【コラム】入札不正問題の本質とは何か 〜弥富市役所に求められる「組織のOS」のアップデート〜
「哲学対話」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。 私たちは毎日「霞(かすみ)」を食べて生きているわけではありません。日々の糧を得て、家族を養い、住宅ローンを払い、法律で守られた自由競争社会の中で懸命に働き続けています。
しかし、「人はパンのみにて生くるにあらず」という言葉があるように、ただ稼ぐだけでなく「どう生きるか」「組織はどうあるべきか」という根源的な問いを忘れてはなりません。
今回、弥富市において入札の予定価格を不正に漏洩させたという事件(官製談合の疑い)が起きました。 一般の市民の皆様には何の落ち度もないのに、多大な迷惑と不信感を与えてしまった「被害者」です。この事件を、単なる「一人の職員の出来心」として片付けてしまって本当に良いのでしょうか。私はそうは思いません。
「最上位目標」なき組織は場当たり的になる
会社での仕事、個人の趣味、あるいは地域・自治会活動。どんな場面でも、「自分はどうなりたいのか」「この地域をどうしたいのか」という明確な**ビジョン(将来像)と、そのために「何をすべきか」というミッション(使命)**が不可欠です。これらが欠けていると、行動はすべて場当たり的なものになってしまいます。
例えば、日本を代表する企業であるトヨタ自動車。 彼らの最上位目標は「お客様のために良い車を提供する」ことです。このブレない目標があるからこそ、不具合やその予兆、あるいは「もっとこうすれば良くなる」という情報がおのずと共有される組織風土が作られています。「カイゼン」や「カンバン方式」といった有名な手法も、この最上位目標を達成するための手段に過ぎません。
市役所の「OS」は古いままで止まっていないか?
これをパソコンに例えるなら、組織の風土や情報共有の仕組みは全体を統括する**「オペレーティングシステム(OS)」であり、国から降りてくる個別のルールやマニュアルは「アプリケーション」**と言えます。
地方公共団体においても同じです。 私は30年前、名古屋市役所の建設部門で働き、現場を内部から見てきました。当時の談合問題なども経て、建設業界も製造業と同じように、良い工事を適正な価格で行うための「改善」を重ねてきました。
国からは、入札制度の透明性を高めるための細かな仕様や規定、マニュアル(アプリケーション)が次々と示されます。市はそれを「インストール」したことになっています。 しかし、肝心なのは市役所という組織の「OS」が本当に新しく変わっているかどうかです。
私が一般質問で問い続けていること
「良い品質の公共サービスを適正価格で提供し、市民の皆様に幸せになってもらう」。 この市役所としての最上位目標が、市長はもちろん職員一人ひとりにまで浸透し、そのために情報公開や透明性を重んじる「新しいOS」へと組織全体がアップデートされているか。
もし、古いOSのままで、次々と新しいルール(アプリケーション)だけを詰め込めばどうなるか。パソコンと同じように、フリーズしたり、ロックがかかって動かなくなってしまいます。
今回の事件の背景にあるのもまさにこれです。1994年に国が示した制度(アプリケーション)を表面上は取り入れながら、現実には組織のOSが情報共有や透明性から目を背け、古い体質のままであったからこそ、不正のロックが外れてしまった(あるいは正常なチェック機能にロックがかかってしまった)のではないでしょうか。
私が日々の議会、そして一般質問で何度も何度も問いかけている核心はここにあります。 ルールの追加だけでは根本的な解決にはなりません。弥富市役所が、市民の幸せという最上位目標に向かって、本当の意味で「組織のOS」を新しく生まれ変わらせることができるのか。私はこれからも、市民の皆様の代表として、この本質的な問いをぶつけ続けてまいります。
