ともに話す 第1回 ゲスト:木村泰子 テーマ「子どもの伴走者」 主催:NPO法人トモニトウ
「子どもの伴走者」と「ともに」の本当の意味
【登壇者・参加者】
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木村泰子さん(泰子さん): 元・大空小学校校長
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マサさん: 進行・NPO法人「ともにと」代表
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イベント参加者の皆さん
1. 木村泰子さんのお話:子どもの「伴走者」とは
「みんなの学校」の本当の意味
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大空小学校の実態: 特別な先生やリーダーシップ、教材があったわけではなく、どこにでもある普通の公立小学校。しかし、「学びづらさ」を抱え、他の学校で息ができなくなった子どもたちがたくさん転校してきた。
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「自分が作る自分の学校」: 映画のタイトルで「みんなの学校」という言葉が独り歩きしたが、本質は**「すべての子どもが、自分で自分の居場所を見つけ、自分で作る自分の学校」**であるということ。先生の力で楽しい学校生活を作らせるのではなく、子ども自身が学ぶ主体になることが最重要。
大人の「指導力」を手放す
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「いい先生」になろうとしていないか? 「いい先生・いい母親・いい管理職になろう」という思いは、すべて大人が主語になっている。自分が前を走って「ついておいで」と子どもを洗脳・コントロールしようとしていることに気づき、ベテラン教員も含めてみんなで落ち込み、やり直しを始めた。
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教えるプロから「学びのプロ」へ: 子どもは多様な社会の空気を吸って学校に来る。戦後のような「指示を守りなさい、同じことができるように」という教育は通用しない。大人は子どもを指導するのではなく、「大丈夫?何か困ってる?私にできることある?」とそっと横にいる(伴走する)存在であるべき。
子どもの「問題行動」の裏にあるもの
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暴れる子どものサイン: 毎日2時間暴れていた子がいたが、「ここは安全やから暴れていいよ、ダンボール蹴ってもいいよ」と居場所を与え、大人が見守る(止めない)ようにしたら、15分で暴れるのをやめ、やがて全く暴れなくなった。
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本当の原因: その子は「算数が分からないのに、授業がどんどん進む」ことに苦しんでいた。「自分が悪い」と分かっているからこそ暴れていた。大人が「分からへん」と言える安心感(空気)を作り、周りの子ども同士で教え合う環境ができたことで、問題は解決した。
「ともに」の本当の意味を問い直す
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「ともに」は麻薬のような言葉: 「ともに学ぶ、ともに育つ」と言いながら、現実には不登校やいじめが過去最多になっている。大人が言葉だけで満足してはいけない。
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違いを「対等」に認めること: 勉強ができる子も、0点の子も、虐待されている子も、言葉を持たない子も、一人ひとり違う。その**「違い」を格差にするのではなく、「対等な関係性」として繋がること。**それこそが「ともに」の本当の意味であり、それを実現するための環境づくりが大人の仕事。
