💡 防災とは、誰かに聞くことではない。「大人になる」ということの本質
津島高校生との対話から生まれた、**「災害と防災」そして「自律した大人」についての考察。従来の「災害は忘れた頃にやってくる」という受け身の意識から脱却し、私たちが住む場所のリスクを自ら知り、判断し、行動する「大人としての責任」**に焦点を当てます。
1. 災害は「天災」ではない、常に「人災」である
私たちは災害を「自然現象」として捉えがちですが、私は伊勢湾台風の事例を挙げ、その認識を覆します。
- 災害の定義: 人的・物的被害がなければ、それはただの自然現象。**「人間社会にとって害悪となるもの」**が災害です。
- 伊勢湾台風の教訓: 堤防が崩壊し、多くの命が失われたのは、高潮に備えた設計がなかったこと、そして**「正しい情報(堤防が崩れるリスクと避難先)を共有しなかった」ことによる人災**であった。
- 格言の真意: 「災害は忘れた頃にやってくる」とは、過去の教訓を忘れることだけでなく、「今、自分が住む場所にどんなリスクがあるかを自ら調べないこと」が最大の問題である。
2. 「大人」の行動とは、自律した「問い」と「判断」
「大人になる」ことは、すべてを誰かに尋ねて解決策をもらうことではありません。
| 子どもの行動 | 大人の行動 |
|---|---|
| **「どうしたらいいですか?」**と解決策を尋ねる。 | **「なぜこの危険が潜んでいるのか?」**と根本的な問題を掘り下げて聞く。 |
| 与えられた選択肢(大中小)から選ぶ。 | 無数の解決策を自分で計算し、効果と難易度から最適な選択をする。 |
| 「運が悪かった」で済ませる。 | **「いかに負けないか、被害を少なくするか」**を常に問い続ける(負けに不思議の負けなし)。 |
3. 防災=大人への成長、探究学習は「試練」
防災とは、単なる避難訓練や備蓄リストを作ることではなく、「大人になる」ための試練そのものです。
- 大人としての責任: 常に変化する環境の中で、自分だけでなく**「周りの人々」も含めて正しく判断し、備え(個人、地域、公共)に向けて働きかける**こと。
- 探究学習の意義: 高校生にとっての探究学習とは、まさに**「大人になれるかどうかの試練」です。自ら調べ、自律して判断し、「自分ならどうできるか」「他の人にどう働きかけるか」という行動のレベル**まで深めることが、学習時間を人生にとって意味あるものに変える鍵となります。
弥富の防災を学ぶことは、自律して考え行動できる、自立した大人への第一歩なのです。
「弥富の防災」から学ぶ「大人になる」ということ
先日、津島高校の1年生4名が「弥富の防災」をテーマに、弥富防災・ゼロの会の活動についてヒアリングに来てくれました。彼らとの対話を通して、防災、そして「大人になる」ということについて考えたことを、ここにまとめます。
「災害は忘れた頃にやってくる」をどう捉えるか
「災害は忘れた頃にやってくる」という格言があります。文字通り受け取るのはもちろんですが、そもそも皆さんの多くは**「災害を経験したことがない」**という問題があります。
では、そもそも**「災害」とは何でしょう?** 台風が太平洋上にいる限り、どんなに風雨が激しくてもそれはただの自然現象であり、人的・物的被害はありません。つまり、災害とは**「人間社会にとって害悪となるもの」**です。
天災か人災か? 伊勢湾台風を例に
65年前に日本に上陸した伊勢湾台風を例に考えてみましょう。
当時の鍋田干拓の堤防は、コンクリートで覆われていませんでした。伊勢湾台風による高潮と風の吹き寄せで、海抜4mの高潮が発生。国が計画・設計・施工した堤防は、この高潮を想定していなかったのです。結果として、荒波がコンクリートで覆われていない堤防の裏側を削り、堤防は崩壊。海水が鍋田干拓に流れ込みました。
これは「天災」でしょうか? 私は**「人災」**だと考えます。
「フェイルセーフ」と情報共有の重要性
どんなに備えても、ミスは起こりえます。そこで、「フェイルセーフ」の考え方が重要になります。これは、防御が破られた時に被害を回避したり、最小限に抑えたりするための多重防御のことです。
