【最新コラム】100年前の教訓。繰り返される歴史の足音に、私たちはどう抗うか
2026年の現在から、時計の針をちょうど100年戻した1920年代後半。世界は「不戦条約」を結び、平和への歩みを進めているはずでした。しかし、歴史は「事変」という名の宣戦布告なき戦争(15年戦争)へと飲み込まれていきます。
「自衛」や「生存権」という美名に隠された争いの本質。そして、景気悪化への不満や煽りによって、誰も望んでいなかったはずの道へ進んでしまった過去。
今、世界中で起きている悲劇は、決して対岸の火事ではありません。100年前と同じ過ちを繰り返さないために、私たちが今持つべき「勇気」についてまとめました。ぜひ、ご一読ください。
【コラム】100年前の教訓。宣戦布告なき「15年戦争」と繰り返される歴史の足音
2026年の現在から、ちょうど100年時計の針を戻した1920年代後半。世界はどうなっていたでしょうか。 第一次世界大戦の悲惨な反省から、国際法上、主権国家同士が紛争解決の手段として戦争をしてはならないという**「パリ不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約、1928年)」**が結ばれていました。日本もこの条約に署名しており、戦後の日本国憲法第9条は、まさしくこの不戦の理念を自国の成り立ちの中に組み込んだ誇らしいものです。
■ 不戦条約の抜け道となった「事変」という言い換え
しかし、歴史を振り返ると、私たちは決して偉そうなことは言えません。 日本はパリ不戦条約で戦争を禁じられながらも、「満州事変(1931年)」や「支那事変(1937年)」といったように、あえて戦争という言葉を「事変」と言い換えることで、宣戦布告なき実質的な戦争状態をズルズルと拡大させていきました。
「すぐ終わる」という建前で始まった武力行使は、結果的に世界中に謝っても謝りきれない多大なる迷惑をかけることになりました。その重い烙印として、日本は未だに国際連合の国連憲章(旧敵国条項)において「敵国(敗戦国)」という扱いを受けています。
■ 「自衛」や「生存権」の美名に隠された争いの本質
恐ろしいのは、100年前の1926年からの約20年間と、現在の世界情勢が酷似していることです。 口では平和を唱えながらも、結局は私利私欲から逃れられず、争いが続いています。かつての日本も**「自衛のための武力行使」「生存権」「絶対国防圏」「国家存立の危機」**を声高に叫びました。
ごく一部の人間を除き、大半の国民は誰も戦争など望んでいませんでした。しかし、「石油がなくなる」「景気が悪くなるのは政府の責任だ」という大騒ぎとマスコミの増幅によって、止められないうねりとなっていったのです。今の世界情勢も、100年前と全く同じ構図ではないでしょうか。
■ 犠牲になるのは常に「無告の民」
現在も、世界中のあちこちで「戦争」と公式には呼ばれていなくても、実質的な武力行使が行われ、何の罪もない人々が傷つき、命を落とし、手足を奪われています。
強い側、仕掛けた側が「お前たちはもう逆らえないだろうから降伏しろ」と圧倒的な暴力でねじ伏せようとしても、家族を殺された側が納得するはずがありません。武力による決着を目指して徹底的に話し合ったわけでもなく、だまし討ちのように命を奪われた人々が、心から屈服することなどあり得ないのです。
■ 過去の反省の上に、勇気を持って「おかしい」と言うために
1945年、満州事変から15年にも及んだ「宣戦布告なき戦争(15年戦争)」は終わりました。ごく一部の反乱の兆しはあったものの、大半の国民が素直に矛を収めたのは、心のどこかで「薄々、自分たちが始めた戦争であり、もうやめるしかない」とわかっていたからではないでしょうか。
現在、強い国や権力者の前でニコニコと媚を売り、おかしいことをおかしいと言えない空気が蔓延しています。 しかし、本当に平和的な解決、武力によらない解決を望むなら、まずは自らが過去に行ってきたこと、現在やろうとしていることを真摯に反省し、悪い点は悪かったと認めるべきです。その上で、相手がおかしなことを言ってきたら、勇気を持って「おかしい」と声を上げなければなりません。
100年前と同じ過ちを繰り返さないために。私たちは歴史から真剣に学ばなければならないのです。