2. グループ対話での気づき(参加者からの共有)
参加者同士の対話から、以下のような感想や気づきが共有されました。
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大人が変わることから(A班・B班): 子どもを主語にし、安心できる居場所を作るために、「私たちが今できることは何か」「どうやって仲間を増やしていくか」を考えさせられた。先生自身が対話を通して変わる姿を見せることが、子どもの安心や信頼に繋がる。
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「子ども主語」の難しさ(C班・D班): 「子どものために」と言いながら、実は大人の都合を押し付けているのではないか。子どもを一つの基準(上か下か)で評価するのではなく、多角的に認め、忍耐強く声を聞き続けること(対話)が重要。
3. マサさんからのメッセージと今後の活動
マサさん: 「ともに」過ごすということは、ただ時間を共有したり一致団結したりすることではありません。誰もが「ここにいて安心できる」と思えること、誰一人取り残されないことが大切だと考えています。
【NPO法人「ともにと」の活動について】
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「一緒に」という意味の「とも」と、「友達」の「友」をかけたNPO法人を立ち上げました。
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本日のような「ともに話す」イベントを定期的に開催し、話題提供(30分)+みんなで対話(2時間)という場を作っていきます。
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今後も、貧困対策に取り組む方や、工藤勇一先生の書籍編集者など、多様なゲストをお招きして対話を深めていく予定です。
本日は子どもの伴走者ということで、30分程度、はじめにお話をいただいて、その後みんなで対話ができたらと思ってますのでよろしくお願い致します。
はい、皆さんこんにちは。なんかめっちゃめちゃいい雰囲気ですね、この「まぜこぜ」で。なんかいろんな、そこに皆さんがいらっしゃる。こういう空気って、大空小学校もこんな空気あったんですよ。
なんか先生たちばっかりがいる学校って、子どもはね、なんかもう息が吸えなくなる。「ここで息が吸えなくなって、もう学校に行くことをやめて自分が生きできるようになったら、死んでしまうやろう」って子どもによく言われたんですけど。行けなくなった子どもたちが、9年間の間にほんとたくさん大空に、大きなリスクを背負いながら引っ越してきて。
大空小学校が、例えばいい先生がいるとかね、校長のリーダーシップが素晴らしいとかね、教材がいいのよとかね、そういう特別なものがあれば、別にリスクを背負って大空に変わってくるっていうのもまあねって思うんですけど。全国2万いくつあるパブリックの、公立の、2万分の1のどこにでもある公立の小学校。そこにどうしてそんなリスクを抱えて引っ越しをしてくるのかなーっていうことが、最初はみんなで疑問に感じてたんですね。
で、来てくれる子、みんなやっぱり本当にあの、大人は「生きづらさ」って言うんですけど、子どもはね「学びづらさ」をいっぱい抱えてるんですよ。もうねぇ、あの50人くらいって子どもたち転校してきましたけど、その50人をひとくくりでみんなに伝えることなんてね、ほっとできないんですよ。この50人の子どもたち、50通りの自分を持っていて。その周りに200人ぐらい大空の、もともとの大空の地域の子どもたちがいて、この子どもたちもそれぞれ自分を持っている。だから大空小学校、「みんなの学校」って、あの映画のタイトルに監督がつけたので「みんなの学校」っていう言葉が独り歩きしてるんですけど。「みんなの学校」って一言で言えば、「自分が作る自分の学校」、ここだけなんですね。
