会の第一歩となります。
子どもたちが安心できる学校は、決して先生任せでは作れません。地域住民、保護者、そして教職員が「ともに」手を取り合い、子どもたちの伴走者として支えていくことが重要だと、改めて考えさせられる内容です。
「学校に行かない選択をした子の思い、親の思い」ともに話すwith木村泰子 主催:NPO法人トモニトウ
市民向けに、動画の内容を分かりやすく解説する文章を作成しました。
「学校に行けない」のは誰の問題?
この動画は、高校の校長であるマスターとNPO法人「ともに」の金子さん、そして元大空小学校校長の木村泰子さんが、不登校の子どもとその保護者から聞いた話をもとに、学校や教育のあり方について語り合う対談です。
「この子のために」という大人の善意が、子どもを追い詰めてしまう現実。不登校の子どもたちが訴える「なぜ学校に行けなくなったのか」という声から、私たち大人が見過ごしている教育現場の問題が浮き彫りになります。
子どもたちの声から見える学校の課題
対談では、不登校を経験した子どもたちやその保護者からの、胸が痛むような体験談が紹介されました。
- 「顔を見せに来て」という言葉の重圧 不登校の子どもにとって、先生からの「顔を見せに来て」や「こうしたらどう?」という言葉は、プレッシャーでしかありませんでした。望んでいたのは、アドバイスではなく、子どもの気持ちを尊重し、見守ってくれる姿勢でした。
- 「説教」と受け取られる面談 保護者が学校での対応について相談した際、担任の先生だけでなく教頭先生まで加わり、説教されて帰ってきた気分になったという話もありました。親は味方になってほしかったのに、一方的に学校側の意見を押し付けられたと感じ、心を閉ざしてしまったのです。
- 「遅すぎる」学校の対応 不登校になってから急に「遅刻や早退を認める」「宿題を減らす」といった柔軟な対応をされても、子どもたちは「心が閉じてしまった後では信用できない」と感じています。なぜ、もっと早い段階で、すべての子どもが学びやすい環境を整えられないのか、という根本的な問いが投げかけられました。
これらの体験談は、私たちが当たり前だと思っている学校の姿が、すべての子どもにとって居心地の良い場所ではないことを示しています。
不登校は「個人の問題」ではない
木村さんは、**不登校は「個人の問題」ではなく、「学校の空気の問題」**だと強調します。
- 「子どもを主語にする」教育 学校が変わるためには、教員が主体になるのではなく、子どもを主語にした教育に変える必要があります。子どもが「自分の学び」を自分で決められる環境を整えることで、すべての子どもが学校に居場所を見つけられるようになります。
- 「みんなでなんとかしよう」という空気 大空小学校では、誰かが困ったときには「みんなでなんとかしよう」という空気が学校全体にありました。子どもたちは、自分自身が困ったときも、先生や周りの友達が助けてくれると信頼できたからこそ、安心して学校生活を送ることができたのです。
- 大人こそ「やり直し」が必要 教員や保護者は、完璧な姿を子どもに見せる必要はありません。木村さん自身も、校長として多くの失敗を経験し、そのたびに「ごめん、やり直すわ」と子どもたちに伝えてきました。大切なのは、大人が自身の過ちを認め、やり直す姿を子どもに見せることです。
「ともに」社会を考えるための第一歩
この対談は、不登校の子どもを責めるのではなく、私たち大人が「学校とは何か」「子どもにとって本当に必要な学びとは何か」を問い直すきっかけを与えてくれます。
不登校は、決して子どもだけの問題ではありません。社会全体でこの現実と向き合い、すべての子どもが自分らしく生きられる「居場所」を作っていくことが、私たち大人に求められているのではないでしょうか。