伊勢湾台風の際、この地方出身の人は、過去に堤防が何度も崩れていることを知っていたため、早めに避難した人もいたそうです。しかし、長野県など山間部から入植した人たちは、山崩れの知識はあっても、堤防が崩れることなど知らなかったため、多くの人が逃げ遅れて命を落としました。
これもまた「人災」です。なぜなら、台風が悪いわけではありません。**「正しい情報を伝えなかったこと」**が問題なのです。たとえ想定を超える事態で堤防が破壊されたとしても、台風が来れば堤防が破壊される可能性があること、そしてその際には高台に逃げるべきことを事前に知っていれば、少なくとも命を落とすことはなかったでしょう。
これが、「災害は忘れた頃にやってくる」という言葉の真の意味です。
「大人」としての行動
災害を「忘れる」以前に、自分が今住んでいる場所にどのような自然災害のリスクが潜んでいるかを常に「自ら調べる」という、大人としての行動が求められます。
大人としての行動とは、自ら調べたことについて、そのリスクを回避するために、自分の判断と力でどこまで行動できるかということです。
「どうしたらいい?」と、全てを誰かに尋ねるのは子どもの行動です。もちろん、分からないことを聞くのは良いことですが、ただ解決策を聞くだけでなく、どのような危険が潜んでいるのか、その根本的な理由は何かを深く掘り下げて聞くことが重要です。
根本的な問題が正しく把握できた時、解決策は無数に存在します。簡単だけど効果が薄い方法、難しいけれど効果の高い方法。それらを選択するのは、あくまで大人としての人間です。
常に「問い」を立て、変化に対応する
私たちは常に選択を迫られています。「どうしたらいいか」というクイズに答えるように大中小を選ぶのではなく、自分たちで問題を作り、根本的に調べ続ける姿勢が必要です。
また、「忘れた頃にやってくる」という格言の肝は、過去の情報を忘れる前に、状況は日々変化しているということに注意を払う必要がある、ということです。昨日調べたことが今日もそのまま当てはまるわけではありませんし、解決策も常に変化・進化しています。常に最新の情報に更新していくことが求められます。
そして、災害という「変数」が与えられた時に、自分の中の「方程式」に当てはめて、何が最適かを常に計算し直す。その方程式は完全なものではなく、無数に存在します。
「負けに不思議の負けなし」:なぜ負けたかを考える
スポーツの世界で「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉があります。
運よく勝った時に深く反省する必要はありませんが、負けた時には必ず理由があります。それを「運が悪かった」で済ませるのではなく、「いかに負けないか」、あるいは**「負けるにしてもいかに被害を少なくするか」**を常に考え続けるのが大人の態度です。
防災とは「大人になる」こと
皆さんは、周りの人々が災害に対して危機意識が薄いことに危機感を持っているかもしれません。「だからダメなんだ」で終わってしまっては、結局あなたは子どものままです。
大人とは、自分だけでなく、周りの人々も含めて、常に変化する自然や社会環境の中で、防災に対する備え(個人の備え、地域の備え、公共の備え)という前提条件のもと、目の前の人や自分につながる様々な人に対して、常に正しく見て判断し、働きかけることができるようになることです。
つまり、「防災とは、大人になるということ」なのです。
探究学習は「大人への試練」
さらに付け加えるならば、探究学習とは、皆さんが「大人になれるかどうか」の試練を与えられているということです。
だからこそ、自ら調べ、自ら大人として判断し、見て聞いたことについて「自分ならどうできるか」「自分が他の人にどう働きかけるか」というところまで行ってこそ大人であり、大人への成長過程を促すのが探究学習だということを忘れないでください。
探究学習の課題が正しく認識できなければ、課題に答えたとは言えませんし、費やした学習時間が、皆さんの人生にとって意味のあるものになるかどうかも、この点で決まります。
津島高校生として、自律して考え行動できる、自立した大人への歩みを進められることを祈念しています。