これって、子どもの伴走者っていうネーミングがここに出てきてるんですけど。一番てっぺんの目的、学校というところで働いている校長であれ教員であれ職員であれ、これは小学校も幼稚園も中学校も高校も一緒だと思うんですけど、学校で働いている私たちの一番のてっぺんにある目的。
目的は、例えば大空やったら260人の自分を持っている子どもたちが、すべての子どもが安心して学べる学校の中の居場所を自分で見つけるんですね。例えば「木村先生がいい先生で、木村先生が教えてくれたから自分は大空小学校がとっても良い学校やった」って。「木村先生のおかげで楽しい学校生活ができたよ」みたいなことを言う子どもを作ってたら、私ら間違ってるよねって。よく「あの先生がいるから学校に行けない」とか、「あの先生のおかげで自分はこんな風に何か目覚めた」とか、きっかけは先生なんていうのは非常にきっかけの対象になりやすいんですけど。
自分で自分を学ぶのは子どもやなって。そのあたりをやっぱり、学びづらさを感じていた子どもが来てくれれば来てくれるほど、自分たちのキャパを広げていかんかったら、その一人の子どもは安心して学べない。気づいていったら、が最初に「自分が作る自分の学校」。すべて子どもが、保護者が、地域住民が、教職員が、管理職が、自分が自分の学校を作る。この土俵がブレたりしたら、やっぱり学びづらさに変わっていったり、学校に登校しにくくなったりするんですね。
学校にも、大空みんなの学校のことを不登校ゼロとかよく世間の人は言いますけど、不登校っていう言葉は私は子どもにものすごい失礼なことやと思ってるので。なんか不登校っていう言葉を聞いた時に、「不登校」って言う前に学校の空気があるやろって、なんかこんな風に思ってしまうんですけど。こういう今私が皆さんにお話をさせていただいているこの言葉は、すべて大空というちっちゃな一つの公立の大阪の小学校に、毎年毎年いろんな子どもたちが自分の学びの場所を自分が見つけていく、その子どもが見つけていく学びの居場所を、私たちはそっとそばに居ながら、「大丈夫? 何か困ってる? 私何か出来ることある?」この問いかけ3つやったんですね。
この3つの問いかけだけで、皆さん信じられへんかわからへんけど、子どもはね「あなたが自分で作る自分の学校やん」って。「なんでこんな大人の顔見たり先生の顔見たり、先生が言ってる事がおかしいと思っているのに『はい』って言うんやろ。なんでそれ先生のせいにちゃうの、なんで言えへんの」とかなんかこんな言葉がいっぱい学校の中で飛び交ってました。
で、そんな風に言うと、先生たち落ち込まへんとか、機嫌が悪くならへんとか、自信を失わへんとか、そんなことをいろんなところから聞かれたりするんですけど。教師として自信を持っている間は、子どもが育つ姿は見れませんでした。いい先生にならなあかんとか、いい母親にならなあかんとか、何か良いリーダーにならなあかんとか思ってる人たちが、いらっしゃるところでこういうことを言ったらなんか全部ぶっ壊してるかわからへんけど。いい先生になろう、いい母親になろう、いい管理職になろう、なんかそんな風に、良い教師になろう。この主語は全部大人の自分ですよねー。
私も若い頃、いい先生になりたいと思ってたし、自分がいい先生になることが子どもにとって子どもの幸せに繋がるんやって、そんな風に思ってたから、ついておいでとかなんかいっぱい教えて、いっぱいできるようになってなんか「今私が前走るからついておいで」。でも私が「前走るからついておいで」って言ってるのに、口では「あんたが前走んねんで」って子どもには言ってるわけですよね。
でもよく考えたら、大空で一番大きな自分自身のやり直しをしたのはこれまで。「木村先生いい先生、大好き。木村先生のおかげでこんな自分になれましたよ」って子どもや親が言ってくれたら、私は「とってもええ先生やな」って、耳に優しい言葉として受け止めてたと思うんですね。
でも大空に行ったら、どれだけ自分がいい先生になっても、時代が変わるとともに多様な社会で生まれて育って、1年生に入ってくる子ども達ってもう多種多様。生まれてから6年間の社会の空気を存分に吸ってるわけですよね。親に殴られて育った子は、学校で困ったら友達殴る、こんなん当たり前なんですよ。親に「あなたが大切よ、おはよう、行ってらっしゃい、愛してるわ」って言われて育った子は、人に殴り方も知らんわけですよね。
そんないろんな子が学校に来て、じゃあ椅子に座りなさい、姿勢を正しなさい、先生の指示を守りなさい、言うことを聞きなさい、点数を上げなさい、いい学校にいけたら幸せになりますよみたいな、なんか戦後の70年前の学校教育を私は引きずってんのちゃうんかって、この問い直しからスタートしたんです。今までの自分の指導力を一生懸命高めて、子どもに発信しても、ついておいでって言っても、ついてこけへん子がいっぱい、いっぱ大空に来たからなんですよ。
最初はみんなでどっぷり落ち込んだし、私たちのやってる事は何やろうって。どうやってこの横向いてる子を、どうやって自分の力高めたらこっち向くんやろうって。けど自分の力を高めて、指導力は高めてこの子をこっち向かそうとしてる間、その子が壊されていくんですね。なんかこんな子どもたちとの出会いで。
「じゃあ大人のやることは何?」って。物を壊してる子に「やめなさい、こんなものを壊したらあかんやろう」って最初はみんな言ってました。暴れているこの子どもにね、暴れたらあかんと止めてました。けど、あかんって止めたらその後2時間暴れるんですよ。んでも、「あんた大丈夫やで、怪我せえへんから安心して暴れ。困ったことあったら言いな。汗拭いたろか。暴れ、どうぞ」って言ったら、その後15分暴れたら暴れんのやめたんですね。
「まだ15分しか暴れてへんで、昨日2時間暴れてたやん。15分でええの?」って言ったら、変な顔して教室に帰っていく。この日から毎日暴れてた子が暴れなくなったんです。これって変でしょ。暴れる子をどうしたら暴れなく、暴れない子どもにできるかって一生懸命若い先生が止めに入って、「何やねん、何が嫌やねん、なんで暴れるん」って一生懸命指導してるけど、止められたら一生懸命力出して2時間は1日に暴れる。
けど「あ、そうか」って。「暴れたかったら見学せんと暴れたらいいわ。どうぞ」って、「ここ安全な場所や、暴れ」って言ったら15分で暴れの止めるんですね。その子は4年の終わりから5年生の途中までずーっと毎日暴れました。今は暴れる子は診てもらったら発達障害。発達障害やからこの子暴れます、違う部屋でって、これが当たり前みたいな学校文化になっていると思うんですけど、子どもたまったもんじゃありませんね。
暴れるには必ず原因がある。その原因を人に言えない。なんで言えないって、自分悪いのわかってるからなんですけど。これってなんかすごい発見でした。「落ち着いてたら、あんたさー暴れる前に『俺嫌やねん、これから暴れるで』言うたら暴れるんすぐ止まるのに」って。「落ち着いたから言うてそんな話、その時しか分からん。そんなん言えるわけないやろ」って。みんな算数の勉強わかってるみたいに見えるけど、俺な、算数の時間15分くらい経ったらなんかもう頭の中ぐちゃぐちゃになって、全然わからへんねんって。「俺わからへんのになぁ、みんなわかったみたいな顔してな、先生どんどん次に進めていくねん。だから暴れんのおられへん。そんな俺が悪いのはわかってる、俺が悪いのはわかってるのに、暴れるしかないやん」って。その子は言ってました。
んでもこの子がそんだけ暴れてた子が、怪がせえへん、大丈夫やで。ダンボールのゴミ箱を置いたってるから、蹴っても大丈夫って言いながら、蹴りたいもんいっぱい作って置いておいて。職員室のど真ん中で、「どうぞ」って。で私は養護教諭と二人でコーヒー飲んでお菓子食べながら「今晩ご飯なにするわ」とか言って。「ほんまは怖いねんけど、お二人がすってしゃべってたら本当に15分でやめてね」。そっからただの一度もその子暴れなかったんですね。
算数の時間どうするかっていうとねー、いつも暴れる時間になったらその子は教室を抜け出して、校長室のソファに座って。1日目は2時間天井を見て動きませんでした。次の日も、その次の日も。1ヶ月、算数の時間の15分、今まで暴れてた時間になったら自分の意思で校長室のソファに座って天井を見てるんですね。
んだら、1ヶ月ぐらい経ったときに校長室のドアを開けて入ってくる顔はやっぱり困ってるから、真っ白な顔して入ってくるんですよ。で2時間ずーっといてて、私はその子に「あんたここにおってもいいの?」聞いたら「別に」って何も言わないんですね。「あんたなんかやることある?」って言ったら「別に」。対話それだけなんですよ。
でそこから2時間なり、1時間になって、30分になって。なぜか自分が決めて校長室から出て行くわけですね。で、気を使えるんですよ。私は算数の時間ここで過ごして算数の時間が終わってこの子帰るんかなーと思ってたんですけど。あ、そんな大間違いだったんですよね。最後の日、ガラッと戸開けてニコって笑って、笑いながら入ってきてソファに1回だけポンと座って、ピュッと立って「俺もう明日からけえへんわ」って言うたんですね。私が言うので「え、寂しいな」私が言うと、「俺な、もうここへ来んでも、俺方法を見つけたから」ってこう言いました。
「ええ方法教えてや」って言ったら「教えられへん」と。気を使えるんですね、子どもね。「教えられへん」って言って教室に帰っていく。「なんなんやろうなぁ」と思いながら、こっそり算数の時間に入っていったら、周りに「俺わからへん、教えてくれや」。周りの子に教えてもらってるんですよ。周りの子、「よし、教えたろー」って教えとるけど、教えてる途中で分からんようなるから、「やっぱりわからへん、俺にも教えてくれ」。
要はその子が勉強分からんようになってムシャクシャして暴れてしまう、そのこと周りの子どもらはいつも一緒におるからもう分かってるんですよ。で、わかってるけど教えたんかって言ったら「いや、わからへん」ってスッとその子が言うの、もう分かってるから。その子が「わからへん、教えて」って。「教えたろ。俺もわからへん、教えて」。
じゃあ私達授業している教員はね、子どもたちは分かるような授業を偉そうな顔して教えたってるねって。私らこれまで「私の授業で分からへんの、あんたらの努力が足らん」みたいな授業してたなって、もう嫌をなしに気づかされるわけですよ。そこからですね、みんな授業って何やろうって、授業のあり方も変えたし、「教えるプロから学びのプロに変わるのが教師の仕事やなぁ」っていうような言葉も生まれたし。
この今日のテーマの子どもの伴走者っていうのは、私が指導してあげて「こうするわ、あんた楽になれよ」なんて、先生が主語でどれだけ子どもがその気になったとしても、私たち大人がね、その後なんか洗脳してただけやなって。この言葉、ベテランの教員たちみんな「私はこれまでいい先生になろうとしているのは子ども洗脳してたんかな」って。なんかこの言葉、みんな本当にベテランみんなで落ち込んだんですね。でも落ち込んでてもしょうないから、「やり直せばええねん」って、そこからみんなでやり直しを始めました。
何をどうやりだしたかっていうとね、1番は学び。学びの主語は子どもや。学びの主語は教員ちゃう。じゃあ教員も子どもと一緒に学びの主体になったらええんちゃうか。今まで教えるスキルをいかに身につけて、そんな研修もいっぱいあるんですよね。「叩く、将来のためにはこう」とか。なんか非常に残念なんですが、そんなスーツケースに子どもを入れられたら、そら学校に行こうと思いますよねー。なんかスーツケースの中で力出せへんし、あの、太いボールみたいなこうやったら空気抜けるんやったら、スーツケースに入らんでも。
そうじゃなくて、なんかきっちりした学校とか、きちんと教えてよとか、子どもたちをみんな同じように、同じことができるようにしようとか、これ残念ながら戦後の教育をずっと引きずってるわけですね。今の子どもたちに一番求められる力は、多様性、共生社会、プラス、想定外の社会。この多様性、共生、想定外なんて、どこに正解があるか分からないじゃないですか。つまり正解のない時代に、まさに今そうですね、世界で戦争を始めてます。学校の教員たち、「平和学習とか戦争したらあかんとか今まで教えてきたこと、子どもたちに『なんであそこで戦争してんの?』って言われたら、それも世界の偉い人がみんな一緒になってあの戦争に参加してんのちゃうん?」って、子どもにこう聞かれたら「平和学習って何の為にやってたん?」って言われたら、何か言えますか? 言えません、私も。
もし今現場に出たら、「あなたと同じように私もそう思う。一緒に考えようや」しか絶対言えませんよね。そういうふうに考えたらね、先生とか親とか、世の中って子どもと大人しかありませんよね。子どもって残念ながらほとんどの言いなりになっていく危険性を山ほど含んでるんですよ。小さければ小さいほど。高校になったらアルバイトもできるんやけど、義務教育の中ではアルバイトすらできないんじゃあ、大人にご飯食べさせてもらわへんかったら生きて行くこともできん。
もっとその関係性の中で、大人と子ども、この大人の中には先生もいるか分からへんし、いろんなところの組織にいらっしゃる人もいらっしゃるんでしょうけど。この大人と子どもしかいないこの社会の中で、子どもはやっぱり、どれだけ子どもが自分から自分らしく自分の言葉で語ろうねっていうことを大事にしてても、大人が「クソババア」って言ったら「クソババアって誰に言ってんの、謝りなさい」みたいな空気を出してたら、ようやく「クソババア」ってやっと言えた子が、ものを言わなくなってしまいますよね。
それだけ社会の、社会的弱者である子どもと大人の関係性を、今日のこの「ともに」ですよね。「ともにと」なんかマサさんたち立ち上げたら、金子さんのこのNPOは「ともにと」。「ともに」っていうこの「ともに」という言葉を使わず、「ともに」を語ってって言ったらどんなことがありますか皆さん。
ともにって簡単やんかなーって。「ともに」っていう言葉は非常に麗しいし、どこで「ともに」って言っても誰も否定せんし。でもこの「ともに」って、人と人が「ともに」という時に、「ともに」ってどんな関係性を言うんでしょうか。そこを、これも正解なんてどこにもないから。そこをやっぱり自分なりに、「今私はともにってこういう関係性を言うんかなぁ」って自分で自分を問う。これが「ともに問う」んですよね。自分の中で自己対話をするっていうか、自分を問い直していくっていうこの営みが、一言で言えば自分がアップデートできる学び。
学べて、気づいて、変われたって。「失敗したけどやり直せたよな」っていうと、すっごく未来に目がパーッと開いて、またチャレンジしようと思う子どももいらっしゃると思うんですね。皆さんご自分の「ともにという言葉を使わず、ともにということを語ってよ」っていうのは、ちょっとこれからご自分で語って頂けたらいいと思うんですが。
大空のみんなで「ともに」「ともに」って、いろんな子どもが260人いたら260通りの個性を持っている子どもたちがいるんですね。障害のある子と障害のない子が一緒の教室で学んでいます。こんな「みんなの学校」じゃないんですよ。障害のある子、障害のない子の括りに子どもをはめ込む、これほど人権侵害そのものですよね。一人の子ども、たまたまこの1人の子どもは「あ、発達障害という障害を持ってるの。この子は障害はないけどなんか家で苦しい思いしてるの。この子は…」一人一人の子どもがいてみんななんですよね。
じゃあそう考えた時に、この一人一人違う自分がともに学び合う環境を作るって何を大事にしたらいいやろうって。それがさっきせいちゃんが言った「職員室の大人たち」。職員室の大人たちは教員がいる、職員がいる、現業職員もいるから。あの、友達の父ちゃん母ちゃん、保護者もいる。地域住民もいる。要するに様々な大人の自分がここにいる。でも様々な大人の自分が困っている子どものことで、自分のできることをみんなでやり直する。これがせいちゃんが言う「大空の大人たちがいる」なんですね。子どもの集団と一緒やと思うんですよ。
ということは「ともに」っていうのは、人それぞれの違い。私とマサさん、私とマサさんがともにエデュカフェを中心としていっぱい私は学ばせてもらってるんですよね。でも私とマサさんの違い、この違いをお互い尊重し合うから、人と人としての対等な関係性で繋がることができる。じゃあ対等な関係で人と人が繋がったら、これが「ともに」っていうことじゃないですか。子どもたちは勉強できる子も、すぐ殴ってしまう子も、いつも0点しか取られへんけどテストを受けて「ええかー」って自信持ってる子も、家で虐待されてる子も、喋る言葉は生まれた時から持ってないっていう子どもも、みんなそれぞれ一人一人違う。
この違いを残念ながら格差をつけた。「この子ええ子、この子悪い子。この子よくできる子、この子障害のある子」。格差をつけた違いに、私たち学校という大人が、大人の不用意な一言とか不用意な表情で、子どもらにそう思わせてしまっている過去の組織文化みたいなものはやっぱり本当にたくさん問い直しをしてきました。じゃあこの違いを、対等な違いにどうやったら繋げるか。これが大人の仕事やなって。だからともにっていうのは「違いを対等に」。これがなければ、ともにっていう言葉は、麻薬のような、使う人には罠みたいなことを今日もすごく感じさせてもらいました。
はい、マサさん頑張ります。ありがとうございます。
はい、泰子さんありがとうございました。あの皆さんまずは一旦おつかれさまでした。あの、あっという間の1時間半ここまでですね、だったと思うんですけれども。ちょっとアナウンスをさせていただいて、その後先ほど言ったように少しあのゆるく質問したりおしゃべりしたりしながら時間を、あの可能な方はの5時くらいまで過ごせたらなぁと思ってますので、よかったら引き続きお付き合いください。
あの、自分の中でも「ともに」っていうのはまあそれなりイメージがありまして。皆でともに一致団結して過ごすっていうのは全然ともにはないし、自立も全然ともにだとは思っていません。時間を一緒に過ごせばともに過ごせたのかっていうと、それも全然心がなくて、ともに過ごせない人もたくさん出てしまうと思います。先ほどね、みんなというのは一人一人いって言ってましたけれども。
えっと、で泰子さんがありがたいことにエデュカフェの例を出してくれましたけれども、やっぱりそこに安心していられる、自分の中ではこうゆっくりした気持ちでいられるっていうことがないとともにいるとか、ともに過ごすって言えないんじゃないかな。それがまあみんなとね、いうのは一人一人がそういう思いを持ってる、誰一人なく、誰一人取り残すことなくなんて言い方もしますけれども、過ごせることが大切なのかな、なんて自分は思ってます。ただそれもまた、あのみんなと話していくと「もっと子どもがこうなのかな」「あ、この部分こうなのかな」って思ったりするのかなと思っているので、この後の対話も楽しみにしています。
ではちょっとだけあのアナウンスをさらにさせいただきます。我々は今活動をちょうどスタートした、本当に踏み出し始めたところで、「ともにと」というNPOを始めたところです。やっと認定が下りたところです。ともにっていうのはまあ、一緒にと言う「とも」と、友達との「友」と両方をかけた意味合いで使っております。
その中で、今日行ったイベントは「ともに話す」ということで、こうやって2時間程度みんなで話ができたらと思ってます。その日のテーマとなる話を、まあお互いにして、そしてその後みんなで対話をして、最後30分ゆっくりできたらなと思ってます。で、3月中はあの、えっと何でしょうか、お試しイベント的なこともあるので何でもどうぞということで行ったんですけれども、この後はあの会員は無料で、会員以外は500円で、すいません4月からやらせてもらおうと思っています。
で、えっとちょっとここに名前出させていただいてるんですけど、泰子さんもあのうちの会員になっていただいているんですけども。あの今日も、あの先ほど高井さんが自己紹介でして下さいましたけれども、高井さんは高井さんで子どもの貧困対策の仕事をされているので、そこから知ったことなんかの話をもとにみんなで話せたらなと思っていて。
あとあの子に名前出てる坂本さんとか内藤さんっていうのは、それぞれあの、坂本さんはあの工藤勇一先生の『学校の「当たり前」をやめた。』という編集担当で、一緒に本を作られた方ですね。その方も今日はちょっと都合で来られなかったんですけど会員で、こういう方々に話題提供、30分くらい話ししていただいて、その後みんなでその話をもとに台湾ができたら楽しいなと思っていますので、こんな形で進めさせて頂きたいと思っています。ありがとうございます。
